任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第五-a話 派出所の『春』?

春樹が職場に顔を出した。少しやつれた雰囲気にも関わらず、明るく元気な声で挨拶をした。

「広瀬先輩、先日は有難う御座います。友人から聞きました。
 お忙しいのに、足を運んでいただき…」
「お前の気持ち…解るだけにな…。…決して、無茶だけはするなよ」

いつもなら、意地悪そうに言う広瀬。しかし、この時だけは違っていた。
春樹の事を凄く心配している…まるで、自分の事のように。
そんな雰囲気だった。

「広瀬先輩?」
「ほら、仕事の準備しろっ。お前が居なかった間、
 子供達が嘆きまくって大変だったんだからな。
 今日出勤と言った途端、朝から来るって張り切ってたぞ」
「そうでしたか…すみません」
「早くしろ」
「はい」

春樹は、奥の部屋へ着替えに行った。そんな春樹を暖かい眼差しで見つめる広瀬だった。


お昼時。
樋上と春樹は、持参しているお弁当を食べていた。

「広瀬先輩って確か、警部まで昇進しておられたんですよね。
 なのに、どうして、今、この派出所で?」

春樹の質問は唐突だった。樋上は、春樹の表情を見つめ、そして、静かに語り出す。

「広瀬にはな、弟が居たんだよ。丁度、芯くんと同じ年頃だった。
 やくざの抗争に巻き込まれてな…銃弾に倒れた」
「えっ?」

初めて聞く事に、春樹の箸が停まる。

「橋病院に運ばれて、治療をした。…だけど、この世を去ってしまった。
 あの時の橋院長の表情は、途轍もなく恐ろしかった。まるで、
 …お前がやくざに対して見せる表情と同じだ…」
「人の命を簡単に奪うなんて…許せない…」
「あぁ。そのことがあってな、広瀬は刑事を止めた。自暴自棄になってな、
 やくざの組事務所に一人で乗り込んで、あの手を血で染めた」
「…まさか…」
「相手じゃない。自分の命を絶とうとしたんだよ。…俺がそれを停めに入った。
 なんとか間に合ったんだけどな、広瀬の体は、刑事としての動きが
 出来なくなっていた。…それで、派出所勤務に戻るように俺が薦めた」
「確かに、こちらでの仕事は激しくありませんが…」
「まぁな。…でもな、しばらくの間、仕事にならなかったらしい。
 近所の子供を見ては、威嚇して、訪ねてきた街の人たちには素っ気ない。
 近所からの苦情が多かったんだよ。
 『人に優しく出来ない…。』
 あいつは、俺に相談してきた。…だから、上に掛け合って、俺もここで
 仕事するように言ったんだよ。それからだ。少しずつ昔の広瀬に
 戻ってきたのは。…そして、真北、お前が来た。芯くんや友達、子供達が
 ここに来るようにもなった。…それが、更に広瀬の心を和ませている」

樋上は、春樹を見つめる。

「感謝してるよ」
「先輩…」
「俺も広瀬も、真北の身の上の事は知っている。上層部から
 期待されている人物だとな。だけどな、真北。俺達にとって、
 お前は、弟みたいな存在なんだよ。いつも、いつまでも
 見守ってやりたい。…だって、お前を守る奴は居ないだろ?」
「……いいえ。私にとって、大切な人たちが、俺の事を守ってくれます。
 大切な人たちの涙を見たくない、哀しませたくない。その為に、
 俺は、無理しない程度に働いてます」
「……真北」
「はい」
「お前のその顔の裏に、何を隠している?」
「…先輩……」

暫く間があく。そして、樋上が言った。

「ほら、早く食べろ。時間がない」
「あっ、はい」

停まっていた春樹の箸が動き出す。樋上は、春樹の食べっぷりを見つめながら、お弁当箱のフタを閉じた。



春樹は自転車に乗って、街を巡回していた。

「!!!!!」

何かが飛んでくる気配を感じ、自転車を飛び降りて身を伏せる。
顔を上げた時だった。
二人の男の足がそこにあった。

「……真北春樹巡査…だな」
「…誰だ…」

春樹は体を起こそうとしたが、声を掛けてきた男に背中を踏まれた。

「名乗っても仕方ないだろう? もう、この世を去るんだからな」
「…さぁ、それは、どうだか…!!!」

そう言うと同時に、春樹は、体を動かし、男の足を払いのけた。その直後に銃声が二発響き渡る。

「くっ……」

春樹は、右腕を撃たれ、手の甲を伝って、血が地面に滴り落ちていた。

「………闘蛇組…か」
「ほっほぉ〜。覚えていたか。その後、弟さんは元気かな?」

悠長に銃を構え、春樹に話しかける男こそ、あの闘蛇組の組員だった。あの日、春樹が乗り込んだ倉庫に居た組員は、未だに刑務所に入っている。ここに居るのは、倉庫の前にある組事務所に居た組員だった。
あの事件に関わっていないということで、お縄を逃れていたが、春樹の事に対しての上からの命令は、解かれていなかった。

「…あぁ、とっても元気だよ」
「撃たれた時の痛さ、忘れたのかな? 確か、弟さんに撃たれたんだよなぁ。
 その腹を」

男は春樹の腹部に銃口を向ける。

「…おや、その腰にあるものを使わないのか? あぁ、そうか。
 動けば、こっちが引き金を引くから、無理だっけ」

春樹の醸し出す雰囲気が変わる。
怒りが解かれていた。

「…うちの親分も、どうして、こんな腰抜けを気に掛けるのかな。
 俺達のオーラに気づきもしないような男にな」
「それは、言えてるな。はっはっはっは」

男達が高笑いをした時だった。

鈍い音と共に、何かが潰れるような音が聞こえる。

「…な、なっ!!!! うわっ!!!」

何かが折れる鈍い音が響く。そして、地面に倒れる音。


広瀬と樋上が駆けてくる。

「真北、真北!!!」

名前を呼ばれても、春樹は、何かを見下ろしながら、蹴り続けていた。

「やめろ、それ以上やったら、死ぬ!」

そう言って、春樹を羽交い締めして、その場から遠ざける広瀬。春樹は振り返った。

「……真北……お前…」

春樹の顔は、飛び散った血で汚れ、そして、それを流すように目から涙が溢れ、頬を伝っていた。白い襟は、真っ赤に染まっている。そして、右手の甲は、血でどす黒くなっていた。サイレンの音が響き渡る。

春樹に声を掛けてきた闘蛇組の二人の組員は、救急車に乗せられて、去っていった。春樹は、パトカーの後部座席に座らされ、項垂れていた。
その体は、震えている。
現場に駆けつけた鈴本が、春樹の乗るパトカーへ近づき、後部座席のドアを開け、中に入っていった。

「大丈夫だ。そう簡単に死ぬような奴らじゃないって」
「でも…俺……気が付いたら、あいつらを……殺そうと思っていた…」
「春樹くん」
「俺…やはり、向いていない…刑事にはなれない……。…あいつらが
 あいつらが憎かった…。だから、俺…」
「それは、俺にもある感情だ。だけどな、俺は、それを抑えて、奴らのような
 人の命をなんとも思っていない男達を引っ捕らえることで、その思いを
 すり替えている。…刑事である以上、やくざと同じようなことは、
 できないだろう?」
「…いっそのこと、俺…やくざに…」

バシッ!!!!

「馬鹿なことを言うなっ。そんな落ちぶれても、何も変わらない。
 先輩は、決して、そんなことを言わなかった。やくざと通じていると
 そう噂されても、…情報を手に入れる為だといって、やくざの事務所に
 入り浸っていても、決して自分の立場を捨てるようなことはしなかった」
「…解ってるよ…。親父は、そうだったことくらい。…できないよ…。
 俺は、親父じゃない…。親父のようには、なれない…無理だよ…。
 どうして、あんなに簡単に…芯の事を口に出来るんだよ。あいつらだろ?
 芯の体を無茶苦茶にしたのは…。どれだけ、あいつが苦しんだのか…、
 どれだけ必死に立ち直ろうとしてるのか…。知らない癖に…あんなことを…」
「…やつらに無茶したのは、芯くんの為だったのか?」
「芯のことを………」
「春樹くん? …春樹くん!!!! おい、車出せ! 病院に向かえっ!!」

鈴本の焦ったような口調を耳にしながら、春樹は、深い眠りに就いていた。


遠くで、誰かが呼んだ。


とても優しく、心を和ませる声…。

誰だ…俺を呼ぶのは……。



春樹は、現実に引き戻されるような感じで目を覚ました。
目に飛び込んだのは、真っ白い無感情な天井。
それには、覚えがあった。

「……目、覚めたか?」

その声に振り向くと、そこには、雅春が立っていた。腰に手を当て、眉間にしわが寄り、少し怒ったような表情だった。

「橋……」
「ったく、自分が怪我人増やしてたら、しゃぁないな」
「うるせぇ」
「あれから、三日も眠ってたぞ」
「三日?」
「あぁ。ったく、鈴本さんがお前をここに運んだ時の表情ったら、
 ほんとに凄かったぞぉ。お前が死んだと思ったくらいな」
「ほっとけ」
「あっそうそう。その右腕、暫く動かせないからな」
「は?」
「骨、ひび入ってる」
「………嘘付くな」
「撃たれた後、何をした?」
「……覚えてない…ただ、………奴らが憎かっただけだ…」
「すっきりしたか?」
「…しない……余計に苦しくなったよ」
「次は、もう抑えること出来るよな?」
「解らない…」
「人を傷つけることは、自分を傷つけることと同じなんだ。
 それを肝に銘じておけ」

そう言って雅春は、冷たい目線を春樹に送って病室を出て行った。

「橋……」

雅春の行動に驚く春樹。窓の外に目をやると、雨が降っているのが解った。

「雨……か」

俺のこの気持ちを洗い流してくれよ……。

春樹が見つめる景色が、潤んでいた。


雅春は廊下に出て、ドアにもたれかかっていた。
春樹の行動に対して、どう応えていいのか解らなかった。優しく対応すればいいのか、それとも、厳しい言葉を言えばいいのか。その葛藤の末、口から出た言葉は、それだった。
雅春は、自分の事務室に向かってゆっくりと歩き出す。
廊下の先に誰かの姿が見えた。

真北の弟…?

病院が嫌いで、いつも春樹がやっとの思いで連れて来ている弟が、真剣な眼差しで走っている。しかし、いつもと何かが違っている。
雅春は、芯を見つめていた。その芯の後ろを春樹の母・春奈が追いかけて来る。

「おばさん」
「あら、雅春くん。春樹は目を覚ましたかしら?」
「えぇ。でも、暫くは入院ですよ。謹慎も出たらしいですから」
「厳重注意で終わったみたいですよ。先ほど連絡がありました」
「お母さん、早くぅ。僕、先に行ってるよ」
「あっ、芯!! ……ったくぅ」

芯は、廊下を曲がっていった。

「……あれ? 芯くん、怪我してませんでした?」
「あれね…。その…学校でやったらしくて…」
「学校で? 確か、喧嘩は…人を傷つけるのは嫌いで…」
「だけどね、春樹が関わると違うのよ…。春樹と同じように歯止めが
 利かない程になるみたいで…。相手が謝っても、もう二度と言わないと
 泣きながら言っても、芯は気が済むまで相手を傷つけるみたいなの…」
「もしかして、例の…」
「解らない。でもね、春樹が、あぁいう性格でしょ? 弟だって似ても
 当たり前だと思うわ…。……まぁ、学校では、友達の二人が、
 いっつも停めてるみたいね。だから、問題は少なくて済むらしいのよ」
「……おばさん、嬉しそうに思えるんですけど…」
「そりゃぁ、泣き虫だと思っていたのに、まさか、そんな面を
 持っていたとは、私は、驚くと同時に嬉しくなっちゃってね」

春奈は微笑んでいた。

「真北の立場…笑っている場合じゃ…」
「そうですけどね、でも、鈴本さんの力が働いたみたいよ。
 本来なら、謹慎じゃなくて、処分でしょ? なのに…ね」
「やはり、あいつは、特別扱いなんですね、警察では」
「何をあの子に期待してるのか、解らないけど、兎に角、
 これ以上、無茶をして欲しくない」
「そうですね」
「では、これで。いつもありがとう」
「いいえ」

春奈は、深々と頭を下げて、春樹の病室に向かって歩いていく。雅春は、やれやれといった表情で事務室のドアを開け、入っていった。


春樹の病室。
春奈は、ドアを開けようと手を伸ばした。

『……うわぁ〜ん!!!!!!』

突然聞こえてくる芯の泣き声。

『あっ、こら、芯! 泣くなっ』
『だって、だって…お兄ちゃんのこと、悪く言ったから…だから…』
『だからって、お兄ちゃんが悪いんだから、芯が相手を傷つけることは
 無いんだよ!!』
『お兄ちゃんを傷つける奴…許せなかっただけだもん…。だから…うわぁん!!』
『あぁ〜もぉ〜。解ったから、もう泣くなって、芯……傷に響く……』

その言葉と同時に、泣き声がぴったりと止む。

『ごめんなさい…』
『人を傷つけることは、自分も傷つくことになるんだよ。…これで解っただろ?』
『はい』

春樹の言葉は、芯に対してではなく、自分自身に対して言った言葉。

これ以上、傷つく者を増やさない為に…。

傷つくのは、自分だけでいい…。



(2004.4.8 第三部 第五話 続き UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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