任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第六話 猪熊家の恒例行事の始まり

心が揺らぎ始めた。だけど、それは、守りたいためだった。


修司は、病室のロッカーを開け、着替え始めた。

「…っつー…」

まだ、退院許可は出ていない。にも関わらず、少し痛みが残る体に無理をしてまで着替えているのは、なぜなのか…。

慶造さんに怒られる。

いつまで寝てるつもりだ? それとも、無理して出てくるな?
どっちを理由に怒られるのか…。
それを楽しみにしながらも、着替え終え、ロッカーの扉を閉めた時だった。

「猪熊君!! 駄目ですよ!!! まだ、起きるのは…それに」
「解ってますけど、じっとしているのは…慶造に悪いですから」
「その慶造君が、きっちりと治してからと言ってたでしょぉ。それでも?」
「すみません。その…退院許可が無理でしたら、外出許可を…」
「駄目です。そんなに無理してまで、どこに? 慶造君のところ?」
「はい。心配で…。その……あの事件で休みの間は外出禁止になったと
 笹崎さんからお聞きしたので。…慶造…あいつ、強く見えても寂しがり屋だから
 心配なんです」

そのように語る修司の肩に手を置く看護婦は、ため息混じりに言った。

「その心配…取り越し苦労って言うんだよ…。そのね……」
「?????」

看護婦が廊下を指さしていた。不思議に思った修司は、病室のドアを開け、廊下を覗く。


「フルハウス」
「ストレートフラッシュ」
「………。阿山ぁ、てめぇなぁ、どうして、いっつもそうなんだよ!!」
「お前が配ってくれるから」
「しれっと言うな、しれっと。……おぅ、猪熊っ! 何処行くんだ?」

廊下のソファで、小島と慶造がポーカーをしていた。病室から顔を出した修司に気が付いた小島が、カードをくりながら声を掛けた。

「…って、何してんだ????」
「朝早くから、ずぅっと、そこで遊んでるんだから…」

看護婦が呆れたように言った。

「朝早くって、…あのなぁ」

修司が怒り任せにズカズカと近寄っていく。その間も、カードを配り、ゲームを続ける小島と慶造。

「慶造、外出禁止…………って、なんだ、その面っ?!?」

顔を上げた慶造。頬には殴られた跡がくっきりと…。

「組長に殴られた跡。よぉし、次は負けないぞぉ」

小島が言った。

「なんで、組長が?」
「ん? ……修司、これは、どうしたらいい?」
「これとこれ」

修司に言われたカードを捨て、新たに取る。慶造の眉間にしわが寄る…。その表情で、小島は勝利を確信したのか、にんまりと笑った。

「おっしゃぁー、ストレートじゃぁ!」
「ストレートフラッシュ」
「……って、それは、ロイヤルストレートフラッシュっつーの」
「あっそぉ」

あっけらかんという慶造だった。

「誰が言い出したんだ?」

修司が尋ねる。

「俺。ここ来て、病室覗いたら、猪熊は未だ寝てたから、暇だしぃっつーことで
 看護婦さんにカード借りたのよ。で、知ってるゲームは、ポーカーっつーから、
 始めたわけ。…俺、勝てないんだよなぁ。なんで?」
「…慶造は、負けたことない」
「…そんなに良いカードが回るのが不思議だろが」
「知るかっ」
「で、修司、何処に行く? まだ、歩き回るのは許可されてないだろ?」
「…いや、その…なんだなぁ、お前のことが気になってだな…。…で、
 どうしてここに?」
「俺の定期検査だ」
「……そっか」

慶造は、カードを揃えながら修司と話し込む。

「歩いて大丈夫なのか?」

慶造が尋ねた。

「少しくらいは、大丈夫だよ」
「無理するなよ。夏休みの間に、ちゃんと治しておかないと二学期に
 登校できないぞぉ」
「寝てばっかりだと、余計に体をこわしそうだからさ。庭、歩くか?」
「殺風景だぞ、ここの庭。もっと自然を増やせば、患者も和むだろうによぉ」

慶造が言うと同時に、医者がやって来た。

「ほぉ〜。殺風景ですかぁ」
「…先生っ!」
「まぁ、確かに、そうですが、そこまで手が回らなくてね…。…で、修司くぅん。
 どうして、そこに立っているんですかぁ? 駄目だろがっ!!」

医者が、修司を抱きかかえ、強引に病室へ連れ戻した。その素早さと言ったら、表現できない程だった。瞬きをしている間に、修司の姿は廊下に無かった。

「あの医者、怖いなぁ〜」

小島が呟く。

「まぁな。親父も恐れてる。それくらいじゃないと医者はつとまらないだろな」
「それにしても、痛そうだなあ。頬。……阿山、ほんとに、やめとけよ。
 側に居るこっちが、震えるから」
「うるさいなぁ」

ちょっぴり照れたように慶造が言った。


修司の病室。
強引にベッドに寝かしつけられた修司は、医者に服を剥ぎ取られた。そして、傷口のガーゼを交換される。

「まだ、動くと傷に響くだろ?」
「これくらいは、平気ですよ」
「慶造君を守る為には、体が資本だろ? 大切にしないと」
「……そうですね……ん?? 先生、慶造の定期検査って、終わりましたよね」
「もう大丈夫だからね。体も強くなってきたし、心配ないんだけど…何か?」
「いや、さっき、ここに来たのは、定期検査って…」
「…なるほど」
「なるほど???」

修司に服を渡す医者は、それ以上何も言わなかった。

「修司君が、入院している間、小島君が慶造君の側から離れてなかったって」
「小島が?」
「修司君の代わりだってさ。慶造君が心配するからって、修司君の事を
 考えないように振る舞ってたらしいよ」
「…そうですか……。…あの頬の殴れた跡は?」
「組長さんから頂いたそうだよ」
「だから、どうしてですか? …あっ…」

そこまで聞いて、事情が解った修司は、呆れたように微笑んでいた。

「…で、どうする? 外出許可欲しいか?」

優しさの裏に、怒りが含まれている雰囲気で医者が尋ねる。

「いいえ、結構です」

ハキハキと応える修司だった。



「宿題は、先生に許可もらったから、出来てからでいいって」

小島が言った。

「…春ちゃんに持ってきてもらったから、ほとんど終わってる」
「そっか」

ちょっぴり寂しそうに言う小島を見た修司。

「俺、悪いこと、言ったか?」

慶造にこっそりと尋ねる。

「先生に必死に頼み込んでたんだよ」
「…春ちゃんの事、考えなかったんだな」
「小島はな」
「慶造、考えてて言わなかったのか?」
「まぁな」
「意地悪だなぁ」
「……ほっとけ」

微笑む慶造を見て、修司は心配していたことが吹っ飛んだ。

俺…必要ないのかな…。

ふと過ぎった考え。修司は、首を振る。

「どうした?」

慶造が修司に尋ねた。

「いいや、何も」
「傷が痛むなら、先生呼ぼうか?」
「大丈夫だよ。ありがと」

これだけ、心配してくださるなんて…俺……。
もっとしっかりとしないとな…。

修司は、大きく息を吐く。

「…って、やっぱり無理してるんだろがっ! ったく」
「慶造っ! あっ、これは……」

慶造は、修司の言葉を聞かずに病室を出て行った。

「ナースコールを押せばいいのになぁ。ったく、阿山は、一呼吸を
 置かないんだからな。何度も言ってるのに」
「そうだな。…やっぱり、俺が付いていないと、駄目だな」

なんとも言えない表情をする修司だった。
その頃、慶造は、ナースステーションに向かって歩いていた。
どうやら、修司に合わす顔がないようで……。

「慶造君、ちゃんと伝えた?」

ナースステーションの看護婦が慶造の姿を見て尋ねた。慶造は、首を横に振る。

「伝えたい気持ちは、ちゃんと言葉に表さないと後悔するよ?」
「解ってますが…その…勇気がなくて…」
「修司君が去っていくとでも?」
「失いたくないから」
「だったら、なおさら言わないと」
「言えませんよ。…体を張って、俺を守ろうとするな…なんて。…言っても
 修司の体に備わった何かが、働くと思うから。それに、俺は自分で行動を
 制限できないと思うし…」
「だったら、後悔しない為に、どうすればいいか、しっかりと考えなさい。
 そして、自分が選んだ事は、間違っていないという自信を持つこと。
 間違ってるかもしれない。途中で気が付いたら、それをどう克服するか
 しっかりと考えればいい。慶造君には、それだけ力があるんだから。
 ね。そう悩まないで、いつものように振る舞わないと、修司君が気にするよ。
 慶造君のこと、なんでも見通されるんでしょ?」

看護婦は、素敵な笑顔を慶造に向けていた。
心が和む…。心のわだかまりが解けていく…。
そんな感じだった。

「ありがとうございます。…その…修司に痛み止めを…」
「どれくらいがいいかな。軽いものにしておくね。後で届けるから」
「お願いします」
「ナースコールでも良かったのに」
「………。そうでした。では、お願いします」

慶造は一礼して修司の病室へ戻っていく。その後ろ姿を見つめていた看護婦は、呟いた。

「慶造君、記憶戻ってるのかな…」




夏休みが終わった。
慶造と小島は、教室でのんびりと過ごしていた。三階にある教室。少しばかり景色が良い。ふと、窓の外を見た慶造は、道を歩く男性と目があった。その男性が不気味に微笑み、懐から銃を取りだした。慶造は、動揺することなく、その男を見つめている。突然、その男を取り押さえるように阿山組組員が飛び出してきた。

「馬鹿が。周りを見ろって」

慶造の居る教室は、狙ってくださいと言わんばかりの格好の場所。下からも狙われ安いが、同じ高さのマンションなどからも狙われやすい。しかし、狙われやすい場所ほど、その仕草が見えやすいのだった。
小島が窓の外を眺める。

「阿山も有名になったなぁ。跡目継ぐのか?」

小島の問いかけには応えない慶造。

「それにしても、今日もわんさか居るんだな。数減らせよ」
「笹崎さんに直接言ってくれよ。あれ、全部笹崎組だから」
「ったくぅ」

普通に話してる時点で、跡目継ぐ雰囲気あるのになぁ。

「そうですね。数は減らして頂かないと、我々も怖いですから。夏休みが開けた途端、
 こんな感じで、やくざに周りを囲まれると迷惑なんですよ」

同じクラスの優等生・上村という男子生徒が嫌みったらしく話しかけてきた。いつもは、慶造や修司、小島のような『ガラの悪そうな』連中を毛嫌いしている。それに加え、自分より成績が上を行く慶造の事が、更に嫌いだった。

「猪熊くんだって、未だに退院していないのに、守られた阿山君が
 こうして、平気な顔して、学校に来ている。それも周りにあのような
 やくざを潜ませてまで。そこまでして、学校に来なくても、君の家なら
 家庭教師を雇ってもいいんじゃない?」

上村の言葉に、慶造は考え込む。そんな慶造に向かって、上村は更に言葉を続けた。

「まるで、王子様みたいな感じで、周りに囲まれて、自慢げな表情。
 何もかも簡単にこなして、さも出来ませんという雰囲気を醸し出して…。
 見ていて、こっちが、腹立つよ!」

慶造が、急に立ち上がる。その仕草に、恐れた上村は、腰が引けるように机に座ってしまった。休み時間の賑わいが、急に消えた。誰もが、慶造達に注目している。

「……でもなぁ。あの家に居るの…嫌だからなぁ」

そう呟いて、慶造は座り、腕を組んで考え込んでいた。

「阿山???」
「ん?」

どうやら、慶造は、上村の言葉『家庭教師を雇っても…』の辺りで、周りの音が耳に入らないほど深く深く考え、自分の世界に入っていたらしい。

「…こりゃ、大物だな」

小島が呟いた。

「と、と、兎に角、周りのやくざ、どうにかしてくださいね」
「あのなぁ、上村ぁ」
「は、はいぃ!」

小島の口調に上村の声が引きつる。

「もし、居なくなってみろ。『はい、狙ってください。』と言ってるようなもんだろ。
 現に、さっき、一人狙ってたんだぞ。阿山に弾ぁ、当たってみろ。ここが
 血の海だぞ。…それに、上村ぁ、あんたを含めて、みんなが死ぬぞ。
 こういう場所を狙ってくる輩は、周りのことが見えていないんだよ。それに
 腕も悪い。狙いが外れて、お前に当たったらどうする? …居ないと駄目だろ?」
「そ、そうやって、脅してくる事態、やくざですね!」
「ちぃっと違うなぁ。まぁ、お前のように、ひがんでいるようじゃぁ、先のことは
 考えられないだろうなぁ」
「ひ、ひがむって」
「自分が何でも一番じゃないと気が済まないんだろ? いくら努力しても
 なれないのは、元々が悪いか、努力が足りないかのどっちかだ。
 阿山に言ってくる勇気があるなら、もっと違う方に目を向けろや。
 何を言っても、ほれ…阿山には、無駄だ。さっさと向こうに行けよ。しっしっ」
「ひがんでないやいっ!」

捨て台詞と共に、上村は、自分の席に座った。(と言っても、慶造から二つ後ろの席だが…)

「やっぱり、家庭教師は無理だな。家に閉じこもりたくない……ん??」
「…ほんと、大物だな、阿山は」
「えっ、何? 上村君は、何を??」
「はぁ〜〜っ…ったく」

かなり後になって、慶造のこの行動や思考は、自分の怒りを抑える為の自己防衛策だったことが判明するのだが、この時の小島には、判らないことだった。


その日の夜。慶造は、笹崎の部屋を訪れる。

「笹崎さん」

ドアの向こうで慶造が呼ぶ。笹崎は、慌てて部屋を出てきた。

「はい」
「その……今日のことだけど…」
「黒崎組ですね。再び活動を開始したようです。何でも、現組長が
 病で床に伏せっていて、跡目の話をし始めたそうで、その力を見せた者が
 跡目を継ぐと…」
「そうじゃなくて…」

笹崎の話を遮るように慶造が言う。

「そのね、警護なんだけど…。減らして欲しい」
「明日は、更に増やそうと…」
「組員のみなさんは、私の為にその世界を生きているんじゃないでしょう?
 それに、明日から、修司も来ることだし、先生にも頼んだから」
「いいえ。これだけは…」
「クラスのみんなが怖がってるから」
「慶造さん……」
「そのことで、嫌味を言われる…俺、堪えられない。解ってくれるよね、笹崎さん」
「そうですか…解りました。少人数にします」
「ありがとう。では、お休みなさい」
「お休みなさいませ」

慶造は、去っていった。廊下の窓の向こうを歩く慶造をいつまでも見つめる笹崎は、ため息を付き、壁にもたれかかった。

仕方ありませんよ…これだけは。
黒崎の跡目を継ぐ男…一筋縄ではいかない奴ですから。
でも…慶造さんの思いを壊したくない…。
同じ歳の連中と戯れる楽しさを知った今は…。

深刻な表情で、部屋に戻る笹崎だった。




朝。
慶造は、いつもの通り本部の門を出てきた。

「おっはよ」

そこには、修司が元気な姿で立っていた。

「おはよ。どうだ、調子は?」
「なんとかね。まだ、激しい動きは駄目だと言われたけど、すでに体動かしてる」
「くたばるなよ」
「解ってるって。心配症だなぁ」
「うるさい」
「はぁい、お二人さぁん。いつものように、元気だねぇ。……って、おぉい」

小島が慶造と修司に声を掛けたが、二人は、知らん顔で通り過ぎた。

「あのなぁ」

二人を追いかける小島だった。

学校に着き、教室に入った途端…。

「猪熊くん! 退院おめでとう!」
「待ってたよぉ!」

遊園地に一緒に行った女生徒たちが何やら手に持って駆け寄ってきた。

「これ、退院祝い。受け取って!」

女生徒達は一斉に手に持っている物を差し出した。

「気持ちだけでいいよ。ありがとう」

さらりと言って、修司は、自分の席に座った。女生徒達は、追いかけてくる。

「いらないよ。春ちゃんに怒られるから」
「退院祝いくらいもらっても怒らないだろ?」

小島が言った。

「小島が俺の立場だったら、どうだ? 美穂ちゃん、怒らないのか?」
「もらえるものは、もらっときぃって」
「…なるほど。でもなぁ」

ちらりと女生徒達に目をやった。

「あがぁ、解ったよぉ。ありがとう」

どうやら、女生徒達の目は、うるうるとしていたようで……。その目は、修司の一言で、輝く物に変わっていた。

「やった!」

喜んで、女生徒達は、自分たちの席に戻っていった。
受け取った物を目の前に、修司は困っていた。

「家に帰ってから、開けようっと」
「今開けろよぉ」
「照れるもん入ってたら、どうするんだよ」
「それもそっか。何が入ってたか、教えてくれよな、な!」
「あのなぁ」

修司と小島が話している間、慶造は、教科書を机に出し、予習を始めていた。ちらりと外を見る。

……八人か…。これでも減った方だよな…。

「ん? 警護、増えたのか?」

昨日の事を知らない修司が慶造に尋ねた。

「まぁな。黒崎組が動き出したらしくて、俺を狙ってるって」
「遊園地のは、違っただろ?」
「でも、黒崎組系だったろ」

小島が話に加わってくる。

「らしいな。…でも、今更、争ってどうするんだろな」

慶造が言った。

「恐らく、末端には、違った言葉で伝わってるのかも知れない。深刻だな」

いきなり警戒心を強める修司だった。

「猪熊。ここは、大丈夫だ。昨夜のうちに、防弾にしてもらったから」

窓を軽く叩く慶造。修司はその音で、把握する。

「一晩で?」
「成川先生が絡んだから…」
「なるほどね。あまり、面倒掛けたくないのにな」
「あぁ」
「で、強度は?」
「どうだろな。……近距離は無理かもしれないけど」

チャイムが鳴った。生徒達は、自分の席に着く。そして、授業が始まった。



「だるかったぁ」

放課後、校門を出た途端、そう言ったのは、修司だった。

「久しぶりだったもんな。だから、無理するなって言ったんだよ」

慶造が呆れたように言った。

「少しくらい体にむち打たないと、なまけ癖が付くよ」
「猪熊は、そんなことないって」
「いいや、体が覚えると、中々抜けないだろ?」
「そうだよなぁ。特に、女! …!!!」

ガッツーン…。

慶造の拳が飛ぶ。

「いってぇ〜。あのなぁ、阿山ぁ、何かと拳を飛ばすのん、やめれ!」
「じゃかましぃ! そんな品のない話するなっ!」
「…ったく、親父に頼んで、遊びに行くか? 女を知ったら、変わるって」
「こぉじぃぃまぁ〜〜」
「なぁんだよぉ」
「ほんとに、お前は…」
「俺で、よければ…いつでもいいよぉん」

小島は、慶造の肩に手を掛け、耳元で呟いた。
鳥肌が立つ慶造。いつもなら振り払うが、この時は硬直していた。

「小島、やりすぎ」

冷静に修司が言う。

「しぃませぇん」

ふざけた口調で謝る小島だった。

「なぁ、なぁ、阿山ぁ」
「な、な、なんだよ」

まだ、硬直している慶造。

「本当に、どうだよ」
「だから…」
「キュンてなる女が居るかもしれないだろ?」
「いいんだよ。今は。…これ以上、守る者が増えるのは、嫌だから」
「そっか」

慶造の気持ちが解ったのか、小島は、それ以上、女の話はしなかった。

「それよりさぁ、小島」
「あん?」
「なぁんで、いつも帰る方向はこっちなんだ?」

慶造が尋ねる。

「家に帰っても誰も居ないもぉん。寂しいだろが」
「そうやって、日付が変わる頃に帰って、しまいには、怒られるぞ」
「大丈夫大丈夫。俺ん家、すんごい開放的だから。小学生の頃からだよ」
「それって、周りに目を向ける為なのか?」
「かもしれない」
「寂しくないのか?」

慶造が深刻な表情で尋ねた。

「…寂しいよ。だから、こうして、好きになった奴と一緒に居るわけだよ。
 俺と一緒は、嫌…か?」
「…なんか、悪い性格になりそうで…」
「あぁやぁまぁ〜。言って良いことと、悪いことあるぞぉ」
「気になるのか?」
「うんにゃ、気にならんけど」
「ほぉんと、小島って、タフだな」

ニッコリ笑顔で慶造は言った。

「いい加減なだけだろ」

修司が呟いた。

「猪熊ぁ」

修司にじゃれる小島。その腕から逃れるように体を反らす修司。そんな二人を温かい目で見つめる慶造。
この三人の不思議な絆は、益々強くなっていった。




冬。
慶造達は、二学期最後の日を迎え、学校へ向かう。

「なぁ、阿山ぁ」
「ん?」
「クリスマスパーティー、今年もするのか?」
「しないよ」
「今年は、盛大にしようや」
「どうして?」
「剛一(ごういち)くんにとって、初めての冬だろぉ」
「あのなぁ。そうやって、毎年、何かにこじつけて、はしゃぐのはやめろ」
「いいやんかぁ、なぁ、猪熊」

声を掛けられた修司。どうやら、何か深く考え込んでいる様子。

「修司、どうした?」
「ん? あっ、何?」
「小島が、クリスマスパーティーしようってさ。どうする?」
「そうだなぁ、春ちゃんの息抜きにもなるだろうから。今年も、慶造の家か?」
「まぁ、そうなる」
「じゃぁ、帰ったら、早速聞いてみるよ」
「…あぁ。…で、悩み事か?」
「ん…う〜ん。俺も父親だなぁって」
「そうだよな」
「それでだな、いつまでも、こう、チャラチャラできないだろ」
「それも言えてる。父親って、言われないと解らない」

小島が言った。

「小島に言われたとなると…益々深刻だな」
「って、おぉい、その言い方はなんだぁ?」
「そのままってことだろ」

慶造が代わりに応える。

「さいでっか…」
「母乳って、味無いんだな…」

しみじみと言う修司。その言葉を耳にした二人は、思わず歩みを停めた。

「…猪熊…お前…あの…その……なんだな…」
「修司、子供の飯とって、どうするんだよ」

慶造の言葉に、小島は、ずっこけた。

「阿山…考えることが違う。…あのな、猪熊がその味を知ってると
 言うことはだな…その…」
「ん? 焦ることか?」

何も解っていないのか、慶造は、首を傾げていた。

「夫婦なんだから、いいだろが。修司は、そういう奴だ。よく今まで
 我慢してたよなぁ…と思うよ」
「はぁ〜……。なんだかんだと言って、この中で、その話に一番詳しいのは
 阿山なんだろうな。…なのに、どうして、まぁ、未だに…ね」
「うるさい。抱きまくってどうするんだって。愛の無いのは、嫌だね」
「本当は、面食いなんだな?」
「小島…お前、パーティーに来るな」
「えぇ、なんでぇ? 俺が主催だろがぁ」
「行こう、修司」
「そうだな」

そう言って、慶造と修司は、小島を放ったらかしにして、校門をくぐった。

「ちょっと、待てって!! 阿山ぁ」

小島は、追いかけていく…。


そして、次の日。
慶造の部屋に集まる修司と春子、そして、二人の長男・剛一。小島と美穂も来ていた。

「お待たせしましたぁ」

クリスマス料理を持って、笹崎が入ってくる。

「流石、笹崎さんだ! おいしそう!!」
「剛一くんの為に、これ。…それと、組長からのプレゼントですよ」

サンタの帽子を剛一にかぶせる笹崎。

「ありがとうございます!!」

嬉しそうにお礼を言ったのは、春子だった。

「いつでも、相談してくださいね。私は、これでも経験者ですから」
「笹崎さん。ありがとうございます。時々、修ちゃんに対する愚痴、
 聞いてください!!」
「かしこまりました。では、ごゆっくり」

笹崎は、部屋を出て行った。

「笹崎さんって、子供好きなのか?」

小島が尋ねた。

「そうじゃなかったら、俺の世話をしないよ。やんちゃだったらしいから」
「そうだろうなぁ。そんな雰囲気だよ。猪熊は、どうだった?」
「俺? さぁ。物心付いたときから、稽古に入ってたよ」
「じゃぁ、剛一くんも、そうなるのか?」
「どうだろな。それは、慶造次第だけど」
「阿山次第?」
「慶造にガキが出来たら、そうなるよ」
「なるほどなぁ。…それでか、阿山、女を作らないのは」

と言いながら、慶造に目をやるが…慶造の目は、剛一に向けられていた。剛一をあやしている慶造。それは、初めて目にする雰囲気……。

「…………慶造……お前…子供………好きなのか?」

恐る恐る尋ねる修司。

「ん? おもしろいなぁと思って。こんな無邪気な表情が、修司のように
 難しい顔になるのかと考えると、なんだかなぁ」
「って、おぉぉぉい、慶造、お前、考えることが、人と外れてるぞぉ」
「いいのいいの。気にするなって。じゃぁ、食べようか」
「おぅし!」

全員、箸を手に持ち、手を合わせる。

「いっただきます!」

と同時に、テーブルの上に並ぶ豪華な料理に手を伸ばした。そして、賑やかに話しながら、時を過ごしていった。その賑やかさの中で、生まれて二ヶ月の剛一は、楽しそうにはしゃいでいた。




お正月。
猪熊家では、修司の父親、母親、そして、修司、春子。初めて正月を迎える剛一の五人が揃っていた。そして、挨拶を済ませた後、庭に出る。そこには、カメラマンが立っていた。

「では、みなさん、並んでくださぁい」

カメラマンの指示に従いながら、修司達は、並んだ。

「撮りますよぉ。笑顔、お願いします!」

パシャ。

家族が増えたことの喜びを修司は何かに納めておきたかったのだった。

「毎年、正月に撮って、成長ぶりを楽しみにしておこうなぁ」

修司が春子に言った。

「そうだね。剛ちゃんも、大きくなって、この写真を見たら驚くだろうね」
「俺は、嫌がると思うけどなぁ」

父親が言った。

「気にしない、気にしない」

修司の母が、あっけらかんと応えた。

「ったく…なんちゅう親なんだよ…」
「いいコンビだと思うよ。私、楽しいもん」
「春ちゃぁん」
「それよりも、慶造くんに挨拶はいいの?」
「慶造が言ったんだから。正月くらいは、家族で楽しく過ごせって」
「もしかして、慶造君の案なの? この写真は」
「いいや、俺の案だよ。どんどん増えていくかもな」
「って、修ちゃぁん、恥ずかしいじゃないぃ〜」
「俺、一人っ子だったからさ、子供は多い方がいいんだ。家庭が明るくなるように。
 その為には、必要かと思ったんだ」

その考えは、何かの前触れだったに違いない。
自分という存在を、この世に残しておきたかったのか、それとも、この世に誕生した息子の為になのか…。
慶造を守る為に体を張って怪我をして以来、なぜか、家族の絆も守りたくなった。
慶造だけでなく、家族も守りたい。
もし、自分の身に何かが起こっても、哀しまないように…。そう思うと、こういう行動に出たのだろう。
その年は、無事に過ごせたが、その後に起こった出来事…予想できなかった。



(2003.10.28 第一部 第六話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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