任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第十部 『動き出す闇編』
第十話 誰もが足を運ぶ場所

政樹は事細かく文字を書いた書類の束を手に、慶造の部屋へとやって来た。
ノックをする。

『はい』
「地島です。予定表をお持ちしました」
『入れ』
「失礼します」

丁寧に告げてから、ドアを開け、慶造の部屋に入っていった。
そこには、春樹の姿もあった。

「すみません。後に…」
「気にするな」
「しかし…」

いつにない春樹の表情に、政樹は焦っていた。

「地島にも、耳に入れておいて欲しい事だからな」

慶造が深刻な表情で語りかけてきた。

「それより先に、予定表やな」
「はっ。こちらになります」

政樹が差し出した書類。それは……。





春樹運転の車が、本部を出て行った。
助手席に座る政樹は、深刻な表情をしていた。

「ふぅぅぅ…。あのなぁ、まさちん」
「…はい」
「お前が気にすることは無いから」
「しかし…」
「ったく…」

春樹は口を噤んだまま、アクセルを踏み続ける。
角を曲がった。それでも、車内は静かなまま。
政樹が、あまりにも落ち込んでいる…。

「そんな雰囲気のまま、真子ちゃんに逢うなよ。
 やっぱり、連れてこない方が良かったかなぁ」

春樹の言葉に、我に返る政樹は、自分の頬を軽く叩きながら、

「すみません。そうですね。お嬢様は知らないことですし、
 それに、関係のないことですから…」

そう言った。

「そうや。だから、いつものようにしといてくれや」

ウインカーを左に上げ、角を曲がる。

「はい」

真子が通う学校が近づくにつれ、政樹の表情は、いつも真子に見せる表情へと変わっていく。その変化に春樹は、満足していた。

いつの間にか、真子ちゃんのことを一番に…。
あっ、そっか。こいつは、最初っからだっけ…。

フッと笑みを浮かべて、学校の門を通りすぎる。
時刻はお昼前。
この日は、終業式。
もちろん、子供達は、午前中で帰宅し、次の日からは…。



春樹と政樹は車を降りる。
すでに帰宅時間なのか、校舎の窓からは、生徒達が動く姿が見えていた。
生徒達から醸し出される雰囲気は、とても楽しげだった。
春樹は和んでいた。やはり、この雰囲気が好きらしい。
ふと春樹に振り返る政樹は、時々見せる春樹の、その雰囲気に違和感を覚えていた。
醸し出される雰囲気は、いつも感じるものではなく、やくざでもない。
嫌な雰囲気。
それが何か考える余地もなく、政樹は春樹の表情が更に綻んだ事で、目線を移した。
真子が嬉しそうに手を振って、駆けてくる姿があった。
春樹は笑顔を見せていた。

「お待たせ!!」

政樹は、真子に一礼する…が、真子の蹴りが脛に入る。

「すみません」
「もぉ」
「今来たところですから。お疲れ様でした」

春樹が言うと、真子が素敵な笑顔で、

「ただいま! あのね、あのね!」
「お話は、車の中で聞きますよ」
「そっか! …!!! もうっ!!!」

真子の学生鞄が、空を切る……。

「真子ちゃん、鞄は……」
「…だって……」
「す、すみません…」

真子を車に迎えようと、後部座席のドアを開けた政樹。
途端、真子の鞄が政樹の腹部に突き刺さる。
避けきれずに、まともに食らった為、政樹は、真後ろに倒れてしまった。

「まさちんも、いい加減にせな、ほんまに怪我するぞ」
「気をつけます」

服を整えながら立ち上がる政樹は、ふと、何かを感じ、目線を移した。
校舎の窓から感じる一つの眼差し。
目を凝らすと、芯が先程の光景を見ていたのか、失笑していた。

あの野郎ぅ〜〜っ!!

もちろん、芯のオーラを感じ取っている春樹は、笑いを堪えていた。

「帰りますよ」
「はぁい」

そう言って、真子は政樹に手を差し伸べ、立ち上がらせた。

「ありがとうございます」
「次は、蹴りだからねぇ」

かわいく言っても、行動は…。

「すみません」

真子の言葉に、政樹は謝っていた。



運転は政樹に代わっていた。

「じゃぁん!」

真子が鞄の中から取りだした一枚の用紙を春樹に見せた。

「成績表ですね」
「はい」
「…その…1は…?」
「先生に聞いたら、学年での順位だって」
「ということは…」
「約束通り、学年トップなの!」

真子の声が弾む。

「だから、真北さん」
「えぇ。約束ですからね」
「やったぁ!」

真子が喜んでいる。それだけで、春樹も政樹も嬉しかった。

「ねぇ、ねぇ、まさちん」
「はい」
「夏休みの予定は?」
「先程、慶造さんに提出致しました。お嬢様の勉強の
 邪魔にならない程度なので、許可を頂いております」
「今回は、怒られなかった?」
「真北さんが御一緒でしたので、大丈夫です」
「ありがとう、真北さん」
「いいえぇ〜」
「それなら、宿題、早く終わらせないとぉ」
「だから、真子ちゃん。毎年言ってるように、宿題は
 毎日、少しずつするもので、一度に終わらせるのは…」

中学生になっても、春樹の言葉は変わらない。
真子の行動も、そして、政樹の真子への思いも変わっていない。

「だってぇ」

真子の返事も変わらない。
そして、
真子が、うるうるとした眼差しを春樹に見せると…。

真子ちゃん、それは……その…。

春樹は、込み上がる思いをグッと堪え…。

「少しずつにしないと、毎日、まさちんと遊べませんよ」

と優しく言う。

「そっか! そうするぅ! ねぇ、ねぇ、まさちん、明日はね…」
「はい」

運転中の政樹にお構いなく話しかける真子の声は、弾んでいた。



その日の午後。
真子と政樹は裏庭で、池の鯉を見つめながら、楽しく語り合っている。
その様子を慶造は、そっと伺い組長室へと戻っていった。

「……猪熊、お前は…」

そこに、来てはいけないはずのない人物を観て、慶造は怪訝な表情を浮かべた。

「資料です。では、これで」

あっさりと去っていく修司に、呆気に取られる慶造だが、修司の態度が『四代目』への態度の為、慶造も、それに応えるように

「あぁ、ありがと」

そう口にした。
ドアが閉まると同時に、修司が置いていった資料に目を通す慶造。
最後の一枚には……。

ふっ…修司の奴……。

思わず笑みを浮かべた慶造だった。

「………何も無理して放すこと…無いやろ?」

春樹も居た。

「そういうお前こそ、必要ないんやけど」
「俺は必要やけどなぁ」
「俺のせいちゃうやろが」
「お前のせい」
「お前が張り切るからや」
「そうせざるを得ない状態にしてるのは、どこのどいつや?」

春樹の言葉に、慶造は何も言えなくなり…。

「折角の真子ちゃんとの時間を…」

いつもの言葉が春樹の口から飛び出した。

「すまん……」

と応えたものの、春樹の表情の変化に、慶造は思わず……。

「…くくくっく……」

笑いを堪えきれずに……。

「笑うなっ」
「だから、悪かったと言ってるだろがっ…っくっくくく…」
「それならなぁ〜」
「真北の手を煩わせるような事はしないから、安心しろ」

慶造の言葉に、揺るぎはない。春樹は、大きく息を吐いた。

「それより、真子との成績トップの約束…」
「約束だからなぁ」

春樹は書類にサインをする。

「まだ、中学生だからな。その辺、考えろよ」

そう言って、春樹に書類を差し出す慶造。そっと受け取り目を通す春樹は、

「もう、中学生だよ」

そう言いながら、素早くサインをして、次の書類に目を通す。

「……そうだな…」

静かに返事をした慶造は、ふっと耳を澄ます。
真子が政樹に怒る声と政樹が真子に謝る声が聞こえてくる。

ったく…。

慶造の表情が和む。それを見て、春樹は笑みを浮かべる。
慶造が心を和ませていることは、春樹にとっても、嬉しいことであり……。

「真北」
「解ってる。ちゃんと仕上げておけよ」

そう言って、春樹は組長室を出て行った。
暫くして、春樹が真子に何かを言う声が聞こえてくる。そして、政樹にも…。

お前にこそ、そういう時間が必要だろが。

慶造は、湯飲みに手を伸ばした。





世間では夏休みが始まった。
子供達の元気な声が外で木霊する中、一台の車が阿山組本部を出て行った。



真子は、着替えを済ませ、髪を整えて居た。
時間を確認する。

あと三十分〜。

真子の表情が綻んだ。




とある商店街。
アーケードのある所まで来た一人の男が、直ぐ側の八百屋の前を通った時だった。

「今日は、どうしますか?」

八百屋の主人に声を掛けられた。

「帰りに寄りますよ。御主人お奨めのものをお願いします」
「献立によるけど…」
「あっさりしたものを考えてますよ」
「じゃぁ、用意しとくよ。っと、涼くんは?」
「夏休みになりましたから、週一になります」
「そっか」
「では、後程」

一礼して商店街の奥へ向かっていくのは……。

「あっ、山本先生! こんにちは! お肉、どうですか?」
「そっか、ここは…」
「うん。俺の店! 夏休みは手伝いしてるんだ! 何か買ってよぉ!」

店の手伝いをしている男の子が、声を張り上げる。ところが…、

「って、こら、無理矢理、先生に勧めない」

父親に怒られてしまった。

「商売には必要やろぉ」
「後で寄りますよ、御主人」

親子喧嘩が始まりそうな瞬間、やんわりと返事をした男性。

「いつもありがとな、芯くん。…おっと、今は先生でしたね」
「まだ、新米ですけど」

ちょっぴり照れたように返事をしたのは、芯。
どうやら、この商店街では……。

「今日は涼くん、来ないのかなぁ」
「この時間は、料亭ですよ」
「そっか。でも、良い肉仕入れたから、連絡しててくれよ」
「いつもありがとうございます」

一礼して歩いていく芯。
少し歩くと…、

「山本くん、今日はどう?」

次の店でも声を掛けられた。
この商店街では、向井だけでなく、芯も有名であり……。



商店街の人々と挨拶を交わしながら、とある店へとやって来た。
ドアを開けて入っていくと…。

「いらっしゃいませ。御用意してますよ!」

女性店員が優しく出迎えた。

「どれになりますか?」
「そうですね、これだけあるけどぉ」

店員は、芯の目の前に商品を並べ始めた。

「あっ、山本先生」
「!!! 君たち………」

芯の教え子である、女生徒が二人、棚の所から顔を出していた。

「先生、こんな店に来るんだ…びっくり…」
「いや、その……」

生徒達の言葉に焦ったが、

「お世話になってる方の娘さんの誕生日が近いので
 そのプレゼントを買いにね!」

教師・山本を醸し出して応えていた。

「そうなんだ! どんなプレゼントを選ぶの?」

生徒達は、何となく興味津々。

「すでに決まってるけどねぇ、山本さん」

店員が代わりに応え、新商品を指さした。

「猫グッズ……」

生徒達は、呟いた。



「う〜ん、どれもいいな…」

芯は悩んでいる。

「向井さんと真北さんの分を残しておかないと、
 後で怒られますよ?」
「でもなぁ。真北さんは、別の店で選ぶかもしれないし…、
 むかいんは、今年も料理かもしれないからなぁ〜」
「珍しく悩んでますね! いつもは、全部お買いになるのに」
「今年は中学一年生ですからねぇ。少し大人っぽいものも
 考えているんですよ」
「それなら、これはどうですか?」

と店員が勧めた時だった。
店のドアが開く。

「いらっしゃいませぇ……………って…」
「やっほぉん、新商品、どんなん………あっ」

三人の男が入ってきた。そのうちの一人が軽い口調で話しかけてきたと思ったら、驚いた声に変わっていく。店員も驚いていた。




商店街の駐車場に一台の車が停まる。
運転席と助手席のドアが同時に開き、春樹と真子が降りてきた。

「到着ぅ〜」
「やったぁ! 真北さん。本当にいいの?」

隣に歩み寄った春樹に尋ねる真子。

「えぇ。好きなだけね!」
「でも…」

春樹は真子の目線までしゃがみ込み、

「トップになったら、好きなだけ…と約束でしょう?」
「そうだけど…」

真子は何となく煮え切らない様子。

「新商品が入ったと連絡がありましたから、それから選んでくださいね」
「たくさんあるの?」
「そのようですよ」
「…全部…」
「それだと、次に買う分が無くなりますから」
「そっか…じゃぁ、一つにします」
「ようし、行きましょうか」
「はい!」

そう言って、二人は歩き出した。
春樹は目の端に映った車が気になった。

あいつら、出先はここかよ…。

そう思いながら、真子と手を繋いで商店街のアーケードへと向かっていった。




「これにします」

先程の女生徒達が商品を手にレジへとやって来た。それと同時に、

「ぺんこう、ここで何してる?」

軽い口調の男・栄三が声を掛けてきた。
その瞬間、鋭い眼差しが、栄三に突き刺さった。
芯が振り返り、

生徒の前だ。話掛けるなっ!!

目で訴えていた。…しかし、

「……先生のお知り合いですか? あの人たち」

一人の女生徒が言った。

「いや、それは…違う」
「冷たぁ……。おっ、お嬢さんたちは、山本先生の教え子さん?」
「はい。おじさんは?」
「うっ……お兄さんは…」

お兄さんの部分を強調して、応えようとしたが、

「うちの生徒を誘わないでくださいね」

芯が教師のオーラを醸し出す。しかし、そのオーラは、栄三の後ろに居た男を見た途端、がらりと変わってしまった。

「ありがとうございましたぁ」

会計を済ませた女生徒に店員が挨拶をする。

「じゃぁ先生。これ全部にしてもいいんじゃない?」
「そうだなぁ、そうする」
「さようなら」
「気をつけるように」
「はい」

女生徒達は入り口へと向かっていった。
女生徒を見送る芯の表情は、本当に教師面。
誰もが芯の表情を見て驚いていた。



真子と春樹は、とある店にやって来る。
ドアが開き、二人の女の子が出てきた。
真子は道を空け、二人が出ていくのを待ち、そして、店へ入っていった。

「いらっしゃいませぇ………あらら?」
「こんにちは!」
「こんにちは…………」

真子と春樹が挨拶をするが、

「げっ…」
「…うわっ!!」
「ちっ………」

健、栄三、そして芯が、それぞれ短く声を発した。

「まさちん! ……健とえいぞうさん……ぺんこう!!!」
「お嬢様!」

政樹と芯の真子を呼ぶ声が重なった。
その途端、異様なオーラが……。
と、その時、ドアが開き、

「いらっしゃいま……せ………」
「こんにちは。新商品が入ったとお聞きしたので…………。
 お嬢様!……って、なんでみんなで集まってるんですか???」
「偶然だっ!!!」

春樹、栄三、そして、芯が同時に発した。
真子達の後から入ってきたのは、向井だった。その向井に遅れて入ってきた笹崎は、そこに集まった男達の絶妙なやり取りに、思わず笑い出してしまった。



真子と健が店の外で待っていた。

「みんなが一緒になるって、びっくりしたぁ」

真子が言った。

「そうですね。俺も驚きましたよ」

健が優しく応える…が、真子から目を反らしたままだった。

「健」
「はい」
「えいぞうさんとまさちんと出掛けるって言ってたけど、
 ここだったの?」
「色々と回ったんですけどね、どこも目的の物が無かったんですよ。
 それで、ここに連絡を入れたら、新商品があるって応えたので、
 来ただけです」
「そうだったんだ」
「お嬢様は、真北さんと買い物ですか?」
「成績トップのお祝いなの!」
「そうですか……って、トップ????」
「うん。真北さんと約束してたから」
「おめでとうございます! それなら、何かお祝いの品…」
「いいよぉ。健とは、約束してないもん」
「それでも、お祝いをしたいですよぉ」
「じゃぁね…楽しい話!」
「かしこまりました〜」

その時、ドアが開き、春樹たちが出てきた。
ちょっぴり険悪なオーラが…。

「いてっ!! ぺんこうぅ〜何すんねんっ!」
「なんとなく」

短く応えて、健を睨む。
健は首を縮めて、真子から距離を取る。

「お買い物終わった?」
「えぇ」
「ぺんこうは、何を買ったの?」
「内緒です」

ニッコリ微笑んで、真子に応える芯。

店の中とえらい違うやないか…。

芯の後ろに立つ栄三と春樹は、そう思ったが、口にしない。
真子には笑顔なのに、芯の背後から醸し出されるオーラは、怒り……。
前後でオーラが違う芯。なんだか器用であり…。

「わっ、おやっさん…買いすぎですよ!!」

突然、向井が声を発した。
真子達の側に戻ってきた笹崎の両手には、これ以上は持ちきれないだろうと言うくらいの買い物袋がぶら下がっていた。それに気付いた向井は、慌てて笹崎の荷物を手に取った。

「むかいん、忙しいの?」
「えぇ。これから団体客が来られますから」
「それで、この量なんだ。真北さん、むかいんと…」
「おやっさんの車ですから、大丈夫ですよ、お嬢様」
「そうなの?」

真子は笹崎を見つめた。

「えぇ。ありがとうございます、真子ちゃん」

素敵な笑顔で、笹崎が言った。

「それより、成績がトップだったんですね、真子ちゃん」
「真北さんとの約束していたんです」
「真北さんは厳しいですからねぇ〜」
「…笹崎さぁ〜ん、言わないで下さい」
「と言うことで、今日はお祝いですよ」
「えっ?」
「へっ?!」

笹崎の言葉に、誰もが驚いた。

「山本先生、今日は時間、よろしいですか?」
「いや、その……」
「予定が無いのなら、山本先生も、御一緒にどうですか?」
「しかし、私は…」
「料亭でしたら、大丈夫でしょう? 久しぶりに皆さんで」

笹崎の言葉を耳にして、その思いを悟った春樹は、

「そうですね。真子ちゃんの成績トップの祝いですね」
「あの……真北さん、私……いつものことだけど…」

春樹の言葉に真子が照れたように口にした。

「それに、今日は団体のお客様で忙しいんでしょう? ささおじさん」
「大丈夫ですよ。お部屋は御座いますし、それに、真子ちゃんの
 料理担当は、涼ですからねぇ」
「そっか!」
「おやっさん!!」

無茶苦茶忙しくなるから、俺を呼び出したじゃありませんかぁ!!

「お祝い、お祝い」

そう言いながら歩き出す笹崎。

「相変わらず…強引ですね…笹崎さんは」

芯が呟いた。

「そうじゃないと、慶造の世話係は出来なかったんだろうな」

春樹が、そっと応えると、

「親父相手だと、そうなるんじゃないんですか?」

芯が尋ねてきた。

「ん?」
「あっ、いえ……あなたの間違いでしたね」
「…って、芯…」

芯の言葉に驚いた春樹は、名前を呼んだが、既に芯は真子の側に歩み寄り、何かを話し始めた。そこに向井が加わり、三人は、笹崎を追いかけるように歩き出した。

「真北さん、早くぅ」
「はいはい」

真子に促されて歩き出す春樹。

「俺達も参加して…いいんだよな…」

栄三が呟く。

「そりゃぁ、そうやろ。皆さん…って笹崎さんは言ったし」
「…そっか。まさちん、行こか」
「はい」

なぜか、春樹達の仲に入れない政樹。
どうやら、笹崎の事が気になるらしい。

組長の世話係…???

春樹の言葉が耳に残っていた。



駐車場へやって来た真子達。
春樹の車には、もちろん、真子だけ。芯は笹崎の車に乗り込み、例の三人は来たときと同じように栄三の車に乗り込み、それぞれが駐車場を出て行った。
春樹は信号で停まった途端、真子にお祝いの品を手渡した。
真子は嬉しそうに箱を開けると、そこには猫グッズが入っていた。
そのグッズこそ、芯が店員に勧められていた新商品のうちの一つだった。
芯が買おうと思っていたグッズ。それが、春樹の手に渡っていた。



「それにしても、集まるとはなぁ。驚きやわ」

栄三が言った。

「俺らは、すぐに選べたけど、真北さんとぺんこうが重なるとはなぁ」

健が思い出すように語り出した。

「ぺんこうは俺に強いくせに、真北さんに弱いよな」

健の言葉に、栄三は笑い出す。

「しゃぁないやろ。体の奥に備わってるんやし」

栄三が言うと、

「そういうもんかな…」
「そういうもんやって。なっ、まさちん」
「私は解りません」

真面目に応える政樹に、栄三は肩の力が抜ける。

「いつになったら、俺らに慣れるねん。今日、ずっとそうやないかぁ」
「すみません。…その……料亭の御主人の事が今一…」
「あれ? 知らんかったっけ?」
「詳しくは存じませんが…」
「聞いてるはずやけどなぁ〜。まぁええか。料亭の御主人やで」
「はぁ…」
「……体調、また悪くなったんか?」

栄三が心配そうに声を掛けてきた。

「いや、それは……」
「無理しとったら、お嬢様が心配するやろが」

いつになく真剣に栄三が口にするが、それは……取り越し苦労となるのだが…。
車は阿山組本部へと到着した。




高級料亭・笹川。
予約の団体客がやって来たことで、一度に賑やかになり、他のお客も釣られて、賑やかに?!
そんな他のお客を気にしない部屋が一つ…。
ちょっと、異様なオーラが漂っている……。
空を切る音が、頻繁に聞こえる。
一体、何が起こっている???

「お前ら、ええ加減にせぇや」

春樹がドスを利かせて言った途端、部屋は静かになる。
芯の胸ぐらを政樹が、政樹の胸ぐらを芯が掴み上げていた。
二人のやり取りを眺めながら、料理に箸を運ぶ栄三は、思わず慌てる。

「真北さん!!」

春樹の怒りのオーラに……、

「真子ちゃんは部屋を出てる。それにも気付かんとはなぁ」
「……すみません………って、お一人ですか?!」
「健と一緒」

と春樹が応え終わる前に、栄三の姿が部屋から消える。

「…はや……」

部屋に残された三人は、同時に呟き同じ場所を見つめていた。
ドアは開きっぱなし……。

「…で、いつまで、言い合うんや? 食事中は静かにせえ…
 言うてるよなぁ、ぺんこう、まさちん」

春樹の怒りのオーラが見えたのか、政樹と芯はお互いの胸ぐらから手を放し、

「すみません……気をつけます」

静かに、そう応えていた。

「よろしい」

そう言って、春樹は箸を運び始める。

健と一緒でも、大丈夫やのになぁ〜。
ったく、えいぞうは、いつまでも…。

春樹は、お茶をすすった。



栄三が健を追いかけてやって来たのは、厨房だった。
真子と健が、厨房の入り口で中の様子を伺っていた。
足音に振り返る二人。

「兄貴っ」
「えいぞうさん。どうしたの? 二人、酷くなった?」
「真北さんが停めました」
「そうしやすいようにと出てきて正解だったね、健」
「えぇ」

真子と健は微笑み合う…それが、なんとなく腹立たしいのか、栄三は見えない早さで健に拳をぶつけていた。

俺も誘えっ。
誘おうと思ったけど、楽しそうに眺めてたやんかあ。
楽しかったんやもん。
だからやぁ。

拳の痛さを我慢しているのか、ちょっぴり涙目で健が訴える。

「何を観ているんですか?」
「むかいんの姿ぁ」

真子の言葉で、栄三も厨房を覗き込む。
そこでは、向井が一人で張り切って調理中。六つの眼差しに気付かないほど、楽しんでいる様子。笹崎と達也は、真子達の姿に気付いて微笑んだ。
本来なら、声を掛けたいが、他の客の事もある。

「あっ、お嬢様、駄目ですよ!! 中に入っては!」

健が引き留めようとするが、真子は既に厨房に入っていた。

「お嬢様! まさか、二人…」

調理に夢中だった向井が、真子の姿に気付き、声を掛けた。

「真北さんが停めたから、大丈夫。それより、お手伝い…」
「今日は、お客様ですよ」
「忙しそうだから、三人と私」
「三人と……お嬢様???」
「駄目?」

出た! 真子のお願いポーズ。
これには、向井も弱い。

「えっと……その…」
「真子ちゃん。主役が居なかったら、駄目ですよ」
「でも……」

真子は、真子なりに、気を遣おうとしていた。
笹崎が真子に歩み寄り、跪く。そして、真子を見上げる感じで優しく笑みを浮かべ、

「お二人だけだと、更に悪化しますよ?」
「…そっか…。それなら、私も一緒に居る」
「そうしてくださいね。…そして、ありがとうございます」

笹崎は、真子の頭を優しく撫でた。
その手から感じる温もりに、真子の心は和んでいた。

料理だけじゃなく、醸し出すオーラも違う。
こうでないと、俺達は…。

笹崎のオーラを感じた栄三と健は、今までの自分の行動を恥じていた。


そして……。

「…………いつもと変わりない時間じゃありませんか…」
「うるさい」
「静かにしてますよっ」
「どこがだ。怒りのオーラ…出っぱなしやろが」
「どうしてでしょうね。御主人の料理を食してるというのに」
「それは、お前が醸し出してるからだろが」
「何も仰らないでくださいっ!!!」
「……そう、かりかりするな」
「かりかりしたくもなりますよっ……!!!」

部屋のドアが開き、真子が戻ってきた。

「真子ちゃん、どうでした?」
「お嬢様、三人の様子は?」

春樹と芯の声が重なる。

「なんとか、大丈夫みたい」

真子は応えながら席に着く。

「まさちんは、ぎこちないけど、お客様への態度が誉められた。
 えいぞうさんは、華麗な動きだって」
「健は?」

二人が同時に尋ねる。

「えっと……お客様に一発芸……」

あのなぁ……。

二人は同時に項垂れた。

「それが楽しいって、お客様は大喜びだって。ささおじさん、
 凄く嬉しそうに教えてくださったの!!」

真子の声が弾んでいる。
それほど、三人の様子が気になっていたんだろう。

「真子ちゃんの作戦、大成功ですね!」
「一つはね!」
「もう一つは?」
「内緒」

そう言って、真子はオレンジジュースを飲み干した。

お気遣い…ありがとうございます、お嬢様。
真子ちゃん、ありがと。

真子の表情が、真子の思いを語っていた。
その語りを耳にしたかのように、芯と春樹は、優しく微笑む。


根は深いけどなぁ。

ちょうど、真子達の部屋の前を通りかかった栄三が、そう思いながら厨房へ向かっていく。

「次、お願いします」

栄三さん、接客業が、板に付いているご様子で…。



(2006.3.18 第十部 第十話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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