〜任侠ファンタジー(?)小説〜
光と笑顔の新たな世界・『極』編



その2 最強の二枚目護衛人

猪熊家のリビング。
久しぶりに帰ってきた八男の八造は、父親と二人っきり。
楽しい話題で弾む……はずのない猪熊家。
今、まさに、哀しみのオーラに包まれようとしていた。


猪熊は、見つめていた両手をグッと握りしめる。

「力は戻った。歳は取ったが、動きは未だに鈍っていない。
 いつでも復帰は出来る状態だ。……だけど………」

手を広げ、その手を見つめる猪熊。
まるで、大切な何かをそこに残しているかのように…。

「俺が守るべき男は、俺を守って、この世を去った」
「親父…」
「いつも、誰かを守る為に生きていた男が、守られる立場になると、
 気が付いたら、寂しさだけが残っていた。…どうすれば…どうしたら
 この寂しさを紛らわす事が出来るんだ? その時に…聞こえた。
 慶造の声が……懐かしい…声が…。俺を怒る時の声だよ」

猪熊は目を瞑る。

「慶造の側に居たい…そう思った途端……」

突然頭を抱える猪熊は、話を続けた。

「小島の声で、自分の手に握りしめられているドスに気付いた。
 そして、自分が無意識のうちに、何をしようとしたのかも…」
「親父らしくない…」
「あぁ、俺らしくない。……その時、なぜ、小島が来たのか、
 理由を聞いた途端、一縷の光が見えたよ」
「五代目を守る…」
「阿山組を狙うのは、何も国内だけじゃない。海外からも
 目を付けられている。それを聞いた途端、俺の心につっかえていた
 何かが弾けた。それから、今がある」
「小島のおじさん、引退を宣言したはずなのに…」
「小島のことだ。信じるな」
「そうですね。…だけど、組長に対する事だけは信じますよ」
「それが、本来の小島だ。…八造も知ってるだろが」
「はい。えいぞうで」

苦笑いするくまはち。

「…何か…飲みますか?」
「いや、もう寝る」
「お疲れなんですね…」
「精神的にな」
「えっ?」
「……八造がクビになったんじゃないかと…ハラハラドキドキ…」
「おぉやぁじぃぃっ!!」

こめかみをピクピクさせるくまはちだった。

「部屋は、お前が過ごしていた部屋にしろ。元は八造の部屋だからな」
「好きに使わせて頂きます」
「食事は三好が作るから、ゆっくりしておけよ」
「……三好さんは、いつまでお世話係を?」
「好きにさせてるだけだ。俺は断ってるんだが…ったく、
 いつの間にか、俺以上の頑固さが出てきてだな……」

困ったように頭を掻く猪熊だったが、その表情には、喜びを感じられる。

「では、ゆっくりしておきます」
「お休みぃ」
「お休みなさいませ」

猪熊は、リビングを出て行き、自分の部屋に入った途端、ベッドに倒れ込む。そして、そのまま深い眠りに就いた。
くまはちの事も気になっていたが、海外では、激しく動いていたのもある。急いで帰ってきたのは、くまはちが休暇をもらったという情報を、えいぞうから一人の男に、そして、その男から小島にと伝わってきたからだった。

くまはちは、戸締まりのチェックをして、部屋へとやって来る。
猪熊家を出る前まで使っていた自分の部屋。くまはちが家を出てからは、六男の正六と七男の七寛が使っていた部屋。だけど、自分が使っていた頃の面影がそのまま残されていた。
兄たちの思いが伝わってくる。
いつ、どこに居ても、兄たちは自分を見守っていた。

家族を見掛けても、声を掛けるな。もう他人なんだからな。

そう言われて、猪熊家を出て、真子の側で生き始めたくまはち。
何かを忘れるかのように、一心不乱に動くくまはち。
端から見ても、無理をしているのが解るくらいの行動だった。しかし、疲れても、真子と接する事で癒されていた。

くまはちは、ベッドに寝転び、目を瞑る。
思い出す、あの日の事………。

絶対に、倒してやる……。

明け方、猪熊は、くまはちの部屋をそっと覗き込む。
くまはちの呟きを耳にした猪熊は、くまはちが心の奥にしまい込んでしまった思いを、悟った。


懐かしい香りで目を覚ましたくまはち。

懐かしい天井……。
そっか、ここ…自宅だ……。

何かを思い出したくまはちは、ゆっくりと体を起こし、体を解す。
くまはちにしては、珍しいのんびりとした動き。部屋着に着替えて、階下へ降りていった。
キッチンに顔を出すと、すでに食事を終え、三好と話し込んでいた猪熊が振り返る。くまはちは、少し照れた感じで挨拶をした。

「おはようございます」
「おはよ。ゆっくり眠れたか?」

猪熊が優しく声を掛けてくる。

「懐かしい夢……観ましたよ」

ニッコリ微笑んで応えるくまはち。

「そして、懐かしい香りで目を覚ましました。三好さん、いつまでも
 変わらないんですね、その……」
「八造君もですよ。はい、どうぞ」
「頂きます」

猪熊の隣に座り、料理を口に運ぶくまはち。

「八造」
「はい」
「墓参りは、何時に行く?」
「一人で行きますよ。構わないでしょう?」
「久しぶりに一緒なんだから、三人」

強く言う猪熊。

「かしこまりました」

すぐに従うくまはち。

ほんと、このやり取り…懐かしいぃっ!!

感慨深い三好だった。



私が運転します!!

強く言って運転席に乗り込んだくまはち。それには、三好も参ってしまい、猪熊と一緒に後部座席に座ってしまった。安全運転のくまはちを後ろから見つめる猪熊。

「それで、五代目は?」

質問は唐突だった。

「私が休暇の間は、母親に専念して頂くようにお願いしてます」
「安全なんだな」
「はい。真北さんも休暇で、付きっきりになるとか…」
「……八造……」

低い声で猪熊が呼びかける。

「はい」
「未だに、真北さんの性格……解らないのか?」
「解ってますから、美玖ちゃんと光一くんに頼んでますよ」
「それなら、大丈夫だな」

子供大好きの真北が、美玖と光一に頼まれ事をされると、仕事そっちのけになる事を知っている。

そういや、慶造と姐さんにも言われていたっけな…。

その昔に見た光景。今でも変わらない真北の行動に、安堵する猪熊は、窓の外を流れる景色を、ぼんやりと眺め始めた。



猪熊家の墓前に、三人の男の姿があった。

お母さん、こうして、ここに来るのは何年ぶりでしょうか…。

くまはちは、遠い昔を思い出しながら、手を合わせていた。

春子さん。あれから、何十年経ったのか。八造君も立派になりましたよ。

三好は、春子に語りかけていた。
末っ子の八造を常に心配していた春子。慶造と動き回って忙しかった猪熊に変わって、春子の話し相手にもなっていた三好。もちろん、愚痴も聞いていた……。

春ちゃん。早く……八造の心を解き放ってやりたいんだけどな…。
俺に……できるかな…。

修ちゃんなら、できるって!
だって、八造は、修ちゃんと同じ性格なんだもん。

猪熊の心に響く、亡き妻の声。猪熊は、意を決した。



猪熊家の墓を後にしたくまはちたちは、その足で、笑心寺へと向かう。そして、阿山家の墓前へとやって来た。くまはちと猪熊は、手を合わせ、そして、一息付く。

「親父、そろそろ」

くまはちが声を掛ける。

「……八造」
「はい」
「……お前、しまい込んだ気持ち…、ここで出せ」
「しまい込んだ気持ち?」
「心の奥にしまい込んだものだよ…」
「親父……」

猪熊は、阿山家の墓を見つめ、そして、語り出した。

「春ちゃんへの思いは、本部のお前の部屋で見つけた写真で解った。
 だけどな……八造の、五代目に対する見方…、気になってな…。
 あれ程まで、猪熊家の思いを嫌がっていたお前が、いきなり、
 候補に入れろと言ってきた。…真子お嬢様には、剛一と決まっていた……。
 なのに、八造は……」

ちらりと目線をくまはちに移し、そして、静かに尋ねる。

「剛一の事を考えた…それだけじゃないだろ?」
「…親父……」
「真子お嬢様の笑顔に魅了された。…それは、応えに思えない。
 もしかして、八造…」
「確かに、組長の笑顔に魅了されました。だから私は…。
 ………組長の側に仕えるようになってからです。……組長が
 寂しそうにしていると、それを取ってあげたい。母を亡くした
 寂しさは、知ってますから。だから、組長の為に。……そうしているうち、
 組長に………ある人物を感じるようになった………」

くまはちは、拳を握りしめ、それを見つめる。

「……組長は、大きくなるにつれ、ちさとさんと重なる事がありました。
 それと同時に、……慶人の面影も……」

慶人とは、真子が生まれる前、そして、真北が阿山組に来る事になった事件の前に居た、ちさとと慶造の息子…阿山家の長男で、天地組との抗争で、母のちさとを守って、この世を去った男の子の事。くまはちにとっては、忘れられない事もあるのだった。

「記憶にないフリをしてました。…ちさとさんの事…」
「そうだろうな。…ちさとちゃん…八造の事を気にしてたから。
 兄弟の中では、ちさとちゃんと接する時間が一番長かったのは
 八造だもんな。なのに、八造は家を出てからは、ちさとちゃんの事を、
 全く覚えてないという雰囲気だったろ。…慶造、気にしてた」
「…何度か尋ねられました。…でも、それを言うと、先代の気持ちを
 掘り起こしそうな感じがしたので、私は敢えて、口にしませんでした」
「そうだな…俺も、あまり話さなかったよ。…あの事件の後は…」

二人は、墓を見つめた。

「……八造は、誰よりも記憶力が良いもんな」
「押し込めないと……私が耐えられませんよ」
「何に耐える必要があるんだ?」
「ちさとさんへの思い、そして…慶人への思いを、組長に…」
「…お前が優しく接していたのは、ちさとちゃんへの思いか?」
「いいえ。それは、ちさとさんがいつも私にして下さった事。
 人は抱きしめる事で、心が落ち着くと……。…母を亡くした後、
 事ある毎に、寂しさを怒りに変えて、周りにぶつけていた私に
 優しく接して下さった。……気を抜くと、組長に求めてしまいそうで…。
 ちさとさんに似てきた組長を、慶人のように、体を張って守る…。
 そうすることで、慶人に勝てるような気持ちになる」

くまはちは、何か思う事があるのか、急に口を噤んだ。

「八造……」
「だけど、俺はもう…慶人には勝てない…。勝負…できませんから…」

静かに語るくまはち。猪熊は、ジッとくまはちを見つめ、そして、墓に目線を移した。

「結局、俺は、慶造を倒せなかった」
「親父?」
「慶造の言葉に、そして、行動に負けてしまった。…そういう事」
「えっ?」
「その答えを探せ……。だから五代目は、休暇を与えたんだろうな」

猪熊は立ち上がる。

「さぁてと。……これから、どうする? 久しぶりに何処か行くか?」
「………親父…旅行から帰ってきたばかりですよ」
「そうだった………」

くまはちも立ち上がり、そして、猪熊を見つめる。

「自宅でゆっくりするか…」
「そうですね」

そして、二人は歩き出し、三好が待っていた場所までやって来る。二人の姿に気付いた三好は、一礼し、二人の後ろを歩いて行った。




猪熊家・道場。

…結局、二人は手合わせをするんだから……。

中央で向かい合う猪熊とくまはち。
一礼した後、二人は、手合わせを始めた。お互いの力を試すかのように、手加減せず、激しい動き、素早い動き……そして、お互いの体に当たる鈍い音…。
三好にとっては見慣れた光景だが、猪熊家の人間の動きは、それでも痛そうなものだった。
猪熊の拳が、くまはちの腹部に突き刺さる。しかし、くまはちは、全く応えて………。

「………っ………」
「!!! って、八造、お前はぁ〜っ!!!!!」
「気になさらず……」
「その怪我もあるから、五代目が休暇と申したんだろがっ!」
「違います!!!」

言うと同時に、蹴りを差し出すくまはち。
それは、猪熊の頭の上をかすめて行く。その蹴りに殺気を感じられない猪熊は、

「本気になれっ!」

と怒鳴った。しかし、くまはちは、

「嫌です!」

負けじと返す。

「ぶっ倒すぞっ!」
「それは、私の台詞です!!」
「それなら、手加減するなっ!」
「してませんっ!!」

くまはちのオーラが瞬間に変わる。

!!!!

猪熊は、思わず身構えた。
受け身の体勢に入る猪熊。
しかし……。

「…!!!! おじさん」

くまはちは、拳を差し出したと同時に目の前に現れた小島の姿に驚いた。
小島は、くまはちが差し出した腕を抱きかかえるように、受け止めていた。

「八っちゃん…いつになったら、猪熊の挑発に気付くんだよ…」

いつにない、小島のオーラ。
常に隠している小島の本性が現れていた。

「それを承知で手加減しない…猪熊家では、例え怪我をしていても
 手合わせをする段階で、決められている事。…御存知無かったんですか?」
「知ってる。だけどな、今回は、両方とも倒れるぞ」
「小島…てめぇも一緒に倒されたいのかっ! どけっ!」

くまはちと話している小島に、猪熊が怒鳴りつける。

「…躍起になるなっ!!」

猪熊以上に怒鳴りつけた小島。途端に気が殺げる猪熊親子は、拳を弛めた。

「猪熊も八っちゃんも、怪我が完治してからにしろよ…ったく」

呆れたように言いながら、小島はくまはちの腕を解放した。

「……で、何の用だよ」

静かに尋ねる猪熊に、小島はいつもの調子で応えてしまう。

「遊びに来ただけぇ〜ん」
「あのなぁ……」



くまはちは、道場の掃除をしていた。それを見つめながら、猪熊と小島は話し込んでいた。

「ふ〜ん、そうやと思った」

小島が言った。

「ったく、俺の事を八造に言うなよ。…更に心配事を増やすだろ?」
「言わない方が、もっと心配する……だろ?」
「まぁ…な…。って、八造、それくらいで良いって」

雑巾がけを始めたくまはちに声を掛けるが、くまはちは、やり出したら停まらない。
猪熊家を飛び出すと決めた日から、毎日のように行っていた稽古後の道場の掃除。隅々まで綺麗にしないと気が済まないらしい。

「ほんと、八っちゃん、変わってへんなぁ」
「………新たな情報…か?」
「まぁ、そゆこと」
「本当に進展が早いな…。更に厄介なのか?」
「大丈夫だって。リックが抑えた」
「任せっきりも悪いだろ?」
「これ以上、悪化させたいなら、帰ってこなかったけどなぁ」

一度帰国したのは、くまはちの休暇だけじゃなく、猪熊の怪我もあった様子。

「…小島ぁ〜お前な…」
「確かめるのに丁度良いからって、八っちゃんを使うなよ。
 ここには、休暇で帰ってきたんだろ?」
「そうだったな…」

そんな会話をしている間に、くまはちは掃除を終わっていた。

「そや。今日は、外に遊びに行かへんか、八っちゃん」

小指を立てながら、小島が尋ねる。

「………おじさん、言ってる事が、すんごく矛盾してるんですけどねぇ」
「あっ……………………」

妙な空気が流れる中、三好が顔を出した。

「お昼出来ましたぁ〜〜」

待ってましたと言わんばかりの表情で、猪熊親子と小島は、道場を出て行った。




「ここは?」

小島が尋ねる。

「右です」
「……次は?」
「そのまま進んでください」
「…これは?」
「御自分で」

画面に釘付けだった小島は、後ろのソファに座るくまはちに目線を移した。

「……なんでしょうか?」
「…ケチ…」

口を尖らせて、再び画面に見入る小島。
今、小島がくまはちに尋ねながらも必死にやっているのは、AYAMAのゲーム
『目指せ! ボディーガード!』
くまはちを参考にAYAMA社の技術者である駿河が作ったゲーム。なぜか、それを必死にやっている小島。

「なぁ、猪熊ぁ」
「俺は、せん」

くまはちの向かいのソファに腰を掛け、テレビに背を向けている猪熊は、ゲームには、全く興味が無いような仕草を現していた。しかし、耳はしっかりとスピーカーから聞こえてくる音に傾けられている。

「…八っちゃん!! やばいっ! 交代してくれっ!!」

そう言って、いきなり猪熊の方にコントローラーを手渡す小島。

「って、なんで、俺やっ!」

そう言って焦りながらも画面に振り向き、続きを行う猪熊。

「おぉぉぉっ!!! 流石やなぁ」

慣れた手つきで扱う猪熊に感心する小島とくまはち。

「三好がたいくつしのぎに、持ってきた…っつーのは、嘘…やな?」

エンドロールが流れる画面を見つめながら、小島がボソッと呟いた。

「………親父……」

小島のおじさんと二人での行動が増えてから……変わった…???

そう考えたくまはちは、昨日聞いた小島の言葉を思い出す。

猪熊が変わったのは、あの日から…。

「親父…他に必要なら、送るけど…」

…うっ……。

くまはちの言葉に思わず詰まる猪熊。

「ほな、俺のもぉ〜……って、猪熊ぁ〜あがぁ!!」

小島の顎を思いっきり掴む猪熊だった。

「必要ない」

短く言って猪熊は、片づけを始める。

「手加減覚えろって! ったくぅ〜顎がガタガタやろがぁ」

と言いながら、顎をさする小島。

「しっかし、これ難しいなぁ〜。八っちゃんを参考にしたゲームやろ?」
「えぇ。駿河さんに思いっきり質問されましたよ」
「他には?」
「ボディーガード育成の他は、医者、教師、料理人……」
「……五代目の周りを参考って、ネタ尽きへんわなぁ〜そりゃぁ」
「他にもたくさんありますけどね。自分の心を悟られずに
 相手と接する…というのもありますよ。これは今まで発売した
 ソフトの中では、一番難しいでしょうね。未だに達成できない人が
 多いようですから」
「達成した人、居るんか?」
「えぇ。モデルの本人だけ」
「モデルって、…誰?」

小島の質問に、くまはちは、微笑みで応えるだけだった。

「元気にしてるんか? そのモデルは」
「嫌になるほど、元気ですよ」
「まさか、あぁなるとは思いもしなかったな…」
「私もです。でも、そこがあいつらしい」
「八造が唯一恐れる男…だったよな」
「また、別の意味で恐ろしかったですよ……」

親子の会話に入れない小島は、口を尖らせて考え込んでいた。

「あっ、まさちんのことか…なるほどぉ」

遅れて気付く小島の頭をぶっ叩く猪熊。

「遅すぎるっ!」
「いってぇ〜っ! だからぁ、殴るなって! 脳細胞が死ぬっ!」
「そんなのあったのかぁ、この頭の中にぃ〜」

猪熊は、小島の頭を両手で掴んで、ゆっさゆっさと揺らし始めた。

「うわっ、やめろって、猪熊ぁぁっ!!!!!!」

二人のやり取りを見て、きょとんとなるくまはち。少し離れた所で静かに座っていた三好が、くまはちの耳元でこそっと告げた。

「昔っからですよ、この二人は。それを四代目が停めてましたね」
「……俺……あまり、見た事無いから……親父の砕けた姿は…」

その呟きに、何故か安堵する三好。

「それだけ、気を張りつめてたんでしょう? 八造くんは」
「えぇ。…あの日から……」

母の春子が亡くなったあの日から、父の雰囲気が変わってしまった。
そして、その父に対する思い、猪熊家に対する思い、それから……阿山家に対する思いも…。

「でも、それは、たった一つの笑顔で、吹き飛んでしまったんですよ。
 そして、今があります。………親父……」
「あん?」

小島の胸ぐらを掴んだまま、猪熊が返事をした。

「ありがとう」

八造…???

くまはちのお礼の言葉の意味が解らない猪熊は、きょとんとしていた。

「……何の…お礼だよ…」

そっと尋ねる猪熊に、くまはちは、素敵な笑顔で応えた。

「俺を組長の側に付けてくれた事」
「それは、お前の望みだろが」
「…まぁ、そうですけど……でも、こうして俺は…」
「お前が幸せなら、それで良いよ」

そう言って、くまはちの頭を思いっきり撫で始める猪熊。

「って、親父っ! 頭撫でるなぁ〜っ!」
「気にするなっ!」
「やめろぉ〜って!!!」

その手から、父親の温もりを感じるくまはち。嫌がりながらも、嬉しかった。




猪熊家の風呂場。

『へぇ〜。ほんと傷が消えてるやん。八っちゃん、酷かったよな』
『そうですよ。でも、橋先生の腕で、ここまで』
『…しっかし、すんごい筋肉やな…なぁ、猪熊』
『…………何も三人揃って入らなくてもいいだろがっ』

どうやら、くまはち、猪熊、そして小島の三人が一緒に風呂に入っているらしい。それでも広い猪熊家のお風呂だが、一体、何が起こっているのか……。

三人は一緒に湯に浸かっていた。
照れたように背を向け合う猪熊親子。しかし、小島は、くまはちと向かいあって、くまはちの体を観察していた。

「おじさん、その傷……」
「あぁ、これか?」

なんとなく自慢げに、胸元にあるクロスの傷を見せる小島。

「原田にも残っとるで、俺が付けた傷」
「そのお話は、詳しく聞いた事無いんですけど、凄かったんですよね」
「まぁ、当時にしてはなぁ。なぁ、猪熊」
「俺にふるな」

冷たくあしらわれる小島。しかし、小島はへこたれずに、くまはちと話し続ける。

「……あまり、触れたくない時期だけどな…」
「覚えてますよ。…慶人が亡くなった日…ですから」
「なぁ、八っちゃん」
「はい」
「なんで、そこまで慶人くんにこだわるんだ?」

小島が長年気にしていた事の一つでもある。

「……慶人……無意識のうちに、俺を倒したから……だから、
 いつか倒してやるっ!! 幼心に、そう思ってました。でも……」
「果たせずに、今に至る……か」
「えぇ」

くまはちは、肩まで湯に浸かり、遠くを見つめた。

「でも……」
「ん?」
「それで良かったと思いますよ」
「良かったとは?」
「親父が四代目を倒せなかったように、俺は慶人を倒せなかったでしょうから。
 ……組長にすら、勝てませんからね」
「まぁ〜…五代目は、ある意味、阿山よりも凄いって……なぁ、猪熊」
「…そうだな……」

今度は素直に応える猪熊。

「あの時の蹴りと拳は……本当に……二人を思い出したよ。
 それに……今まで以上に……重かった………」
「…親父………」
「だから、八造は……猪熊家の誇りなんだよ」

慶造よりも強く、ちさとちゃんよりも優しい五代目を守る…お前が…。

呟くように言って、猪熊は湯から上がる。

「のぼせんうちに、上がれよ」

猪熊は風呂場から出て行った。
少し寂しげに閉まる戸の音を耳にして、小島は、大きく息を吐いた。

「あかん…まだ、残ってる…」

小島が呟く。

「おじさん……親父……」
「ん〜?? 単なる疲れやろ。湯に浸かった事で少しは取れたやろけどな」
「そんなに無茶したんですか?」
「ったく……死に急ごうとするんやから…」
「親父に一体何が遭ったんですか?」
「う〜ん。簡単に言えば、歳を取っただけ」

小島の言葉に、くまはちは項垂れる。

「そうですが、…って、そうじゃなくて、あのね…おじさぁん」
「八っちゃんが知っても得にならんで」
「それでも…俺の親父の事くらい…」
「気にせんと、俺に任せなさぁ〜い」
「心配だな……」

呟く…。

「……いつもいい加減やけど、…五代目に関わることには、本気やで」
「解ってますよ。…だから、安心しております」

力強く言ったくまはち。その言葉に驚いた小島は、口をあんぐり……。

「おじさん………?」
「なんか…猪熊以上に、厄介そうやな……俺の知らん八っちゃんが
 たっぷりありそうやでぇ〜。聞かせろぉ〜」
「嫌ですよ!! これ以上、湯に浸かっていたら本当にのぼせますよ!!!」
「それなら、今夜は寝かせん! 一晩付き合えっ!」

酒を飲む形を手で表現した小島。

「…俺…底を知らないんですけど…大丈夫ですか?」
「猪熊と同じくらいなら、平気や」
「……勝負っ!」
「おうっ!」

二人は同時に湯から立ち上がった。




くまはちの休暇・二日目の夜。
猪熊家のリビングの床に、ありったけの酒のボトルが並べられた。小島とくまはちが、床に向かい合って座る。
お互い睨み合い、そして、不敵に笑みを浮かべる。
それぞれが、それぞれのグラスにアルコールを注ぎ、飲み比べが始まった……………。



(2004.12.9 『極』編・その2 最強の二枚目護衛人 改訂版2014.12.23 UP)







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