任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第六話 奥底に潜む『隆』

春樹は、とある記事を見つめていた。

「真北、帰る時間だぞ」

樋上が声を掛けてきた。しかし、春樹は夢中だった。樋上は、真北の後ろから、そっとファイルを覗き込む。

『抗争勃発か? 組幹部殺害される』

その記事を読みふける春樹。

「真北、気になるのか?」
「……あっ、樋上先輩。事件ですか?」
「違う。帰る時間だと言ってるのに、その記事に夢中だからさ」
「最近、この手の事件が増えたと思いまして…」
「そうだよな。以前は発砲による死亡が多かったんだが、最近は
 斬殺がほとんどだな。それも、組幹部や親分だな」
「えぇ」
「一斬りなんだろ?」
「そのようですね。それも、急所。その親分のボディーガードは、
 再起不能になるような腱や神経を斬られてるらしいですよ。
 これは、体の構造に詳しい者……医学に携わる者が犯人ですね」
「……って、そんなことを考えてたのか?」
「はい」
「馬鹿が。まだ早い。お前は巡査。刑事としての仕事は、まだまだ先だ。
 今の自分の仕事をこなしてからじゃないと、先に進めないぞ。
 もっと街の人の心を知れ。そして、街の人を守る気持ちを高めろ。
 そうすれば、将来にも役に立つから。だから、今は駄目」
「私は、親父の思いを大切にしただけです。こういう輩を鎮めたい。
 ただ、その思いが強いだけです」
「解ってるよ。でもな、自分を守れない奴には、守られたくないからな。
 それは、誰でも思うことだよ」
「先輩……」
「だぁかぁらぁ〜」

そう言いながら、樋上は春樹の手から新聞を取り上げる。

「さっさと帰れ。ここ一週間、夜遅かっただろうが。たまには、芯くんと
 食事しろよ。そして、ちゃんと会話してあげろ」
「そうですね…では、お言葉に甘えさせて頂きます」
「おう、お疲れ」

春樹は、奥の部屋へと入っていった。その直後、広瀬が巡回から戻ってきた。

「平和だな」

そう言いながら、椅子に腰を掛けた広瀬は、樋上の手にある新聞に目が留まる。

「管轄外で良かったな」
「それでもな、組事務所がある管轄は、気を付けろと言われている」
「あの組は、大丈夫だろ。そんなに大きくないし…」
「真北の目が光ってるからか知らないけどな、目の届かない所では
 何をしているか、解らないって」
「そうだよな…。まぁ、一応、様子は見てるけど、今のところは動いてないな」
「怪しい動きがあったら、連絡しろよ」
「解ってるって……。で、真北は?」
「奥。帰らせるよ」
「そうだな。芯くん、寂しそうに帰宅してたし」
「ん? 何か遭ったのか?」
「さぁ」

春樹が奥の部屋から出てくる。

「それでは、先輩、お先に失礼します。お疲れ様でした」
「お疲れ。何もせずに、無事に静かに帰れよ」
「心得てます!」

春樹は笑顔で応えて、派出所を出て行った。

「口癖になってるぞ、樋上」
「………ほんとだな…」

二人は、微笑み合っていた。

「しかしまぁ、あの事件。それ程大きく取られなくて良かったよ」

樋上が背伸びをしながら言った。

「そりゃぁ、なぁ。見物人も少なかったし、何より、真北の腕…だな」
「特別扱いされているのは、解っていたが、肌で感じたよ」
「…刑事になったら、あいつ…更に恐いだろうな。…あの時のあいつらの姿。
 俺達が停めなかったら、原型を留めてなかったろうな」
「そうだな。…いくらなんでも、あそこまで激しくしないよな」
「しかし、闘蛇組は、諦めていないだろ?」
「そのようですね」

樋上と広瀬は、顔を見合わせ、真北の事を心配していた。




春樹は、自宅に通じる道を曲がった。

「…芯、どうした?」

自宅の前に芯が俯き加減に立っていた。声を掛けられた芯は、顔を上げ、振り向いた。

「お兄ちゃん!!」

芯は春樹に向かって駆けてくる。そして、体にしがみついた。

「お帰りなさい」
「只今。どうした? 家に入らないのか?」
「お兄ちゃんを待ってた」
「待ってた?」
「うん」

そう言って、見上げる芯の表情は、とても輝いていた。

「ったく」

春樹は、芯の頭を優しく撫で、そして、抱き上げて頬にキスをする。

「お母さんは?」
「台所」
「夕飯の用意か?」
「うん」
「よぉし、今日は、俺が作るとするかっ!」
「ほんと? やったっ!!」

春樹と芯は家の中へと入っていった。
春樹は、その足でキッチンへと入っていく。

「ただいま帰りました」
「…おや、早いねぇ〜。クビ?」
「…おふくろぉ〜それは、ないでしょうがぁ。久しぶりに早く帰って来たのに」

春樹はふくれっ面になりながら、芯を床に降ろした。

「お母さん、今日のご飯、お兄ちゃんが作るって」
「あららぁ、明日は雪でも降るのかなぁ〜」
「………あのね…」

春樹の言葉に、春奈は笑っていた。

「じゃぁ、よろしくね」
「えぇ。着替えてから直ぐに」
「僕も行く!!」
「って、芯」
「たくさんお話したいことがあるんだって」

春奈が言った。

「それで、外で待ってた?」
「毎日、待ってたんだよ。春樹は遅くなるって言ってるのにね」

春奈の言葉に、春樹は、嬉しくなる。
最愛の弟が、毎日のように自分の帰りを待っていたとは…。

「ありがとな、芯。でもな、体が弱いんだから、あまり外で待つのは
 良くないよ。倒れたら、心配するだろう?」
「でも…」
「早く帰る日が決まっていれば、いいんだけどな…。じゃぁ、芯が帰る時間に
 家に連絡入れるよ。帰る時間をな。そうしたら、外で待たなくてもいいだろ?」
「前みたいに、帰りに寄ったら駄目?」
「そうだなぁ。寄り道になるだろ? 緊急の用事の時以外は、駄目」
「解りました」

しょんぼりとした表情で、芯は応えた。

「……ったく…寂しがり屋。お母さんが居るだろう?」
「でも、お兄ちゃんとたくさん話したいもん…」
「よっしゃぁ〜。芯が起きてる時間に帰るように仕事頑張るよ。
 それでいいか?」

芯の表情が明るく変わる。

「うん!! お兄ちゃん、着替えよう!」
「おっしゃ」

春樹と芯は、二階へ上がっていった。仲の良い兄弟を見つめていた春奈は、温かく微笑んでいた。

あなた…見てますか?


春樹の部屋。
春樹が着替えている間、芯は、学校での話を尽きることなく語っていた。春樹は、優しく応えながら、芯の話に聞き入っていた。その語り方で、学校でも楽しく過ごしている事を悟る春樹だった。
久しぶりに春樹が作った食事。真北家は、幸せも噛みしめていた。




橋病院・雅春の事務室。
芯の定期検診の為に、春樹も来ていた。芯が検査をしている間、手の空いている雅春と語り合う春樹。その会話の中には、例の極道界で起こっている事件も含まれていた。

「それは、言えてるな…。数名の遺体を確認したけど、確かにそうだ。
 一斬りで、致命傷。…極道界の者なら、詳しいと思ったんだが、
 そうじゃないのかもな。………って、真北、お前が手を出すことか?」
「まだ駄目だと言われたけどな、気になったからよ…」
「まぁ、お前の頼みなら、気を配ってみるけどな。…早々居ないぞ、
 そんな怪しそうな奴は。それに、卒業生は、全員医者だしよぉ。
 極道の世界に居る者は、居ないはずだ」
「医者でも、裏で手を組んでいるかもしれないだろう?」
「そこまで調べたらプライバシー侵害だ。俺が捕まる」
「……って、捕まりそうな手を使ってる奴が、何を言ってるっ!」
「それとこれは、別だろが」
「ったく、本当に、気を付けろよ」
「心得てまぁす!」

事務室のドアがノックされ、芯が入ってきた。

「終わりましたぁ」
「芯、お疲れ。どうだった?」
「全部合格だった!」

嬉しそうに検査結果の用紙を春樹に見せる芯。春樹は、じっくりと眺め、そして、雅春に渡す。

「あと三ヶ月続けば、検査の期間も少なくなるぞ。よかったな」
「うん!! あっ、橋先生が呼んでました」
「そっか、講義の時間だっけ。解った。ありがとう」
「帰ろう、お兄ちゃん」
「そうだな。じゃぁ、橋。よろしくな」
「無茶すんなよ」
「解ってるって」

春樹は、芯と一緒に事務室を出て行った。雅春は、講義の準備をしてから、事務室を出て行く。
春樹の言葉が、脳裏に過ぎった。

それらしい奴を教えてくれ。

「……ったく、そんな面倒な事に俺を巻き込むなよな…。俺のこの腕は、
 お前の怪我を治すためだけのもの。その為には、たくさんの経験を積んで
 身につけないとな……。…でも……それらしい奴って、どう判断するんだ?!」

春樹に頼まれたものの、全く解っていない雅春だった。




道病院・事務室。
美穂がドアを開け、出てくる。

「失礼しました」

そして、書類を片手に歩き出す。廊下の向こうから、隆栄が歩いてきた。

「よぉ〜。迎えに来たでぇ」
「来なくてもいいって言ったでしょぉ。ちゃんと本部に行けるのにっ!」
「暇なんだもぉん」
「あのね……ったく。でも、まだ時間掛かるよ。もうすぐ、道院長の
 息子さんのライバルって医者が会議に来るらしいから、その資料を
 持っていくんだもん。…で、私も参加ぁ〜」
「……時間は?」
「さぁ」
「さぁって、美穂ちゃぁん」
「だから、来なくていいって言ったの」
「…引き返すのん、嫌やでぇ。庭を散歩しとくぅ」
「…隆ちゃん」
「ん?」
「その話し方、なんとかして……疲れる」
「慣れろって」
「……ったく、慶造くんが拳ぶつけたくなるのが解る…」

項垂れる美穂だった。

「じゃぁ、頑張ってなぁ」

隆栄は、美穂に背を向けて歩き出す。美穂も同じように背を向け、会議室へ向かって歩いていった。


隆栄が職員用の裏口のドアを開けようとした時だった。表から二人の男性がやって来た。隆栄は、ドアを開けて、二人を迎え入れる。

「ありがとう」
「いいえ」
「ありがとうございます」
「お疲れ様です」

後ろを歩いていた男性は、ドアを開けて待っている隆栄に深々と頭を下げ、隆栄を見つめた。

………!!!!

隆栄の背筋に冷たいものが走る。

「もしかして、道院長の息子さんのライバル?」

思わず口走る。

「ん?」

そう言われて歩みを停め振り返ったのは、橋雅春だった。雅春の後ろに付いてきたのは…。

「そうだけど…君は?」
「関係者というか、何というか…。道院長の弟子に当たる小島医師の身内です。
 どうぞ、よろしく」
「もう、会議室に?」
「そうですね。…その……長くなりますか?」
「なるかもしれませんね」
「そうですか…。まぁ、これからの医学に必要なことでしょう。
 頑張って下さい」
「は、はぁ…ありがとうございます。行くよ、原田くん」
「はい。失礼します」

雅春に付いてきたのは、原田まさだった。雅春の助手として連れてこられた様子。隆栄は、まさを見つめる。

「……君……どこかで逢ったっけ?」
「??? …あまり外出しませんので…人違いだと思います」
「そうだよな…。すまん。じゃぁ、君も頑張ってな」
「ありがとうございます」

雅春とまさは、奥にある会議室へ向かって歩いていく。隆栄は、そのまま外に出て、庭を散歩し始めた。
自分の手の平の汗に、ふと気が付く。

…汗……。何故だ?

じっと手のひらを見つめる隆栄の歩みは、いつの間にか停まっていた。



芝生の上に寝ころび、煙草をくわえて、ボォッとしている隆栄の側に、誰かが歩み寄った。

「あの……」

その声に、目だけを向ける隆栄。

「さっきの原田くん…だっけ」
「はい。先ほど、会議が終わりました」
「……って、美穂の奴、自分で来いって。何もこんなかわいい子を
 使いっ走りにせんでもなぁ〜。すまんな、原田くん」
「あっ、その……小島先生は、橋先生と話し込んでしまって…」
「やっぱり、そうなったか…。で、君は?」
「橋先生が、ゆっくりしてこいとおっしゃったので…。歩いていると、あなたの
 お姿を見掛けましたから。先ほど、会議の長さを気になさっていたので
 お待ちなさってるのかと思いましたので、声を掛けたのですが…。
 違いましたか?」
「ん〜その通りだよ。ありがと。会議室に居た?」
「……長引きそうですけど…」
「更にかいっ! まぁ、ええかぁ。…君も吸うか?」

隆栄は、まさに煙草を勧める。

「いいえ、私は吸いませんので。…それに、ここ禁煙です」
「……!!! そうだった……」

携帯灰皿を出し、慌てて煙草をもみ消す隆栄。

「俺が吸ってたって、内緒な」
「はい」

隆栄に笑顔で応えるまさだった。



「じゃぁ君は、橋先生のような外科医になりたいんだ」
「外科医と限定はしたくないんですが、人の運命を変えるような
 腕になりたいですね」
「運命を変える…か。……そう簡単に変えられないけどな、
 まぁ、がんばれよぉ」
「ありがとうございます。…その…あなたは…」

まさが隆栄に、何かを尋ねようとした時だった。

「原田くん、ここに居たのか」
「橋先生」
「帰りますよ。例の手術に間に合いませんからね」
「あっ! そうでしたっ!! それでは、失礼します」
「お疲れさん」

隆栄は、まさを笑顔で見送り、雅春には、軽く頭を下げた。まさは、隆栄に一礼して、雅春の後を追って走っていく。

「初々しいねぇ〜。美穂ちゃんも、あんな時期があったんかなぁ〜…いてっ!」

隆栄は、背中に何かが当たった事に気付き、振り返る。

「靴?」

自分が腰を下ろしている側に、靴が片方だけ落ちていた。視野の隅に写る人影。隆栄は、顔を上げた。

「…って、美穂ちゃんっ!」
「悪かったわねっ! 初々しくないって言われてたわよっ!」
「聞いてたんかい…」
「橋先生のお弟子さんと何を話していたん?」

美穂は、隆栄の背中に投げつけた靴を履きながら尋ねる。

「医者になった心得。まぁ、他に色々と話したけどな。真面目で
 素敵な青年だな」
「そうでしょぉ〜。橋先生と道院長と息子さんとの話についていける
 頭の良い子だったよぉ。橋先生、素敵なお弟子さんを持って
 嬉しそうだったなぁ〜」
「で、何の話?」
「例の事件。ほら、一太刀で人を倒しているという事件だよ。
 隆ちゃんの世界で起こってるでしょ。その犯人がね、医学の心得が
 あるんじゃないかって、橋先生の友人の警察官が気にしてるって。
 それで、協力を求めてきたから、その話」
「それなら、慶造から、桂守さんに話が来てたぞ。…情報、いるか?」
「いらない。そっちの情報って、結構深くて危ないもん」
「この病院に、そんな奴、居ないだろ」
「まぁね。でも、事件が起こってる地域は広範囲だから、橋先生は
 あちこちに協力を求めてるみたい。隆ちゃん、気を付けてね」
「あぁ。ありがと。…で、もういいのか?」
「長い事待たせたねぇ〜。帰ろう!」
「はいな」

隆栄と美穂は道病院の駐車場へ向かって歩き出す。

「なぁ、美穂ちゃん」
「ん?」
「健の奴、考えを変えたか?」
「全然。仕方ないでしょぉ。隆ちゃんが、大阪でお笑いを見せるから」
「大阪と言ったら、お笑いやろが。観ないと損だろ!」
「私は反対しないよ。健がやりたいようにやらせたいもん。それよりも、
 隆ちゃん。健に何を期待してるん? まさか、同じ道を歩ませるつもり?」
「せん。栄三が居るだろうが」
「栄三にも、させるの?」
「まぁ、それは、阿山次第だけどな」
「………って、なんでいっつも、そういう話になると、慶造くんが出てくるんよ!
 隆ちゃん、二人の父親なんだから、自分で決めなさいよぉ」
「俺だって、子供には、子供の思うとおりにさせてやりたいって。
 だけどな、健は兎も角、栄三は、俺の仕事に興味持ってるし、桂守さんにも
 色々と聞いて、結構、仲良しさんだろが」
「そうだけどさぁ〜」

子育ての話になると、熱く語り出す二人。その勢いのまま、帰路に就いたのだった。




まさは、その日の夜の講義を受けて、帰路に就く。
自宅マンションの前に停まっている車に気が付き、歩みを停めた。
車のドアが開き、一人の男が降りてきた。

「親分」
「どうだ?」
「相変わらずです」
「そうか」

短い会話の中に、それぞれの優しさが含まれていた。

「こんな時間まで講義か?」
「はい。医大には、休みなしですよ。実習が増えたら、それこそ、
 朝夜関係ないそうです」
「あんまり、無理するなよ」
「ありがとうございます」
「時間、あるのか?」
「明日は休みです」
「ちょっと付き合え」
「どちらに?」
「例の組。話を断ってきた」

天地は、車の後部ドアを開け、まさを迎え入れる。二人は車に乗った。

「断った……ということは、私の出番ですか?」
「…まぁ、そうなるかな。…情報、いるか?」
「ここに入ってます」

まさは、自分の頭を指さした。

「ったく…お前の許容範囲は、どこまであるんだ?」
「小規模の組の家族構成までですね。それ以上は…」
「って、あのなぁ〜。そこまで知る必要あるのか?」
「生き残りの家族にお礼頂くのは、遠慮したいものですから」
「……まさ…」
「はい」
「お前は、考えているのか?」
「お礼ですか? …誰にでしょう。私には、そのような相手居ませんが…。
 むしろ、お礼をもらう方だと思います」
「そうだな。…充分気を付けろよ」
「ありがとうございます」

まさ…やはり、あの日の記憶は失ってるのか…。

天地が思ったあの日。それは、まさの父が殺された日…そして、天地が、まさに初めて逢った日のこと。
天地は、まさを見つめる。

「それよりも、いつも持ち歩いてるのか?」
「万が一の事を考えて、身につけてます」
「そうか。…じゃぁ、そろそろだ」
「はっ」

まさの目つきが変わる。
医学生・『原田まさ』から、殺し屋・『原田まさ』へと変貌する瞬間。それは、長年、まさと過ごしている天地でさえ、恐怖を感じるほどのもの。車がスゥッと停まると同時に、まさは車を降りた。天地に目で合図する。

行ってきます。

まさの姿が消え、その後、暫くして銃声が響き、悲鳴が飛び交う。その間、車の後部座席に、目を瞑って座っている天地。何も言わず、ただ、聞こえてくる音に耳を澄ませているだけだった。
静けさが漂う。
天地が目を開け、車の外を見る。そこには、両手を真っ赤に染めたまさが立っていた。手にした細い二本のナイフを袖口にしまい込み、真っ赤な手から、スキングローブを取り外し、それに火を付け跡形を消す。燃え尽きたスキングローブをその場に残し、車は去っていった。

「…怪我…ないか?」
「容易いものでした」
「……そうか…」

そう言ったっきり、天地とまさは、何も話さなかった。


二日後。
橋病院・雅春の事務室。
雅春は、新聞を広げて、お茶をすすっていた。

「またしても、起こったのか…。…医学の技を殺しに使うなんて…
 許せないな…」

怒り任せに、湯飲みをテーブルに置いた。

事務室のドアが急に開き、一人の学生が飛び込んでくる。

「先生っ!!」
「なんだ、ノックもせんと」
「原田くんが、倒れました」
「何を無茶させたっ!」
「いつもと同じです。無茶はしてません!」

雅春は、学生と事務室を飛び出し、実習室へ向かって走っていく。
実習室にあるソファの上に、まさが寝ころばされていた。
息が浅い。
雅春は、まさの胸元のボタンを外し、診察をする。

「大丈夫だ。薬で治まる」
「そうですか…よかった…」

学生達の間に安堵のため息が漏れる。雅春は、まさのポケットから薬を取り出した。

「!!!!! ……橋…先生……」
「倒れたんだ。薬だよ」
「そうですか…すみません…」

ポケットを探られた気配で、まさは条件反射のように雅春の腕を掴んでいた。雅春は、まさの腕を外し、体の側に置いた。
その時だった。

「原田くん…」

まさの腕から手を離さない雅春。その手に感じるものがある。
腕に何かが付いている…。
雅春の仕草と表情で、まさは慌てたように手を払いのけ、雅春の手から薬を取り上げ、口に入れた。

「今日はいいから。自宅で休んでなさい。今日の実習は、原田君の
 身に付いていることだから、受けなくても大丈夫でしょう。…それとも
 自宅まで送ろうか?」
「一人で…帰れます」
「気を付けろよ」
「ありがとうございます。ご心配をお掛けしました」

まさは、立ち上がる。

「調子が戻るまで、休暇を取りなさい」
「しかし…」
「君なら、遅れを取り戻せるから」
「お言葉に甘えます」

そう答えて、まさは、実習室を出て行った。
雅春は、手に残る違和感に疑問を抱いていた。

あれって…まさか…。
そういや、原田君は夏でも長袖だったな…。
体が弱いから…そう言っていたが…。

まさが出て行った方を見つめる雅春。一方、雅春の表情が気になるまさは、自宅マンションへ入り、部屋のベッドに寝ころんだ。

仕事の後の酒が、まずかったか…。

休みだからといって、天地と一日、遊び回り、そして、飲んでいたまさ。体の調子が悪くなっていることにも気が付かないほどだった。

「ふ〜〜…」

長く息を吐いた後、そのまま寝入ってしまった……。



(2004.4.18 第三部 第六話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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