任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第六話 揺るがぬ思い

警察署・署長室
春樹は、唇を噛みしめていた。

「何も出てこなかったぞ。あったのは、日本刀が十本。
 いずれも許可書があるものだ。真北が言っているような
 銃器類は見あたらなかったそうだ」
「それなら、系列の組の者達が持っている武器の出所は?」
「大方、そいつらが何処から手に入れてるんだろ。そっちを
 調べた方が早いだろうな」
「………いいえ、それは、無駄足です」
「無駄があってこそ、この仕事だろが。手間を省くな」
「しかし…」
「真北!」
「はい」

署長は、立ち上がり、ブラインドの隙間から外を眺める。

「暫く休暇を与える。しっかりと頭を冷やしてこい」

春樹は、拳を握りしめる。

「大丈夫です」
「根を詰めすぎてるんだよ。暫く休め」
「署長!」
「前にも言ったよな。根を詰めると見えるものも見えなくなるって」
「………お聞きしてますが…」
「滝谷は居るか?」

その声と同時に、滝谷が署長室へと入ってくる。

「なんでしょうか」

署長は、春樹を指さすだけだった。
滝谷は有無を言わずに、春樹の腕を引っ張って署長室を出て行った。


「放せって!」

別室に連れてこられた春樹は、滝谷の腕を振り解いた。滝谷は、部屋の扉に鍵を閉める。

「ふ〜〜。あのな、真北」
「……なんだよ」
「確かに、阿山組からは何も出てこなかった。でもな、今回のことは
 何らかのきっかけになった。…署長は、そのことも兼ねて、
 お前に休暇を与えたんだよ」
「そんな言葉一つも出てこなかったぞ」
「そういう奴なんだって。署長は」
「それでも一言あってもいいだろうが」

春樹はふくれっ面になる。

「取り敢えず、休んでおけよ。ここ連日勤務していただろ?」
「まぁな」
「その資料も役に立ってるから。…後は俺に任せておけ」
「……解ったよ。滝谷さん…ありがと」

春樹は微笑んでいた。




真北家。
春樹は、まだ、陽の高いうちに帰宅する。母は出掛けていた。
部屋で着替え、リビングへと降りてくる。そして、冷蔵庫の中を確認し、自分で昼食を作り始めた。


玄関の扉が開き、春奈が帰ってきた。玄関に並ぶ靴に気付き、リビングに向かって春奈が言う。

「お帰り」

春樹が顔を出す。

「お袋、お帰りなさい」

春樹は急いで玄関までやって来て、春奈の荷物を手に取った。

「ありがと。また、署長から追い出された?」
「えぇ。今回は休暇を…」
「何をやったのかは知らないけど、兎に角、休みなさい」
「はい…」
「さぁてと。お昼作るわよぉ〜!!」
「すでに終えました…」

恐る恐る春樹が言った。…春奈は、春樹をギッと睨み、そして、ふくれっ面になる…。

「…すみません……夕食も担当します……」

項垂れる春樹だった。


春樹の部屋。
殺風景な部屋にあるベッドに寝転び、何も考えずに天井を見つめていた。
部屋がノックされる。

『兄さん、お帰りになってると聞きました』
「芯、お帰り。入ってこいよ」

その声と同時に、芯が部屋へ入ってくる。

「失礼します」
「お疲れさん。ちゃんと勉強したか?」
「はい。宿題も学校で済ませてきました」
「宿題は、家でするもんだろ?」
「家では、他の勉強の為に」
「なるほどな」

春樹は寝転んだままだった為、芯は心配する。

「兄さん、具合が悪いんですか?」
「まぁ……体じゃなくて心だから」

春樹の言葉に、芯は首を傾げる。その仕草を見て、春樹は微笑んだ。

「芯にはまだ、無理か」
「すみません…」
「仕事で失敗した…というところかな。早とちり」
「兄さんらしくないですね」
「きっつい言葉だな」

春樹は脱力感に見舞われる。

「もう少し調べてからの方が良かったかな…と反省しきり…」
「そこは、兄さんらしいですね」
「ん? 何が俺らしい?」
「御自分で何でも解決しようとする所です。私も見習わないと
 いけませんね」
「芯だって、自分で自分の道を進んでるだろ?」

春樹は体を起こし、ベッドに腰を掛けながら、芯に優しく言った。

「いいえ。私は、兄さんの後を追ってばかりですから」
「そんなこと、ないって。もっと自分に自信を持てよ」
「はい」

芯の頭を優しく撫で、そして、立ち上がる。

「今日も勉強、見てやるよ。どうだ?」
「それは、夜で大丈夫です。…その…母さんが呼んでます。
 夕食の担当は誰だぁ〜という風に……」
「…………。…………???」

春樹は、時計を見た。
時刻は夕方の五時を回ったところ……。

「いつの間にっ!!!!」

慌てたように部屋を出て行く春樹。キッチンに降りると、春奈が腕を組んで怒っている…。

「すみません…」
「……あのねぇ〜。芯が元気に帰ってきた事にも気付かないほど、
 何を考えてたんよぉ〜。それに、芯が帰って来る時間だと解ったら
 夕食の時間が近いって…どぉして、そういう事に気付かないのよ!
 だから、休暇って言われたの。…解った? 春樹っ」
「そうですね…やはり、自分を見失ってましたね…。本当に反省します」

春樹は深々と頭を下げる。

「夕食はいいから、芯の勉強を見てやって。ここ数日、話してなかったでしょ。
 春樹が帰ってきたと知って、喜んでいたんだから」
「解りました」

春樹は、嬉しさをグゥッと押し込めて、キッチンを出て行く。そして、芯の部屋へと入っていった。
春奈は、二階から微かに聞こえてくる兄弟の笑い声を聞きながら、夕飯の支度に取りかかる。

あなた……もう、二人だけでも充分ですよね。
私もそれ程、長くないみたいだから…。

春奈は、安心したような微笑みを浮かべながら、野菜を刻み始めた。




夏が過ぎ、秋がそこまで近づいてきた頃……。

春樹は車を停め、強面の男達が行き交う店を見張り始めた。
そのお店こそ、阿山組系の組が経営する店だった。
懐に入れている一枚の用紙を広げ、確認する。

ほんと、優雅の奴、細かいな…。

そこに書かれている組員達の特長と店を出入りする男達を見比べていく。
顎にほくろがある男が幹部、頬に傷のある男も幹部、その二人が、組長を守る男であり、組長こそ、顔にたくさん傷があり、その一つは、右耳から顎にかけて長い。
春樹は、店を見つめた。
玄関から出てきた三人の男。顎にほくろ、頬に傷、そして、右耳から顎にかけて長い傷のある男。三人ともサングラスを掛け、辺りを警戒するような雰囲気で立っていた。
店から女性が出てきた。組長の男は、その女性を抱きしめ、長く唇を寄せた。
その時だった。
耳をつんざくような銃声が辺りに響き渡った。
春樹が見つめる目の前で、組長たちは真っ赤な血を噴き出して、その場に崩れ落ちた。
タイヤのきしむ音を耳にした春樹は、バックミラーで後ろを確認した。
一台の高級車が、春樹の車に向かって猛スピードで近づいてくる。
春樹は、直ぐにエンジンを掛け、車を発車させた。
しかし、高級車は追いつく勢いで走っている。

「くそっ!」

春樹は、アクセルを踏み込む。そして、急ハンドルを左に切った。

振り切った…か?

アクセルを弛め、バックミラーを見る。
高級車が現れた。

って、おいっ! 馬力が違うんだよ!!

再び、アクセルを踏み込む。しかし、高級車は近づいてくる……。

「うわっ!!」

春樹の車に高級車が後ろからぶつかってきた。その高級車に押される形で春樹の車は走っていく。

って、この先は……。

記憶にある地図。
今走っている道は、確か……。

目の前にガードレールが現れた。その先は……崖……。

……くそっ!!!!

春樹の車は、ガードレールを突き破り、宙に浮いた。
高級車は崖寸前で停車し、急ハンドルを切って去っていく。
その様子を春樹は運転席の横の窓から見ていた。
春樹は、窓を開け、車から飛び出した。
目の前を過ぎった木の枝に手を伸ばし、掴む……が…。

バキッ!!!

「うそだろぉ〜。耐えろよぉ!!!!」

春樹の嘆く声と共に、車が地面に叩き付けられ、爆音が響く。
その爆風に飛ばされる春樹は、斜面に背中から着地し、そして、下まで転がっていった。
体が停まると同時に、足に激痛が走る。

「いってぇ〜〜」

足に目をやると、そこには大きな岩があり、その岩の形に添うように足が曲がっていた。
それも、曲がるはずの無い場所が……。

「………また、怒られる………」

そう呟いて、春樹は大の字に寝転んだ。
遠くで、サイレンの音が鳴っている。
春樹は、ゴウゴウと燃える車に目をやった。

こっちの方は、多めに見てもらえるかな……。

署から与えられた車は、炎に包まれている車で八台目。
あまりにも無茶をしている自分を思って、

「くっくっくっく……あっはっはっはっ!!!!」

春樹は、狂ったように笑い出していた。




橋病院の一室。
雅春は無言のまま、春樹の治療に当たっていた。少し離れた所には、鹿居と司が心配そうに春樹を見つめながら立っていた。

「あの……橋院長…」

司が恐る恐る声を掛けるが…。
雅春は、ギッと睨むだけ。
思わず首を縮める司を見て、春樹は笑っていた。

「…頭まで可笑しくなったのか? 中を覗こうか?」
「大丈夫だって。あまりの自分の馬鹿さ加減に笑いが止まらないだけだ」
「自分で解っていて、笑っていたら、どうしようもないな……この馬鹿」

と言った途端、雅春は春樹の折れた足を叩く。

「って、こらっ!! お前なぁ、反対に折れたらどうするんだっ!」
「元に戻るかなぁと思ってな」
「いい加減なこと言うなっ!」
「じゃっかましぃっ!!!!」

雅春の怒鳴り声は、病院の外まで聞こえていた。
庭を歩いていた患者と看護婦が思わず足を止めるほど……。
非常ベルが鳴り出した。

「……そんなに怒鳴るなよ…」
「怒鳴りたくもなるわい! またしても同じ所を折って、そして、
 八台目の車もぶっ潰し、こうして、仲間に心配させて、…それから、
 俺の怒りに火を付けやがって………こんのぉ〜〜」

何故か側に置いてあった金槌を手に取り、怪我をしてない春樹のもう一つの足に目掛けて振り落とそうとする雅春。その仕草を見て、鹿居と司が慌てて引き留めた。

「院長、それは、やりすぎです!!!!」
「うるさいっ!!」
「鹿居さん、富田、手を放さないと、怪我するぞ」
「それでも…」
「大丈夫だって。寸前で停めるんだから」
「…ふん」

春樹に本音を言われて、雅春は金槌を放り投げた。
安堵のため息を付く鹿居と司。

「やはり、お二人の呼吸は、難しいですね」

司が言った。

「長年、付き合ってるから、解るだけだよ。…で……?」

媚びるような目で、雅春を見つめる春樹。

「一週間安静。松葉杖を使え。その代わり走り回るな、動き回るな。
 必要最低限の動きだけ許す。署までの道のりと車の運転。しかし、
 署内では、デスクワークだけだ。……解ったなぁ〜?」
「……はい…」

呟くような声で、春樹が返事をする。

「声が小さいっ!」
「わ・か・り・ま・し・たっ! これでいいかっ!」

怒り任せに怒鳴る感じで言い直す春樹に、鹿居も司も笑い出す。

「ったくぅ、真北ぁ、署でも、そうであってくれよ!」
「鹿居さん!! 言って良い事と悪い事があります!!」
「ほんと、院長と二人の時は、おもしろいな、なぁ、富田」
「そうですね。そのお姿を見ると、先輩が人間だと実感します…あっ…」

気付くのが遅かった……。

「富田ぁ、お前、日頃、俺をどう思ってるんだよ!!」
「す、す、すみません!!! その……あの……言葉の綾です!!」
「……!!!」

春樹は、ベッドにある枕を司に投げつけた。
司は見事に顔面でキャッチする……。

「…真北……ほんまに折るぞ…」

地を這うような低い声の雅春に、春樹は、思わずタジタジ……。

「わ、解ったから……やめろって!」

絶妙なタイミングで振り下ろされる雅春の腕を掴む春樹だった。




春樹は、苦手なデスクワークをしていた。眉間のしわが、いつもよりも増えてている。

「真北」
「あん?」
「ここ」

鹿居に声をかけられた春樹は、顔を上げた。鹿居は、眉間を指差している。

「ここ?」
「しわ寄ってる」
「ん???」

春樹は、しわを伸ばそうと慌てて手を当てた。

「ほんと、苦手そうだな、デスクワーク」
「座ってるよりも、体を動かす方がいいのにな」
「一週間動くなって言われただろが。まとめておけ」
「嫌だぁ〜」
「なんなら、もう片方も折るぞ」
「……うげっ……。でも、これくらいで、くたばらないんだけどなぁ」
「警視正からの言葉だろ。ったく、無茶するなよな。お前を失ったら、
 それこそ、裏社会をつぶす奴が居なくなるだろが」
「そんなの、俺でなくても、鹿居さんでも大丈夫じゃありませんか」
「お前の腕は、誰もが認めるものだろが!…ほんとに、もう片方、折ってやろか?」
「それだけは、勘弁してくれよ」
「冗談だよ、冗談。ほんと、橋院長の気持ちが解るよ。…じゃぁな」
「鹿居さん、無理は禁物ですよ!!」

コートを羽織って出て行く鹿居に声を掛ける春樹。

「お前にだけは言われたくないな!」

笑顔で出て行った鹿居は、一人になった時に、とても暗い表情をしていた。それは、誰とも会いたくないという感じで……。


「ふぅ〜〜。おしまいっと」

そう言って、春樹は煙草に火を付けた。
吐き出す煙に目を細め、灰皿に目をやった。
てんこもり……。
春樹は、吸い殻が山盛りになっている灰皿を手に取り、立ち上がった……。

「うわっ!!」
「って、真北刑事っ!!」

春樹が立ち上がると同時に、春樹の行動に気付いた他の刑事が声を掛けたが、間に合わなかった。
もちろん、足を折っている事を忘れ、立ち上がった春樹は、バランスを崩して床に倒れてしまった。

「…………すまん〜、掃除してくれるかぁ〜?」
「は、はい。す、……すぐ………ぷっ!」

春樹に声を掛けた刑事は、堪えていたものの、耐えきれずに吹き出して、大笑いしてしまった。

「笑うなぁっ!!」

そう言う春樹は、頭から灰をすっぽり被って、真っ白になっていた。
それは、春樹にしては、とても珍しい事で………。

「崖から落ちたときに、打ち所が悪かったのか…?」
「頭は打ってないはずだよな」
「…というよりも、自分の怪我を忘れているだけだろ…」

こそこそと話す刑事達に現場から戻ってきた滝谷が会話に加わった。

「警部補。お疲れ様です」
「………だからぁ〜、そう言わないでください! 名前で結構です」
「それでもなぁ、滝谷ぃ〜。………で、昇進試験、更に受けるのか?」
「はい。昇進して、真北の無茶な行動を停める事が出来る立場に
 ならないと……それでなくても、真北は無茶をしますから」
「どうして、あんなに躍起になるんだろな」

別の刑事が呟いた。滝谷は、松葉杖を巧みに操り事務所を出て行く春樹を見つめていた。

「真北の……本能でしょう。確か、親父さんがそうだったとか…」
「あぁ。俺達が何度言っても、停めても無駄だった」
「それは、あの任務が関係してるんだろ?」
「任務……?」
「そっか。滝谷は知らないのか」
「何をですか?」
「警視庁黙認の特殊任務があるんだよ。法律関係なしに行動出来て、
 とある事を守るだけで、何をしても良いという組織。その任務に就けるのは
 ごく一部。それも、あらゆる面に長けてる者しか就けないそうだ」
「もしかして、真北の親父さんが…?」

先輩刑事達は頷いた。

「…真北は知ってるのかな…」

滝谷は考え込む。そして、ある事に気が付いた。

「あの…先輩。……とある事…とは?」
「命を粗末にしない…ということだ」
「真北の行動そのものですね。しかし、今の真北は……」
「署内一番の始末書刑事」
「……そういう別名がありますね……」

そんな話をしている所へ、すっかり汚れを落として綺麗になった春樹が戻ってきた。そして、辺りの様子に全く気付かず、春樹は再びデスクワークを始めた。
眉間のしわが更に増えていた。

「ほんと、デスクワーク嫌いだということが、ありありと解るよ」
「まぁ、たまにはいいんじゃないですか」

そう言って、滝谷は、春樹の側へと歩み寄る。

「滝谷さん」
「まだ終わらないのか?」
「まぁ……はぁ…」

滝谷は、デスクに広がる書類に目をやった。

「………中学入試問題?!????? …それに眉間のしわか?」
「やってみろよ。結構難しいぞ…」

問題をじっくりと読む滝谷。徐々に眉間のしわが増えていく…。

「滝谷さん」
「ん?」
「ここ」
「ここ?」

春樹は、眉間を指さした。滝谷は、自分の眉間に手を当てて、必死にしわを伸ばす。

「こんなのが中学の入試問題なのか?!」
「まぁ、そうでなくては困るんだけどな、でも、これは難しいよな…」
「もしかして、芯くんが?」
「その為の準備だよ」
「………で、真北」
「ん?」
「ずっとこれを解いていたのか?」
「いいや。仕事を終えてからだよ」
「それなら何も言わないけどな…。勤務時間中には、やめろ」
「す、すまん……」

思わず恐縮する春樹だった。




秋も深まり、木々がすっかり寒そうな様子を見せる頃、春樹は現場に復帰。前以上に激しく動いていた。
そんな春樹の耳に飛び込む抗争勃発の情報。
それも、春樹が飛びつく程の……。


春樹は夜遅くに帰宅する。
母も弟もすでに眠っている時間だった。
物音を立てないように気を遣いながら、リビングへと足を運び、灯りを付けた後、ソファに腰を下ろす。テーブルの上に置いてある、その日の新聞に目を通す。

『阿山組対闘蛇組。抗争勃発! 一般市民が巻き添えに…』

その見出しを目にした春樹の手が震え出す。

くそっ…俺が、のんびり構えてるから…。

怒り任せに、新聞を握りしめる春樹だった。

「兄さん、お帰りなさい。お疲れ様でした」
「芯。起きていたのか?」
「気が付いたら、こんな時間でした。物音がしたので…」
「すまん。気が散ったか?」
「いいえ。そろそろ寝ようと思っただけです。何か食べますか?」
「いいや、いい。直ぐに出掛けるから」

春樹の言葉に、芯は哀しげな表情をする。

「芯?」
「…すみません。…解っているんですが、やはり…。兄さんが心配で…。
 無茶をしそうで……だから…」

春樹は、側に立つ芯を引き寄せ、頭を撫でる。

「心配するなって。……芯?」

芯は、泣き出した。目から溢れる涙を必死で拭うが、涙は止まらない。

「離れないで下さい……」

消え入るような声で芯が言った。その言葉に、春樹は遠い日を思い出す。

……あの日……。
父が出勤する日の朝。滅多に愚図らない芯が、あの日に限って愚図っていた。

まさか、俺の思いに気付いたのか?

春樹は、そっと芯を抱き寄せ、

「離れないよ」

心に響く声で応えた。



朝……。
春奈がリビングに降りてくると……。

「…って、春樹っ?!」
「しぃっ〜」

春樹が人差し指を口に当てて、春奈に合図する。
春樹の腕の中で、芯が眠っていた。春奈が芯の顔にある涙の跡に気が付いた。

「ほんと、芯は泣き虫だね。いつになったら治るんだろ」
「人一倍、優しいだけですよ」
「…芯…心配してたよ。あんたが家を出て行くんじゃないかって」
「なぜ、そういう話が出てるんですか?」
「ここんとこ、帰ってこなかったでしょ? そして、その事件。考えられるでしょう?」
「そうですね」

春奈は、諦めているような表情をして、春樹を見つめた。

「まっ、春樹がその仕事をするって決めた時から、覚悟はできてるから。
 あんたの思うとおりに歩いていっていいからね」
「お袋…」
「私は、どこからでも、春樹を見守れるから」
「……ありがとうございます」
「だけど、決して、私の目の前から消えないでよ…。この世から……」

こみ上げる何かを堪えるように、春奈は言った。

「……お袋……」

涙を誤魔化すように背を向けて、キッチンへと入っていった春奈。春樹は、母の後ろ姿に、一礼する。

ご心配…お掛けします…




春樹と滝谷は、久しぶりに一緒に昼食を取る。

「いただきます」

同時に言って、箸を運ぶ。

「……なぁ、真北」
「ん?」
「お前、特殊任務って知ってるか?」
「どうした、唐突に」
「いや、そのな……」
「俺に合ってるとでも言いたいのか?」
「あ、あぁ」

不意を突かれた言葉に、滝谷は言いたい事を忘れてしまった。

「……親父が就いていた事は知ってる。しかし、俺には不向きだよ」
「どうして、そう言い切れる?」

春樹は箸を置き、自分の両手を見つめた。

「俺には、停められない事がある。…この手だ…」
「手?」
「あいつらを見ると、この手が暴走を始めるんだ…。……殺れ……と」
「えっ?」

滝谷の動きが停まる。春樹は、そんな滝谷の行動に気付き、顔を上げた。

「……ぷっ…冗談だよ」

にっこりと笑う春樹。滝谷は、騙されたと思い、春樹の額を小突いた。

「信じそうだったぞ」
「ほんと、騙されやすいな、滝谷さんはぁ。人を疑う事も大切だぞ。それよりさ、
 鹿居さんが九州に行くって本当なのか?」
「そういう話が出てるだけだよ。鹿居は、そんな気は無いってさ。
 なんだ、寂しいのか?」
「まぁな」
「鹿居が喜ぶよ」

滝谷は水を飲む。

「その特殊任務なんだけどさ…」
「ん〜?」
「就いてみたらどうだ?」
「俺が?」
「あぁ」
「無理だよ。だって、俺、署内一の始末書刑事だからさぁ!」

そう言って、大笑いする春樹を見た滝谷は、春樹に特殊任務に就くよう薦める事が早すぎたと感じていた。

「今の話は忘れてくれ」

滝谷は、水を飲み干し、春樹を見る。

真北…?

先程まで笑っていた春樹の表情が、暗くなっていた。
最近、感情の起伏が激しい春樹が気になる滝谷は、その時初めて春樹の決心に気付いた。

「俺は反対だぞ」

突然、力強く言う。

「何をだ?」
「お前の考え」
「いいんだって。俺一人で」

ダン!!!!

滝谷は、テーブルを思いっきり叩いて立ち上がる。

「いい加減にしろよ…」

滝谷が静かに言った。しかし、春樹は、そんな滝谷の行動を気にせずに、箸を運んでいる。

「真北」

春樹の箸が停まった。

「…滝谷さんは、頂点に立てる人……。だから俺は……」

そう言って、滝谷を見つめる春樹。
その目には揺るぎがない。

もう、決めている。

滝谷は、大きく息を吐き、そして、ドカッと椅子に座った。

「もう、知らん。好きにせぇ」
「ありがとさん」

軽い口調で、春樹が応えた。

「おばさん、おかわりぃ〜。大盛りでぇ」

滝谷が、言った。




橋病院の雅春の事務室。
珍しい人物が顔を出していた。その人物は、すごく深刻な表情をしている。
雅春は、その人物の話に耳を傾けていた。

「……どう考えても、じっくりと見つめても…俺の知ってる兄貴じゃない…。
 だから……橋先生、何か策はありませんか?」
「ふぅ〜〜。…で、京介くんだっけ」
「はい」
「俺にどうしろと?」
「あんた、医者だから、治せるかと思ってだな…」
「俺は外科医だぞ。そういう心の病には、向いていない」
「……外科医でも、心の病は治せるだろがっ!」
「あぁのなぁ〜。……ったく。…まぁ、確かに、原田君の雰囲気が変わったのは
 気になっていた。最近、発作もないと言っていたからね。嬉しく思っていたよ。
 しかし、まさかとは思うが、薬に手を出したとは…」
「…あのなぁ〜、そうじゃないって何度言ったら解るんだよ!」
「それに近いだろが。…京介くんが持ってきた、このバイアル瓶は、
 そっちの世界に、闇で密かに出回っている代物だぞ」
「そんなものを親分が、兄貴に飲ませろって言う事が信じられない…」

京介は頭を抱え込む。

「俺が……」
「…京介くん」
「……はい」
「俺が、親分さんだったら、同じ事をしてるかもな」
「!!!!」

雅春の言葉に驚いて、顔を上げる京介。

「どうしてですか?」
「そうだなぁ〜。強いて言えば、親分の命令に背いたから…かな」
「そ、それは…」
「知っての通り、俺には、刑事の友人が居る。その友人から聞いてるからさ。
 以前とは違う結果だということ。その事件の知らせを聞く度に、原田君を
 見ていたけどさ、医学生そのものの雰囲気しか感じられないんだよなぁ。
 それに、腕に付けていた武器も外したようだから、足を洗ったもんだと
 思っていたんだよ。…原田君の手口じゃないからね」
「……じゃぁ、なぜ、そのような行動を?」
「無意識のうちに、行動させる。何かきっかけがあるはずだよ。
 良く思い出せ」

京介は、まさの一連の行動を思い起こす。
親分からの連絡があり、嬉しそうに話した後に、銃撃戦の話…。
その話が出た翌朝のまさの行動。
気の抜けた状態…。
あれは……。

「疲れからじゃなかったのか…」
「……で、きっかけは?」
「親分からの電話です。兄貴にとって、親同然ですから、必ず話をしてます。
 とても嬉しそうに……」
「その時だろうな。……で、その薬は、どういう時に使ってる?」
「三日に一度と言われて、送られてきました」
「もう、飲ませない方がいい」
「そ、それは…」
「取り敢えず、解毒剤をやる。確か、黒崎という男が持ってきたよな…」
「黒崎?」
「ん? 知ってるのか?」

デスクの引き出しの中を探りながら、雅春が尋ねた。

「黒崎という男は、表では製薬会社を経営し、研究していますが、
 俺達と同業者ですよ?」
「…なるほどなぁ〜。それでか」

そう言って、黒い箱を手にした雅春は、京介に差し出した。

「これは?」
「そういう麻薬類全てに効果があるらしいよ。飲ませてみろ」
「兄貴が何というか…」

その時、事務室のドアが開き、まさが入ってきた。

「京介……てめぇ〜」
「あ、あ、あ、あ……兄貴っ!!!! もしかして、お話を?!」

怒りの形相である、まさを見て、京介は腰が退け始めた。

「俺の事は気にするなよ。……あの薬が、どんな効果を持っているのか
 解ってるよ。以前……親分と一緒に、黒崎からもらったものだ。恐らく
 それよりも効果が数段と強いものなんだろうな。自分の意志を保てないくらいだ」
「兄貴……」
「原田くん、それなら、どうして?」
「……実験体になるため。橋…あんたが、黒崎からもらったことを
 知っていたからね。だから…。もし、一般市民が、その薬に手を出して、
 暗闇から抜け出せないようなら、……その為に……」
「でも…兄貴……その手は…」
「仕方ないだろ…それが、俺の………仕事だからさ」

笑顔を浮かべて応えた、まさ。しかし、その笑顔の奥には、深く哀しげな表情があった。

「……兄貴ぃ〜!!!!」

京介は、突然、大泣きする。

「きょ、京介?!??」
「兄貴の心に感動しましたぁ〜〜うわぁ〜ん!!!」
「……ったく…みっともない…」

京介の泣き顔を見て、苦笑いするまさだった。



中々泣きやまない京介と一緒に事務所を出て行くまさ。その手には、黒い箱が握りしめられていた。
二人を見送る雅春は、入れ違いに廊下を歩いてくる一人の男に気が付いた。
男は、元気に手を挙げた。

「よぉ〜っ!」
「怪我無しかよ」
「…って、あのなぁ〜。怪我をしないと会いに来たら駄目なのか?」
「そんなことないって。まぁ、入れよ」
「おぅ。……って、橋、仕事は?」
「患者が来ない……」

寂しそうに言う雅春に、春樹は、微笑んでいた。
しかし……。

「…!!! どうした、真北?!」

春樹は、雅春の胸ぐらを掴み上げ、壁に押しやった。
その春樹の腕から震えが伝わってくるのを感じた雅春は、俯き加減の春樹を見て、何をしに訪れたのかを把握する。

「………入れよ」

雅春は、春樹を事務室へと、静かに招き入れた。
ドアに何かが掛かる。

『重要会議中・入室禁止』

鍵の音が、静かに響いた。



(2004.6.20 第四部 第六話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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