任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第十一話 小島家の秘密が…。

ひょんなことから、秘密を知ってしまうこともある。いくら調べても解らない時が多いのに。


「よぉ、阿山ぁ。朝だよぉ」
「んー。……って、おいっ!」
「ん?」
「……何を考えてる?」
「お目覚めの……」
「いぃぃらぁん〜っ!!!!」

目を開けた慶造の前に隆栄の顔。いつものように、慶造をからかうため、隆栄はお目覚めのキスをしようとしていたのか、口を尖らせている。嫌がるように、慶造は、隆栄の肩を押し上げていた。

「がちがち…」

寝ぼけ眼をこすりながら起きあがる慶造。

「だから、ベッドにしろって言っただろが」
「今夜から、そうする………………って、なにしてるんですか、笹崎さん」

慶造が見つめる先。そこは、小島家のキッチン。
リビング、キッチン、ダイニングが一部屋の所。そこにあるソファで眠っていた慶造は、キッチンに立つ笹崎を見て、驚いていた。食卓には、色とりどりのおかずが並んでいく。

「朝ご飯ですよ。三食きちんと取らないと、体にも悪いですからね」
「いや、そうでなくて、なんで、笹崎さんが?」
「お世話するように言われてますよ」
「食事くらい、自分で…」
「栄養が偏ります。私に任せてください」

張り切る笹崎を見て、慶造は呟くように言った。

「やっぱり…降格ですか?」
「仕方ありません。組長の怒りに触れましたから」

そう言う笹崎は、微笑んでいた。まるで、慶造の世話をするのが、嬉しいかのように……。

「親父のやつ…」
「組長を責めないでください。それに、私は、この方が性に合ってます」
「あれだけ、頑張っていたのに…。親父の為にと、笹崎さん、いろいろと
 動いて、相手と話し合って…。それで、今があるのに…」

それは、あの日の慶造さんとの約束だったから…。

「たったそれだけの事で、元に戻れとは…親父…冷たすぎるよ」
「慶造さん。私が望んだことですよ。慶造さんの世話をすること」
「だから、俺は、一人でも大丈夫だって」
「まだまだですよ。はい、できましたぁ。小島君、修司君を呼んできて」
「はいな」

隆栄は、庭に出て行った。

「修司、ここに来ても、体力作りか」
「動いてないと死んだ気になるそうですよ。猪熊さんもおっしゃってます」
「ほんとに、あの親子は、自分のことを考えてるのか?」
「組長や慶造さんのことを考える。それが、自分のことに繋がるそうです」

慶造はため息を付いた。

「親父、大丈夫なのか?」

その言葉に、安心したように笹崎が応える。

「ご安心下さい」

隆栄と修司が部屋に戻ってきた。

「慶造、起きたか? やっぱり、疲れてるだろ。熱っぽいからな」
「うるさい」
「今日は病院だぞ」
「俺は大丈夫だ」
「あのなぁ、定期検診、来るように言われてたろが」
「そうだっけ?」
「ほんとに、病院嫌いだな」

慶造は、顔を洗いにリビングを出て行った。食卓に着く隆栄と修司にご飯を差し出す笹崎が代わりに応える。

「仕方ありませんよ。慶造さんは、あの時、かなりの治療を受けましたし、
 免疫剤の投与も長かったんですから。病院が嫌いになるのも当たり前ですよ」
「なぁ、笹崎のおっちゃん」
「はい」
「おっちゃんが側に付いてたのに、なんで、阿山が連れ去られたんや?」
「油断大敵ということですよ。あの事件の前、その組とは話し合いで終結。
 だけど、それは、表向きだけで、裏では、狙っていたんです。もちろん、
 組長の怒りに触れて、その組の者は一人残らずこの世を去りましたけどね」
「おっちゃんの力だったら、容易いはずやろ? 猪熊に聞いてるで。おっちゃんの怖さ。
 そりゃぁ、並大抵じゃないって。組長さんの側に付けたのも、その力量だって」
「そんなこと、ありませんよ」

優しく微笑みながら、笹崎は、慶造の食事の用意を始める。慶造が戻り、食卓に着いた。

「なぁ、笹崎さん」
「はい」
「ずっと、俺についてくれるんか?」
「そうなります。…駄目ですか?」

寂しそうな表情をして、笹崎は慶造を見ていた。慶造は、そんな笹崎を見て、フッと微笑み、そして、箸を取る。

「いただきます」

弾んだ声で、慶造が言った。

慶造さん……。

慶造の仕草と声で、笹崎は、慶造の思いを理解する。

「俺が嫉妬するで」

修司が呟いた。



道病院。
慶造は定期検査を受け、その結果を待っていた。もちろん、笹崎も指の様子を診てもらう。

「なぁ、先生」

慶造が、診察を終えた時、声を掛けた。

「ん?」
「指って、戻らないんですか?」
「離れた指が残っていたら、なんとか付けることできるだろうけどなぁ。でも、
 それをしたら、笹崎さんの行動を否定することにならないか? 慶造君の
 父が居る世界はそうだろう?」
「そうだけど…やっぱり…」
「踏ん切れないか?」

慶造は頷く。

「まだ、迷ってるんだな」
「迷うよ…。自分の手で転がしてみたくないか…なんて言われても、俺、
 その世界、嫌いだし、跡継ぎなんて、したくない。跡を継いで、その世界を
 変えることだって出来るって…。おれ、そんなに強くない…」

少し震える慶造を医者は、そっと抱きしめる。

「もう、考えるなと言ってるだろ?」
「ふとしたことで、思い出す…。未だに残ってる…笹崎さんが真っ赤に染まって、
 それでも、俺を守ろうとして…。だけど、俺は連れ去られた。傷ついた俺を
 助けるために、お袋は…」
「あれは、姐さんが望んだことだよ。ちゃんと輸血のために血も用意していた。
 それを姐さんが拒んだ。見知らぬ他人の血を息子に使うな…ってね」
「…だから、お袋の命を分けてもらったから、俺は、この体を…命を
 失いたくない。…それが、俺の迷いなんだと思う」
「その時が来れば、どっちかに決めること出来ますよ。だから、思う存分
 悩めばいい。悩むことは良いことですからね。ただし、間違った考えを
 実行することは、駄目ですよ」
「先生」
「はい」
「いつもありがとうございます。…俺、頑張ります」
「いつでも相談してくださいね。その為に、私は、居るんですから」
「はい」

慶造は、シャツのボタンに手を掛ける。
診察室の外では、修司と隆栄が、壁にもたれて天井を見つめていた。

「そうだったんか」
「あぁ。敵を倒したのは、組長ということにしてるけど、怪我を圧してまで
 現場に向かった笹崎さんが、組長を押しのけて敵を斬り殺していったんだって。
 それには、親父も驚いたって。どこにあれだけの力があるのか…。
 それまで、ただ、慶造のお世話係として、大人しかったんだってさ。何を言われても
 絶対に怒らない。慶造の優しさは、そこから来てると思うんだ」
「あの笑顔の裏には、そういう仮面が隠されていたのか」
「まあな」

修司が立ち上がる。慶造が診察室から出てきたところだった。

「どうや?」
「大丈夫だって。熱は薬の影響だろうってさ。だから薬はやめてもらった」
「痛み止めいらないのか?」
「もう、痛まないよ。…笹崎さんは?」
「先に終わったから、車で待ってるって」
「そうか。行こうか」

慶造たちは、駐車場へやって来る。
そこは険悪なムードが漂っていた。
慶造たちが向かおうとしている車の辺りには、いかにもやくざですという雰囲気の男が八人立っていた。その中心には、笹崎が立っている。男達に負けない程のオーラを醸し出していた。
慶造達は、思わず車の影に身を隠す。



「組長さん、体調でも?」
「いいや、別に。俺の傷を診るためだ」
「ほっほぉ〜」

男の目線が、笹崎の手に移動する。

「珍しい。阿山の三代目が、命じたんですか? それは御法度のはず。
 …で、怒りに触れて降格ですか?」
「さぁ、それは、どうだか。で、何の用だ? 組長はここには居ないが…」
「お車を見かけたので、御挨拶と思いましてね」
「組長は、すでに向かっておりますよ。…やはり噂は本当のようだ。
 中村一家が分裂状態……二グループに分かれたということ…。
 そんな少数で、何が出来るんですかねぇ」
「おたくの二代目と同じ手を使えば、できますよ」
「それは、また、血で染めようってことか?」
「場合によってはね」

男達は、手に銃を持つ。そして、笹崎に向けた。

「ここなら、間に合うでしょう? 病院だからね。それに、撃たれても死なない
 …そんな体でしたっけぇ〜、笹崎さんよぉ」

そんな威嚇に負けないオーラを醸しだし、懐に手を入れた。
笹崎の目の前に誰かが立った。

「慶造さん…」
「撃たせない。そんなもの、しまってください」
「しかし…」

慶造が醸し出すオーラが、笹崎の怒りを殺ぐ……。

「これはこれは、阿山の坊ちゃん。…やっぱり、笹崎は降格ですか。
 再びお世話係に戻ったってか? そりゃぁ、そうだわなぁ。坊ちゃんに
 怪我させたんだもんなぁ。それも、お前の傘下である組がなぁ」
「…何の用なんだよ。ここは、病院だ。そんな物騒なものを
 出してどうするんだよ」
「こうするんだ」

引き金を引く男。しかし、銃弾は別の場所に飛んでいた。男の手を掴み挙げているのは修司。そして、男の腹部に拳を入れているのは、隆栄だった。

「な、なんだ、このガキャぁ………」

そう言って、男は、その場に崩れた。

「小島、手加減せぇや」
「あほか、猪熊。こんな輩に手加減しとったら、阿山が危ないやろ!」
「だからって、これはないやろぉ。それも一瞬」
「そういう猪熊もだろが!」
「あのなぁ」
「うるさい!」
「……修司、小島……お前らなぁ……やりすぎ」
「…しゃぁないやろが」
「あのね…」

慶造は、項垂れる。
今まで、自分が見つめていた光景が変わっていた。
銃を向けて立っていた男達は、地面に倒れている。それも一瞬のうちに、目の前の光景が変わっていた。修司と隆栄が言い合っていたように、慶造が笹崎の前にやって来ると同時に二人は、男達を倒し、そして、慶造の前に居る男を手加減なしで倒していた。隆栄が突き出した拳を受ける前に、修司の蹴りが、男の腹部に入っている。それに気が付いたのは、笹崎と慶造、そして、隆栄だけ。もちろん、そんなことに気づくはずのない男達は、倒れている……。

「俺の仕事を取るな」

修司が怒鳴る。

「うるさい」
「慶造さん。無茶はなさらないで下さい」
「いくら、笹崎さんでも無茶です!」
「八人は、まだ、序の口ですよ」
「二十人斬りしたと言っても、それは昔の話でしょう?」
「体力は劣ってません!!」
「瞬発力は劣ってます」
「慶造さぁん、それはないでしょうぅ〜」

うるうると哀しそうな目になる笹崎。

「見ていて解りますよ。…で、どうしましょう」
「放っておきましょう。組長には報告しておきますよ」
「そうですか…」

慶造は、地面に横たわる男達を見つめていた。その視野を遮るように修司が前に立つ。

「乗れよ」
「…次は、手加減したれよ」
「わからん」

慶造を促して車に乗る修司。ふと目をやった所に立っている人物を見て、警戒を緩めた。
車は病院を後にした。


「手加減は、教えてないのか?」
「当たり前ですよ。敵に対しては必要ありませんから」
「仕方ない。中村さん。この始末は、おたくで」
「解ってますよ三代目。それにしても、楽しみですね。坊ちゃんの未来が」
「あいつが跡目を継ぐなら、この世界の未来も楽しみだけどな」
「笹崎さん、一人でやるつもりだったんですかね?」
「そうだろうな。笹崎は慶造のことになると俺より達悪いからな。覚えてるだろ。
 あの時の姿」
「覚えてますよ。流石の私も、立ちつくすしかなかったですからね」
「俺の出る幕なし。…今の時期だから、慶造の側に付かせたんだけどな。
 慶造は、勘違いしてるようだが…」

優しい笑みを浮かべる三代目。

中村一家の前に到着すると同時に分裂した奴らの行動を耳に入れた三代目は、こうして、追いかけてきたのだった。向かった先は、笹崎との事。慶造の側にいる笹崎。慶造の身にも降り注ぐと思い、組員総出で追いかけてきた所、修司と隆栄の姿。そして、笹崎を守る慶造の姿を見かけてしまった。去っていく時に修司が気が付いたのは三代目達の姿だった。


中村は、若い衆たちを引き連れて、倒れる男達をどこかへ連れて行った。それを見届けた三代目は、側にいる猪熊にそっと言った。

「次…向かうか…」
「厚木のところですね」
「あぁ。…あの中村のことだ。何を考えているか解らないからな。
 武器の調達だ」
「まさか、そのようなこと…起こりませんよね」
「そうなら、いいがな…」

三代目の心配は、よそにあるようで…。




「なぁ、阿山ぁ」
「ん?」

隆栄の部屋で、慶造は読書中。そんな慶造に話しかける隆栄。慶造の返事はいつも以上に素っ気ないのだが…。

「どっか出掛けようやぁ」
「小島が何か細かいことしてるから、出掛けないだけだ」
「阿山が、出掛けようとしないから、これの続きをしてるだけなんだけどなぁ」
「まぁ、俺は、外で遊ぶより、じっとしてる方が性に合ってる」

返事をするものの、言葉には冷たさが加わっている。どうやら、読書に集中しているらしい。

「……修司は?」
「笹崎さんと出かけた」
「どこに?」
「買い物」
「ふ〜ん」

話が途切れる。二人とも自分がしている事に集中しているらしい。
沈黙が漂う中、買い物に出掛けていた修司と笹崎が戻ってきた。
足音が近づき、部屋の戸が開いた。

「小島、言われた通りにたくさん買ってきたぞ。なんで、あんなに?」
「いいのいいの。すぐになくなるんだから」
「男四人で、あの量は多すぎるって」

修司と隆栄の会話に、ちらりと目を向ける慶造。隆栄と目が合った。

猪熊は気が付いてないのか?
言ってない。
ありがと。
後は、お前がしろ。

目で会話を終えた慶造は再び読書に集中する。

「慶造」
「ん?」
「…駄目だ…読み終わるまで待つよ。俺は下に居る」
「あぁ」

修司は、部屋を出て行った。

「阿山」
「…ん?」

本を閉じ、隆栄に目をやる。

「あの二人には言っておいた方がいいかな…」
「どうした、珍しく真剣に。知られたらまずいんだろ? 言わなくてもいい」
「しかし、食料品の減り加減に気が付かれると…」
「だぁいじょうぶ。俺が喰ったとでも言っておけ」
「…いいのか?」
「あの二人なら、信じる」
「それならいいけど…」
「だけど…」
「ん?」
「組の情報は、流さないぞ」
「わかってるって。期待してないもぉん」

慶造は再び読書に入る。
その時、隆栄の部屋の片隅にあるランプが点滅した。隆栄は、ランプの近くにある小さな何かに手を伸ばす。

「どうされました?」
『…大変な情報を入手しました。…どういたしましょうか?』
「大丈夫。俺の部屋には阿山しか居ないから」

そう言って、隆栄は、壁のとある場所に、OKのサインをする。そこには、小型のカメラが仕込まれている様子。

『例の中村一家が動きます。阿山組を裏切る様子です。慶造さん』
「はい」
『三代目は、すでに御存知のようで、厚木会から大量の武器を入手してます。
 それに匹敵する数で中村一家も入手しているそうです』
「それは解ってる。笹崎さんも知ってる事だ。しかし、どこを狙うつもりですか?」
『本部です』
「…無理だと思う。本部に仕掛ける前に中村一家の屋敷に向かっている」
『手薄になった所を狙うのか、動いてますが…』
「困ったな…」
『動きますか?』
「誰が?」

桂守の言葉に慶造が尋ねる。

『我々です』
「…って、桂守さんたちがですか? 動いても大丈夫なのか? 小島」
「大丈夫だよ。依頼のある所に向かってる。変装も得意だからね」
「それでも…」
「桂守さんたちだからこそ、汚れる仕事も出来るんだって」
「これ以上は…」
『迷ってる時間はありません。すでに、動いていますよ』
「周りに迷惑は掛けない程度にできますか?」
『容易いことです。では、依頼を受けたということで…』

連絡は途絶える。そして、隆栄の部屋のベランダに人影が現れた。それは、和輝と光治だった。隆栄がベランダに顔を出し、それに釣られるように慶造も顔を出した。二人は、跪き、深々と頭を下げている。
まるで、時代劇で忍者が主人に命令を受ける時のように…。

「では、阿山組本部前での警護ということで」

和輝が言った。

「阿山、それでいいのか?」
「仕掛ける前に抑えられるんですか?」
「はい」
「そのようにお願いします。その代わり、血を流さないように」
「ご安心を」

そう言って、和輝と光治は、姿を消した。

「?!?!??? …って、和輝さんと光治さんって、出身は伊賀か甲賀?」
「やっぱり、そう思うよな。出身は教えてくれないんだよ。でも、あの動きは、
 テレビで見る忍者そのものだよな…」
「確かに、動きは素早く、細かそうだけど…。大丈夫なのか?」
「阿山は動くなよ。何も知らないって顔をしておけ。家出中だろが」
「そうだけど…三日前の事が、こうも早く仕掛けてくるとは驚いてるよ」
「こっちも警護しておかないと、少数だろうけど、来るだろうな」
「…目的は、俺?」

真剣な眼差しで慶造が言う。

「いいや、笹崎さんだと思うよ」
「…守らないと!」

駆け出そうとする慶造の腕を掴み引き留める隆栄。

「行くなって。お前は、ここでじっとしてろ」

いつになく真剣な眼差し、そして口調で、隆栄が言う。

「お前が動いたら、それこそ、誰も動けない。阿山、お前のことは
 俺が守ってやる。猪熊も笹崎さんも自分で自分を守れる人だ。
 だけどな、阿山。お前は、自分を守る前に、周りを守ろうとするだろ?
 そこが怪我の素なんだよ」
「くっ…」

痛いところを突かれる慶造は、それ以上何も言えなくなった。

「だから、動くな」
「…解ったよ。しかし、俺を守る前に、攻撃してくれよ」
「血が…平気ならばな」
「……守って流すよりは、いいだろ?」

再びランプが光り、桂守の声が聞こえてくる。

『家の周りに中村一家の者が五名。武器は銃です』
「桂守さんに任せる」
『…ありがとうございます』

そう言った桂守の声は、不気味さに嬉しさが含まれていた。
慶造は、ちらりと外を見る。桂守が言ったように、小島家の周りを男達が囲んでいた。片手に銃を持ち、家の様子を伺っていた。
一人の男の後ろに、誰かが静かに立つ。男は気が付いていない様子。男の後ろに立ったのは、桂守だった。別の男の後ろには、優雅。
桂守と優雅がお互い顔を見合わせ、口元をつり上げた。
それと同時に、二人の男が地面に倒れた。


「??? どうした?」

中村一家の残りの三人が、倒れた男に近づき声を掛ける。その男達も倒れている男に重なるような感じで、ばったりと倒れた。それと同時に一台の車が静かに近づいてくる。
車が去った。
そこには、既に中村一家の五人の男の姿は無かった。

「…一瞬なんだな」
「そゆこと。阿山組二代目に付いていた猪熊さんの動きを基に
 強化させたんだって」
「敵に回したくないな」
「敵でも味方でもないって言っただろ? でも、俺は、阿山の味方だよ」
『隆栄さん』
「はい」
『周囲は安全です。それと、阿山組に到着した二人は、作業に入りました』
「…早いなぁ」

慶造が呟く。

『中村一家の屋敷では、すでに、始まっているそうです』
「…明日の新聞…賑やかだろうな…」

今度は嘆く慶造。

「もぉ、俺、知らん…」

そう言って、隆栄のベッドに倒れ込んだ慶造だった。


その間、キッチンで夕食の用意をしている笹崎と修司。まるで、何も知らないかのような雰囲気で用意をしていた。笹崎は、料理を担当し、修司は、笹崎が言う食器を出したり、片づけたりと手伝いながら、静かに話し込んでいた。

「兎に角、慶造に知られないようにしないとな…」
「先ほどの殺気も無くなりましたし…。本部の方からは、襲撃の連絡
 ありませんし…。だけど、中村一家の方には、仕掛けた様子ですね」
「明日の朝刊は、慶造に見せないようにしないとな」
「そうですね。慶造さんからは、ニュースを取り上げないと、痛手の上に
 更に痛手を加えますから…」
「それにしても、慶造…跡目を継ぐ意志がないと言ってるけど、
 そういう事に関しては、心配するし、指示を出そうとするよなぁ」
「私の教育でしょうね。跡目の教育もしておりましたから」
「俺と知り合う前?」
「えぇ。その名残なのか、変化が起こると伝えてしまいますね」
「そうでしょうね。慶造、俺が内緒にしていることを知ってる時がありますから。
 よろしいんですか?」
「いいんですよ。三代目の意志ですから」

そう言って、フライパンを温め、油を入れ、炒め物を始める笹崎だった。


夕食。
慶造は、何も知らないかのような表情で、食卓に着いた。

「いただきます」

静かに食べ始める四人。陶器の音、汁をすする音が聞こえるだけだった。

「明日…」

慶造が声を発したと同時に、笹崎と修司は、手を止める。

「明日さぁ、どっか、行く? …外出してもいいよね、笹崎さん」
「外出ですか…。そうですね。大丈夫でしょう。ちさとさんも呼びますか?」

笹崎の言葉に、慶造の動きが止まった。

「忙しいでしょうから…」

照れたように言って、再び箸を運ぶ慶造。

「なんだ、阿山ぁ、照れてるのか?」

隆栄の言葉に、修司と笹崎は、顔を見合わせる。そして、ちらりと慶造を見た。
普通だった。

あれ? いつもなら、小島に……。

そう思い、隆栄をちらりと見る……顔が苦痛に歪んでいる。

ま、まさかなぁ〜。

「って、阿山ぁ!! 弁慶を蹴るなっ!! 痛すぎる!」
「うるせぇ」
「本音を言われて、怒る癖やめれっ! ちゃんと誘えばいいだろが」
「危険だろ」
「俺たちは、危険じゃないっつーんか?」
「そうだろ?」
「まぁ、そうだけど、何もそこまで、それに、今日の明日で、来るとは思えない」

隆栄の言葉に含まれる意味が解った修司と笹崎は、慌てたように立ち上がる。

「…知ってますよ。中村一家の全滅なんでしょう? 伊倉組の時のように、
 残らないように…。それも銃器類で…。怪我人は?」

笹崎が慶造の質問に静かに応える。

「その連絡は、まだ、ございません。中村一家に向かったとしか…。
 それより、慶造さん。そのような情報は、どこから?」
「さぁね。企業秘密」

そう言って食べ終わった慶造は、箸を置き、

「ごちそうさまでした」

食器を洗い場へ持っていった。隆栄も食べ終わったのか、食器を持ってくる。

「修司、俺は、上に居るから。出掛ける時は、ちゃんと言ってくれよ」
「あぁ」

慶造と隆栄は、部屋を出て行った。二人を見届けた笹崎と修司は、呆気に取られたようにボォッとしていた。

「小島君でしょうね」
「あぁ。しかし、そんな素振り、無かったけどな…」
「やはり、地下に部屋があるというのは、本当なんでしょうね」
「地下に部屋?」
「えぇ。以前使用していた…二代目の頃ですけどね、小島家には隠し部屋が
 存在するということで、修司君のおじいさんが、探し当てて、焼き払ったようです」
「それか…おじいちゃんが、滅茶苦茶したのは」
「もしかしたら、今も、この家の地下に…そこで働く人物も居るんでしょう」
「それで、あんなに食料品が?」
「……なるほど。留守がちで、ほとんど小島君一人が使うにしては、キッチンが
 綺麗だし、冷蔵庫も大きいし…食器類の数も多いから、不思議には
 思っていたんですけどね」
「………どこなんだろ、入り口」
「見つからないはずですよ。私たちを泊めても大丈夫なところを考えると」
「そっか」
「さぁて。片づけますか」
「ごちそうさまでした」
「どういたしまして」

修司と笹崎は、片づけ始めた。


隆栄の部屋。

「なぁ、阿山」
「ん?」

慶造は、ベッドに寝ころんでいた。

「二人に…ばれたかな…」
「……かもな…。悪い…」
「いいってことよ」
「…ありがとな…」

慶造が静かに言った。

「ん?」
「ここと本部」
「あぁ。気にするなって。桂守さんは、俺の言葉に忠実だから」
「親父さんの為じゃないのか?」
「その親父が俺に…って。桂守さんの意志でもあるけどね」
「他の人は?」
「そうだなぁ〜。一番厄介なのは、優雅だって」
「あぁ、あの無表情の…」
「優雅が居るから、裏の情報、かなり集まるんだよ。もしかしたら、独立するかも
 しれない。…結構金になるだろ、そういう情報って」
「まぁ、そうだよな」
「優雅の仕事を恵悟が必死で覚えてるみたいだよ」
「大変だな、小島んとこも」
「まぁ、そうなるのかな…」
「…少し寝る…」
「って、阿山?」

いつの間にか俯せになっていた慶造に近づき、顔を覗き込む。そして、心配のあまり、慶造の額に手を当てた。
熱は無い。
少し安心する隆栄は、そっと布団を掛けた。そして、テーブルの上に広げている小さな部品を手に取り、何かを始めた。
細かいことに没頭すると周りが見えていない隆栄。修司が部屋に入ってきたことも気が付いていなかった。修司は、隆栄の邪魔にならないようにと、慶造の側に静かに歩み寄る。体調を心配したのか、額に手を当てる。
もちろん、熱は上がっていない。
ほっと一息付いた修司は、隆栄の動きを見つめていた。その目線に気が付かない隆栄だった。



「はい。…そうですか。……解りました。こちらは、大丈夫です。ただ、
 気になるのは、組長がおっしゃったように、地下に部屋があるようです。
 調べるんですか? …無理ですよ。慶造さんが怒ります。…無理です。
 その…先代のように行うと、それこそ、大変な事態になりませんか?
 それよりも、お手伝いしていただくというのは、どうですか? …えっ?
 …本当ですか…。それは、慶造さん、おっしゃらなかったんですけど…」

笹崎は、三代目に連絡を入れていた。その背後に、静かに立ったのは、地下に姿を隠し、絶対に、人前にさらさないようにと言われている桂守だった。背後の気配に笹崎が振り返る。

「!!!」

桂守は、恐ろしいまでの雰囲気を醸しだし、電話を切るように仕草をする。

「…慶造さんが呼んでますので…失礼します」

慌てて電話を切った笹崎は、桂守と同じような雰囲気を醸し出した。

「誰だ、あんた」

にやりと口元をつり上げた桂守。

「慶造さんと同じ仕草をするんですね。…流石、育ての親だけありますね」
「…誰だと聞いている…まさか、この地下に住む人間か?」
「夜食と思って来たら、まさか、阿山組三代目に連絡をしているとは…。それも
 この家の事を。…そちらは、手の内を見せないというのに、おかしいじゃありませんか?」
「そぉんなことは、…ないけどなぁ」

笹崎の言葉を無視して桂守は、冷蔵庫を開ける。

「…あのなぁ。俺の質問…」
「桂守。あんたが不思議に思っていた通りだよ。…で、私たちを利用するとでも?」

冷蔵庫から食材を取り出し、ドアを閉めた。

「無理ですよ」

桂守は、笹崎に振り返り、冷たく言った。そして、キッチンの電気を付け、料理を作り始めた。


『って、慶造っ!!』
『阿山、大丈夫だって。それは…』

修司と隆栄の声が聞こえたと同時に、キッチンのドアが開いた。そして、息を切らした慶造が入ってくる。

「慶造さん??」

桂守と笹崎が同時に言った。

「…なんだぁ〜。桂守さんだったんですか…。異様なオーラを感じたのと、
 それに対抗するように笹崎さんの気を感じたので…」
「すみません。その…この人が気になったので…」

笹崎が、優しく応える。

「桂守さんも、そのお姿を…」
「笹崎さんが、三代目に連絡していたので、気になりまして」
「連絡って、まさか…」
「少し気になりましたので」
「駄目ですよ。これ以上、迷惑を掛けるのは…」
「迷惑?」

笹崎は、慶造の言った『迷惑』の意味がわかっていない。

「修司のじいさんの件、知ってるだろ? だから、再び迷惑を掛けるのは…と
 そういうことですよ」
「それには、ご心配なく。組長には、協力して頂けないかという話をしておりましたから」
「親父が、するわけないだろ」
「それでも、本部前の事には、感謝してましたから」
「気が付いていたのか?」
「その…防犯カメラに…。迫ってきた気配が急に消えたことを不思議に思った
 うちの組員が、調べたそうです。そうしたら、目にも留まらぬ早さで、中村一家の
 組員達を倒す人物が居たと。それは、さながら忍者のように…」
「はぁ、まぁ…」

あのお二人は、そんな雰囲気だったよなぁ。

困ったように口を尖らせる慶造だった。

「あっ、桂守さん、私が作りましょうか?」

急に話を切り替える慶造。

「力の付くものを…」
「それなら、笹崎さんに頼みましょう。お願いします。えっと…七人分」
「って、そんなに居られるんですか、地下に…」
「そういうこと。…それと、これは、絶対に内緒ですよ。誰にも言わないこと。
 例え、親父が命令しても…」
「慶造さん…あの…その…それは、私に死ねと言ってるようなものですよ…」
「何も無かったっつーことで。この人は、小島の親戚なんだからぁ」
「そうでしたか。申し訳ございませんでした」
「あっ、いえ、気になさらずに」

急な展開に桂守は、焦る。

「では、七人分で」

そう言って、笹崎は嬉しそうにキッチンに立つ。

「あ、あの…」
「ご心配なく。私より、おいしいですから」
「いえ、その…私の心配は、そっちじゃなくて……」

桂守に告げた後、慶造は、笹崎と話し込んでいた。何も言えなくなった桂守は、隆栄に振り返る。

「言っただろ。得体の知れない男だと。…これが、四代目になる男だと」
「そうですね、隆栄さん。まさか、私たちの事を考えて下さるとは思いませんでした。
 今まで、そういう風に扱ってもらったこと…ございませんでしたから…」
「それが、阿山なんだよ。なぁ、猪熊」
「…って、俺、事態を把握してないんですけどぉ」
「……あっ……」

そういや、猪熊には言ってなかったっけ…。

「あ…あっはっはっは…」

乾いた笑いがキッチンに、小さく響いていた。


次の日、慶造達は、ちさとを誘って、ドライブに出掛けていた。もちろん、慶造が好きな、あの場所へ。
ちさとと隣に並んで、素敵な景色を眺める慶造。その後ろ姿を見つめる笹崎は、心を和ませていた。
それは、慶造の側で、輝かんばかりの笑顔を見せるちさとが、そうさせているからだった。

こうして、中村一家の件以外、何事もなく、高校二年生の夏休みが終わった。



(2003.11.21 第一部 第十一話 UP)



Next story (第一部 第十二話)



任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜「第一部 目覚める魂」 編 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説・外伝 〜任侠に絆されて〜 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.