任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第五部 『受け継がれる意志編』
第三話 懐かしむ。和ませる。温まる。

天地山は、真っ白になっていた。
何もかもが白紙に戻るような、そんな雰囲気があった。
天地山の麓に新たに建ったモノ。それは、天地山ホテル。
そのホテルには、客が溢れていた。客の応対に追われる支配人。そこへ、従業員が声を掛けてくる。

「支配人、御到着致しました。」

その声に、先程まで客に見せていた笑顔より、一段と輝く表情をしたのは、この天地山ホテルの支配人・原田まさだった。
玄関の自動扉が開き、客が入ってきた。
五人の男性、そして、一人の女性と……。

「あっ、まささぁん!!」

小さな女の子が、まさを呼びながら駆けてくる。まさは、女の子の目線にしゃがみ込み、駆けてくる女の子を受け止めた。

「いらっしゃいませ、真子お嬢様」
「こんにちは! ゆき、ゆき!!!」

どうやら、ホテルに到着した途端、目の前の雪を手に取り、まさに見せたかった様子。まさに両手を差し出す真子。しかし、手にした雪は、既に溶け始め…。

「あれれ? まっしろだったのに…」
「雪は、温かくなると溶けますよ。氷と同じです」
「そうなんだ…そっとしておいたほうが…よかったんだ…。
 ごめんなさい」

真子は、寂しそうに言った。

「たくさんありますから、外に行きますか?」
「うん!」

まさの言葉に、真子は大きく頷いた。

「…………って、原田……あのなぁ〜」
「はい?」
「俺達は客」

春樹が低い声で言った。

「そうでした………」
「ったく…」

真子を見た途端、自分の立場…支配人ということを忘れていたまさだった。


まさは、春樹達を部屋に案内する。最上階の一番高級な部屋に通された春樹達は、荷物を降ろす。
春樹の他に、慶造とちさと、修司と隆栄、そして、勝司が居た。

「あの…俺達の部屋は…」

春樹と慶造、ちさとと真子は同じ部屋。残りの三人は、もちろん、同じ部屋は、自分たちの立場上……。

「隣に用意してますよ。ご案内します」

まさは、修司達を隣の部屋に案内する。

「………って、真北まで、同じ部屋かよ…」

捨てるように言う慶造。

「いいや、俺は、別室を頼むよ」
「それは、真子が怒るだろ?」
「……考えられるよな……」

ベランダに通じる窓が開く。外からは冷たい風が入ってきた。
ちさとと真子がベランダに出て、目の前に広がる真っ白な斜面を眺め始めた。

「なにしてるの?」

斜面では、スキーを楽しむ人々がたくさん居た。

「スキーというスポーツよ」
「すきい?」
「真子には、まだ早いから…もう少し大きくなってからね」
「…あれは?」

真子が指を差した所では、真子と同じ年頃の子供が、ソリに乗って滑っている姿があった。

「あれ、あれ、したい!!」

真子がはしゃぐように言った。

「それは、明日にしようね。今日は疲れたでしょう?」
「げんきだもん…」
「お嬢様、今日は、庭で遊びませんか?」

まさが声を掛けてきた。

「まささん、おしごとは?」
「終わりましたよ」

いいや、勤務時間のはずだ……。

その場に居た誰もが口にしたい言葉だった。
それだけ、まさは、真子に逢う事を楽しみにしていたのだろう。


まさは真子と庭で遊んでいた。
雪だるまを作ったり、雪合戦をしたり…。
まさと真子の楽しい様子を見つめていた春樹達まで、いつの間にか参加していた。

「……目一杯、楽しんでるよな…阿山…」
「あぁ。…まぁ、好きだからさ…あぁいう雰囲気」
「そうだったな。…山中も楽しむか?」

少し離れた所で、真子達の様子を伺っていた隆栄、修司、そして、勝司の三人。

「私はここで…」

隆栄の言葉に、そう応えるのが精一杯の勝司だった。

「まだ、慣れないんか…子供に」
「少し慣れた程度なので…」
「真子お嬢様、気にしてるぞぉ」

隆栄の言葉に、勝司の表情は引きつった。

「…小島ぁ、山中をからかうなっ」
「ええやろぉ〜。山中には柔軟性が必要なんやからぁ」
「はいはい。お前のその柔らかい所を分けてやれ」
「…冷たぁ〜」

ふと目線を移した修司達。そこでは、いつの間にか、慶造とちさと、そして、春樹の三人が、大人げなく雪にまみれて遊んでいた。木の枝に掛けられているちさとのカメラを、まさが手に取った。

カシャ!

まさがレンズを向けた事に気付いた三人は、カメラ目線でフィルムに納まった。

「もぉ〜。原田さん、急に撮らないでよぉ」
「あまりにも三人の様子が……」
「ん?」
「……子供に見えて……。とても敏腕刑事とやくざには…」
「ほっとけっ!」

同時に言った春樹と慶造は、まさに丸めた雪を投げつけた。まさは、二つの雪の塊を避けた……。

「あっ!」
「うわっ!」
「きゃっ!」
「!!! …………。…………。…うわぁ〜〜ん!!!」

二人が投げつけた雪の塊は、まさの後ろにいた真子の顔に当たっていた。突然の事に驚く真子は、暫くして、大泣きする。

「す、すみません!! お嬢様!! 大丈夫ですか? 大丈夫ですか!!!」

焦るまさ。その仕草を見て大笑いする春樹達。それにつられて、修司達も笑っていた。



真子とまさが、リフト乗り場にやって来る。

「支配人、見回りですか?」

リフト係のおじさんが声を掛けてきた。

「それも兼ねて、頂上に行ってきますよ」
「…そちらのお嬢ちゃんは?」
「あやままこです! こんにちは」
「こんにちは。気をつけて行ってらっしゃい」
「いってきます!」

スキー客に紛れて、まさは、真子を抱きかかえ、リフトに乗った。

あやままこ……??? って、あらら、…支配人の知り合いの子だと
思って、普通に挨拶しちゃったよ……。

真子の事に気付いたリフトのおじさん。ちょっぴり焦ったものの、仕事を終えてホテルに戻った時に逢えば、挨拶しておこう…。と想い、仕事に没頭する。

「はぁい、気をつけてね」
「ありがとう、行ってきます!」

リフトに乗る客の安全を見守っていた。


真子とまさは、天地山の頂上へ到着する。真子は雪の中を一生懸命歩いていく。そんな真子を見守るように、まさは付いていく。

「まささん、まささん」
「はい」
「うさぎさん!!」

少し離れた木の陰に、真っ白なウサギが跳ねていた。

「まささん、うさぎさんをかってるの?」
「あのウサギは、この天地山に住んでるんですよ」
「てんちやまが、かってるの?」
「野生のウサギさんですよ」
「やせいのうさぎさん?」

ウサギの姿は、いつの間にか、そこには無かった。真子はちょっぴり寂しそうな表情をする。

「お嬢様、行きましょう」
「…うさぎ…さん…」
「ここに居れば、いつでも姿を見る事できますよ」
「ほんと?」
「えぇ。では、景色を見に行きましょう!」
「はい!」

二人は、天地山の自然を一望出来る場所へやって来る。

「わぁ〜〜。まっしろぉ」

そう言うと、真子は口を開けたまま、自然のとりこになってしまう。

「どうですか?」

少し自慢げに、まさが尋ねるが、真子は自然を見つめたまま。まさの声は聞こえていない様子。

お嬢様…。

爛々と輝いた目で景色を見つめる真子を見て、まさは優しく微笑んでいた。

「まささん…すごいね…。すごいね!!」
「喜んで頂けましたか?」
「うん!」

真子の声は弾んでいた。

先程まで、泣いていた真子。
雪の塊をぶつけられて、泣きじゃくっていた真子に、まさが、素敵な所に行こうと誘った途端、真子は、まさにしがみつき…。

まきたん…きらいっ!


天地山ホテルのロビー。
そこにあるソファに腰を掛ける男が一人…。
周りの明るい雰囲気とはうってかわって、めちゃくちゃ暗いオーラを醸し出している…。

「真北さん、部屋に戻りますよ」
「…………」
「…真北さん、原田さんにお任せしてるんですから」
「………………」
「真北さん、行きましょう」

ちさとが声を掛けても、項垂れたままの春樹。真子の『きらいっ!』が、耳から離れていない様子。ちさとが、春樹の目の前で手を振っても、笑顔を見せても全く反応しない。

「…どうしましょう…」

ちさとは、側に居る慶造に言った。

「真子の姿を見たら、元に戻るって。ほっとけ」
「あなた…冷たい…」
「真北の方が視界に入ったんだろうな。俺も投げたのになぁ」
「パパきらいっ! って言ってるかもぉ〜」
「………それは困る……」
「大丈夫でしょう。原田さんに任せておけば」
「ちさとぉ〜」
「ねぇ、それよりも…私たちも散歩しましょうよぉ」
「そうだな。…真北、二人で出掛けるから。後宜しくな」
「……二人っきりは、危険だろ」

どうやら、会話は聞こえていた様子。

「意識あるんだったら、真子を追いかけて行けよ」
「二度も言われたくない…」
「それなら、そこで待っておけよ。じゃぁ、行ってくるよぉ」
「二人だけは駄目だと言ってるだろがっ」
「ここは安全。…そう言ったのは、誰だ?」
「俺」
「敷地の外には出ないって」
「解ったよ。行ってらっしゃぁい」

ちさとと慶造は、二人っきりで出掛けていった。

「はぁ〜あ」

春樹のため息は、とても大きく…。

「ありゃ、真北さん、お一人ですか?」

修司と隆栄、そして、勝司がロビーへ降りてきた。

「終わったのか?」

春樹が尋ねる。

「まぁ、なんとか。それはいいとして…こっちは、鳥居に任せてるはずですよ?」
「信用ならん」
「それなら、阿山に勧めないで下さいよぉ」
「地山さんに頼めないだろ? 慶造が暴れた後じゃぁなぁ」
「…それもそっか」

隆栄と春樹が話している時だった。

「慶造は?」
「散歩」
「…一人ですか?!」
「ちさとさんと二人っきり……にさせておけ。ここは安全だと言ったろ?」

一歩踏み出した修司の腕を掴んで、春樹が言った。

「しかし…」
「猪熊さぁん、ここへ来た目的は?」
「…慶造の心を休める為」
「猪熊さんも…ですよ」
「真北さんも含めて…ですよね?」
「…解ってるなら、くつろげよぉ」

春樹は修司の腕を引っ張って、強引にソファに座らせた。

「!!! ったく…」
「小島さん、この寒さ、体に堪えませんか?」
「大丈夫だよぉん。それよりさぁ、真北さん」
「あん?」
「栄三に何を頼んだんですか?」
「黒崎の動き」
「暫くは大人しいかと…」
「まぁね。…それは、子供が生まれるまでだろうな」
「そうでしょうね」

沈黙が続く。
隆栄が口を開いた。

「…で、真子お嬢様の機嫌は治ったんですか?」

そう言った途端、春樹の鋭い目つきが、隆栄に突き刺さった……。

「うるせぇっ!」

怒り任せに煙草の火を付けた春樹だった。



「なぁ、猪熊ぁ」
「ん?」

修司は、気を張っている……。

「俺らも頂上、行こうやぁ」
「…………。お前なぁ、自分の体…」
「大丈夫だって」
「……雪の中歩くのだって、難しそうだろが。慶造に知られないようにと
 振る舞ってる事くらい、解ってるぞ」
「行きたいよぉ〜」

子供のようにだだをこねる隆栄。

「……ガキか…」

呟く修司。そんな二人のやり取りを見ていた春樹は、突然笑い出す。

「あっはっはっは!! ほんと、お二人のやり取りは、おもしろいですね。
 慶造が楽しいと言ってるのが、解りますよ」
「…慶造…真北さんには、俺達の事を、どう伝えているんですか…」
「…内緒ぉ〜」

からかうように春樹は応え、煙草をもみ消した。そして、ゲレンデに繋がるホテルの入り口に目をやった。自動ドアが開き、真子とまさが入ってきた。外は雪が降っているのか、体に付いた雪を払う真子。まさは真子の体に付いた雪を払い、そして、自分の体に付いた雪も払っていた。そして、真子に優しく語りかける。
真子は、飛び上がって喜んでいる。

「…原田の奴…。どんな魔法を使ったんだよ…」

真子が春樹の姿に気付き、元気に手を振っている。春樹は、真子に手を振り返していた。
真子が駆けてくる……が…。

「お嬢様、危ないですよ!!! …遅かった……か…」

駆け出した真子に手を差し伸べたが、真子は、床の絨毯に躓いて転んでしまった。

また……。

真子、顔面着地……。
誰もが硬直する。

「…真北さん、反射………」

隆栄が呟く。

「まだ、無理じゃないのか?」
「体も鍛えた方が、よろしいかと…」
「…そうだな。そうしておくよ……って、暢気にしてる場合じゃっ!!」

慌てて立ち上がる春樹の腕を掴む修司。

「大丈夫ですよ」
「って、猪熊さん!! …!!!!」

春樹を強引にソファに座らせる修司。その修司が見つめる先に、春樹も目をやった。
まさが、真子に駆け寄り、優しく抱き起こしていた。
顔面から着地したにもかかわらず、真子は笑っていた。自分が転んだ事を笑っている様子。まさは、真子の顔に付いた埃を優しくはたき落とし、頬のかすり傷を診る。

「お嬢様、お薬付けましょうか? 痛いでしょう?」
「いたくないもん。ありがと、まささん」

真子はニッコリ笑って、春樹の居る方に振り返った。

「まきたぁん!! おゆうしょくぅ〜レストランだって!」

そう言いながら駆けてくる真子。

「…真北さん…お夕食って……」

隆栄が呟く。

「言葉遣いも大切だろがっ」
「そっちの方が早いって…」
「じゃかましぃっ!」

隆栄と春樹は、言い合っているが…。春樹は、真子を前に満面の笑顔を浮かべていた。

笑顔で、その言葉は恐いって…。

言おうとした言葉を飲み込む隆栄だった。

…ったく、この親子と真北さんのやり取りは、おもしろいな…。

冷静に見つめていた修司は、真子と春樹、そして、隆栄のやり取りに微笑んでいた。

「ママとパパは?」
「お散歩」
「ふたり、らぶらぶ?」
「ラブラブ…?! そんな言葉……どこから?」
「えいぞうさん!」

栄三の野郎ぅ〜っ……。

こめかみをピクつかせる春樹。

真北さん、抑えて下さいっ!!
放せっ、原田っ!!
お嬢様の前ですよ!!
あっ……。

真子の前では、絶対に見せない怒りの表情。
真子が、勝司と修司の方を見ていた為、春樹の怒りの表情は、隆栄とまさの二人しか見ていない。隆栄に怒りをぶつけそうになった春樹を停めた、まさ。それを納める為の『薬』(真子の事を言う)を与える。
流石、医学の心得がある…。
春樹の怒りはすぐに納まった。

「真子ちゃん、お部屋に戻って、着替えてこようか」
「これじゃ…だめ?」

う〜んっ! 真子ちゃん、かわいいっ!!

真子が、かわいらしく首を傾げていた。

「転んだときに、汚れたみたいだよ。雪の上で転んだ?」
「えっとね……ころがった!」
「原田ぁ…」

まさを睨み上げる春樹。

「頂上で空を見上げた時に、寝転んだ方が観やすいかと……。
 そして、寝転んだ途端…お嬢様は、コロコロと……」
「…ったく。…真子ちゃん用にスキーウェアを買わないとなぁ」

そう言った春樹の頭には、天地山商店街で真子の服を買う事しか浮かんでいない…。

「真北さん、これ以上買うと、慶造が怒りますよ」

修司が言うと、

「怒らせておけっ」

冷たい答えが返ってくる……。

「さてと。猪熊さんたちも、散歩に出掛けては? 夕食まで時間があるでしょう?」
「そうですね。私たちも出掛けましょうか。六時には戻りますよ」
「ご案内しましょうか?」

春樹達の会話に入ってきた、まさ。

「原田ぁ〜」

春樹の低い声…。

「はい?」
「お前は、仕事中だろが……」
「あっ……………………そうでした……」

真子との時間ですっかり忘れていた様子。

「お嬢様、私は仕事に戻りますので、真北さんと楽しくお過ごしください」
「…まささん、しごとなの…?」
「お夕食は御一緒致しますよ。お約束しましたからね」

まさは小指を立てていた。

「はい! まささん、おしごと、がんばってください!」
「ありがとうございます」

まさは、ビシッと立ち、丁寧に頭を下げる。
まさしく支配人……。

「真子ちゃん、戻るよぉ」
「はい!」

春樹と真子は、エレベータホールへと向かって歩いていく。二人の姿がエレベータの中に消えるまで、修司達は見送っていた。

「…………なんか、そのまま連れ去りそうだな…」

隆栄が呟く。

「原田、どんな魔法を使ったんだよ。真子お嬢様、笑顔戻ってた」
「天地山の自然ですよ。小島さん、調子が良いのでしたら、
 頂上へご案内致しますよ」
「今年は遠慮するよ。それに今、…雪降ってるだろ?」
「小降りですよ。今日はこれ以上激しく降りませんね」
「それなら、スキーしたいなぁ」
「頂上へ行くよりも、激しい動きだと思いますが…」
「気にするなって、俺の体だ」
「では、御用意致しますが…猪熊さんと山中さんは、どうされますか?」
「俺は慶造を追いかける。山中は小島をよろしく」
「は、はい」

修司は、素早くホテルを出て行った。

「安全だと何度も申しているのに…」

ちょっぴり寂しく言った、まさだった。



スキーを楽しむ隆栄と勝司。一緒に帰ってきた慶造とちさと、そして、修司。まさは、仕事に専念し、真子と春樹は、部屋で遊んでいた。
そして、夕食時。
賑やかなレストランが、更に賑やかになっていた。
真子の笑顔も輝き、ちさとの微笑みが、人々の心を和ませる。いつも以上においしく感じる料理に、誰もが満足していた。



真子とちさとがゲレンデで遊んでいる間、春樹と慶造、そして、勝司が地山一家を訪ねていた。
隆栄はというと……。

「ほぉ〜。すんごいな」

まさと一緒に頂上に来ていた。

「ここで心を和ませていたんだな」
「えぇ。夏の山よりも、冬の山が好きですね。何もかもが真っ白に
 …白紙に戻せる気がして…」
「…そうだよな…。白紙に戻せそうだよ…」
「小島さん」
「ん?」

声を掛けられて振り返った隆栄。まさは深刻な表情をしていた。

「…フッ…。何を深刻に考えてるんだよ。過去は無かった事に出来ないが
 俺はこうして、元気になったんだから、いつまでも気にするなって」
「………小島さんは、そうおっしゃるけど……私は未だ…。
 息子さんの気持ちは……」
「…そうだろうな。俺の言う事を聞かずに、お前を狙ったらしいからな」
「記憶に無いんですよ、俺…」
「猪熊から聞いた。あいつ、銃まで持ち出してさ…」
「…覚悟は出来てますから」
「させない」
「えっ?」
「させないよ」

力強く言って、隆栄は背伸びをした。

「あいつの手は、俺のように染めたくないからさ…」
「小島さん…」
「任せておけって。なっ、原田」

そう言って、まさの肩を叩こうとした隆栄。しかし、まさは、それを避け、隆栄の腹部に肘鉄を……。

「うごっ……は、原田…お前…」
「えっ? …あっ!!!! すみません!!! 大丈夫ですか?」
「…って、条件反射かよ……」
「そ、それは…その…」

体に触れる者には、容赦しない。
寝ている時に襲われても、自然と攻撃できるようにと身に付いているモノ。
殺し屋の性……。
まさは、苦笑いする。

「真子お嬢様にも備わってるのかなぁ…。反射神経は凄く
 良さそうなんだけどな……転ぶ時は顔面だもんな」

隆栄が、大きく息を吐きながら言った。

「もう少しすれば、大丈夫ですよ」
「だよな……、って、きっつぅ〜」

まさの肘鉄は、相当強かった様子。隆栄は、いつまでも腹部をさすっていた。




真子達は、一週間滞在し、そして、帰っていった。
真子達が乗った車をいつまでも見送る、まさ。
その表情には寂しさが漂っていた。
車が見えなくなり、まさは支配人の雰囲気を醸し出す。そして、ロビーへと足を運んでいった。




天地山最寄り駅。
一人の男が、電車から降りてきた。そして、懐かしむような表情で、駅から見える山を眺める。

久しぶりに……。あれから、どうなったのかな…。

何かに引き寄せられるように歩き出した男は、駅の改札を通り過ぎる。
看板に目が留まった。

天地山…ホテル??
ホテルが出来たのか。…行ってみようかな…。
この場所って……。

気になったのか、男は、天地山ホテルの送迎バスに乗り込んだ。



天地山ホテル。
真子達を見送ったまさは、一仕事を終え、フロントへやって来る。

「私は、隣で休憩しますので、何かありましたら、連絡ください」
「かしこまりました」

フロント係が丁寧に頭を下げ、まさに応える。
まさは、裏口から外に出て行った。駐車場の前を通った時だった。

「兄貴……っと…すみません」

駐車場係の西川が、まさに声を掛ける…が、思わず昔の癖が出る。
『兄貴』という言葉を聞くや否や、まさの拳が飛んでくる……。

「支配人だ」
「支配人、湯川が先に小屋に戻ってますよ」
「湯川の仕事は?」
「さぁ〜」
「そろそろお客様がくつろがれる時間だろうがっ。ったくっ!」

ちょっぴり怒りを見せたまさ。小屋に向かう途中でホテルの客に出会う。その度に、支配人としての雰囲気は忘れない。少し会話をした後、再び小屋に向かうまさ。

……誰だ?

一人の男が、ホテルを見上げ、そして、隣にある小屋を眺めていた。男は、フラフラと小屋に歩み寄っていく。
何かを懐かしむかのように、小屋を見つめる男に、まさは、ふと何かを感じ、声を掛けた。

「…京介…?」

声を掛けられた男は、驚いたように振り返る。
目の前には、スーツをビシッと着こなした紳士的な男性が立っていた。
名札に気付き、男は、まさの名札を見つめる。

「…天地山ホテル支配人……原田…まさ…? …まさ……兄貴…?」

男は、目を凝らして、まさの顔を見入っていた。

「元気にしていたんだな、京介」

男は京介だった。
あの日…まさが阿山組に向かった前日に、この世界から足を洗うように言われた京介。
確かに、足を洗い、普通の暮らしをしていた。得意の珈琲を煎れる仕事をしていたが、中々思うようにいかず、この日、心を和ませたい為に、こうして、天地山に足を運んでいた。

「…生きて……おられたんですか………。兄貴は、親分と一緒に
 天地組解散の時に……亡くなった……そう耳にしてました…」
「まぁ、そうなってるな…」
「支配人って…このホテルの?」

京介は、目の前にそびえ立つホテルを見上げる。

「……あぁ。色々とあってな……」

照れたように目を伏せるまさ。

「…寄っていくか? 懐かしいだろ?」
「…は、はいっ!!」

まさは、京介を小屋に招いた。

「兄貴、お疲れ様っ!!!」

先に小屋に戻っていた満が、元気よく声を掛けてきた。

「満、客」
「は、はいっ……………」

まさの大切な人だと思ったのか、満は元気よく挨拶をしようと客を見た。

「京介……」
「……満……」
「………こいつなぁ、足洗わずに、地山親分の所に居たんだよ」

まさが、満の頭を小突いた。

「そうだと思った」

京介が言った。

「積もる話がたぁっぷりある。満、飯ぃ〜」

すっかり支配人の雰囲気は消え、昔の雰囲気に戻っている、まさ。
京介や満が、兄貴と慕っていた頃のように…。

「兄貴、俺が作りますよ」

京介が言った。

「満に任せていては、栄養が偏りますからね!」

笑顔で言う京介は、上着を脱ぎ、袖を捲りながら、キッチンに立つ。

「よろしく。…それと、京介」
「はい」
「食後の珈琲も…な」

まさの言葉に、京介は満面の笑みを浮かべ、

「よろこんでっ!」

元気よく返事をした。


そして、その夜、京介は、まさの身の上を全て聞いたのだった。京介もまた、あの日からの生活をまさに話していた。

「京介、暫く過ごしていくか?」
「そうですね。兄貴の今の生活を見ておきたいですから」
「支配人をしてるけど、昔と変わってない…はずだけどなぁ」
「その…心臓の方もですか?」
「ん? …ま、まぁな。支配人をしている限り、負担は掛からないさ」
「そうですね……」

言葉が詰まる京介。まさは、心配して声を掛ける。

「京介、大丈夫か?」
「……すみません…その、……その……俺……」

京介の目から涙が溢れ、そして、こぼれ落ちた。

「嬉しくて……兄貴が生きていた事…そして、こうして、元気でいて
 それで…俺をこうして……迎えてくれたことが……俺……」
「京介…」

京介の言葉が嬉しかった。

「………兄貴」
「ん?」
「…俺、兄貴の側に居たい……。…一緒にここで過ごしたい…。
 駄目ですか…? 兄貴……」
「………お前が、俺を兄貴と呼ばないなら、いいけどなぁ」
「えっ?」
「…ここで過ごすなら、俺は支配人。…だけど、満も梶ちゃんも
 にっしゃんも山野君も、俺を兄貴と呼ぶんだよなぁ〜」
「にっしゃんたちが?」
「あぁ。地山親分に人材を頼んだら、三人を付けてくれた。
 駐車場の管理やゲレンデの管理を任せてるよ」
「そうでしたか…。……あ……し、支配人」
「ん?」
「俺の仕事……」
「…あるよ」
「えっ?」

まさは、ソファにもたれかかり、京介を見つめた。

「ゲレンデの休憩所。今は自販機だけ置いてるんだけどな、
 売り切れた事に気付きにくくてな…。休憩所の管理を
 誰かに…と考えていた所だったんだよ。京介、暫くの間は
 茶店で働いていたんだろ?」
「はい。転々としてましたが…」
「お前に…頼んでいいか?」
「支配人………。…よろこんでっ!!!!」

元気よく返事をした京介。

「……って、お前、居酒屋でも働いてたな…」
「あっ……。その…接客業ばかり……」
「それなら安心だ。頼んだよ」

まさの笑顔が、京介の心につっかえていた何かを弾き飛ばしていた。


新たな年を迎えた頃、天地山の中腹に休憩所が建設された。
雪山に新たに建設された休憩所。
そこでは、心が温まる飲物が用意されている。
まるで、天地山を味わうような、そんな雰囲気が溢れる休憩所。
店長の名前は、『店長京介』。
ちょっぴり変わった店長さんが経営する休憩所は、天地山の名物になっていく…。



(2004.11.29 第五部 第三話 改訂版2014.11.21 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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