任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第一部 『目覚める魂』編
第八話 思いは激しく…。

一度火がついたら、停められない。それは、血、なんだろうな。


いつものように道を歩く慶造、修司、隆栄トリオ。その道こそ、時々通うようになった所。少し進んで左へ曲がれば、あの沢村邸がある。
あの日から、時々道で逢って少し会話をするだけのちさとの家。
家の前まで尋ねたいが、父親にきつく言われていた。

直ぐ側には、黒崎の本部がある。近づくな。

ふと目をやった所に、ちさとが立って手を振っていた。そして、駆け寄ってくる。

「慶造くん」
「少し遅れた。ごめん」
「ううん、いいの、私が早かったんだもん。行こう!」

いつの間にか、手を握り合う仲になっている二人。一緒に付いてきた修司と隆栄は、これからの二人を想像する。
自分なら、とっくに抱いているのに…。
慶造は、奥手というか真面目というか…。ちさとと手を握り合うようになったのは、出逢ってから三ヶ月。夏休みも間近になった頃。すこし大人の雰囲気が身に付いた慶造。なのに…手は出さない。
初めに抱くのは好きな女。
慶造は、ちさとが好きじゃないのか?
二人の仲睦まじい後ろ姿を見つめながら、修司と隆栄は、そう考えていた。

沢村邸の隣ある公園にやって来た四人。ぶらぶらと歩きながら、慶造とちさとは、楽しく語り合っていた。修司は、辺りを警戒する。もちろん、隆栄も同じように警戒していた。



「あの娘だ」
「周りに居るガキは、どうしますか?」
「目撃されては困るからな。一緒に仕留めろ。まずは、娘だ。行けっ!」
「はっ」

影から慶造達の様子を伺っていた怪しげな男が三人。足音を忍ばせて、慶造達に近づいていった。
修司が振り向く。隆栄も同じように振り返った。
三人の男が、慶造を狙って走ってくる…。
二人は警戒した。
醸し出すオーラが、辺りの木々を騒がせるほどに……。

「慶造、動くな」
「修司っ! 小島まで!」
「うるさい!」

修司と隆栄が同時に叫び、戦闘態勢に入った。慶造は、ちさとを守るように立ち、木の近くまで後ずさりする。
その時だった。

「!!!」
「慶造!」
「きゃっ!! 慶造くん!!!」

慶造の拳が、木の上から下りてきた男の顔面に炸裂する。そして、拳を下から突き出すと同時に、男の体が宙を舞った…。
修司が、慶造の様子を見届けると同時に、目の前に迫ってきた男達に拳を向ける。しかし、その拳が男の腹部に突き刺さる前に、男は地面に倒れていた。

「小島ぁ、お前なぁ。やりすぎ」
「うるさい。…阿山!」

修司と隆栄が駆け出す。その二人の間を何かが通り過ぎた。

「慶造!!!」

目の前の慶造の体が、軽く弾んだ。

「修司…後ろ…」

そう言うと慶造は、その場に倒れてしまった。

「慶造くん!!」

慶造の腹部から血が流れ出す。修司は、振り返った。一人の男が銃口を向けて立っていた。慶造は、顔を上げ、男を睨み付ける。男が向ける銃口の先が、ちさとだと解った慶造は、体を起こし、ちさとを大きな木に押して、背後を塞ぎ、そして、自分は、ちさとの体を隠すように立ちはだかった。
恐ろしいまでのオーラを醸し出す。
それに反応するかのように、修司が、目にも留まらぬ早さで、銃を向ける男に近づき、拳を腹部に突き刺した。そして、銃を取り上げ、その銃を男に向けた。

「誰だ?」
「……猪熊……?」
「俺の事を知ってるのか?」
「いいや、猪熊が、こんなに小さいわけない! あの組長の側にいる
 猪熊が……」

修司は、何かを悟ったのか、銃弾を取り除き、男に投げつけた。

「阿山組か?」

手にした銃に付いている模様を見て、呟いた。

「…!!!」

男は、痛む体を無理して動かし、走り去っていった。修司は、その銃をポケットに入れ、慶造の所へ走っていった。
慶造は、辺りの様子を伺うように気を集中させていた。そして、殺気を感じなくなったのか、急に力が抜け、その場に倒れてしまった。

「慶造!!」
「大丈夫だ…。撃たれただけ…。ちさとちゃんは……無事…?」
「私は、大丈夫! 慶造くん!!」

ちさとは、慶造の顔を覗き込む。うっすらと開ける慶造目に優しさを感じるちさとは、目を潤ませていた。

「銃弾が留まってる…。くそっ…」

修司が、慶造の服をまくり、腹部の傷を診ていた。
出血がひどい。
その傷口を塞ぐ手があった。それは、ちさとの手。

「ちさとちゃん、駄目だよ…汚れる…」
「そんなこと、言ってる場合じゃないでしょ! 猪熊君、小島君。私の家に、
 慶造くんを運んで。こういう時の傷を治してくれる医者を知ってるから」
「しかし…」
「迷ってる時間は無いでしょ! それに、私の家の方が近いから」
「…解った」

修司が、慶造を抱えた時、慶造は気を失っていた。


沢村邸の裏口から入る修司たち。ちさとの案内で、邸内に入った。そして、ちさとの部屋に入っていく。

「ここに」

ちさとが指さした場所。そこは、ちさとのベッドだった。

「しかし」
「気にしないで。医者、呼んでくるから。それまで…」
「解った」

ちさとは、部屋を出て行った。
隆栄が部屋を見渡す。その部屋は、ネコグッズで埋め尽くされていた。

「女の子の部屋だな」

隆栄は呟くが、修司は、慶造の傷から溢れ出す血を必死で止めていた。



ちさとは、家の近くにある黒崎の家にやって来た。

「黒崎さん!」

ちさとの声に反応するように奥から顔を出したのは、弟の竜次。白衣を着て試験管を手に持っていた。

「ちさとちゃん、どうしたの?」
「医者…銃で撃たれた人を運び込んだの。手当て…して!」
「解った。すぐ向かわせるよ。崎さん、黒田ぁ」

部屋の奥から、二人の男が現れた。一人は、竜次に似た男で、医者のような雰囲気をしている崎という男、もう一人は、その助手のような雰囲気で立っている黒田だった。

「銃で撃たれた患者だってさ」
「すぐに用意します」

崎が奥へ向かい、道具を持って戻ってきた。

「竜次くん…」
「案内してくれよ」
「うん」

ちさとと竜次、そして、崎と黒田が、沢村邸へ駆けていく。



ちさとの部屋のベッドの側。そこには一人の男が座っている。ちさとの部屋に入ってきた竜次は、そこに居る男を見て、眉間にしわを寄せ、ベッドに寝ころんでいる男を見て呟いた。

「…阿山慶造?」

部屋に入ろうとした崎を引き留めた。

「…竜次くん」
「あいつが、誰か知ってるのか?」
「阿山慶造くん。そして、猪熊君」

修司が振り返る。

「黒崎竜次…」
「あの日以来、ちさとちゃんが、阿山慶造と仲が良いって話…本当だったんだな。
 悪いけど無理だ。帰る」
「どうして? …敵対してるって、知ってるよ。それは、かなり昔から。
 どうしてなの? 怪我をしてるのに…その人を助けることもできないっていうの?
 …竜次君って、そんなに冷たい人だったの?」
「ちさとちゃん…」
「狙われたのは、私だったの。それを知っていて、慶造君は、守ってくれた。
 銃弾を受けたのに、それでも…」

今にも泣きそうなちさとに、竜次は、躊躇いを見せ、そして、崎と黒田に指示を出した。

「手当てしてあげろ」

崎は、直ぐに手当てを始めた。
麻酔をし、腹部に埋まった銃弾を取り出す。その手さばきは慣れていた。

「どこで撃たれた?」

竜次が、ちさとに尋ねる。

「公園」
「片づけは?」

竜次は、修司に尋ねた。

「それは、小島が行ってる」
「流石に素早いな」

竜次が言った。

「誰か、解ってるのか?」
「阿山組だ」
「はぁ? 身内争いか?」
「狙われたのは、ちさとさんだ。恐らく、お前んとこと懇意にしてるから、
 どっかの下っ端が、ド派手に勘違いしたんだろな。ちさとさんを
 狙えばいいとでも思ったんだろうな。…またしても……」
「どの組だ?」

ちさとを狙ったという言葉に、怒りを覚える竜次は、修司に尋ねる。

「そこまでは解らない。俺の記憶にない顔だった。だが、俺の顔を見て、
 親父と勘違いしていた。…くそっ、親父そっくりなのか…」
「……何の心配してるんだ?」

竜次が言った。
隆栄が戻ってきた。

「阿山の様子は?」
「銃弾は取り出された。傷の縫合中。…黒崎組は、常に医者を置いてるのか?」
「まぁな。阿山組は、懇意にしてる病院があるようだが、俺んとこは、
 公に出来ない怪我の為に、医者を用意してるんだよ。まぁ、崎は無免許だけどな。
 医学の知識は、免許を持っている奴らよりも、遙かに上だから」
「なるほどな」

修司は、何か思うところがあるのか、納得していた。

「って、慶造が跡目か?」
「そうなる」

竜次の質問に修司が、さらりと応えた。

「終わりました」

崎が言った。黒田が、慶造に布団を掛ける。

「これが、薬。痛み止めだから」

差し出された薬を見つめる修司。横から隆栄が口をはさむ。

「何もない、ただの痛み止めだろうな?」
「どういう意味だ?」

崎が尋ねる。

「そういう意味だよ」
「これは、ちゃんとした表のモノだ」
「悪いが、断る。弾を取り除いて治療をしてくれたことには感謝するよ。
 後は、いい。猪熊、いいよな」
「…あぁ」

いつになく真剣な眼差しで言う隆栄。修司も納得していた。崎は、薬を鞄にしまいこんだ。

「じゃぁ、これで」

竜次が静かに言って、崎と黒田と共に、ちさとの部屋を出て行った。

「竜次くん!」

廊下に顔を出し、呼び止める。

「ありがとう」

安心したような表情で、ちさとが言った。竜次は、ちらりと振り返り、自信満々の表情で、ちさとに笑顔を送っていた。


ちさとが部屋に戻ってきた。

「猪熊くん、痛み止め、本当にいいの?」
「一応、持ってるから。それより、慶造を移動させないと。迎えは…」
「落ち着くまでいいから。ここで…」

すごく心配そうな表情で眠る慶造を見つめるちさと。その表情で、ちさとの心境を悟る。

「しかし、連絡しないとね」

そう言って、隆栄がポケットから何かを取り出した。

「なんだそれ?」

修司が尋ねる。

「携帯電話。っつーか、小島家専用だけどなぁ」

そう言って、隆栄は連絡を入れた。

慶造……。

慶造の手を握りしめる修司。
少し震えていた。その震えに気が付いたのか、ちさとが、優しく声を掛ける。

「大丈夫だから。安心して…。…それに、猪熊君は悪くないから」
「いいや、俺の失態だ。…もっと周りに目を向けないと…。くそっ…」

ベッドに顔を埋める修司だった。



真夜中。
ちさとの部屋では、修司が慶造の看病をしていたが、うとうとし始め、とうとう眠ってしまった。
ちさとが顔を出す。

「猪熊君…。寝ちゃったんだ…」

ちさとは、部屋の隅に置いているタオルケットを修司の肩に、そっと掛ける。
ふと、慶造を見つめると、額に汗が光っていた。ちさとは、その汗を拭う。
その手を掴まれた。

「………ちさとちゃん?」
「良かった…慶造君、気が付いて…。ここは、私の部屋だから、安心して。
 公園から近いから、ここに運んだの。…手当ては終わってるから」
「…修司…眠ってるのか?」
「寝ずに食べずに…」
「そっか…」

慶造は、優しい微笑みで修司を見つめ、そっと頭を撫でていた。

「痛まない?」

ちさとが尋ねる。

「大丈夫」
「明日一日、寝ておくように言われたから」
「大丈夫なのになぁ」
「大事を取ってください。お願いします」
「…ちさとちゃん…ありがとう」

眠りに就く慶造を見届けてから、ちさとは部屋を出て行った。そして、リビングに入っていった。
慶造にベッドを貸した為、寝る場所が無いちさと。ここにあるソファで眠っていた。



朝。
ちさとの家に、竜次と崎がやって来る。

「ちさと、竜次くんが来たよ」

ソファで眠っていたちさとに声を掛けたのは、ちさとの母だった。体を起こし、ドア付近に目をやると、そこに竜次が立っていた。

「阿山慶造の具合は?」
「夜中に目を覚ました。痛みは無かったみたい。それと、猪熊君が
 痛み止め持ってたらしいの」
「そうだろうなぁ。でも、一応、経過を診たいからね」
「…ありがとう」



ちさとの部屋
修司が何かの気配を感じて、目を覚ます。そして、ドアに目をやった。
ドアが開き、竜次と崎、そして、ちさとが入ってきた。

「猪熊くん…慶造くんの様子は?」
「まだ、眠ってる。明け方に飲んだ痛み止めが効いてるかもな」

崎が、布団をめくり、慶造の傷口を診る。

「大丈夫ですね。…この胸の傷…」

修司の表情が変わり、静かに言った。

「…組長から聞いてる。そりゃぁ、あんたらは……気に…なるよなぁ」
「当たり前だ」

冷たく応える崎は、慶造の服のボタンを閉め、布団をかぶせた。その時、慶造が目を覚ます。そして、ドアの所に立つ竜次を睨んだ。

「…あんたが、黒崎竜次…か。…ほんとに小学生には、見えないな。…まぁ、この修司も
 小学六年とは思えない行動をしていたけどな……。…今回は世話になった」
「ちさとちゃんが泣きそうだったから、仕方なくだ。…って、何処に行く?
 暫くは安静にしないと、傷口に影響するぞ」

慶造が起きあがり、ドアに向かって歩いてくる。

「…ケジメだよ。猪熊、行くぞ」

慶造は、部屋を出て行った。

「って、慶造!! ちさとちゃん、ありがとう。お礼は改めて」
「無理しないで!!」

心配そうに声を掛けたちさとに、修司は微笑んで慶造を追いかけていった。

「待てや」

その声に立ち止まる慶造達。慶造に向けて、竜次が何かを放り投げた。慶造は片手で受け取る。

「痛み止めだ。猪熊が持っている物よりも、効果があるぞ」

慶造は、それを見つめたが、投げ返した。

「お前んとこの薬は受け取らん。お礼は、後日、改めて、そちらに伺う」
「相手、解ってるのか? それに、単独行動は…」
「組は関係ない。俺個人としての思いだ」

そう言い残して、慶造達は去っていった。

「ちっ、試作品なのになぁ」

怪しく微笑む竜次の頬を、ちさとが引っぱたいた。

「また、そんなことを!! どうして、いつもそうなの!」
「いいだろぉ。俺の趣味だからさぁ。…で、お礼は?」
「無し。それが無かったら、キスくらいしてあげたのに」
「まぁ、楽しみは先に取っておくかぁ」

本当に、小学生とは思えない口調…。

「…それよりも、大丈夫かぁ? 阿山組。跡目がないなら、黒崎組の勝利じゃないのか?」
「…なぜ、いつも、そんな話なの? 私、嫌だからね…。昔のように仲良く出来ないの?」
「それは、じいさんに聞け。じいさんの時代からだろ。黒崎と阿山の仲が
 悪くなったのは。それに巻き込まれてるのが、沢村家だっけ…。
 それには、本当に、悪いと思ってるよ」
「竜次君、悪くないのに…。また、自分を責めてる」

ふくれっ面になるちさと。その表情が好きな竜次は、高鳴る動悸を抑えるように、顔を反らす。

「片づけ、手伝うよ」
「いいよ」
「本当は一日寝てる阿山慶造をからかいに来たんだけどなぁ」
「そう言って…本当は…」

心配なんでしょ?

ちさとは微笑んでいた。

「本当は、の次は何?」
「なぁんにも」

そんな話をしながら、竜次は、ベッドの片づけを手伝っていた。

「ちさとちゃん」
「ん?」
「阿山のこと……」
「気になるの?」

竜次は、口を尖らせた。

「なんで…逢うの?」
「慶造君の話が楽しいから」
「……好き?」
「どうなんだろう。ただ、逢いたいな…そう思うんだもん」
「阿山組の息子だよ? おばさんやおじさん、許さないだろ?」
「うん。でもね、逢うのを許してもらった。私の思いを伝えたら、すぐに
 了解してくれたの」
「ちさとちゃんの思い?」
「命を…粗末にしないこと」
「……ちさとちゃん……」

竜次は、それ以上何も言えなくなった。
ちさとの言葉が、心に突き刺さっていた。




どこかへ向かって歩く慶造は、ふらつき壁に手を付いた。

「慶造!……悪かった。俺の失態だ」

修司が手を差し出して、慶造を支えた。

「お前に怪我が無くて、良かったよ」

そこへ、隆栄が駆けてくる。

「って、阿山ぁ、お前、起きても大丈夫なのか?」
「大丈夫だ。で、…小島、相手は解ったか?」
「重沢(しげさわ)組」
「昇進に躍起になってるか」
「そうだろうな」

慶造の表情が変わった。

「慶造、お前、単独でやるつもりか?」
「当たり前だ」
「その体じゃ無理だ! 組長に任せればいいだろ?」
「うるさい。親父が、そんなことしてくれるわけないだろがっ!」
「それでも、組関係には、手を出さない方が…」
「俺の気が…納まらない。…ちさとさんを狙うなんて……」

慶造は拳を握りしめ、壁を殴りつけた。そして、荒れた息を整える。

「…じゃぁ、行くと…するか…」

軽い口調。
慶造が本気になったのが解る。
慶造が歩いていく後ろを、修司と隆栄が付いていく。
向かう先は、
重沢組組事務所……。



小さな建物の前に立つ慶造たち。見上げると、そこには看板が掛かっていた。

『阿山組系笹崎組傘下重沢組組事務所』

「笹崎さんの傘下なのか…。…許せないな…」

慶造が呟いた。そして、看板を取り外し、その看板で、事務所のドアの窓を突き破った。

突然の物音に、組事務所に居る組員達が飛び出してきた。そこに立つ高校生三人を見て、怒鳴った。

「なんじゃい、ガキっ!」
「じゃかましぃ!」

ドスの利いた声に、組員達は、一瞬、身を退いた。
ふと事務所の中に目をやると、そこには、自分が拳を向けた男が座っている。

「おい、そこの男。解ってるよな」

慶造に指さされた男が立ち上がる。そして、事務所を出てきた。

「お前らガキに関係ないことだ!」
「大ありだ! 俺は、阿山慶造。自分が跡目を継ぐかも知れない組に
 そんな理不尽な組があるのは、俺自身が許せないんでな」

慶造の言葉に腰が引ける男。しかし、相手は高校生。それほど恐れる事はないだろうが…でも、あの時、拳で倒れている。
それでも、やはり………。

「やってまえ!」

男は、思わず口にした。
慶造達が、身構えた時だった。高級車が次々と事務所の前に停まり、男達がたくさん下りてきた。一つの車に駆け寄り、そして、そこに乗っている人物を迎えるように素早く並んだ。
後部座席のドアが開けられ、中から阿山組三代目組長が下りてきた。
そこに立つ姿こそ、阿山組三代目のオーラを醸し出していた。

「親父……」

慶造が呟いた。その声に見向きもせず、ドスの利いた声で短く言う父親。

「慶造は、引っ込んでおけ」
「引っ込め? よく言うよ。俺が関わってるんだ。親父こそ、引っ込め!」
「これは、組関係だっ! お前が関わる必要はないっ!!!」
「うるさい!」

慶造が怒鳴った。その声に、父親が振り返る。

「うるさい? お前、父親に向かって、その口は何だ? それが、父親への態度か?」
「父親? あんたが、父親らしいこと、俺にしてくれたのか? 組の仕事、組の仕事って
 いっつも出掛けて、お袋に苦労させるだけさせて、それに、俺の世話だって、猪熊さんや
 笹崎さんにさせていただろが! 血のつながりだけで、父親面するな!」

その言葉が、父親の何かに触れたのか、いきなり、強い拳を慶造の腹部に突き刺した。

「ぐはっ……」

慶造は、腹部を抑え、その場に座り込んだ。手を当てた所に血が滲み出す。

「??? 慶造、お前…」

父親が、しゃがみ込み、慶造の腹部をめくりあげた。腹部に貼られたガーゼは真っ赤に染まっていた。

「どうした、これ…」
「何もない」

父親は、ガーゼをめくった。

「銃創…? …修司…説明せい!」
「…猪熊、言うな!」

慶造の言葉を無視して、修司が説明を始める。

「沢村ちさとさんと逢っている時に、ちさとさんが襲われそうになり、
 慶造さんが、ちさとさんを守るように……!!!」

ガツッ!!!

父親の拳が、修司の頬に飛ぶ。

「修司、てめぇ。慶造を守るのが、お前の仕事だろが! 何をしてた!」
「すみません!! 男が向けた銃に気が付きませんでした」
「猪熊の背後に居たんだよ…。それは、あいつだ……っつー…」

慶造は、そう言うと痛さで顔がゆがみ始めた。

「直ぐに道病院へ連れて行け。修司、小島、頼んだぞ」
「はっ」

阿山組幹部の一人が、慶造を抱きかかえる。その慶造の手は、父親の腕を掴んでいた。

「親父…」

父親を見つめる慶造の目は、何かを訴えていた。父親は、慶造の腕をそっと掴み、自分の腕から離し、そして、静かに言った。

「息子が、傷つけられて…黙ってられるか…。さっさと行け」
「親父!! やめてくれ!!! 親父!!!」

慶造の叫び声は、車の中に消え、慶造を乗せた車は、修司と隆栄が乗ると同時に、その場を去っていった。

辺りに静けさが漂う。

その中に、緊迫した何かが走った。

「…俺の言葉を無視して…笹崎の言いつけを勘違いして…その結果が、
 これか? てめぇを組に入れたこと、後悔してるよ…あぁ? 重沢よぉ」

言い終わると同時に、三代目の拳や蹴りが、重沢組の組員達そして、重沢組長に炸裂する。もちろん、たった一人で、重沢組組員全員を倒してしまった。
阿山組三代目の怒りに触れると、終わりがない。
極道界では、言い伝えられていること。
床や地面に転がる重沢組組員の体に容赦なく蹴りを加える。既に動かなくなった組員達の体は、まるで人形のように、意志無く弾むだけだった。

「組長!」

そう言って、三代目の拳を止めたのは、三代目ボディーガードの猪熊だった。

「離せや」
「もう、終わりですよ」

その言葉で我に返る三代目。服を整えた。

「笹崎ぃ」
「はい」
「てめぇで、ケジメ付けろや」
「はっ。組長…申し訳御座いませんでした」
「まぁ、慶造たちが居たからこれで済んだんだろな。…慶造が手を出す前で
 よかったな。…あいつは、俺より質悪いからな」

そう言って、口元に笑みを浮かべる三代目。

「本当に、跡目を継がれないんでしょうか」

猪熊が呟くように言う。

「まだ、未熟だ。それに、優しさを持ってる辺りで、四代目はまだ、
 無理だな。…それを捨てないと…こいつらを引っ張っていけない」
「そういう三代目もですよ。ったく、親ばかなんですから。慶造さんの
 恋心を実らせようとして、常に見張らせてること、慶造さんが知ったら
 本当に、怒りますよ。それに、あの小島ってガキも、凄い奴ですね。
 小島の連絡が無かったら、慶造さんの行動、知らなかったですからね」
「猪熊ぁ、うるせぇぞ」
「すみません」
「小島隆栄…か。それにしても、いつまで、慶造につきまとってるんだ?」
「惚れてるんじゃありませんか?」
「…はぁ?!??」
「冗談ですよ」
「…お前には、似合わん」
「すみません」

と楽しそうに会話をしている二人に声を掛ける幹部。

「組長、慶造さんは無事に病院に着いたそうです。…向かいますか?」
「後で連絡くれるだけでいい。向かうところがある。猪熊、行くぞ」
「はっ」

三代目と猪熊は車に乗り込み、そして、どこかへ向かっていった。




道病院。
手術を終えた慶造は、病室の一室で眠っていた。そのドア付近に、修司と隆栄が立ち、慶造の腕に付けられている点滴が落ちる様子をじっと見つめていた。

「慶造のあの癖さえ治ったらいいのにな」
「親父さんに突っかかるとこか?」
「あぁ」
「でも、今回の一件で、父親の愛を感じたんちゃうか?」
「そうだといいけどな」
「猪熊ぁ、落ち込み過ぎ。…頬、痛そうやな」
「慣れてるよ。俺の親父の方が強いって」
「ふ〜ん。あの人か。確かに、お前、親父そっくりやな」

隆栄は笑っていた。

「うるさい。慶造が起きるだろ」
「すまんすまん。…しっかし、ほんま、お前は、阿山のことしか考えてないな。
 自分のことは、考えないんか?」
「自分の事は、組の次。三番目だ。慶造が一番、阿山組の事が二番、そして、
 自分。…まぁ、これくらいかな」

隆栄は、何かを考えている。そして、驚いたように言った。

「って、自分の事は、一番最後か?」
「そうなるんかな…」

そう言って、修司は、軽く笑みを浮かべた。

「組長さん、どこに向かったんかな…」
「ちさとさんの家」
「詫び…か」
「慶造が居なかったら、命を失っていただろ。直接関係していないけど、
 上に立つには、必要なことだから。…慶造も、そうでなくてはならない。
 それを俺が支え、そして、守らないといけないんだよな…」

少し自信無さそうに言う修司を、隆栄が励ますように、修司の肩を叩いた。

「猪熊なら、大丈夫だって。あの時だって、ちゃんと仕事してたろ」
「それでも、慶造の言葉が無かったら、俺…そして、小島も危なかったんだぞ」
「そうだな」
「…っつーか、なんで、小島が連絡してたんだよ」
「友達だろが」
「そうだけど、組関係は…」
「俺も阿山に付いていくって決心したもん」
「やっぱり、阿山組を探ってるってことか?」
「まぁ、そう取られるだろうけど、俺は、その仕事を断った。…なんでだろうな。
 初めは、そのつもりで阿山に近づいたんだ。でも、…初めて会話を交わしたあの日…。
 阿山慶造の何かに惹かれたみたいなんだ。こいつの側に居れば、楽しめる。
 何か、すごい世界が見れそうな…そんな予感がしたんだよ。…そんな
 簡単な理由で、阿山に付き合うのは、駄目か?」

いつにない隆栄の真剣な眼差し。
修司は知っていた。
いい加減そうな雰囲気を醸し出しているが、根はしっかりしている。やるときは、とことんまでやる奴だと…。それを隠すために…本性を隠すために、外面はいい加減さを現していることを…。

「小島の…意志だろ?」
「あぁ」
「慶造が、跡目を継いでも、付いてくるのか?」
「そうだよ」
「危険な世界…その命を失うかもしれない世界に、どっぷり浸かることに
 なるんだぞ。それでも、いいと?」
「阿山組を探る依頼を受けた時点で、命を捨てている。自分が探ろうと
 している組織は、命を何とも思わない奴らだからな。それを考えると
 こうして、毎日が楽しいんだぜ? 恐れるものは、何もないって」
「……お前のその動き、組の者は、誰も追いつかないぞ。…まぁ、強いて言えば
 組長、親父、慶造…そして、俺…あたりかな。…笹崎さんは、頭脳派だからなぁ。
 あっ、でも、怒ると、凄かったっけ」
  「そのメンバーの次か…。チェッ! 俺、結構自信あるのになぁ」
「怒ればの話だろ?」
「…まぁな。…ほんとに、何でもお見通しだなぁ、猪熊ぁ」
「ほっとけ」

沈黙が続く。
修司は、慶造が少し動いたことで、側まで歩み寄った。

「傷…思ったよりも軽くてよかったな」

隆栄が、修司の背中越しに慶造を見つめながら言った。

「あぁ。これ以上、大きな怪我をしたら、命に関わるからな…それに、もう…
 血を流して欲しくない。…これは、俺の願いだ」

修司の言葉は力強かった。
慶造の布団をそっと掛け直す修司は、優しく微笑んでいた。

もっと、もっと強くなってやる…。だから、安心しろ、慶造っ!



(2003.11.5 第一部 第八話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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