任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第一話 明るい『春』が散る。

道病院にある病室。
隆栄が、その病室のドアをノックする。そして、中へ入っていった。そこには、ちさとが、ベッドに寄り添うように座り、そして、眠っていた。ちさとが手を握りしめる先には、慶造の姿があった。
その腕は、包帯が巻かれ、点滴がされている。

「姐さん」

隆栄が声を掛けた。その声に驚いたように体を起こすちさと。

「小島さん。どうされました?」
「姐さん、少しお休みください」
「でも…」

心配そうにベッドに眠る慶造を見つめる。額に汗が浮いていた。その汗をそっと拭う。

「四代目の容態は、安定しているそうですよ。後は意識の回復を待つだけ。
 意識が回復した時に、姐さんのあまりにもやつれている姿を見たら、
 それこそ、心配して、その怪我を圧してまで起きあがりますよ」

真剣な眼差しで語る隆栄。その声は、何かを落ち着かせるような、そんな雰囲気だった。

「それでも、側に居たい。目を覚ました時に、居なかったら、それこそ…」
「まぁ、確かに怒りそうですけどね。私は、姐さんの体調が心配ですよ。
 四代目がここに運ばれてから五日。ずっと付きっきりじゃありませんか。
 それでも、意識が戻るまで?」

ちさとは、そっと頷いた。

「何か食べるものを用意します」
「喉を通らないから…」

ベッドサイドのテーブルの上には、ちさとの為に用意した食事が手も付けていない状態で置かれていた。

「それより、猪熊さんの容態は?」
「一進一退です。まだ、ICUからは出られないそうですね」
「猪熊さんが回復するまで、目を覚まさないで欲しいな…」
「それは、言えてますね。それこそ、怪我を圧してまで、怒鳴りそうだな…」
「えぇ」
「慶人くんも元気に過ごしていますよ。笹崎さんが張り切ってますからね」
「笹崎さんにもご迷惑を…」
「心配ご無用とのことですよ」

病室のドアがノックされる。

「失礼します」

そう言って入ってきたのは、勝司だった。手には、パンが入った袋を持っていた。

「小島さん」
「なんだ、山中が持ってきたなら、安心だな」
「それでも、喉は通らないようなので、通りやすいものを用意しました」
「ありがとう」

ちさとは、勝司から袋を受け取り、中を見る。

「山中」
「はい」

ちょっと来い。

隆栄は、勝司の耳元で呟く。

「姐さん、廊下に居ますから。何かありましたら、直ぐに」
「ありがとう、小島さん」
「私も、廊下に」
「勝司さん、ちゃんとお休みとってくださいね」
「はっ。失礼します」

隆栄と勝司は、病室を出て行った。
静けさが漂う病室。ちさとは、慶造を見つめていた。

「あなた…起きて下さい…」

そう呟いた。



廊下では、隆栄と勝司が深刻な表情をして立っていた。

「あれ程、言ってるだろうがっ!」

静かに怒鳴る隆栄。

「申し訳御座いません。何度申しても、あの場所から動かれませんので…」
「ちゃんと睡眠取ってるんだろうな?」
「夜中に何度か様子を伺ってますが、眠っておられる時もあります」
「時もある…か。それにしても、黒崎竜次…思い切った行動を…」

隆栄は、怒り任せに壁をぶん殴る。

「猪熊も猪熊だっ。弾を受け止めるんじゃなく、避けろって…」
「猪熊さんの容態、安定しているようです」
「あぁ。それより、心配なのは、春ちゃんの方だ」
「体調は良くならないようですが…」
「剛一くんと春ちゃんから離れようとしない八っちゃんが一緒か。
 あの兄弟は、俺んとこと違って、しっかりしてるもんなぁ」
「あの…小島さん…」
「あん?」
「その……そこに…」

恐る恐る指をさす勝司。振り返る隆栄。そこには、隆栄の子供・栄三と健が立っていた。側には、白衣姿の妻の美穂も…。

「あぁなぁたぁ〜、それは、何? 栄三も健もおちゃらけてるって言いたいの?」
「あっ、いや、そうじゃなくてな…その……自分の息子がしっかりしてると
 言う親が、どこに居る?」
「居てもいいでしょぉ〜。……っと、それより、ちさと姐さん、大丈夫かな?」
「俺の前では、しっかりとした口調だったよ」
「慶造親分の様子も兼ねて診ておくから。あんたは、栄三と健を連れて、
 修司くんの様子を見てあげてよ! 春ちゃんが、あのようだから、
 誰も側に居ないんだもん」
「って、三好は?」
「三好さんは、武史くんたちの為に自宅に居るでしょうがぁ。ったく」

呆れたような表情をして、慶造の病室へ入る美穂だった。

「相当やばそうやな…。山中、ここ、頼んでいいか?」
「はっ」
「じゃぁなぁ。栄三、健、行くぞ」
「はぁい」

小島親子は、ICUへ向かって歩いていった。勝司は、ソファに腰を掛け、疲れをほぐす。程なくして、美穂が廊下に出てきた。勝司は、素早く立ち上がる。

「しぃっ。姐さん、眠ってるわ。ちゃんと温かくしているから大丈夫よ。
 それより、山中さんもお休みにならないと。姐さんよりも寝てないでしょう?
 それでなくても、ここと本部を行ったり来たりして、体力もたないわよ?」
「私は、あと二週間は大丈夫です。それに、自分の体調は自分で管理出来ます」

はきはきと応える勝司に、美穂は驚いていた。
廊下を走る足音が響く。

「小島先生ぃ!!」
「どうしたの?」

美穂に声を掛けてきたのは、春子を担当している看護婦だった。

「春子さん、急変です!!!」

その声に、美穂は驚く。

「山中さんは、ここから動かないでね」
「はい」

美穂は、看護婦と走り去っていった。



ICU前。
隆栄は、ガラスの向こうで眠る修司を見つめていた。

俺が居れば、こんなことは…。

ポケットに手を突っ込んでいるが、手は拳を握りしめていた。

人の気配で振り返る。
そこには、深刻な表情で美穂が立っていた。

「美穂?」

いつも笑顔を絶やさない美穂。しかし、その笑顔は全くなく、今にも泣きそうな雰囲気だった。

「ごめん…隆ちゃん……駄目だった…。手を尽くしたんだけど…。
 やっぱり……あの時、停めていれば、こんなこと…無かったのにっ!!!」

美穂は、隆栄の胸に飛び込み、泣きじゃくる。

「春ちゃん……逝ったのか…」

隆栄の胸元で、美穂が、そっと頷いた。



話は、五日前にさかのぼる。





「四代目、今日の予定は、全て終了です。お疲れ様でした」

助手席に座る修司が、後部座席に座る慶造に伝える。

「そっか。予定より早く終わったんだよな」
「えぇ」
「それなら、心を落ち着かせたいな」
「かしこまりました。おい、例の場所」
「はっ」

修司は、運転手にそう伝える。運転手は、ウインカーを左に上げた。
その時だった。

耳をつんざくような銃声が響き渡った。防弾仕様の車のため、気にせずにアクセルを踏んでいる運転手。しかし、その足は、ブレーキに踏み換えられた。

「猪熊さん!!」

目の前には、大きな銃器を構えている男の姿があった。しかし、それを発射させる気配を見せない。修司は、その男を睨み付ける。

「…って、慶造っ!」

後部座席のドアが開いたことに気が付き、振り返ると、慶造が車から降りていた。慌てて降り、慶造を守る体勢に入る修司。

「いいって」

慶造は、修司に言った。

「相手は、あいつだぞっ!」
「だから、いいって言ってるだろうが。俺も話があるからな…黒崎竜次」
「はぁん? 話ぃ〜? 俺は無いけどなぁ〜。なに? ちさとを連れ去った事に対して
 怒ってる? いつの話だよぉ。俺は、……あんたを殺しに来ただけだ」

以前、逢った時の雰囲気は全くなく、何か怪しい雰囲気を醸し出している竜次。構えていた銃器を放り投げる。

「これじゃぁ、簡単すぎて、おもしろくないよなぁ」

そう言いながら、懐に手を入れ、両手に銃を持つ。そして、慶造に向けていた。

「徐々にいたぶってやる」

引き金に指をかける竜次。しかし、慶造は怯むことなく、竜次を見つめていた。

「一発ぅ〜」

竜次は、引き金を引く。二つの銃声が響く。一つは、慶造の頬をかすめ、もう一つは、慶造の右腕に当たっていた。

「慶造っ! お前……」

慶造を守るべき立場の修司は、身動き一つしなかった。…というより、出来なかったのだった。慶造が、修司の腕を掴み、自分の前に立たないようにしていた。

「殺せっこないって。あの手じゃ、的にも当たらないよ」

その言葉で、修司は竜次を見つめる。
銃を持つ手は震えていた。

「竜次、まだ、回復してないようだな」
「……ふっ。あぁ、そうさ。俺が飲み込んだ薬はな、永遠に体に残るものさ。
 未知の薬、試す価値はあるからなぁ」
「自分の体で確かめたのか?」
「まぁね。…俺が、まともに当てられないと思ってるんだろ、阿山慶造」
「その震えじゃな」
「それがさぁ、当たるんだよなぁ。この震えは、一時だけ停まるんだよ。
 それが……今…なんだなぁ〜〜」

そう言うと同時に、何かを噛み、不気味に口元をつり上げた竜次。そして、無表情になった途端……。



車が急停車する。後部座席から、黒崎が飛び降りてきた。

「竜次っ!!!」

竜次は、真っ赤に染まって地面に転がる二人の男に銃口を向け、無情にも引き金を引き続けていた。その手を止める黒崎。

「やめろっ!」

竜次の銃を取り上げる黒崎。銃を取り上げられて初めて顔を上げる竜次。その目から、溢れるように涙が流れていた。その涙を隠すように黒崎は竜次を抱きしめる。

「馬鹿がっ。こんなことをしたら、ちさとちゃんが哀しむと言ったのは、
 お前だろうが。言ってることと、やってる事が違うだろっ!」
「知らないよ…俺……俺…いつの間にか…。解ってるよ、だけど、
 停められないんだよ…自分の心が勝手に……。兄貴ぃ〜」
「……生きてるかな……」

地面に横たわる二人を見下ろす黒崎。
そこには、慶造を守るように体で覆っている修司の姿があった。慶造の手が修司の体を押すように、微かに動いていた。

「こんな状況でも、ボディーガードを守ろうってか…恐ろしい奴だな…」

慶造が乗っていた車の運転席のドアが開き、運転手が降りてきた。手には銃を持っている。

「てめぇら…」

醸し出される雰囲気こそ、殺る気だった。

「俺を撃つ前に、二人を病院へ運ぶのが先だろうがっ!」

そう言って、黒崎は、慶造と修司の体を簡単に抱きかかえ、車の後部座席に放り込んだ。

「さっさと行けっ!」

黒崎に促され、運転手は車を発車させた。
去っていく車を見つめる黒崎。

「帰るぞ、竜次」
「あぁ」

黒崎兄弟は、その場を去っていった。



道病院・手術室前。
慶造と修司の手術が行われていた。連絡を受けて、駆けつける組員達。そこへ、春子がやって来た。

「春子さん!」

川原が声を掛ける。

「様子は?」

川原は、首を横に振る。
その時、手術室のドアが開いた。

「どなたか、輸血をお願いできますか?」

それは、美穂だった。

「美穂ちゃん、何が?」
「春ちゃん……。慶造君の方は、手術が終わったんだけど、修ちゃんが…」
「修ちゃん…血が足りないの?」
「出血が止まらなくて…。動脈を傷つけていて…縫合しても難しくて…。
 どうも以前撃たれた場所みたいなの。…それで…」
「私、修ちゃんと同じ血液型だから。私の血を……」
「もっといるよ」
「私以外の人間の血なんて、修ちゃんの体に入れたくないっ!!
 ありったけ…修ちゃんが落ち着くまで、私の血を使って!!」
「春ちゃん…」

春子の言葉は力強く、その場に居る誰も、声を掛けられなかった。しぶる美穂を促すように春子は、手術室へと入っていく。

「春ちゃんっ!!!!」



手術は無事に終了し、春子は、病室で目を覚ます。

「お母さん」

その声の方に振り向くと、そこには、剛一たち八人兄弟が立っていた。

「春子さん…良かった…。目を覚まさないかと思いました」

三好が、ホッとしたように言った。

「三好さん…修ちゃんは?」
「まだ…。手術は成功したんですが、一進一退です」
「そう……四代目は?」
「落ち着いてます。姐さんが、側に」
「解った」

春子は体を起こす。しかし、激しい目眩に襲われ、ベッドから落ちてしまった。

「お母さんっ!!!」
「ごめん…急に、くらぁ〜って」
「かなり大量に輸血したそうですから。暫くは安静です」
「それを早く言いなさいっ!」
「すみませんっ!!!!!」
「暫く、ゆっくりしてください。私たちは、自宅に戻ります。
 剛一君たち、これを機に、春子さんをゆっくり休ませてあげましょう」

三好が、剛一たちに声を掛ける。

「はい。では、お母さん……って、八造ぅ〜」

八造は、春子の服を掴んでいた。

「ママといっしょがいい」
「駄目だ。お母さんは、疲れてるんだから。暫くはここ」
「ぼくも…」
「八造の甘えんぼ。いいよ、一緒に居ようね」

優しく語りかける春子に、八造は嬉しそうに微笑んでいた。

「兄ちゃん、修三たちは俺に任せて。兄ちゃんは八造な」
「武史、いいのか?」
「いいって。どっちにしても、八造を抑えられるのって、兄ちゃんしかいないもん」
「そうだけどなぁ〜」
「三好さんが居るから、大丈夫だって」
「三好さん、お願いしてよろしいですか?」
「それが私の仕事だと何度申せば…」
「すみません、お願いします。何がございましたら、すぐに連絡します」
「剛一さんもあまり無理しないように」
「心得てます」
「では、春子さん、失礼します」
「いつもありがとう、よろしくね!」

春子は、笑顔で子供達と三好を見送った。

「お母さん、寝て下さい。医者が良いと言うまで、絶対に起きないで下さいね」
「解ったわよぉ〜。ったくぅ〜、口うるさいんだからっ!」
「お母さんっ!!」
「ぼくも寝るぅ」

八造がベッドに登り、春子の隣に身を沈めた。

「あっ、こらっ!! 八造!!」
「いいのよ、剛一」

春子は、微笑んでいた。

「わかりました」
「ママ、こうえんにいく、やくそく…」
「そうだったわねぇ〜。でも今は、ママ疲れてるから、美穂さんが
 良いというまで、待てる?」

八造は、美穂の仕事を理解している。
医者が何かを言う時は、体を壊している時。
そう解釈している八造は、そっと頷いた。

「まつ」
「約束は、ちゃんと守るからね、八造」
「うん」
「お母さん」
「なぁに、剛一」
「…お父さん、大丈夫だよね…」
「大丈夫よ。私の血をもらったなら、安心! 生命力強いもん」
「…でも、もし……そうなったら、私が父の跡を継ぐことになりますよね」
「それは、四代目の言葉次第よ。剛一、だから、今は……八造を〜」
「えっ? あっ!!!」

八造は、いつの間にか、春子の上に乗っかかり眠っていた。剛一は、急いで八造を春子から引き離す。

「ったく、この甘えん坊が…」

剛一の兄貴っぷりを見つめる春子。とても優しい表情を浮かべていた。

「少し寝るね」
「はい。お休みなさいませ」
「うん、お休みぃ〜」

春子は、そっと目を閉じ眠り始める。

それが、最後の言葉だった。

それっきり目を覚まさなかった春子は、柔らかい表情のまま、この世を去ってしまった。





慶造が襲われてから十日が経った。春子の葬儀も静かに行われ、修司の容態も落ち着いた頃、慶造が目を覚ます。

「ここは……」

目に飛び込む天井、なんとなく嫌な気持ちになる慶造は、何かを思い出したのか、自分の手を動かした。その手に重みを感じ、ふと目をやる。

「……ちさと? …そっか…俺……」

慶造の側で、慶造の手をしっかりと握りしめたまま、ちさとは眠っていた。少しやつれた表情に、ちさとの思いを悟る慶造は、自由に動く手で、ちさとの頭をそっと撫でた。

「…!!! …あなたっ!」

頭を撫でられた事で目を覚ましたちさとは、慶造の意識が戻った事に気が付き声を挙げる。

「ちさと…」
「良かった……。………ったくぅ〜〜っ!!! 何を考えてたのっ!!」

優しい言葉が出るかに思われたが、いきなり怒鳴り声に変わっていた。

「っっって、ちさと?!??」

ちさとの怒りに驚く慶造。

「何を考えて、銃を向ける竜次くんの前に飛び出したの? あなたの
 軽率な考えが、猪熊さんを…」
「あれ程、俺を守るなと言ってるのに…」
「あれ程、体は勝手に動くから…と言ってる猪熊さんのこと、考えたの?」
「何もないと思った…。脅しだけだと……」
「竜次君、変わったんだから…あの日…あの日から…。それは…私が…」
「ちさとは悪くないと言ってるだろ?」
「だけど……私…私の選んだ道が間違っていたのね…」
「ちさと?」

急に泣き出すちさとに慶造は、体の痛みを忘れて起きあがる。

「何かあったのか? まさか、修司…。確か、俺を守って、大量に血を…」
「一時、危なかったわ…でも、今は、安定してる。…でも……」

それっきり何も言わないちさと。哀しい目をしていた。その目を見て、慶造は何かを悟る。

「………輸血…必要だったのか?」

慶造の言葉に驚くちさと。

「なぜ、それを?」
「修司の状況を見たら解る! まさか……輸血に春ちゃんの血を…」

何も言えないちさとを見て、慶造はベッドから飛び降り、病室を出て行った。

「あなたっ!!」


廊下で待機している勝司と勝司と話し込んでいた隆栄が、廊下に飛び出してきた慶造を見て、驚く。

「おぅ、起きたんか。もっと寝とけって」

いつもの軽い口調で話しかける隆栄は、突然殴られる。

「なっ!!!」

胸ぐらを掴み上げられた隆栄は、慶造の怒りを肌で感じていた。

「なぜ…なぜ、停めなかったっ!!! 春ちゃんの気持ちを知ってたろがっ!」
「うるせぇっ! 俺があの日、何処にいたのか覚えてないのか?
 ここに駆けつけられたのは、次の日だ! その時には既に…」
「…馬鹿野郎…。俺…言ったよな…。…俺と同じ思いはして欲しくないって…」
「美穂も停めた。でもな、春ちゃんの強い想いには、誰も何も言えなかったって。
 阿山、お前のお袋の時と同じだったって…駆けつけた中平さんも猪戸さんも
 言っていた。…誰も……誰も…」

慶造は、手を離す。

「俺が……俺が悪かったんだな……。春ちゃんも…そして、お袋も……」
「阿山……」
「……くそっ!!」

怒り任せに壁をぶん殴る慶造。隆栄は、その手をそっと掴み、慶造を抱き寄せた。

「自分を…責めるなって……。誰もお前を責めないからよぉ」
「隆栄……」

慶造が呟いた。

「阿山?」

慶造は、隆栄にもたれ掛かるように気を失ってしまった。



ベッドに寝かしつけられた慶造の体に、ちさとが優しく布団を掛けた。

「姐さん」
「…慶造さん、荒れなければいいんだけど…」
「その辺りは、俺に任せてください。阿山の本能を抑える方法を
 身につけてますから。…もう、あの時のように、無茶はさせない」
「小島さんこそ、無茶なさらないでください。この人は、誰に対しても
 傷つきやすいですから。それが、例え、敵だとしても…」
「そうですね。…銃を向けた竜次に、何を伝えようとしたんだろうな…」
「ごめんなさい…だと思いますよ」
「ったく、阿山らしいな。優しいんだか、恐ろしいんだか、解らん」
「優しすぎです」

ちさとは、ハキハキと応えた。

「それにしても、本当に心配ですね」
「何がでしょう、姐さん」
「小島さんを名前で呼んだんでしょう?」
「まぁ、呟いた程度でしたけどね、驚いた」
「それだけ、信頼してるんでしょうね」
「嬉しい事ですよ。………!!!! って、あのなぁ、無茶すんなって!」

隆栄は、顔面で枕を受け止めていた。

「聞き間違いだ」

そう言いながら体を起こす慶造。ちさとは、慌てて手を差し出す。

「あなた、まだ起きるのは…」
「大丈夫。……春ちゃんのこと、修司は、まだ意識が回復してないんだろ?」
「えぇ」
「剛一くんたちは…」
「三好が付いてるから、大丈夫だけどな、ちょっぴり荒れてるぞ」

隆栄が応える。

「ちょっぴり?」
「甘えん坊の八っちゃんが、これまた、暴れまくって、兄貴達をぶっ倒した」
「倒した?」
「ママは、どこだよっ!! って感じでな」
「そうか…」

俺も暴れて、達也さんに停められたっけ。

遠い昔を思い出す慶造は、唇を噛みしめていた。
その時、ドアがノックされ、誰かが入ってきた。

「慶造さん、ご安心ください。…経験者に任せてね」
「……達也さんっ!!!」

病室に入ってきたのは、あの日、もう助からないと言われた成川達也…笹崎の息子だった。自分の足でしっかりと立ち、慶造に近づいてくる。歩いている。

「八造くん、なんとか納得してくれたから。ほんと、あの頃の誰かさん
 そっくりですよぉ。手が付けられない。三好さんも剛一くんも困り果てて
 親父に言ってきたんですよ。その親父も無理だったようでね、そこで
 私の出番となったんです………って、慶造さん?」

達也が話してるにも関わらず、慶造は何故が睨んでいた。

「…まさか、そこまで復帰してるとは思いませんでしたよ…。達也さん…」
「驚かせたかったんです」
「私をですか?」
「えぇ。だから、誰にも内緒だったんですよ。そして、来春から、職場にも」
「……達也さん!!」

慶造は、驚きのあまり、ベッドから降り、達也に抱きついた。
まるで、幼い子供のようだと、この時、病室に居た誰もが思っていた。

「慶造さん、あの……」
「これで、一つ、荷が下りた…。良かった…良かった…」
「慶造さん、ありがとうございます。慶造さんのお陰ですよ」
「そんな…こと……ない……」
「…ったく……」

達也は、そっと、慶造の頭を撫でていた。

もう、誰も失いたくない!!

自分の体に力強く抱きつく慶造の腕から、慶造の思いが伝わってくる達也。ドアの所に立っている笹崎と喜栄に目をやって、少し困ったような、安心したような表情を見せていた。
慶造は、笹崎が来ている事に気が付かないほど、感動していた。
達也の復帰に……。




修司の意識が戻った。
目を覚ました途端、体を起こし、自分の体に付けられている医療器具を勝手に外してからICUを出て行った。廊下にあるソファに腰を掛けて休んでいる隆栄に声を掛ける。

「小島……。小島、起きろって」
「ん? ……うわっ!!! …成仏してくれぇ〜俺が悪かったぁっ!!!」

修司の姿を見て、思わず、そう言いながら手を合わせて拝んでいる隆栄。

「冗談言うなっ!」
「解ってるって。…で、なんで動いてる???」
「…慶造は?」
「お前が守ったんだろが」
「俺の体を突き抜けた弾が、当たったはずだ。怪我の具合は?」
「猪熊ほど酷くはないぞ」
「何処にいる? この病院だろう?」
「それよりもなぁ、ベッドに戻れって。お前なぁ、自分の置かれている立場
 把握してるんか?」
「してる。出血が酷かったんだろ? 側に置いてあったカルテを見た。…その…。
 輸血の文字もあったけど、……まさかと思うが…」

修司の脳裏に過ぎる、あの日の言葉。

「慶造のお袋さんと同じ事を…春ちゃん、したんじゃないだろうな…」
「その通り。春ちゃんのお陰で、お前は一命を取り留めた」

隆栄は、明るい口調で応えた。

「大丈夫だよな…」
「ん?」
「慶造のお袋さんと同じようなこと…なってないよな…。春ちゃん、家か?」
「猪熊ぁ、あのな…」
「なんだよ、応えろって」

隆栄は、指をさす。その方向に振り返る修司。そこには、担当医が怒りの形相で立っていた。

「あのねぇ〜、修司くぅぅぅん? なんで立ち歩いているのかなぁ〜?」
「あっ、いや、その……」

医者の怒りを知っている修司は、思わずあたふたし始める。

「戻りなさい。診察するから」
「すみません…お願いします」
「まぁ、目を覚ました途端、歩いているということは、痛みを感じてないんだろ?」
「痛みはありません。むしろ、体を動かしたいくらいですよ」
「そうだろうな。……親父さんよりも恐ろしい体だなぁ。それよりも、猪熊家の
 家系は、そのような遺伝子を持ってるんだろうか…。恐ろしい…」
「…あのね、先生…。誰かに似てきてませんか? それも、誰かを通して…」
「猪熊ぁ、それは、俺の事だと言いたいのかぁ?」

隆栄が、思わず声を発した。

「その通りだ。自分の事、よぉく解ってるなぁ。流石だ」
「ほっとけ」
「…それより、先生、俺の質問…」
「輸血のことだろう?」
「はい。その…春ちゃんの…俺の妻の血を?」
「使ってくれって、うるさかったらしいね。修司くんの体には、
 他の誰の血も入れて欲しくないって、力強く言われてねぇ」
「……春ちゃんの血、どれくらい?」
「自分の体の事は、解らない…か」
「解ってる…あの出血の分を…輸血したんじゃないだろうな?」
「血が止まらなかったんだ…それで、春子さんは、落ち着くまで…と」
「……死んだんだな…」

修司が呟くように言った。

「手を尽くしたよ。…だけど…」
「………!!!!!!」

ガツン! パラパラ……。

「俺が殺した…。俺が……俺がっ!!!」

修司は、壁を殴り続ける。壁にはひびが入り、小さな破片が床に落ちる。修司の拳から血が流れ始めた。その血を見つめる修司は、その手を慈しむかのように、手にくるみ唇を当てた。

春ちゃん……。

「早く戻れ」

座り込んだ修司に手を差し伸べて、立ち上がらせる隆栄。

「阿山も知ってる。…自分を責めてしまってな…」
「そうだろうな…。俺が守りきれなかったから…」
「体で受け止めずに、避けろって」
「避けられなかった。…あの状況では……。慶造…竜次に謝ろうとしてた。
 だけど、竜次は……」
「だからって、やけを起こすなよ。春ちゃんが嘆くぞ」
「そうだな…。怒られる」
「だから、早く診察を受けて、退院しろ」
「あぁ」

項垂れる修司を医者がICUに連れて行く。そして、ベッドに寝かしつけ診察を始めた。その様子をガラス越しに見つめている隆栄。その目の奥には、途轍もない何かが含まれていた。



(2004.3.25 第三部 第一話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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