任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第二十二話 外科医と兄貴

大阪にある橋総合病院は、この日も外科の患者で溢れていた。
その中で、手際よく患者を治療していくのは、この病院の院長であり、外科医でもある橋雅春だった。熟練の腕を持つと言われている医者でさえ、雅春の手さばきに見惚れてしまう。参考にする為にと、じっくりとその腕の動きを見つめる。

「……見てないで、手を動かせ!」

先輩後輩お構いなしに、雅春が怒鳴る。
仕事もせずに、医者だからと偉そうにする者は、大嫌い。
出来る癖に、患者を選ぶ医者も嫌い。
助かる見込みがあるのに、自分の腕では、治療出来ないから…と仕事を放棄する者が、一番嫌い。
そして、更に嫌いな者…それは…。


雅春は、怒りの形相のまま、自分の事務室へ戻ってくる。
そこで待機している男達を鬼の形相で睨み付けた。

「…………俺の言いたい事…解ってるよなぁ」

地響きに近い低い低い声で、雅春が言った。

「知らんわい」
「わしらに言われてもなぁ」
「…水木ぃ、須藤ぅ〜」

雅春の怒りは治まらない様子。

「しゃぁないやろ! 向こうが仕掛けてくるからやな…」
「だからって、何も、ここまで激しくすること…無いやろがっ!」
「今回は、一般市民に迷惑掛けてへんやろ!」
「俺は一般市民…ちゃうんかい!」
「医者やろ!」
「水木ぃ〜」
「サツと一緒で、一般市民扱いちゃうやろが」

と水木が言った途端、雅春の腕は、水木の胸ぐらを掴み上げていた。

「水木、それ以上、院長を怒らせるなって」

のんびりとした態度でソファに座っている須藤。

「って、こらぁ、須藤! お前の方が激しかったやろが!」
「うるせぇなぁ。俺は、普通や」
「お前の普通は、他の連中にとったら、異常や!」
「ほっとけ」
「…って、余裕ぶっかましてる場合ちゃうやろ! これ、どうにかせぇ!」

水木は、雅春を指さした。
その指を掴まれる水木。痛みを感じ、目をやると、指は、曲がり得ない方へ曲がっていく……。

「…って、院長ぅ〜、そっちには、曲がらんけどぉ」

恐る恐る言う水木。

「なんや、水木。俺は医者やで」
「それは、重々承知…」
「曲がらへんことくらい、解っとるでぇ」

何やら企んでいるような口調の雅春に、水木は、なぜか、たじたじ…。

「…だから、院長を怒らせるなっつーたろ」
「だぁれが、し向けたんや!」
「知らん〜」
「須藤!」

ボキ…。

聞き慣れない音が、聞こえた。
水木の目は、大きく開かれている。

「…あっ、すまん…」

ガキ……。

更に大きく見開かれた、水木の目。

「くっくっく…あっはっはっは!!!」

豪快に笑い出す須藤。
雅春に掴まれた水木の指は、あらぬ方向へと曲がってしまった。しかし、そこは外科医。何事も無かったように、その指を元に戻した。
指は、きちんと動く。
痛みもなく……。

「人を指さすな」

雅春が静かに言った。

「す、すみません…」

小さな声で素早く応える水木は、ホッとしたのか、ソファに、ドカッと座り込む。

「…………で、須藤」

雅春の怒りは、治まらず…。

「は、はい…って、俺は遠慮しますよ」
「せんわい。…今回の発端も、青虎か?」

雅春が尋ねる。

「あぁ。何の目的なのか、解らんが、兎に角、縄張り争いやな」
「跡目争いの間違いじゃないんか?」
「その跡目の条件が、全国制覇らしいな」
「…なんじゃい。あんなちっぽけな力で全国制覇か? 力じゃ
 全国を納められないことくらい、解ってるやろ」
「そやけど、青虎は、血を見る事が好きやからな。…それに、あの原田の
 攻撃で、精鋭部隊は全滅。ある力と言えば、跡目狙ってる青虎しか
 おらんやろ」
「息子は?」
「先々代の血を引いている虎来ですか?」
「そうや。青虎組の情報は、ちょこぉっとばかり耳に入ってる」
「………だからぁ、院長の情報って、どこから入手してるんですか?
 それも、極道の連中しか知らんような情報が、わんさか…」
「内緒や」

それは、亡き親友の春樹、そして、自分の前から去っていった、腕の良い医学生・まさから…。

「……だからって、お前らが暴れることないやろが」
「解っとるけど、向こうが仕掛けてくるんやから、しゃぁないやん。
 こっちだって、人数減るのは、困るしな。それに、阿山組…」

須藤の口から出た言葉…阿山組。それを聞いた途端、雅春の目つきが、更に鋭くなった。

「…その阿山組の情報…聞かせろや」
「院長が知って、どうするんですか?」
「向こうの手を知っとけば、お前らが怪我した時に対応できるだろ」
「……………まぁ、そう言われれば、そうやな…」

雅春に丸め込まれる(?)須藤は、阿山組の事を淡々と話し始めた。

銃器類を体の一部のように扱う。
敵だと思う輩には、容赦しない。
人の命を何とも思っていない。
一般市民には、迷惑を掛けないが、抗争に巻き込まれても知らん顔をする。
そして、今の四代目は、息子を殺されても、何とも思っていない…。
人の血が通っているのか解らない、無感情な男・阿山慶造。

須藤の言葉を聞いていた雅春は、あの事件を思い出す。

「そして…刑事達を巻き込んだ事件。…あの話を耳にするたびに、
 俺達は、背筋が凍るよ。…敵対していた闘蛇組も事実上解散。
 だけど、未だに阿山組を狙っているという話だ。それに対抗するため
 阿山組は、組織を巨大化しているんだよ…」
「巨大化?」
「あぁ。俺達の縄張りを拡大するようなもんだ。その方法が、
 恐ろしい程のもの。…話し合いにみせかけといて、実は
 相手を力でねじ伏せる…そんな方法だ。下手したら
 命をその場で奪われる。こっちだって、命は惜しいよ。
 だからといって、その場でやり合う訳にもいかんやろ」
「そうやな」
「後で返事をすると言って、その場をしのいでも、後から…」
「襲ってくるのか?」
「あぁ。反対だと言って、組を潰された所は、数え切れない」
「……そんな奴を敵に回すと、益々厄介だろ?」

雅春は、須藤達の身を心配する。

「だぁいじょうぶだって。今は、昔のように、関東だけで
 争い始めたらしいよ。黒崎…だっけ?」
「あぁ」

水木は、自分の指を見つめながら、返事をする。

「黒崎って、あの製薬会社…」
「表は、そうだけど、裏に回れば、俺達と同じ極道だよ」
「…その話は、知ってる…。…そうか……」

雅春は黙り込んでしまった。
そこに、急患のランプが点灯。

「…仕事だ。………って、お前ら、納めたんちゃうんかい!」
「院長! 交通事故って、言ってるでしょうがぁ!」
「ん? …そうだな。…後は、手続きだけや。お前らで出来るやろ。
 まぁ、慣れたもんだろうけどなぁ」

嫌味たっぷり含めた言い方をして、雅春は去っていった。
残された水木と須藤は、湯飲みに残っているお茶を飲み干す。

「……なぁ、須藤」
「ん?」
「…あの院長、関東に居たんだよな」
「そうや。親父さんが、院長として、ここで働き始めたけど
 急に、あの院長と入れ替わったやろ。確か…」
「阿山組の事件の後や。…あの院長な、その事件で亡くなった
 刑事と親友やったらしいで」
「ほんまか?」

驚く須藤。

「あぁ。あの事件…尾を引いてるんちゃうか。俺達の争いに
 執拗に絡んでくるやろ」
「そういや、そうやな。怪我人増えたら、それだけ儲かるやろに」
「仕事も好きやぁ言う顔しとるやろ。それにな、阿山組…」

水木の言葉に耳を傾ける須藤。

「何か、他に秘密あるんか?」
「……ほら、あの噂」
「噂?」
「阿山組に義理立てした刑事…」
「確か、やくざも恐れる真北刑事…だったっけ?」
「あぁ。自分が刑事っつー記憶を失って、やくざに身を置いた男。
 そいつが、阿山組を支えている話も耳に入ってる」
「……えらい、深刻やな」

須藤は立ち上がる。

「暴れ好きの組長に暴れ好きの元刑事…。本腰入れな、
 わしらやばいかもな」

水木も立ち上がり、そして、二人は事務室を出て行った。

「あの院長の親友の刑事って、誰や?」
「さぁ、そこまでは解らんかった」
「知っても、しゃぁないけどな」
「そうやな」

組員達の病室へと足を運ぶ二人。
それぞれの組員は、すでに治療を終え、たっぷりと書類を手渡されていた。
その書類の多さに呆れる須藤と水木。

「あんの院長ぅ〜〜っ!!」

雅春の怒りの矛先は、ここに向けられていた……。





「青虎の動きは?」
「ぴったりと止みました」
「そうだろうな。…阿山組は?」
「未だに激しいですね。鳥居の動きを見れば解りますよ」
「どうすれば、停まるかな…」

高級レストランで食事中の天地と原田まさ。
少し疲れを見せる天地が、まさに相談をしていた。

「親分…お疲れですか?」

まさが尋ねる。

「少しな」
「やはり無理なさるから…」

心配そうに見つめる、まさ。天地は、微笑んでいた。

「それは、まさ…お前にも言えることだろが。…あんな動きは
 初めて見たぞ。…負担掛かってないか?」
「薬は飲んでますので、ご安心を」
「更に鍛えたんだろ」

天地の尋ねる事に、まさは、ただ、微笑んでいるだけだった。

「今年の夏は、暑くなるらしいな」

天地は話を切り替える。

「そのようですが、ここは、夏でも涼しいですから…」
「まぁな。冬は、滅茶苦茶、雪が積もるけどな。そうだ」
「はい」
「スキー場、作ろうか」

唐突な天地の言葉だが、長年付き合う、まさは慣れている。

「準備しておきます」
「乗り気だな?」
「えぇ」

即答する、まさだった。

二人は、食後のデザートを、静かに食べ始める。



天地組組本部。
天地とまさが、夕食を終えて帰ってきた。

「お疲れ様です」

若い衆が出迎える中、二人は部屋へと向かっていく。

「じゃぁな、まさ」
「はっ。お休みなさいませ」

深々と頭を下げ、天地を見送ったまさは、自分の部屋へ入っていった。
着替えを終えた頃、京介が部屋を尋ねてくる。

「兄貴、お風呂は、どうされますか?」
「…ん? 満が用意してるんだろ? 行くよ」
「はっ」


京介運転の車が、門番が一礼する中、本部の門を出て行った。


車の中。
まさは、窓を開け、星空を見つめていた。

「何か、ございましたか?」
「ん? 親分がな…」

深刻な表情で、まさが口を開く。

「親分が?」
「………スキー場作ろうかって…」

思っていた事と違った内容だったのか、京介は、ハンドル操作を間違えそうになる。

「兄貴…それって…」
「ん?」
「あまりにも深刻な表情をしておられるので、また…抗争でも…
 そう思いましたよぉ〜。…親分もスキー場って…」
「経営方針を変えるおつもりだろ。その準備に必要なものは
 何かなぁ〜って、考えていたんだよ」
「そうでしたか…。明日にでも資料を揃えておきます」
「その前に、あちこちのスキー場の様子を参考にするべきだろ」
「そうですね…。暫く、あちこち調べますか」
「忙しくなるぞ」

まさの声は、なんとなく嬉しそうに感じる。京介は、山の麓にある温泉の小屋の近くに車を停めた。
満が迎えに出てくる。

「お疲れ様です。…あれ、親分は?」
「いつものこと」
「そうですか…。それでは、兄貴、貸し切りですね」
「お前らの一緒に入るか?」
「兄貴がくつろげませんよ」
「たまには、いいさ」

優しく微笑む、まさ。それに応えるように、京介と満が元気よく返事をする。

「御一緒致します!」


チャプン…。

湯気が立ちこめる湯船に、三つの頭が見えていた。
まさ、京介、そして、満が、湯に浸かり、のぉんびりとしていた。

「満ぅ」

まさが呼ぶ。

「はい」
「星空…見えるように、出来ないか?」
「露天風呂ですか?」
「あぁ」
「本来は、そうしようと思ったんですが、危険度が増しますから、
 このようにしたんですが…」
「そっか…」

満の言葉に納得するまさは、上半身を湯から出した。
胸元に見える傷。
あの日の事を思い出す京介は、思わず目を背けた。

「京介」
「はい」
「考えたか?」
「…何をでしょうか…」

あの日の事件を思い出した事を悟られたと思ったのか、京介は、誤魔化すかのように、わざと尋ねる。

「今度の事」
「あっ……その……まだ…」

思った事と違う事を尋ねられ、京介は、しどろもどろになる。

「考えておけって言っただろぉ」
「兄貴、急に言われても………でも、どうしてですか?」
「なんとなく…だ。満は?」
「俺は、やはりこの世界に残ります」
「…似合わないのにな」

そう言って、まさは、湯から上がった。洗い場に座り、体を洗い始めるまさを見つめる満。

「兄貴…」

満は、湯の中で立ち上がり、まさの背中を見つめていた。
背中にも残る傷跡。それは、あの時、背中まで突き抜けた日本刀の痕。
話だけ聞いたことだが、まさの傷跡を見ただけで、どれだけ激しかったかが解る。

「兄貴、背中流します!」
「あん? …あ、あぁ、よろしく」

満の言葉に優しく応えた、まさ。満は、湯から素早く上がり、まさの背中を洗い始める。

「満…それがあるから、この世界に残るというのか?」

満の背中には、彫り物があった。

「あれだけ、親分が止めておけと言ったのに…」
「自分に対しての挑戦です」
「親分が、止めろと言った理由…解るか?」
「もし、この世界を離れる事になったら、過ごしやすいように…です。
 あの時、きつく言われましたから。…それでも、俺は…」
「今は、おしゃれで彫っている者も居ると聞く。…満は、洒落てるから
 それで彫ったと思われるって。…だから、ちゃんと考えておけ」

まさの背中の泡を、そっと流す満。

「…どうして、兄貴は、俺達に足を洗えと勧めるんですか?」

湯船に腰を掛けている京介が尋ねる。

「この世界、何が起こるか解らない。その為にも、お前らには
 足を洗って欲しいんだよ」
「兄貴、兄貴は、どうされるんですか?」
「俺…か。……考えてないな。……でも……」

まさは、自分の両手を見つめる。

この手は、たくさんの血を浴びている…。

「兄貴は、医者になるんでしょう?」

満が言った。
その言葉に、ハッとするまさ。何か思ったのか、温かい笑みを浮かべ、そして、優しく応えた。

「そうだな。そうするか」

まさの笑みが、満と京介の心に明るく突き刺さる。
二人の想いは、かなり揺らいでいる。
二人の表情を見たまさは、そう確信した。

「湯上がり、星空を眺めようか」
「そうですね、兄貴」
「満、アルコールは?」
「小屋の方にたっぷりご用意してます」
「じゃぁ、それ持って、頂上だ」
「はい!」

まさは、頭を洗った後、湯に浸かる。
京介が体を洗い始め、満も自分の体を洗い始めた。
二人の洗いっぷりを眺めながら、まさは、何かを決心した。


そして、三人は、天地山の頂上にある見晴らしの良い場所へ、アルコールを持ってやって来た。
ドカッと腰を下ろした三人は、星空を眺めながら、静かに飲み始めた。



朝……
朝日が昇り、辺りを明るく照らし始めた頃、一人の男が天地山の頂上へとやって来た。見晴らしの良い場所に足を運ぶ男…天地だった。
天地は、歩みを停める。
そこには、三人の男が寄り添うように寝転んでいた。辺りにはアルコールの瓶やグラスが転がっている。

「ったく、俺が来ても目を覚まさないほど飲みやがって…」

そう呟き、散らばった瓶やグラスを片づける天地。
グラスが当たる音で目を覚ましたのは、まさだった。

「…ん……京介…朝…………………………。…親分!!」

驚いたように声を挙げたまさ。その声で、京介と満が飛び起きた。

「…!!!! すみません!!」
「お前らなぁ、こんな時期にここで寝入ったら、体壊すぞ」
「すみません…その…何か?」
「まさの姿が無いと聞いてな、小屋に行ったら、そこにもない。
 それで、ここに来ただけだ。…ったく、心配させるな」
「すみませんでした。…その…あまりにも星が綺麗だったので…」
「そりゃ、ここの星空は、世界一だからな」

そう言った天地の表情は、極道の親分という雰囲気は全くなく、自然を愛する優しさ溢れる表情そのものだった。

「だけど、ここで寝入るのは、良くない」
「反省してます」
「満、俺も飲む。まだあるか?」
「はい。ご用意します!」

天地が腰を下ろす。その天地が手招きするのは、まさだけだった。
親子の時間。
これは、まさが、まだ天地組に来た頃から言われている雰囲気。
天地が、まさをあまりにもかわいがるので、組員達に嫉妬され、まだ幼いまさを苛めていた。
しかし、まさの手は、自然とドスを扱い、そして、相手を……。
その話を登から聞いた満と京介。

天地が、まさだけを呼んだ時は、誰も近寄るな。

それは、暗黙の了解となっていた。
満は、二人のアルコールを用意し、静かにその場を離れる。そして、京介と木の陰に身を隠し、その場で待機する。
二人の笑い声が聞こえてくる。
自分たちの前では、絶対に笑わない天地。
まさだけは、特別。

「親子…か」

京介が呟いた。

「どうした、京介」
「ん? あぁ、親分と兄貴だよ。この世界に居なかったら、
 誰が見ても、親子だなぁって」
「兄貴、幼い頃に両親を亡くしてるんだろ?」
「亡くしたというか…阿山組の小島に殺られたと聞いたよ」

京介がしみじみと語る。

「親分は、子供をこの世界で亡くした。兄貴が、あまりにも
 亡き息子に似ていたから、あのように……」

木陰から、ちらりと覗く。
その場所では、天地が、まさの肩を抱き、お酒をグラスに注いでいた。
天地の手は、まさの頬を抓る。
まさは、嫌がる素振りを見せながらも、嬉しそうに微笑んでいた。

「うらやましいよな…」

京介が呟く。

「そうだよな…。俺達の前では見せないような…兄貴の笑顔」

満も呟いた。
あの輪の中に、入りたい二人は、軽くため息を吐いた。


「なぁ、まさ」
「はい」

天地のグラスにアルコールを注ぎながら、返事をする。

「お前、あの約束…守れるか?」
「約束…ですか?」
「俺が敵に殺られるなら、お前の手で…って話だよ」
「…それはできませんと申しましたよ。親分を狙う敵を
 殺るまでです」
「俺の居ない所では、難しいだろが」
「もう、離れませんよ…親分からは」
「…そうか…」
「はい」

天地は、景色を眺めながら、アルコールを飲み干した。
その目には、力強い何かを感じる。

親分、何をお考えですか…?

まさは、天地の眼差しに嫌な予感がしていた。
何か、途轍もない恐ろしい事を考えているのではないのだろうか…と。

「まさ」
「はい」
「そろそろ始めるぞ」
「…始める?」
「再び、全国制覇だ」
「親分…」

昨夜と話が…。

「……まさ」
「…はい」
「何か勘違いしてないか?」
「…その…抗争は起こさないような、お話だったので…」
「それはそれだ。スキー場の話は本当だぞ」
「全国制覇…」
「表でも裏でも、阿山組に負けないように、動いてやるさ。
 その為にも、まさ。…お前を頼りにしてるぞ」
「ご期待に添うよう、がんばります」
「お前は期待以上の動きをするからなぁ。ほら」
「はっ」

空のグラスにアルコールを注ぐまさ。…ちょっぴり照れたような表情のまさを見て、天地は、優しく微笑む。
まるで、親父のように…。





黒崎竜次が働く製薬会社の研究室。
白衣を着た竜次が、真剣に何かに取り組んでいた。
誰も寄せ付けない雰囲気を醸し出しながら…。

研究室外から竜次の様子を見つめているのは、兄である黒崎徹治だった。側には、崎という男も立っていた。

「ここ一ヶ月、あのように没頭されてます。何を話しても聞く耳持ちません」
「何を調べている?」
「例の薬です。未だに完成しないようで…」
「……まさかと思うが、自分の体を使って…!!!」

竜次!

窓の向こうにいる竜次が、目眩を起こして倒れていた。
黒崎は、慌ててドアを開けようとドアノブを回したが、鍵が掛かっていた。

「崎!合い鍵は?」
「全て竜次さんがお持ちです」
「…何を考えているんだよ!!!」

そう言って、黒崎は、ドアを思いっきり蹴り、ぶっ壊した。
中へ入る黒崎は、倒れている竜次を抱きかかえる。

「おい、竜次、竜次っ!」
「…あ…に……き?」

うつろな目をして、竜次が言った。そして、黒崎の腕を払うように手を伸ばす。

「…竜次、お前…」

竜次の腕には、注射の跡がたくさんあった。チューブで縛った跡も残っている。
それらを見て、竜次が何をしているのかを把握する黒崎。

「…何も自分の体を使って、開発する事ないだろが」
「兄貴……」
「ん? なんだ?」
「……腹減った……」

その言葉を聞いて、黒崎は、なんとなく項垂れる。そして、思わず竜次を手放した。

「いてっ!! …急に……」
「…ったく、心配しただろが! …あれ程、飲まず食わずで
 没頭するなと…何度も何度もぉ〜。崎! お前は…」
「崎は悪くないって。俺が追い出したんだからぁ」
「黒田は?」
「別件頼んでる…」
「…別件?」

竜次は、力無く頷く。

「それより…飯ぃ〜」
「……ったく…」

黒崎は、軽々と竜次を抱きかかえ、そして、研究室を出て行く。

「崎、すまん。ドア頼む」
「すぐに」

歩きながら黒崎は、竜次に話しかける。

「別件って、お前は組関係に関わるなって言ったろ」
「違うって…。お祝い」
「お祝い?」

突然の言葉に、黒崎は歩みを停める。

「…ほら………ちさとちゃん…」
「竜次…お前…」

竜次は、眠っていた。
黒崎は、竜次の言葉を聞いて、竜次の思いを知る。
あれから何年も経ち、それぞれの立場も住む環境も変わったというのに、いつまでも、いつまでも、ちさとの事を想う竜次。片思いだと解っているのに、竜次は…。

黒崎は、力一杯、竜次を抱きしめる。

叶わなくても………諦めないんだな…竜次…。
俺も、見習わないと…な。



(2004.8.21 第四部 第二十二話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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