任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第九話 こぼれ落ちる涙

慶造は静かな朝を迎えた。

「ふん〜うがぁ〜」

何とも言えない雄叫びをしながら、背伸びをし、窓の外を見つめた。
こんな時期に珍しく、庭にある木々で鳥たちが飛び交っていた。

春も近いか…。

慶造は庭に出た。そして、庭木を見つめながら、一服吸う。
立ち上る煙に気付いたのは、朝早くやって来た修司だった。

「慶造」
「あん?」

振り返った慶造は、くわえていた煙草を慌ててもみ消した。

「あちっ!!」
「やけどすんなよ」
「すまん。…で、なんだ?」
「その…桂守さんからの連絡」
「桂守さんから? 小島が何か嗅ぎつけたのか?」
「それに近いらしいな。闘蛇組が動いた」
「なに?」
「奴らなら銃器類で向かってくるぞ。迎え撃つか?」
「いいや。取り敢えず、組員と若い衆の避難かな」
「解った。…俺は残るぞ」
「駄目だ」
「慶造!」
「お前は、自宅待機。…山中を連れて行けよ」
「それは、できない」
「ちさとは、笹崎さんの所に。あとは……なんだよ」

修司の言葉に耳も傾けない慶造に、修司は怒りを露わにする。

「お前な!」

そう言った修司は、慶造の目を見た途端、口を噤んだ。

俺の気持ち…解ってくれよ…。

「…俺の気持ちも解ってくれよ、な、慶造」
「修司…」
「お前一人がここに残っても、闘蛇組は容赦ない攻撃をしてくるぞ。
 阿山組関係の所全てにな…」
「だから、ここで迎えて、俺一人で…」
「慶造…俺にも手伝わせろ」

修司の言葉と同時に、たくさんの足音が近づいてきた。慶造は振り返る。

「四代目!!! 俺達も、御一緒致します!」

組員や若い衆だった。大勢が声を揃えて慶造に力強く言った。

「お前ら……」
「四代目!」

慶造は、組員達の思いに気付く。
大きく息を吐き、何かを抑えるかのように体に力を入れ、そして、組員達を一人一人見つめた。慶造と目が合った組員は、ビシッとその場に立つ。

ったく…。

「お前達の気持ちは解った。しかしな、哀しむ者が居る奴は、
 ここから立ち去ってくれ。…もしものことがある。そして、
 その後の事を考えると……。もう、これ以上哀しむ者を
 増やしたくない。だから……頼む!!」

慶造は深々と頭を下げた。

「慶造、それなら、お前が命令しろ。そうじゃないと、こいつらは
 動けないだろ?」
「……解った。…修司、お前が真っ先だぞ」
「…慶造ぅ〜」
「それから、川原、飛鳥、猪戸、お前らもだ」

組員達に紛れ込むように、川原、飛鳥、猪戸たち幹部も姿を現していた。
川原は、ほんの一ヶ月前に所帯を持ったばかり。そして、飛鳥は娘が生まれた所。
もちろん、猪戸は家庭を持っている。

「残された者が哀しむだろ? そして、お前らと同じ境遇のやつらを
 全員、ここから連れ去ってくれ。表には、見張りが居るだろうから、
 裏から見つからないように、静かにな」
「…かしこまりました…」

煮え切らない返事をする幹部達だが、それぞれが、組員と若い衆に指示を出していた。

「……本当に、いいのか?」

修司が呟くように言った。

「あぁ、それでいい。それでいいんだ…」

慶造の声は震えていた。

「……厚木と手を切らない……俺のせいだからな」
「謹慎を与えたのに?」
「………どうしてだろな…手を切れないって…」

寂しそうに言う慶造に、修司は応えた。

「お前の…本能だろ」

慶造は自分の手を見つめる。

「本能……か…」

静かに言った。


本部に残った組員、そして、若い衆は、総勢二十七名。普段の半分の人数になっていた。
慶造は部屋に戻り、何かを待っていた。
修司は組員達に指示を出し、それぞれ配置に付かせる。
門番が表の様子を伺いに、道路に姿を現した。
これといって、怪しい気配を感じない。
しかし、いつもと何かが違っている。そんな雰囲気は感じていた。
辺りは、やたらと静かだった。
いつもは、近所のおばさんたちが集まって、掃除をしながら立ち話をしている時間帯。しかし、その姿は見えず…。それがかえって、辺りの様子を伺いやすくしていた。
門番は、素早く本部へ戻り、門を閉めた。

阿山組本部から少し離れた家で、人の気配がした。一人の男が、塀の上に顔を出す。
司だった。

「門番は戻りました」
「そうか」

司は、再び顔を引っ込める。
その塀の影には、春樹だけでなく、春樹の決意に付いてきた刑事達が身を隠していた。
春樹は、懐に手を当てる。

「真北さん?」
「ん? あ、あぁ…ここに入れている物が、ずしりと重くてな…」

懐には銃を入れていた。

「今回は仕方ありませんよ。相手は、銃器類を体の一部のように
 扱う連中ですから」
「そうだな。……それで、富田」
「はい」
「闘蛇組が向かってるというのは、本当か?」
「はい。闘蛇組本部の前で見張っている者からの連絡です。それぞれが
 準備を整えて、夜中のうちに出払ったと…」
「……一網打尽……できそうか?」
「この人数では無理だと、思います。なので、ここは、阿山組を先に…」
「そうだな…」

春樹は目を瞑り、何かに集中する。

「行くぞ」
「はっ」

春樹の号令と共に、司達は阿山組本部に向かって走り出す。
本部の門を見上げる春樹達。

「今度こそ……しっぽを掴んでやる!」

春樹の言葉と同時に、聞き慣れない音が近づいてきた。
春樹達は音がする方に振り返る。

火の玉…?

誰もが、そう思った時だった。
その火の玉は、阿山組本部の門にぶつかり、そして、大音響と共に爆発した。

………!!!!! しまった………。

そう思うよりも先に、体が宙に舞い、強烈な痛みが全身を駆けめぐった。

…芯……。




芯は、何かに呼ばれたように顔を上げる。

「芯、何?」

芯の急な動きに、声を掛ける母の春奈。

「いいえ、何も……」
「早く片づけなさい」
「そうですね。……母さん」
「ん?」
「本当に、必要なんですか? …兄さんは、本当に戻ってこないんですか?」
「それは、解らない。…でも、いつかきっと……」
「信じてます。…兄さんを……信じてますから…」

溢れる涙を必死で拭い、引っ越し先での片づけに追われる芯と春奈。
そこへ、鈴本が尋ねてきた。

「どうですか、春奈さん」
「鈴本さん! お暇なんですか?」

思わず言ってしまった春奈は、慌てて口を塞いだ。

「今日は引っ越しのお手伝いに来ただけですよ」

微笑む鈴本の思いを知っている春奈は、芯が気付かないようにと気を配る。

「じゃぁ、芯の手伝い、お願いしてもよろしいですか?」
「芯くんの? かまいませんよ」
「母さん、私は一人でできます!!」
「そう言いながら、何時間経ったぁ〜?」

ちょっぴり意地悪そうに言う春奈。芯がふくれっ面になったのは言うまでもない…。

春樹……心配しないでいいからね…。




阿山組本部・慶造の部屋。
部屋の中央にあぐらを掻いて座っていた慶造は、突然の大音響に対しても、全く動じなかった。
修司が駆け込んでくる。

「四代目!」

修司の姿を見て、呆れたような表情をする慶造。

「来たのか?」
「門に砲弾が…」
「そうじゃなくて、猪熊、お前が来たのかということだよ」
「…あのなぁ〜……ったくっ!」
「それで、怪我人は?」
「それが……」

修司の深刻な表情に慶造は立ち上がり、門へと向かって走っていく。
玄関から出てきた慶造は、門前の様子に驚いていた。
門は黒く焦げ、白い煙を上げていた。立ち上った炎を、門番達が消し終えた様子。他の組員は、何かを運び入れていた。
慶造は、地面に置かれるものに目を凝らす。

「何だよ、その塊は…」
「…人です」
「なっ?!」

目を覆いたくなるような状態…。

「どういうことだ?」
「その……どうやら、刑事達が張り込んでいたようで、そこに砲弾が…」

門番の一人が口を開く。

「なんだと?」

慶造は、地面の塊に手を伸ばす。
息は無い。
慶造は唇を噛みしめた。

門の外では、瓦礫の下に埋まっている刑事達を静かに助け出していた。
助け出される刑事達は、皆、息が止まっていた。
その様子を慶造が眺めていた。
更に瓦礫が取り除かれる。
そこには二人の刑事が折り重なるように倒れていた。

「……まるで、その男を守るかのようだな…」

一人の刑事に守られるかのように、もう一人が倒れている。下に居た刑事が微かに動いた。

「…と……み…た…」

消え入るような声が聞こえた。

「……四代目、この刑事………生きてますよ…」
「そうだな…。なるべく静かに医務室へ運べ、そして、美穂を呼んでくれ」
「はっ」

未だ息のある刑事を運んでいく組員達。慶造は運ばれた刑事を守るように倒れていた刑事に近づき、膝を落とす。

「慶造?」

慶造は、その刑事の目をそっと伏せた。そして、胸元に手を組ませる。

「慶造…」
「修司…」
「ん?」
「俺には必要ないからな…」

静かに言った慶造の脇を抱えて、そっと立たせる修司は、呟くように言った。

「俺の体に言ってくれよ」

鈍い音が響く。

「おい、連絡はしてるのか?」
「この大音響に住民達が………????」

辺りの静けさに、慶造達は耳を疑った。

「まさか…こいつらが?」
「そうかもしれないな…」
「……考えていた事とは違う結果なんだろうな…。…おい」
「はっ」

門番は、本部の玄関先にある電話を使い、どこかへ連絡を入れた。


美穂が駆けつけたのは、生き残った刑事が医務室に運ばれてから、五分と経っていなかった。医務室では、修司が応急手当をし、その様子を慶造が見つめていた。

「容態は?」

白衣の袖に手を通しながら、修司に尋ねる。

「全身打撲。意識はある」
「解った。…ここで何とか対応出来ると思うけど…もしもの事を考えて
 運べるように……あっ、駄目。動かせない」
「ひどいのか?」

美穂は慶造の問いかけに応えず、治療に専念する。そこへ、ちさとがやって来る。

「…あなた…怪我は?」

その声は震えていた。

「俺は大丈夫だ。ただ…外で張り込んでいた刑事達は、こいつを残して
 全員……命を落としたよ…」
「そうですか……」

慶造は、震えるちさとをそっと抱きしめ、医務室を出て行った。

廊下に出た途端、ちさとは慶造の胸に顔を埋めた。

「無事で良かった…」
「心配掛けたな…ちさと」

慶造は少し離れた所で待機している医療班の組員に合図をする。組員は一礼して、医務室へ入っていった。
勝司が駆けてくる。

「四代目…」
「到着したか?」
「はい。取り敢えず、亡骸を搬送してもらってます。それと…」
「今は無理だ」
「後日ということを伝えてきます」
「…山中」

一礼して去ろうとする勝司を慶造は呼び止める。

「はっ」
「松本に連絡して、明日までに修理させてくれ」
「すでに連絡しております」
「そうか…ありがとな」

勝司は素早く去っていった。

「ちさと、お前は…」
「あなたの側がいい…」

慶造の言葉を遮るように、ちさとが言う。

「解った…だけど…もう、手を出すなよ」
「それは…解りません」
「ちさとっ!」

慶造が怒鳴る。その声に反応するように修司が医務室から出てきた。

「だって、あなた……私は、あなたに付いていくと…だから、一緒に…。
 それに……あなたを失いたくないの!!! もう、これ以上……」
「それは、俺も同じだ。ちさと…お前を傷つけたくない…だから、だから…
 もう、危険な目に遭わせたくないんだよ!! 血を見せたくないっ!」

ちさとの両腕をしっかりと掴み怒鳴る慶造。その手が震えている。

「ほとぼりが冷めるまで……ちさと……笹崎さんの所に居てくれよ…」
「いやっ!」
「…頼む…解ってくれ…」

ちさとから手を放した慶造は、背を向けた。慶造の背を見つめるちさとは、その背に飛びつき、そして、慶造を抱きしめた。

「離れたくない……だから…お願い……」

慶造は首を横に振る。

「あなたが……暴走しそうだから……」

ちさとの言葉で、慶造は、何かに気付き、ちさとに振り返った。

「ちさと、お前……まさか…」
「慶造さんを停める為なんですよ」
「……笹崎さん……」
「ご無事で…」

事態を耳にした笹崎が、本部へ顔を出す。
その表情は、料理人ではなく、その昔、よく見せていた『極道』の面だった。

「あなたが来る必要は…」
「ちさとさんを引き取りに来ました」
「そうですか…」
「その……刑事が一人運ばれたそうですが…」
「今、美穂ちゃんに治療してもらってる」
「容態は?」
「解らない。…あいつだけでも…助かって欲しいよ…」

慶造の声が震えていた。

あなた?

「俺が……俺がっ!!!」

怒り任せに壁をぶん殴る慶造。それは、本部の屋敷内に響いていた。

「なぜ……なぜ、俺じゃないんだよ………」

力無く床に座り込む慶造は頭を抱える。

やばい…。

慶造の事をよく知っている修司と笹崎は、慶造の仕草を見て、身構える。

「修司…」
「なんだ?」
「招集しろ」
「嫌だ」

慶造の言葉に即答する修司。慶造は睨み上げる。

「修司、命令に従えないのか?」
「そういう無茶な命令には従えません」
「修司!」
「…お前が無茶することは絶対に…」
「俺が何をすると思ってる? 何をすると考えてるんだ?」
「こんな事態に…関係ない奴らを巻き込んでしまった事態に終止符を…」
「フッ……くっくっく……」
「慶造?」

体を揺らすほど笑い出した慶造に、修司は首を傾げる。

可笑しくなったか…。

「馬鹿野郎」
「……慶造…お前…」
「誰が闘蛇組を潰すと言った…。そういうのは、やられたあいつらの
 お仲間に任せておけ。俺達は、末端の連中を抑えないと駄目だろ?」
「…………すぐ、招集します」

修司が応えるが…。

「招集するより、伝えた方がよろしいかと。今のままだと、出入りのチェックが
 厳しくなってるはずですよ。…慶造さん、うちの従業員に頼みましょうか?」
「笹崎さん…」
「その方が動きやすいでしょうから。それに、あいつらは顔を覚えてますよ」
「そうですが…」
「こんな時くらい、お手伝いさせてください。そうでないと、ちさとさんを
 預かりませんから」

一枚上手の笹崎に、慶造は項垂れた。

負けた…。

「すみません…お願いします」
「修司さんは、ここをお願いします」
「笹崎さん…」

微笑む笹崎に、慶造達は何も言えなくなった。
医務室のドアが開き、美穂が出てきた。

「慶造君」
「容態は?」

美穂と慶造は同時に言葉を発した。

「一命は取り留めた。門の状況は?」
「まだ、片づけ終わってないんだろうな。連絡がない…それで、刑事は?」

美穂は、刑事の所持品を慶造に渡す。その中にある警察手帳を広げ、名前を確認する。

「…真北……春樹…?」

慶造が、そう言った途端、笹崎は驚いたような顔をして、医務室へ駆け込んでいく。

春樹は、呼吸器を付けられ、点滴を施されていた。痛々しい姿を目の当たりにした笹崎は、春樹の手を取り、思わず声を掛けてしまう。

「…真北刑事……死なないで下さい…!!!」

まるで祈るかのように、春樹の手を握りしめ、自分の額に当てる笹崎。

「笹崎…さん?」
「……以前、住民運動の話がございましたよね」
「はい」
「その時に、一緒にいた刑事ですよ。…一度話した事があります。
 まさか、こんな事態に……。……修司さん、他の刑事は…」
「この刑事を守るかのような感じで、一人の刑事が居たよ…富田さんの
 息子さんだ…」
「えっ…」

何度か話した事のある富田司。ちさとは、ショックのあまり、気を失ってしまった。

「ちさと!!! 笹崎さん、もしかして…」
「ちさとさんは…その富田さんと話した事があります。私もです。
 奥さんが病弱で、食事に困っているところを、ちさとさんが声を掛けて
 そして…時々、料亭の方に…」
「………すまない……すまない……ちさと…!!! そして…」

ちさとを支える慶造は、ベッドの上で眠る春樹を見つめる。

「笹崎さん、お願いしてもよろしいですか?」
「すぐに」

笹崎は、春樹の容態が気になりながらも、先程、慶造に話した事を実行に移す。
料亭の従業員に、事の次第を伝えると、従業員は、すぐに行動に移る。まるで、仕事をするかのような雰囲気で、料亭を出て行く従業員。本部の周りに集まっている警察関係の人たちが、隣の料亭から出て行く従業員に気付く。
さりげなく従業員を見送る笹崎は、刑事の一人に声を掛けられた。

「危険だと思い、従業員を帰しました」
「そうですね。その方が安全でしょう。…何人か見張りを立てましょうか?」
「いいえ、それは、大丈夫ですので……。その……怪我人は?」
「被害に遭ったのは、刑事だけです。…誰も…助かってないでしょう…」
「そうですか…お気の毒に…」

涙を流す刑事に一礼して、笹崎は料亭へ入っていった。そして、自分の部屋へとやって来る。
引き出しにしまい込んである何かを思い出し、それを手に取った。

「……あんた…」

喜栄が笹崎の事を気にして顔を出す。笹崎が手にしている物に気付き、声を掛けてきた。

「喜栄…」
「何を考えているの? あの子達を追い出して…」
「川原達が来るよりも、こっちから連絡した方が安全だろ」
「何の連絡?」
「末端組織を抑えるように…ということだよ」
「そうだったの……ごめんなさい…」
「喜栄?」
「私……戻ったのかと思っちゃった」

安心したように言った喜栄を見て、笹崎は手にした物を懐に入れた。

「あなた…今のは…」
「永遠に有効のようだから…話してみるつもりだ」
「……それは……お一人で?」
「いいや、慶造さんに…だ。刑事が一人、医務室に運ばれてな、
 一命を取り留めたらしい。その刑事は…あの真北刑事のご子息だ」
「えっ…」

笹崎は、フッと笑いを浮かべた。

「因縁深い事だろ?」
「そうですね…。でも、慶造親分…承知するかしら…。先代と同じ
 性格なら、無理だと思うけど…」
「慶造さんを説得するくらい、容易いさ。それに、ご子息が助かれば
 何かを考える…そう践んでの行動だ」
「解りました。すべて…あなたにお任せします」
「喜栄」
「なぁに?」
「ありがとな。…それと、暫く休業だ。事件のことで、誰も寄りつかないだろ」
「そうですね……そうしておきます」

笹崎が、昔に戻る瞬間。
それは、永遠ではなく、ほんの少しの間…未だに迷う男の、力になる為に…。


再び医務室へやって来た笹崎は、春樹から少し離れた所に居る慶造に近づいた。

「……考えられた事ですよね…」
「ちさとちゃんの…ことですか?」

慶造は、そっと頷いた。慶造の目は、ベッドに横たわるちさとに釘付けになっている。その視野を遮るかのように、笹崎は、先程の手帳を差し出した。
慶造の目線は、笹崎が差し出した手帳に移った。

「特殊…任務? それは…」
「先代の頃、私が少しの間だけ身を置いていた所です」
「これ…警視庁ですよね」
「そうです。…そこに横たわる刑事・真北春樹の父が就いていた任務です。
 その父と私は、手を組んで、しばらくの間、行動を共にしていました」
「笹崎さん……」

慶造は笹崎に振り返る。

「その話は、小島から、ちらりと聞いてます。特殊任務の地位も…。だけど…」
「これは、永遠に有効のようです。なので、今も私の顔は利くでしょう」
「……もしかして、私に、こいつと手を組んで…そして、夢を叶えろとでも?」
「駄目…ですか?」

静かに尋ねる笹崎。慶造は、微かに動いたちさとに目をやった。
ちさとの目に浮かぶ涙は、目から流れ落ちた。
慶造は、そっと拭う。

ちさと……。

慶造は、ベッドに顔を埋めた。

「先程、テレビに流れておりました。中継車も近くで待機してます」

従業員達を見送りに外へ出た笹崎は、辺りの様子をちらりと見ただけで、把握していた。

「…出頭命令も出てると思います」
「あぁ。…ほとぼりが冷めた頃に…そう伝えている」
「それなら、いち早く…今がいいかと…」
「今日は、誰とも話す気力がない…だから、明日……」

慶造の声は布団に籠もっている。それにも関わらず、慶造の思いが解る笹崎は、そっと頭を撫でていた。

「朝八時。お部屋にお伺い致します。ちさとさんのことは、喜栄に。
 本部は山中くんに任せて、慶造さんと修司さん、そして私の三人で
 向かいますよ。…よろしいですね?」

なぜか、その場を仕切っている笹崎。それに抵抗することなく、慶造は頷いた。

「お願いします」
「私は暫く、ここに居ますよ」
「あぁ…」

笹崎は、春樹のベッドの側に腰を掛けた。
春樹の額に浮かぶ汗を、そっと拭う。
春樹の表情は苦痛で歪んでいた…。




橋病院・雅春の事務室。
外科の手術を立て続けに三件終え、事務室のソファにドカッと座る雅春は、大きく息を吐いた。

確か、今日向かうって言ってたよな…。

二日前訪れた春樹の言葉を思い出す雅春は、おもむろにテレビの電源を入れた。
緊急特番が流れてくる。

真北、やったんだな…。

春樹の行動が、成功したと思った雅春は、嬉しさのあまり微笑んでいたが、スピーカーから聞こえてくる声に、耳を疑い、ボリュームを上げた。

『富田司刑事を始め、阿山組本部の前に居た刑事十七名の死亡が
 確認されました。そして…』

十七名…? 確か、十八名で向かうと言ったよな…。
そんな少人数で……そう言ったのに…真北…あいつ…。

雅春の目は、テレビ画面に釘付けになっていた。

『……真北春樹刑事は未だに見つかっておらず、何者かが放った
 砲弾が直接体に当たったものと思われ、今、瓦礫の撤去作業と
 共に、捜索中だとの事です。…今、新たな情報が入りました……』

「うそ………だろ……」

雅春の体が震え出す。
患者到着の呼び出しが同時に掛かっていた。いつもなら、すぐに反応する雅春だが、この時だけは違っていた。

『阿山組本部に砲弾を放ったのは、闘蛇組とのことです。
 阿山組壊滅に乗り出した刑事達と闘蛇組の攻撃が同時に行われ
 刑事達が犠牲になった模様です。……阿山組の情報が入りました。
 阿山組系の組事務所は、ひっそりとしている模様。しかし、報復攻撃を
 予想して、警察当局では、厳戒態勢に入った模様。…尚、……』

雅春の事務室のドアが開き、まさが顔を出す。

「橋ぃ、患者来ましたよぉ〜……橋?」

テレビの前に仁王立ちし、拳を握りしめている雅春の姿を見て、まさは驚いていた。

「…原田……」
「はい」
「………お前…仕事をするときの気持ち……どうなんだよ…」
「患者を助けるのは、当たり前ですから」
「…殺しの方だ…」

そう言って振り返った雅春は、怒りの形相だった。その頬を一筋の涙が伝い、床に落ちた。
まさは、テレビから聞こえてくる話に耳を傾けた。

「…まさか……その事件に、友人が…?」
「あぁ………俺…初めて、人を殺したいと思ったよ…医者なのに…
 人の命を助ける為に生きているのに……だけど、今…初めて…。
 お前は、それを仕事にしてる。…だから、その時の思いは……、
 思いは……どうなんだよっ!!!!」

雅春が怒鳴った。まさは、そんな雅春を冷静に見つめ、そして、静かに応えた。

「俺の場合は、殺したくて殺してるんじゃない。……ただ、命令されて…。
 好きでやってるんじゃないよ…。…橋も知ってるだろ……俺は
 親分の命令に背いて、標的を生かしている……ってことは…さ」

雅春は狂ったようにテーブルを蹴り上げた。

「…原田……」
「はい」
「………人を………殺しても……いいか?」
「橋……」

今まで観た事もない、雅春の表情、そして、耳にした事もない言葉に、まさは、ただただ、立ちつくし、雅春を見つめるだけだった。

「俺は仕事に出ない…暫く、お前に頼む」

我に返ったのか、雅春が静かに言った。

「橋…?」
「…あいつが……来るかもしれないからさ…。怪我をして……俺に…
 治療しろって……あっけらかんとした表情で………俺を困らせるような
 そんな表情で…。……だから、俺…待機してるよ…」
「解った……。…橋」
「すまん…取り乱した…。一瞬でも、そんな気持ちになるなんて…俺…」
「人だから、当たり前だろ? だけど、それを実際に行うか否かで、
 その人の価値が解る。……ぐっと堪える事が出来る…それが人だよ。
 誰かに話すだけでも、少しは落ち着くってことさ。…だからさ…
 あまり、一人で抱え込まないように、気を付けろよ」
「フン…お前に言われたくないな」
「俺に言われるくらい、マイナスの波動が出てるぞ」
「うるさい。さっさと仕事に戻れ!」
「はいはい」

まさは、事務室を出て行った。
雅春の目はテレビ画面へと移る。
そこには、まだ、真北春樹生存の話は出てこない…。

真北……待ってるからな…。

ソファに座り、祈るように指を絡める雅春だった。




引っ越しの片づけが終わったのは夕方だった。
春奈は、真新しいキッチンで食事を作り始めた。キッチンの隣にある部屋では、芯と鈴本が楽しく話し込んでいた。
電器屋が、テレビの設置を終え、電源を入れた。

「はい、終了です!」
「有難う御座いました」
「それでは、失礼します。お疲れ様でしたぁ」

電器屋は去っていった。
芯は、テレビのチャンネルを替える。
報道番組が流れていた。
スピーカーから聞こえてくる言葉に耳を傾ける芯。

「鈴本さん…阿山組って言ってるけど…」

芯の言葉に鈴本は画面を見つめた。
瓦礫が映っている画面に字幕が出る。

死亡と書かれた十七名の名前。鈴本の表情は凍った。そして、行方不明と書かれた名前は…。

「……兄さん!!!」

芯の叫び声に春奈が部屋へとやって来る。

「うそっ!! 春樹……春樹が……!!!」
「母さん!」
「春奈さん!!!!」

春奈が、気を失った…。

春樹……あんた……約束しただろ…。

春奈の声に反応するかのように、懐かしい声が春奈に応えた。

安心しろって…。

あなた……。

春奈を支えた鈴本は、春奈の呟きに耳を傾ける。

「春奈さん、春奈さん!!!!」

春奈の目から、涙がこぼれ落ちた。



(2004.7.3 第四部 第九話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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