任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第二十一話 春樹の行動を制限する。

阿山組組本部の門を、美穂が血相を変えて、走りすぎていった。

「…おは……」

門番が気づき、挨拶をしようと声を発した時には、美穂の姿は既に、玄関から消えていた。


すれ違う組員の挨拶そっちのけで、美穂は慶造の部屋のドアを勢い良く開けた。

「…!!! 慶造くん!! 真北さんは、どこ?!」
「…って、美穂ちゃん、なんだよ!!!」

着替えようと、部屋着のズボンに手を掛けた所だった慶造は、驚き、両手を挙げていた。

「だから、真北さん」
「真北の退院は、更に延びて来週初めだろ? だから、病院」
「その病室に居ないから、駆けてきたんでしょぉ!!! どこ?」
「知らん。部屋に…………………。…はやっ…」

慶造が言い終わる前に、美穂の姿は、消えていた。

美穂は、春樹の部屋のドアを開けた。

「真北さん!!! ……居ない…」

部屋には、人が居たという気配すら無かった。
美穂は、腕を組み考え込む。

「美穂さん、どうされました?」

声を掛けてきたのは、ちさとだった。

「ちさとちゃん。今日はどう?」
「この子共々元気ですよ。…真北さん…悪化ですか?」

心配そうに尋ねるちさとだったが、美穂の表情を見て、微笑んだ。

「抜け出したんですね」
「違ぁぁうっ!! 勝手にというか、強引に…半ば医者を脅してまで
 退院許可を取ったのよぉ」
「えっ? でも、帰ってきたのなら、私の前に来ると思うけど…見てないですよ」
「ったくぅ〜」
「悪化したんですか?」
「まだ動くなと言ったのに、動くから、治りきらないんだもんな…ったく。
 どうして、言う事聞いてくれないんかなぁ〜もぉ〜」

美穂は、苛立っていた。

「もしかして…」
「ん?」

ちさとの言葉に首を傾げる美穂。

「警視庁に…」
「…………あの傷で、また暴れる気だな…。はぁ〜あ。準備しとこ」

項垂れながら、美穂は仕事場である医務室へと向かっていく。
そんな美穂を、微笑みながら見送るちさとは、ゆっくりと振り返り、自分の部屋へと向かっていった。


部屋へ入ると…。

「美穂さん、カンカンでしたよ」
「そうだと思いました」
「…本当に、大丈夫なのですか?」
「これくらいの傷で、これ以上、休んでられませんよ」

ちさとの部屋の奥から顔を出したのは、春樹だった。

「戻ってきて、ここに来た途端、美穂さんのオーラ。…すごいね…」
「関心してる場合じゃありませんよ!」
「すみません」

春樹は、恐縮そうに言った。

「ちさとさんが順調で安心ですよ。では、これで。ありがとうございます」
「これっきりですよ! 次は、私が美穂さんに怒られますからね」
「心得ておきます」

春樹は笑顔で、そう言って、ちさと専用の出入り口から外へ出て行った。

「何も、そこまで…」

そこまで、私たちの為に無理しなくても…。

春樹が出て行った方を、心配そうな表情で、いつまでも見つめているちさとだった。


阿山組組本部から出てきた春樹は、本部から少し離れた場所に待たせてあった車に乗り込み、そのまま、警視庁へと向かう。待っていた車こそ、特殊任務のマークが、光の加減で見え隠れする車……。

「真北さん」
「ん?」

春樹は、手にしたファイルに目を通しながら返事をする。

「体調…優れないんですか?」
「なんで?」
「その…いつもよりも強いオーラを感じないので…」
「まだ、傷は治ってないからさ」
「それでは、このまま道病院に……………行き先変更…ありません」

ルームミラーで春樹を見た運転手は、春樹の、恐ろしいまでの眼差しに参ってしまう。

「こんな軽い傷で、休んでる時間は無いからさ…。これ以上、
 周りに血を流して欲しくない」
「今日は、手続きだけにしてください」
「嫌だな」
「その体調では、いつもの行動は無理です」
「大丈夫だ」
「真北さん」

頑として自分の思いを通そうとする春樹を、力強く呼ぶ運転手。

「なんだよ」

少し冷たく、それでいて、ドスが利いている返事……。

「動きが鈍いと、傷を悪化させますよ。これ以上、危険な行動は
 させないようにと、上からの命令なんですから」
「それなら、お前は俺の担当を離れろ。俺一人でやるから。…誰も
 心配すること……ないだろが」
「誰もが、真北さん…あなたのことを心配してるんですよ。…鈴本さんだけでなく、
 滝谷さんも……私達もです。そして、私たちとは正反対の世界で生きている
 阿山の親分さんも…そして、姐さんもですよ」
「………何か言ってきたのか?」

静かに尋ねる春樹。車は赤信号で停まった。

「先日の河川敷での事件を聞きました。その後です。恐らく、今日のような
 無茶な行動に出ると思う…だから、阻止してくれと」
「無理だな」
「これ以上、我々の世界の事で、危険に身を投じるな…と、親分さんが…」
「そうしないと、慶造の思いが達成する時が遅れるだろが」
「鈴本さんも、おっしゃいました。…だけど、親分さんは…」
「慶造だけだと、本当に、あの世界を真っ赤に染めたままで
 終わりそうだろが。…だから、俺が…」

青信号になり、車が動き出す。

「俺には、哀しむ家族が…居ないからさ…」

そう言って、春樹は、窓の外を流れる景色に目をやった。
そこに見える歩道には、笑顔が輝く家族の姿があった。

「居ます…。今は立場を証せないでしょうが、哀しむ者は
 たくさん居ます…。だから…」

運転手の言葉が詰まった。

「解ってるって。心配するなよ…俺は、大丈夫だって。死なないからさ…
 ………死ねないから……」

最後の言葉を呟くように言った春樹。
春樹の心に秘めた強い想いが、運転手の心に伝わった瞬間だった。

「…解りました。…だけど、本当に…」
「ありがとな………。………で、慶造、警視庁に?」
「いいえ、本部の隣の料亭に鈴本さんを呼びつけて…」
「あれ程、笹崎さんには、関わらせたくないと言っておきながら、
 いざと言うときは、関わるような行動に出るんだからなぁ〜慶造はぁ〜」
「その方が落ち着けるんじゃありませんか?」

ウインカーを左に挙げ、左折する。車は、警視庁の裏手にある厳重な扉をくぐっていく。

「確かに、笹崎さんの料理は、落ち着けるよな」

春樹が応える。

「私も一度は、食したいです」
「いつでも来たらいいって。料亭なんだからさ」
「そうですね」

車は指定の位置に停まり、エンジンが止まった。
春樹と運転手が降りてくる。そして、とある場所を目指して歩き出した。

「これ……もう少し詳しいのは、無いのか?」
「桂守さんに、お願いしておきます」
「よろしく」

二人はエレベータへ乗った。
慶造に頼まれ、小島家の地下の男達を解放した春樹。その条件の一つに、『特殊任務への協力』というものがあった。慶造が言ったように、今まで入手困難だった情報も簡単に手に入るようになった。詳しく知りたい時に必ず利用する特殊任務の者達。
桂守たちは、協力しているものの、それは、『依頼』のあった事だけしか伝えていなかった。
それは、小島家への敬意を表して……。




小島家・リビング。
隆栄が、動きにくい足を引きずりながら、ゆっくりと歩いていた。
そこへ、桂守が顔を出す。

「…って、隆栄さん!!」
「あん、おっはよ」

慌てる桂守とは対照的に、隆栄は、軽い口調で挨拶する。

「おはようございます。…まだ、お一人では…」
「少しの距離は大丈夫だと言っただろが」
「それでも、負担が…」
「………リビング内なら、動いて良いと言ったのは…」

ジトォっとした眼差しで、桂守を見る。

「…私…ですけど…」
「それなら、いいだろ」
「駄目です。…私が美穂さんと栄三さんに怒られます」
「怒られとけばぁ」
「隆栄さぁ〜ん」

桂守は、隆栄がしようとしていた事…テレビのスイッチを入れた。
そして、チャンネルを替えていく。

「まだ、無理ですよ」
「…そうだよな」

隆栄は、何を確認したかったのか……。



桂守は、隆栄に珈琲を差し出す。

「ありがと」
「先程、特殊任務の方から、依頼を受けました」
「更に詳しく…だろ?」
「はい」
「レベル3あたりでいいだろ」
「そうですね。では、伝えておきます」
「あぁ。………ということは、真北さん……強引に退院だな…。
 こりゃぁ、美穂ちゃん…怒り治まらないだろなぁ〜」
「恐らく…」
「……覚悟しとこぉ」

隆栄は、珈琲を飲み干した。

もちろん、その日の夜、自宅に戻った美穂に、思いっきり愚痴を聞かされる。
隆栄は、優しく微笑みながら、静かに聞いているだけだった。




慶造の部屋。
慶造と春樹がテーブルを挟んで、向かい合って座っていた。
慶造は、春樹を見下すような眼差しを向け、春樹は春樹で、怒りを露わにしている…。

「美穂ちゃんの気持ち…解ってるだろが」

慶造が静かに言う。

「俺の手の届かないような事をするなと言っただろが」

怒りを抑えたように、春樹が言った。

「…言ったか?」
「言ってる…喉が嗄れる程、口が酸っぱくなるほど…慶造ぅ〜、
 歯止め…利かせろや…」
「無理…と言ってるだろ? だけど、こっちからは手を出してない」
「こっちから手を出さなくても、あんだけ激しく暴れたら一緒だっ!」
「俺に言うな、猪熊に言え!」
「…猪熊さんが、そのような行動に出るのは、慶造の動きが
 激しいからだろがぁ〜。そこを停めるのは慶造だろ!」
「無理だって。猪熊の動き…誰も停められないって」
「…………組長命令」
「無理」
「……阿山家の主人としての命令」
「それも無理」
「…俺が停める」
「………出来るかもな…」

慶造が言った途端、春樹の手が、慶造の胸ぐらを掴み上げた。

「…それだけの動き……。完治してないのになぁ」

春樹の怒りに恐れもせず、慶造は言った。

「それよりも…聞いたぞ。……俺以上に暴れたのは…誰だ?」

春樹の手を解きながら、慶造が言う。

「そうでもしないと、お前が暴れる」
「そんなに、俺が暴れる事…悪いのか?」
「立場、考えろ」
「そういう、真北もな」
「俺は、いいんだって」

少し寂しそうに言う春樹は、姿勢を戻し、煙草に火を付ける。
吐き出す煙に目を細めながら、テーブルに肘を突く。煙草を挟んだ手で髪を掻き上げた。

「真北」
「あん?」
「まだ……急いでるのか?」
「……急いでも仕方ないだろ」
「何に…ムキになってるんだよ」
「さっさと終わらせたいだけだ。これ以上、哀しむ者を増やしたくない」

慶造は煙草に手を伸ばし、火を付ける。ゆっくりと煙を吐き出しながら、春樹を見つめ、静かに言った。

「自分を犠牲にすること…ないだろが」
「…慶造には、哀しむ者が居る。だけど、俺には居ない」
「俺が哀しむ」
「慶造……」
「俺とお前の仲…だろが」
「…だから、俺がムキにならないと…」
「俺にもさせろ」
「だぁめだ」
「………真北の方が血の気多いだろ」
「かもなぁ」

春樹は煙草をもみ消す。

「もう少し、大人しくしてくれ。……事務処理大変なんだからな…」
「そっちかよ…」
「新たなものは、書く事多いんだからなぁ〜〜」

嘆く春樹。

「それだったら。もう少しレベルを上げておけばいいだろが。
 俺の行動から察する事…できるだろ?」

春樹は、口を尖らせながら、一点を見つめていた。

「……そっか」

慶造の言葉に納得したように、返事をする春樹。目だけを慶造に向け、そして、尋ねた。

「どこまでだ?」
「そうだなぁ〜〜」

慶造は、自分の行動範囲に対する考えを述べ始めた。
静かに耳を傾ける春樹。
慶造の言葉を一言一句、頭に叩き込んでいた。




桜が咲いた。
桜並木のある場所は、空気が淡いピンクに染まっている感じがしている時期。
芯は、進級した。
この日も元気に登校する芯たち。
芯は校門をくぐる前に、ちらりと辺りに目をやる。

今日も居ない…か。

芯は、時々見掛けていた高級車が気になっていた。ここ数日、その車は停まっていない。
まるで、自分を監視するかのような車。
芯は気になっていた。
兄・春樹の事件の後、自分の周りには必ずと言って良い程、誰かが見張っている。
それは、自分たちの身を守ってる、刑事達。
しかし、時々見掛けている車は、違っている。
高級車。それも、極道・親分の地位である者が乗るような雰囲気の車。
狙われているなら、刑事の鈴本から、それとなく話があるはずなのに…。
もしかして……いいや、違う。
その車を見る度に脳裏に過ぎる考え…『兄は生きている』…。
あの後、色々と調べてみた。
しかし、これといって情報は集まらない。
鈴本に尋ねても、鈴本は何も応えない事が多い。それがかえって、不自然にも感じる。

「芯、また考えてるだろぉ」
「翔…」
「例の高級車。今日も停まってないよな」
「あぁ」
「今度見掛けたら、声を掛けてみろよ。姿を見せたくないなら、
 芯が近づく事に気付いた途端、去っていくって。それで解ると
 思うよ。その車の主に」
「何度も考えたって。だけど……それを引き留めるのは、
 翔…お前だろが」
「そぉだっけ?」
「あぁのぉなぁ〜」

こめかみをピクピクさせる芯。

「なぁ、芯」
「なんだよ!」

航が声を掛ける。返事に怒りが籠もってる芯だったが、航は、お構いなしで話し続けた。

「今日こそ、デート」
「道場」
「その道場に行ってもいいだろ?」
「気が散る」
「最後の礼をするまで、辺りが見えていない程、集中してるのに?」
「あっ、う……、そ、それは……」
「航の勝ち」

そう言って、翔は、芯の手を引っ張って、校舎へと向かっていった。



放課後。
教室から、生徒達が帰り支度を終えて出てくる。
その中に、芯の姿もあった。

「あぁぁっ!!! また、芯の奴ぅ!!!」

航から逃げるように駆けていく芯。その後ろ姿を見届ける航が、叫んだ。
芯は急いで階段を駆け下りる。
向かうのは、道場…。



高級車が、芯の通う学校の前に停まった。
運転席の窓を閉めたまま、校門の様子を見つめているのは、春樹だった。
ちらりと時計を見る春樹。

そろそろ道場に向かう時間だな…。

芯の事を考える春樹の表情は、とても柔らかくなる。
下校する生徒達の間をすり抜けるように、芯が出てきた。


芯は、ふと足を止める。
いつもの高級車が停まっている事に気付いたのだった。

声を掛けてみろよ。

朝、翔と話していた事を思い出した芯は、その足を高級車の方へ向ける。
それには春樹も気付いていた。

やば…。今日に限って、向かってくるって…おいおいぃ〜。

春樹は、急いで車を発車させようとハンドブレーキを下ろす。

その時だった。
クラクションを鳴らして、別の高級車が、春樹の車の後ろから近づいてきた。春樹の車の前に停まった車から降りてきたのは、慶造と修司だった。
芯は思わず歩みを停める。
高級車から降りてきた慶造は、春樹の車の窓を叩いた。
春樹は、少しだけ窓を開け、慶造を見る。

「なんだよ」
「お前なぁ〜。あれ程、これを持っておけと言ってるだろが」

慶造は、ポケットから小型の電話を取り出し、窓の隙間から春樹に渡す。

「連絡入ってたぞ」

春樹は、慶造の言葉を聞いて、画面を見る。そこには、『鈴本』という文字が表示されていた。

「例の任務の事だろな」
「それなら、直接本部に掛けるだろ?」
「あのなぁ〜。お前が外出してるって応えたら、そっちに連絡が
 入ったらしいぞ。そうしたら、お前の部屋から呼び出し音が聞こえた
 …って組員が言ってたぞ」
「それで、わざわざ、ここかよ。それも、危険極まりない行動だな」
「なぁんだとぉ〜。わざわざ、持ってきてやったのになぁ〜。そもそも…」


春樹と慶造、そして、修司の姿を見つめている芯。二人の会話は聞こえていないが、窓の隙間から、気になる運転手の顔を覗くチャンスだと思い、ゆっくりと近づいていく。
しかし、修司の体が盾になって、運転手の様子を伺えない。

あぁ〜もぉ〜。邪魔だなぁ、この人ぉ〜。

そう思いながら、慶造たちに近づいた時だった。

「おい、ガキ。何のようだ?」

修司が、芯の姿に気付き、少し威嚇をする。
それに恐れる芯ではない。
ちらりと修司の顔を見て、再び、気になる運転手の様子を伺おうと首を伸ばす。

「何のようだと聞いてるだろ、ガキ」

修司の声で、静かに言い合っていた慶造と春樹は、我に返る。慶造が振り返る。春樹は、修司の見つめる方に目線をやった。

「……って、こら、修司。お前なぁ。こんな子に威嚇してどうする」

振り返った所に立っていた真面目な中学生を見た慶造が、呆れたように言った。

「あのなぁ、刺客だったら、どうするんだよ」
「こんな真面目な子が刺客って、お前なぁ」
「あの原田は、この年齢で仕事してたろが」
「そう見えないって。……で、君、何か用か?」

慶造が優しく声を掛ける。

「あっ、いいえ。その……」

芯の目線は、春樹の乗る車に向けられている。

「????」

不思議に思いながら、慶造は春樹を見た。
春樹は、芯の行動に気付いていた。
平静を装いながら、そっと窓を閉める春樹。

「って、おいおい…」

慶造は、春樹の行動にも驚きながら、窓を叩いた。

「慶造、帰るぞ」

修司が言った時だった。

「…慶造…? ………慶造って…阿山慶造……?」

芯が言った。

「…あぁ、そうだが、何か?」

慶造が応えた途端、芯の表情が、がらりと変わった。

「ん?」

芯は、辺り構わず、慶造に拳を突き出した。
その拳は、慶造の腹部に突き刺さる。

なっ?!???

次に繰り出された芯の回し蹴りは、慶造の背中に向けられた。

ガシッ!!!

「修司!」

芯の足を掴む修司。しかし、芯は、攻撃を止めず、体を支えている足で、修司の腹部を蹴った。
その強さは、修司の想像を超えていたのか、修司は、掴んでいた芯の足を手放した。
着地した芯は、狙いを慶造に定めていた。
勢い良く差し出された拳は、慶造の体に当たる寸前に、修司に停められていた。

「ガキ…てめぇ、殺し屋か?」
「…違う!! 俺は…こいつが許せないだけだ!! よくも…よくもぉ」

芯は、蹴りを慶造に向ける。しかし、修司に腕を掴まれている為、慶造の体に届かない。

「放せよ!」

芯が、修司を押すような感じで、足を踏ん張った。そして、修司の体を押そうとした時だった。

「このガキ…」

修司は、芯が醸し出すオーラに反応するかのように、本来の力を発揮してしまう。

芯の体が、宙を舞い、塀にぶつかった。

「って、修司!! お前、こんな小さな子に本気になるなっ!」

慶造が、地面に横たわる芯に駆け寄ろうとした時だった。
春樹の車のドアが開き、サングラスを掛けながら春樹が飛び出してきた。
横たわる芯に駆け寄り体を起こす。
芯の意識は朦朧としていた。

芯…お前…何を考えているんだよ。

グッと抱きしめたい気持ちを抑え、他人を装いながら、芯を介抱する春樹。
芯の呟きに耳を傾けた。

兄さんを……返せ…。阿山慶造……許さない…。

その言葉で、春樹は、芯を力一杯抱きしめてしまった。

芯………ごめん……ごめんな…。

「…どうだ?」

慶造が声を掛けてくる。

「ん? あ、あぁ…大事無い。気を失ってるだけだ」

そう言って、春樹は、芯の耳元で何かを呟いた。
誰かの足音に顔を上げる春樹。
そこには、血相を変えて鈴本が立っていた。
慶造に突っかかる芯の姿に気付いた時には、芯は、修司の拳によって、宙を舞う所だった。

「…あ、…あんたは…」
「この子の身内ですよ。一体…」

慶造と鈴本、そして、春樹の関係は、周りに知られてはいけない。
それは任務の関係上、一番守らなければならないことだった。
他人を装う慶造達。

「慶造、後はいい。俺が話しておくよ」

春樹の言葉に、慶造と修司は、車に乗り込む。

「……気を…失っているだけです。…すみません…後を…」

震える声。そして、芯を差し出す手も震えていた。
春樹の心情を悟る鈴本は、何も言わず、春樹から芯をそっと受け取った。

「後は、任せてください」

静かに応える鈴本。春樹は一礼して、自分の車に戻ってくる。
そして、二台の車は去っていった。
芯が目を覚ました。自分が鈴本の腕に抱えられていることに気付き、驚いたように声を挙げた。

「って、鈴本さん?!? 俺…」
「無理するから…倒れたみたいだけど…。覚えてない?」
「…そう言えば、鈴本さんの姿を見た途端…」

春樹くん…芯くんに術を?

「あ、あぁ…そうだよ。それより…」
「何かあったの?」
「春奈さん…倒れてしまった…」
「えっ?」
「今回は、ひどいみたいだから…」
「お願いします」

鈴本と去っていく芯。
芯の記憶には、先程の慶造との一悶着は、すでに無い…。


本部に戻った慶造、修司、そして、春樹。
車から降り、玄関へ向かって歩いている時だった。

「…っつー…」

修司が、腹部を抑える。

「どうした、修司」
「ん? あぁ、大丈夫だ」
「まさか、そこ…あの中学生に蹴られた所か?」
「そうだな。…慶造は大丈夫か?」
「少し利いたかな…」
「後から来るんだな…」

本当に痛そうな表情をする修司。

「あのガキ…驚くほどの力だな」

修司の呟きに、春樹は嬉しさを感じていた。

猪熊に言われる程、強くなったんだな…。

慶造達は、若い衆に迎えられる中、玄関を通りすぎ、部屋に向かって歩き出す。

「真北ぁ」
「なんだよ」
「お前、あのガキに何を吹き込んだ?」
「なんのことだ?」
「耳元で何かを呟いただろ。…あれは、なんだよ」
「俺の特技」
「特技?」
「人の心を操れるんだよ。とある方法でな」
「まさか、そんなこと…」
「出来るって」
「……ちさとに…」
「してないし、する必要はないだろ」
「…心配だからさ…」
「大丈夫だって。無事に生まれたら、そんなこと言ってられないさ」
「それなら、安心だけどさ…」
「同じ過ちだけは、絶対にするなよ。…失いたくないからさ…」
「…俺もだ」

二人の言葉は、修司の心に響いていた。

俺が、守る。

修司の決意は、更に強くなる………。




その夜、春樹は、鈴本に連絡を入れた。春奈が倒れた事を聞く。

「そうですか…。ありがとうございました。…その…」
『芯くんなら、大丈夫ですよ。全く記憶にないようです。
 一体、何が遭ったんですか?』
「慶造に…突っかかっていったんですよ。俺の敵って…」
『そうだったんですか…やはり、諦めてないんですね』
「以前からですか?」
『あの事件の後から、ずっとですよ。だから、春樹くん。
 今回の事が再び起こるかもしれないから……。言いにくいけど、
 もう、学校の前に来ない方が良い。春樹くんの車を気にしてる。
 誰かに見張られていると、相談してきたこともあるんだよ』
「…解りました。…もう、学校の前には行きません」
『芯くんや春奈さんの事は、私に任せて。こちらのことは、
 気にせずに、任務の方を…』
「解りました。…だけど、様子は…」
『伝えるよ』

春樹は、電源を切った。
電話を放り投げ、畳に大の字に寝転ぶ春樹。

俺の方が、吹っ切れてないんだな…。

夕方、目の前で見た芯の動きは、春樹の瞼に焼き付いていた。
そして、芯の呟きが、耳の奥に付いて離れない……。

兄さんを、返せっ!

…芯……。



(2004.8.20 第四部 第二十一話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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