任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第七話 迷い、そして、一縷の光

春樹の前にある湯飲みにお茶が注がれる。立ち上る湯気が、春樹の顔に当たる。
春樹は手を伸ばし、お茶を一口飲んだ。

「……落ち着いたか?」

春樹は首を横に振る。

「…ったく」

雅春はデスクに戻り、カルテの整理を始める。
春樹がお茶をすする音を耳にしながら、仕事をこなしていく雅春。

「………どうしたらいい?」

春樹が静かに言った。

「何を?」
「…以前から話していたろ、壊滅に乗り出すって」
「そうだったな…それで?」
「行動を開始しようと思うと、必ず……一歩踏み出す事が出来なくなる。
 こんなこと、今まで無かった。やると決めた時は、すぐに行動出来た。
 しかし、こればかりは、躊躇ってしまうんだよ……」
「原因は解ってるんだろ?」
「あぁ。……残された者の事を考えると……」

雅春が振り向くと、春樹は真剣な眼差しで自分を見つめていた。その目は本当に躊躇いを感じるものだった。しかし、その奥に秘めるものは、揺るぎない強いもの。

「おばさんは、どうおっしゃってる?」
「俺の思うとおりに歩いていけと…」
「成功する確率はあるのか?」
「低い。相手は一筋縄でいかない連中だ。先日が初めてじゃない。
 何度も何度も失敗をしている。一つは、直接関わっていないから
 あまり心配する事はない。しかし、もう一つは…。だから、今度こそ…」
「何度ぶつかっても諦めないのが、お前だろ。そして、必ず成功させる。
 それが真北春樹だ。……俺は信じてるぞ」
「俺の行動は、親父と同じだそうだ」
「もしもの事を思ってるのか? 二度も同じ目に……」
「そうだよ! もし、俺が帰ってこなかったら…お袋や弟が…また…」

狂ったように頭を抱えた春樹を見て、雅春は、春樹の思いを強く感じた。

「真北」
「なんだよ!」

強く当たる感じで返事をする。

「急ぐ事、ないだろ?」
「急がないと…。すでに一般市民が巻き込まれてしまった…」
「……何もお前が躍起になる事ないだろ? どうしてそこまで…」
「…許せないからだよ…。奴らのように、人を傷つけて平気な奴らが…。
 俺達家族が、何をした? 親父の仕事が、たまたまそうであったからなのか?
 ……なぜ、親父を狙ったんだよ!」
「真北?!」
「応えてくれよ、橋……」

雅春は春樹の腕を引っ張り、抱き寄せた。

「あのな、真北。…お前は、いっつも一人で突っ走る。時には立ち止まっても
 いいんだぞ? それが、今なんだ。警視正から直々に休暇を取れと
 言われたのに、何をしていた? 足を折った時も仕事をしていただろ?
 何もお前が自分自身に鞭打って、一般市民を守らなくても、
 他にもたくさん居るだろが。…それでも、お前は、やるつもりなのか?」
「…やるよ…やってやる。奴らが参りましたと言って、頭を下げてきても
 ………俺は許さない…」
「……そんな心を持つ奴に、守られたくないな…」

雅春は、そう言って突き放した。その勢いで、春樹はソファに倒れた。
いきなりの出来事に、春樹は驚き、顔を上げる。
雅春は、冷たい眼差しで、春樹を見下ろしていた。

「橋……」
「自分を大切に出来ないような奴に、俺は守られたくない」

春樹の心を閉ざしてしまいそうな冷たい言葉が、雅春の口から、今にも飛び出しそうな雰囲気だった。





道病院・隆栄の病室。
隆栄は、目を覚ました。

「……ん………。何してるんですか…」

病室に人の気配を感じ、ゆっくりと目をやった隆栄。そこに立っている人物は……。

「やっとお目覚めですか。毎日来てますが…」
「毎日って、桂守さん!!」

慌てたように言う隆栄を見て、桂守は優しく微笑んでいた。

「仕事は、和輝達で充分ですから。年寄りは出る幕ありませんからね」

優しく語りかけながら、桂守は隆栄の体を起こした。

「年寄りって、桂守さんは、俺の親父よりも若いでしょうがぁ」
「当たり前ですよ。若かりし頃を助けて頂いたんですから」
「それにしては、猪熊のじいさんの時代を知ってるよね……ん?」

隆栄は、桂守をじぃっと見つめる。

「あまり、見つめないで下さい。穴が空きます…」
「若さの秘訣…あるんですか????」
「実は、百歳を超えてます…」
「………………。さてと」

聞かなかった事にして、隆栄は、ベッドから降りようとしたが、足に力が入らずに倒れそうになる。

「隆栄さん!」
「……くそっ…!」

自分の体を把握して、悔しさのあまり、自分を支えた桂守に拳をぶつけてしまう。

「右足も右腕も…もう、動かせないんですよ」
「解ってる事を言うな!」
「だから、あれ程…」
「うるさい。復帰して何が悪い?」
「無理して復帰をなさるから、こうして…」
「あぁ、そうだよ。再び対決して、以前のような動きが出来なくて
 それでいて、あいつに対しては何も出来ない俺は、俺は……」

隆栄は、桂守の胸に顔を埋めた。

「どうせ、俺は………」

桂守にしか聞こえない声で、隆栄が呟く。

阿山の為に何も出来ない奴だよ……。

「……そんなこと…ありませんよ」

桂守の優しい声が、隆栄の心に響く……。
床に一滴のしずくが落ちた。





雅春は、春樹を見下ろしていた。その目には、怒りが籠もっている。握りしめる拳が、震えている。そして……。

「殺してやりたいほど、腹を立てていても、それをグッと堪えて
 穏やかに暮らせるように、他の方法を考えるのが人間だ。
 感情にまかせて行動して、満足するのか?」
「…後悔してばかりだよ。何度も何度もな…」

春樹は、両手を見つめた。
人を殴った感覚は消えた事がない。そして、何度か手にして、引き金を引いた時の感覚も……。

「…それにしても、どうして、所持してくれないんだよ。確か、あの夜、
 所持してたんだろ?」
「あれは、先輩が持てと懐に入れただけだ」
「使った癖に」
「……あの感覚が嫌なんだよ…。撃たれたときの痛さも知ってるからな。
 そして、撃った奴の哀しい表情も…」
「だから、お前は躍起になってるんだろ?」
「あぁ」
「……結局は、自己満足なんだろ?」
「なんとでも言え。自分が嫌な思いをした事は、誰にもして欲しくない。
 それだけだ…悪いことか?」
「いいや」

短く言って、雅春は春樹の襟首を掴み上げ、ソファに座らせた。

「弟の様子はどうだ?」
「今のところは落ち着いている。あの試作品、効果あったんだろうな。
 例の発作は起こらない。…まぁ、受験に向けて張り切っているのと
 道場に通い出したことで、精神も鍛えられ始めたんだろうな。
 嬉しいことだよ」
「受験?」
「教師を目指してると言っただろ。立派な教師を育てると言われる学校だよ。
 大学まで一貫だから、安心なんだけどな、区切りのある時には試験がある。
 俺が目指して、不合格だったところだよ」
「自分で見つけたのか?」
「俺が渡した資料と、航翔コンビと一緒に探した結果が、それ」
「…その二人も教師を目指してるのか?」
「弟と過ごす時間が多いだろ。その影響みたいだよ」

芯の話をする春樹の表情は、とても柔らかく、そして、温かい。

「でもさぁ、あの言動だよ……」
「そういや、小学六年生だったっけ……そう思えないな…」
「…だろ?」

お互い顔を見合わせ、沈黙が続く。

「くっくっく……」
「あっはっはっは!!!」

そして、どちらからともなく大笑いしていた。

「一番に考えるのは、弟の事だろ?」
「あぁ、そうだな。何をやらかすか、心配だからさ」
「ちゃんと合格するかもだろ?」
「まぁ、そうだなぁ」
「だったら、弟の成長を見届けてやれよ」
「………橋……」
「まぁ、確かに、例の影響で子供らしさを失っているようだけどさ、
 今頑張っている事くらい、見届けてあげろ」
「…そうだな…」
「真北」
「ん?」
「落ち着いたか?」
「…なんとかな……。ありがと」

本当に落ち着いたのか、春樹は微笑んでいた。

「俺で良ければ、何でも相談してくれよ。お前との仲だろ?」
「そういうお前には、悩みは無いのか?」
「一山超えてるから、平気だ」
「…俺以上に一人で抱え込むもんな、お前は」
「うるさいっ!」

雅春のクッションが、宙を舞う〜〜。





まさのマンション。
テーブルの上に置かれている黒い箱は、開けられた気配が無かった。
その箱をもらった日、まさは、京介に言った。

躊躇わなくて済むから、いいんだよ。

シャワーを浴び、ナイトガウンを羽織った京介が、リビングへやって来る。濡れた髪を拭きながら、テーブルの上にある黒い箱に目をやった。
まさは、仕事中…。
連夜続く、殺しの仕事。
京介は心配だった。まさの体が…。
いくら例の薬の効果があるとはいえ、いつか、きっと…。

京介が、アルコールを飲んでいる時だった。
玄関の扉が開き、まさが帰ってきた。
京介は急いで迎えに出る。
疲れ切った表情で、壁により掛かるまさは、京介の姿を見た途端、急に表情が変わった。

「起きてたのか」

京介の前に居る時と同じ…。

「兄貴…お疲れ様でした」
「なんだ、俺を待っていたのか…悪かった………な…」
「…!!! 兄貴っ!?」

まさは、その場に座り込む。…まるで、意識のない生き物のように……。


カーテンの隙間から朝日が差し込む。その眩しさに目を覚ましたまさ。
両腕に重みを感じ、自分の体を確かめるように首を持ち上げた。

「……京介?」

まさの体を抑えつけるかのように、京介は、まさの両腕を掴み、そして、口元から血を流して気を失っていた。

「京介、京介?」

京介の体を軽く揺する。

「……あ、兄貴……」
「京介、何が遭った?」

慌てて起きあがる、まさ。京介は手を放し、ベッドの下に倒れてしまった。

「…兄……貴…。落ち着いて……下さい……。敵は………もう…」

京介の呟きに耳を傾ける、まさは、自分の記憶にない事だが、何が起こったのかを把握した。

……京介……お前……。

「くそっ!!」

まさは、思いっきり壁に拳をぶつけた。




橋病院・雅春の事務室。
まさは、雅春に深々と頭を下げていた。雅春は、大きく息を吐く。

「……解った。ちゃんと話をしてこい」
「はい。その間、京介の事をお願いします」
「全治一ヶ月だけど、あの様子じゃ、治る前に追いかけるかもしれないなぁ」
「強く言っておきます」
「大丈夫なのか?」
「俺の言葉は必ず…」
「そうじゃなくて、原田君、お前の体の方。意識は保てるのか?」
「親分の……親分の声を聞かなければ、大丈夫です」

まさの言葉にホッとため息を吐く雅春だった。

「では、失礼します」
「…気を付けろよ」
「はい」
「ちゃぁんと待ってるからなぁ」

事務室を出て行く、まさを見送った雅春は、京介のカルテに目をやった。

『打撲による内臓損傷、多数の裂傷』

「あんの馬鹿…。それにしても、京介くんは、原田君のことしか
 考えてないんだろうな…。ったく……」

どいつもこいつも……って、俺もか…。

笑みを浮かべながら、ポケベルの呼び出しに応じて、事務室を出て行く雅春。
白衣の裾が、風になびいていた。




天地山にある天地組・組長室。

ズッサァ〜!!!

満が壁まで床を転がった。すぐに姿勢を正し、そして、額を床に着けた。

「お願いします!」

必死に謝る満の腹部を蹴り上げたのは、天地だった。

「満…てめぇ、自分の立場…考えろや」
「解っております。ですが…親分…これ以上、まさ兄貴を…!!」

天地は、満の髪の毛を掴み、引っ張り上げた。

「親分…お願いします」
「…まさは、俺の何だ?」
「息子同然の……」
「俺に忠実な…が付くんだよっ!」

鈍い音が聞こえた。
満は、額を床に打ち付けた。そこを中心に、床に血が広がっていく。

「…親分……」
「満ぅ〜。てめぇは、俺よりも、まさが大事なのか?」
「親分を…思う……兄貴が…大切です…」
「それなら、俺の言葉通りに続けておけ!」
「もう、もう…俺には出来ません。…兄貴を苦しめるような薬を……!!!」

後頭部に冷たい物を感じる満は、息を飲む。

俺が居なくなれば、兄貴は苦しまない…。

覚悟を決めた、その時だった。

「親分!!! 原田の兄貴が……」

組員が叫びながら、組長室へ駆け込んでくる。その直ぐ後には、若い衆が、転がるように入ってきた。
その様子に、天地はドア付近に目をやった。
そこには、怒りの形相をした、まさが立っていた。腰を抜かしたように床に座っている若い衆を見下ろすその目は、まるで……。

「血迷ったのか、まさ」

その声に、まさの目線は天地へと移った。

「それは……親分の方じゃありませんか?」
「……ほっほぉ〜、俺に、そんな口を利くのか?」

そう言いながら、ゆっくりとまさへ近寄っていく天地は、まさの胸ぐらへと手を伸ばした。
その手は、停められた。

「!!!! 満、その怪我は……」

天地の腕を掴んだのは、顔面を血だらけになっている満だった。

「…兄貴……すんません…。俺が……」
「京介から聞いている。だけどな、それを使うか使わないかは
 俺の問題だろ。…そんな面になるまで、刃向かうなって」

満に話しかける、その声は、とても優しく……。満は、涙を流していた。

「兄貴………」
「うわっ、満っ!!!」

まさの姿を見て、緊張の糸が切れたのか、満は、その場に倒れてしまった。

「満、大丈夫か?」
「大丈夫……です……」

そう言って、満は微笑んだ。

「…親分、どうされたんですか…。私の知っている親分は…」
「…お前を拾う前に戻っただけだ」

静かに言った。

「そうでしたか…。阿山組を潰すのは…それを機に、全国へと
 進出するのは……。私が、この仕事をする前からだったのですか。
 ……だから、あなたは……私の父を阿山組へ……そして…そして!」
「あぁ、そうだ。俺が命令したんだよ。……詳細は、こうだ。千本松組に
 阿山組壊滅を頼み、それに乗じて、黒崎と沢村の両家も狙った。
 その両家のことを…まさ、お前の親父の勇治に頼んだんだよ。それが、まさか
 阿山慶造達を巻き込んだとはな…。そして、そこに現れたのが
 小島だ。その小島の命を奪った後は、暫く身を隠しておけと言ったんだが、
 小島の方が、上手だったという訳だ。……しかしな、原田家を襲った
 手口は、………あの男が生きているという証拠を掴んだよ」
「…あの男とは?」
「……勇治の師匠でもある……桂守一族の生き残りだ」
「桂守?」
「その一族こそ、殺し屋としては右に出る者が居ない、そして、全国を
 駆け回る殺し屋だ。……俺は、その男のようになって欲しいんだよ。
 まさ……お前には…」
「親分。……しかし、私には…」

まさは、唇を噛みしめた。

「俺の気持ちに応えたい。しかし……命を粗末にしたくないんだろ?」
「…はい…」
「勇治は、そんな奴じゃなかったぞ」
「私は……私は、親父とは違います!!! 跡なんて、継ぐ気持ちは…」
「気持ちは無くても、奥底に眠るものは、そうだと語ってるんだよ。
 俺が与えた、この薬……」

天地は、内ポケットから、一つのバイアル瓶を取り出した。それこそ、まさに送っている『特効薬』だった。

「これは、人の心の奥底に眠るものを、呼び起こす代物さ…」
「!!!!」

驚きのあまり、目を見開くまさ。その表情を見て、天地はニヤリと微笑んだ。

「解ったなら、さっさと帰れ。…っと、その前に、満の治療はしていけよ」
「…親分」
「なんだよ、まだ、言いたい事があるのか? まさぁ〜」

赤子を操るような感じで、まさの顎をクイッと持ち上げる天地。

「薬は…もう、必要ありません。なので、送らなくて結構です」
「心臓の負担は減っただろ?」
「いつもの薬で治まります」
「それでも……」
「自分自身が、それを望んでいるなら…もう、遠慮する事…
 ございませんから……」

そう言ったまさの目には、途轍もなく恐ろしいものが見え隠れしていた。
思わず身を退きそうになった天地は、そっと手を放す。

「解ったよ。…満、もういい。いつもの仕事に戻れ」
「…はっ」

まさは、満を支えながら、組長室を出て行った。まさが出た直後に、駆け込んできた組員と若い衆も出て行く。
ドアが閉まると同時にソファに腰を下ろした天地は、沸き立つ思いに顔が弛んでいく。そして、高笑いをしていた。


天地の高笑いを遠くに聞きながら、まさは、満の部屋で、満の治療に当たっていた。

「兄貴……すみませんでした…」
「もう、何も言うなって。それよりも、キットを持っていて正解だったな。
 手遅れだと、傷跡が残るからさ…」
「残っても構いません…」
「駄目だ。こんな所に傷を残していたら、後々何を言われるか…」
「…兄貴?!」

まさの言葉に疑問を抱く満は、丁寧に縫合し始めるまさを見て、唇を噛みしめた。

「体は大丈夫か?」
「いつものことですから」
「それなら、安心だな」

そう言って微笑む、まさ。
その微笑みに、心が和む満だった。


いいな、満。考えておけよ。


まさは、そう言い残して、再び天地山を出て行った。

関東に向かう列車の中で、まさは黒い箱を開けた。

黒崎から入手した薬です。…まだ、試作段階のものですが、
裏で出回っているそうです。それを黒崎の弟から直接、
受け取ってました。…そいつは、この薬を作るのが楽しいという
恐ろしいというか、不思議な雰囲気を持っていました。

満の言葉を思い出した、まさ。
躊躇いもせず、そこに納められていた一つのバイアル瓶のフタを開け、そして、飲み干した………。
不思議な感覚に見舞われ、そして、視界がはっきりとしてくる。
まるで、今までの出来事を打ち消すかのように………。


その後も、例の事件は続いていた…。





小島家の玄関先に一台の車が停まった。
後部座席のドアが開き、車椅子が地面に降ろされた。そこへ隆栄が車から移動する。玄関先の光景に気付いた桂守が玄関から出てきた。

「よぉっ! 変わりないか?」

いつものように明るい声で隆栄が言った。

「隆栄さん……退院は……」
「だぁかぁらぁ〜、足と手だけだって。他は元気なんだからさ。
 まだ、準備中ですよ!! 五日後だとお聞きしておりましたから…」
「残りは何処だ?」
「隆栄さんの部屋です。後は全て整っているんですが…」
「当分の間、リビングで大丈夫だって」

桂守が、隆栄の車椅子を押して自宅へと入っていった。

「なんだか、俺のために…って感じだな」
「当たり前ですよ。ここの主は隆栄さんですよ!」
「そうだった…すっかり忘れてた…」
「……ったく…。…もしかして……」

ふと過ぎった考えを確かめるかのように、桂守は隆栄に恐る恐る尋ねる。

「ん?」
「仕事に復帰……とか…おっしゃいませんよね?」
「言うつもりだったけどなぁ〜。駄目?」
「四代目が駄目だと…」
「出掛ける気は起こらないから。……自宅療養!」
「仕事の方は私共に任せて、隆栄さんは、今までの分、しっかりと
 休養なさってください。……復帰するなら、そのおつもりで」

桂守は、最後の言葉だけをこっそりと告げた。
目の前に美穂の姿があったから……。

「隆ちゃん!!!!!! また勝手にぃ〜」
「ちゃんと退院許可出てるよぉ」
「……脅したでしょぉ〜?」
「ほんの少しね…」
「もぉ〜〜。……五日後のつもりでスケジュール組んだのにぃ。
 組み直さないと駄目でしょぉ〜」
「俺の事を含めるからだよ。いい加減に慣れろって」
「隆ちゃんが家にいる間は、誰が面倒見るんよぉ〜……!?!!」

美穂が言うと同時に、桂守は自分自身を、隆栄は、自分の後ろにいる桂守を指さしていた。

「そっか……桂守さん」
「はい」
「宜しくお願いします」
「美穂さん。改めておっしゃらなくても……」
「何度言ってもいいでしょ! じゃぁ、買い物に行ってくる! 退院祝いっ!」

リズミカルな足取りで、美穂は買い物に出掛けていった。

「って、美穂ちゃぁん、何も急に〜……遅かったか。…桂守さん」
「はい」
「リハビリも頼みますよ」
「任せてください。前回より、ゆっくりと進めていきますからね」
「解ってるよ。まぁ、二回目だから、慣れたもんだけどさ」
「…前回よりは、重傷なんですからね……本当に、自覚なさってください…」
「………すみません…」

隆栄は、リビングのソファに移る。そこへ、栄三が珈琲を差し出した。

「おったんかい」
「お帰りなさいませ」
「…………………えらく真面目だな…何か遭ったのか?」
「しゃぁないやぁん。卒業が近いんだからさ」
「そんなにやばかったのか?」
「やばくは無いんだけどさぁ。たまには真面目もいいかなぁって」
「それで、卒業後は、俺の代わりか?」
「そのつもりですが、それは、四代目の許可を頂いてからです」
「……許可というより、試されるだろうなぁ。栄三、覚悟しとけよ」
「その為に、色々と教わりましたから。ねっ、桂守さん」
「は、はぁ〜……」

急に言われて桂守は焦ってしまう。
なぜなら、隆栄から強く言われていたから……。

これ以上、栄三に、厄介な事を教えるな。…俺が許さん…。

桂守の背中を、冷たい何かが伝っていった。
それは、桂守にしては、非常に珍しい事で……。
隆栄の目の奥に、炎を見た桂守だった。




道病院・春奈の病室。
芯が、空になった食器をお盆に乗せて病室を出て行く。春奈は、ゆっくりと布団に潜った。
芯が戻ってくる。

「芯、あとはいいから、帰りなさい」
「大丈夫です。勉強道具は持ってきましたから。それに、心配です」
「春樹の事?」
「それもありますが…」

芯はベッドの側にある椅子に腰を掛ける。

「お正月くらい、帰ってくるでしょう」
「いいえ」

力強く応える芯に、春奈は驚いた。

あらら、この子ったら、春樹の事が解ってるのねぇ〜。

優しく微笑む春奈だった。

「悩み事?」

春奈の言葉に静かに頷く芯。

「兄さん…もしかしたら…」
「寂しい?」
「…寂しくないと言ったら、嘘になるかも知れない。だって、兄さんは…」

言葉が詰まった。
春奈は、体を起こし、芯を抱き寄せた。

「無理しないの」
「もし、私の思いを知られたら、兄さんの気持ちが揺らぎます…。
 そうなると、兄さんに負担が…」
「芯は未だ、子供でしょう? 自分の思いを堪えるのは早すぎるよ。
 春樹に打ち明けなさい」
「できません…」
「…芯…」
「………兄さんを…独り占めしたい…よ…」

そう言うと同時に、芯は激しく泣き始める。
春奈は芯の涙を止めるかのように力一杯抱きしめた。

気持ちが落ち着いた芯は、春奈の側で勉強を始める。

「母さん、ここですけど…」
「ん? …あぁ、それはね…」

春奈の教え方は、芯にヒントを与え、芯自身が理解するような方法だった。自分で考え、理解する。そのような方法で、色々と身につけるようにさせる春奈。それは、将来の事を考えての事だった。

「なるほど!! そうですね。ありがとうございます」

再び勉強に集中する芯。
春奈の病室のドアが開いた。

「お袋っ! 帰宅したら、ここだって……どうして連絡くれないんですかっ!」

春樹が息を切らして立っていた。

「兄さん、お帰りなさい」

勉強に集中していた芯の言葉は、的を外れている……。
その言葉を聞いた春樹は、力が抜けたように壁に寄りかかった。

「……芯〜、何か違うって…」
「えっ?! …………あっ!! す、すみません〜」

照れたように真っ赤な顔をして、首を縮める芯を見て、春樹も春奈も優しく微笑んでいた。

「定期検診と年末年始の事を考えて、雅春くんが、どうぞって言っただけよ。
 別に体調が悪くなったんじゃないわよぉ〜。本当に春樹ったら…」
「すみません……。…で、芯は、ずっとここなのか?」
「道具一式持ってきました」

春奈と芯の言葉を聞いて、二人が何を思ってこのような行動に出たのかが解る。
年末年始、忙しくなる時期に、家族のために気を遣うな。

「兄さん、仕事は?」
「今日は午前だけ。明日の夜から年明けの五日までぶっ通しだからな」
「今年は更に忙しいんですね」
「まぁな。…芯、解らないところは?」
「母さんに教えてもらいました。今のところは大丈夫です」
「そうか」

春樹は、芯の横顔を見つめながら、隣に腰を掛けた。

「……?? なんですか?」
「ん? 何も」
「見つめないで下さい…」
「いいだろぉ、久しぶりなんだからさ」
「兄さん……!! あのねっ!!」

春樹の行動に怒りを覚えた芯は、思わず肘鉄……。

「うごっ……芯……手加減…覚えろ…」
「兄さんには必要ありません!」
「しぃん〜〜っ!」
「それなら、止めて下さいっ!」
「いいだろぉ〜」

……と再び、春樹は芯の頬に軽くチュッ!

「あぁのぉねぇ〜。そういうのは、素敵な女性にするものでしょうっ!!」
「……し、し、芯?!?」

芯の言葉に驚く春樹。しかし、それは、喜びに変わる。

「そっか、お前も大人に一歩近づいたかぁ〜。そっか!」

最愛の弟の成長を喜ぶ春樹。
それが、春樹の決心を強くさせた。



(2004.6.25 第四部 第七話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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