任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第十部 『動き出す闇編』
第六話 縁の下では……

政樹の車が狙われてから五日後。梅雨真っ只中。しかし、雨は降らず……。
それを待っていたかのように、慶造は姿を消した。
もちろん、慶造に付いて回る二人の男とそれぞれの息子及び関係者の姿も見当たらなかった。
春樹は、とある場所へを足を運ぶ。
そこは、特殊任務が構える事務所……警視庁の裏手にある建物だった。



暗がりの部屋で、春樹は深々と頭を下げる。
春樹の前に居る男は、大きく息を吐き、一枚の紙に判を押した。

「ありがとうございます」
「……阿山慶造の作戦は範囲内だから、許可は必要ないだろう?」
「そうですが、範囲外になる可能性もありますので…」
「あり得ることだが、俺は真北…お前に任せている」
「はっ」

春樹が頭を上げないことで、男は春樹の思いを悟ってしまう。

「ったく、もっと広げた方が、真北の為だな」

そう言って、男は、別の用紙に何かを書き始めた。


春樹が部屋から出てきた。そして、他の刑事達に目も暮れず、その場を去っていく。


暗がりの部屋にいる男は、ブラインドの隙間から外を覗き込んだ。
春樹の車が去っていくのを見つめていた。

「何もそこまで、躍起になることないだろが。
 放っておけば、いずれ自然と消滅するだろうに。
 その世界は、そう出来てるだろ。…一番知ってる
 お前が、手引きすることないはずだ。……真北…。
 お前を誘うんじゃなかったな……」

男は、春樹が特殊任務に就くことを後悔していた。




真子が学校で勉強に励んでいる頃、政樹は本部で仕事中…というよりも、中学の勉強をしていた。
芯が教えていた事を復習し、そして、真子がこれから習うだろう場所を予習中。
一度は勉強した所は、すでに過ぎていた。
そんな年代から、この世界に飛び込んでいた。

ふと思い出すことがある。

自分が、この世界に飛び込む事になった事件を…。
グッと拳を握りしめた政樹は、

絶対に……俺は……。

その時に抱いた思いを、呟いていた。

ドアがノックされた。

『まさちん、今、いいか?』
「はい」

春樹が廊下に立っていた。
慶造の部屋には、ノックせずに入る春樹だが、他の人間の部屋では違っている。その事を気にしながらも、政樹は春樹と資料室へと向かっていった。

「慶造の作戦は耳にしてるよな」
「はい」
「取り敢えず、ここにある資料を頭に叩き込んでおけ」
「それなら、すでに、入ってます。特に桜島組に関しては」

政樹の言葉に、春樹は驚いていた。

「……慶造に言われたのか?」
「言われる前に、頭に入れておくべきですから」
「砂山…いや、地島の教育か…」
「組長を支えるなら、当たり前の行動です」

そう言い切る政樹に、春樹は感心する。

「予備知識も必要だから、真子ちゃんを迎えに行く時間まで
 ここに居ろ」
「いや、その…お嬢様の勉強…」
「俺が居るから、安心しろって。…てか、習っただろが」
「習った部分は、すでに過ぎました」
「………そんなに早い時期に、この世界に入ったのか?」
「そうなります……すみません」
「……中学程度は大丈夫だと言ったよなぁ」
「はぁ…その……勢いで…」

ポリポリと頬を掻いて、恐縮そうに政樹は言った。

「ったく…どんな過去を持ってるんだよぉ」
「言えません…」
「まぁええわ。ほな、俺は夜に帰るから、それまで
 真子ちゃんのこと、頼むぞ。…今は、くまはちが
 居ないからな」
「心得てます」

力強く応える政樹に、春樹は少し安心した。そして、資料室を出て行った。
一人になった政樹は、棚を眺めていた。
膨大なファイルに、半ば項垂れていた。

はぁあ。

息を吐くと同時に、政樹は何かを思いつく。

この数なら、もしかして…。

政樹は何かの資料を探し始めた。





松本組組事務所。
松本が、資料に判を押す。

「では、これらを返却してください」
「はっ。行ってきます」

松本から資料を受け取った組員は一礼し、部屋を出る時、ソファにちらりと目線を送った。

「お茶…」

組員が口にすると、

「気にせんでええ」

組員の言葉を遮るように、松本が応えた。

「はっ。失礼しました」

そう言って部屋を出て行った。
松本はデスクの上を整頓し、目線をソファに移した。

「順調に進んでますので、ご安心を」
「…気にしてへんしぃ」

そう言って体を起こしたのは、慶造だった。

「四代目ぇ、お忍びは本当に…」
「その方が、誤魔化せるやろが」
「それも、変装まで……隆栄さんの影響ですか?」
「直伝」
「組員は、態度のでかい客だと思ってますよ」
「その方がええやろ」
「そうですけどねぇ」

私の気が気でないんですって。

言いたい言葉をグッと飲み込み、松本はお茶を煎れ始めた。

「サンキュ〜って、ここも真北の息がかかってるってか」
「こちらに来られたときは、しょっちゅうですよ」
「あいつは、留まることを知らんのかっ」

慶造に差し出されたお茶は、高級茶。それも春樹が好む茶だった。

「煎れ方まで教わったのか…」
「あっ、その……それは、おやっさんから…」
「あっそっか。…真北とも繋がってたっけ…」
「はぁ…まぁ……」
「ほんと不思議な絆だよな…」

そう言いながら、慶造はお茶を飲む。

四代目?

慶造の言葉と雰囲気に、少し違和感を抱いた松本は、慶造の様子を見つめていた。
ふと体に感じた。
それは、自分の親分に当たる笹崎から聞いたこともある、慶造の見えない本能。
松本は、慶造に真剣な眼差しを向けた。

「ん?」

その眼差しに気付いた慶造は、松本を見た。
凛として隙のない眼差し。
そこから感じられるもの。
懐かしいものであり、そして、厳しいものでもあった。

「そうしてると……益々似てきたなぁと思うよ」

慶造は静かに言った。

「四代目…」
「…解ってる。大丈夫だから、安心しろ。俺は動かない。
 今回は指示だけだ。…それに……歯止めが効かん男達が
 動いているから、俺は必要ないって事だ。連絡を待つだけさ」

ニッコリ微笑む慶造に、松本は項垂れた。

「本当に知りませんよっ」
「口調まで、似てくるんだなぁ〜」
「四代目っ!! からかっておられるんですかぁ!」

思わず声を荒げた松本。
その時、ドアがノックされる。
慶造は思わず身を隠すようにソファに寝転んだ。

「どうぞ」

松本の声と同時に一人の男が入ってきた。

「親父ぃ、これでどうやぁ」

そう言って松本の前に書類の束を差し出したのは、息子の翔司(しょうじ)だった。

「仕上がったのか…意外と早かったな…」
「ほんまに、あれ以上、細かぁせぇって、八造くんも
 張り切りすぎやで」

翔司の言葉を耳にしながら、松本は書類に目を通し始める。

「うわ、細かぁ…」
「これとないくらい、細かくしたったわ。これで文句ないやろ」

と話している時、松本の書類は、ソファに身を隠した慶造に取り上げられた。

「!!!! ……!!!!! ……って、態度のでかい客って、
 四代目っ!!」
「しぃぃっ。…お忍びや」

そう言いながら慶造は書類に目を通す。

「まだまだやで、翔司くん」
「……かなり細かくしたんですが…」
「そうやなぁ、例えば、ここ…」

慶造は翔司が仕上げた書類に指示を出し始めた。

「……四代目、それは、こいつの仕事ですから、
 気になさらないでください。こいつの勉強になりませんから」
「これ以上、勉強してどうするねん。こんなに細かいのに」
「それなら、まだ…と仰らないでください」
「世間一般なら、これで通じるけど、八造が指揮を執ってるなら
 これでは、無理やぁ言うてるねん。だから、八造サイドで
 例を挙げてるだけやないかっ」
「……そういうことですか…。…でも、八造くんの指導の方が…」
「できたら、やっとるわい」
「さよですか……」

松本は項垂れた。

「諦めるん、早いなぁ…」

慶造が呟くと、松本は、キッと顔を上げた。

「四代目ぇ、ほんとぉぉぉに、からかっておられるんですかっ!」

先程より、声を荒げた松本。その声に反応したのは、組員達だった。

「おやっさんっ!! やはり、その男はっ!」

慶造がお忍びで来ているとは知らない組員達は、警戒態勢で、組長室に飛び込んできた。
ところが……。

「よ、よ、よ、四代目ぇ〜????」

松本の側に立つ人物を観て、腰を抜かしてしまった。

「…松本ぉ、お前なぁぁぁぁ」
「申し訳ございませんっ!!」

何やら、賑やかな雰囲気に包まれ始めた……。


その頃、大阪から西に向かって、途轍もない者が動き始めていた。
中国、四国を通り越し、北九州を通った途端、一気に鹿児島へと……。



その夜、松本邸で飲んでいた慶造の耳に、連絡が入った。

「…四代目、本当にお一人で…?」

松本が静かに尋ねた。

「まぁ…な。須藤達を巻き込む訳には、いかんやろ。
 あいつらには、ここでの仕事…成功させてもらいたいんでな。
 その仕事に支障のある輩を、排除するだけさ」

そう言って、慶造はグラスを空にした。
松本が新たに注ぐ。

「私も…お手伝いさせていただきますよ」
「必要ない」
「もしもの時は……そう決めて、こちらで生活を始めたんです」

その言葉に含まれる意味。
慶造は直ぐに解った。

「ったく……あの人は、いつまでも俺を子供扱いするんだからな…」
「それが、おやっさんですから」
「…あぁ、そうだな」

フッと笑みを零した慶造に、松本は心を和ませていた。
と、そこへ……。

「失礼します」

組員がやって来た。

「おやっさん…すみません。…おやっさんの名を挙げて
 訪ねてきた者が…」
「誰や?」
「……飛鳥と仰る方ですが…」

組員の言葉に、慶造は肩の力を落とした。

「本当に…あの人は…、どこから情報をぉぉぉ…」

グラスを持つ手が震え始める慶造。

「四代目、落ち着いてくださいっ!」

思わず松本が発した。
そこへ現れたのは…、

「お久しぶりぃ〜」

場違いな雰囲気で、飛鳥がやって来た。

「あぁすぅかぁぁ〜っ!!!」
「えっ? えっ???」

突然の慶造の雰囲気に恐れる飛鳥だった。




明け方。
とある屋敷で、呻き声が聞こえた。

「完了っと。…あとは……」

一人の男が、窓の外を見つめた。
その方角こそ……。




朝。
政樹の車が阿山組の門を出て行った。

「ねぇ、まさちん」
「はい」
「昨日は、深刻な表情をしていたけど…何か遭った?」
「えっ?」
「迎えに来た時、いつもの表情じゃなかったから…」

真子が心配そうに言った。

「すみません。その…」
「真北さんに、怒られたんだ!」

真子の言葉に、政樹は何も言えなくなった。

「当たり?」

真子がワクワクした表情で、政樹に振り返る。
政樹は、項垂れていた。

「………何を言われたのか解らないけど、大丈夫。
 真北さんは間違った事を言わないから」
「えぇ。勉強になることばかりです」

静かに応えた政樹の揺るぎない表情。
真子は、そんな政樹を見て、安心したように微笑んだ。

「良かった。まさちん、元気になって」
「もしかして…ご心配を…?」
「気になっていただけだよ」

にっこり微笑んで真子が言う。
その笑顔は、政樹にとって……。



「行ってきます!」

政樹に手を振って、真子は校舎へと向かって走っていく。

「今日も頑張ってください」

政樹は笑顔で見送った。
真子の姿が見えなくなった時、政樹の顔から笑顔が消えた。
何かを始める。
そんな雰囲気だった。


真子の学校を出た政樹の車は、本部への道ではなく、別の道を走り始めた。

まずは…。

政樹の眼差しが、鋭くなった。





とあるホテルの最上階。
このホテルも、阿山組が懇意にしているホテルのうちの一つだった。
そこへ現れたのは…。

エレベータが到着した。ドアが開き、エレベータから降りてきたのは、桜島組組長・長田と桜島組組員の小路、今川の三人。
小路は、桜島組の銃器類を担当する組員。TNTの使い手でもある男だった。そして、今川は、ナイフを使う殺し屋として、桜島組に居座っていた。殺し屋と言っても、例の男達とは比べものにならないほど、腕は悪いのだが……。
長田は、松本組組員に案内されて、

「失礼します。長田様をお連れしました」

とある部屋へと招かれた。
そこには、慶造と飛鳥、そして、松本の三人が待っていた。

「おや、珍しい人物をお連れで…」

そう言って、長田は慶造の向かいのソファに腰を掛けた。

「わざわざ、足を運んでもらって恐縮ですが……、
 こちらの話は…すでにお解りですよね、長田さん」

低姿勢で、慶造が言った。

「フッ…。水木の時で懲りてないのか、阿山ぁ。
 あの時の傷は、癒えたのかな?」
「ご心配痛み入ります。この通りですよ」

沈黙が続いた。

「まぁ…あれですな。阿山慶造の本能に備えて、
 この二人を連れてきたんですが……必要無かったようですな」
「ん?」
「あんたのボディーガードの猪熊は格闘専門。そして、小島は
 あの体のどこに隠すのか解らないが、日本刀を扱う男。
 その二人が守る阿山慶造…あんたは、体に巻いて、敵を脅すという
 方法を取るらしいな。…まぁ、今日は、その様子は無いな。
 小路が警戒していないんでね…」
「…あぁ、その通りだ。ここは一般市民も使ってるホテルだ。
 迷惑は掛けられないだろう? …そちらの噂も耳にしているよ。
 TNTに敏感な組員が居ることはね…。その組員を前に
 そんな物騒な物は持参できんやろ、のぉ、松本」
「えぇ、その通りですね」
「だから、こっちは、丸腰や」
「そのようですな。…それにしても、今回は、どうしてそのお二人を?」

慶造の側に居るのが、松本と飛鳥という事に、疑問を抱いているのか、長田が尋ねてきた。

「争いに来たんじゃないんでね。…話し合いですよ」
「そうでしたなぁ。例の事ですよね」
「こちらの意見は既に話してある。あとは、そちらの答えを待つだけなのだが、
 意見は変わらないのかな?」

慶造が静かに尋ねた。

「そうですなぁ……。関西から更に西…わしらの縄張りまで
 手を伸ばしそうな勢いですよね…阿山組は」
「そのように…見えるなら仕方ないな」
「この関西で、でっかいことをやろうとしてるのが、関東で有名な
 阿山組だからなぁ。そう見えるだろ」
「…ということは、こちらの意見に反対……と?」
「その通りですなぁ〜くっくっく」
「………それならそれで、こちらは構わないが……なぜ、
 系列の組を襲い、一般市民に迷惑を掛ける? それも、
 この関西で。…そういう威厳は、自分の縄張りでしてもらいたいなぁ」

そう言って慶造はソファにふんぞりかえった。

「それは、脅し…っつーものですよ、阿山さん」

長田は煙草をくわえ、小路が火を付けた。
吐き出す煙に目を細め、慶造を睨み付ける。
それに恐れる慶造ではない。

「まだ…続けるつもりですか?」

静かに言う慶造に、長田は笑みを浮かべ、

「あんたが、ここから撤退するならな…」

長田は、阿山組の関西進出が気にくわないらしい。だからこそ、脅しを掛けていた。
慶造が関西で行っているのは、やくざの世界とは無縁の事。
だが、長田が言うように、その事業の中心に『やくざ』が居る事態、誰もが考えることでもある。
縄張り拡大。

慶造は解っていた。

だからこそ、自分は影で支え、一般市民に顔が広い男達を表立って動かしていたのだが、その行動も、やはり、そう取られるらしい。
慶造は大きく息を吐いた。

「だから、この事業には、俺達の立場は利用していない。
 それでも、そう…捉えるのか?」
「あぁ。そうだな」

長田は煙草をもみ消した。

「どうしても…退かないのか?」
「あんたが退くなら、こっちも退くが…」
「そうか……。それなら仕方ないな」

慶造は目を瞑る。
その行為は、長田が耳にした事のある、阿山慶造の行動の一部。

「ちょ、ちょっと待てっ。丸腰なんだろが。まさか、仕掛けて…?」

思わず焦る長田は、隣に座る小路に目をやった。
小路は、首を横に振る。

何も感じません。

その仕草に、長田は少し落ち着いた。

「飛鳥」
「はっ」

慶造に呼ばれて、飛鳥が一礼する。

「阿山っ、やくざとしての話し合いじゃないと言っただろがっ!」
「その通りですよ。しかし、そちらの動きは、そのものですよね」

飛鳥が静かに語り出す。

「なので、こちらも、同じ状況を作りました。恐らく、まだ
 連絡が入っていないのでしょう。こうして、こちらに足を
 お運びになられましたからねぇ」
「ど、どういうことだ?」
「目には目を…という言葉…御存知ですか?」
「…………ま、まさか……」

何かに気付いた長田は、部屋にある電話に手を伸ばす。
とある番号を押したが、受話器から聞こえてくるのは、繰り返す音だけ。
通じない。
受話器を置き、別の番号を押した。
それも同じ状態だったのか、長田は、色々な番号を押し始める。

どれも、単調に繰り返す音しか聞こえてこない。

「…阿山……てめぇ…」

受話器を投げつけた長田は、怒りに震えながら振り返る。
慶造は、にやりと笑みを浮かべている。

「そういうことですよ、長田組長」

飛鳥が言った。

「まだまだ…だな、長田」

慶造が口を開く。

「何ぃ〜っ?」
「俺の側に常に居る二人が居ない事に気付いたまでは良かったが、
 その二人の行動までは、考えなかったようだな」
「…待て…。二人だけで、四国中国…そして、北九州と動けるのか?
 いつからだ? おとといまでは、まだ…」
「それと…いつの情報を耳にした? 今は、昔と違うんだが…。
 その情報…どこで手に入れたのか……教えてもらえないかな?」

ゆっくりと言った慶造のオーラが変化した。

「…そ、それは……」

長田は口を噤んだ。

「まぁいいか。…で、返事は?」

慶造が促す。
長田は何も言わない。
突然、慶造が飛鳥に手を差しだした。
飛鳥は、携帯電話で何処かに連絡を入れ、相手と繋がったのか、その電話を慶造に渡した。
慶造は、そのまま、長田へと手渡す。
不思議に思いながら、長田は電話を耳に当てた。

「長田だが…」

名乗った途端、長田の顔色が青ざめた。

「親分…?」

今川が声を掛けた。

「…阿山…てめぇ…」

わなわなと震え出す長田を、慶造は得意気に見ている。

「…返事は?」

低い声で慶造が尋ねる。

「くそっ…今回は仕方ない…。手を退く。…帰るぞ」

そう言って、長田達は部屋を出て行った。
ドアが静かに閉まる。
慶造は天を仰いだ。

「四代目……」

飛鳥と松本が同時に呼ぶ。

「あん?」
「こういう行動は、本当に慎んでください」

飛鳥が力強く言った。

「もし、私が来なければ、お一人で向かうつもりだったんでしょう?」

飛鳥の口調が強くなる。

「……何処で知った?」
「おやっさんが、猪熊さんと小島さんの行動を耳にして、
 いつもの経路で調べたそうです」
「いつまでも…」
「それが、おやっさんですから」

飛鳥は慶造の言葉を遮ってまで、強く言った。

「俺一人で大丈夫だったんだけどなぁ」

軽い口調で言う慶造に、飛鳥の怒りは頂点に。

「四代目っ! 本当に、小島さんとのお付き合いは、お止めになった方がっ」
「こら、飛鳥っ!」
「うるさい、松本っ! 手を離せっ!」
「やめろって、松本っ!!」
「今回ばかりは、本当に!!!」
「手を離してやれ、松本」
「あきまへんって。こうなった飛鳥は…」
「飛鳥の性格は解ってるって。だから、大丈夫だって」

飛鳥を抑え込んでいた松本は、そっと手を離す。

「俺に手を挙げない事も解ってるからさ」
「その通りですが、本部に戻られた時は、知りませんからね」

冷たく言う飛鳥。その言い方で、誰が絡んできたのかが、慶造には解った。

「………いつもなら、自分で動くだろうが…真北はぁ」
「今回、真北さんが姿を現すと、このように済んでませんよ。
 あの長田ですよ? いつの情報を基にして動いていたのか
 解りませんが、恐らく、刑事というイメージを抱いていたかも
 しれません。四代目の行動が、昔の状態なら…」
「考えられることだな。……しかし……」
「はい」
「長田の顔が青ざめる程、あいつらは、激しく動いたらしいな〜」
「それは、どうなのか解りませんね…」
「真北の怒りが、目に見える…」

慶造の言葉に、誰も何も言えなくなる。
そして、

「はぁ……」

同時にため息を付いた。

「なぁ、松本」
「はい」
「俺、暫く、こっちに居てもええか?」
「お奨めできません」
「なぜだぁ?」
「真北さんのことです。乗り込んできますよ」

松本の言葉に、慶造は絶句。

「事務所……荒らされたくありませんから」
「そっちが本音か……」
「えぇ」

慶造と真北の争いは、周りを巻き込む。
それは、二人のことを観てきた者達は、知っている事。
だからこそ、松本の言葉がある……。



その日の午後、慶造は飛鳥と一緒に関西を発った。
見送りに来た松本は、ふと気付く。

あっ、今回の事、須藤達は知らんのちゃうか…。

その通り。
しばらくの間、須藤達は須藤達で桜島組への対応も考えていた。
ある日を境に、ぷっつりと姿を見せなくなった桜島組に疑問を抱く。

自然消滅???

そう思うことにしたのか、須藤達は、以前と変わらぬ日々を送り始める。
慶造達の動きは、須藤達に気付かれることもなく……。





一難去って、また一難。

関西が落ち着いたと思った頃、今度は、真子の周りで、事は起こった。


真子の送迎に政樹の姿は欠かせない。
この日、慶造の方が落ち着いたこともあり、徒歩で登校することになる。
政樹と一緒に登校し、いつものように元気に手を振って校舎へと向かっていく。
政樹は真子を見送った後、本部へと一旦戻る。
その政樹の行動を、誰かが監視していた。

またか…。

その目線に気付いている政樹は、敢えて相手にせず、気付いていないふりをして、本部の門をくぐっていった。



政樹は、慶造の部屋の前に来る。
ノックをした。
返事が無い。
もう一度、ノックをしようと手を挙げた時、ドアが静かに開いた。

「お帰り。真子ちゃんは無事に登校したんか?」

ドアを開けたのは、春樹だった。

「は、はい。…組長は…」
「取り込み中」

短く応えた春樹。
政樹は、そっと部屋の中を覗き込んだ。
そこには、眉間にしわを寄せ、深刻な表情をしている五人の男が座っていた。

「まさちんも参加するか?」
「へっ? いや…私は、そのような立場では…」
「いずれは、あの仲間になるかもなぁ〜」

と、軽い口調で春樹が言うと、

「…真北ぁ、次は、どれや?」

低い声が聞こえてきた。

「なぁ、休憩ぃ〜」

軽い口調も聞こえてくる。

「さっさと済ませろ」

二人の声が重なった。

「真子ちゃんを迎えに行く時間まで、自由にしていいらしいぞ。
 それとも、手伝うか?」
「遠慮致します。では、失礼しました」

政樹は深々と頭を下げて、去っていく。
春樹はドアを閉め、部屋の中央へと向かっていった。
そこにあるテーブルには、五人の男が深刻な表情をして…。

「終わりました」

前髪が立った若い男が声を発した。
春樹は、男が手渡した書類に目を通す。

「OK。くまはちは終了〜」
「では、予定通りに、今から大阪へ向かいます」
「…ん……」

上の空…という感じで返事をするのは、慶造だった。

「……慶造、いいのか?」

春樹が尋ねると、

「いつものことやろ。須藤が嘆くだけや」

慶造は冷たく応えるだけ。

「来週には戻ります。では、行って参ります」

そう言って、八造は部屋を出て行った。

「一番暴れた男が、一番に終わるのは、可笑しいで」

いきなり声を発したのは、やる気が全く感じられない栄三だった。

「こういうところでも、真面目さが出るんだなぁ、くまはちは」

春樹は嬉しそうな表情で、八造の書類に判を押す。

「猪熊さぁん、御自分の事だけにして下さいね」

ちらりと横目で春樹が見つけたのは、慶造の書類に手を伸ばそうとしていた修司の姿。
春樹に言われて、慌てて手を引っ込めた。

「ちっ」

舌打ちをする慶造は、鋭く突き刺さるものに気付き、集中する。

「早く仕上げてくださいね」

やんわりと言う春樹だが、醸し出すオーラは違っている……。

おっかねぇなぁ…ったく…。

慶造、修司、そして、栄三は、言いたい言葉をグッと堪えながら、書類を作成中。

「おっしまぁい」

突然、隆栄が言った。

「手を抜くなっ」

慶造と修司が声を揃えて、怒鳴りつける。

「抜いてへんしぃ〜。ほい、真北さん」
「はぁ………ありがとうございます」

春樹は書類に目を通し、判を押した。

「ほな、俺は資料室」

そう言って、隆栄は部屋を出て行った。

「今更、資料室に何の用やろ…」

慶造が言うと、修司は首を傾げる。

「私語厳禁」

春樹の声に、その場の誰もが口を慎んだ。



資料室には、政樹の姿があった。
膨大な資料が納められている棚を見上げ、何かを探していた。

「…資料は、それだけだぞ」
「!!!! 小島さん」

急に聞こえた声に振り返ると、そこには、隆栄の姿があった。
慣れた感じで歩み寄ってくる隆栄に、政樹は警戒する。

「ここには、阿山に関わる資料しか置いてない。
 置いていた資料は、一度、コンタクトがあった時に
 揃えただけだ。……確か……とある地域を手に入れるために
 水面下では、俺でも目を背けたくなるような行動をしたらしいな」

そう言って、隆栄は一つのファイルを手に取り、政樹に手渡した。

「その時に調べたのが、これだ。…既に目を通したんだろ?」

政樹は口を一文字に閉じる。

「阿山が話を断った。…それが正解だったけどな。
 今では、どの組が裏で働いているのかは知らんが、
 …あちらの世界では、当たり前の事だ。それくらい、
 地島も……いや、この世界に入った頃に知ったんだろう、
 北島政樹」
「………何が、仰りたいのですか? 私には…」
「この世界に入った理由。これだろ?」

政樹の目が見開かれた。

「阿山に言われた事だけじゃなく、調べたかったんだろ?」

隆栄の質問が続く。

「まぁ、あれだ。…気付いたのは俺だけだがな」
「なぜ…この資料を見たことが…解るんですか?」
「企業秘密」

政樹は何も言えなくなり、唇を噛みしめた。

「内緒にしたい事は、内緒にするのが俺。でもな、それが
 阿山に危険だと判断したときは……容赦しないけどな。
 それが、例え、お嬢様が大切に思っている…まさちんでもな…」
「やはり、あなたは、私のことを今でも…」
「勘違いするなって」

隆栄はファイルを棚に納めた。

「阿山に危険となると、お嬢様にも危険だろ。…それは、
 まさちん自身の危険にも繋がる。…お嬢様の哀しむ表情は
 もう、見たくないんでな」
「そうですか…」

政樹は、先程、隆栄が納めたファイルに目をやった。

「…確かに、俺がこの世界に飛び込んだのは、この男に
 近づくためです。…同じ世界に飛び込めば、この男と
 接する機会もあるはずだと。…しかし、砂山組は
 この男との接点は無かった。阿山組とは、どうだろうと
 先日、ふと思ったんです。……その日は…俺にとって…」

政樹の声が震えた。

「調べる事は出来るが、単独行動は止めておけ。
 …目……付けられてるぞ」
「存じてます」
「これ以上の行動は、やめろ。お嬢様に危害が及ぶ」
「それには、及びません。気をつけております」
「戻ってきた時に、付けられていただろが。…地島の単独行動は
 阿山の命令だと取られる可能性もあるだろ」
「それは…そうですが…」

またしても、何も言えなくなる政樹。

これ以上は…。

政樹の心の動きが解ったのか、隆栄は優しく微笑んでいた。
政樹の肩に優しく手を置き、

「そう焦るなって。奴のしっぽは、いつか掴めるから。
 それまで、じっくり待っておけよ」
「…こ……小島さん…」
「ん? 泣きたいか?」
「誰がっ」
「……まぁ、あれだ」
「はい」
「その事件の加害者は、予定より早く出所したそうだ」
「えっ?」
「お前は、父親似…なんだな」

隆栄の言葉に、政樹は驚いてしまう。

「小島さん……」
「依頼があれば、調べるでぇ。ほななぁ」

そう言って、隆栄は一通の封書を政樹に渡して、資料室を出て行った。
手にした封書を見つめる政樹。

しかし…なぜ、解ったんだ?

隆栄という男が、益々解らなくなってしまった政樹。
封書を懐に入れ、資料室を出て行った。
慶造の部屋の前を通る。
慶造と春樹が言い合う声が、漏れていた。その声よりも大きめな声が聞こえてくると、急に静かになった。
政樹は時計を見る。
真子を迎えに行く時間まで、まだまだある。
取り敢えず、自分の部屋に戻り、先程受け取った封書を開けた。
そこに書かれている内容は……。




その日の夕方。
隆栄が心配していた事が、起こってしまった。



(2006.1.28 第十部 第六話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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