任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第四部 『絆編』
第二十三話 探る

黒崎邸・徹治の部屋
黒崎徹治が、書類に目を通していた。
そこに書かれている文字こそ、医薬関係のものばかり。難しい文字が並ぶにも関わらず、普通に読んでいる黒崎だった。
ドアがノックされ、竜次が入ってきた。

「兄貴ぃ、読んでくれた?」
「あぁ。…でもなぁ、ここ」

黒崎は、書類をテーブルに置き、一カ所を指さした。

「これでは、まだ効き目が悪いと思うぞ」
「…う〜ん。そうだと思う。未だに良い案が浮かばない」
「そうだなぁ、難しいな。…でも反応性を上げれば…」
「やってみた。それをすると他に影響する」
「下げたか?」
「時間掛かるぅ」
「じっくり掛けた方が良い事もあるだろ」
「うん…でも、急ぎたいし…」
「急いては事をし損じる。よく言われるだろ? この世界じゃ
 当たり前のこと。竜次も解ってるだろ?」

黒崎の言葉に頷く竜次。
その仕草こそ、子供っぽい。

「それよりさぁ、兄貴。おもしろい記事見つけたぁ」
「ん?」

竜次が差し出す雑誌。それは、海外で発売されているものだった。それも医療関係の雑誌。

「竜次、こんな難しい文献読んでるのか?」
「まだ簡単な方だって。この雑誌のここ」

竜次が雑誌を広げて、指を差した所。
そこは、信じがたい話が書かれている。

「…傷を治す光? …なんだ??」
「ほら、世の中には、不思議な出来事もあるだろ、それみたいだよ。
 なんでも、光の力で傷が消えるってさ。信じられないだろぉ」
「この雑誌、そんな摩訶不思議な事を取り上げる雑誌か?」
「違うよ。その光の力を受けた時の体の変化を研究中だって。
 それでね、日本にも、その話を知って論文にしてる教授も居るよ。
 …でもね、夢物語だと言われたらしいよ」
「…竜次、お前、そんなことを調べて、何をするつもりだ?」
「だから、薬の役に立つかなぁと思って、詳しく調べただけ。
 それに興味が湧いたんだもん」
「傷を治す…光…ねぇ」

黒崎は、別の深い事を考え始める。

「なぁ、兄貴、兄貴」
「…なんだ?」
「ちさとちゃん…元気にしてるん?」
「…してるよ。順調だって聞いたよ」
「そっか。良かった」
「なぁ、竜次」
「ん?」
「…何もない」
「なんだよ、兄貴」
「研究……手伝おうかと思ってな」
「本当? 今回もたっぷりあるんだけど…いい?」
「あぁ」

優しく返事をして立ち上がる黒崎。
爛々と輝く目をしながら、竜次は、黒崎と部屋を出て行った。
テーブルの上には、竜次が持ってきた雑誌が、無造作に置かれていた。

黒崎と竜次は白衣を着て、研究室に居た。竜次に優しく指示をしながら、観察を続ける黒崎。そんな黒崎に、竜次は、あれやこれやと言いつける。
何の不平も言わず、黒崎は、竜次に頼まれる事を全てこなしていった。

兄貴も…こっちに没頭すれば…。

竜次は、黒崎の心を知っていた。
何よりも自分を大切にしてくれる。
自分の思いも大切にしてくれる。
だから、竜次は、兄である黒崎を時々研究室に誘っていた。
研究に没頭すれば、向こうの世界で、危険な目に遭う事は無い。
大切な兄だけでなく、愛しの人も………。





雨が降ってきた。
紫陽花も潤う梅雨の時期がやって来る。
かたつむりが、紫陽花の葉の上を嬉しそうに歩いていく。
ちさとが大きくなったお腹を気にしながら、部屋から出てきた。そのまま、隣の料亭・笹川へと歩いていく。

「おはようございます」

優しい声が料亭の廊下に響く。その声に元気よく応える従業員。すれ違う料理人も明るく挨拶をする。

「……って、ちさとさん!!! 仕事は…」

ちさとの姿を見て、思わず声を荒げる料理人。

「もう安定してるから、大丈夫ですよ」
「しかし、接客で…もしものことがありましたら…」
「大丈夫よぉ〜あらら…」
「わぁ!」

足を滑らせ、倒れそうになるちさと。それには料理人も慌てて、手を差し伸べる。

間に合わないっ!

と思った時だった。

「すみません〜」
「足下にも気を付けてください、ちさとさん」

笹崎だった。
ちさとをしっかりと支えながらも、料理人を睨み付ける事は忘れていない。
笹崎の睨みは健在。
料理人は、ビシッと立ち、一礼する。

「今日もあまり動かない仕事をお願いします」
「動かないと、体にも悪いんですよ」
「ちさとさんに何かあれば、私が慶造さんに怒られるんですよ!!」
「大丈夫ですよ……………」

そんな二人の視野に、料理人の緊張感が伝わってくる。
慶造が、そこに立っていた。

「…ちさと……見てたぞ…」
「あっ…」
「笹崎さんが居なかったら…」
「倒れてませんよ」

ちょっぴりふくれっ面のちさと。

「…ちさとぉ〜」

ちょっぴり不機嫌な慶造。いつまで経っても朝には弱い…。

「では、食事の用意を致しますよ。慶造さん、どうぞ」

そんな雰囲気を全く気にせずに、笹崎が声を掛ける。

「笹崎さん」
「さぁ、こちらですよぉ」

慶造の口を塞ぐように腕を回し、巧みに慶造を連れて行く。その後ろをちさとが付いていった。

「…流石…おやっさん……眼差しも健在…そして、四代目の
 扱い方も……昔と…変わらないな…」

懐かしむような表情をしたときだった。

『さっさと来いっ!』
「はいっ!」

笹崎の声に素早く反応する料理人。
身に付いた何とやら……?



笹崎の料理を食しながら、慶造とちさとは、笹崎と話し込む。

「栄養満点。後は体を動かす事。…そう申しましたが、
 本当にこちらでの仕事は…」
「駄目ですか?」
「駄目」
「もぉ〜。あなたには、聞いてません」

ちょっぴり冷たい…。
慶造は、そっぽを向いた。

子供の喧嘩…?

料理を運んできた料理人が、慶造とちさとのやり取りを見て、そう思う。そして、静かに部屋を去っていく。

「体を動かすなら、散歩」
「今日は真北さん、仕事ですよ」
「………この雨の中をか?」
「…朝早くに出掛けたそうです」
「それより、慶造さん、散歩って、この雨の中をですか?」

笹崎が尋ねる。

「そうだった……。ここでの接客は無理だろ?」
「大丈夫です。お客さんも楽しみにされてますから」
「それでもな…」

慶造の心配は別の所にあるようで…。

「お客さんは、御存知ですよ。私が四代目姐ってことは」
「冗談だと思ってるって」

軽い口調で慶造が言う。

「………笹崎さん、どうなんですか?」

慶造の言葉に思う事があるのか、ちさとが尋ねた。
笹崎は何も言わず、次の料理を持ってくるように指示を出す。

「……笹崎さん! これ以上、食べられませんよ!!」
「ちさとさんのお腹の子の分ですよ」
「そう言うけど、胃に入るのは、ちさとですよ!!」
「大丈夫ですよ。しっかりと食べないと」
「あっ」

ちさとが声を上げる。

「どうした?!」
「どうしました?!」
「動いた」

ちさとの声に、ホッとする二人。
そこへ、料理が登場。

「既に用意してたんですね」
「えぇ」
「ちさとが来る事も考えて…」
「そうです」
「ちさとの御飯は、真北が張り切って作ろうとしてるのに…」

慶造が呟くように言った。

「えっ?!」

今度は、ちさとと笹崎が驚く。

「あぁ、それで、真北さんは、必死になって尋ねてたんですね。
 それも、料理の本を貸してくれぇとまで言って」
「料理の本?! 真北は文字を読むのが嫌いだぞ」
「それは、無いはずですよ。教師になる夢を持ってたらしいですから」
「教師?!」

ちさとと慶造が驚いたように声を挙げた。

「教師の夢って、…真北は、親父さんの跡を継いで刑事になったんでしょう?」
「良樹さんが亡くならなければ、教師になってますよ」
「……笹崎さん」
「はい」
「真北の事…詳しいんですね」

慶造が尋ねた事で、笹崎は口を噤んだ。
慶造が箸を置く。

「今日も出掛けるから。修司と山中と一緒だから」

そう言って、慶造は立ち上がり、そして、部屋を去っていった。
ごちそうさま…も言わずに…。

「……慶造さん、不機嫌ですね。お疲れなのでしょうか…」
「嫉妬じゃありませんか」
「嫉妬?」
「笹崎さんが、あまりにも真北さんの事に詳しいから。あの人、真北さんと
 色々と分かち合って話したいのに、真北さん、何かを隠しておられるから。
 小島さんに頼んで調べても、真北さんの事は詳しく解らないみたいだし…」
「慶造さんよりも詳しいのは、良樹さんから聞いたことだけですよ。
 春樹くんの父親は、それは本当に、こっちが聞き飽きるくらいに
 息子の春樹くんの話をしてくれましたから。…自分と同じ道は
 絶対に歩まないで欲しい…それが、良樹さんの口癖でしたよ」

笹崎は、空の食器を重ねながら、ちさとに語り始めた。

「私がここで働くようになってからは、あまり連絡を取らなかったのですが
 良樹さんは、こちらに来られました。…任務を辞める…そう伝えに」
「どうして?」
「ちさとさんも少しは御存知だと思います。特殊任務の動きは」
「はい。そこまで激しいとは思いませんでした。笹崎さんもそうでしたか?」
「いいえ。良樹さんや私は、軽い方です。ですが、春樹くんは違います。
 今まで見た事のない動き…。恐らく、春樹君が慶造さんの為に…
 ちさとさん、そして、そのお腹の子の為に、動いているんでしょう」
「私たちの為に?」
「そうとしか考えられません。…お二人に子供をすすめたことも…」
「それは、あの人の本能を少しでも止められるようにとの事です。
 それに……慶人との思い出は、楽しい事ばかりだったから」

ちさとは微笑んでいた。

「そうですね。私も楽しかったですよ」
「子供……好きだから。…真北さんが来てからは、心強いし、それに…
 あの人も活き活きとしてるから…」
「見ていて解ります。慶造さんが、他人にあそこまで親しくするのは
 小島君以外居ませんでしたから。常に警戒していたし…」
「私には警戒しなかったですよ」
「それは、ちさとさんに一目惚れしたからですよ」

さらりと言った笹崎。それには、ちさとは、照れてしまう…。

「もぉ〜」
「すみません…思わず…」

困ったように頭を掻く笹崎。

「心を許してるのに、真北さんの心に秘めた事は解らない…。
 あの人が、真北さんとの行動をすすめるのは、真北さんの事を
 知りたいから…それは解るんだけど…」
「それは違いますよ。…大切な人を任せて安心なんですよ」
「……本当に、信じてるんですね、あの人は、真北さんを」
「ちさとさんは、違うんですか?」
「心強いけど…。お一人の時の表情が、とても気になるんです」
「寂しそう?」
「えぇ。…だから、何かを秘めている…そう思ってるんですけど…」
「ところで、今日は何処に?」
「いつもの時間に出掛けたらしいので、行き先は同じだと思いますよ」
「そうですか」

…また、自宅と学校…か…。

ちょっぴり呆れたように、笹崎は息を吐く。

「わぁ!」
「ち、ちさとさん?!」
「ごめんなさい。この子…また…」

嬉しそうに大きなお腹に手を当てる、ちさと。優しくさすり始める。

「慶人の時よりも、元気だわぁ」
「そのようですね。…この子の名前も、私が考えてますよ」
「駄目ですよぉ。私も考えてるんだからぁ」
「じゃぁ、こうしましょうか」
「ん?」
「男の子なら私が。女の子なら、ちさとちゃんが。…どうですか?」
「あの人に内緒で決めて…拗ねないかしら?」
「拗ねませんよ。ちさとちゃんと私に対しては」
「あの人は、誰に対しても、拗ねませんよ!!」
「存じてます」

二人は微笑み合っていた。
二人の様子を伺っていたのは、笹崎の妻・喜栄。二人の雰囲気を、ちょっぴり妬いていた……。



慶造は、雨の音を聞きながら、縁側に腰を掛け、片膝を立てて煙草を吸っていた。
そこへ栄三がやって来る。

「四代目」
「…なんだよ」
「不機嫌ですね…何が遭ったんですか?」

お構いなしに栄三が尋ねる。

「うるさい。…で、なんだよ」
「真北さんの情報ですよ」
「それがどうした」
「………四代目が、調べるようにと、おっしゃったんじゃありませんかぁ」
「…どうせ、詳しくは解らないんだろが」
「やくざ泣かせの刑事…これを重点的に調べたところ、
 驚きの接点が見つかりましたよ」
「接点?」
「闘蛇組との…」

栄三の言葉に、慶造は耳を傾ける。




春樹の車が阿山組本部の門を通る。その様子を慶造は窓から見ていた。
雨を避けるように走って、玄関へ向かう春樹。
玄関で待機している組員が、春樹にタオルを差し出した。

「ありがと」
「ちさとさんは、隣の料亭です」
「………慶造は、出掛けたのか?」
「いいえ、部屋の方におられます」
「猪熊さんと山中さんと出掛けるんじゃなかったのか?」
「先方の都合が悪くなったそうです」
「そりゃ、そうだ」
「ほへ?!」

春樹は、妙な言葉を残して自分の部屋に向かっていく。廊下を曲がった時だった。

「…っと! そんな所に立ってるな。驚くだろが」

そこには慶造が立っていた。

「慶造が出掛けるって聞いたから、俺は朝早くに出掛けたのにな」
「何処に?」
「仕事」
「………俺の手口を考えての行動か?」
「何の?」

惚ける春樹。

「惚けるなっ。先手打ちやがって」

呆れたような安心したような表情で慶造が言った。

「ばれてたか?」
「栄三ちゃんから」
「なるほど」
「他にもある」
「ん? …!!! 慶造!」

慶造は突然、春樹の胸ぐらを掴み上げ、壁に押しつけた。

「…言えよ…」
「何を?」
「ここに秘めている事だ」

慶造の拳が、春樹の胸に突き刺さる。

「っっ!!」
「そして、一人で何をするつもりだ?」
「何の事だよ」
「………闘蛇組……復活したんだってな」

地を這うような声で、慶造が言うと、春樹の表情が変わった。

「門前での事件だけじゃなかったんだな。…河川敷での襲撃…。
 あれは、お前を狙っていたとは…知らなかったよ」
「…慶造…放せよ」

春樹は、慶造の腕を掴み、引き離そうとするが、慶造はびくともせず……。

「お前の親父さん…闘蛇組にやられた…それも関わってるのか?」
「…あぁ、そうだ。俺の家族は、闘蛇組によって……」
「奴らは、真北の何を恐れてるんだよ。…それを知ってるんだろ?」
「それは、慶造に関係ない」
「…敵対している組だ。それに、あの事件の事もある。
 大いに関係しているんだが……真北…お前…」

春樹の体を更に壁に押しつける慶造。そして、突き刺さるような鋭い眼差しで、春樹を睨み付けた。

「復讐の為に、俺達を利用してるのか? …任務の範囲を
 広げるために…そして…」
「………解らない…。それは、俺にも解らない…。範囲を広げているのは
 慶造が動きやすいように…それだけだ。…お前の思い…そして、
 ちさとさんの思いを知っているだけに。…俺と同じ思いだろがっ!」

春樹は力を込めて、慶造を押しのけた。
慶造は背中を壁にぶつけた。
春樹は体勢を整え、慶造を睨み付け、静かに言った。

「俺の事を詮索しないでくれ…」
「…真北……」
「だけど、これだけは言える……慶造を利用してはいない。
 …確かに闘蛇組に対しては、俺は…そういう思いを持っている。
 …潰すだけじゃ……命を奪うだけじゃ…俺の思いは収まらない…。
 収まるわけがない…。潰すのは…簡単だろが…簡単な事をしても
 おもしろくないだろ? ……気が収まる方法を捜しているだけだ」
「だから、必要以上に動いているのか? 何かを忘れるような感じで…」
「…これ以上、俺の事を…」

消え入るような声で春樹が言う。

「真北…」
「…慶造……」
「…?!?!!! って、お前、またかよぉ!!」
「うるさいぃ〜。ちょっと目測謝っただけだっ!」

春樹の左手の甲から、赤い滴が落ちていた。

「誰にもばれないようにと…こっそりと行動するな」
「うるさい」
「…ったくっ」

慶造は、春樹を医務室に連れて行く。
しかし、この日に限って、美穂は道病院での仕事…。
慶造は慣れた感じで、薬を取り出し、春樹の治療に当たる。

「俺一人で出来るのになぁ」

春樹は上着を脱ぎながら、呟いた。

「…………深いな…修司呼ぼうか?」
「いいや、テーピングで…」

と慣れた手つきで自分の治療を始める春樹。慶造は、ただ見つめているだけだった。

「…真北ぁ」
「ん?」

包帯を巻き終えた春樹は、腕の動きを確認しながら慶造に振り向く。

「慣れてるな」
「まぁな」
「……知り合いに医者が居るだろ?」
「居ないな。警察学校で習うって」
「その治療方法は、医学に詳しい奴の方法だぞ。…どうなんだよ」
「だから、居ないって。俺……付き合い悪い男だぞ」
「何を隠したがるんだよ。…調べれば、解る事だぞ。…いいのか?」
「慶造……」

春樹は、慶造を見つめる。

「俺の事を調べるな。役に立たないぞ」
「それでもいい。お前の事を少しでも知りたいんだよ。ずるいよ…。
 笹崎さんだって、真北の細かいとこまで知ってるのに…俺だけ
 知らないのは……寂しいだろ? お前は俺の事を知ってる。
 どういう経緯で四代目になったかを…だけど…」
「…信じてないわけじゃない。…慶造の事は信じている。
 だけどな、守りたいものがある。…でも、今は言えない…。
 …すまんな、慶造」

春樹の表情は、とても寂しく、それでいて、優しさを感じる。

「…いつか……話してくれよ…な」

慶造が静かに言った。

「…ああ。…いつか……話すよ…」

春樹も静かに応える。

とその時…。

「まぁきぃたぁさぁあぁぁん〜っ!!!」

地に響くような声がした。棚のガラスが、ガタガタと震えている。
慶造と春樹は、ドア付近に振り返った。
そこには、病院勤務で今日一日、顔を見せないはずの美穂が、怒りの形相で立っていた…。

「…隆ちゃんからの連絡があって、真北さんが怪我をしたと
 聞いたから、急いで来たのに……まぁた勝手に…」
「あっ、その…これは、慶造に…」
「……ちがぁう!! また、テーピングで済ませようとするんだからっ!!
 深いんでしょう! 血の具合から解るよ!!」

ゴミ箱に捨てられた、血の付いたガーゼの数々…。流石、医者。たったそれだけの情報で、春樹の傷の重さを把握する。

「美穂さん、忙しいと思ってだな…その…」

たじたじする春樹。

「美穂ちゃん、小島からの連絡って、…何?」
「もちろん和輝さんからの情報だけどね。慶造くんが向かう先で
 真北さんの姿を見かけたから、気になったらしいんだけど、
 いつの間にか乱闘になってて…」

慶造の眼差しが変わる。
春樹は、ちくちくと刺さるものを感じ、背中を汗が伝っていく。

「真北さんが、一人で相手を倒していったけど、その中の一人が
 日本刀で斬りつけたって…それで、手助けを…と思ったら、
 真北さん、怯みもせずに…」
「…真北ぁ〜お前なぁ〜。俺に散々暴れるなと言っておきながら、
 お前は、なんだよ!! 目一杯暴れまくってるじゃないかっ!!!!」
「穏便に〜だったんだけどな、相手がな…。…でも慶造」
「なんだよ」
「お前が行かなくて正解だった」
「何?」
「奴ら……黒崎と手を組もうとしていたらしいよ」
「……黒崎と?」
「お前の首持って、黒崎に挨拶に行く…そう言ったんだよ。
 だから俺……気が付いたら………………」
「真北が怒る事無いだろ?」
「気が付いたら…と言ったろ」
「…言ったな…。………まぁ、一応、お礼…言っておくよ」
「ありがと」
「…それは、俺の台詞」
「治療だよ」

春樹は立ち上がる。

「どこに行く?」
「ちょっとな。…事務処理」
「……真北さん、本当に…」
「大丈夫ですよ、これくらいは。撃たれた時より軽いですよ!」

平気な顔を見せて、春樹は医務室を出て行った。

「………あの事件の方が重傷なのに…撃たれた事が上か?」
「…慶造くん、何か違う…感心するところが違ってるって…」
「どう転んでも、そうだろ?」
「まぁ、そうだけど…」
「和輝さんが待機してたんだ…」
「隆ちゃんからね」
「ったく、自宅でのんびりしとけって」
「じっと出来ない性分なんだから、いいのいいの、気にしないで」

美穂は、片づけを始める。

「なぁ、美穂ちゃん」
「ん? 体調悪い?」
「違うぅ〜。…真北の手当ての仕方…見た事ある?」
「あるよ。私顔負けのテーピングでしょ、自分で縫合できるでしょぉ
 あれは、知り合いに医者が居ると思うよぉ」
「調べてくれるか?」
「そりゃぁ、桂守さんに頼めば簡単だろうけど、任務絡みで
 抑えてるんじゃないかなぁ〜」
「…そっか…それなら、いいや。…真北が話してくれるまで、待とうっと」
「…慶造君」
「ん?」
「予定が無くて…暇?」
「…まぁ、そうかな…」
「それだったら、ちさとちゃんと一緒に過ごしなさいっ!!」

そう言って、美穂は慶造を追い出した。

「…?!?!?!!???? ったく……」

ちさとは、笹崎さんとこなんだって…。

ふてくされながらも、慶造は隣の料亭に通じる渡り廊下に向かって歩いていく。

真北…?

渡り廊下の先に、春樹の姿を見掛けた。
その姿は、誰も寄せ付けようとしない程のオーラを発している。

一人の時は、とても寂しそうなの…。

ちさとの言葉を思い出す慶造。声を掛けることすら出来なかった。
春樹が歩みを停めた。
先程まで感じていたオーラが消える。
慶造は思わず身を隠す。
春樹と話しているのは、ちさとだった。
ちさとは、春樹に何かを尋ねている。春樹は、優しく応え、そして、料亭へと向かっていった。
ちさとが、春樹と別れ、本部に向かって歩いてくる。

「あなた…どうされたんですか?」
「ん…ちさとを呼びに行こうと思ったんだ。…真北は?」
「笹崎さんに話があるって」
「俺に話せない事…か」
「秘め事のある方が、深く付き合える事もあるわよ。気にしない!」
「ちさと…」
「それより、私に用事なの?」
「…時間出来たから…一緒に……」
「……美穂さんに言われたから?」

ちょっぴり意地悪そうに、ちさとが尋ねる。

「気にするなって」

誤魔化す慶造だった。





天地組組本部にある、まさの部屋。
まさは、部屋に備えている電話の前に正座をしていた。
電話を見つめ、何かを迷っていた。
唾を飲む。
ゆっくりと手を動かし、受話器に手を伸ばした。

「兄貴っ!!!」

突然叫ぶ京介。その声に、まさは飛び上がる。

「…な、な、なんだよ!!」
「珈琲が…………兄貴?!」

まさが怒りの形相で立っていた。

「ど、どうされました?」
「…今から、重要な事をするんだ…邪魔するな…出て行け」
「す、すみません……し、失礼します。あの…珈琲は…」
「終わったら飲みに行く」
「はっ」

京介は部屋を出て行った。
まさは、再び電話の前に正座をする。

「あぁ、もぉ〜っ!」

自棄になって受話器を手に取り、そして、番号を押した。
呼び出している。
呼び出している。
まさは、唾を飲み込む。

落ち着け…落ち着け…。

相手が出た。

『お待たせしました。橋総合病院です』
「あの…原田です。橋院長をお願いします」
『…先程手術が終わった所ですので、代わります。お待ち下さい』

流れる保留音。しかし、まさの耳には入っていなかった。

『……代わったぞ……』

静かに出る雅春。

「…………」

まさは、何も言えず、雅春の言葉を待っていた。

『……元気なのか?』
「はい」
『無茶はしてないよな』
「…はい」
『いつ……戻ってくるんだよ』
「…もう、戻れないと思います」
『原田……。俺はいつでも待ってるぞ』
「…親分に……。世話になったお礼を言えと言われたんです。
 橋……」
『…原田』

その声は、とても低い。

「はい」
『お礼は俺の方だ。…ありがとな』
「橋…。俺…本当に…」
『原田が元気なら、それでいい。…絶対に死ぬなよ。解ってるよな
 俺は、お前を待ってるんだからな。…その腕……』
「ご期待に…添える俺じゃありません。この世界で生きている限り…」
『いつか、その世界から出る事が出来るさ…待ってるぞ、原田』
「橋……。ありがとうございます」

受話器の向こうから聞こえる急患到着の連絡音。懐かしい音を耳にした、まさは、そっと言った。

「橋も、仕事ばかりしないで、たまには、気を休めろよ」
『解ってるって、じゃぁな。また…連絡くれよ』
「…あぁ…」

電話は切れた。
名残惜しそうに受話器を置く、まさ。
大きく息を吐き、そして、息を整える。

「…珈琲…飲みたいな…」

そう呟いて、部屋を出て行った。
その足取りは、肩の荷が一つ降りた…そういう雰囲気を醸し出していた。





阿山組本部。
料亭の渡り廊下から、春樹を支えながら笹崎が現れる。廊下に居た組員が声を掛けた。

「こんばんはっす」
「お疲れさん」
「真北さん……どうされたんですか?」

春樹は、頬を赤らめ、うつろな目をしていた。

「飲み過ぎただけ。部屋に連れて行くよ」
「お供します」
「大丈夫だよ。ありがと」

笹崎は、春樹を背負い、そして歩いていく。組員は急いで山中に連絡をする。


春樹の部屋。
笹崎は、春樹の体をベッドに寝かしつけた。そして、寝やすい体勢にする。

「…俺…間違ってるのかな…」

春樹が呟いた。

「春樹くんは、間違ってないよ。だけど、一人で突っ走るところは…」
「もう、誰も巻き込みたくない……それ…だけだ…って」
「今日は、もう、寝なさい」
「笹崎さぁん」
「はい」
「ありがと……。親父の思いが……解った……」

そう言った途端、春樹は深い眠りに就いた。

「…春樹くん…」

春樹の部屋のドアが開き、慶造とちさとが入ってくる。

「怪我…ひどかったのか?」

慶造が尋ねる。

「悩んでいるみたいだったから、その……」
「…どれだけ飲ませたんですかっ!!」

慶造の声が荒くなる。

「色々な種類を…たっぷりと…ボトルが空になったのもある…かな」

誤魔化すように笹崎が言う。

「…ったく……。…で、大丈夫なんですか…真北…」
「明日は二日酔いでしょうね。二日酔いに効くものを持ってきますよ」
「それは、私が…」

ちさとが言った。

「作り方、…以前、教えて頂いたので、大丈夫ですよ」
「お願いします。…あまり、春樹くんに付き合うと…」
「昔を思い出すんでしょう? 笹崎さん」
「…えぇ。慶造さんのおっしゃる通りです。そっくりですから…良樹さんに」
「…俺も……親父に似てるんだろうな…」

しみじみと言う慶造に、笹崎は微笑んだ。

「先代以上に、素敵ですよ。私は育ての親ですから」
「…………酔ってるでしょう?」
「さぁ、それはぁ〜。では、お休みなさい。…そっとしててあげてくださいね」
「解ってるよ」

慶造の微笑みに安心したのか、笹崎は部屋を出て行った。

「…やっぱり酔ってるよ、笹崎さん」

少し足下がふらついている笹崎を見つめながら、慶造が呆れたように言った。

「真北さん…酒豪かしら…」

笹崎が酔う程まで、酒に付き合うのには、相当飲めないと難しい。春樹の方が先に酔いが回ったものの、笹崎も酔っている。それを悟らせないのが、いつもの笹崎だが…。

「……笹崎さんに付き合えるのは、修司くらいと思ったけどな…」

春樹が寝返りを打つ。
布団からはみ出た腕に気付いた慶造は、そっと近づき、その腕を布団の中に入れた。

「…慶造ぅ〜」
「ん? ………寝言で呼ぶな…」
「信じてくれ…よ。…いつか……話してやるから…。
 俺が居るから……安心しろ………慶造……ちさとさん…」
「…真北……ったく……。寝言で、ちさとまで呼ぶなっ!」

軽い拳を、春樹の頭に当てた慶造だった。



(2004.8.22 第四部 第二十三話 UP)



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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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