任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第二部 『三つの世界編』
第一話 動き出す二つの世界

東北地方のとある町で、血生ぐさい争いが起こっていた。
この辺りでは、有名な極道組織・天地組が、頂点を極めた様子。地面に倒れ、真っ赤に染まった者を冷たい眼差しで見下ろす男…天地組組長・天地龍征(てんちたつまさ)だった。

「終わりだな。引き上げるぞ」
「はっ」

組員達が、返事をし、車に乗り込む。天地も組員に迎えられ車に乗って去っていった。



天地組組事務所
天地が、デスクで、深刻な表情をしていた。

「…それで?」
「千本松組の半数が、一太刀で倒れたそうです」
「相手は?」
「その…阿山組ではなく、小島だとか…」
「小島? …あの小島か?」
「はい」
「ちっ。やはり、阿山組に肩入れしていたか…」
「阿山組三代目とそのボディーガード、そして、小島は、この世を去り、
 それぞれの息子が跡目を継いだということです」
「どこからの情報だ?」
「地山一家です。先ほど、連絡がありました。手を引く…と」
「…珍しいな」
「小島の息子である…隆栄というガキが、やって来たそうです」
「……何も無かったのか?」
「そのようですが…」

ドアが勢い良く開き、組員が飛び込んでくる。

「親分、原田んとこに、襲撃がっ!」
「……なにぃ?」

天地は、立ち上がり、部屋を出て行った。



一台の車が雪道を走っていた。一軒家の前に停まる。ドアが開き、天地が降りてきた。

「ちっ、遅かったか…」

目の前の光景。
それは、真っ白であるはずの地面が、真っ赤になり、赤い塊が転がっている光景…。
目を覆いたくなるような無惨な光景だった。

「ん?」

建物の影に何かを感じ、天地は、その場所へと歩いていった。そこには、小さな子供が、両手を真っ赤に染めて座り込んでいた。

「ぼく、どうした?」

天地は優しく声を掛ける。子供は、顔を上げた。顔は、涙で濡れ、血が付いている。血で汚れた手で、涙を拭いたのだろう。

「お父さんもお母さんも…死んじゃった…男が…ナイフで…」
「間に合わなかった…訳か…くそぅ……」

天地は、拳を壁にぶつけた。

「ぼく、名前は? いくつだ?」
「原田…まさ…。十歳です…」
「おじさんとこに…来るか?」

『原田まさ』と名乗った子供は、小さく頷き、天地が広げる腕に飛び込んだ。天地は、子供の手と顔に付いている血をそっと拭き、抱きかかえて車に乗り込んだ。


「親分、そんなガキ、どうするんですか? 原田んとこのガキでしょう?
 あいつら、そのガキまで殺さなかったんですね」
「隠れてたんだろ」
「で、どうするんですか?」
「原田の血を引いてるなら、育ててみる価値はあるさ…」
「まさか…」
「…まぁ、見てなって」

怪しく口元をつり上げる天地の腕の中で、子供は無邪気な顔で眠っていた。



数日後。
天地は、一仕事終え、ソファに座り、くつろぎ始める。天地組幹部の男が、お茶を差し出し、そして、天地に話しかけた。

「例のガキ、どうですか?」
「俺の見込んだとおりだったぞ。原田の奴、息子に技を仕込んでやがった。
 ナイフを持たせてやると、自然と扱ってるそ。まるで、原田と同じようにな。
 話を聞いてみた。あの日のことをな。あいつら、ガキまで、ナイフを向けた
 らしいけどな、ナイフの動きが見えたから、避けて誰も居ない所に身を
 隠したそうだ。…どこだと思う?」
「押入や風呂場?」
「屋根裏だ」
「屋根裏??」
「あぁ。忍者みたいだろ。…こいつは、育てれば、使い物になるぞ」
「本当は、和樹様とよく似てるから…じゃありませんか?」

幹部の言葉に、天地は、フッと笑い、そして、応えた。

「まぁな。あいつも生きていれば、同じ歳だよ」

天地は、お茶に手を伸ばし、一口すすった。

「千本松組のことですが…」

幹部は、話を切り替える。

「ん? 半数を失って、大変なんだろう? それに、破壊もされてたら、
 ここから東京まで向かうのも再度立て直しが必要だろうなぁ」
「跡目が決まったようです」
「誰だ? 荒木の息子か?」
「はい。…荒木…元造です」

その名前を聞いた途端、天地の口元が不気味につり上がった。


その後、原田は、どこに行っても天地の側から離れず、幼いながらも、組の仕事を覚えていった。頭が良いのか、物覚えもよく、他の組員が驚くほどだった。そして、いつの間にか…。

「親分、ここが解らないのですが…」
「ん? ……そこは、こうだ」

まるで、自分の子供のように教育をしていた。学校には通っていないが、自分で学んでいくその姿は、天地の喜びへと繋がっていた。

「こいつの成長が、楽しみだな」

天地の原田のかわいがりようは、端で見ている者達の嫉妬をかうことになる。何かを仕掛けようと企むが、もし、親分の耳に入ったら…。そう恐れて、誰も手を出さなかった。
しかし、ある日…。

庭でくつろぐ天地の側に、組員が駆けつける。

「親分!!」
「どうした」
「原田が、やりました…」

その言葉に、血相を変えて走り出す天地。駆けつけた場所では、原田が、返り血を浴びて、無表情のまま立ちつくし、何かを見下ろしていた。その目の先には、一人の組員が首筋から血を吹き出して地面に横たわっていた。

「おい、まさ…」

その声に振り返る原田。

「親分……僕……」

原田の手から、何かが地面に落ちる。それは、ドスだった。

「まさ……」
「…ドスを向けられたから、止めるように…それで、取り上げたら、
 兄さんが、恐ろしいまでの形相で向かってきたから…そしたら、
 僕……腕が自然に……。すみませんっ!!!」

原田は、地面に座り込み、落ちたドスを手に取った。

「!!! やめろ。それが…お前の本性だ」
「親分…」

原田が手にしたドスの刃は、原田自身の首筋に当てられていた。上手い具合に、その手を掴んだ天地が、静かに語り出す。

「気にするな。どうせ、こいつが因縁ふっかけてきたんだろ。
 そういう奴だったからな。俺にとって、厄介な組員だったし、
 丁度良い。まさ。お前は、俺の為を思って、自然とそういう行動に
 出ただけだ。俺は、怒っていない」
「親分…しかし、…僕は…この手で命を…」
「…それじゃぁ、とことん、染めてみるか?」
「えっ?」
「自然と動いたということは、体に備わっていることだ」
「このような…行為が?」
「あぁ。それを抑えることなんか、難しい。それに、俺が生きる世界じゃ当たり前。
 俺の所に来たお前も、いずれは、俺と同じ生き方をすることになる。だから、まさ。
 俺にとって厄介な者を…消してくれるか?」

天地の言葉は突然だった。しかし、原田を連れてきた時から考えていた事のようで…。原田は、口を一文字にし、天地を見つめる。天地の優しい眼差しの中に、何か強いものがあった。それを感じ取った原田。

「親分の為なら…」

気が付くと、自然と応えていた。そんな自分にも驚いたが、それと同時に体の奥から何かがわき出る感覚を覚えていた。

原田まさ。年齢十歳。こんな幼子が…と誰もが、口にする。しかし、原田の持つオーラは、子供だということを微塵も感じさせなかった。







「ったく、お前は、いつになったら、その性格治るんだ?」
「死んでも治らないだろうなぁ」
「いい加減にしておけ」
「うるさい」


男子中学生が、白衣を着た男の子に治療されていた。どうやら、腕を怪我したらしい。かなりの擦り傷があった。

「いてて…。優しくしろ!」
「仕方ないだろ。これでも優しい方」
「あのなぁ〜橋ぃ〜」
「じゃかましぃっ! あれ程、やめておけと言ってあるのに、お前はどうして、
 いつもいつも、……いつもいつもいつもいつもぉ〜っ!!!!」

男の子の腕に包帯をぐるぐる巻きにする橋と呼ばれた男の子は、治療を終え、包帯留めを付けた。

「サンキュ」
「真北ぁ、次は、本当に、知らないからな」
「いいってこと」
「やっぱり、俺、外科医になる…」
「いいのか? おじさん、跡継ぎを考えてるんだろ?」
「お前との付き合いが、これからも続くと思うと…絶対に、外科医の方が良いはず。
 毎日のように、怪我していたら、それこそ…」
「おじさんに怒られる…だろ? 大丈夫だって。俺の親父は、慣れてるし」
「そういう問題じゃないと思うけどなぁ〜」

そんな話をしている二人の男の子。
腕に包帯を巻かれた男の子は、真北春樹(まきたはるき)といって、父は、敏腕刑事、母は、その父を支えるしっかりした女性だった。そして、包帯を巻いた白衣を着た男の子。橋雅春(はしまさはる)といい、橋病院の院長の長男だった。病院の跡取りとして、医大系列の学校に通っていた。
この二人は、幼い頃から親友で、中学になってからは、二人の通う学校は別々となってしまった。しかし、真北は、目指しているものがある。

「で、高校は、何処を受けるんだ? 真北」
「やっぱり、教育大学付属」
「おじさんと同じ道は…」
「これ以上、母を困らせたくないからさぁ」
「そっか…おじさんも、結構危ないもんなぁ〜」

その時、治療室のドアが勢い良く開いた。

「って、こらっ!!!! 雅春っ! まった、お前は、外科から薬をふんだくったなぁ…」

怒鳴りながら入ってきた橋の父親。しかし、治療した相手が、真北だと解った途端、急に大人しくなった。

「すみません、おじさん…」

恐縮する真北に、父親は苦笑い。

「雅春に言わずに、おじさんのとこに連絡しなさい。…こいつの腕は、まだまだ」
「親父ぃ〜、ひどぉ〜」
「ちゃんと、カルテに記入しておかないと、盗人扱いだからな」
「解ってます」
「じゃぁ、春樹くん、お大事に」
「いつもお世話になってます。ありがとうございます」

真北は、深々と頭を下げ、そして、椅子に座り直す。橋は、カルテを書き始めた。

「で、悩みの相談は?」

橋が尋ねる。

「そのな……。子供が出来たらしいんだよ」

カルテを書く手が止まる橋。ゆっくりと真北を見上げた。

「……お前…いつ?」
「…三ヶ月だって」
「……あのな、あれ程、そういう行為の時は、気を付けろって言っただろ」
「……ちょっと待て」
「何がだ?」
「橋、お前、勘違いしてる。俺には、相手が居ないだろが」
「そうだった。女に興味が無いんだった」
「その言い方…誤解を招く…」
「で?」
「…おふくろ…」

橋は、驚いたように立ち上がり、春樹の胸ぐらを掴み挙げ、そして、怒鳴った。

「って、お前、自分の母親に、手を付けてどうすんじゃぁ〜〜っ!!!」

春樹は、その言葉を聞いた途端、橋の胸ぐらを掴み挙げた。

「何言ってるんじゃぁ〜っ!! 自分の母親に手を付ける息子が居るかぁっ!!」
「お前じゃないのか?」
「親父だよ!!」
「………ん?!??? そりゃ、そっか」
「そうだ」

二人は同時に、手を放し、椅子に座った。

「……で?」
「なんだってさ」
「めでたいことだろ?」
「…だけどなぁ、…なんか、照れくさくて…。そりゃぁ、自分の弟か妹が
 出来ると思うと、嬉しいけど…。世間が、そんな歳で? って、歳の離れた
 兄弟に対して、変な目で見そうでさぁ。…橋が勘違いしたように…」
「そりゃぁ、そうだけど、気にするなって」
「まぁ、そう思うけどな……その…」
「まさかと…思うけど…」
「その……まさかだよ…」

橋と春樹は、同時に息を吐く。

「そうだよな…。真北のおじさんとおばさんの性格じゃなぁ…」
「……もう、大喜びなんだよ…」
「それにしても、今頃…」
「まぁ、それまで、親父は、大きなヤマを追ってたし、忙しかったし…。
 やっと長期休みが取れたのは、ほんの三ヶ月前…」
「百発百中…か」
「……確かに、あの夜は、熱々な雰囲気だった…」

春樹は遠くを見つめていた。

「おぉ〜い、真北ぁ〜? 何を考えてるぅ??? おぉい!!」

橋の問いかけに対して、上の空の春樹だった。



真北家
春樹が、帰宅する。

「ただいま」
「お帰りぃ〜」

元気に迎え出たのは、春樹の母だった。

「…って、大丈夫なんですか?」
「大丈夫だって。春樹の時は、もう、つわりが凄かったけどねぇ」
「はぁ…」

母は、春樹の腕の包帯に気が付いた。

「また、やったのね…」
「ご心配お掛けします」
「全く、あんたって子は、あの人よりも、厄介かもね…」
「母の血も、引いてますから」
「それって、もしかして、私の方が、あの人よりも厄介と言いたいの??」

ギロリと睨み付ける母。春樹は、その場を逃げるように、二階にある自分の部屋へと駆け上がっていった。

「春樹はぁ〜。それじゃぁ、いい先生になれないぞぉ」

母は、ちょっぴりふくれっ面になりながら、キッチンへと戻っていった。


春樹は、荷物を置いて、部屋着に着替える。そして、ベッドに寝ころんだ。

「赤ちゃん…か……」

そう呟いた。




春樹と母が、定期検査の為に橋病院へ来ていた。春樹は、しっかりと付き添い、担当医の話を一言も漏らさず頭にたたき込んでいた。

「春樹、そんなに根を詰めなくてもいいんだよ。私は二人目なんだから」
「そうですが、私にとっては、初めてなんですから」
「そうだね…」

二人は考え込んでいた。

「あの…お話続けてよろしいですかぁ〜?」

担当医は、二人の間に入れず……。

雅春さんのおっしゃる通りですね…。

二人が、こっちの世界に戻ってくるまで、待っている担当医だった。



病院の玄関でタクシーを待っている時だった。

「真北ぁ〜っ!!」

そう叫びながら駆け寄ってくるのは、橋だった。その勢いに思わず身構える春樹。橋は、目の前で急停車した。

「忘れもん」
「ほへ?」
「来てるって聞いたから、よってみたら、帰った後だって。その時に、
 これを渡し忘れたって言われてよぉ。ったく、あの人は〜」
「ありがと。…次の定期検診…そっか」
「おばさん、順調だそうで。安心です」
「二人目だからね。春樹の時と違って少し余裕が出ているだけかな」
「でも、油断は禁物ですよ!」
「雅春くんは、いつも優しいね! 良い医者になるよ!」
「ありがとうございます。真北の為に、外科医になりますから。
 右に出る奴も居ないくらい、凄腕の外科医に!」
「応援してるからね」
「はい」

笑顔が輝く橋だった。




警察署。
そこで働く刑事が一人。周りよりも動きが素早い刑事・真北良樹。刑事という仕事に生き甲斐を感じているのか、どんな些細な事件でも、人の心が絡んでいるものならば、相手が納得するまで相談に乗るほどの人物。しかし、理不尽な行動に対しては容赦ない程の鉄拳をお見舞いする男だった。
常に厳しい表情を見せているが、その表情が弛む時がある。

「真北刑事、もうすぐですか? 第二子」

同僚の刑事が声を掛けながらお茶を差し出す。

「そうなんだよぉ〜。春樹とかなり歳が離れたけどなぁ。久しぶりが
 ヒットするとは、俺も驚いた。来月だ」
「女の子だといいですね」
「嫌だな。嫁に出したくない」
「って、まだまだ先のことでしょうが!」
「うるさいっ! それよりも、例の事件はどうなった?」
「未だにつかめませんね。もう少し詰めますか?」
「いいや、それ以上、深みにはまると更に厄介だろ。気を付けろよ」
「解っております。真北刑事も仕事を減らして、こちらも手伝ってくださいよ。
 その仕事は、誰でも出来るでしょう?」
「そういう仕事こそ疎かにしたら駄目なんだよ。こういう細かい所まで気を遣う。
 それが、この仕事の良いところだ」
「ったくぅ、真北刑事に言わせたら、なんでもこうなんだからぁ」
「ほっとけ」
「春樹くんは、やはり?」
「あぁ。教育大学付属を目指してる。俺の言葉で教師になる道を選んだんだとさ。
 厄介な連中が、これ以上増えないようにと、子供から教育をすればいいと
 やる気満々だぞ。俺の血を引いてるくらいだ。厄介な教師になりそうだなぁ。
 事細かく、口うるさい教師…か。…そんな担任は嫌だぞ、俺はぁ」
「でも、子供の心を受け止めてくれるなら、口うるさくても俺は好きですよ」
「まっ、兎に角、どんな教師になるか、楽しみだけどな」

家族の話をする時は、刑事という肩書きを捨てる真北だった。


真北が帰宅するのは夜の十時を回った頃。どんな事件があっても、徹夜の仕事となっても、日に一度は自宅に帰る真北。家に帰ると、リビングでは、春樹が母の腰をさすっていた。

「どうした?」
「お帰りなさいませ。その腰が痛いと…」
「俺が替わるよ。春樹は、勉強しろ」
「大丈夫ですから」
「油断するな」
「親父は、疲れてるだろ? そして、日付が変わった頃に出掛けるんでしょう?」
「そうだけどな」
「ちゃんと体を休めてください」
「いつもすまんな」
「お気になさらず。…お母さん、どうですか?」

春樹は、優しく母に語りかける。

「少し楽になったよ。ありがとう」
「もうすぐですね。…俺…赤ちゃんなんて、扱ったことありませんから…。
 すごく心配ですよ」
「この子の世話は、私で大丈夫だよぉ。春樹は、ちゃんと高校に受かって、
 大学向けて猛勉強するんだろ? 大丈夫だって。これは、母の仕事」
「それでも、何か手伝えることがあるなら、おっしゃってください」
「その時は、お願いするからね、春樹」
「はい」
「あの人に、食事を」
「軽い方がいいですね」
「そうだね。頼んでいいかな?」
「はい。後は、受験の日を待つだけですから」
「そう言って、余裕見せて、不合格だったら、承知しないからね、春樹っ!」
「ご心配なく」

自信満々の春樹は、優しく微笑んで台所へ入っていく。
風呂上がりの父親・良樹に、軽い食事を差し出す春樹。

「お腹の子の名前。まだ考えてませんね」
「予定日は解ってるが、その日に、事件が起こらないとも言えないからな。
 春樹、頼んだぞ。……名前か…。いくつかリストがあるけど、どれがいい?」

良樹は、側に置いている手帳からメモ用紙を取り出し、テーブルに広げた。春樹は椅子に座り、そのメモを覗き込む。たくさんの文字が書かれていた。

「…で、どれがいい?」

良樹が春樹に尋ねる。

「まだ、どっちか解らないんですよ」
「その為に、両方を考えているんだよ」
「………すでに、丸が付いてるんですけど…」
「ん? …まぁ、そういうこと」
「芯…千里…」

丸の付いている名前を口にする春樹。急に黙ってしまう。

「どうした、春樹?」
「あっ、すみません。どういう意味が含まれているのかと思いまして…」
「芯のしっかりした子に育つように。千里眼というだろ。相手の気持ちをしっかりと
 考えることが出来る優しい心を持つように…だ」
「解りました。…私の名前は?」
「俺とあいつから取っただけ」
「…まさか…軽率に?」
「悩んだんだよ。思いっきり。役所に届ける期限ぎりぎりまでな。その中で、
 ふと飛び込んだ文字を並べただけだ。親の思いだよ」
「そのように考えておきます」

春樹は、ちょっぴりふくれっ面になっていた。

日付が変わる頃。春樹は、受験勉強中。玄関で物音がし、良樹を母が見送る声が聞こえていた。二人のラブラブな会話は、端で聞いていても照れるほど。いつもなら、春樹が顔を出して出掛けるよう促しているが、この日は違っていた。直ぐに出掛ける良樹。その様子で、今抱えている事件が大変なものだということを知る春樹。そんな時は、いつも決まっている。

無事に帰ってきますように…。

目を瞑り、祈るのだった。







自然豊かな景色を見下ろす少年が居た。

「まさ」

声を掛けられて振り返ったのは、原田まさだった。声を掛けた人物・天地組組長が、まさに近づいていく。

「ぼぉっとして」
「自然に圧倒されました」

そう言って、再び景色を眺める、まさ。天地も同じように見つめる。

「ここに居ると、自分がちっぽけな感じです」
「自然に勝とうなんて、それこそ、無駄な足掻きだ。壊すことは簡単だが、
 このように豊かになるのに、どれだけの時間が掛かっているか…」
「まだ、人が生まれる前からですよね」
「そうだな」
「……仕事…ですか?」

静かに尋ねるまさの表情が変わる。

「明日、関東方面へ向かう。お前も付いてこい。そこで逢う人物との
 話し合いで、お前の仕事も決まる。準備はしておけよ」
「はい」

踵を返す天地は、背中越しに、まさに言う。

「暗くなったら、気を付けて下りて来いよ。まぁ、お前は夜目も利くから、
 安心だけどな」
「ありがとうございます」

天地の姿が見えなくなるまで、後ろ姿を見つめ、そして、自然を眺め始める。

「仕事…か」

天地と共に行動をするようになって、天地に危害を加えそうな人物は、全て、この小さな手で、消してきた。真っ赤に染める日も多くなっている。それが嫌だとは思ったことはなかった。
自分の行動は、親分の為。親分である天地を守るため。
自分が生きていくのに、大切なこと。
幼いながらも、まさは、そう考えていた。

夕暮れ。一番星が輝く空を見上げる。空は、真っ赤に染まっていた。まるで、血で染まったかのような赤…。
まさは、ただ、空を見上げているだけだった。


星が輝く時間、まさが、組本部へ戻ってきた。

「おぅ、お帰り。飯、どうする?」
「まだ、お腹空いてません」
「そうか。用意は出来てるから、いつでも言ってくれよ」
「ありがとうございます」

ニッコリ笑って、部屋へ入っていくまさは、明日の準備を始める。
引き出しにしまってある細いナイフを二本取り出し、手入れをする。それを腕に付ける特殊なプロテクターに納めた。そして、身支度を整え、デスクに座る。取り出した参考書。それは、中学一年生。自分で勉強していくうち、まだ、年齢は達していないが、勉強の方は進級していた。
友達が欲しくないと言えば嘘になる。同じ年齢のものと楽しく過ごしたいという気持ちもある。しかし、自分の周りには、年上だが、色々と話してくれる者達が居る。
天地組へ来たときは、怪訝そうな目を向けていた組員や若い衆は、まさの『仕事』の成果を見せつけられて、少しずつ、尊敬の眼差しを向けるようになっていた。
親分に危機が迫れば、誰よりも早く、時には向けられる弾丸よりも早く親分を守る体勢に入る。そして、今まで一度も、怪我をしたことがなかった。
敵に銃口を向けたときは、すでに、まさが、敵を倒している。組員や若い衆が驚くほどの素早さ。いつの間にか、一目置かれる立場になっていた。

その天地組が、東北を出て、すぐに足を向けたのは、関東方面。それもこの世界で、昔から噂になっている三家が守る土地…。しかし、その三家も分裂し、力を付けつつあると言われる阿山組を敵対視している組も多くなっていた。関東を占め、そして、関西、九州へと足を伸ばそうと企み始めた矢先、阿山組の想像していた以上の強さに圧倒され、敢えなく手を引いた。
ところが今、再び、そのチャンスが訪れようとしていた。
天地は、隣に座るまさに、これから逢う組の話、そして、阿山組の話を聞かせていた。

「まぁ、別に、天地組を大きくしようという訳じゃないんだ。お前の噂を
 聞きつけた男がな、逢ってみたいと言ってだな」
「私の仕事は、その阿山組の人たちを消すことですか?」
「いいや、別だ。今から逢う人物の返答次第で、仕事になる」
「そうですか…。わかりました。親分の指示をいただくまで、静かにしておきます」
「それでいい」

静かに言う天地の表情は、徐々に変わっていった。醸し出す雰囲気。それこそ、その世界で生きる男のもの……。それに感化されたように、まさの顔つきも変わっていった。



中村一家。
大きな表札が掛かった門をくぐる一台の車。その車に乗っていたのは、天地組組長の天地、そして、まさ、幹部たちだった。中村一家の若い衆が迎える中、天地たちは、部屋へと入っていく。
奥の部屋に通された天地達は、食事を兼ねて、話をしていた。中村一家の組頭・中村という男が、まさに話しかける。まさは、ハキハキと質問に答えていた。
その様子を見ていた天地は、優しい眼差しをしていた。
まるで、大切な息子を見つめるように……。


「まさ」

帰路に就く車の中で、天地が静かに語り出す。

「はい」
「どうだった?」
「……正直にお答えしてもよろしいんでしょうか?」
「あぁ。中村一家の話は知ってるよな」
「はい。その…関東の阿山組と懇意にしていたが、分裂から裏切りへ、
 そして、阿山組を潰しに掛かったと。…しかし、それは無駄だった。
 三代目は千本松組が沢村家を襲撃した際に、巻き込まれたと。
 三代目の息子・慶造四代目に継がれた今、宙に浮いた状態の阿山組。
 その阿山組を今なら潰せると…。…今、潰してどうなるんでしょうか。
 四代目に継がれた今だからこそ、厳重な体勢を取っていると思います。
 狙うのは、まだ早い。私は、そう思います。それと…」
「ん?」
「中村一家を信用するのは、お奨め致しません」
「なぜだ?」
「…なぜと言われましても、お答えできませんが、その…肌に合いません。
 あの飾られた笑顔…、目の奥に隠された、もう一つの顔。それらが
 私の心で、危険信号を発しておりました」
「なるほどな。…まさが、それほどまで言うのなら、話は止めておこう。
 正直言って、決めかねていたんだよ。あの阿山組を平気で裏切れるような
 奴らが、こっちの話を信じるというのも、納得いかなくてな。お前の言葉で
 決心が付いた。…流石だな、お前は」
「ありがとうございます。…では、早速…」
「あぁ。気を付けろよ」
「はっ」

沈黙が続く中、天地が口を開いた。

「あっ、そうだ。お前の話、一応進めてるからな。小学校を卒業する
 年齢までは、入れないそうだが、お前の成績次第で、見学させて
 もらえるらしいぞ。…頑張って、勉強しろよ」
「ありがとうございます!!!」

嬉しそうな表情で、元気よく応え、深々と頭を下げるまさだった。

「お前の為だ」

俺の為でも…あるがな…。

少しだけ口元をつり上げ、ほくそ笑む天地。まさは、仕事の準備に入っていた。
袖口から取り出した細いナイフ。
これは、親代わりである天地がくれたもの。

大切に使えよ。

この仕事を始めた頃に、そう言って、手渡された武器。まさは、丁寧に手入れをし、そして、仕事に使っていた。

仕事……。標的は…中村一家。

まさのオーラが変化する………。



(2004.1.4 第二部 第一話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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