任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第四話 つかの間のひととき

天地山の麓にある小屋。
ここは、まさが静養の為に住んでいる場所……。

まさは、ソファにくつろぎながら、医学書を読んでいた。それは、まさの親分である天地が購入したものだった。
まさはページをめくる。
呼び鈴が鳴った。
まさは、顔を上げ、時刻を確認する。ちょうど、かおりが帰宅する時間。学校の帰り道のため、必ず、この小屋に寄って、まさと一時間ほど楽しく過ごした後、帰宅する。
それが、かおりの日課になっていた。
まさは、覗き窓から、呼び鈴を押した人物を確認した後、ドアを開ける。

「お帰り、かおりちゃん」
「まさ兄ちゃん、ただいまぁ。今日ね、図工の時間で絵を描いたの!」

手に持っている画用紙の筒を嬉しそうに広げるかおり。画用紙に描かれているのは、白衣を着た医者の姿をした男の人。

「上手い……」

まさが呟く。

「…かおりちゃん、上手だね!」
「これ、まさ兄ちゃんにあげる!」
「えっ、俺に?」
「これ、まさ兄ちゃんだもん」
「俺なんですか…」
「はい!」

嬉しそうに差し出すかおり。まさは照れながらも、かおりから絵を受け取った。

「ありがとう」
「えへ! よかった」
「ん?」
「そのね……まさ兄ちゃんが、いらないって言ったらどうしようかと
 思ったの。…だって、私が描いた絵だもん…」
「クラスのみんなは、何を描いていたの?」
「家族がテーマだったの」
「家族?」
「だって、まさ兄ちゃんは、私のお兄ちゃんだもん!」

兄……ね……。

かおりの言葉が嬉しかったのか、まさの表情は、弛んでいた。

「まさ兄ちゃん」
「はい」
「今日も、お勉強…みてくれる?」

無邪気な表情で話しかけてくるかおり。

「いいよ。どうぞ、お姫様」
「お邪魔します」

まるで自分の家のように上がってくるかおり。そして、ソファの前のテーブルに教科書とノートを並べ、まさに宿題を見てもらうのだった。


その夜。
まさは、小屋から少し離れた所にある温泉小屋へと足を運んでいく。辺りに誰も居ない事を気配で察し、そして、温泉小屋へと入っていった。

「ふぅ〜〜」

湯に浸かったまさは、体に残る傷跡に自然と手を運ぶ。
あの日の事を思い出す。

小島隆栄………。次こそ……!!

まさの思いは、日々強くなっていく……。

温泉小屋のドアが開く。まさは、慌てて振り返った。

「親分!」
「この時間だと、ここだと思ってな。どうだ、調子は?」

そこには天地が立っていた。

「かなり良くなりました。ありがとうございます」
「動きの方は?」
「まだ、以前のように動くには難しいですね…。すみません」
「気にするな」

まさと話しながら、天地は服を脱ぎ始める。
背に現れる龍の彫り物。まさは、見つめていた。

「一緒にいいか?」
「はっ」

まさは、湯船の隅へと体を動かす。
龍が、湯に浸かった。両腕を広げ、ゆっくりとくつろぐ天地は、まさに目をやる。

「毎日、学校帰りに来るんだってな」
「かおりちゃんですか?」

天地は微笑んだ。

「やっぱり、お前に惚れてるなぁ。……お前はどうなんだ?」
「かわいいですよ」

まさも微笑んでいた。

「親分、聞いてもいいですか?」
「なんだ?」

湯で顔を洗いながら応える天地。

「俺にも、あのような頃が、あったのでしょうか…」

尋ねてはいけないのではないか…そういう表情をしながら、まさは言った。天地は、肩まで湯に浸かり、大きく息を吐き、

「どうだろな…」

静かに応えた。

「昔の事…覚えていないのか?」
「覚えてます。だけど、自分の事は全く………」
「俺の所に来た当初は、俺の言葉を素直に聞く、良い子だったぞ」
「……って、今は悪い子のような言い方じゃありませんか!」
「違うのか?」

そう言って、まさを見る天地の目には、
『標的は生きているだろ?』
と訴えている…。

「悪い子ですね…すみません…」

思わず湯に潜り込むまさだった。
湯から目だけを出して、恐縮そうに見つめるまさ。

「…ふっ…。そういう所は変わらんな」

ビシャ!

天地は、まさに湯を掛けた。
湯から顔を出し、姿勢を戻すとまさは、湯から上がる。

「親分、久しぶりに、背中を流しましょうか?」
「おぅ、よろしく」

龍が、勢い良く湯から飛び出した。



天地山の頂上に、湯上がりの天地とまさが居た。
夜空に満面と輝く星を、二人は何話すことなく眺めていた。
まるで、親子のように…。

「なぁ、まさ」
「はい」
「夏には出るのか?」
「そうですね。夏が終わる頃に行こうと思ってます。…都会は暑いですから」

そういうまさの声には、途轍もない優しさが感じられる。

「阿山組の動きが、更に激しくなってるらしいな。そして、傘下に
 なろうとする組も増えてるらしいよ。……黒崎が連絡くれた」
「向こうから縁を切ったというのに…連絡を?」
「あぁ。末端の連中の動きが気にくわないらしいな。それに対して
 何もしない阿山慶造の事も…な」
「あの阿山慶造が、何もしない訳ありませんよ。奴こそ、何を考えているか
 解らない奴でしたから。…一体、何を秘めて、四代目の地位に居るのか…」
「不思議な奴だよな。息子の命を奪われたというのに、何も仕掛けてこない」

天地は、寝転んだ。

「親分…」

天地の寝息が聞こえてくる。

「………こんな所で寝入ると、風邪を引きますよ!!!」

上着を急いで脱ぎ、天地の体に優しく掛けた、まさだった。

夏が終われば、また、離れますから…。

まさは、再び星空を見上げた。

都会じゃ見る事、出来ないな〜。

天地と同じように寝転ぶまさだった。







猪熊家・稽古場。
一人の男の子が、壁に飛ばされ、背中からぶつかる。そして、床に転がった。
男の子は、顔を上げる。口元から血が滴り落ちていた。それを拭い、立ち上がるが、直ぐに跪いてしまった。

「剛一、手当て」
「はっ」

道場の隅に並んで座っていた男性の一人が立ち上がり、男の子に駆け寄っていく。

「いい…」
「八造、これ以上は無理だ」
「嫌だ。兄貴、離せ!」
「うるさい」

剛一は、半ば強引に八造を連れて道場を出て行った。
修司は、大きく息を吐き、道場の隅に居る次男の武史たち、そして、阿山組組員達を見つめた。

「次、誰だ?」

修司の声に、誰もが目を反らす。
……ここのところ、修司は、滅茶苦茶機嫌が悪い………。
そこに八造の『家を出る』の話。火に油を注いだ結果となったのだった。

「……誰も来ないのか? …ならば……」
『次は俺だ』

修司は、入り口に目をやった。そこには、隆栄が立っていた。

「小島っ! お、お、お前……」
「猪熊、驚きすぎ」

隆栄が道場へ入ってくる。

「次って、小島ぁ。体は……!!! って、危ねぇなっ!!!」

隆栄は、修司に蹴りを繰り出していた。修司は、それを避けながら、壁際に追い立てられる。
隆栄は、チャンスだとばかりに、口元をつり上げた。そして、拳を差し出す。

「!!!」
「あまいな……」

修司は、隆栄の拳を受け止めていた。そして…。

「って、親父っ!!!」

八造の手当てを終えて、道場に戻ってきた剛一が、隆栄に拳を差し出し続ける姿を見て、慌てて止めに入る。修司を羽交い締めにする剛一。その剛一の顔面に……。

「うわっっ!!! すまん、剛一ちゃん!!!」
「おじさん……まだまだですよ」

剛一は、顔面まであと数ミリというところで、隆栄の腕を掴んでいた。

「…あのなぁ。親子揃って本気になること無いだろが!」
「そう言うお前こそ、何もここに来なくても、四代目の所に顔は出したのか?」
「居ないんだよ」

ふてくされたような言い方をして、服を整える隆栄。

「居ない? 今日は、予定が無いから本部から出ないって言ってたぞ」
「じゃぁ、どこに居るんだよ」
「……小島……」
「ん?」
「…拗ねてないか?」
「い?!??」

修司の言葉に驚く隆栄は、目を見開いていた。

「…小島?!」
「…猪熊の言葉とは思えなくてな」
「ん?」
「まぁいい。…で、八っちゃん、未だに諦めてないのか?」
「そうだな。あの日以来、月一だ」

…と言いながら、修司は、隆栄に拳を差し出す。

「だから、親父っ! おじさんは未だ…」

修司の拳をしっかりと受け止めていた隆栄は、いつものように軽い口調で、

「大丈夫だって。俺、復帰してるから」

と応える。

「それでも、親父の一発は強いですよ!!」
「手加減してるって、俺、復帰したてだもぉん」
「……あのねぇ……ったく、おじさんは…」

隆栄は微笑んでいた。

「四代目が居ないって、よく探したのか?」

修司が話しを切り替える。

「いいや。四代目の部屋に、リビングに…庭…それと……」
「どこか忘れてるって。姐さん、居たのか?」
「笹崎さんとこにも居なかった」
「そこまで寄って、一カ所忘れてる」
「ん??????」

修司の言葉に首を傾げる隆栄だった。



修司と隆栄、そして剛一、三好が猪熊家を出て来た。そして、とある場所へと向かっていく。



木々の緑が覆い尽くす公園。木々の葉に日差しは遮られ、涼しげな場所。そこでは、子供達が元気に走り回り、母親達が、元気に走り回る子供達を優しく見つめていた。
少し離れたベンチに腰を掛ける夫婦が、公園の様子を眺めていた。
慶造とちさとだった。
二人は何話すことなく、公園の様子を見つめているだけだった。
心を和ませている…。

「…ねぇ、あなた」
「ん?」
「まだ、続くのですか?」
「終わりが中々見えなくな…」
「私で良ければ、お手伝いしますよ?」
「ちさと?」

慶造は、ちさとを見つめた。
心を和ませる程の素敵な笑顔…。
慶造は、何かを誤魔化すかのように、目を反らす。

「もう、大丈夫です」

力強く言うちさと。

「笹崎さんところで働くのが嫌なのか?」
「違います! ただ……」

あなたが心配で……。

慶造は、ちさとの思いを解っていた。しかし、ちさとをこれ以上、巻き込みたくないという思いから、わざと、その思いに気付いていない振りをしていた。
慶造の表情が変わる。

「お前らなぁ、ここで、そんな雰囲気を醸し出すな。乱れる」
「そんなぁ〜ん、つれないなぁ〜〜。俺との仲だろぉん?」
「気ぃ抜ける…やめれ……」

呆れたように、項垂れる慶造の側には、隆栄が立っていた。


隆栄、修司も、慶造と同じようにベンチに腰を掛けていた。そして、公園の様子を眺めている。剛一とちさとが子供達の相手をして遊んでいた。三好は、何気なく辺りを警戒している。

「なぁ、阿山」
「ん?」
「もう、作らないのか?」
「…そうだな。あのような思いは、二度もしたくない」
「解るけど……解るけどさぁ、ちさとちゃん、笑顔じゃないかよ。…それでもか?」

隆栄の尋ねる事に、慶造は暫く応えなかった。

「………あぁ」

静かに応えた。

ちさとと剛一が、駆けてくる。

「すみません、あなた」
「楽しんだか?」
「はい」

ちさとの笑顔は、輝いていた。

「そうだな」

隆栄が意味ありげに呟いた。

この笑顔を失いたくない……。


たくさんの足音が公園に近づいてくる。
三好は警戒態勢に入り、修司と隆栄は、慶造を守るように立ちはだかる。慶造は、ちさとを守る体勢に入り、剛一が二人の背後を守るように立った時だった。

「四代目っ!!!」

阿山組の幹部・川原と飛鳥、そして、それぞれの組員がかなりの人数で公園に駆けつけてきた。

「こちらでしたか!! 猪熊さんと小島さんもご一緒でしたか…。
 安心致しました」

安堵混じりの川原の言葉に、修司の怒りが爆発する……。

「けぇいぃぃぞぉぉぉうぅぅぅ〜〜っ。お前なぁ〜〜〜っ!!!」
「って、うわっ、修司、やめろぉっ!! ここは、公園っ!!!」

修司を停める三好たち。しかし、それは、ちょっぴり遅く………。
修司の拳は、慶造の腹部に決まっていた………。



阿山組本部・リビング。
慶造、ちさと、そして修司と隆栄が、ソファに座り、お茶を飲んでいた。そこへ、三好がお茶菓子を持ってくる。

「剛一君は?」

ちさとが尋ねた。

「自宅へ。八造くんが心配だと言いまして…」
「修司、お前、八造くんに、何をしたんだよ!」

三好の言葉に慶造が言った。

「家を出る! …だよ。いつものことだ」

呆れたような言い方の中に少し嬉しさが含まれている。それを悟ったのか、慶造は微笑んでいた。

「それで、どうなんだ?」
「少しは上達してるよ。でも、まだまだだな」
「手加減無しか?」
「八造の為にならんからな」

そう言って、お茶をすする修司だった。

「八っちゃんは、家を出て何をするつもりなん?」
「さぁ、それは、聞いてないな。…健ちゃんは、どうなんだ?」

何かを思い出したように修司が尋ねる。

「今は、何も言ってこないけどな、不意を突かれそうだから、
 家ではのんびりできへんしぃ〜」
「小島の思いはどうなんだよ」

慶造が尋ねると、少し嬉しそうに隆栄が応える。

「俺? まぁ、応援するだろうな。でも、……おもしろいのか、解らん」
「桂守さん達は、おもしろがってるんだろ?」
「そう言うけどな。…俺としては、桂守さん達の心が少しでも和めるなら
 それだけでいい…そう思ってるんだけどさ。それが、世間に通じるのか…」
「そこが心配なんだな、小島」
「……まぁな」

慶造の優しい言葉に、隆栄は嬉しそうに微笑み、そして、それを誤魔化すかのようにお茶を飲み干す。

「三好ぃ、おかわり」
「はいっ!」

素早く新たなお茶を差し出す三好だった。そのお茶を取り上げる修司。

「猪熊ぁ!」
「三好、こいつに差し出さなくてもいいっ!」
「あっ、その……」

なぜか睨み合う修司と隆栄。その雰囲気に三好はたじたじ……。

「修司、何に怒ってるんだよ」
「………解らん」

いつにない、いい加減な修司の言葉に、慶造達は、項垂れた。

「大丈夫か、修司?」
「大丈夫だけどなぁ〜」
「あまり、小島と過ごす時間を増やすなよ」
「あぁ、気を付ける」

息の合った二人。それには、流石の隆栄もふくれっ面になる。

「どういう意味だよ、阿山っ!」
「そういう意味だよ。解ってて聞くな」
「うがぁ〜っ!!!!」

妙な雄叫びを上げる隆栄だった。
そんな三人のやり取りを側で見ていたちさとは、懐かしい雰囲気を楽しんでいた。

あの頃と変わらないわね……。

安心するちさとだった。




なんやかんやと文句を言いながらも、隆栄の復帰を喜んでいる慶造は、ちさとの思いもあって、時々、組関係の会食に、ちさとと一緒に顔を出していた。
強面の男達の集まる会食に、一輪の華が咲いたように、その場に笑顔が増えていた。

阿山組との会食は、この世界で生きているということを忘れさせてしまう…。

そのような噂が、極道界に広まっていく。
それと同時に、恐ろしいまでの阿山組の行動も……。

笑顔を選ぶが、血を選ぶか。

究極の選択にまで迫られる極道界に生きる男達。それは、阿山組を中心に日本中へと駆けめぐり始めた。
笑顔を選んだ者は、今までと変わりない日々を過ごしているが、血を選んだ者への攻撃は、それは、想像も絶するほどの………。



そんな日々が続き、夏になる。

緑が美しい天地山。
その天地山を後にする男が居た。

「………まさ兄ちゃん」
「かおり、まさちゃんは、医学の勉強に行くんだから、そんな顔しないの!」
「でも……」

今にも泣き出しそうなかおり。
まさが再び、『医学の勉強の為』と称して、天地山から関東へと向かう日がやって来た。その見送りに、天地と満、登、そして、里沙とかおりが天地山最寄り駅に来ていた。

「まさ兄ちゃん……」
「大丈夫だよ。月に二日は帰ってくるから。体の事で、休みを取った分、
 勉強が遅れてるからね…。かおりちゃん、泣かない」
「だって……」
「ったくぅ」

そう言って、まさは、かおりを抱き寄せ、頬に軽く唇を寄せた。

「ちゃぁんと勉強するんだよぉ。宿題は、湯川のお兄ちゃんが
 見てくれるって」

あ、兄貴ぃ〜。

まさの言葉に顔が引きつっている満。

「兄貴、時間ですよ」

まさと一緒に関東へ向かう京介が言う。

「はいよ。では、かおりちゃん、行ってきます!」
「うん。まさ兄ちゃん、気を付けてね」
「はい」

まさは、笑顔を見せていた。そして、天地を見つめる。

「がんばれよ」

天地は、短く言った。
まさは、深々と頭を下げ、京介と一緒に改札を入っていった。
ちらりと振り返るまさ。
かおりが、寂しげな表情をしている。
まさは、かおりに手を振った。その仕草が嬉しかったのか、かおりは、笑顔を見せ、手を振り返していた。
まさの姿が見えなくなった。
天地達は、駐車場へと向かい、そして帰路に就いた。


列車に揺られながら、まさは、窓の外を流れる景色を見つめていた。

「兄貴」
「ん? ありがと」

京介は、まさに珈琲を差し出していた。

「何も、こんな所で煎れなくても…」
「そうですか? 結構、おもしろいでしょう?」

嬉しそうに言いながら、珈琲セットを片づけ始める京介。

「まぁな。……で、本当にいいのか?」
「親分に許可頂きましたから。それに、心配ですし……」
「気を付けるさ…」

静かに応えて、珈琲を飲むまさは、再び、窓の外を見つめていた。

変わらないな……。


京介が、眠りに就いた頃、まさは、そっと席を外す。
車両の継ぎ目の場所へやって来たまさは、目深に帽子を被っている一人の男の隣に立った。

「もう、大丈夫なのか?」
「まぁな。お前こそ、変わりないようだな。優雅」

帽子の下からちらりと目線を送る優雅は、にやりと微笑んでいた。

「それで、状況は変わらずか?」

まさは、さりげなく尋ねる。

「まぁ、勢力は変わらないけど、関西勢が顔を出し始めてるよ。
 そして、あんたの気にする組は、不思議な行動を始めたさ」
「不思議な行動?」
「その世界から遠ざけていた奴を連れて回ってる」
「姐さんを?」
「あぁ」

客室のドアが開き、乗客が二人出てきた。まさと優雅は、口を噤み、乗客が居なくなるまで、他人を装っていた。

再び、二人っきりになる。

「何を考えているんだ?」
「そこまでは、解らない」

知っている事を敢えて応えない優雅だった。

「……あの男は、どうしてる?」
「あんたと同じように復帰してるさ。……やるのか?」

まさは、窓の外を眺め、暫く何も言わなかった。
そして…、

「あぁ」

静かに応えた。
優雅は、茶封筒を一つ、まさに差し出した。

「ん? 何も頼んでないぞ?」
「小島隆栄の情報だよ。必要かと思ってな」
「金は払わないぞ」
「俺からの復帰祝いだ。じゃぁな。連れが目を覚まして探してるぞ」

まさは、客室の自分の席を見る。京介が、まさの姿に気付き、急いで席を立って近づいてくる。

「ありがとな」

優雅は客を装って、その場を去っていった。

「兄貴っ!」
「すまん。ちょっと背伸びをしに立っただけだ」
「ったく……」
「京介、疲れてるのか?」
「すみません。寝入っておりました…。以後気を付けます」
「気にするな。戻るぞ」
「はっ」

二人は席へと戻っていく。列車は、ちょうど駅に着いた所だった。乗り降りする客を眺めるまさ。客の中に優雅の姿を見つけた。優雅は、まさの目線に気付きながらも、その駅のベンチに座っている怪しげな男の側に座った。そして、何気なく、その男に何かを渡し、すぐに去っていった。
男は、渡された物を確認し、素早く去っていった。

忙しい男だな…。

フッと笑みを浮かべたまさは、気になったのか、優雅にもらった茶封筒を手に取り、中身を確認する。

「兄貴、何ですか?」
「ん、ちょっとな」

そう言って、中に入っていた書類を何枚かめくる。そこに書かれているのは、あの事件の後からの、小島隆栄の行動だった。

「兄貴、それは……」
「あぁ、優雅にもらった」
「いつ接触しておられるんですか?」
「秘密」
「…それにしても、細かいですね。…これなんか、内部の人間しか
 知らないような情報でしょう?」
「そうだな……。優雅も怪しい男だが、秘密は守る奴だからな」
「そうですね。頼りになります」

書類を封筒に入れ、懐へとしまい込むまさは、体勢を崩す。

「ちょっと寝る」
「はっ」

まさは、すぐに寝息を立てて眠り始めた。

兄貴、決して無茶だけはしないでください…。

まさを見つめる京介の目は、凄く心配している様子が、現れていた。

ドカッ……。

「お前も寝ろ」
「すみません……」

眠ったと思われたまさは、京介の思いに気付いたのか、軽く拳をお見舞いしていた。拳を受けた腹部をそっとさすりながら、京介も眠りに就く……。




夏の終わり。
まさは、医学の勉強に励んでいた。
自分の所に戻ってきたまさを、優しく迎え入れた雅春は、早速、まさの腕を試し始める。
手術に立ち合わせ、そして、メスを持たせる。
そのメスさばきは、鈍っていなかった。
雅春は、安心する。

術後の打ち合わせの為に、雅春は事務室へ、まさを招き入れた。

「ありがとうございます。いただきます」

差し出されたお茶に手を伸ばし、一口飲むまさ。

「どうだ? 考えてくれたのか?」

雅春の口からは、聞き飽きるほどの言葉が出てくる。もちろん、まさは、

「何度も申しておりますが、私には向いておりません」
「そう言うなって。その為に戻ってきたんだろ?」
「いいえ…そういうつもりは、ございません。ただ…」
「ただ?」

言いにくそうな表情に、雅春は、ため息を付く。

「頼むから、俺に心配だけは掛けるなよ。もう、あんな姿は見たくない」
「その節は、本当にお世話になりました」
「傷跡は残ったが、こうして、元気な姿を見て、安心したよ。まぁ、これからも
 宜しく頼むぞ」
「はい」
「但し、迷惑は掛けるな」
「心得ております」

次は、しくじらない……。

まさの言葉には、そんな意味が含まれていた。

「あの…」
「ん?」
「大阪に総合病院を設立したそうですが、そちらには、院長が?」
「あぁ。俺の親父が院長になってる。だから、この病院の院長は
 俺。親父の跡を継いだって訳だ」
「そうでしたか…おめでとうございます」
「あまり、目出度い話じゃないんだけどな。俺自身は、外科医として
 腕を磨いていきたいからさ…だから、その為にも…」
「お断りします」
「何度も言うからなぁ」
「諦めてください」
「嫌だ」
「……ったくぅ……考えておきます」

雅春の言葉に負けるまさだった。まさは、時計を見る。

「あっ、時間過ぎてます。すみません、これで失礼します!」
「すまん、俺から講師の先生に言っておくよ」
「大丈夫です。私が説明しておきますから」
「おぅ、気を付けろよ。あまり、無茶するな」
「はい。失礼致しました」

そう言って、まさは雅春の事務室を出て行った。
まさが、医大に通じる廊下を曲がろうとした時だった。裏口から、刑事らしい男が二人、駆け込んできた。
一人の男は、腕から血を流し、その男を心配するような表情で、もう一人の男が歩いていた。
二人は、言い争っている様子……。

…あれが、橋の親友の刑事かな?

そう思いながら、それ程気にも留めずに、廊下を曲がり、医大へと向かっていった。

まさが思った通り、二人の男は……。


「あがぁ、もう、何も言うなっ!! 富田、俺が悪かった、悪かった!」
「だから、反省の色が見えないんですよ!!」
「あぁのぉなぁ、富田、あれは、どう考えても、俺が…」
「これ以上、無茶な行動は慎んでください!」
「無理だ」
「しようとなさらないだけでしょう!!」

いつになく、怒っている司に、静かに治療をしている雅春は、驚いていた。

「富田君、何をそんなにケンケンとしてるんだよ」
「す、すみません………先輩の危険な行動が、益々過激になって…」
「普通だと言ってるのになぁ」
「真北、お前の普通は、普通の人間の普通じゃないと言ってるだろが」
「はぁしぃ〜、もっと丁寧にしろって!」
「貫通してるんだって。……それとも、通そうか?」
「な、何を?」

雅春から醸し出される雰囲気…それは、怒り…。

「ここにだな…」
「やめろって!」

雅春の言葉を遮る春樹だった。
包帯留めをする雅春。春樹は、その腕を動かし始める。

「まぁ、動く事は動くけど、これ以上は、無茶するな」
「あと少しだったのにな…」
「…で、真北」
「あん?」
「そろそろ大丈夫だろ? 持っておけよ」

雅春の手は銃の形をしていた。春樹は、雅春の言いたい事が解っていた。

銃を所持しておけよ…。

しかし、春樹には、あの日の事が未だに体を震えさせる為、持つ意志は芽生えないのだった。

「大丈夫だって」
「それでも………」

ちらりと目線を移した雅春に釣られて、春樹も目線を移す。そこには、司が今にも泣きそうな雰囲気で立っている姿があった。

「考えておくよ」
「…ったく、俺の周りの人間は、どうして、そう、考える考えるとしか
 返事をしないんだよ! …まぁ、解ってるけどな、そう応えるだけで
 実際は、自分の意志を貫くんだろが。…いいですよぉ〜だ」
「どうした、何か、ふてくされてるように思えるけど…」
「ふてくされるよ」
「例の医学生、戻ってきたんだろ?」
「あぁ。あいつも考えておきます…だったんだよ」
「そりゃ、断ってくるだろうな、その医学生は」
「いいんだよ。言い続けてやるから」
「うわぁ〜迷惑だな……っ!!」

雅春の差し出す拳を受け止める春樹だった。

「よっしゃ。これでいいとして。富田、最後の追い込み、行くぞ!」

そう言った途端、立ち上がり、そして、雅春の事務室を飛び出していく春樹。

「うわっ、先輩っ!!! 待って下さいっ! 橋先生、ありがとうございました!」
「おう。気を付けろよ。富田君の怪我の方を一番心配するからな」
「解っております!」

笑顔で応え、深々と頭を下げた司は、春樹を追いかけて走っていった。

「ったく、忙しい奴だな。ちゃぁんと休めって」

そう呟いた時、雅春のポケベルが震え始めた。

「仕事だっ!」

その声は、弾んでいた。
白衣を着替え、そして、事務室を出て行く雅春。その後ろ姿は、輝いていた。




隆栄は、一人歩いて自宅に向かっていた。
その姿を一人の男が、まるで、見張るように影から見つめていた。
隆栄の足が止まる。

「俺に何の用だ?」

男の目線に気付いていた隆栄は、いつものお茶らけた雰囲気はなく、その世界に生きる男の雰囲気を醸し出していた。

「お一人の時は、常に、そういう雰囲気なんですね」

そう言って、影から姿を現したのは、まさだった。

「原田…まさ……。無事だったのか……安心したよ」
「それは、私の台詞ですね。あなたこそ、元気そうで…小島隆栄さん」
「まぁな。復帰するのに時間が掛かったさ」
「それは、私も同じですよ」
「………で、あの日の続きか?」
「………そのつもりなのですが、今は駄目ですか?」
「おや? 仕事以外は、しないんじゃなかったっけ?」
「仕事は、まだ、続いておりますから。あなたを倒した後は、
 阿山慶造を狙います」
「俺を倒せるのか?」
「あの日の動きからは、互角だと…そう感じておりますが、今は…」

まさは、素早く武器を出す。
目にも見えない速さだった。瞬きをする間もなく、まさの両手には、細いナイフが…。

「本気…か」
「えぇ」
「手加減…いるか?」
「いりませんよ」
「そうか。…あのさぁ、約束してくれるか?」
「何をですか?」
「俺を倒した後、そして、阿山を倒した後は、その世界から足を洗うって」
「…何を今更…」
「今までの標的を生かしていることは知っている。それに、原田…あんたの
 医者としての腕もだ。…美穂がな、誉めていたんだよ。人の事を滅多に
 誉めない美穂がだ…。あの子は良い医者になる…ってな」

そう話しながら、隆栄も背中から武器を出した。日本刀の刃先を、まさに向ける。

「まぁ、その腕も、これで終わりだろうが…な!!!!」

珍しく、隆栄の方から仕掛けていく。
それには、まさも驚いていた。
隆栄の振り下ろした日本刀を、二つのナイフをクロスにして受け止めた。

…あの日と力が違う……。まさか、まだ…。

そう考えている時だった。隆栄の蹴りが、まさの脇腹に決まる。

「!!!!!!!!」

まさは、壁に飛ばされた。しかし、その勢いを使って、壁を蹴り、隆栄に向かっていく。それと同時に、二つのナイフを下からクロスの状態で切り上げ、両腕を掲げた。


真っ赤な霧が、目の前に広がった……。



(2004.6.18 第四部 第四話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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