任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第七話 やっと咲いた恋の花。

そんな事を語った気がする。だけど、それが、出逢いだった。


「なぁ、阿山ぁ」
「あん?」

昼休み。高校にある食堂で昼食を取りながら、小島が、いつもの如く、慶造を呼ぶ。慶造は、本に目を向けながら、だらしなく返事をする。

「食べながら読む癖、治せよぉ」
「ほっとけ。…で、なんだ?」
「大学。どうするんだ?」
「行くつもりだよ。どこがいいのか、調べてるけどな。まだ早いと思うけど…。
 二年になったばかりなのになぁ」
「進学先によって、選択科目が変わるらしいからよぉ」
「全部勉強したら、駄目なのか?」
「そろそろ専門的に必要なんだろうよ。で、どうする?」
「小島は、医学か? 美穂ちゃんを追って」
「何を今更。コンピュータ関係がいいなぁ。…でも、阿山の行くところに
 付いていくよ」
「来なくていい」
「つめたぁ〜」

修司が、慶造と小島が座るテーブルに駆けてくる。

「お待たせぇ〜って、もう食べ終わったんかい」
「遅い」

慶造は、そう言って本を閉じる。

「修司は、どうるすんだ?」
「慶造の行くところに付いていくって伝えた」

修司の言葉に、慶造はがっくりとくる。

「ったく、なんで、俺に付いてくるんだよ! 自分の意志はぁ?」
「無い」

小島と修司は声を揃えて言った。

「だけど、小島の望むコンピュータ関係には、行く気がしないぞ」
「まぁ、今更行っても、俺、たいくつだろうけどなぁ」
「それなら、行くなんて言うな」
「で、どうするんだよ、阿山ぁ」
「そうだなぁ。海外に目を向けるのもいいよな」
「じゃぁ、外大か?」
「この国に居たって、ろくなことないだろうし。考えてみっか」

そんな話をしている間に、修司は昼食を終えていた。

「相変わらず早いな。戻ろっか」

慶造が言うと同時に、修司と小島も立ち上がり、食器を返却口へ差し出した。

「ごちそうさまでした」

そして、三人は、教室へ向かって歩き出す。

「五時限終わってからだっけ、俺の懇談」

慶造が修司に尋ねる。

「終わって直ぐだよ」

慶造の予定も把握している(というか、慶造の事を中心に考えている)修司が、応えた。

「本当に、親は参加しなくてもいいのか?」
「良いみたい。特に、俺たちは」
「ふ〜ん」

慶造と修司の親が学校に来ると、団体に成りかねない為、学校側が遠慮していた。大切な事は、事前に連絡を入れて、自宅(阿山組本部)まで、担任が足を運んでいるのだが…。


慶造が、席に着く。そして、五時間目の授業の予習を始めた。

「なぁ、阿山ぁ」
「んー?」
「俺の親父、明日来るんだけど、逢うか?」
「逢いたがってるんだろ?」
「そうでもない…なぁ」
「それなら、逢わないよ。未だに、親父が気にしてるから」
「そうだろなぁ。阿山組二代目の恐怖。まさか、俺ん家が襲われるとはなぁ。
 まぁ、ほとんどが、猪熊のじぃさんだけどなぁ」
「じいちゃんは、二代目以上に歯止めが利かなかったらしいよ。だから、親父が
 歯止めを利かせるようにと心に誓ったんだって」
「それで、現組長も、何とか歯止めが利いてるって訳か。流石、猪熊家だな」
「ありがと」

修司は微笑んでいた。
チャイムが鳴り、五時間目が始まった。
満腹感の小島は、どうやら、お休みタイム。教壇に立つ先生が、何度も注意するが、一向に効かない。

「阿山君、何とかしてください!!」
「ったく…」

そう呟いた慶造は、小島の椅子の脚を蹴った。

ガッターン!!

「!!!!! 阿山っ!!! てめぇ〜」

寝起きは、誰でも不機嫌。いつもはいい加減な男が本気になる。慶造の胸ぐらを掴み挙げ、睨み付けていた。

「授業中」

冷静に言う慶造。

「あん? 寝てる俺を起こすったぁ〜、どういうつもりだ? あ?」
「先生が何度も注意するのに、耳を傾けないからだ」
「眠いもんは、眠いんだよ!」
「ガキか、お前は」
「俺が何をしようが、勝手だろ!」
「そうだな、勝手だな。悪かった、悪かった」
「全然、悪びれてないぃ〜!!! あぁやぁまぁ〜っ!!!!」

シュッ!!!

「!!!!! …修司」

睨み合う慶造と修司の目の前に、修司の拳が現れた。

「授業中だ」

地も這うような声で修司が言うと、小島は慶造から手を離し、二人は同時に座り、顔を背けた。

「………授業、続けますぅ〜」

声が裏返る先生だった。
生徒達は、何事も無かったかのような表情で、教科書から目を離していなかった。



放課後。
慶造は、進路指導室へ入っていった。その前で、修司は待機している。小島は、顔を背けているが、同じように慶造を待っていた。

「阿山くん、先ほどの授業のこと、聞きましたよ。阿山君らしくない」
「そうでした。申し訳御座いません」
「で、進路なんですが、用紙に記入している通りですか?」
「そうですね。進学を希望しているんですが、まだ、何を学ぶか決めてません。
 お昼休みの時に、海外関係なんて、どうだろうと話していたんですが、
 どうでしょうか?」
「そうですね…。まぁ、阿山君の成績なら、どこでも大丈夫だからね」
「成績が良くても、その時の問題次第だと思います」
「それも、そっか。…で、猪熊くんは、阿山君に付いていくと…」
「仕方ありませんね。私が行くところに…修司有りですから」
「お父さんには…」
「文書でお願いします」
「ちゃんと、話し合うように」
「いいえ。致しません」

きっぱりと言う慶造に、担任は閉口する。静かに用紙をめくった。

「明日までに文書を作っておきます」
「お手数をお掛け致します」
「それと、別件なんですが…」

担任は深刻な表情で話し込む。


廊下で待っている二人は、あまりにも長い時間に、苛立ちを見せていた。

「遅いなぁ」

修司が呟いた。

「いいんでないのぉ」

ふざけた口調で小島が応える。

「担任に呼び出されたら、必ず長くなるんだよなぁ。進路相談だけだろ?
 なんで、こんなに長いんだろ」
「別件もあるんだろ。まぁ、気長に待とうや」
「お前と一緒にするな」
「してない。…それより、謝った方がいいかな…」
「何に?」
「その…さっきのこと」
「しなくていいよ。余計に、慶造が怒る」
「謝らない方が、もっと怒りそうだよ」

確かに。

進路指導室のドアが開き、慶造が出てきた。少し離れた所に待機していたクラスメイトが、進路指導室へ入っていった。

「お待たせ」

慶造の言葉と同時に、小島と修司は歩き出す。



「なぁ、阿山ぁ」

校門を出て、かなり歩いてから、小島が言った。

「…小島、さっきは、悪かった。俺…どうかしてたよ」
「は、はぁ〜、まぁ、……うん」

慶造に言葉を取られた小島は、しどろもどろになってしまう。

「修司、海外関係に進むって言っておいたから。明日、親父宛に
 文書があるらしいから」
「はいよ」
「…それで……??」
「慶造?」

慶造が、言葉を途中で切った途端、一点に集中していた。その目線に合わせて修司と小島も目をやった。


「ちょっと、やめてよ!! 手を離してっ!!」
「いいだろぉ、ちょっと付き合えよぉ。お嬢さん」
「止めてって言ってるでしょう!! 聞こえないの!」
「聞こえてるよぉ。付き合えってことも聞こえてるんだろ?」
「できませんと応えたじゃありませんかっ!」

女学生が、ちんぴら風の男達に囲まれていた。その様子を見ている慶造達。女学生は、嫌がる素振りを見せて、座り込んでしまった。

「すぐだからさぁ」

そう言って、ちんぴら風の男の一人が、女学生に手を差し伸べた。それを見た慶造は、怒り心頭。なぜか、走り出した。

「って慶造っ!! ………!!!!!!!!」

慶造が、男達の一人の襟首を掴んだ途端、男達が一斉に、地面に倒れてしまった。

「…っと!! ちょっと危ないじゃないっ!」
「ご、ごめん…」

男の襟首を掴む慶造の目の前に、女学生の靴の裏……。
周りに倒れる男の顔面には、靴の跡が付いている。

「いや、その……助けに…」
「…そ、そうだったの??? ご、ごめんなさいっ!! あの…その…」

慌てて体勢を戻し、服を整える女学生。

「このこと…誰にも言わないで…お願いっ!!」

両手を合わせて、慶造に拝む女学生。

「もしかして、学校の都合上?」
「そうなの。…私をお嬢様に育てようと両親がね…この学校に」

身につける制服を見ても解るようにお嬢様学校と呼ばれる所の制服…それも中等部…。胸元の数字で、この女学生が中学二年生だと解る。

「はぁ……」

慶造が、男から手を離した途端、その男が、呟くように言った。

「け、慶造さん……」

その声に、慶造は、男の顔を覗き込む。

「…てめぇ、見たことのある面だな…」

その言葉で、慌てたように走り去る男達だった。
修司が駆け寄ってくる。

「慶造ぅ、お前なぁ。あれ程、言ってるだろが。一人で行動するなって。
 もし、あいつらが、敵対してる組だったら、お前、やられてるぞ」
「…うるせぇ。…修司ぃ、お前、知ってたんだな?」
「仕事柄、組員と敵対する組の連中の顔は覚えてる」
「それなら俺が向かう前に言えよ!」
「言う前に向かっただろがっ!」
「……そうだったっけ…」
「あのなぁ〜。ったく」

呆れる修司だった。

「お嬢さん、怪我してるよ」

慶造が、女学生の足の怪我に気が付いた。女学生が足下に目をやる前に、慶造は、懐から薬を取り出し、女学生の足の怪我を手当てし始める。

「…あ、ありがとう…」
「いいえ……あっ!!!!」

慌てて手を上げる慶造。

「ん?????」

慶造の行動を不思議に思う猪熊たち。

「すみません…その勝手に…体に……」

耳まで真っ赤になっている慶造を見て、女学生も照れていた。

「いえ、その…手当て……ありがとうございます」
「女の子が、暴れるのは、よくありませんよ」

慶造は、さらりと言って立ち上がる。

「私、沢村ちさとです。…慶造さん?」
「阿山慶造です。こいつは、猪熊修司、そして…」
「小島隆栄です。よろしく、ちさとちゃん」

差し出す手を慶造に払われる。

「いいだろが!」
「馬鹿が…。…すみません。…あいつら、俺が厳重に注意しておきます。
 その…差し障りがないなら、お話聞かせてくださいませんか?」
「通りがかった時に、声を掛けられたんです。少し付き合ってくれって。
 お断りしたんですけど、あまりにもしつこかったから…」
「そうですか。…猪熊、送ってあげてくれ」
「お前がしろ」

小島が言う。

「あのなぁ」
「あの、一人で大丈夫ですから」
「しかし、あの連中がしつこく来るかもしれませんので…。家はどちらですか?」

慶造は、真面目に尋ねてるだけなのだが、その言葉と行動は、まるで、誘っているようで…。

「って、慶造、お前なぁ」
「阿山ぁ、その行動は…」

修司と小島が同時に言う。しかし、聞く耳持たずの慶造は、女学生のちさとと仲良く話ながら歩き出した。

「って、俺ら無視かいっ!」

修司と小島が再び同時に言った。そして、慶造を追いかけるように歩き出す。

「…この後が怖いな…」
「そうだな。…猪熊、お前が止めるのか?」
「解らない。組長を止めることは出来ない。慶造を抑えるしかないな」
「俺も行くよ」
「お前は関係ないだろが」
「そうだけどよぉ、おもしろそうやん」
「あのなぁ」

とそんな風に言い合いながら、いつの間にか、ちさとの家の前に到着していた。

「ごっつい家だな…」

阿山組本部ほど大きくないが、かなり大きな方に入るだろう沢村邸。ちさとは、門の前に立ち、慶造に振り返る。

「ありがとうございました。あの…あまりご無理なさらないでくださいね。
 お父さんと喧嘩は良くないですよ。お話を聞く限り、優しい方だと思います」
「でもね、一般市民に迷惑を掛ける連中が下に居るようでは、組長の
 力量も知れる所ですよ」
「…一般市民…かな…」
「我々極道とは、程遠いと思いますよ。では、これで」
「お気を付けて」

ちさとは、素敵な笑顔を慶造に向けた。
慶造の胸が高鳴った。
はにかんだ笑顔を向けて、慶造は背を向け歩き出す。修司は丁寧に頭を下げ、小島は、軽く手を振りながら、慶造と去っていく。
ちさとは、慶造達の姿が見えなくなるまで、見送っていた。

「阿山慶造……か…。噂と違うじゃない…黒崎くんの馬鹿…」

ちらりと目をやった場所。そこにも豪邸があった。大きな門構え。そして、道沿いに続く高い塀。どうみても、そこの屋敷に住む者は……極道……。
門に掲げられている表札。
黒崎組組本部……。



「兄貴ぃ、これもぉ」
「あのなぁ、竜次、自分でしろよ」
「だってよぉ、明後日だろ。俺、緊張するぅ」
「単なる食事会だろが。緊張するのは可笑しいだろ! それよりも、
 お前は、本当に小学生か? どうして、ここまで出来るんだ?」
「独学、独学! それに、来年は中学生だから。…その…さぁ」
「ちゃんと中学は卒業すること!」
「嫌だぁ。俺は、ここで独学ぅ〜」
「はいはい」

黒崎邸の中から聞こえる会話。それは、黒崎の長男・(てつはる)と次男の竜次だった。

「って、竜次、お前、またやったな?」
「いいじゃんかよ。俺の開発した薬! 効果すごいぞ!」
「止めてくれよなぁ。後始末は俺だろが」
「いいのいいの!」

あっけらかんとした表情で、竜次は、そう言って黒崎の屋敷に続く研究所施設へ入っていった。

「明後日だぞ、忘れるな!」

徹治の声に後ろ手を上げて応える竜次だった。




阿山組組本部。
慶造は、怒り任せの足音を立てて、父親の部屋へと入っていった。

「親父っ!」
「ノックしろ!」

父親は、女性と抱き合っていた。それを目の当たりにしながらも、慶造は話し続けた。

「先ほど、組の者が、一般市民を脅かしてましたよ。なのに、あなたが
 そんなことをしてもよろしいんですか?」
「お前の知ったことか」
「親父……いい加減にしてください」
「うるさい。その話は、すでに耳に入っている。ちゃんとこっちで対処する。
 さっさと部屋を出て行け」
「…いつも、そうやって軽く流すから、今日のような事が簡単に起こるんですよ。
 もし、俺が、拳を向けていたらどうするんですか?」
「お前を見て、去っていったんだろが。お前がやるか?」
「よろしいんですか?」
「顔を覚えてるならな」
「しっかりと記憶に残ってますよ」

その言葉に、父親は体を起こし、ガウンを羽織って慶造の前にやって来た。

「お前の力量だな。…四代目となる姿…力量、見せてみろ」
「何度も申しますように、私は跡を継ぐ意志はございません。
 しかし、今回のような事をする者に対しては、その世界とは関係のない
 私でも、許せませんよ。口も手も出します」
「お前の嫌う、暴力で片づけるようなことをするなよ。解ってるな?」
「やってみます。……失礼しました」

慶造は父親に背を向け、ドアノブに手を伸ばした。

「慶造」
「はい」
「これだけは言っておく。…あの連中が絡んでいた女…。あの黒崎と
 懇意にしている沢村の娘だ。…気を付けろ」

驚いたように振り返る慶造。その表情、仕草で慶造の気持ちを悟る父親は、ニヤリと口元をつり上げた。

「惚れたか?」

その言葉で、慶造は抑えていた怒りを爆発させる。慶造の手は、父親の胸ぐらに伸び、膝が腹部に向かっていた。

「慶造っ!」

タイミング良く慶造を止めに入ったのは、修司と小島だった。いくら振り解こうとしても、二人の腕から逃れられない慶造は、父親を睨み付けていた。

「慶造、親に手を上げるなと言ってるだろ!」
「うるさい。……それでも……」
「くっ。修司の腕を振り解けないくらいじゃぁ、あいつらに指揮できないな。
 やめておけ。俺が片づけておくよ」
「親父の片づけるは…」
「それが、極道の掟だ。お前が俺に訴えてきたんだろ? 俺の流儀に
 意見するな」
「親父……」
「小島君も、いつもすまんな。こんな息子だけど、よろしく頼むよ」
「解ってますよ、おじさん。では、続きをお楽しみください」

そう言って、小島は、慶造を部屋から連れ出した。

「ったく、生意気なガキだな、小島は」

嘲笑しながら、奥の部屋に戻り、ガウンを脱ぐ父親は、再び女性を抱き始める……。



部屋に戻った慶造達。ふてくされた慶造に修司が言う。

「組長は、あのような態度を取るけど、きちんとされる方だと親父が言ってると
 何度も慶造には伝えてるだろが。どうして、父親を信じられない?」
「…あの姿だよ。お袋が死んで…それでも、別の女を抱けるんだぞ…。
 それが、嫌なんだ。どうして、お袋一筋じゃないんだよ…」
「遊びだろ?」

小島が言う。

「遊びって、女性の体は遊ぶもんじゃないだろが! 愛するからこそ、抱くんだろ?」
「流石、じじくさい意見!」

小島がふざけた口調で言うと同時に鈍い音が……。
そして、慶造の部屋のドアが勢い良く閉まった。鍵が掛かる音もする。

「って、慶造ぅ〜」
「ったく、阿山はぁ」

修司と小島が同時に言った。慶造は、鍵を閉め、ドアにもたれかかっていた。

「沢村…ちさとちゃん…か。…かわいい笑顔だったな…」

ふと弛む慶造の表情。
それが、修司や小島より少し遅れて咲いた、恋の花だった…。



「おい、慶造、帰る方向違うだろぉ」
「いいんだよ」
「って、阿山、そっちって昨日のちさとちゃんの自宅……何も言いません」

小島の言葉に、慶造の鋭い目つき……。

「それなら、なおさら、行かせない」

そう言って、慶造の腕を掴む修司。

「いいだろが…」
「駄目だ。組長がおっしゃったように、沢村ちさと…彼女の家系は
 黒崎家と懇意にしている。その黒崎とは、もめている最中だろ?」
「…解ってるよ…だけどな…。猪熊家と知り合った頃は、仲良かったんだろ?」
「それは、知らない。ちらりと聞いただけだよ。…だけど、今は駄目だ」
「…手を離せ」

修司は、手を離す。

「ここで待つよ。これから先は、黒崎の縄張りだろ?」
「よぉくご存じでぇ」

小島がふざけた口調で言った。

「あれ? 阿山慶造くん?」

女性の声がした。振り返ると、そこには、沢村ちさとが立っていた。

「どうしたの?」
「あっ、その……怪我はどうかなぁと思って…それと、昨日のこと…」
「怪我は大丈夫よ。それに、昨日、たくさん謝ってくれたのに」
「そうでした。…その……それなら、安心だから。じゃぁ」

ちさとと目を合わすことなく慶造は去ろうとする。その手を掴まれた。

「って、修司ぃ〜……沢村さん…」

手を掴んだのは、修司だと思った慶造。振り返り、手を掴んでいるのがちさとだと解り、硬直する。

「もし、お時間があるなら、お話いいですか?」

慶造は、ゆっくりと頷いた。


慶造達は、沢村邸の近くにある公園へやってくる。

「ここも大きな公園だなぁ」

小島が感心したように言った。

「素敵でしょ?」

と微笑みながら言うちさと。しかし、この公園は、黒崎組の縄張りに入っている。公園を囲む塀の向こうは沢村邸だった。

「確か、阿山君の自宅って、大通りをはさんだ向こうですよね?」
「はい」
「阿山組…。そこの黒崎組と劣らないほど大きいとか…。…私の家系のこと…
 ご存じ?」
「黒崎組と懇意にしていると。…それで、うちの組員が何をトチ狂ったのか、
 沢村さんに情報を…と思ったらしいんです。…黒崎組ともめてるので…」
「どうして、揉めるのかな…」

寂しそうに呟いたちさと。

「沢村さん…」
「…ちさとって、呼んでね。私、慶造君って呼んでもいいかな?」
「俺は、なんと呼ばれても構わないよ。…ただ、組のことを言われるのは、
 嫌だな…。俺、やくざ嫌いだから」
「じゃぁ…私が、慶造くんに声を掛けたのは、黒崎さんから偵察するようにって
 言われたって言ったら…どうする?」
「この小島にも言ってあるように、俺を探っても、組のことは解らないよ。
 全く関わってないから」
「そうなんだ…。なら、もう聞かないね。ごめんなさい。…これからは、お友達として
 お話してくださいませんか?」

お友達???

慶造は、ちさとの言葉に我を忘れる。

「慶造くん??」
「あっ、はい…その…いいですよ」
「ほんと! 嬉しい! 実はね、…私、昨日の慶造君の姿を見て、もう一度
 逢いたいと思ってたの」
「…俺も…。その…ちさとちゃんの笑顔を見たくなって…」
「笑顔?」
「心が和むというか……その……」

好きになったと言うか……。

それ以上、言葉を発せない慶造だった。

少し離れた所で、慶造とちさとの様子を伺っていた小島と修司。またしても、ふてくされながら、しゃがみ込んでいた。

「キュンときたんかな?」

小島が言った。

「きたんだろうな」

修司が応える。

「…で、いいのか?」
「恋には、関係ないだろ。…しかし、慶造なら、駆け落ちしかねない」
「断言するな」
「しそうだから、言っただけだ」

修司の表情が、変わる。
立ち上がり、慶造の前に駆け出した。

「修司?」

修司が『仕事』に集中している。見つめる先、そこには、男が二人と小学生くらいの男の子が歩いていた。三人は、慶造の方に向かってくる。修司が、慶造を守る体勢に入った。

「おや、敵状視察ですか、阿山慶造さん」
「…黒崎…徹治(てつはる)さんですね。初めまして」

慶造が応えた。それには、修司が驚いていた。

なぜ、慶造が知っているんだ?!

「私の方は、二度目になるんですが…」
「視察するほど、私は、組に貢献してませんから」
「昨日のこと、耳に入ってますよ。今度は三代目のご子息自ら…ですか?」
「違う…なぁ」

そう言って、にやりと笑う慶造だった。その表情にいち早く反応したのは黒崎徹治の側に立っている坂本だった。黒崎を守る体勢に入る。

「大丈夫だ、坂本。阿山慶造は戦いを好まない」
「ですが、四代目」
「四代目?」

坂本の言葉に驚いたのは、修司と小島だった。

「くっくっく…まだ、正式に発表してませんからね。…私が四代目を襲名しました」
「三代目は?」
「病弱で床に伏せってますから、これ以上、組を仕切れないと申して、
 私に。…明日、その襲名披露を兼ねた食事会があるんですよ。
 阿山組三代目もご招待しておりますが、参加されますかな?」
「黒崎さん」

ちさとが口をはさむ。

「何の用ですか? まさか、慶造君の命を?」
「ちさとちゃんの姿を見たのと、その周りに不定な輩が居たのが気になっただけですよ。
 ちさとちゃんが危険に晒されてないなら、静かに去りますが…。阿山慶造」
「なんですか?」
「阿山組四代目は、君が継ぐことになるのかな?」
「…どういう…ことだ?」

黒崎徹治の言葉に、何か深い意味を感じた慶造。醸し出す何かが一変する。

「…やくざを嫌いだと言っても、やはり、親の危険には反応するだな。
 覚えておこう。…では」

黒崎徹治たちは、去っていった。公園から姿が見えなくなってから、修司は警戒を強めた。

「猪熊。大丈夫だ。ちさとちゃんの前では何もしない」
「解ってる。だけど…」

慶造は、優しい眼差しで、ちさとを見た。

「黒崎さん…あのような雰囲気だけど、優しいところあるんだよ?」

ちさとは微笑んでいた。

「それは、ちさとちゃんだけにですよ。一緒に居たのは?」
「…ボディーガード兼運転手の坂本さんと、男の子は黒崎さんの弟の竜次くん」
「小学生だよね」
「六年生。なのに、薬関係のことは、詳しいんだって。なんでも医療分野に
 目を付けてるらしいの」
「そういや、ここ数年で、黒崎組が経営する製薬会社の業績アップしてるよな」
「……さすがは、情報通の小島。敵の事に関しては、詳しいんだな」
「それもこれも、阿山のせいだ!」
「なんで、俺なんだよ!」
「知らん!」
「知らんのに、俺のせいにするなっ!」
「あのぉなぁ〜」
「そぉれは、俺の台詞だろうがぁ、小島ぁ〜」

慶造と小島は、額を付き合わせて睨み合っていた。

「ふふふふ!」

ちさとが笑った。それに驚く慶造と小島は振り向いた。

「ん???」
「先ほどの雰囲気と違って、楽しくて! やっぱり、慶造くんたちって、
 得体の知れない程、強いんだね! 黒崎さんの言ってた通りだ!」
「ほへ?!???」

ちさとの言葉に驚く慶造達。

「ちさとちゃんの方が、強いと思うよ。あの黒崎さんの雰囲気に恐れてないだろ?」
「まぁ…幼い頃から逢ってるし、慣れてるだけかな…」
「ふ〜ん」
「あぁ、こんな時間だ! そろそろ戻らないと、怒られちゃう」
「ごめん、こんな時間まで…」
「明日からも宜しくね! …でも、黒崎さんの目が光ってるみたいだから、
 待ち合わせは……」

ちさとは、慶造に、こっそりと耳打ちする。その言葉を聞こうと小島は、耳を澄ませていた。

ガッ……。

慶造の拳が小島の腹部に突き刺さる……。

「じゃぁ、気を付けてね!」

公園の入り口で、ちさとに見送られながら、慶造達は帰路に就いた。

「私の方が、一目惚れ…かな…」

ちさとは、振り返る慶造に笑顔で手を振って、呟いた。



「なぁ、阿山」
「あん?」
「キュンときた?」
「………………あぁ」

小島の言葉に、照れたように静かに応えた慶造だった。



その日の夜。
慶造の部屋に小島が泊まっていた。部屋の灯りは、消えている。

「なぁ、阿山」
「もう、寝ろ」
「…また、傘下に入ったんだって?」
「どこの?」
「笹崎組」
「らしいな」
「阿山の情報って、やっぱり、笹崎さんから?」
「そうだな」
「組のこと嫌ってると知ってるのに、笹崎さんは、どうして情報を?」
「笹崎さんは、俺の教育係でもあるから。跡目としての助言をね」
「…ということは、跡目…」
「笹崎さんが思ってるだけだよ」
「ふ〜ん。…黒崎の三代目…な」
「ん?」
「阿山組の二代目とやり合うつもりだったそうだな」
「それは知ってる。だけど、その前に、おじいちゃんは、やられたよ」
「あの組が手を出したのは、黒崎三代目が病に伏せったからだってさ」
「それは初耳だな」
「二代目に負けないように、体に何かを打ち込んだらしいよ」
「…はぁ?」
「筋力を増強させる薬。…黒崎は、表では製薬会社だけど、裏では色んな
 やばい薬を作ってる…。まだ未完成の薬を自分の体を使って試したらしい。
 しかし、失敗作だったから、そのまま床に伏せってる。…筋力の増強じゃなく、
 筋弛緩剤のような効果を与えたらしいよ」
「詳しいな」
「それを調べてる時に、あの事故だ。その後は、更に良い物を作ったかもな。
 それに、あの黒崎徹治が四代目となると…これは、再び真っ赤に染まるな…。
 阿山、どうする? …やっぱり、俺たちが……」
「小島……、俺は寝るぞ」

小島の言葉を遮るように慶造が言った。

「……あぁ」

小島は、目を瞑る。

「お休み」

そして、呟くように言った。



(2003.11.2 第一部 第七話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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