任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第十部 『動き出す闇編』
第三話 解ったからこそ

橋総合病院の駐車場に、一台の車が急停車する。その車から、八造が降りてきた。
その足は、病院の建物へと向かっていく。
裏口のドアを開けた途端、

「兄貴、こっちです!」

竜見に呼ばれて、八造は振り返る。

「容態は?」
「手術は無事に終わって、病室に。五階です」
「解った」

八造と竜見は病室に向かって、階段を駆け上がっていく。

…兄貴…、エレベータ…。

と言いたい言葉を堪えて、竜見は八造に付いていく……。



廊下を曲がった。

「須藤さん」
「…猪熊。すまん。まさか、こんな行動に出るとは…」
「どうして、この病院に! 確かに、あなたとは懇意にしてる
 医者ですが、あの医者は…」

八造が、静かに怒鳴る。

「…俺の心は、そうだけど、体に言ってくれ」

声がした。
八造達は声のした方に振り返る。

「院長…」
「外科医…橋…」

そこには、呆れたような表情の橋が立っていた。

「その後、怪我も無く過ごしたようやな、前髪のあんちゃん」
「…あんたの事を耳にしたら、怪我など出来ないでしょう?」
「確かに俺は、阿山慶造を殺したい程、憎んでいる。手術中に
 動脈切っても良かったんやで。…でもなぁ、俺、医者やしぃ〜」

どことなく、ふざけた口調に、誰かを感じる八造は、思わず身構えてしまう。

「だから、言ったやろが。心はそうだが、体は違ったと。
 俺の腕が勝手に治療してもぉたわ」
「感謝します。…体に…は」

八造は静かに言って、一礼した。




慶造は、廊下の騒がしさに目を覚ました。
殺気を感じていた。
腕に付けられている点滴針を外し、体を起こす。ベッドから降り、そして、ドアに向かって歩き出した。



「…で、院長、何の用で?」
「そろそろ目ぇ覚ます思ったんやけど………」

と言いながらドアノブに手を伸ばすと、空を握ってしまった。
病室のドアが開き、そこに慶造が立っていた。
廊下にいた誰もが、驚いた表情を見せる。

「八造、帰るぞ」
「はっ」

廊下に一歩踏み出した慶造の腕を、橋が思いっきり掴む。

「その体で、東京に戻るのは危険だぞ。塞がりかけた傷も
 口を開ける。…せめて一日だけでも、横になっておけ」
「そんな時間…無いんでな。それに、ここは居心地が悪い」

慶造は橋の腕を振り解こうとするが、橋の力は尋常ではない。
振り解けない!

「四代目。院長の力は、俺でも無理ですよ」
「…………橋雅春…とやら」
「なんや」
「俺…お前に…何かしたのか?」

慶造が静かに尋ねると、その場が気まずい雰囲気に包まれた。
橋の事は、関西幹部の誰もが知っている。八造も、そうだった。しかし、慶造は、大阪に居る凄腕の外科医の事は知っているものの、その外科医の過去の事までは知らない。

「そら、知らんわな…!」

橋は慶造の胸ぐらを掴み上げ、その勢いのまま、病室へと押し込んだ。

って、凄い力…!

慶造はベッドに寝かしつけられた。

「ちょ、おいっ」

突然の事に驚く慶造。その瞬間に、点滴針を突き刺されていた。

素早い…。流石や……。

橋の行動を見ていた須藤達は感心する。

「俺の言う事、聞かんのやったら、抑制するけど…」
「それくらい、すぐ抜けることできる」
「窓から逃げるのは、無理やで。ここ…五階やし、それに、
 俺の事務所もそこやからな…。気配は感じるで…」
「…俺の質問には答えんのか?」
「この怪我の経緯は須藤から聞いた。……同業者は守れても
 瓦礫に埋まった連中を、助けることはしないんだな…。なぜか。
 あんたが自分で自分を治療したように、瓦礫に埋まった奴らには
 自分で這い出てこいという事なんだろ。…あんたを観て、
 充分解った。……だがな、俺は、お前を許さない。須藤達を
 傘下において、何を企んでるのか知らんが、…許さないからな」
「…どういう…ことだ?」
「丸一日ここから出るな。その後は夜中だろうが、明け方だろうが
 お前の好きなようにせぇ。……そして、二度と、ここには来るな」

冷たく言って、橋は病室を出て行った。
呆気に取られた慶造は、八造に目をやった。

「八造は知ってるのか?」
「はい。あの院長が、真北さんの……」
「……そうだったのか……そこまでは…。……ということは、
 美穂ちゃんが以前、ちらりと言った医者が……」
「えぇ。道院長のご子息のライバルです」
「……私情も絡んでないか?」
「少しはありそうですね」
「……………似た者同士だな」

慶造の体から力が抜けた。

「医者の言うように、一日寝ておく。…八造、あとは頼んだ」
「済ませております」
「…やりすぎだ…」
「申し訳御座いません」
「報告」
「はっ」

八造は、静かに報告をし始めた。
廊下で待機していた須藤は、竜見に何かを告げて、よしのと去っていく。
一礼した後、竜見は辺りを警戒し始める。



真夜中。
慶造は、窓から夜空を見上げていた。
八造は、休憩室にある電話で、春樹に連絡を入れる。

『真子ちゃんは明後日まで休ませる。…その間は、まさちんが
 側に居るから、俺が、そっちに向かう』

…それは、ちょいとやばいかも…。

「こちらには須藤さんが居られますので、ご心配することは…」
『そっちの仕事もある』
「それでしたら、須藤さんたちと接触するのは、まずいのでは?」
『……さっきから聞いとったら、俺が慶造の側に居たら
 あかんような言い方やな、……本当は、重傷ちゃうんか?』
「今日一日安静にしておけば夕方には動いても良いと
 医者に言われてます」
『医者? ……報告は受けてないが…その病院…もぐりか?』
「いいえ」
『まぁ、須藤と懇意にしてる病院なんて、ろくなこと無いやろな』

それ、院長が知ったら、真北さん、大変だろうな。

と思いながらも、

「凄腕だとお聞きしておりますよ」

それだけ答える八造。

『そっか。………それで、その日には帰ってくるんだろうな?』
「はい。四代目は、その日の為に無茶をなさったんですから」


八造は、受話器を置いて、更に別の所へ連絡を入れる。


その頃、慶造は病室を抜け出して屋上に来ていた。
喫煙場所に歩み寄り、煙草に火を付けた。
吐き出す煙に目を細め、遠くを見つめる。
足音に振り返った。

「傷に悪いんだが…」

橋だった。

「俺の体だ。放っておけ」
「フッ」

橋が笑う。

「道の言う通りだな。無茶しやがる」
「無茶はしてない。自分の体のことくらい、解ってる」
「そうか。なら、これ以上、何も言わん」

そう言って、橋は、慶造から煙草を取り上げ、灰皿でもみ消した。
そして、手を差しだし、

「没収」

と言う。

「ここを出るまで吸わんかったら、ええんやろ」
「まぁな」

沈黙が続く。

「なぁ、医者」
「なんや」
「俺のこと、なぜ解った。須藤は言わなかっただろ」
「傷跡。…須藤があんたの傘下になった頃に、あんたの情報を
 手に入れた。ここに運ばれてくる事がある可能性も考えて
 道から、極秘にあんたの体のこともな」
「…そうか。…それなら何も言わん」
「何が?」
「…こっちの世界に関わってるのかと思ったんだよ。
 表だけなら、仕方のないことだ」
「そうなのか?」
「さぁな」

再び沈黙が続く。
慶造は夜空を見上げた。

「大阪でも、綺麗に星が見えるとはな」
「空を見上げる余裕は無かったんやろ」
「そうやな」
「なぁ…阿山慶造」
「ん?」

慶造は橋に目線を移す。

「あの薬…知り合いからと言ったよな」
「あぁ」

慶造の返事に、緊張が走る。
春樹のことを語らなければならないのか…。
そう思うと、思わず緊張した。

「それは、嘘…だろ? …本部の前で拾った…の間違いじゃないのか?」
「まぁ、拾ったと言っても過言じゃないだろな」

ある意味、真北を拾ったようなもんだしなぁ。

「もう、これ以上、周りを巻き込まないでくれ。…俺の知り合いを…」

橋の声は震えていた。

「安心しろ」

その声は、とても落ち着くものだった。
橋は驚いたような表情で慶造に振り返る。
慶造の表情は、穏やかだった。

「………桜島組は、一筋縄ではいかない。直球でくるときも
 あれば、間接的にくるときもある。…そして、必ず、命を
 狙ってくる」

橋が、静かに語り出した。

「あんた…その情報は…」

今度は、慶造が驚いたように声を発した。

「俺の古い親友から聞いた事だよ。…無茶ばかりする奴でな、
 俺が外科医として腕を磨いていたのは、あいつの為だった。
 だけど、あいつは、俺の腕を一番必要とする時に、来なかった。
 それっきり、あいつとは、…逢ってない」
「そうだろうな。………それは、俺の知り合いの意志だからな」
「どういう…意味だ?」
「大切な親友を巻き込まない為に、記憶喪失だ」
「…………そっか。……そういう奴だよな」
「あぁ」
「それなら、あいつから来る事を待ってるよ」
「早く、その日が来るように、してやるから」

そう言って、慶造は歩き出す。

真北のこと、よぉ解ってる。
流石、親友だな。

慶造はフッと笑みを浮かべてエレベーターに乗り込んだ。
橋はいつまでも、慶造が去っていった方を見つめていた。
慶造が言いたいことは解る。
そして、その慶造が口にした男の意志も、解っていた。

「あの…馬鹿が…」

橋は呟いた。





八造は慶造を車に迎える。

「一段落か…。それで、次は」
「六月頃の予定です。それまでは、須藤さんの方で行うそうです」
「須藤が先頭に立つなら、少しは安心だな」
「はい。……四代目…」
「ん?」

八造の目線に合わせて慶造は振り返る。

「医者……どうした? 許可は出たんだが…」

慶造が言うと、橋は何も言わずに何かを差し出した。

「……爆薬か?」
「あほ。誰が、そんな自分の手を煩わせることをするかっ」
「それもそっか。…で…?」
「新たな処方だ。それと、その薬も用意した」
「あんたのことを知らせる事になるだろが」
「あいつのことだ。俺のことを解ってる」
「なるほど。それで、こっちの仕事を辞めないわけか…」

慶造は、呟くように言った。

「…阿山慶造」
「なんや?」

慶造は橋から袋を受け取りながら、返事をする。

「面倒やろうけど、あいつの事……頼む」
「…あいつは、記憶喪失…なんだけどな」
「それでも、頼んだぞ」
「みなまでいうな。…世話になったな。…もう、これっきりだから、
 安心しとけ。八造、帰るぞ」
「はっ」

八造は、慶造を車に迎え、ドアを閉める。そして、橋に一礼して運転席に座った。
車が去っていく。
橋は、その車を見つめていた。

少しは、気持ちも変わったかな…俺。
道の言うように、得体の知れない男だな…阿山慶造は。

橋のポケベルが鳴る。
その途端、眼差しが変わった。
外科医としての血が騒ぎ出す……。





阿山組本部。
慶造が帰ってきた。
大阪での事件は、勝司と北野、一部の組員の所で情報は止めている為、幹部や組員たちは、知らない。慶造を元気よく出迎える。いつもの通り、組員達を通り抜け玄関へやって来た慶造は、

「八造、どう伝えたんだ?」
「私は山中さんに、細かく伝えただけです」
「それなら、どうして、あのオーラ?」
「それは、いつものことだと思いますが……!」

玄関に仁王立ちして、慶造を待ちかまえていた春樹。八造とブツブツ会話をしながら靴を脱ぐのを待ち、屋敷に一歩踏み入れた途端、腕を掴んで、まるで引きずるかのように、慶造を連れて行った。

「………真北さん……ご立腹ですか?」
「何か知らんけど、怒ってるみたいだな」
「そうですか。…お嬢様には…」
「地島が付いてます。体調は、まだ優れないようですね」
「そうですか。ありがとうございます」

八造は慶造を追いかけるかのように、部屋へと向かっていった。



慶造の部屋の前で立ち止まる。

『部屋に戻っておけ。後で話す』
「かしこまりました」

慶造の声がドア越しに聞こえた為、返事をする。そして、自分の部屋に向かう前に、真子の部屋へと足を運んだ。ドアをノックせず、そっと開ける。真子の側に座っている政樹が振り返った。

「まだ、体調が優れないと聞いたが…」
「はい。熱が中々下がらなくて、今日も一日寝てました」
「むかいん特製でも無理なのか?」
「それを食して、ましになった方だよ」
「一体…」

政樹は静かに立ち上がり、八造と一緒に廊下に出た。

「…真北さんからの話だと、例の能力が関わってるらしい」
「能力は、押し込めてるんじゃなかったのか?」
「今年は、この時期に現れたと言っていたが、俺にはさっぱり…」
「この時期に……ということは、…赤い光…」
「えっ?」

政樹は驚いたように声を挙げた。

「そこまでは、聞いてなかったのか?」
「あぁ。…それで、あれ程、俺が側に居ることを反対していたのか…」
「お前はまだ、赤い光のお嬢様に会ったことは無かったんだよな」
「恐ろしさだけは耳にしてる」
「その事で、お前が怪我をすると、お嬢様の笑顔が益々減るだろうな」
「それでも、俺は…」
「俺が側に付いておくから、ちさと姐さんの法要が終わるまで、
 暫くは離れてくれないか?」
「八造さん……」

政樹の表情が暗くなる。

「行くとこないなら、廊下で待機しておけや」

政樹が何を思ったのか、八造は解っていた。
真子の側に居ることが、政樹の生き甲斐。
それを取りあげられては、本当に行くところがない。

「俺も側に…」
「……俺が怒るぞ」

八造が威嚇する。
それだけで解る。
八造は、まだ、政樹のことを許していないということが。

「…部屋で自分の時間を過ごしておくよ…。八造さん。
 お願いします」
「あぁ。本来の俺の仕事だ。気にするな」

冷たく言って、八造は真子の部屋へと入っていった。
政樹は大きく息を吐く。そして、真子の隣の自分の部屋に入っていった。




慶造の部屋では、険悪なオーラを醸し出しながら、春樹と慶造が睨み合っていた。
なぜか、そこには、修司と隆栄の姿もあった。
春樹と慶造が動けば、すぐに対処できるよう、身構えている。

しかし……。

春樹の怒りが殺げた。

「本当に、心配かけるな。あほが」

春樹が静かに言った。

「悪かったな」
「須藤や水木を守っても、何の価値もないやろが」
「今回ばかりは、こっちに非があるからな」
「だからって、お前は…。…それで、どうなんや?」
「傷は塞がってるが、お前の鉄拳を受けたら、一週間は動けないなぁ。
 それよりも、こっちは、どうなんや? 向こうで桂守さんから連絡を
 受けたんだが………」
「その件でも、怒ってるぞ。…お二人の思いだからって、俺に内緒で」
「……ばれたのか?」

慶造は、修司と隆栄を睨み上げた。

「しゃぁないやん。戻ってきた途端、真北さんを狙ったんやしぃ」

隆栄が軽い口調で言う。

「………お前らは、大丈夫なんやな?」
「なんか、関西に染まってへんか? 阿山」
「……三週間近く、あいつらと過ごしてたら、自然と出てくるんや。
 ほんま、恐ろしいわ、関西って。真北が染まったのも解るで」
「そうやろぉ。…って、話反らすなっ」
「……なんか、漫才観てるみたいやけど……」

修司が呟くと、それぞれが、気を引き締めた。

「それで、こっちは治まったんか?」

慶造が尋ねると、春樹達は、ため息を付いた。

「それがな、慶造が関西に居ると知れてしまって、そっちに
 向かったらしいんや」

春樹が静かに言うと、慶造は項垂れた。

「それで八造の動きなんか……気付かなかったな…」

沈黙が続く。

「真北」
「ん?」
「土産」

短く言って、慶造は、懐から袋を取りだした。それを、春樹に手渡す。

「お前から土産って、珍しいな」
「ん……預かったが正解だな。……例の薬、新たな処方に
 変えてもらった。…結構、効果があるぞ。次から、それにしろ」
「……あ、あぁ……」

慶造の言葉の意味が解らないまま、春樹は袋の中身を取りだした。
新たなケースに薬が入っている。
そこに、見慣れた字のメモも付いていた。

「相変わらず…らしいな」

そう言って、慶造は煙草に火を付けた。

「それなら、安心や」

春樹は、そう応えると、薬のケースを懐に入れた。
フッと表情が和らいだことは、慶造だけが気付いていた。
思わず、慶造の表情も和らいだ。

「取り敢えず、向こうは抑えた。当分、動きは無いだろう」

その場の雰囲気を戻すかのように、修司が言う。

「ありがとな」

春樹が言った。

「問題は……」
「二つ…だな…」

慶造の言葉に、春樹達は頷く。
一つは、時期が過ぎれば治まるもの。
しかし、もう一つは、先が見えていない。
解っているのは、慶造が狙われていることだけだった。

桜島組。

奴らの動きは、治まることを知らないかのように、水面下で激しくなっていた。
影で誰かが糸を引いているかもしれない。
その影の人物を探ることも、解決への糸口だった。
それぞれが、それぞれの考えで行動を取るという意見が合致。
慶造は表で。修司と隆栄は、いつもの如く、影で動く。
そして、春樹は、春樹の立場を利用して、動くことにした。


そして……。


ちさとの法要の日。
組員達に静かに見送られて、阿山組本部を一台の車が出て行った。

「…慶造、何も無理することは」

と修司が声を掛けたが、それ以上、発することは無かった。
慶造は、窓の外を眺め、物思いにふけっていた。

「いつか…」

慶造が、静かに口を開く。

「ん?」
「…いつか、真子を連れて行きたいよ…」

慶造は呟いた。

「お嬢様の心が落ち着くまでは、奨めないぞ」

修司が冷たく応える。

「解ってる」

慶造の声は、少し寂しげに聞こえた。




笑心寺。
阿山家の墓の前で慶造は手を合わせる。
暫く、動く気配は観られない。
恐らく、そこに眠る者へ語っているのだろう。
少し離れた所で、住職と一緒に慶造を見守る修司と隆栄は、慶造の動きを見つめていた。

「真子ちゃんは、元気にしてるのですか?」

住職が静かに尋ねる。

「中学生になりましたよ」

修司が優しく応えた。

「もう中学生ですか。早いですね…私も歳を取るわけですね…」
「子供達の成長は、早いですからね」
「剛一くんは、海外に?」
「えぇ。あいつのことだから、向こうで何をしてるか…」
「って、こっそりと様子を見ていたのは誰だよ」

隆栄が会話に割り込んできた。
二人で動いていた海外。
その時に、最愛の息子の様子も伺っていた様子。

「そういう小島さんのご子息も全国で見かけますよ」
「へっ?!」
「住職同士の寄り合いがありましてね。行く先々で姿を
 見かけましたよ」
「おや? 住職は、俺の息子…知らないんじゃ…」
「ん? 毎月、お姿は拝見してますが…」

住職の言葉で、栄三の隠された行動の一つが解った二人。
月命日に、どうやら、笑心寺に来ているらしい。

「ほんとに、あいつはぁ〜」
「以前より笑顔が輝いているのは、真子ちゃんのお陰ですか?」
「ほへ?!??」
「お尋ねした事があるんですよ。笑顔が増えましたね…と」
「それで…栄三は?」
「お嬢様に言われてますから。笑顔を絶やすな…とね。…もちろん、
 ちさとさんからの言葉でもありますから…と」
「……そうでしたか…」

それ以上、何も言えなくなった二人は、慶造が立ち上がった事で気を引き締めた。
慶造が歩いてくる。

「…住職…、今年も例の二人は来たんですか?」
「まだ…ですね」
「そうですか…」
「お見かけしたら、御連絡致しましょうか?」
「いや、いい。今年もお世話になった。ありがとう」
「お気を付けて」

慶造が静かに歩き出すと、修司と隆栄は住職に一礼して慶造を追いかけていく。
住職は、慶造達に手を合わせ、ゆっくりと一礼した。




車の中。
慶造は、またしても、窓の外を眺めていた。
暫く走った頃、

「今日は部屋でゆっくりしとけ」

慶造の体調を気にした修司が静かに言った。

「あぁ。解ってる」
「例の二人とは…」
「毎年、来ているのに、今年はどうしたんだろうな」
「気にすること無いんじゃないか?」
「そうだが………」

フッと軽く息を吐いた慶造は、

「山中さんにも…沢村さんにも一応報告はしておいた」
「……慶造……」
「解ってる。……奴の考えそうなことくらい。…覚悟は出来てるさ…」

静かに言った。
車は阿山組本部の門をくぐっていった。
その様子を本部から少し離れた所に停まっている車から、伺っている者が居た事に、慶造達は気付いていなかった。



慶造は、真子の部屋へとやって来る。
慶造の足音に気付いたのか、真子の部屋から春樹が出てきた。

「様子は?」

慶造が静かに尋ねると、春樹は首を横に振る。

「そうか……」
「くまはちも居るから安心しろ」
「……無茶はするなよ」
「お前こそ、あとは部屋でゆっくりしておけよ」
「あぁ。……頼んだぞ」

背を向けて慶造は自分の部屋へと向かっていった。
春樹は真子の部屋に戻る。
真子はベッドで静かに眠っていた。側には八造が付いている。

「お帰りになられましたか」
「あぁ。いつもと変わらない雰囲気だったから、安心しろ」
「安心できません。…まさか、こうなるとは…」
「これ以上、熱が続くと、真子ちゃんの体がもたないだろうな…」
「えぇ。美穂さんからの解熱剤もこれ以上は、無理ですから」
「そうだな」

沈黙が続く。

「…いっそ……」

八造が口を開く。

「ん?」
「押し込めずに、発揮させた方が、お嬢様に負担が掛からないのでは?」
「…それは、俺も考えた。…だがな、もし、それで、俺達が
 怪我をしたと知ったら、真子ちゃんが傷つく…。俺は……」

春樹は、真子の頭をそっと撫でる。

「真子ちゃんが傷つく方が……怖いんだよ…」
「真北さん…それでも…」
「それに、真子ちゃん自身が望まない」

その言葉に、八造は何も言えなくなった。

「お嬢様…」

負けるなっ!

真子の手を握りしめるその手に、力が籠もる。




阿山組本部の近くにある公園。
そこは、真子が幼い頃に良く遊びに行っていた公園だった。
その公園のベンチに腰を掛け、子供達が遊ぶ様子を見つめる女性が居た。
公園の入り口に黒服を着た男が立ち、女性に向かって一礼する。すると、女性は立ち上がり、公園を出て行った。
男は、女性に花束を手渡した。女性は、その花束を公園から少し離れた道沿いに置き、手を合わせた。そして、男と一緒にその場を去り、阿山組本部の近くに停まっていたものと同じ車に乗りこんだ。

「約束は、守るものだよね」

車の中で、女性は運転席に座った男に、そっと呟いた。

「仕方有りません。お忙しいようですから」

男は、静かに応える。

「帰ります」
「よろしく」

車は、去っていった。





夕暮れ。
春樹は、真子が眠るベッドにもたれかかって眠っていた。
八造はソファに腰を掛け、うたた寝をしている。
夕日が、真子の部屋に差してきた時だった。
真子が目を覚まし、体を起こした。
その動きに、春樹が気付き、目を覚ます。

「お姫様、調子は、どうですか?」
「…あ…た………気持ち悪い…」

途切れ途切れに真子が言う。

「もうすぐ夕飯だけど、むかいんに、何か頼みましょうか?」
「…食欲…無い…」
「むかいんなら、喉を通りやすい物を作りますよ」
「うん……」

そっと返事をした真子の肩に、八造がカーディガンを掛ける。

「私が、むかいんにお願いしてきます」
「あぁ」

八造は、部屋を出て行った。
春樹は、真子の側に腰を掛ける。そして、真子の額に自分の額をそっと当てる。

「熱は少し下がりましたね。…でも、顔色が優れないな…」

真子の目を見つめながら話していた春樹は、真子の目が赤く光った事に気が付いた。

まさか…。

春樹は、真子の左手を素早く掴んだ。
春樹の行動の方が少し早かった。
春樹が掴んだ真子の手は、赤く光り、爪は伸びていた。
しかし、真子は驚異的な強さで、春樹の体を押し退けた。

しまったっ!!

床に転がった春樹は、体勢を整え、赤く光る真子に目をやったが、すでに、そこには真子の姿は無かった。ドアが開いている事に気付き、春樹は廊下に飛び出した。
窓から見える赤い光。
それが向かう先は……。

「慶造ぉぉぉぉ!!」

春樹の声が廊下に響く。
その声は、部屋の奥で眠っていた慶造をたたき起こした。

真北…?

体を起こすと同時に、部屋のドアが勢い良く開いた。
ドア付近から感じる異様なオーラに、慶造は身構え、意を決して奥から顔を出した。

「……真子……」

そこには、赤く光る真子が立っていた。
慶造の姿に気付いた途端、口元をつり上げた。

「あんただけは……許さない……」
「……いい加減…真子から離れてくれないか?」

静かな口調で、慶造が応えた。
その途端、目の前を赤い光が過ぎった。
すんでの所で避けた慶造。床を転がった先に、赤く光る足が見えた。
何かの気配に、無意識のうちに何かを受け止めた。
目を見張ると、掴んだものは、真子の赤く光る左手だった。目の先に、伸びた爪がある。

「……お前達が居るから、狙われたんだぞ…」

慶造はドスを利かせて口にする。

「お前…たち?」

赤く光る真子が、その言葉に反応した。

「あってはならない能力。それが、俺達のような
 普通の人間の感情に、何を与えるのか、お前は
 考えたことがあるのか?」
「それが…どうした…」
「なんの因果で、その能力が存在するのかは、
 俺達普通の人間には解らない。だがな、その能力を
 別のものに利用することだって出来る。そう考えたことは
 ないのか?」
「……それは、青い光の方だろう? 赤い光は……この世に
 存在してはならないものなんだろう?」
「それは…解らない。………真子が押し込めた怒りの感情に
 同調して現れたことは解ってる。……お前が出るたびに、
 真子が苦しんでることくらい、…お前も…」
「……真子が望んでいるとしたら、お前は、どうする?」
「えっ?」

赤く光る真子の言葉に、慶造は言葉を失った。

真子…すまんっ!!

赤く光る真子の気が、一瞬、殺げた。
その瞬間を見逃さない慶造は、真子の腹部に拳を入れた。

「……くっ……」

真子の体は、慶造にもたれかかるように、倒れた。

「ふぅ……。…真北の気持ちが…解るよ…。手が出せない。
 そして、勇気が要ることだな…」

真子……。

慶造は、真子の体をしっかりと腕の中に包み込んだ。

俺を…憎んでいるんだな。
あの日から、そして、今も……。

慶造の頬を、一筋の涙が流れた。


ふと我に返った慶造は、顔を上げる。

「!!!」

そこには、わなわなと震える春樹の姿が!

「いつから居た…?」
「一部始終……観ていた……。お前……真子ちゃんに…
 真子ちゃんに何をぉぉぉっっ!!!!」
「……お前の心配は、そこかよ…」
「当たり前だ!! 愛娘に……よくもぉ」
「俺が怪我をして、一番心配するのは、真子だろがっ。
 それに、こうなった時には…と真子から言われてる」
「……真子ちゃんから…?」
「あぁ」

慶造は、自分の腕の中で、すやすやと眠る真子を見つめる。

「真北と栄三は、赤く光る真子に手を出せない事も知ってるよ」
「……やはり、赤く光っている時は、その目を通して…」
「見えてるそうだ」
「そうか……。…それでも……」
「安心しろ」
「ん?」
「今年は大丈夫だから。明日には元気になってるさ」
「あぁ…そうだな…」

ホッとした二人の雰囲気に感化されるかのか、穏やかな寝顔に変わる真子。

「今年は現れないと言ったのは…真北だったよな」
「…俺…だ…」
「術……どうする?」
「強くするのは反対だ。……真子ちゃんに相談してからだな…」
「そうしてくれ。…俺も、耐えられないからさ…」
「ふっ…無理するな」
「無理もしたくなる事だからな」

慶造は、真子を春樹に託す。
真子の手が春樹の首に回され、真子がしがみつく。

「いつもの真子ちゃんだ」

春樹の表情が、思いっきり弛んだ。
八造が慶造の部屋に顔を出す。

「四代目! 真北さん!! 御無事ですか!!」
「遅すぎるっ」

慶造と春樹の声が揃う。

「…お二人じゃなくて、お嬢様ですっ!」
「……俺達の心配もしろよ……」

八造の惚けっぷり(?)に、慶造と春樹は項垂れた。



その三日後、真子と相談した結果、春樹は、今まで以上に強い術を真子に掛けた。
真子の笑顔が更に減る。
それは、術の事ではなく、慶造の言葉が原因だった。


お前達が居るから、狙われた……。


その言葉の意味することとは…。
真子が知った真実。
それは、真子の心に秘められた。



(2006.12.30 第十部 第三話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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