任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第五話 無意識の勇み足

小島家の玄関先では、長男の栄三が、誰かの帰りを待っているのか、落ち着きがない様子で、ウロウロと歩き回っていた。

「ったく、親父ぃ〜。今日は早く帰ると言っておきながらぁ〜」

苛々ついでに、煙草に火を付ける栄三。その煙草は、桂守に取り上げられた。

「まだ、未成年ですよ」
「いいだろぉ。教えてくれたのは、桂守さんだぜ!」
「その私が駄目だと言ってるんです。…もう嫌ですよぉ、隆栄さんに
 怒られるのは〜」
「知らん」

冷たく返事をして、栄三は桂守から取り返した煙草を吸い始めた。

「それにしても遅いですね。この情報を伝えないと…」
「本当なんですか? あの原田が戻ってきたって。そして、
 再び四代目を狙ってるって…」
「確かな情報ですよ。隆栄さんの事を優雅が調べていたから」
「親父の事を調べて、どうするんだろな」
「さぁ、それは……!!! 噂をすれば…ってやつですね」
「ほんとだ…親父っ! 遅いっ!」

角から姿を現した隆栄。ゆっくりと歩いてくるその姿に、隆栄を待っていた栄三と桂守は、手を振るだけだった。
隆栄も手を振り返す……が……。

「親父っ!!」
「まさか、すでに?!」

手を上げた途端、口から血を吐き出し、壁にもたれ掛かった隆栄は、その場に座り込んでしまった。

「親父!」

栄三が、駆け寄る。桂守は、地下の男達に連絡をした。直ぐに表に出てくる地下の男・和輝と恵悟。栄三は、隆栄の腕と足の傷に気付き、止血を試みる。

「栄三…大丈夫だって」
「しかし親父…」
「美穂…呼べよ」
「桂守さん、車……」

震える声で、栄三が言う。

「隆栄さん、よろしいですね?」

隆栄は、軽く頷くだけだった。
その仕草で、隆栄の傷の重さを把握する桂守達。

「栄三さんは、自宅で…」
「嫌だ…俺も付いていく」
「……そうしろ……俺から、……絶対に……離れるなよ…」

そう言って、隆栄は栄三の腕を掴んだまま、気を失った。

「親父?!」


隆栄が、栄三の声で目を覚ました。
そこは、道病院の病室にあるベッドの上だった。

「栄三…」
「良かった…親父、うなされてたから…」
「そうか…夢……見ていたからさ………。で、俺の傷は?」
「もう、無理だって…」
「……そうか…」

隆栄は、そう言ったきり、天井を見つめ、口を開こうとしなかった。

「……その、親父」
「ん?」
「何時になったら……放してくれるんですか?」
「何を? それより、お前、学校は?」
「だから…その、親父……これ」

栄三が指を差した所に目をやると……。

「まだ、放せないな」

隆栄は、気を失ってから、気付くまでの間、栄三の腕を、ずっとずっとずぅぅぅっと掴んだまま離そうとしなかったのだった。

「………俺、向かいませんから。…しませんから…だから……」
「信じられないな」
「ちゃんと卒業します。そして、親父の代わりに…」
「それでも、信じられない」
「どうして、俺を信じて下さらないんですかっ!」
「俺の息子だもんな。何を考えて、そう言ってるか解るからさ」
「……向かいません。…四代目にも言われましたから」
「!!! そうだ、阿山は? 奴は、俺を斬りつけた後、次だと言って…」
「確かに、向かったそうです。ですが、…猪熊のおっちゃんと山中さんが、
 奴を追い返したそうです。…四代目は無事です」
「二人がかりか?」
「そうです。…そんな相手に、私が勝てるわけ…ありませんよ…未だに
 俺は、未熟者ですから…」

栄三の沈んだ雰囲気の言葉を聞いて、隆栄は手を放した。

「約束しろよ」
「はい」
「………で、俺の退院は?」
『暫くは無理!』

怒鳴り声に近い口調で、隆栄の病室に入ってきた美穂。
その表情は、怒りと哀しみ、そして、安心したようなものだった。

「美穂…」
「命は奪わない…だけど、再起不能にする……優しいのか
 優しくないのか…さっぱり解らないわね、原田くんって」
「そうだな」
「それに、まだ、完全に取り戻していないのに、受けるからぁ」
「まさか、こんなに早くに戻ってくるとは思わなかったんだよ!」
「…桂守さんも嘆いていた。一足遅かったって…やはり、無理してでも
 本部に駆けつけるべきだったと…悔やんでるよ」

美穂が静かに言った。

「そうだったのか。…本部に駆けつけなくても直ぐに連絡出来るように
 対処しておくか」
「って、隆ちゃん! 復帰するつもり?!」
「親父、何を考えてるんだよ!」

美穂と栄三が同時に叫ぶ。

「二人声を揃えなくてもいいだろがっ!! うるさいっ!」
「ごめん〜」
「すみません…」

そんな声まで揃う二人だった。




まさが借りているマンション。
まさは、隆栄を斬りつけた後、阿山組に向かい、そして、そこで激しい乱闘を繰り広げていた。
いくら素早く動いても、始めは自分の姿を目に留めた瞬間に、防御されていた。
しかし、何度も繰り返しているうちに、動きを見切られたのか、向かう先で攻撃を仕掛けてくる。
それを避けた所に、山中の一太刀…。
それを避けるのに精一杯だった。
それは、まさ自身も未だに完全回復ではなかったこともあった。
まさは、慶造を狙えずに、マンションへ戻ってきた。
その途端、発作に襲われ……。

京介は、まさの額のタオルを冷たい物に交換する。
まさは高熱にうなされていた。

「ぐっ…うっ…」
「兄貴?!」

まさは、苦しんでいる。しかし…。

「兄貴、これ以上、薬は……」

その時、ふと脳裏を過ぎったのは、天地の言葉と差し出した薬だった。
京介は、懐に手を入れ、出発する前の日に、天地から手渡された薬を取り出した。

『まさが、苦しんだ時に使え。特効薬だ』

そう言っていた事を思い出し、京介は、まさにその薬を飲ませようとする。

「兄貴、親分からの薬…」

朦朧とした意識の中、『親分からの』という言葉に反応するまさは、ゆっくりと目を開けた。

「…京介……それ…」
「親分から預かりました。兄貴が苦しんだ時に使えと…」
「親分……」

震える手を伸ばし、京介の手から薬を受け取ったまさ。その薬を飲み干した。
まさの表情が、柔らかくなる。
どうやら、即効性の薬のようだった。
まさは、ばったりと倒れ込む。

「兄貴!!!」

まさは、すやすやと眠っていた。

「……もう、大丈夫……なのかな…」

一安心した京介は、まさの様子を天地に連絡する。

『そうか。飲ませたのか…』
「はい。まさか、こんなに早く使う日が来るとは思いませんでした」
『それで、まさは?』
「熱も下がりました。明日一日眠っていれば、恐らく…」
『まさに代わってくれ』
「は、はい」

京介は、受話器を寝室へと持ってくる。そして、まさに声を掛け、受話器を渡した。
そっと寝室を出て行く京介は、天地と話すまさの元気な声を耳にして安心していた。
まさか、その薬が、後々恐ろしい事を引き起こすものだとは知らず……。



受話器を置いた天地は、ソファにふんぞり返った。

「おい、登」
「はっ」
「全国制覇の準備しておけよ」
「…まさか、兄貴、行動開始を?」
「その通りだ。あいつの手に掛かれば、それこそ、あっと言う間だからな
 くっくっくっく…」

含み笑いをする天地に、廊下で待機していた満は不安を感じていた。



まさは、二日後、元気な姿で自宅を出発する。

「お気を付けて!」

まさの姿に応えるように、京介が見送った。
元気な足取りで医大に向かうまさの後ろ姿を見て、京介は安心する。

「さぁてと! 俺も兄貴のために頑張るか!」

京介が張り切るのは、まさの為に料理を作る事。
いつの間にか、まさの世話に精を出している京介。そんな自分が好きだった。




とある夜……。

「いやぁ、ほんと、あの頃は、初々しくてかわいかったのになぁ、真北」

繁華街にある飲み屋で、春樹と春樹の先輩刑事が飲んでいた。

「…あのね…。先輩、あれから、何年経ったとお思いですか」
「二年。真北のスピード出世には、ほんと驚くよな。休みなしやろ」
「動いていないと死んだみたいで…」
「家には帰ってるんか?」
「えぇ。夜遅いですけど、必ず帰りますよ」
「弟さんも、大きくなったんだろうなぁ」
「なんとか、丈夫な体になりましたよ」
「入退院を繰り返して、大変だな」
「仕方ないことですけどね」

春樹は、料理を口に運ぶ。

「やはり、教育大学目指すのか?」
「そうですね。嬉しい事です」

二人は、とある客に目をやった。
その客こそ、指名手配中の男だった。男は、春樹たちの目線に気が付いたのか、ちらりと振り向いた。
その時だった。

「真北っ!」

先輩刑事が停める間もなく、春樹は指名手配中の男に飛びかかった。
男は、手に銃を持っていた。その銃を春樹に向けるが、春樹の素早さに追い付けず、銃を取り上げられてしまう。

「くそっ! なんだよ! 俺が何をしたんだよ!!」
「…敢えて言わなくても解るだろうが…あ?」

男を取り押さえる春樹は、恐ろしいまでの雰囲気を醸し出していた。それには、流石に先輩刑事も何も言えず、ただ、見つめて突っ立っているだけだった。

春樹と先輩刑事が男を連行して、店を出て来た。
その時……。

銃声。

春樹の目の前で、男は、撃たれてしまった。力なくその場に座り込んだ男を観て、銃弾が飛んで来た方向を割り出したのか、春樹は、突然走り出す。

「真北、深追いするなっ!!!」

先輩の声が響くと同時に、車のタイヤがきしむ音がする。そして、一台の車が春樹目掛けて猛スピードで走って来た。
春樹は、懐から銃を取り出し、運転席に銃口を向けた。
しかし、車は、更にスピードを上げて来る。
春樹は、銃口をタイヤに向け、引き金を引いた………。





阿山組本部・会議室。
幹部達が深刻な表情をして、一枚の書類を見つめていた。
そこに書かれている文字こそ、最近、頻繁に起こっている事件の詳細。
それは、隆栄が再び再起不能に見舞われた日から五日後に始まった。
阿山組系の組事務所が襲われ、対抗するのに銃器類が使われていた。それにも関わらず、組は壊滅。組長をはじめ、組員達は皆、命を落としていた。

「鋭い切り口…か」

阿山組系猪戸組組長・猪戸が呟いた。

「小島の情報だと、天地組の原田は相手を殺さず、再起不能に
 するという手口じゃなかったのか?」
「あの日以来、方針が変わったとしか言いようがないな…」

阿山組系川原組組長・川原が言った。

「四代目、どうされますか?」

猪戸に呼びかけられ、深刻な表情をして俯いていた慶造は、顔を上げた。

「…結局は、俺の意見か? 猪戸、お前の意見は無いのか?」
「敢えて、私の意見を聞きますか? 応えはいつも一つですよ」
「そうだったな。………それで、こんな時間に話し合うような
 深刻な状態に陥ってるのかよっ!」

不機嫌極まりない口調で慶造が言った。
時刻は夜七時。
慶造は、仕事を終え、くつろごうと思っていた所を呼び出されていたのだった。

「ですから、今夜、その原田の行動が予測されそうだからと…!!!」

誰もが異様な雰囲気を感じ、警戒する。
会議室のドアが勢い良く開いた。そして、そこに、一人の男が立っていた。
見慣れない顔。
幹部達は、慶造を守る体勢に入り、猪戸は、懐から銃を取りだし、男に銃口を向ける。そして、男の顔をじっくりと確認するように見つめ、何かに気付いたように言った。

「……てめぇは確か、長い間、姿を眩ましている…殺し屋の桂守じゃねぇか…」
「幹部の中に、俺の顔を知っている者がいるとは…いやはや…」
「誰に頼まれた?」

猪戸は今にも引き金を引きそうな雰囲気を醸し出す。

「猪戸、止めておけ。弾の無駄遣いだ。それに、引き金を引いても
 桂守さんは避けるって」
「四代目…この男を御存知なのですか?」
「まぁな。それに、本部内は、射撃場以外での発砲は許さないと
 言ってあるだろう? 忘れてないよな…」
「しかし…」

猪戸の言葉を遮るように慶造は話し続ける。

「……桂守さん…表に出ないよう常に心掛けているあなたが、
 こうして、そのような状況に陥るほど深刻な事が起こったんですか?」
「申し訳御座いません。部屋へ尋ねたのですが、緊急会議を開いていると
 山中さんから聞きましたから…」

桂守の後ろには、勝司が立っていた。

「……山中に伝える時間ももったいないということは、………まさか、
 栄三ちゃんが?」

緊急会議と桂守の姿を見ただけで、桂守が何を伝えに急いでやって来たのかを把握する慶造だった。

「猪熊、向かうぞ」
「って、四代目、何も…」

立ち上がり、会議室を出ようとする慶造の腕を掴んだのは、桂守だった。

「桂守さん、俺が停めなくてどうするんですか!」
「確かに、そのお願いをしに参りました。ですが、何も四代目が…」
「そうですよ、四代目」

桂守の意見に同意するように、修司が言った。

「栄三ちゃんを停める事が出来るのは、四代目だけじゃありませんよ。
 私も出来ます。それに、栄三ちゃんが向かった所には、原田も
 居るんですよ? 狙って下さいと言ってるような行動になります」
「しかし…」
「四代目……」

慶造は桂守を見つめる。

「隆栄亡き今、栄三ちゃんは、俺の息子同然だ! だから…」

いや、小島は生きてますって……

幹部達は声を大にして言いたいが……。

「隆栄さんは望みませんよ」

桂守が冷静に言った。

「桂守さん……」
「兎に角、俺が向かうから、慶造はここでじっとしておけ。山中、頼んだぞ」
「はっ」

修司は、桂守と共に会議室を去っていく。その後ろ姿を心配そうに見つめる慶造は、気を取り直して会議室へと戻ってきた。

「察するに、小島家の関係者ってところですか、四代目」

猪戸が尋ねる。

「そういうところだ。すべての情報は、あの人が集めていると言っても
 過言じゃないだろうな」
「危険人物……四代目が生まれる前のことですよ。あの桂守は、
 殺し屋としての腕は、原田よりも上でしょうな。素早い動き…それも
 狭い所でも飛び交えるという、まるで軽業師のように…」
「そうですね。噂通りの方ですよ」

その昔、小島家のキッチンで、桂守と初めて出逢った頃を思い出す慶造は、頭を抱えて、大きく息を吐いた。

「…ったく、どいつもこいつも、血を見る事でしか解決しようと
 しないんだからなっ!!」

慶造は、怒り任せにデスクに拳をぶつけた。





グワッシャァァン!!!

繁華街に大音響が響き、誰もが振り返る。一台の車がバランスを失い、壁にぶつかり大破していた。
運転席から、転がるように出て来た男を、春樹は取り押さえる。しかし、男は抵抗した。隠し持っていたナイフで、春樹の腕を斬りつけた。
春樹の腕から滴り落ちる血…。

「フン! やくざ泣かせの刑事も、これだと………!!!」

男は、春樹の腕の力が弛まない事に気づき、春樹を見た。
無表情……。
深く切れたはずなのに、春樹は、男を取り押さえている手の力を緩めなかった。

「……許さねぇぞ、あ?」

斬りつけられた手で、男をぶん殴る春樹。
男は、気を失った。
それでも春樹は、拳を振り下ろす。
無表情……。
春樹の心に抑えている何かが、無意識のうちに、春樹を動かしていた。
再び振り上げられた腕は、誰かに掴まれた。

「真北、やめろ!!!」

その手を停めたのは、外で待機していた鹿居だった。

「鹿居さん。」
「手当てが先だろ!」

鹿居の言葉で、春樹は、我に返った。
自分の腕が真っ赤に染まっていることに気付く春樹は、男から手を放し、自分の傷の応急処置を施す。

「真北、大丈夫か?」
「すみません…ご心配をお掛けしました。大丈夫です」
「ったく、そういう姿は父親そっくりだな」

春樹の亡き父・良樹の事を知っている先輩は、呆れたように呟いていた。

「…で、橋病院に行くのか?」

鹿居が尋ねる。

「そうだな……!!!」

春樹は何かに反応したように顔を上げ、一点を見つめていた。

人?

ビルの屋上に人影を見つけた。下に降ろしている両手には、細い何かが握りしめられている。
その男が見つめているのは、春樹が居る場所から、通りの一つ向こう。春樹も目線をそこへ移した。

「真北?」
「ん? あっ、すみません」

先輩に呼ばれて振り返る春樹は、もう一度、ビルの屋上に目をやった。
そこには、先程見た人影は無く……。

「病院に急げって」
「はい」

先輩に促されて車に乗り、急いで去っていく春樹だった。

「ったく……鹿居も、気を付けて見ててくれよ」
「すみません…」

その時、鹿居の心に小さな何かが芽生え始めた…。



春樹は車を走らせていた。ふと気になった場所に目をやった。
そこには、阿山組系の組が経営する店がある。その店の前に、何かに警戒するような感じで若い男が立っていた。

若い衆が見張っているということは、組長クラスのお出ましか…。
ったく…、いつもいつも面倒かけやがって…阿山組め…。

怒り任せにアクセルを踏み、病院へ急ぐ春樹だった。

春樹が気にした阿山組系の組が経営する店の前には、栄三が立っていた。
栄三は、一点を睨んでいる。
通りの向こう側にある歩道に一人の男が立っていた。その男は、栄三の後ろにある店の入り口を睨んでいる。栄三の姿は目に入っていない様子だった。
栄三は、懐に手を入れた。そして、そこに入れている銃を握りしめた時…。
目の前に車が一台停まった。
急に視野を遮られた栄三は、目を見開いて驚いた。
人前に姿を現さないと言われている桂守が、車から降りてきたのだった。

「栄三さん!」
「桂守さん…どうしてここに?」

桂守は、懐に入れている栄三の腕を掴み、通りの向こうに目をやった。
通りの向こうに立っていた男は、桂守とその桂守と一緒に車から降りた男・修司の姿に気付き、風のように姿を消した。

バシッ!!

人を叩く音が聞こえ、修司は振り返る。
桂守が、栄三の頬をぶっ叩いていた。その行動に驚いた栄三は、頬に手を当て、桂守を睨み付けた。

「いいだろが!」
「あれ程、しないと約束したのに、どうしてですかっ!」
「解っていて尋ねるんですか?」
「そうです。どうして、約束を守れないんですか?」
「俺の……俺の気が治まらないんだよ! 駄目ですか? おじさん」

栄三は、修司を見つめた。

「……そうだ。血で解決しようとするな。……慶造の思いを
 これ以上、踏みにじらないでくれ。…小島の息子である
 栄三ちゃんでも、そのような行動に出るなら、俺は許さない。
 小島も同じ思いだろうな。自分の息子に、同じ行動はさせたくないと
 そう言ってるんだぞ? ……だから、終止符を打つために、
 わざと、あの原田にやられたんだ…。それが解らないのか?」

修司は、栄三の胸ぐらを掴み上げていた。

「あの、修司さん……」
「桂守さんも、遠慮する事ありませんよ…」
「解ってます。ですが、私は、栄三さんの思いに任せたいんですよ」
「…そうですね……。……桂守さん……」

修司の言葉に、桂守は、

後はお願いします。

そう言葉を残し、素早く姿を消した。それと同時に店のドアが開く。

「そこに居るのは、猪熊さんじゃありませんか」

店から姿を現したのは、その店の経営者でもある阿山組系の組の組長だった。

「何かご用ですか?」
「いいや、たまたま通りかかっただけだ。それと、少し先で起こった
 事件が気になりましたのでね」

修司は、栄三をさりげなく車に乗せる。

「そういや、いつも以上に赤いランプが回ってますね」
「気を付けて下さいね。殺し屋が狙ってますから」
「最近、多いですからねぇ。気を付けますよ。ご忠告有難う御座います」

そう言って、高笑いをしながら去っていく組長に、修司は呆れていた。
運転席に座り、助手席の栄三を見つめる。

「何も言うなよ。あいつは、ああいう奴なんだよ」
「解ってますよ。切りたくても切れない縁なんでしょう?
 厚木関連ですからね」
「流石、小島家の者だけに、よく知ってるね」
「知りたくなくても、耳に入ってきますから」
「……それで…ほら、出せ」

修司は、栄三に手を出した。その言葉と行動で、修司が何を言いたいのか解った栄三は、懐に入れている銃を出し、修司の手に乗せた。

「弾を無駄にするなって。こんなもので狙っても、原田は跳ね返す。
 経験者の言う事には耳を傾けるもんだぞ?」
「そうですね。………おじさん」
「ん?」

アクセルを踏んだ修司は、栄三の言葉に耳を傾ける。

「親父が手を抜いたって、本当ですか? それは…その原田の
 父親の命を奪った事を後悔しているということですか?」
「栄三ちゃんの為だよ」
「俺の…為? 俺がこの手を血で染めるとでも?」
「それもある」
「他に、何が?」
「……剛一達を失う事は、耐えられない。それに、血で染まって欲しくない」

修司が静かに言った言葉で、栄三は父である隆栄の思いを知る。

そういうことか…。

「親父らしくねぇ〜」

そう言って、栄三は助手席にふんぞり返った。

「栄三ちゃん」
「はい?」
「あんまり、小島に似るなよ」
「しゃぁないやん。俺、親父の全てを受け継いだらしいしぃ」
「見ていて解るよ」
「健が……うらやましいな」

栄三は寂しげに呟いた。

「目標を持ってるからか?」

そっと頷く栄三。

「栄三ちゃんには、ないのか?」
「いい加減に生きてるからさ。目標なんて…」

栄三は、消え入るような声で続けた。

「……慶人を支えていくつもりだったからさ…。…もう、居ないし…」

栄三は膝を抱え、顔を埋める。
小島家の人間は、常にいい加減さを表に現している。しかし、今、ここで寂しげに呟いたのは……。
修司は、優しく微笑み、栄三の頭をそっと撫でる。その仕草で、栄三は我に返った。

「自宅にお願いします」
「もう、向かってるよ」

静かに応える修司だった。




阿山組本部・庭
月の灯りが庭の木々を照らしていた。そこには、慶造と修司が二人っきりで話し込んでいる。

「ありがとな」
「何度も言うなよ」
「そうだな」

慶造は、芝生に寝転ぶ。

「なぁ、修司」
「ん?」
「栄三ちゃん、小島の跡を継ぐのかな…」
「さぁな。ただ……」

栄三が心に秘めていた事を言おうとした修司は、思わず口を噤む。

「ただ…なんだ?」
「お前の思いを…理解するまで時間が掛かるよ」
「大丈夫だって」

慶造は微笑んでいた。

「なぁ、慶造」
「ん?」
「…芝生が泣くから、寝転ぶな」
「!!! すまん!」

慌てて立ち上がる慶造を見て、修司は笑い出す。

「ふっふっふ…冗談だって」
「あのなぁ〜ったく」

慶造は夜空を見上げた。ほんのりと星が見える。

「都会じゃ、見えにくいよな」

修司も見上げた。

「そうだな」
「それでも、見ないと駄目だよな」

見えない部分にも目を凝らさないと…。
慶造の言いたい事は、修司に伝わっている。

「あぁ。…だから、俺も協力するよ」
「頼りにしてるよ」

修司に目線を移した慶造は、月よりも輝く笑顔で言った。

「嬉しいことだ」

修司も負けじと微笑み返す。

『あなたぁ〜』

ちさとの声が聞こえてくる。

「どうした?」

ちさとが庭に顔を出す。

「剛一君が、来たわよ」
「……こんな時間に歩き回るなんて…剛一の奴…」

照れたように目を反らし、慶造の後ろに身を隠す修司に、剛一が声を掛けてくる。

「親父! 連絡くらい下さってもよろしいじゃありませんかっ!
 三好さんが心配してますよ!!!」
「…って、お前じゃないんかいっ」

修司の呟きに、慶造は笑い出す。

「それは口実だって。ほら、帰れ」
「あぁ。じゃぁ、明日な」
「おう。お疲れさん。剛一君、すまんな」
「いいえ…四代目。失礼しました」

深々と頭を下げて、既に去っていった修司を追いかけるように剛一が駆けていった。
二人の姿が見えなくなるまで見つめていたちさとは、庭に出てくる。

「月が…綺麗ですね」

ちさとと同じように月を見上げる慶造。

「あぁ」
「栄三ちゃんの事、聞きましたよ」
「そうか…」
「手を出す前で良かった……」
「…そうだな」
「ねぇ、あなた」
「ん?」

慶造は、ちさとを見つめた。少し寂しげな表情に気付く。

「どうした?」
「……ううん、なぁんにも。それより! 早くお休みにならないと、
 明日は少し遠出をなさるんでしょう?」
「そうだったな。まぁ、車の中ででも寝るさ」
「眠くないんですか?」
「今夜はな…」
「……小島さんの事が心配なんですね」

そう言って、ちさとは、慶造を抱きしめる。

「大丈夫よ……生きてるんですから…」
「……そうだったな」

慶造は、ちさとの頬に口づけする。
その時、目線を移した。
そこには、二人の姿を見て、遠慮するかのように目を反らそうとするの勝司の姿があった。

「どうした、山中。急ぎのようか?」
「はい…その……」
「ちさと、先に寝ておけよ。確か、明日は…」
「隣で働いてます」

にっこり笑って、そう応えた。

「あぁ」

慶造は、庭から回廊に戻り、そして、勝司とその場を去っていった。
ちさとは、慶造の姿を見送り、そして、ゆっくりと部屋に戻り、ベッドに寝転んだ。


勝司は、慶造に静かに告げた。

「原田の行動は実行されました」
「修司が忠告したにも関わらず、あいつは……」
「それで…その……銃撃戦が起こって、一般市民が巻き込まれました」
「…………そうか…」

慶造は、静かに応えるだけだった。

「その…今回の事件で、来る可能性があります」
「調べられても大丈夫だろ?」
「はい。例の場所に全て納めてます」
「それなら、後ろめたい事は無いだろ?」
「そうですね」
「…取り敢えず、出発は遅らせた方がいいな」
「先方に連絡しておきます」
「頼んだ」

勝司は一礼して、慶造の前から去っていった。
慶造は再び庭に出る。そして、煙草を取り出し、火を付けた。
吐き出す煙が、空へと消える。
月を見上げた。

急ぎすぎるのか……?

月に問いかける慶造だった。



次の日の朝。
阿山組本部の前に、かなりの数の車が停まった。そして、次々に降りてくる男達。
その中の一人が門番に声を掛け、そして、懐から一切れの紙を取り出した。

「捜査令状だ。家宅捜査する」

そう言うと同時に、男達は阿山組本部内へとなだれ込んでいった。

勝司が、慶造の部屋に入っていくと、慶造は、ソファに座ってくつろいでいた。

「四代目、来ました」
「そうか」

慶造は静かに応える。
慌てる素振りも見せず、本部内の騒がしさに、ただ耳を傾けるだけだった。

本部の近くにある富田家の司の部屋には、春樹の姿があった。

「ふぅ〜」

煙草の煙を吐き出し、阿山組本部内の様子を、ただ、見つめているだけだった。



(2004.6.19 第四部 第五話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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