任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第八話 決意。

真北家・玄関
芯が靴を履き立ち上がった。振り返ると後ろには、春樹が立っていた。

「では、行ってきます」
「芯、がんばれよ」

春樹の力強い言葉で、少し緊張の面持ちだった芯の表情が綻んだ。

「はい」

そして、笑顔で応えた。

「大丈夫だってぇ。芯は頑張ったんでしょ? いつものように…ね」
「はい、お母さん。では、行ってきます」
「気を付けてね」

芯は出て行った。
芯の受験の日。
将来の夢・教師になる為に、自ら見つけた教育大学付属の中学校。中学の時から学んでおけば、すぐに身に付くだろうという事で…。

「なんだか、春樹の時を思い出すわぁ」
「…お袋ぉ〜」
「芯と同じように緊張した顔して、靴履いて、そして…」
「親父に『がんばれよ』と言われたけど……見事に落ちました!」

春樹は笑っていた。

「今は笑えるんだぁ」
「当たり前ですよ。過去のこと」
「不合格と知った時は、泣いていたのにねぇ〜」
「ショックでしたから」
「そりゃぁ、受験の日に遅刻は駄目でしょぉ」
「そうですね」
「ま、遅刻の理由は、後程聞いて、びっくりしたけど、どうして、言わなかった?」
「言い訳になりますからね」
「理事長も許してくれたはずなのに」

二人はリビングへと入っていく。

「春樹らしい…って、あの人も言ってたわぁ」
「……芯……大丈夫ですよね…」
「航くんと翔くんが一緒だから、安心よ。二人には本当に
 お世話になってるわぁ」
「そうですね。芯の暴走を停めるのが、私の他に居ますから…」
「春樹」
「はい」
「やっぱり……考えているのね」

春樹の言い方で、春樹の心を知る母の春奈は、もう、諦めていた。

「えぇ」

静かに応える春樹。

「もう、言い飽きたからね。…でも、本当に…」
「私は死にませんよ。大切なものがありますから」

揺るぎない表情。
春奈は安心しながらも、やはり…。
春樹は、出掛ける準備に入る……。





阿山組本部・会議室
幹部達が雁首揃えて、深刻な表情をしている。

「……厚木ぃ〜、本当に実行するのか?」

猪戸が静かに言った。

「まぁな。更に新しいのん、出来たからよぉ。別に試す訳じゃないさ」
「あまり派手に動くなよ。後が厄介だ」
「後とは、お縄の方? それとも報復?」
「両方だ。お前の行動で、四代目がどれだけ迷惑を…」
「いいじゃありませんか。良い方向に向かってるんですから」

猪戸の言葉を遮るように言う厚木会長。その言葉と同時にドアが開き、慶造と修司が入ってきた。

「遅くなった。…で、厚木、何が良い方向に向かってるんだ?」

少し威嚇混じりに尋ねる慶造に、厚木会長は、自慢げに応える。

「全国制覇ですよ。闘蛇組と手を組めば、そりゃぁもう…ねぇ」
「一筋縄で行けるところか? 慎重に事を運ばないと、難しいだろうが」
「その辺りは、任せて下さい」
「……ったく……。それで、明後日か?」
「はい。では、これで」

厚木会長は一礼して会議室を出て行った。
その後ろ姿に、嫌な予感がする慶造は修司に耳打ちする。修司は、厚木を追いかけていく。

「四代目…」

猪戸が声を掛ける。

「気にするな。猪熊に任せておけ」
「は、はい…」
「兎に角、明後日の準備をしておけ。いいな、誰も身につけるなよ」
「はっ」

慶造も会議室を出て行った。
大きく息を吐く幹部達。

「川原、飛鳥、…どうする?」

猪戸が尋ねる。

「命令に背けません」
「私も川原と同じく…」
「相手が差し出してもか?」
「はい。この身一つで、四代目を守ります」

川原と飛鳥は声を揃えて言った。

「そうだよな…お前らの行動は考えられるか…。あの笹崎の子分だとな…」
「猪戸さんは、どうされるんですか?」
「…わしか…。わしは、所持しておくよ。奴らの考えが解るだけにな…」
「そうですね。闘蛇組は、血を見る事が好きですから…」

飛鳥が静かに言った。

「厚木に任せていては駄目でしょうか…」

何か策があるかのように川原が言う。

「手を切る…チャンスか…」

猪戸の言葉に、誰もが納得する。
武器関連では、右に出る所が無いと言われる厚木会。阿山組四代目と手を組んでからは、水を得た魚のように活き活きと最新鋭の武器を作っていた。
全国制覇へ向けて。
この世界に生きている者なら誰もが考える事…全国制覇。
主になって動く事は決してない厚木会。誰かに『寄生』して世を渡る。
阿山組に古くから居る者なら、慶造の思いは知っている。
その思いを端から崩してしまうような行動は、厚木会と深く関わるようになってから。
なぜ、慶造は手を切らないのか。
不思議に思いながらも、誰も尋ねない。
それを知っているのは、どうやら修司だけのようで……。

「…取り敢えず、準備しとくか」
「そうですね」

席を立ち、会議室のドアを開けた猪戸は振り返る。

「姐さん…行くのか?」
「えぇ。その方が話しを進めやすいかとおっしゃって…」

川原が応えた。

「解った」

静かに返事をして猪戸は去っていく。他の幹部達もゾロゾロと出て行った。

「なぁ、川原」

飛鳥が尋ねる。

「あん」
「姐さんが御一緒ということは、やはり危ないんじゃないのか?」
「危ないよ」
「おやっさんに相談するか…」
「そうだな…」

幹部となっても、未だに元親分である笹崎に相談する二人だった。



その日の夜。
高級料亭・笹川の一室では、笹崎の前で川原と飛鳥が正座をして、笹崎の言葉を待っていた。
笹崎は大きく息を吐いて、お茶を一口飲む。そして、静かに口を開いた。

「お前らで考えろ。俺は、もう足を洗ったんだぞ」
「しかし、おやっさん!」
「……川原はどうなんだ?」
「…私は、四代目の言葉に従い、武器は所持しません。もし、四代目を
 狙いそうなら、この身を盾にしてでも、四代目を守ります」
「四代目が一番嫌う事だぞ」
「それとなく…行動に出るつもりです」
「それとなくでも、慶造さんは気付くよ」
「解っております。ですが…」
「………飛鳥は?」
「私も同じ思いです。しかし、おやっさんが行っていたように、私は
 こっそりと所持しておきます。…持っているだけで、使いません」
「既に決意してるなら、俺に相談する事ないだろが」

笹崎は湯飲みに手を伸ばす。

「いつまでも、頼るな」
「すみません……」

川原と飛鳥は深々と頭を下げた。

「……それで、明後日なのか?」
「はっ」
「闘蛇組は、厄介だろうけどな、今は違う行動をしていること、知ってるのか?」
「違う行動?」
「あぁ。……ある日をきっかけに、標的を変えている」
「ある日…?」
「一人の刑事を殺してからだ」

怒りを抑えるかのような言い方をする笹崎は、それを誤魔化すようにお茶を飲み干す。飛鳥が、新たなお茶を注いだ。

「恐らく、知られてはいけないような何かを始めている可能性がある」
「それは一体…」
「まだ、調べてる所だ」

笹崎の言葉で、二人は首を傾げる。

「……って、おやっさん!!」
「うるさい」

二人の言いたい事が解ったのか、笹崎は二人の言葉を遮るように言った。

「俺は、もう関係ないと言っただろ?」
「…かしこまりました。では、明後日に向けて準備をしておきます」
「あぁ。…あまり…」
「ご安心を」

笹崎の言葉を遮るように言う二人。

慶造さんに心配掛けるな。

それは、笹崎組に居た頃から五月蠅いほど聞かされた言葉。

「失礼致しました」

深々と頭を下げて、川原と飛鳥は部屋を出て行った。

「ふ〜〜」

未だに…狙ってるよな…。

笹崎は一枚の写真を見つめた。
そこに写る人物は……。





真北家・ダイニング。
テーブルの中央にはケーキがあり、賑やかなおかずの数々…。

「お待たせぇ」

元気よく声を挙げ、食卓に新たなおかずの乗せたのは、春奈だった。

「お袋、これ以上は…」
「そうです。食べ切れません」

春樹と芯が言う。その言葉と同時に、春奈は寂しそうな表情になり、目に涙を浮かべた……。

「あっ、いや、その……」

焦る春樹と芯。そんな二人を見て春奈は言った。

「嘘だよ。いいじゃないよぉ、芯の誕生日を兼ねて、合格前祝い!」
「まだ、合格したとは…」
「自信たっぷりの表情を見たら解るわよ。完璧でしょ?」
「はい。航と翔もそのようでした」
「じゃぁ三人で通う事になるね。一体、どんな教師になるのかなぁ」

わくわくした表情で春奈は次の料理に取りかかろうとキッチンへ…。

「って、お袋っ!! 食べましょう」

慌てて引き留める春樹だった。
明るい笑い声が響くダイニング。
それぞれの笑顔が輝いている。

「兄さん」
「ん?」

春樹は、ほろ酔い気分…。頬を赤らめながら、芯に返事をするが…。

「…って、兄さん!!! いい加減に、その癖止めて下さいっ!!」
「いいだろぉ〜」

そう言いながら春樹は、芯の頬に軽く口づけをしまくる。

「もぉ〜っ!!!!!!」

芯は、春樹の顎を掴み、力一杯押していた。春樹は、それでも止めなかった。
そんな兄弟を、春奈は優しく見つめていた。

「芯、中学に行ったら、クラブ活動するのか?」
「そのつもりです。これからの為にコンピュータ関係を」
「格闘技じゃないのか…」
「道場に通っているのに、クラブには無理でしょう!」
「そっか…そういうもんか…」

納得したように言って、春樹はアルコールが入ったグラスに手を伸ばす。

「まぁ、芯が受けた学校は、何に付けても先を行く所だからなぁ。
 コンピュータ関係も確か優れていると言ってたよな」
「はい。何かの役に立てばと思いまして…」
「無理するなよ」
「心得てます」

笑顔で応えた芯を見て、春樹は、

「う〜ん!! 良い子だなぁ〜!」

芯に頬ずりする。

「もぉ〜兄さん!! 酒癖悪いですよ!!!」
「いいのいいの! …うごっ……」

思わず肘鉄を向けた芯。それは、春樹の鳩尾へ見事にヒット……。

「春樹っ!」
「兄さんっ!」

どうやら、前日、無茶をして怪我をした様子。それを黙っていた春樹は…、

「芯、手加減覚えなさいと何度も言われてるでしょう!」
「母さん、私は手加減出来ません!! でも、これくらいで……あっ!
 兄さん、また、黙っておられたんですね!!!」

芯に服をめくられる。そこには、ガーゼが貼られていた。

「兄さん、こぉれぇはぁ〜??」

芯が、怒りの形相になっていく…。

「かすり傷。階段から落ちただけだ!」
「そのように見えませんよ!!」
「うるさぁい!!」

春樹の怒鳴り声に、芯が泣き出した。

「…うわぁ〜ん!!!」
「あっ、芯! ごめん!! すまん!!!」

焦る春樹。
春奈は、呆れたような嬉しいような表情をして二人を見つめ、芯をあやす春樹に微笑みながら、キッチンへと向かっていった。

「って、お袋っ!」
「デザートですよ」
「は、はぁ…」

芯は、春樹の胸に顔を埋め、しゃくりあげていた。




慶造は高級車の後部座席に座り、窓の外を見つめていた。

「四代目、何か不服な事でも?」

修司が声を掛けるが、慶造は上の空。

「猪熊さん、今は…」

慶造の隣に腰を掛けているちさとが言う。

「そうですね。すみません」
「猪熊さん」
「はい」
「リラックスですよ」
「しかし…」

その時だった。

「修司」

慶造が静かに呼ぶ。

「ん?」
「大丈夫だって。気にするな」
「そう言われてもな、慶造、俺が伝えた事…」
「解ってる。だからって、何も緊張する事ないだろ?」
「もしものことがあるだろ? …俺、もう見たくないぞ」
「俺だって、お前のあの面…見たくないからな」

そう言って二人は睨み合う……睨み合う……………。

「あなた、猪熊さん……いい加減にしなさい…」
「!!!!」

ちさとの低い声に、二人の雰囲気は一変する。

「すみません…」

思わず謝る二人だった。
同乗している三好と運転手は、なぜか緊張している。

「どうされました、お二人とも」

ちさとが声を掛ける。

「い、い、いいえ……何も御座いません!!!」
「ちさとの雰囲気に驚いてるだけだよ」
「…まぁ、そうなの?」
「滅相も御座いません!!!!!」

慌てたような言い方に、ちさとと慶造、そして、修司は笑い出す。

「お前らなぁ〜」

ちさとは、何故かふくれっ面になっていた。

「ちさと?」

プイッ!

慶造の呼びかけに、ちさとはそっぽを向く。
慶造は修司に目をやった。

知ぃらないぃ〜。

修司の目は、そう言っていた。

ったく…。

慶造は再び窓の外を見つめる。
雪が降っていた。




闘蛇組組本部
慶造、ちさと、修司、そして厚木会長、阿山組組幹部たちが、本部の奥にある応接室へと案内される。もちろん、途中でボディーチェックを受けるが、何も所持していない…ということで、応接室へと通された。

「…丸腰って…狙って下さいというようなもんだよな」

闘蛇組の若い衆が呟いた。


応接室。
ソファに腰を掛けた慶造と闘蛇組組長の林。二人は何も話さず、ただ睨み合っていた。慶造の隣に腰を掛けたちさとが、優しく声を掛ける。

「初めまして。阿山ちさとと申します」

その声に、林は表情を変えた。

「林です。このたびは、こんな遠いところまで足を運んで頂き、
 誠にありがとうございます。…お話は、そちらの猪熊から
 お聞きしております。まぁ、くつろいで下さい」
「ありがとうございます」

にっこり微笑むちさとを見て、林は何故か目を反らす。

「猪熊から話しを聞いているなら、返事だけを聞こうか」

慶造が静かに言った。

「返事……か。昨日の今日で無理だな。俺の気持ちは変わらない」
「そうですよね。それでも、お願いします」
「…お願い? あの天下の阿山組四代目が、そんな事を口にするとはね。
 フン。驚いたもんだなぁ。自分の意見を通すために、時には強引な
 やり方をする…そう耳に入ってますよ。なのに? その態度?」

林はソファにふんぞり返る。

「呆れるよなぁ〜。こっちは、そのつもりで、用意していたというのに、
 今日は全員、丸腰だってな。どういうつもりだよ…俺達が狙わないとでも
 思っているのか?」

林の言葉と同時に、応接室に居る闘蛇組の組員達が一斉に懐から銃を取りだし、慶造達に向けた。
慶造は平然とした表情で座っていた。修司たちも銃口に怯むことなく、じっとしていた。

「…丸腰の人間に銃口を向ける…。どうされました、林さんらしくない」
「この距離でも避けられると…そう思っているのか?」
「卑怯な手は…使いたくないんじゃありませんか?」

お互い怯むことなく睨み合っていた。その時…。
風が、応接室を横切った。それと同時に床に何かが落ちる音。

あちゃぁ〜っ…。

慶造が項垂れる。
林は胸ぐらを掴み上げられた。掴み上げる人物に闘蛇組組員が床に落ちた銃を手にし、銃口を向けたが…。

「うおっ……」

側頭部を蹴られ、真横に倒れてしまった。

「……ちさと……」
「はい? …あっ!」

ちさとが、目にも留まらぬ速さで闘蛇組組員達をなぎ倒し、そして、手にしている銃を床に落とした途端、林の胸ぐらを掴み上げていた。そんな行動は、ちさと自身、無意識だったようで……。

「そういうことですか…」

林の呟きが聞こえたのか、ちさとは慌てて手を放した。

「銃を向けるよりは、よろしいかと」

慶造が言った。林は息を吐きながら服を整え、座り直す。

「それにしても、四代目と生きていくと決めただけありますね。
 その素早さに追いつけませんでしたよ」

ほんの一瞬だが、ちさとから醸し出された極道としてのオーラ。それに反応したのは、林だけでなく、慶造と修司もだった。修司は、ちらりと慶造を見る。慶造は、恐縮そうに首を縮めているちさとを見つめていた。
その表情から考えられる事。
それは……。

「四代目、今日は…」

修司が声を掛ける。

「ん…あ、あぁ、そうだな。すまない、林さん。しかし、考えは…」
「あまり…期待せんようにな」

にやけながら言う林だったが、慶造は何とも思っていない様子だった。
頭の中は、ちさとの事しか考えてない…姐さんが…板に付いている…。
あの日、共に行動すると言ってから、こうして、組関係の男達と一緒に逢っていた。その間に、ちさとの身に染みついていた様子。それを心配する慶造は、今後の事を考えていた。

その時だった。

耳をつんざくような銃声が響き渡った。
慶造はちさとを、修司は慶造を守るように立ちはだかる。
阿山組組員と闘蛇組組員が会議室に駆け込んでくる。

「何が起こったっ!!!」

林が怒鳴る。

「厚木会が、発砲を…」
「…あんの馬鹿…」

拳を握りしめる慶造。その手にちさとは、そっと手を添えた。

「ちさと?」

ニコッと微笑んだちさとは、応接室を出て行った。
それと同時に銃声が、止んだ。

「四代目!」

ちさとを追いかけるように慶造が応接室を飛び出した。もちろん、修司は追いかける。慶造は、ドアの側に立ちつくしていた。
廊下には、厚木会の組員が横たわり、闘蛇組組員が両手を上げて立っていた。慶造が見つめる先には、ちさとが、銃を持つ厚木会長の腕を掴み上げている。
そのちさとの腕が、真っ赤な色へと静かに染まっていく…。

「姐さん!」

修司が素早く近寄り、手当てをする。

「無茶なさらないで下さい」
「……誰が……誰が…」

慶造の体から、怒りのオーラが発せられる。

「誰が撃ったぁっ!!!」

慶造の怒鳴り声に、誰もが腰を退く。

「私が目測を誤っただけです」

凍り付いた雰囲気を変えるかのように、ちさとが明るく言った。

「これ以上………!!! くそっ!」

慶造は怒り任せに壁を蹴り、そして、厚木の前にやって来る。

ドカッ!

慶造の蹴りが、厚木の腹部に突き刺さる。その勢いで床に横たわってしまう厚木は、苦痛で歪む顔を上げた。
慶造は、獲物を捕らえた獣のように鋭い眼光で見下ろしている。
そして、その目は……。

てめぇ、許さん…。

「お前ら、帰るぞ」

慶造が一歩踏み出した時、応接室のドアが開く。そして、林が姿を現した。

「阿山さん」

呼ばれて振り返る慶造。

「そんなオーラをお持ちなら、とことんまで、やり合いましょうか」

林の言葉に返事もせず、慶造は歩き出す。慶造に続いて、ちさと、修司、そして、阿山組幹部達も歩き出した。

「お礼は近々!」

歩いていく慶造の後ろ姿に優しく語りかける林だった。

慶造達が去っていった。林は、組幹部に静かに告げる。

「準備しとけ」
「はっ。それと…先程、情報が……」

幹部は、林の耳元で何かを伝えた。
林は、不気味に微笑んでいた。





「お茶入れました!」

笑顔でお茶を差し出す司に、春樹は微笑んだ。

「ありがと。う〜ん、おいしいね」
「真北さんの言う通りに入れてみただけです。父にもほめられました」
「そっか。よかったな」

春樹は笑顔で応えた。その笑顔よりも更に素敵な笑顔を向ける司。

「ありがとうございます!」

司は、嬉しそうに去っていった。
春樹の表情が、がらりと変わる。
その目こそ、獲物を狩る豹のようだった。デスクの上にある資料を見つめる。

『闘蛇組と阿山組に関する情報』

そこには、先日、その二大組織が話し合いをしたという経緯とその結果が書かれていた。

姐さんが怪我…か。

春樹は用紙をめくる。
銃器類が使われた事、話し合いは決裂し、抗争が勃発しそうだという事。
それらが、事細かく書かれていた。そして、最後の一枚には、その情報をくれた人物からのメッセージが書かれてあった。

「……優雅の奴…俺の事を考えるなって」

今が両方を潰すチャンスだが、危険を伴う。
だから、真北、やめておけ。
どちらかが潰れるのを待っておけ。
弟さんの為にもな!

春樹はフッと笑い、そして目を瞑る。

「真北刑事?!」

春樹の急な行動に、その場に居た刑事達が驚く。
何かを決心したのか、春樹は立ち上がり、出て行った。

春樹が向かう場所。そこは、署長室。

「失礼します」

春樹は入って行った。
春樹を追いかけるように、刑事達が署長室の前に集まる。
少し遅れて、給湯室で後かたづけをしていた司が、事務室へ戻ってきた。

「誰も居ない……」

ふと目に飛び込んだのは、春樹のデスクの上にある資料。

「闘蛇組と阿山組?」

ちらりとめくる司は、目を見開いた。

真北さん、まさか……。

廊下に突然響く署長の声に、司は耳を傾けた。

『誰か、真北を停めてくれっ!!!!』

司は、事務所を飛び出し、署長の前へとやって来る。

「署長、何が遭ったんですか?」
「真北が、阿山組壊滅に乗り出すと言って来た」
「えっ? それは、絶対に行わないと言っていたはずです」
「とうとう堪忍袋の緒が切れたみたいだな」
「…停めてきます!」

力強く言って、司は、春樹を追って走り出す。



春樹は、駐車場に停めている車に素早く乗り込み、エンジンを掛ける。


司は、人を押しのけ建物の外へと駆け出した。駐車場に目をやると、春樹の車が走り出すところだった。
司は危険を顧みず、春樹の車の前に飛び出し、行く手を阻む。

急ブレーキと共に、車は司の体寸前で停まり、春樹が飛び降りてきた。

「富田!!!」
「署長から、聞きました。…真北さん、絶対に行わないとおっしゃったのに…」
「すまん。…しかしな、阿山組のように銃器類は使わない。きちんと
 仕事として、向かうだけだ。もしものこともある。だから、俺は…」
「私も、お願いします!」
「富田、知っているだろう? 相手は極道だ。もし、生き残りが居たら、
 それこそ、家族に迷惑が掛かるんだぞ。本部に一番近いお前の
 おやじさんたちが、危ないんだぞ?」
「親父だって、俺が、この仕事に就いた時に、覚悟してます!」
「…でもな、覚悟をしていても、その時が来たら、やはり……哀しいもんだぞ?」

震える春樹の声。そして、その目は、哀しみに包まれていた。

「俺が、そうだったからな…。親父から、常に言われていた。だけどな、
 その時が来たら、やはり、哀しかったよ。…俺は、富田の親父さんを
 そんな思いにさせたくないんだよ」

春樹の声は切ない…。その声に司は感化される。

「それは、真北さんの母や、弟さんも同じではありませんか?」
「…あぁ。だから、今から、縁を切りに行くんだよ。…そうでもしないと…。
 これ以上、お袋に迷惑かけられないからさ…」

春樹は、寂しそうに笑みを浮かべた。

「真北さん…。辛い思いは、みんなで分かち合えば、少しは楽ですよ。
 俺、みんなを募ってきます。決行日を教えて下さい」
「富田、お前…」
「今まで、共に動いて来たんです。お一人では行かせません!」

力強い司の言葉は、春樹の心を震えさせた。

富田……。

「……ありがとな…。言葉に甘えるよ」
「はっ! …でも、決して、お一人では向かわないで下さい」
「…富田…」
「真北さんのお考えくらい、解りますよ」

司は笑顔で言った。

「ちっ、お見通しか。よし、解った。富田…付いてこい!」
「はっ」
「ちゃんと…親父さんにも伝えておいてくれよ。もしかしたら、
 迷惑が掛かるかもしれないからな」
「かしこまりました。お待ちしております」
「あぁ」

優しく返事をし、春樹は車に乗り込み去って行く。
司は、敬礼して春樹を見送った。その後ろに、刑事達が集まってきた。

「富田、お前…」
「…私は、真北さんに付いていくと決めてます。悔いはありません」
「もし、戻らなかったら…お前…」
「それでも、真北さんと共に出来るなら……」
「俺もだ」
「俺も」
「お前ら……」

名乗り出た刑事達は、春樹に色々と教わった者達だった。
春樹に助けられ、そして、尊敬する刑事達。
それは、先輩後輩問わず、一人の刑事としての心意気。

「いつだ?」
「三日後。それまでに、色々と手続きをするそうだ。万が一の事を考えて。
 俺も親父に伝えておく。だから、お前らも…」
「あぁ」

静かに応える刑事達。
その心には揺るぎない何かが芽生えていた。

「ようし!」

やる気満々の表情で、司は署内に戻って行く。刑事達も入っていった。

誰も…停められないのか…。

署長室のブラインドから外の様子を見ていた署長は、諦めたような息を吐き、そして、受話器を手に取った。

「もしもし、申し訳御座いません。…真北を停められませんでした。
 はい。……はい、そうです。……もしかしたら、そのお話が…」

深刻な表情をして、どこかに連絡を入れる署長だった。




真北家。
春樹は、母の前で深々と頭を下げていた。

「春樹……」

母は、そう言ったっきり、黙ってしまう。

「申し訳ございません」

春樹は、顔を上げ、母を見つめる。
母は、毅然とした態度で春樹を見つめていた。

「お話は、鈴本さんにしております。なので、三日の間に…」
「解った。…だけど春樹……」
「もう何も言わないで下さい……決心が…」
「そうね……」
「では、これで」

春樹は、静かに言って立ち上がり、自分の部屋へ向かって行く。
荷物をまとめている時に、芯が帰って来た。

「兄さん、今日は、早いんだね。……兄さん?」

芯は、春樹の姿を見て、疑問に思った。

「これから、出張ですか?」
「……長い間な」

春樹は、芯に振り返る。芯は、その表情を見て、何かを悟った。

「明日…合格発表です」
「そうだったな。お前なら、大丈夫だ…そう言っただろ?」
「兄さん、一体…」
「芯」
「はい」
「お袋を、頼んだよ」
「えっ?」
「お前なら、任せていて安心だからな。…そして、何が遭っても、
 俺の事は、一切、口にするな」
「兄さん、まさか、あの話………!!!」

芯は、春樹に抱きついた。

「行かないで…下さい……」
「…どうしても、許せなくてな。…これ以上、俺のような思いを
 させたくないからな」
「兄さん、俺の思いはどうなるんですか? 家族を犠牲にする
 必要があるんですか?」
「犠牲じゃない…守る為だ。相手は極道だ。もしもの時に、
 家族に危害を及ぼすかもしれない。現に、親父の時が
 そうだっただろ?」
「…俺は覚えてません。でも、そのことが遭ったのは知ってます」

芯の声は震えていた。
春樹は、芯を見上げる感じにしゃがみ込む。

「お前は、芯の強い子だ」

その声は、とても温かく、そして、力強い。

「強くなんか…ありません。兄さんが居たから…」

芯の目から、涙が溢れ、頬を伝う。
春樹は、その涙を優しく拭う。

「行かないで…下さい…」

その声に、春樹は思わず…

「芯!!」

芯をしっかりと抱きしめた。

「いつでも、見てる…見守ってるからな……だから…心配するな」
「兄さん……!!!!」

芯は、それっきり何も言わなくなった。
春樹の決意が伝わった瞬間だったのだ。
芯は、春樹の胸に顔を埋め、涙を必死で堪えていた。




そして、その日がやって来た。



(2004.6.30 第四部 第八話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
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 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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