任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第三部 『心の失調編』
第六-a話 夜の静寂に顔を出す

小島家の庭。
隆栄が、片足を立てた形で縁側に腰を掛け、物思いにふけっていた。煙草の煙を吐き出し、一点を見つめている。くわえている煙草を指に挟み、立てた膝に腕をかける。

「……はぁ〜〜」

大きく息を吐いて、項垂れた。

「隆栄さん?」

声を掛けられても、項垂れたままの隆栄だが、返事はしていた。

「ん? …桂守さん。どうされました?」
「……それは、私の台詞ですよ。珍しいですね、そのように
 物思いにふけっているなんて」
「まぁ…たまには、いいでしょう?」
「たま…なら、よろしいんですが、何かありましたか?」
「優雅…どうしてるかなぁと思いましてね」
「優雅なら、すでに単独行動してますよ。それに、隠れる必要も
 薄れてきましたからね」
「それは、桂守さんもでしょう?」
「いいえ、私の場合は、期限が切れる頃に次を加えましたんで、
 恐らく未だに指名手配だと思いますよ」
「そんなこと、ありませんよ」
「東北の事件…あの襲撃、手口は私そのものだったので、その件でも
 手配されているようですね。…まぁ、原田の場合は、一般市民として
 扱われたようですけど」
「…一般市民…ね……」

隆栄は、短くなった煙草の火を指先でちぎり、吸い殻を庭に放り投げる。

「駄目ですよ、火事の元になりますから」

そう言って、桂守は庭に降り、吸い殻を拾う。

「桂守さん」
「はい」

隆栄に呼ばれて、優しい眼差しで振り返る桂守。その表情は月明かりに照らされ、輝いていた。

「本当に、この地下で身を埋めるつもりですか?」

隆栄の言葉に、桂守は暫く応えず、庭を見つめ、そして、ゆっくりと口を開いた。

「この庭…あの日の事、覚えておられますか?」

隆栄は、庭を見つめる。

「…あぁ、あの日ですか…。家の事情を全く知らず、地下に人がいることも
 全く感じなかった頃…。この庭で、ばったりと桂守さんに会いましたよね」
「私共は、隆栄さんの事は存じてましたから、驚きませんでしたけど…」
「俺は、滅茶苦茶驚いたって。見知らぬ人が庭の手入れしてるんだもん。
 それも真夜中に、人目を避けるような感じで」
「あの時は、本当に隆栄さんの気配を感じなかったんですよ。だから、
 警戒もせずに、手入れをしていた」
「誰? でしたね、第一声は」
「はい。……天から降りてきた庭師です…。その言葉を隆栄さんは暫く
 信じていた」
「だって、こういう夜中にしか、姿を見なかったんだから。本当だと思った。
 地下ことを教えられたのは、それから二年も経ってからだったなぁ。
 親父、おもしろがってたよな」
「えぇ」

隆栄は、夜空を見上げる。

「本当に、天から降りてきた感じだよ」
「…地から沸いた…が正解ですけどね」
「地下だから?」
「ふふふ。そうなりますか」

桂守は、隆栄の隣に腰を掛ける。

「…で、何か?」
「先日、美穂の仕事場に行っただろ」
「そうでしたね」
「そこで、出逢った医学生が気になってな」
「医学生?」
「えぇ」
「もしかして、例の事件に関わってると思われましたか?」
「………それは無い………何処かで逢ったような気がしただけだ。
 遠い昔に…」
「気のせいですよ」
「そうだといいけどな…」

沈黙が続く。

「……あの子…どうなったんだろうな」
「あの子とは?」
「…いや、何も…。……で、桂守さん」
「はい」
「どうされました?」
「…天から降りてきた庭師ですよ。そろそろ手入れも必要でしょう?」
「そうですね」
「それより、明日の四代目の行動、大丈夫ですか?」
「ん? …あぁ、大丈夫だって。猪熊が居る」
「修司さんの腕を頼ってばかりだと、腕が鈍りますよ」
「それはないさ」

隆栄は、はにかんだような笑みを浮かべて、目線を落とした。
側に置いている煙草の箱から、一本取り出し、火を付ける。吐き出す煙が天に昇っていく。

「阿山の想いが達成されるのは、いつだろうな…」
「まだ、始まったばかりです。それに、全国を束ねるには、それなりの
 対応も必要になりますよ。敵は大人しく、はいと言わない連中ですから」
「だからって、攻撃するのは、良くないよな」
「はい」
「でも、相手が向けてきたら、そう出るしかないと思うよ」
「そんなことをしていると、いつまでも終わりません」
「解ってる。……俺だって、向けた。だから…向けられても仕方ないと
 思っているさ…。……恐らく、向けられた時、この手を止めてしまうんだろうな…」
「……あの時、あの原田は停めましたね」
「……あぁ。……そういう繰り返し…早く終わらせたいよ…」

隆栄の声は震えていた。

「隆栄さん」
「ん?」

俯き加減に返事をする隆栄は、桂守の腕に包み込まれていた。

「ご無理なさらないでください。四代目と関わるようになってから、
 隆栄さんは、休まれたことございません。…それは、お父上も
 気にしておられました。…いつか、無茶をするだろうと」
「しないって」
「そうですか?」
「えぇ。…それと…」
「はい?」
「包み込まれるのは、女がいいな…」
「すみませんね、男で」

そう応えた桂守は、隆栄を包み込む腕に力を込め、抱きしめた。

「って、あのなぁ〜っ!!」
「冗談ですよ」

桂守は手を離し、庭に降りていった。そして、庭の手入れを始める。その様子を隆栄は眺めていた。

懐かしいな…。

この庭で、桂守と初めて逢ったあの日から、桂守が『天から降りてきた』時、必ず、その手入れっぷりを眺めていた隆栄。物心付いた時から、心を和ませる為に、こうして夜中に一人で庭を眺めていた。
何もかも忘れて…。

隆栄は、煙草をもみ消し、携帯灰皿に入れる。そして、引き戸にもたれ掛かり、桂守の手入れを眺め続けていた。

いつか…きっと……。

新たな煙草に火を付ける……。




猪熊家・リビング。
あの日以来、修司が夜に呑むアルコールの量が増えていた。次の日の仕事に支障が出ることを心配する三好は必ず付き合って呑んでいた。

「そろそろ終わりですよ」

三好が声を掛ける。

「あと一本」
「私が春子さんに怒られます」
「…もう、怒らないさ…」
「それでも、終わりです」

強く言って、三好はグラスを取り上げた。

「ちっ。けち」
「明日は、あの組との会合ですよ。アルコールの臭いを四代目に
 指摘されないようにしておかないと…」
「大丈夫だって」
「それでも、気を引き締めてください」
「…ったく、三好」
「はい」

キッチンで片づけをし始めた三好は、振り返る。

「口うるさくなったな。まるで、春ちゃんだよ」
「ご一緒していた時間が長かったからでしょうか…。修司さんを
 心配する気持ちが解っておりますから、同じように………」

そこまで言って、三好は、自分の発言に口を閉じる。

「すみません…」
「気にするな。…春ちゃんの事、忘れないでくれよ」
「忘れられませんから…」
「……まさか…お前…」
「それは、絶対にありません!!」
「そりゃそっか…」
「当たり前です!!!」

三好の慌てた様子を見て、笑い出す修司。それにつられて、三好も微笑んでいた。

「いつもありがとな」
「これが、私の仕事ですから。…でも、仕事として与えられなくても
 こうして、お世話をかって出ていたと思います」
「慶造の命令なしでか?」
「はい。どうしてと聞かれますと、応えられませんが、私の何かが、
 そうさせるのでしょうね」
「さぁな」

と応えながら、修司はソファで眠りに就こうとする。

「駄目ですよ!! そこで寝ると体に悪いですから」

三好の言葉に耳を傾けず、修司は、そのまま寝入ってしまった。

「………ったく……」

三好は布団を持ってくる。そして、修司の体にそっと掛けた。

「お疲れ様でした」

リビングの電気を消し、三好は、静かに出て行った。

春ちゃん……。

修司の心は、何かに捕らわれたまま…?




まさのマンション・寝室。
まさは、深い眠りに就いていた。
まるで何かを忘れるかのように……。

カーテンの隙間から、朝日が射す。その朝日は、まさの顔に届いている。それでも目を覚まさないまさ。


雅春は、明け方まで手術を行っていた。

「お疲れ様でした」
「術後の管理は、しっかりとお願いします」
「はい」
「事務室に居る」
「はい」

雅春は、疲れを見せながらも、しっかりとした足取りで事務室へと向かって行く。

ソファにドカッと腰を下ろし、お茶をすすりながら、朝刊に目を通す。友人の春樹が気にしていた事件の続報が書かれていた。背もたれにもたれかかり天を仰ぐ雅春。そのまま、ソファに寝転んだ。

お茶が冷め、事務室の外を人々が行き来する頃、ふと目を覚ます雅春。

そういや、渡すの忘れたよな…。

雅春は急に立ち上がり、一冊のファイルに目を通す。あるページで手が止まった。

一人暮らし…か。大変だろうな。

出掛ける準備をし、何かを紙袋に入れ、そして事務室を出て行った。

『外出中』

事務室のドアに、札が掛けられた。



(2004.4.18 第三部 第六話 続き UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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