任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第十七話 目に留まらぬ速さに…

朝。
阿山組本部。庭に枯れ葉が落ちる。その庭に面した回廊を歩く男が居た。リビングに顔を出す男。

「おはようございます、猪熊さん」

組員や若い衆の元気な声が聞こえてくる。

「おはよ。四代目は、まだ部屋か?」
「あっ、お部屋ではなく…その……」
「…ん……?」

修司は首を傾げる。



ちさとの部屋。
ベッドの脹らみが動き、ちさとが顔を出した。枕元の時計を見る。
七時を回ったところ…。

「あなたぁ、七時回ってますよ!!」
『……ん………もう少し…寝る』
「駄目ですよ!! 猪熊さんが来られますよ!」

そう言って、ちさとは、布団をめくった。
そこには、上半身裸のまま、慶造が眠そうな目で、ちさとを見つめている。

「ちさとぉ、風邪…引くぞぉ」
「へっ?! …あっ、きゃっん!!!!」

もちろん、ちさとは………。


ちさとは、服を身につけ、起きあがる。そして、部屋のドアを開けた。

「…猪熊さん!」

少し離れた所に、修司が立っていた。ちさとの姿を見て、一礼する。

「すみません、その……すぐ、起こしてきますので」
「あっ、姐さん、気になさらないで下さい」
「はい?!」
「今日の予定、すべてキャンセルです」
「キャンセル?」

そう言いながら、シャツを羽織った慶造が、ちさとの部屋から顔を出す。

「おはようございます」
「おはよ。…真北の行動か?」
「えぇ。例の行動が気になりますので、今日一日、跡を付けます」
「俺は、山中と共に出かける。すべて山中に伝えておけ」
「はっ」

修司は、深々と頭を下げる。その仕草を見ていた慶造は、大きく息を吐いた。

「……ったく……。組員が居ない所では止めろと言ってあるだろが」
「お前が無茶な行動に出る時だけにする。…そう言ったろ?」
「あぁ、言ったなぁ」
「ところで、どうなんだよ」

急に態度が変わる修司。何かしら興味津々な眼差し……。

「うるせぇ。さっさと行け!」
「はいはい。山中に伝えておくけど、あまり激しく動くなよ」
「解ってるよ。お前も気を付けろよ」
「あぁ。…では、ちさとちゃん」
「ありがとう」

ちさとは微笑んで、修司を見送っていた。

「…ちさとぉ」

慶造の口調は、何かを求めている。

「あなた」
「ん?」

ちょっぴり甘い声で返事をする慶造。

「これ以上だと、体に負担が掛かりますよ」
「解ってるって。今日は、笹崎さんのところか?」
「そうですね。後は、八造ちゃんと散歩かな…」
「学校だろ?」
「今日はお休みだそうですよ」
「……創立記念日か」
「えぇ、側には、三好さんが居ますから、ご安心を」
「あぁ」

短く応えた慶造は、ちさとに抱きつき、耳元で何かを囁いた。ちさとは、こしょばがり、首を縮める。二人は、じゃれ合いながら、部屋へと姿を消した。
ドアが、静かに閉まる。



本部・玄関。
修司は、下足番に声を掛ける。

「真北さんは?」
「すでに出掛けております」
「一人でか?」
「そうですね。毎週、この日には、この時間は既に外出されてます」
「行き先は、当然の如く…」
「おっしゃりませんでした」
「解った、探すよ。ありがと」
「はっ。お気を付けて!!」

修司は、本部を出て行った。





春樹は、『山本家』の近くに立ち、山本家を伺っていた。
玄関の戸が開き、芯が元気よく飛び出してくる。

「行ってきます!」
「気を付けてね。帰りは、道場に直接行くの?」
「そうなります。夜の八時には帰りますので」
「はぁい。行ってらっしゃい」

芯は駆けていく。春奈が、芯の姿をしっかりと見送っていた。少しふらつき、壁にもたれ掛かる。

「今日も調子悪いわ…」

そう呟き、家へ入ろうと歩き出す春奈。そんな春奈に手を貸したのは、

「春樹…!」
「無理しない…約束でしたよね」
「…あまり頻繁に姿を見せないでよ…」
「嫌なんですか?」
「ちぃがぁうぅ! 親分さんには知らせてないんでしょう? もし、ここに来るのに
 見張られていたら、どうするの?」
「迷惑は掛けませんよ」
「大丈夫だから……。ありがとうございました」

春奈の口調が急に変わる。その異変に気付いた春樹は、辺りのオーラを感じ取った。
振り返ると、そこには、修司の姿があった。
春奈の心を悟った春樹は、他人を装って声を掛ける。

「本当に、大丈夫なのですか? まだ、足下が危なそうですよ」
「お気遣いありがとうございます」

春奈は、自分の体を支える春樹の手に、そっと手を添え、目で合図する。

行きなさい

春樹は、春奈から、そっと手を放し、そして、一礼する。
春奈も一礼して、家へと入っていった。
修司が春樹に声を掛けてきた。

「真北さん。どうされた? あのご婦人に何か?」
「通りかかったら、貧血を起こしたのか、壁にもたれ掛かるように
 倒れられてな。それで、病院に連れて行こうかと尋ねたけど、
 あのような状態さ」
「そうか。本当に、ご婦人は大丈夫なのか?」
「心配だが、これ以上は、関われないだろ。…で、俺に用事が?」
「……慶造には内緒だが、気になることが、あってな…」

修司は、静かに話し出す。


山本家の玄関の扉には、春奈がもたれ掛かって、外の様子を伺っていた。
春樹は修司と去っていく。

ったく…あの子は、いつまでも、こうするのかしら…。

最愛の息子の行動に、呆れるような、嬉しいような表情で、春奈は、リビングへと向かっていった。





慶造は、勝司と一緒に阿山組本部を出発した。
行き先は、同業者である関龍一家(せきりゅういっか)の組事務所。
関龍一家とは、その昔、黒崎組の傘下に居た組で、黒崎組が代替わりした頃に、関龍一家も代替わりをし、それと同時に、黒崎組とは手を切った一家である。もちろん、阿山組とは、敵対関係であり、慶造が自分の思いを達する為には、乗り越えないといけない『山』の一つにあたる。
春樹の事件が起こる前から、時々話を持ちかけていたが、相手は一応、武道派として名を馳せる一家な為、慶造の考えには付いていけないとの回答。
春樹が阿山組と関わるようになってから、再び声を掛けている一家だった。

慶造と勝司、そして、運転手に若い衆の北野。たった三人で敵陣に向かう慶造だった。
それは、闘いの意志は無い。そういう意志を表す為の慶造の判断。もちろん、修司は反対したが、なぜか、春樹は賛成していた。

「四代目、本当に、丸腰で大丈夫なのでしょうか…」

勝司が言った。

「大丈夫だよ。まぁ、いつもの手は使うけどな」
「相手は、その手に乗るでしょうか…」
「乗らないだろうな。…山中、持ってきてるんだろ?」
「はい」
「…その体の何処に隠した?」
「あれは、大切な物ですので、持参しておりません。情報では、相手が
 手にする可能性が大きいとのことですので、それを奪う予定です」
「山中」
「はい」
「無茶だけはするなよ。……ちさとが哀しむ」

慶造が呟いた。

「……四代目…」

勝司は、慶造の言いたい事を知っている。
父が亡くなった時の事を、いつまでも思っているらしい。
その事を感じるたびに、慶造を守らなければ…という意志が強くなる勝司だった。






春樹と修司が、阿山組本部へ帰る道。人通りが少なくなった道を曲がった時だった。
異様な気配を感じた二人は、歩みを停めた。
道の先に、道をふさぐような感じで、車が一台停まっていた。その車の後部座席の窓が開いている。左右両方開いているのか、向こうの景色が見えていた。そして、車には誰も乗っていない様子。

「………この道しか、ないよな…」

春樹が呟いた。

「いいや、別の道もあるけどなぁ」
「慶造は?」
「関龍一家に向かったはずだ」
「そうか。なら、気にしないか」
「姐さんが気にする」
「そうだな…。迂回するか」
「あぁ」

春樹と修司は、その車に背を向けて歩き出した。
その時だった。

銃声が響き渡った。
二人は、銃声のした方へ振り返る。
その二人の視野に飛び込んできたもの。それは、窓を開けて停まっている車の向こうから、開いている窓を通過して向かってくる、無数の光る物。それらは全て、春樹の体に向かっていた。

「猪熊っ!!」
「!!!!!!」

くそっ!!

修司は、自分を押しのけようとした春樹の腕を掴み、塀に向けて勢い良く押した。

「っ!!!」

春樹は、塀に背中を強打する。それと同時に、地面に何かが落ちる音を耳にした。

ぴちゃ……。

目を開けた春樹。その目に飛び込んできたものは……。

「猪熊さん!!!」

修司の体は、一瞬のうちに、真っ赤に染まっていた。無数の光る物。それは、銃弾だった。真っ赤な体のまま、春樹を守るように立っている修司。その体から醸し出されるオーラは、徐々に近寄りがたい物へと変わっていく。

「狙いは……、真北さん…あなたですよ……。逃げてください…」
「放って逃げるわけには…!!!」

春樹は、修司に手を差し出す。その時、車をたくさんの人が乗り越えて来る様子が、視野の端に飛び込んだ。
顔を上げ、その様子を見つめる。
男達は、手に銃を持ち、大声を張り上げて、向かってくる。

「阿山慶造、命はもらったっ!!!」

……何?!

銃口が春樹の体に向けられる。
しかし……。

「うわっ!」
「うごっ!」
「…ぐはっ!」
「!!!」

呻き声、時には、声も挙げずに、男達は次々と地面に倒れていく。

うそ…だろ…。あの速さ……。

力無く地面に跪いた修司は、目の前の光景に我が目を疑っていた。
春樹は、男達が向ける銃口に怯むことなく、次々と男達を倒していた。
最後の一人の腹部に蹴りを入れ、後頭部を殴り、地面に倒れそうになる寸前で、襟首を掴み上げた。そして、壁に押しつけ、男の顎を鷲掴みする。

「俺は、阿山慶造じゃない…残念だったな…」
「…うそ…だ…」
「なぜ、そう言う?」

抑揚のない、低い声。その声は、近寄りがたい程、恐ろしく…。男は怯んでしまう。

「応えろよ」
「……あの…ボディーガードが一緒だろが。…あいつは、阿山慶造から
 離れない男だ………だから…」
「なるほどな…」

冷たく言った春樹は、男の腹部に目にも留まらぬ速さで拳を入れた。
男は、壁にもたれかかるような感じで地面に倒れた。

「猪熊さん!」

春樹は、修司に駆けつける。

「……あんた……恐ろしいな……。…任せて…安心だよ…」

そう呟いた修司は、そのまま気を失ってしまった。

「猪熊さん!!!!」

春樹の声が、辺りに響き渡った。





関龍一家の屋敷
応接室に通された慶造と勝司、そして、北野。慶造はソファに座り、その後ろに、勝司と北野が立っていた。
慶造の前には、関龍一家の頭である関龍明(せきたつあき)が座っている。関の後ろには、組員が、ずらりと並んで控えていた。
二人は何話すことなく、お互い目を反らしたまま、時を過ごしていた。
慶造が、足を組む。
その仕草に、思わず身構える組員達。
慶造は、思わず笑い出す。

「…何が可笑しい」

関が言った。

「なぁ、関さんよぉ。俺が何をしに来たのか、解ってるよなぁ」
「話しに来たんだろ? それも、何時までもいがみ合うのは…だったかな?」
「その通りだよ。いつもの言葉だ」
「それなら、こっちもいつもの応えだ」
「それにしては、今日は殺気立っているようだが…なぜだ?」

慶造の尋ねる事に、暫く応えようとしない関。
関は足を組み、ソファにふんぞり返った。

「いつもと変わらんが…」

後ろに立つ組員に目線を送り、何かを合図する。
それと同時に、組員達は銃器類を手にし、身構えた。

「私の答えは、こうですよ、阿山の親分」
「…そうですか。…あまり、そのような行動には出たくないんですが…ね」

そう言うと同時に、慶造は、上着を勢い良く脱いだ。
いつもの如く、体には、ダイナマイトが巻き付けられていた。

「阿山慶造の噂は聞いてますよ。話し合いが決裂すると、
 そのような行動に出る…と…ね。…それに怯んだ親分たちは
 あんたの言う話にのってくるだろうが、…しかし、それ………。
 本物だという確証はないだろ?」

ギロリと睨む関。
慶造は、その目に怯むことなく、相手を見ているだけだった。
後ろに居る勝司に手を差し出す。勝司は、慶造の手のひらに、ライターを置いた。
ライターの火を付け、自分の体に巻き付いているダイナマイトを一つ手に握る。
そして、慶造は、導火線に火を付けた。

じりじりと音を立てながら、導火線が短くなっていく。
関の後ろにいる組員は、導火線をジッと見つめていた。しかし、関は、それがはったりだと思っているのか、余裕を見せていた。
慶造の口元が不気味につり上がった。
慶造は、爆発寸前のダイナマイトを窓に向かって放り投げた。

ドカァン!!!

大音響と共に、窓と壁が吹き飛び、応接室は煙に包まれた。
煙が消え、辺りの景色がはっきりとしてくる。
慶造は、ソファに座ったまま、目の前の様子を見つめていた。
関がゆっくりと立ち上がり、慶造を睨み付けていた。

「きっっさまぁ〜」
「これで、本物だと解っただろ?」
「そうだな。……それなら、こっちの手は、これしかない…な」

後ろの組員が、関に素早く日本刀を差し出した。鞘から抜いて、刃先を慶造に向ける関。

「火…無ければ、ただのガラクタだな…」

そう言うと同時に、関は、日本刀を真横に引いた。
それが合図となったのか、組員達が一斉に慶造達へと向かっていった。
取り囲まれた慶造、勝司、そして北野。
勝司は、慶造を守る体勢に入る。

北野を守れ。
四代目…。
俺は大丈夫だって。

慶造は、勝司に告げ、自分が座っていたソファを思いっきり放り投げた。

宙を舞うソファ。

組員達は、ソファを避けるように壁際に寄った。

ソファが大きな音を立てて、床に落ちる。
それと同時に聞こえる呻き声。
関は、後ろに目をやった。
組員が床に倒れていく。
慶造が、目にも留まらぬ速さで組員達に拳や蹴りを繰り出し、気絶させていた。

「阿山ぁ!!!」

怒鳴りながら、関が慶造に日本刀を掲げた。

「四代目っ!」

勝司が、側に居る組員から日本刀を奪い取り、気絶させながら慶造に向かおうとする。

「うわぁ!!」

北野が叫ぶ。
勝司が振り返ると、そこでは、振り下ろされる日本刀を避けるようにしゃがみ込む、北野の姿があった。振り下ろされた日本刀は、壁に突き刺さった為、北野は、難を逃れていた。

金属がぶつかり合う音が響く。

「山中ぁ、俺の事は気にするなっ」

ドスの利いた声で、慶造が言った。
慶造は、関が振り下ろす日本刀をドスで受け止めていた。

万が一の為に、隆栄が持たせたもの。

それは、隆栄が愛用しているドスだった。

「そんな、小さな物で、受け止められるとはな…だがな…」

関は日本刀に体重をかけ、慶造を抑え込もうと試みる。

銃声と共に、関が持つ日本刀の刃が真っ二つに折れた。その弾みで、慶造が手にしているドスが、関の体に突き刺さる。
関は、銃声が聞こえた方に目をやった。
そこには、日本刀で組員を斬りつけ、北野を守りながら、もう片方の手で銃を握りしめる勝司の姿があった。
組員が、力無く倒れる。
勝司の持つ銃口は、関に向けられていた。

「………なんだよ…その男は…」
「俺の片腕になる男だ」

慶造は、ドスを捻り、そして、関の体から抜いた。
血が噴き出す。
関は、真後ろにバッタリと倒れてしまった。

「…道連れだ…」

力を込めて体を起こしながら、関が言う。
関の手には、銃が握りしめられていた。銃口は、慶造の腹部に向けられる。

銃声

「ハッタリ……か……」

慶造の体に巻き付けられているダイナマイトは、先程爆発した一本以外は、形だけだった。関の放った銃弾は、確かに、ダイナマイトに当たっていた。しかし、それは、爆発していない。爆発するどころが、慶造の体を守る感じで、銃弾を留めていた。

「その通りだ」

慶造が静かに言うと同時に、勝司が日本刀を振り下ろす。
関は、背中をばっさりと斬られて、息を引き取った。

「……四代目…」

血で濡れた自分の手を見つめる慶造は、

「思うように……いかないよな…」

静かに呟いた。

窓から何かが飛び込んできた。
慶造は、勝司を守る体勢に入る。

「四代目!!」

それは、和輝だった。

「ご無事で…」
「…どうしました?」

和輝の姿を見て、我に返る慶造は、冷静に尋ねる。

「実は……」

和輝は、慶造の耳元で何かを告げた。





道病院。
面会謝絶と札が掛かっている病室には、春樹の姿があった。
ベッドに寝ているのは、点滴を施された修司だった。
ドアが開き、美穂が入ってくる。

「全て貫通していたから、これで済んだのかもしれないね」

美穂が優しく声を掛けるが、項垂れて側に座っている春樹は、何も応えない。

「大丈夫よ。修司くんは、死なないから」
「…そんなこと……。猪熊さんの体に流れる血…それは…」
「亡くなった春ちゃんの物だけどね」
「慶造は、望んでいない。……どうして、俺を守るんだよ…」
「慶造くんと関わる人間は、修司くんにとって守るべき存在なの」
「……その話は、聞いている。…だけど、俺は、こいつにとったら
 敵に当たる人物だろ…。そんな人物を守って…」
「修司くんの体に言ってあげてよ。…もし、あの場所に慶造くんが居たら
 同じ事してると思う。それが、私でも、私の息子でも……もちろん、
 ちさとちゃんでも、そう。…修司くんの体に染みついてるものなのよ」
「そんなの……捨ててしまえよ……猪熊さん…」

春樹は、ベッドに顔を埋める。

「真北さんが……無事で……よかったよ」

修司の声だった。春樹は、驚いたように顔を上げた。

「………美穂さん……」
「はい」
「……面会謝絶にしないといけないほどの…傷なのに………。
 目を開けてますよ……そして、話してる…」
「真北さん、驚きすぎですよ」

美穂が言った。

「……それでも……恐い…!!!」

思わず後ずさりをしてしまった春樹だった。

「真北…さん……相手は…」
「…そんなこと、気にしなくていい」
「相手…黒崎組の傘下の組……かなり下の方の位置だから、
 黒崎……知らないはずだ…。……慶造が……」
「まだ、知らせていない。でも、息子さんたちには、知らせてる。
 もうすぐ、剛一くんが来るはずだから」
「………ちさと姐さんに……伝わるだろ……」

力無い修司の言葉に、春樹は納得。

「…しまった…」

春樹の言葉と同時にドアが開き、剛一、三好、そして、ちさとが、入ってきた。

「猪熊さん!!」
「親父!」
「修司さん!!!!」

三人は、同時に声を張り上げた。

…ったくぅ〜

修司が項垂れた。



「…そうですか…。あの人と間違えて…」
「すみません、ちさとさん」
「真北さんが、無事で、良かったわ…」
「しかし、猪熊さんが、このように怪我をしてしまった」
「俺は大丈夫だ」

修司が言う。
すでに体を起こして、ベッドに座っていた。
そんな修司の姿を視野に入れようとしない春樹。ちさとは、春樹を見て、首を傾げる。

「どうされました?」
「あっ、その…あの傷で、すぐに動く人間を見た事がなくて…」
「真北さんだって、あの傷で、動かれてましたよ」
「……………美穂さん、どっちが酷かったですか?」

春樹が尋ねる。

「そうねぇ〜。真北さんの方かな」

軽い口調で美穂が応えた事で、春樹は、ようやく、修司を視野に入れる。

「俺が動いておかないと、慶造が心配するからな」

そう言って、立ち上がり、三好が持ってきた服に着替える修司。
そこへ、噂の男が登場。
面会謝絶の札を見て、そっとドアを開けた慶造。
シャツを羽織った修司の動きが停まる。
ゆっくりと振り返る修司は、蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなった。

「修司ぃ〜〜っ…!!!!」

慶造の手が、わなわなと震えていた。



お前は、一週間、ここから出るなっ!!!



三好運転の車に、慶造とちさと、剛一と春樹が乗っていた。
この日起こった出来事を、春樹と慶造は、それぞれ語っていた。

「…すまん、慶造。俺の判断ミスだ」
「修司との行動は、そういう勘違いを招くんだな。…気を付けないとな」

慶造は、春樹を見る。
春樹は、唇を噛みしめていた。

「真北…どうした?」
「俺の範囲外になるぞ、山中の行動」
「あの場合は…」
「あまり激しく動かないで欲しい」
「すまん…」

春樹と慶造は、慶造の隣に座るちさとに目をやった。
ちさとは、窓の外を流れる景色を見つめている。その目は少し潤んでいた。

「ちさと?」
「…ごめんなさい。…あなたの無事と山中さんの事を考えると…」
「大丈夫だって。心配するな」

慶造は、ちさとをそっと抱きしめた。慶造の胸に顔を埋めるちさと。

「三好さん、申し訳ないが…」

春樹が口を開く。

「向かっております。…その……」

ルームミラーで、後部座席の慶造に目をやる三好。

四代目を連れて…ですか?

その目は、そう語っていた。
春樹は、そっと頷いた。

「まぁきぃたぁ〜っ! 俺は、二度と…」
「お前も必要だ」

慶造の言葉を遮るように、春樹が強く言う。

「…解ったよ…」

ふてくされる慶造だった。
車は、警視庁の建物へと向かって走っていく……。




阿山組本部へ帰ってきた勝司は、その足で、ちさとの部屋へと向かっていく。

『ちさとが一番心配してるから、真っ先に伝えてくれよ』

春樹の計らいで、勝司の処分は抑えられた。慶造の一筆も効果を出している。
その際に慶造から言われた事だった。

ちさとの部屋の前に立つ勝司は、意を決してドアをノックした。

『はぁい』

優しい声が聞こえてくる。

「山中です」

言い切る前に、ドアが開き、ちさとが顔を出した。

「山中さん! …お帰り!」

ちさとが微笑んだ。

「このたびは、大変、ご心配をお掛け致しました」
「あの人を…守ってくれた…。ありがとう」

ちさとの笑顔が輝いた……と思ったら、ちさとは、急に顔色を変え、口を押さえる。

「ご、ごめんなさい……」

ちさとは、洗面所へと駆け込んだ。

「姐さん?」

勝司は、ちさとを追いかけて行く。
洗面所から聞こえる嗚咽に近い声。
水が流れる音がした後、ちさとが出てきた。

「姐さん…もしかして……」
「そうなの! もうすぐ、二ヶ月だって!」

ちさとの声が弾んでいた。
勝司は、何とも言えない表情をして、いきなり頭を下げた。

「おめでとうございます!!!」
「ありがとう。……山中さん」
「はっ」
「これからも、宜しくお願いします」

ちさとが頭を下げる。

「姐さん?」
「あの人のこと」
「それは、真北さんの仕事です」
「今日、急に決まったの。真北さんは、私の側に」
「……それは、私が、この手を血で染めてしまったからですか?」
「いいえ。あの人の言葉なの。どうしても、山中さんを側に置きたいって」
「そ、それは…」
「あなたなら、大丈夫。がんばってね」
「はっ」
「それと…」

ちさとの話は続く。

「北野さんが、山中さんに付く事になったの」
「……それって………」
「う〜ん、一般企業で言えば、昇進ね!」
「私が…ですか?!」

ちさとの言葉に驚く勝司は、さらに、ちさとの口から出てきた言葉で、納得した。

「日本刀だけでなく、射撃の腕も良いみたいね!」

勝司の、あの時の行動が、慶造の心に何かを感じさせたらしい。

「両方を一緒に扱えるなんて、……山中さん、すごいですね!」
「それは…」

それは、あなたを、あなたの大切なものを守るために…。

勝司は言えなかった。
ちさとには、勝司の身に付いた物は、慶造の為にだと思われている。
慶造を守る人が増えたことが心強いのか、ちさとは、嬉しそうに微笑んでいる。
その微笑みを消したくない勝司は、それ以上、何も言わず、ただ、ちさとの言葉に耳を傾けていた。

「妊娠が解った時の真北さんの表情、凄かったわぁ〜。
 まるで、自分の事のように喜んでいたんだものぉ。
 もちろん、あの人も真北さん以上に喜んじゃって……。
 私……頑張るから。……今度こそ……」

そこまで言って、ちさとは何も言わなくなった。

今度こそ……?

勝司自身にも、眠っていた何かが蘇った。



(2004.8.11 第四部 第十七話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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