任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第十八話 和ませる。

珍しく雪が散らつく十二月中旬。
春樹は、いつもの如く、芯が通う学校の近くに車を停め、生徒の様子を見つめていた。
芯が翔と航、そして、薫の四人で登校してくる。春樹は、芯の表情をじっと見つめ、元気な様子を確認した後、アクセルを踏んだ。
芯は、ちらりと、その車に目をやった。
去っていく車。芯は、歩みを停めた。

「芯?」

翔が声を掛けてくる。

「ん?」
「何か…あるのか?」
「いいや…何も…。ただ…」

気になって…。

「あの車か? そういや、時々停まってるよな」
「翔も気付いてたのか?」
「あぁ。高級車だろ…それも黒塗り。まさかと思うけど…」
「それは、ないと思うよ」

芯は即答する。

「芯の様子を伺ってるとか…」
「どうして?」
「ほら、格闘技関係だよぉ」
「他に居るだろ」
「芯の目まぐるしい成長に、誰かが目を付けたんだって」
「……現実は、そんなに甘くないよ」

冷たく言って、芯は校舎に向かって歩いていった。

「…って、芯!!」

慌てて追いかけていく翔たちだった。




春樹が運転する車は、門番が挨拶する中、阿山組本部の門をくぐっていった。車を停め、玄関に向かって歩いている時だった。

「おぉい、真北」

慶造が窓から声を掛けてくる。春樹は、歩みを停め、慶造を睨み上げる。

「そんな目をするなって」

そう言いながら、慶造は手招きする。春樹は、大きく息を吐きながら、玄関を通り、慶造の場所まで歩いていった。

「なんだよ」

冷たく言う春樹。

「…まだ、怒ってるんか?」
「解ってて聞くんだな、慶造」
「まぁな。…で、答えは?」
「慶造が来るなら、簡単なんだけどな」
「俺は絶対に嫌だ」
「そういうと思って、すでに終えてきた」
「……それで、昨夜は帰ってこなかったのか」
「一晩中、説得するのに、苦労する身にもなれよな」
「すまん」
「それで、終わらせるな。行動で示せ」

鋭い目つきで睨む春樹に、慶造は、ただ、微笑むだけ。

「…ったく……今日はどうだ?」
「隣」
「そうか。それなら、俺は猪熊家に向かうよ」

そう言って、奥の部屋に向かって歩き出す春樹。
春樹が尋ねた『どうだ?』とは、ちさとの事。妊娠が解ってから、一度倒れている。それを心配しての春樹の言葉だった。

「おぉい、真北ぁ!」
「なんだよ!」
「もういいって」
「あん?」
「修司は、こっちに来てるし、剛一くんだけじゃなく、三好も居るから」
「…………それでも、まだ、完全じゃないっ!!!! 何するんですか!」

春樹は、背後に迫る恐ろしいまでの雰囲気と、突然感じた風にしゃがみ込み、そして、狭い廊下を真横に転がった。顔を上げると、目の前には、修司の姿があった。

「ご心配をお掛けしました。この通り、完全復帰ですよ」

服を整えながら、修司が言った。

「そ、そうですか」
「息子達も色々とお世話になったようで」
「顔を見せに行っただけでした。しっかりした息子さんたちですね」
「ありがとうございます」
「今日からですか?」
「そうなりますね。で、いきなり、厚木をひっつれて、敵方ですよ」
「…は?」
「今から、黒崎組に向かいますよ」
「何を今更?」

春樹は、驚いたように声を挙げた。

「俺が徹夜までして、頑張った矢先、そんな行動に出るのか?」
「話し合いだ。黒崎は、俺には手を出さない」

自信たっぷりに言う慶造に呆れたのは、春樹だけでなく、修司もだった。二人の表情を見逃すはずもない慶造は、話を続ける。

「先日の件、そして、関龍一家の件もあるからさ」
「関龍の件は、慶造の一筆で終わってるぞ」
「慶造と間違えて、真北さんを狙った件ですよ。桂守さんからの
 連絡だと、関龍一家が黒崎の傘下の組に声を掛けたらしい」
「……そんな情報は…」
「だから、あの人たちの力も必要だろ?」

修司と春樹の会話に、慶造が得意満面に加わってきた。

「………そうだな」

フッと笑った春樹は、そう言った。




黒崎組・応接室。
黒崎と慶造、そして、春樹がソファに座っていた。
それぞれが、深刻な表情をしている。
応接室のドアが開き、竜次が入ってきた。その事に驚いたのは、兄である黒崎だった。

「竜次、お前…何しに来た? お前は組の事…」
「たまには、いいだろぉ。俺だって、見てみたいんだよぉ。この男」

春樹を指さしながら、黒崎の隣に腰を下ろした竜次は、ニヤニヤしながら、春樹を観察し始めた。

「…俺が珍しいのか?」
「珍しいよぉ。…そうだ。俺の薬、試してみるか? 忘れた事を
 事細かい所まで、思い出せると思うけどぉ〜。ねぇ、どう?」
「どういうことだ?」
「なぁ、阿山慶造ぅ、こいつに、どこまで話してる? 俺は、あの事件の後、
 生き残りの刑事が記憶を無くして、やくざをしてるって聞いたけどさぁ」

そこまで聞いた途端、春樹は鬼の形相で立ち上がり、慶造の胸ぐらを掴み上げた。

「…って、お前なぁ、どんな噂を流してるんだよっ!!!」

春樹の手を払いのけ、反対に春樹の胸ぐらを掴み上げる慶造。

「俺は流してない。この世界では、そういう話が出た途端、
 羽がはえて、いろいろとおかしな噂になって流れるものだ!
 お前が、そう思われても仕方ないだろぉがぁ!!」
「あのなぁ〜」
「…二人とも…やめてください」

後ろに控えていた修司が、静かに言ったことで、春樹と慶造は、手を放し、服を整えながら、ソファに座る。

「…真北さんよぉ。…あんた、特殊任務に就いただろ」
「どうして、それを…知っている?」
「こちらの情報網も優れているんでな」
「それなら、もう、解ってるよな、黒崎さん」

慶造が言った。

「そうだな。…何をしても許される阿山組…。向かうところ敵なし…か。
 …だがな、阿山さん。あんたが、動かなくても、下の者は動くだろうなぁ」

その言い方に、慶造は、先日起こった出来事を思い出す。

「まさか、あんたが仕掛けたのか?」

静かに尋ねる慶造。

「…思った通りの動きだったなぁ。…その動きの後の処置で、気付いたさ。
 阿山組には、何か大きな組織が付いた…とな。そこで、思い出したのが
 警視庁黙認の特殊任務だ。誰が…と深く考えなくても、すぐに解ったよ。
 真北刑事が、あの事件の後に……とね」
「その通りだ」

春樹は即答した。

「でもな、先日のような動きを、再び行っても、もう無理だからな」

どうやら、春樹が徹夜で行ったのは、特殊任務の規律を新たに書き換える事だった様子。阿山組の激しい動きにも対応できるようにと、上に掛け合ったらしい。

「次の手を…考えるまでだ」

黒崎の言葉に、慶造と春樹、そして、修司は、悟る。

「そうですか。…だけどな、以前にも言ったように…」
「俺は、お前しか狙わないがな…。末端の組は知らんぞ。
 下の者の耳に届くまで、色々な羽が生えて、すごい事に
 なってるかもしれないしなぁ」
「そういう事のないように…上に立つ者として、お互い、気を付けるべきだろ?」
「できたら…な」

沈黙が続く。

「ところで、…姐さんは、元気か?」

柔らかい口調で、黒崎が尋ねる。

「今は二人目を宿してる」
「…二の舞…気を付けろよ」
「解ってる………。…で、黒崎」
「俺の心は変わらん」
「…そうか。…解った。真北、猪熊、帰るぞ」

慶造に呼ばれ、春樹は立ち上がる。そして、慶造達は応接室を出て行った。
ドアが静かに閉まると同時に、黒崎が口を開く。

「竜次、お前、体調は良いのか?」
「良いから来たんだよ。…そっか。ちさとちゃん、二人目かぁ」
「今更、どうしたんだろな…。長男を失った事で、二人は遠慮してたはずだ」
「…あの自信に満ちた阿山の表情。…何か策があるんだろな」
「これ以上、顔を出すなって。お前には、ちゃんとした仕事があるだろが」
「解ってるよぉ。兄貴…冷たいな。…これでも、兄貴の補佐…できるのに」
「危険な事はさせたくないからさ…」
「…兄貴…」
「さてと。竜次、久しぶりに、俺も研究室に顔を出すぞ」
「やったね! じゃぁ、兄貴にしてもらいたい事、たぁっぷりあるから、
 期待していい?」
「いいぞ」

兄貴っぷりを発揮する黒崎。
研究室に行けば、こき使われることを知っているのに、なぜなのか……。






天地山は、すっかり真っ白になっていた。
温泉に浸かりながら、真っ白な山を眺めている天地とまさ。
お互いの体調は、かなり回復していた。
この温泉の成分が、その回復に一躍買っていた。

「…なぁ、まさ」
「はい」
「これから、どうする?」
「私は、親分に付いていくだけです」
「いつも、その応えだろ。……お前の夢は?」
「親分の為に、生きることです」
「俺が拾う前は?」
「覚えてません。…記憶にあるのは、あの日のことだけ…」

家族が殺された日…。そして、天地と初めて逢ったあの日…。

「それでも、お前に夢はあるだろ」
「医者になるとか…そういう夢は持ちませんでした。
 医学は、仕事の為に…」
「その腕……もったいないな…」

天地は、まさの腕を見つめた。

「そうですか?」

そういって、まさは微笑んだ。

「それにしても、その傷、消えないんだな」

天地の目線は、まさの胸元にある傷に移される。

「これでも腕の良い外科医の処置ですからね。もし、違う医者に
 掛かっていたら、今頃、こうして、親分と語り合ってないでしょうね」
「そうだな」

静かに言った天地は、湯から上がる。

「上がるぞ、まさ」
「はっ」

まさも湯から上がった。

服を着た二人は、温泉から小屋へと戻ってくる。
京介が、二人に珈琲を持ってくる。

「明日は、目一杯積もるぞぉ、京介」
「そのようですね。暖炉の火は、強くしておきます」
「ありがとな、京介」

微笑む、まさ。京介は、深々と頭を下げて隣室へ去っていく。天地が珈琲を一口飲む。

「ほんと、京介の煎れる珈琲は、おいしいよな。疲れが吹き飛ぶって、
 珍しい珈琲だな」
「えぇ。初めて逢った時は、そんなこと微塵も感じさせない程でしたね」
「お前ほどじゃないけどな」
「親分……」
「冬の間に準備をしておく事。解ってるな、まさ」
「はい」
「…それと…」
「ん?」
「世話になった医者に、連絡したのか?」
「いいえ…。……完全に回復してからの方が安心なさりますから」
「…どう伝えていいのか、悩んでいるんだろ?」

まさの心境を悟る天地。
天地の言うとおりだった。
あれだけ、関西を荒らし、そして、死人まで出してしまった。
この手を……。

まさは、自分の手を見つめていた。

「なぁ…まさ」
「はい」
「お前が怪我をするようになったのは、いつからだったかな…」
「そうですね…。弾丸を一発受けた、あの日ですか…。その後は
 無かったのですが、…阿山組との事が一番でしたね…」
「そうだな。あれが、一番…か」

天地は、そう言ったっきり、何も言わず、一点を見つめていた。

「親分?」

まさが声を掛けても、天地は何の反応もせず、珈琲を飲み干した。
天地が、このように黙った時は、何かを考えている証拠。まさは、天地の言葉を待つだけだった。
天地の考えは、恐らく……。





阿山組本部・慶造の部屋。
春樹と慶造は年始に向けての話をしていた。
毎年恒例の新年会。
春樹は、初めての参加となる為、慶造が、今までの事を話していた。
しかし…。

「俺は遠慮する」

春樹が応えた。

「顔見せにもなるんだぞ」
「そうだろうけどな、俺の噂…ほら…」
「記憶を失って、助けられた俺達への恩返し…か。ほんと、
 すごい噂が広がったもんだなぁ」

慶造は、膝を立て、テーブルの上に置いている煙草の箱に手を伸ばす。

「…っ!!! こら、俺のん」

慶造が手にしようとした箱は、春樹に取られてしまう。

「いいだろが」
「俺よりもヘビーだよな、真北は。減らした方がいいぞ。
 箱にも書いてるだろ?」
「いいんだって」

春樹は、煙草に火を付ける。続いて、慶造も火を付けた。

瞬く間に煙に包まれる部屋。

「困ってるよ…」

慶造が呟く。

「何に?」
「東北地方」
「………天地組か…」

春樹は、新たな煙草に火を付ける。

「…慶造、連絡取ってなかったか?」
「取ってる。…鳥居組の鳥居だけどな…。しかし、あいつは
 暴れる事が何よりの趣味だからなぁ。俺の言葉を理解しても
 体は言う事を聞かないもんだろぉ。それでなぁ」
「…まさかと思うが…」
「…………そのまさか…」
「……慶造」
「なんだ?」
「自分の首を絞めてないか?」
「そうなってるから、お前に相談してるんだろが!」
「そんな相談をするなっ!」
「お前にしか出来ないだろ?」
「なんで?」
「お前の立場…」
「……そっか………。…はふぅ〜…で?」
「どうすりゃいい?」
「何を?」
「……それ」
「………どれ?」
「だから…」
「なるようになるだろ」

そう言って、春樹は、灰皿で煙草をもみ消した。

「…………。ところで、真北」

慶造は、急に話を切り替えた。その様子には、流石の春樹も、こめかみをピクピクさせていた。

「なんだよ」

返事が冷たい……。

「どうしても、参加…」
「せん」

力強く言う春樹だった。


と言ったものの……。


年が明けた。
珍しく一面、真っ白。何もかもが白紙に戻されたような庭がある阿山組本部。…なぜか、静かだった。
それもそのはず。
隣の料亭で、新年会が開かれていた。

「乾杯」

ドスの利いた声が大広間に響く。慶造をはじめ、幹部や組員がコップを掲げていた。

「それでは、お願いします」

修司の声と共に、料理が運ばれてきた。
修司の隣には慶造が座っている。さらに、その隣には…。

「どうぞ」
「ありがとうございます」

料理を運んできた女将の喜栄が、慶造の隣に座り、眉間にしわを寄せている春樹に声を掛ける。丁寧に挨拶をした春樹だが…。

「真北ぁ、新年早々、そんな面するな」
「誰か狙ってるかも知れないだろが」
「誰を?」
「俺」
「……そんな行為は、死に急ぐもんだろが」
「はぁ?」
「お前の鉄拳と蹴りは、誰もが恐れてる。…俺もだ」
「慶造ぅ〜」

こっそりと話す二人の会話に入ってくる喜栄。

「真北さん」
「はい」
「盛り上がった頃、抜け出しても大丈夫だから」
「はい?!」
「みんな、それぞれで盛り上がるから、その間に、厨房に
 来てくれる? あの人がお話したいって」
「そうですか…もしかして、仕事関係ですか?」
「さぁ、それは…。では、お願いします」
「はい」

春樹は、静かに返事をした。

「心配なんだとさ」

慶造が酒を飲みながら呟く。

「何が?」
「真北のこと」

慶造の呟きに、なんとなく嫉妬を感じる春樹は、目の前の料理に箸を運び始めた。

「いただきます」

そして、静かに食べ始める。
それぞれの組幹部や組員が、慶造に挨拶をしに側へ来る。時々だが、春樹にも元気よく挨拶をする組員も居た。春樹は、威嚇しながら、軽く会釈をするだけだった。
近寄りがたい雰囲気。
この日、初めて春樹を見た者は、そういう印象を受けていた。


新年会が盛り上がっている頃、春樹は、そっと立ち上がり、大広間を出て行った。慣れた感じで厨房へ向かって歩いていく。料理人の一人が、春樹の姿に気付き、奥で忙しそうに動いている笹崎を呼びに行く。笹崎は、料理人達に指示を出しながら、厨房を出て行った。

「あけましておめでとうございます」

笹崎は、深々と頭を下げて、挨拶をする。

「おめでとうございます。これからもお世話になります」

春樹も深々と頭を下げて、挨拶をした。
そして、笹崎の部屋へとやって来る。

「あの賑やかさ…苦手だと思いましてね」

笹崎は、春樹にお茶を差し出しながら言った。

「そうですね。食事の時は、静かに…という環境で育ちましたから」
「大学では飲み会に参加していたでしょう?」
「隅の方でジッとしてましたよ。それに……」
「…すみません。思い出させてしまいましたか?」
「いいえ。過去は、忘れたことになってますから」
「どのような話が、そういう噂に繋がるんでしょうねぇ」
「さぁ。頂きます」

春樹はお茶を飲む。
それは、なんとなく、懐かしい味だった。

「懐かしいですか?」
「…はい」
「良樹さんに教わったんですよ」
「親父…お茶が好きでしたから…」
「…少しは、心が和むかと思いましてね」
「………ありがとうございます」

春樹は、しみじみとお茶を飲んでいた。

「これからも慶造さんをお願いします」
「私にお願いされても、何もできませんよ」
「そうおっしゃりながら、阿山組に来て、そして、任務に就いた後
 どれだけ動いていたのですか?」
「さぁ…」
「まだ、一年経ってませんよ。…なのに、長い間居るような感じがします」

笹崎もお茶を飲む。

「それは、笹崎さんだけでしょう」
「いいえ。あれだけ人見知りの激しい慶造さんが、あなたのような
 敵に当たる人物と親しく話している。端から見ている者は、
 二人のやり取りを聞いていて、昔からの親友という感じだと…
 そう言ってるんでね。喜栄も言ってますよ」
「……も…ということは、他にも居るんですね」
「えぇ」
「…あっ」

そっか…。

春樹は、自分の近くに居て、笹崎と親しい人物に心当たりがあった。
そして、何かに気が付いた。

「…もしかして、ここに来るように言ったのは…ちさとさん?」
「内緒と言われてますけどね」

笹崎が静かに応える。

「春樹くんが一人の時は、すごく寂しそうな表情をする。そして、
 日に日に疲れた雰囲気も感じる。もしかしたら、ここに居る事が
 かなりの負担になっているかもしれない…そうおっしゃって…」
「そうですか…」
「深刻になるのも解ります。私も、そうですから。だけど、今は
 一人じゃない。色々な人と出会い、そして、接する。昔、その世界で
 生きていた頃とは、全く違った気持ちになりますよ。…春樹くんは、
 私と逆ですが…」
「そうですね」

静かに応える春樹。何となく、寂しさを感じた笹崎は、話を続けた。

「何かを達成させる為には、何かを犠牲にしなければならない。
 春樹くんの場合は、春樹くん自身の過去を犠牲にしている。
 そして、春樹くんの思いの為に、こうして、生き始めた」
「はい。…でも、やはり気になります。残した者の事が…。そして、
 達成したときに、どう打ち明けるべきか…と」
「その時には、すっかり大人になってますよ。春樹くんの思いも
 きちんと理解してくださるでしょう」
「そうですね…あいつ……頑張ってるから…」

春樹の言った『あいつ』とは、最愛の弟・芯のこと。通学途中の姿しか見る事は出来ないが、時々、任務の本部へ顔を出す春樹の耳には、芯の情報が簡単に入ってくる。
あの日、残す二人の事を頼んだ鈴本が、芯の事を春樹に伝えていた。

「成績もトップ。そして、体を鍛える為に通い始めた道場でも
 新たな技を簡単にこなしているらしいですよ。格闘家たちも
 目を付けているとか、いないとか…」

芯の話をする春樹の表情は、とても柔らかい。
笹崎は、春樹の表情を見つめていた。

「……一番心配なのは、芯の心とお袋の体ですね。お袋は、
 調子が悪くなれば、自分で病院へ行くそうですが、芯の心は…。
 そして、体の方も心配ですよ。…あの未知の麻薬は……」

そこまで言って、春樹は口を噤む。
慶造が、笹崎の部屋に顔を出す。

「真北ぁ、そろそろ終わるぞ」
「俺はいいから、お前達でやってくれよ」
「幹部たちが五月蠅いぞ」
「放っておけよ」
「解ったよ。話が終わったら、…ちさとの所に行ってくれよ」

呟くように言って、慶造は去っていく。

「言われなくても、お礼に伺うつもりだって」

少し照れたような感じで春樹は言った。そして、お茶を飲み干す。

「…慶造さん、酔ってますね…あれは…相当飲まされたなぁ」

そう言いながら立ち上がる笹崎。

「春樹くん、申し訳ないけど、今から作る料理を慶造さんに
 渡してください」
「構いませんよ。何でしょう?」
「二日酔いに効くものですよ。春樹くんもどうですか?」
「私は、そんなに飲んでませんよ。…笹崎さんって、何でも作るんですね」
「熱冷ましもありますよ。風邪を引いたときには、一番効果がありますよ」
「すごいですね。私も教わりたいですよ」
「すみませんが、これだけは…」
「料理人の秘密…ですね」
「えぇ」

そう言った笹崎の笑顔は輝いていた。



春樹は、片手に笹崎の料理を持ち、慶造の部屋へ入っていった。
笹崎が言ったように、慶造は、ベッドの上で苦しそうにしていた。

「おぉい、慶造、笹崎さんから預かってきたぞぉ」

春樹の言葉に、反応した慶造は、ゆっくりと体を起こす。

「すまんな…」
「断れないのか?」
「断りにくいだろ。一応、俺が組長だけど、幹部たちのほとんどが
 俺より年上で、この世界で生きて長い連中だからな」
「それもそっか。ほら」
「ありがと」

笹崎の料理をゆっくり食する慶造。春樹は、それを見届けた後、部屋を出て行く。

「ちさとさんは、部屋?」
「あぁ。多分、読書中」
「調子は良いのか?」
「今のところはな」
「そっか」

春樹の足は、ちさとの部屋に向かっていく。
ドアをノックする。

「真北です」
『どうぞ』

春樹は、躊躇うことなく、ちさとの部屋へ入っていった。
慶造が言った通り、ちさとは、読書中だった。春樹の姿を見て、本を閉じ、立ち上がる。

「あけましておめでとうございます」

二人は、同時に挨拶をする。

「その…ちさとさん」
「はい」
「順調だそうで…」
「えぇ。でも、まだ続いてますのよ」
「そうですか。何か遭ったときは、いつでもおっしゃってください」
「ありがとうございます」
「その……心…和みました。ありがとうございます」
「安心しました」

ちさとは微笑んだ。

「更に和みますね…」

春樹が呟く。

「なんですか?」
「…雪……降ってきましたね」

窓の外を白いものが散らついている事に気付いた春樹は、その場を誤魔化すように言った。

「あっ、ほんとだ!」

ちさとは、窓に寄る。春樹もちさとの隣に立ち、同じように窓の外を見つめた。

「今年は良い事あるかしら…」

ちさとの言葉は、なぜか、重みがある。

「ありますよ、そこに」
「はい?」

春樹の目線は、ちさとの腹部に向けられていた。

「…そうですね。元気な子…かしら…」
「ちさとさんに似て、きっと、素敵な子ですよ」

春樹の言葉に心を打たれたのか、ちさとは、驚いたような表情を見せ、直ぐ後に、輝かんばかりの笑顔に変わっていた。
春樹も、ちさとに負けじと微笑んだ。

「その笑顔ですよ、真北さん」
「……あなたにだけ、特別ですよ」
「あら、そうだったの? あの人が、嫉妬しますよ」
「…って、ちさとさぁん。俺と慶造の仲を勘違いしてますよ!!」
「そうかしらぁ」

…と、惚けるちさとだった。

二人の仲睦まじい雰囲気は、離れた部屋のベッドで熟睡している慶造に届いていた。
眠りながらも、こめかみをピクピクさせている慶造。
恐らく、夢見心地は悪いだろう…………と…。


和やかな雰囲気は、そう長く続かない。
それは、この世界…極道の世界で生きている限り、仕方のないことだった。



(2004.8.13 第四部 第十八話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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