任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第二部 『三つの世界編』
第四話 進路変更、目指すは…。


チャイムが鳴った。春樹は、玄関を開ける。そこには、父の後輩である刑事・鈴本が立っていた。

「鈴本さん…」
「春樹くん、どう、調子は?」
「その節は、お世話になりました。今は、少し落ち着きました」
「本当に、いつでも頼りに下さいね」
「ありがとうございます。…その…今日は?」
「…荷物。…真北先輩の…私物を…」

そう言って、鈴本は、箱を春樹に差し出した。春樹は、そっと受け取り、箱を見つめる。

「父の…私物…?」
「片づけるの…辛かったよ。先輩の…思い出がありすぎて…。優しさ、そして、
 厳しさも…いろんな思い出が…」

鈴本の声は震えていた。

「泣いていられないことくらい、解ってる。…先輩の思い…絶対に。
 だから、春樹くん、心配しないで、これからのことを…考えること。
 決して、後を追うような事はしないで欲しい。…これは、先輩の思いの一つ。
 息子には自分の夢を叶えてもらいたい。立派な教師になって欲しい。
 ただ、息子の性格からしたら、もしもの時、自分の…先輩の跡を継ぐかも
 しれない…。いつも、春樹くんの話をした後、そう締めくくってました。
 だから……、だから…絶対…」
「ありがとうございます、鈴本さん。本当に、お世話になりました」

春樹は深々と頭を下げる。父の私物が入っている箱を持つ手が、震えていた。


春奈は、リビングのソファに腰を掛け、一点を見つめていた。
激しい哀しみを心の奥にしまい込むかのように…。

「お母さん、起きて大丈夫なんですか?」
「少しは体を動かさないとね…。…それで、どなただったの?」

春樹の呼びかけに、いつもと変わらない言葉で尋ねた。

「鈴本さんでした。その…父の私物を持ってきてくださいました」
「あら、あの人が、仕事場に私物を? 珍しいわね」

そう言って、春樹から箱を受け取り、中を見た。

「あの人ったら…」

箱の中。フタを開けると一番に目に飛び込んだのは、家族の写真。春樹が生まれた頃のもの、芯が生まれた頃のもの、そして、笑顔が輝く春奈の写真。それぞれが、写真立てに入れられていた。
春奈の目から、滝のように涙が流れていた。

「本当なら、もう一人…」

あの日、二ヶ月に入ったと、春樹に照れたように言った春奈。良樹の事件で体に影響し、この世に生を受けることなく、去ってしまった。
良樹がこの世を去って、一ヶ月が経った。あれこれと片づける事で時間が過ぎていった。母の体の事もあり、春樹は、勉強をしながら、弟・芯の世話もし、体調を崩していた母の代わりをしっかりと務めていた。

「お母さん…」
「ごめん…春樹。…あの人の机に…」
「はい。…大丈夫ですか?」
「ごめんね……」

春奈は、何かを誤魔化すかのように、リビングを出て行った。

「……お母さん…」

箱を持ち、リビングを出て行く春樹は、父の書斎へ入っていった。そして、机の上に箱を置く。箱の中に入っている物を取り出し、静かに机の上に並べていった。
写真立ての下には、仕事とは関係のないような書類や書籍が入っていた。なぜか、参考書まで入っている。どうやら、息子である春樹に勉強の事で尋ねられても大丈夫なように、準備をしていたらしい。そして、刑事には関係ない教育大学関連の資料。

「ったく、親父は…。仕事場で何をしてるんだよ」

今思い返せば、教師になると決めた頃、事細かく説明してくれた。刑事って、何でも知ってるものなんだろうと思った瞬間だった。
春樹の表情が和らいでいた。
仕事で忙しかった父。その父との思い出は、かなりあった。
本当に、家族を大切にしていた父。そんな父は、もう……。
春樹は、父のデスクをそっと撫でた。

「これからは、俺が…。親父の代わりに、家族を守っていく。大切にするから…。
 だから、親父、心配しなくていいからな」

春樹の心が、また一歩成長した瞬間だった。

「さてと。どこにしまえばいいんだ?」

机の引き出しを開けた時だった。

「ん?」

奥の方に分厚いファイルが納められていた。

「すごい書類だな…」

思わず手に取り、表紙を開けた。

『阿山組に関する資料』

「阿山組…? …そう言えば、二年前くらいに親父が口に…。まさか、親父は、
 阿山組に殺された? …やくざの抗争に巻き込まれたのか? …架空の世界…
 まさか、現実に起こったのか?」

春樹の表情が変わる。そして、一枚目をめくった。
細かな文字が用紙一面に広がっている。一枚目の用紙は、少し黄ばんでいた。父が長年調べていた様子。日付もあの日だった。
父親が浮気で外出していると考えていた時期。

阿山組三代目が、銃弾に倒れた事から書かれてあり、その後、息子の阿山慶造が四代目を継いだ時期。
そして……。








一台の高級車が、走っていた。運転手が、後部座席の男に声を掛ける。

「本当によろしかったんですか?」
「…あぁ」
「何かございましたら、いつでもおっしゃってください、四代目」
「んー。ありがと、笹崎さん」
「…呼び捨ててください」
「やっぱり無理ですよ」

後部座席の男こそ、あの阿山組四代目組長となった、阿山慶造だった。
跡目を継いで、四ヶ月。梅の花が咲き、桜が蕾む頃。慶造は、とある場所に向かっていた。いつもなら、周りをびっしりと固めて動いているが、この日だけは、来ないようにと『命令』した。
車は、とあるワンルームマンションの前に停まる。笹崎は、運転席から降り、とある部屋の呼び鈴を押した。
返答がない。
もう一度押してみるが、やはり返答が無かった。笹崎は後部座席に歩み寄り、前屈みになる。慶造は、そっと窓を開けた。

「まだ、帰られてないようです」
「ちょっと早かったかな」
「ご友人と話が弾んでるんでしょうね」
「そうなら、いいけど…」
「四代目?」

慶造の心配そうな表情が気になりながらも、笹崎は運転席に座り、誰かを待っていた。

慶造が、突然動き、車から降りた。

「四代目っ!」

慌てて車から降り、慶造を守る体勢に入り、辺りを警戒する。

「慶造くん!」

少し離れた所から、声が聞こえてきた。

「お帰り、ちさとちゃん」

そこには、片手に一輪の花を持ち、円い筒を持った制服姿のちさとが立っていた。その後ろには、ちさとを守るように山中が付いている。慶造に気付き、深々と頭を下げる山中だった。

「どうしたの?」

居るとは思わなかった慶造の姿に驚くちさとは、そう尋ねる。

「卒業、おめでとう。……と言っても、高校は同じところだっけ」
「覚えててくれたんだ…」
「当たり前だろぉ。はい、これ」

慶造は、後部座席から、大きな花束を手に取り、ちさとに差し出した。

「わあ〜。ありがとう、嬉しい!」

花束の中に、猫のぬいぐるみが入っていた。
ちさとの笑顔が輝く瞬間。

お嬢様…。

ちさとと慶造のやり取りを見ていた山中は、あの日以来、久しぶりに現れたちさとの笑顔を見て、少し安心する。

「あの、慶造君。…ちがった…その…」
「慶造でいいよ。ちさとちゃんとの時間くらい、普通の生活をしたいから」
「やっぱり、大変なんだ…」
「勢いで跡目を継いで四ヶ月。あちこちの親分との話し合いばかりで
 疲れてきた。誰もが、報復の話しかしないから…。そりゃぁ、確かに、
 小島が停めなければ、あの時、俺は…」

あの日を思い出しているのか、慶造の手は震えていた。その手を優しく包み込んだのは、ちさとだった。

「無理…しないでね。慶造くんは、私の命の恩人だから…」
「恩人だなんて…。ちさとちゃんこそ、無理してるだろ?」
「……!!!」

ちさとは、慶造の胸に飛び込み、顔を埋めた。微かに震えている体。ちさとが、何を思い、そして、何を堪えているのか、慶造には直ぐに伝わった。慶造は、ちさとを力一杯抱きしめる。

「みんな…クラスのみんなが、変な目で見るようになった…。私の事を、
 やくざの仲間だと…。確かに、お父様は、昔…私が生まれる前まで
 そうだった。でも、私には、そんな思いをさせないようにと一生懸命、
 時には、怪我をしてまで、私を育ててくれたの…。そんなお父様の思いを
 壊してしまった…。私、お父様に申し訳なくて…。それで…」
「だから、笑顔…無かったんだ。心配してたんだよ。学校でもちさとちゃんの
 笑顔が消えていたから。友達に微笑んでいても、それは上辺だけで…。
 担任の先生も気にしていたんだよ?」
「慶造くん…もしかして、学校に来た?」
「気になっていたから…。こっそりとね…。それに、あの学校にも挨拶を
 しなければならない付き合いだったみたいでね」
「そうなの?」

ちさとは、ちらりと山中を見つめる。山中は、申し訳なさそうな表情をしていた。

「だから、一人になった今でも、通えるんだ…。…ねぇ、慶造君」
「はい?」
「時間があるなら、一緒に食事しない?」
「時間なら、たっぷりとあるよ」
「よん………慶造さん」

笹崎は、ちさとの前だけ、慶造の呼び方を変える。

「なんですか?」
「夜には、厚木の会長と会食の予定が入ってます」
「体調を崩したとでも言っておいてよ。おっちゃんなら、許してくれるんだろう?
 それに例の話を進めていれば、喜んでくれるんだし」
「かしこまりました。…そのように連絡しておきます」

笹崎は、すぐに連絡を入れる。

「山中さん、いい?」
「はい。では、二人分追加で、ご用意致します」
「おぉっと、待った。四人分追加っつーことで」

いきなり、会話に加わってくる二人の男。

「修司っ、小島っ!」

慶造を追いかけてきた修司と隆栄だった。

「本部で待ってても、一向に帰ってこないからさぁ。もしかしたら…と思って」

隆栄が言った。

「何のようだ?」
「ちさとちゃん、卒業式だろ? そのお祝い!」

隆栄が、かわいいリボンの付いた箱をポケットから取り出した。もちろん、修司も同じように取り出し、ちさとに差し出した。

「はい。おめでとう」
「ありがとう…。びっくりしたぁ〜」

ちさとは、本当に驚いていた。
その場の雰囲気が、温かい空気に包まれた。ちさとの心が、和んでいく……。


ちさとの部屋では、慶造とちさと、そして、修司と隆栄が小さなテーブルを囲んで、卒業パーティーを称して、賑わっていた。あの日以来、徐々に笑顔を失っていたちさと。慶造だけでなく、修司と隆栄が加わったことで、笑顔を取り戻していた。隆栄のおもしろおかしい話に終始笑いっぱなしだった。
少し離れた場所にあるソファに座る山中と笹崎は、そんな四人の雰囲気を見て、和んでいた。

「厚木さんとの話を断って大丈夫なんですか?」

山中が尋ねた。

「大丈夫ですよ」
「例の話…それは、武器関連ですね?」
「まぁな。武器に関しては、一流ですからね」
「それらを扱うことで、付き合いを許してる…ということですか」
「そうなります。…慶造さんは、乗り気じゃないんですが、幹部達がね…」
「二代目のころから、血の気の多い連中で周りを固め始めたのが尾を引いている…か」
「よく御存知ですね」
「私の家系も、猪熊家や笹崎家に似たようなもんですから」
「そうですか。…山中さんのお話は、あまり聞いた事ありませんからね。
 詳しく教えて頂きたいものですよ」
「それは、いずれ…」

山中は立ち上がり、冷蔵庫から飲物を取り出した。そして、ちさとの所へ持って行く。

「ありがとう。山中さん、気になさらずに、今日は、ゆっくりしてください」
「いいえ。お嬢様のお世話は私の…」
「いつもそう言って、御自分の事は、後回しなんだから…。もぉ」
「申し訳御座いません。では、お言葉に甘えます」
「うん」

山中は、ソファに戻ってくる。

「先日は、本当に有難う御座いました。学校の理事長へ口添えをして
 いただいたようで…。お嬢様は、御存知ありませんが…」
「慶造さんの…四代目の思いですから。ちさとさんは、生きている世界が
 違うから。それに、あの事件で、学校にも影響があると言って、自主退学を
 要求してくるかも知れないと…。実は、四代目が、そうなんです」
「退学?」
「成績は一番です。なので、卒業はさせてやる。しかし、学校には来るな。
 もし、今の立場のことで、何か事件が起これば、それこそ、危険だと…。
 それで、来ないようにと言われてしまい、そのことが、ちさとさんにも…
 その通りでしたね。一日遅ければ、恐らく、今日という日は無かったでしょうね」
「はい。…久しぶりに見ます。お嬢様の笑顔…心を和ませて下さるもの…。
 あの日以来、常に側に居ます。だけど、現れる笑顔はどれも、表面だけで、
 心から笑えないようで…」
「そうですね。…慶造さんもそうです。あの日以来…四代目を継いで以来、
 更に警戒するようになってしまいました。心を閉ざすような…何かを
 我慢するような…。だけど、今日は違ってました。ちさとさんに逢うと決めて
 おられたんでしょうね。花束を購入して、ここに来たんですから」
「ありがとうございます」
「お礼は、慶造さんにお願いします」
「そうですね」

二人は、賑やかな四人に目をやった。


「慶造?!」

修司が驚いたように声を掛ける。どうやら、日々の疲れがたまっていたようで、慶造は、その場に寝ころび、眠り始めていた。
上手い具合にちさとの膝枕で……。

「阿山、わざとか?」
「さぁなぁ。それは、どうだか。…ごめん、ちさとちゃん」
「ううん、大丈夫。…慶造くん、凄く疲れてるんでしょう?」

ちさとは、優しい眼差しで、膝を枕代わりにして眠る慶造を見つめていた。

「そうだな…。ここんとこ、ぶっ通しで親分衆と逢ってるらしいから。
 あんな年寄りばかり相手に、疲れるに決まってるよ。なのに、慶造は
 何も言わず、会いに行く。だけどな、親分衆も顔負けのオーラを
 発してるんだよ。…流石、四代目だよ…。でも…な…」

修司は、急に何か寂しげな表情に変わった。

「猪熊さん?」
「俺、慶造を守る立場だろ? 体だけでなく、心も守りたい。なのに、できない。
 あれから、時々逢っていた。話もした。だけどさ、いつもの調子じゃないんだよ。
 俺にまで、心を閉ざした感じだった。…それが、今日は違ってる。恐らく、
 ちさとちゃんの笑顔を見たからなんだろうな」
「私、久しぶりに笑ったの…あの日以来、ここに何かがつっかえてて…。
 楽しいことも忘れてしまうほど、暗い事しか考えなかった。だけどね、
 慶造君の姿を見た途端、それらが、吹っ飛んでいったの。思わず、
 涙がこみ上げてきた。泣く事すら忘れていたんだという事も、思い出した」

ちさとは、慶造の頭を、そっと撫でる。

「慶造君、ありがとう」

ちさとの表情は、まるで、何かを守る女神のようだった。そんなちさとを見て、修司と隆栄、そして、山中と笹崎は、何も言えなくなった。



「慶造、おい、慶造って」
「…ん? ……あわっ!!!!」

修司に起こされて、目を覚ました慶造は、見上げる景色にちさとの顔があることに驚き、慌てて体を起こした。

「ご、ごめん、おれ……その…」
「疲れてるんでしょ? ちゃんと夜は寝てるの?」
「…眠れなくて…。やはり、あれが…」

自分の両手を見つめる慶造。慶造の目には、自分の両手が真っ赤に染まって見えている。慌てて手を握りしめ、唇を噛みしめる。

「慶造くん」

ちさとは、慶造の両手を優しく包み込んだ。

「大丈夫。自分を信じて。自分の考えは間違っていないから。
 でもね、大切なものは、無くさないようにしないと駄目だからね。
 そうしないと、自分が嫌いになっちゃうよ…」
「ちさとちゃん…」
「いつでも寂しいときは、会いに来てね」
「そういう、ちさとちゃんもだよ。…ちさとちゃん、自分の事…言ってる?」
「だって…そうでもしないと、自分が嫌いになりそうだから…」
「ちさとちゃん…。力になれることがあるなら、いつでも言ってくれよ。
 また、前みたいに、勉強も教える事できるし、それに……!!!」

慶造は、それ以上何も言えなくなった。
ちさとが唇を寄せてきた。驚いたように見開かれる慶造の目。
修司は、思わず目を瞑った。
隆栄は、からかいたい衝動をグッと堪える。
笹崎は、硬直し、山中は、冷静に、その光景を見ていた。


星が瞬く時間。慶造達は、ちさとの家を後にする。慶造達が乗った車が見えなくなるまで見送っていた。

「お嬢様、冷えますよ」
「大丈夫。慶造君の心で温まったから」
「そうですね」
「驚いた?」

ちさとは、山中に尋ねる。

「いいえ。お嬢様の気持ちは、存じておりますから。だから、決して
 ご無理なさらないで下さい」
「ありがとう、山中さん。じゃぁ、お休み」
「お休みなさいませ」

ちさとが、家に入るのを見届けた山中は、隣の家へ入っていく。

お嬢様…決して……

山中は、あの日を思い出していた。
襲撃の後、証拠隠滅の為、建物を爆破した時の、ちさとの表情…。
今まで見た事が無かった表情。それは、侠気…。
崩れる建物を見つめながら、ちさとは、何を思ったのか。恐らく、慶造が行った事を自分が行いたかったのかもしれない。その思いを堪えるために、ちさとは、心も閉ざしてしまった。
楽しく迎えるはずの新年。家族を失い、たった一人だった。そんなちさとを守るため、山中は、何かを忘れ始めていた。大切な、何かを……。


ちさとは、先ほどの賑やかさを思い出していた。
賑やかさの後の静けさほど、寂しい物はない。ベッドに腰掛け、一点を見つめたまま、深く、何かを考え込む。
あの日、心の奥から飛び出しそうになった思い。それが、何か解らないまま日々を過ごしてきた。卒業式を迎えた今日、これからの事を考えた。高校に行っても、恐らく寂しいだろう。たった一人で、どう過ごしていけば良いか、山中を頼ってばかりでは、自分の道は開けない。そんな悩みを打ち明けることすら出来なかった。

でも…。

悩む日々の中、慶造が会いに来た。

卒業を祝ってくれた。これからの門出を祝ってくれた…。

悩んでいるのは自分だけじゃ無かった。慶造に久しぶりに逢って、慶造の顔を見て、声を聞いて、思い出した。
慶造自身も悩んでいると…。
自分の事を後回しにしてまで、慶造の事を考えて、言葉を発した。そんな自分の心にも気付いてくれた。
今は、それだけで、充分、幸せだった。
テーブルの上に飾った慶造から受け取った花を見つめるちさとは、父と母と過ごした楽しい時間を思い出していた。寂しい事よりも、楽しかった日々の方が、たくさんある。花の横には、一緒に受け取ったぬいぐるみも置いている。この日受け取ったのは、この二つだけでなく、慶造の温かさもだった。
ちさとは、別の事を考え始める。

確か……。

ちさとは、立ち上がり、部屋を出て、隣に住む山中の家へと足を運んだ。




高級料亭の一室。
慶造と笹崎が隣り合わせて座っていた。二人の向かいには、厚木会会長の厚木と副会長の厚木多聞が座っている。何話すことなく、ただ、座っている四人。そこへ、料理が運ばれてきた。
目の前に並ぶ料理を見つめる慶造と笹崎。笹崎が、慶造に顔を近づけ耳打ちする。

「口にしないように」
「解ってますよ」
「そうですか。それなら、安心です」
「……実行に移します」

慶造は、笹崎に告げた後、箸を手に持ち、料理を口に運ぶ。口に入る直前、手を止めた。

「お食べにならないのですか?」
「四代目の口に合いますかどうか解りません。それに、四代目よりも先に
 食するなんて、失礼ですよ」
「私は、そのような事は気にしませんよ。さぁ、どうぞ。…しかし、この料亭の
 味は、私の口に合わないでしょうね。それに、質が落ちたのかな…。
 こんな色をしたものは、大切な客に出しませんよ。…ねぇ、ご主人」

箸を置き、凛とした表情で、料理と共に顔を出した主人に言った慶造は、主人を睨み付けていた。その目に恐れる主人は、体が震え出す。

「厚木会長、何を試そうとなさっておられるんですか? 確か、先日の
 食事会に顔を出さなかったお詫びとして、例のお話は受けたはずですよ」
「大切な話をしたかったあの日、四代目は、体調が悪いと連絡が入りましたよ。
 心配致しました」
「それは、ありがとうございます」
「その薬として、素敵な彼女に会いに行ったようですなぁ〜。確か…沢村の
 一人娘…でしたなぁ。…あの日に両親を失い一人になった娘さん。
 その娘さんを、どうするおつもりですかな? 人質にでもして、あの黒崎と
 対立…そう考えての行動ですか?」
「黒崎と対立? それは、考えてませんね」
「では、先代の報復ですか? 武器なら、すでに用意しておりますよ。
 四代目、どうされるおつもりですか?」
「報復? それを考える前に、身の回りの一掃を行うつもりですよ。
 それには、手段は選びません。例え、赤く染まろうとも」
「身内…争いですか…。寂しいですな」
「親父は気付いてなかったかもしれないからね」

慶造は、姿勢を崩し、あぐらをかいた。

「それは、…私ら、厚木会のことですかな?」
「そうですね。敵味方関係なく、最新鋭の武器を用意する。
 一体、何をお考えですか? 私を食事に誘って、出方を伺おうとでも?」

口元をつり上げる慶造。厚木は、そんな慶造を見つめ、そして、言った。

「…小島からの情報ですか…。確かに、あの小島一家も得体が知れませんね。
 まさか、あの後、息子の隆栄が、東北に向かって一人で片づけるとは
 考えもしなかったですよ。千本松組も手出しできない状態になり、
 天地組もあの後、ぴったりと足を停めましたなぁ。…身内の一掃を終えたら、
 その後は、どうされるおつもりですかな?」
「あのまま、天地組が大人しくしているとは思えないんでね。足下を固めて、
 それから考えますよ。その為に、西へ興味を持ち始めましたね」
「西…関西方面ですか。あそここそ、天地組のように容易くはいかない所ですね。
 解りました。その為に協力しましょう。例のものの他、ご要り用のものは?」
「厚木会の戦力ですよ」

慶造が言った。その言葉に、厚木は驚く。

「何も、料理に毒を入れて、私を亡き者にしなくても、厚木会を悪くしませんよ。
 これからは、必要でしょう?」
「阿山家の人間の言葉とは思えませんな…」
「…言っておきますが、私は、親父のように穏和な性格じゃないんですよ。
 それに、腹を空かせれば、更に気が短くなりますんでね…。ご主人、
 申し訳ないが、あなたの未来…ございませんよ」
「えっ?」

慶造の言葉の意味は、慶造が手を挙げ、笹崎がポケットに手を入れる。不思議な二人の光景は、次の気配で、はっきりとした。
料亭に大音響が響き渡る。そして、建物が揺れた。

「!!!!」
「言ったでしょう? 私は、怒っていると…」
「い、言ってませんよ!!!」

料亭の主人は慌てたように、そう言って、部屋を出て行った。

「よ、四代目…」

大音響に驚き立ち上がっている会長と副会長は、優雅に座っている慶造を見つめていた。

「大丈夫ですよ。一般客には、帰ってもらってますから」
「そ、それでも、この料亭に…」
「だから、一般市民には迷惑掛けてませんよ。厚木会の圧力が掛かっている者だけ
 残っております。…まぁ、逃げる力があれば…の話になるんですけどね」
「……恐ろしい奴だな、あんたは。先代がおられた頃に見た、大人しい雰囲気は
 一体、どこに行ったんだ…? まるで、噂に聞く、阿山の二代目に似てるな…。
 敵には容赦ないというところが…。…で、私たちは敵となるのか?」
「毒を入れるように指示したことだな。さぁ、どうする? 俺は本気だぞ?」

そう言って立ち上がり、上着を脱いだ慶造。その体には、ダイナマイトが巻かれていた。笹崎からライターを受け取る。そして…。

「解った、解った。俺たちが悪かった。…ただ、四代目の力量をみたい。
 そう思っただけだ。…毒に気が付くとは思わなかった。…まぁ、体が
 しびれる程度のものにしているがな…。なぜ、解った?」
「料理に五月蠅い男が居ますからね…」

そう言って、慶造は笹崎に目をやった。

「会長さん、お答えは?」

慶造は静かに尋ねる。

「イエスですよ」

その言葉を聞いた途端、慶造は、ライターを笹崎に手渡し、上着を羽織った。

「では、私はこれで」
「四代目」

部屋を去ろうとした慶造と笹崎を呼び止める厚木。慶造は歩みを停めた。

「沢村の娘、どうされるおつもりですか?」
「俺の気持ち、知っていて、そんな愚かな質問をするのか?」
「…解りました」
「彼女を狙っている連中が、まだ残っているはずだ。厚木、調べてくれるか?」
「容易い事ですよ。沢村家を狙う連中のリストなら、揃ってますよ。
 個別で致しますか? それとも、団体で?」
「個別だ。…三日後までに、資料を笹崎に渡してくれよ。じゃぁな」

慶造と笹崎は部屋を出て行った。それと同時に安堵のため息を付く会長と副会長。

「先ほどの爆発は?」

副会長の多聞が尋ねる。

「建物の揺れから考えると、恐らく……」

二人が料亭の玄関を出た時だった。自分たちが居た建物の反対側は、瓦礫になっていた。その瓦礫の側に集まる人々。その人々の顔を見ると、全ての者が圧力を掛けている者だった。

「阿山慶造…。まさか、爪を隠していたとはな…。この世界、これからが
 楽しみだな。新たな力が生まれた。全国制覇も夢じゃないな…」

会長は、そう言って、副会長と料亭の敷地を出て行った。



「四代目、残った者達の行き先ですが、先ほどの方法でよろしいですか?」

運転しながら、後部座席の慶造に尋ねる笹崎は、ルームミラーで、ちらりと慶造の様子を伺っていた。慶造は、窓の外を流れる景色をぼぉっと見つめているだけだった。

「四代目?」
「…お願いするよ」
「はっ」

沈黙が続く。

「…笹崎さん」

慶造が静かに呼ぶ。

「はい」
「時間…あるかな…」

笹崎は、時刻を確認しながら、優しく応える。

「後のスケジュールは、ございません。ちさとさんのところですか?」
「一人のんびりしたい…」

消え入るような声で言った慶造。その雰囲気で、笹崎は、慶造の思いを悟る。

「だから、止めるように申したんですよ。山中さんも反対なさったじゃありませんか。
 物を破壊することは、簡単だが、残された思いを破壊することは、難しいと」
「よく…解った。…でもさ…」
「あれで、良かったんですよ。慶造さんの行動は、間違ってません。
 あの厚木でさえ、恐れてしまいましたよ」
「でも……空しいよな……」

慶造は、目を瞑った。

「早く外して下さいね」
「ん…? …そうだった」

慶造は上着を脱ぎ、体に巻き付けたダイナマイトをゆっくりと外していった。



草原に腰を下ろし、空を見上げながら、慶造はそのまま大の字に寝ころんだ。
背に伝わってくる草の冷たさ。だけど、どことなく温かい。目を瞑り、大きく息を吐く。

どうにでも…なれ…。

慶造は、そのまま寝入ってしまった。
笹崎が、慶造の体に、そっと上着を掛ける。横向きに寝返りを打った慶造は、自分の腕を枕にして、気持ちよさそうに眠っていた。
その表情は、とても穏やかだった。
まるで、優しい何かに包まれているように……。



(2004.1.16 第二部 第四話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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