任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第九話 優しさに包まれて

年が明けた。
早起きをした真子は起き上がり、部屋を見渡した。
八造は、隣のベッドで眠っている。しかし、添い寝をしていた春樹の姿は見当たらなかった。
真子は、ちょっぴりふくれっ面になる。しかし、ベッドから降り、洗面所へ向かっていく。真子が動いても、八造は目を覚まさなかった。
それもそのはず………。


春樹は、支配人室に居た。ベッドに腰を掛けるまさを睨み付けている……。
眠たそうな表情で、春樹を見上げるまさ。

「だから、知らなかったんですよぉ〜」

春樹の怒りのオーラを遮るかのように手を差し出すまさ。

「知らなかった? そんな言い訳が通用するとでも?」
「私が未成年に酒を勧めるとお思いなんですか?」
「未成年で飲んで居たクチだろがっ!」
「そりゃぁ、そうですけど、だけど、その世界じゃ当たり前!!!」

まさの頭上を風が通る。

「暴力反対っ!!」

次に来る攻撃を予想したのか、まさは、床に転がった。

「ちっ…」

春樹のかかと落としは、ベッドの上。舌打ちをしながら、まさを見下ろす春樹の怒りは納まっていない。

「八造くんは断らなかったんですからっ!!」
「ほんとか?!」
「私は嘘なんか付きませんよっ!!」
「八造くん…あぁ見えても、相当の悪だな……」

春樹には、八造は真面目一筋に見えていた。

「そりゃぁ、猪熊さんの息子さんなら、その世界に浸ってるでしょう?
 未成年の酒なんて、当たり前の事じゃありませんか? それに、
 真北さんは、どうなんですか?」
「どうって……そりゃぁ、友人は、勧めて来たけどなぁ、俺の家系は
 刑事だろが。未成年の犯罪には五月蠅かったんだからなっ。
 …憧れてはいたけど、その年齢になれば、好きなだけ飲めるし
 吸えるだろうから、我慢していたけどな」
「友人……悪い方だったんですか?」
「ん? あっ、まぁ、医者の息子だったけどな、悪い事は、
 とことんやっていたよ。その都度、親父さんの怒られてたけど」
「悪い事?」

なぜか興味津々に尋ねるまさ。

「酒、煙草、博打に、家の医薬品の勝手な持ち出しに、使用…。
 もちろん、俺は止めていたけど、そりゃぁ、若気の至りだろ?」
「まぁ、そうですね」

………って、橋の奴って、相当、悪い事してんだなぁ〜。それで、医者かよ…。

「……で、どれだけ飲ませた?」
「…二合ほど……」
「に、に……二合?!??」
「だけど、その量は普通だと言ってましたよ」
「……羽目外しすぎだ……」

呆れたように、額に手を当てる春樹だった。

「まぁ、よろしいんじゃありませんか?」
「ん?」
「八造くんは、本部に戻れば、お嬢様を守る立場なんでしょう?
 常に気を張っていなければいけない立場…」
「あぁ、そうだな。…慶造は反対してるけどな」
「この天地山は、心を和ませる場所です。日頃の疲れを癒す事が
 出来れば、私にとって、嬉しい事なんです。だから、八造くんにも
 そうであって欲しいと思って、昨夜……」
「はぁ〜〜。解った。知らなかったのと、断らなかったのが
 あの状態なのか…」
「あの状態?!」
「熟睡。トレーニングの時間になっても目を覚まさない」
「あちゃぁ〜。…日頃の疲れが、どっと…」
「酒だけか?」
「酒だけです!!」

ハキハキと答えるまさだった。




真子は、着替えを終えていた。そして、八造に近づいていく。
しかし、八造は目を覚まさない。熟睡している様子。

「八造さん、お時間ですよ?」

真子が声を掛けても、八造は目を覚まさない。八造の体に何かが起こったのだろうと思った真子は、八造の額にそっと手を当てる。
ちょっぴり熱い……。
真子は、冷蔵庫から氷を取り出し、洗面所にあるタオルを濡らした後、氷を包み込んだ。そして、八造の額にそっと乗せる。

「!!! …お嬢様っ!!」

顔の辺りに何かの気配を感じた八造は、目を開けた。
真子が冷たいタオルを額に乗せた所だった。

「…?? ……?! ……すみませんっ!!!」

真子が起きている事に気付き、真子が起きる時間が脳裏を過ぎる。それと同時に寝坊した事に気付いた八造は、慌てて起き上がった…が、

「…いてっ!!!」

二日酔い……。頭の痛さに、顔をしかめた。

「大丈夫ですか?」
「すみません…その…昨夜、お酒を…」
「お酒? 誰と?」
「原田さんと…」

八造の言葉を聞いた途端、真子がふくれっ面になった。

「八造さんは、いくつ?」
「十六です」
「お酒はいくつから?」
「二十歳…」
「……飲んで良いんですか?」

真子の言葉に、八造は首をすくめた。

「駄目です……」
「八造さん…」

真子が低い声で呼ぶ……。

「も、も、申し訳御座いませんでしたっ!!!」

八造は、ベッドの上で正座をし、深々と頭を下げていた。

「頭…痛い?」

真子が心配そうに尋ねてくる。

「少し…」
「これ…氷を挟んだから、冷たいと思うの。冷やして」
「ありがとうございます。だけど、これだと、氷が溶けて、
 水が出てきますよ。こういう時は、袋に氷を入れてから
 袋の口を縛って、タオルで包み込むんです」
「そっか。すぐに……」

真子が言ったと同時に、ドアが開き、春樹とまさが入ってきた。

「お嬢様。氷なら、用意しましたよ」
「まささん!! …もぉ〜!!!!」

真子がふくれっ面になる。

「すみません、お嬢様。私、八造くんが未成年とは知らなかったので…」
「そうだったの???」
「はい。…はい、こちらです」

氷嚢を真子に手渡すまさ。真子は、そっと受け取って、八造に手渡した。

「ありがとうございます」
「私こそ、申し訳ない」

まさが深々と頭を下げるが、

「勧められたら断れっ。八造くん、本当なら…」

春樹が口を挟んできた。

「お嬢様に怒られました。今後、一切、口に致しません。
 深く反省しております」
「…真子ちゃんに?」

ちらりと真子を見る春樹。真子は、春樹の目線に気付かず、八造の事を心配そうに見つめていた。八造は、真子に優しく微笑んで、横になる。

「あっ、そうだ。お嬢様」

まさが声を掛けると、真子は振り返る。

「はい」
「あけましておめでとうございます」
「あっ、新しい年になったんだっ! まささん、おめでとうございます。
 まきたん、おめでとうございます。八造さん、おめでとうございます」
「真子ちゃん、おめでとう」
「お嬢様、おめでとうございます」

それぞれが新年の挨拶をする。
まさが真子に近づいてきた。そして、真子に何かを差し出した。

「はい。お年玉」

真子に差し出したのは、ちょっぴり分厚いポチ袋。真子は、首を傾げていた。

「おとしだま????」

目の前にあるのは、小さな封筒。それを『おとしだま』と言って、まさは差し出した。しかし、四角いのに…たま………??? と真子の表情は、徐々に不思議に包まれる。

「……おとしだま…って……まささん…これ…封筒ですよ?」
「お嬢様……?? ……真北さん。毎年渡してないんですか?」
「真子ちゃんには必要ないと思うけど…」
「そりゃ、お金を使う時は、真北さんが払ってるだろうけど、
 お年玉くらい…。……以前、お小遣いを持っていたのは?」
「あれは、お手伝いのお駄賃」
「…………上げますよ」
「あぁ…」

まさは、真子の前にしゃがみ込み、真子の手にポチ袋を持たせた。

「新年を迎えた事を祝うものですよ。大人が子供に、そして、
 お世話になった人への感謝の気持ちと、今年もよろしくと
 いう気持ちを添えて、お渡しするものです」
「まきたん、いいの?」

真子は、ポチ袋を手に、春樹を見上げていた。首をちょっぴり傾げて尋ねる仕草こそ、春樹の心をキュンとさせるものだった。

「いいんだよ」

春樹の言葉に、喜ぶ真子は、とびっきりの笑顔をまさに向けた。

「ありがとう!!」
「どういたしまして。はい、これは、八造くんに」
「えっ? 私に…ですか?」
「まさか、知らないとは言わんよなぁ〜」
「お年玉は知ってますよ。だけど、私は…」
「立場は知ってるけど、もらえる年頃だろ?」
「しかし…」
「それに、これからも必要だろうから。ほら、遠慮するな」

八造に手渡す封筒は、やはり、分厚い。

「……ありがとうございます。…でも……」
「…………まさぁ」
「はい」
「一体、どれくらい入れた?」
「三十……」
「真子ちゃんにもか?」
「十……」
「……その額は、間違ってる……」
「私は、それくらいもらってましたが……」
「世界と価値観の違いを考えろ……」
「すみません…」

春樹とまさが、そんな話をしている間、真子は、まさからもらったポチ袋を嬉しそうに眺めていた。
かわいい猫柄。

「かわいいですね」

八造が声を掛ける。

「うん。かわいいっ」

お金の事は、まだ理解出来ない真子は、中身より封筒の方に興味が湧いていた。



二日酔いの頭痛も治まり、八造と真子は、ゲレンデで遊んでいた。スキーよりもソリで遊ぶ二人を春樹とまさは、ロビーのソファに座って眺めていた。

「一応、正月ムードなんだな」

ロビーには、門松に凧、羽子板など、正月の雰囲気を醸し出すものが飾られていた。

「えぇ。スキーを楽しんでいると、日付の感覚が狂うそうで。
 お客様のご意見なんです」
「ほんと、支配人が板に付いてきたよな」
「恐れ入ります。真北さんは、昔に戻られたんですね」
「昔?」
「私が本部に乗り込んだ頃に」
「ん?」

まさの言葉に首を傾げる。

「髪も黒に戻ってますし、それに、派手な服装をお止めになって…」
「真子ちゃんに嫌われたくないからさ」
「それ程、茶髪は不人気だったんですね」
「ほっとけ」

そう言って、春樹は、煙草に火を付けた。

「本数。減らしてくださいね。お嬢様が心配してますよ」
「……徐々に減らしてるよ」
「それなら安心です」

玄関のドアが開き、誰かがやって来た。
まさは、客を迎える体勢に入った。

「まさ兄ちゃん!!!」
「かおりちゃん。帰ってたんだ」
「うん!! あけましておめでとぉっ!!」

元気な声を張り上げて、駆けてくるのは、牧野かおりだった。まさの隣に居る春樹にも気付く。

「真北のおっちゃん、来てたの?」
「今年は、もう少し楽しみたいんでね」
「そうなんだ。おめでとうございます」
「おめでとう。…しっかし、逢うたびに、大人になっていくね。
 かわいいから、綺麗になっていくんだねぇ〜」
「そう? ありがと!」

元気に明るい表情が、急に暗くなった。

「かおりちゃん。どうした?」
「…その……。ちさとさんの事、ママから聞いたの…」
「そっか…」

まさが静かに言った。

「真北さん、落ち込んでるかと思ったけど……もう、大丈夫なの?」

かおりが優しく尋ねた。

「いつまでも、落ち込んでいられないからさ…。寂しくないというと
 嘘になるけどね。…だけど、私には、大切なものがあるから」
「真子お嬢様ですね」
「あぁ」
「今は?」
「ゲレンデで遊んでるよ」
「…大丈夫なの?」
「今のところはな」
「そっか……」

かおりは、まさを見つめた。

「まさ兄ちゃんも、当時は落ち込んでいたって、聞いたから、心配だった。
 だけど、少しずつ元気になってる…そう聞いたら、安心した。
 正月に帰ってくるのを楽しみにしてたんだもん」
「どうして?」
「まさ兄ちゃんに伝えたくて…」
「何を?」
「……大切な人が死ぬ事ほど哀しい事は無い。もう、逢えなくなるから。
 だけど、その人を知っている人の心の中で、その人は生き続けている。
 哀しい事、楽しい事、嬉しい事…その人と関わった事が思い出として
 その心に残っている。哀しい事ばかりではないんだから。もう逢えなくても
 目を瞑れば、そこに居る。心の中で生きているのだから…」

かおりの言葉に、まさは、目を見開いて驚いていた。

「かおりちゃん…その言葉……」
「ママから聞いたの。…まさ兄ちゃんが死んだと聞いた時に。
 ママは、大切な人から聞いたんだって。…パパが死んだ時に。
 その言葉で、勇気づけられたって。逢えなくても、パパの温もりを
 覚えてる。だから、こうして、元気に笑顔で過ごせるって」
「……そうだったんだ……」

まさが静かに言った。

「うん。…あっ、ごめんなさい。時間がっ!! また来るね!!
 …その言葉を伝えたかっただけ。じゃぁ、またね!」

かおりは、言いたい事だけ言って、去っていく。春樹は、手を振っていた。

「素敵な言葉だな」

静かに春樹が言う。

「………そうですよ。素敵な言葉……私は、二回目ですけどね」
「えっ?」
「親分……天地親分からの言葉です。俺が父を失って、
 親分に拾われた時に、天地親分から聞きました。だから俺…
 哀しむ事は無かった。…そして、親分が死んだ時も……。
 だけど、重すぎる言葉ですよ…。激しい哀しみに襲われた時は、
 難しいことです……」
「まさ……」

まさに掛ける言葉が見当たらない春樹は、唇を噛みしめた。
その時、真子と八造がゲレンデから戻ってきた。そして、まさと春樹の所に駆けてくる。

「まきたん! お腹空いたぁ………まささん??」

まさの雰囲気が、いつもと違うことに気付いた真子は、まさに近づき見上げていた。

「どうしたの?」
「あっ、すみません。お昼の時間ですね」

真子に気付き、平静を装いながら、真子の目線にしゃがみ込む、まさ。

「何を食べますか? レストランに予約しておきますよ」
「まささん。…何かあったの?」

真子が優しく問いかける。

「いいえ、何も」
「泣きそうだもん……」

そう言った真子の方が、泣きそうな声だった。

「いいえ、本当に……何も……」

声が震えていた。

えっ?!

まさは、優しく包まれる感覚に気付き、我に返る。
真子の腕の中に、包み込まれていた。

「お嬢…様?」
「まささん。無理したら駄目だよ? 泣きたいときに泣かないと、
 いつまでも心に残ったままで、苦しくなるんだから。泣きたいときに
 泣いてもいいんだよ? 大人だから、男だからみっともないなんて
 そんなことないんだから……無理したら、心に悪いよ?」
「お嬢様……。………!!!!!」

真子の優しい言葉に、堪えていた涙を流してしまった。
周りに聞こえないようにと声を殺して、まさは泣いていた。

真子の腕に包まれて泣いているまさを見て、春樹は、まさの心が未だに癒されていなかった事に、気が付いた。

慶造の攻撃で、すでに、瀕死の状態だった天地は、約束だと言って、息子同然に育ててきた、まさに、命令した。
大切な親分を守るために、まさは、自らの手で親分の命を奪った。
その光景を、未だに鮮明に覚えている春樹は、声を掛ける事すら出来なかった。
まさの心を癒すのは、真子だけだと、思っていただけに……。






支配人室。
春樹とまさは、グラス片手にソファに座っていた。

「ほぉんと、みっともねぇなぁ」

春樹が呟く。

「うるさいっ。真北さんだって、そうやって泣いたんでしょうがっ」
「俺は泣いてないなぁ〜」

ちさとの胸で泣き、その後の行動は、誰にも知られていない。もちろん、まさも知らない事。

「ちっ、そうですか。泣き崩れる所を見てみたいなぁ」
「…で、まさぁ〜」
「はい」
「すっきりしたんか?」
「しましたよ。…真北さんこそ、どうなんですか?」
「ちさとさんの事?」
「そうです」
「悩んでられないんでな。今は、真子ちゃんの事で必死」
「そうですね」

春樹は、グラスを傾ける。

「例の資料…目を通したけど、よく解らん」
「その助教授が研究中なんですから」
「それより、その資料、誰から? お前の知り合いの医者か?」
「えぇ。…私の知り合いの医者であり、真北さんの…………って、
 そんなところで寝ないで下さいっ!! 体を壊しますよ!!」

ソファに寝転んで、春樹は熟睡していた。

「ったく…」

奥の部屋から毛布を持ってくるまさは、春樹の体にそっと掛けた。

「ご自身の昔の話は、本当に封印されてるんですね。
 気が付くかと思って、わざと封筒を変えずに渡したのに…」

春樹に渡した資料こそ、まさが橋雅春に頼んで取り寄せた真子の能力に関する資料だった。春樹の事を知りたくて、そして、打ち明けて欲しくて、わざと封筒毎手渡していた。しかし、春樹は、その封筒に気付いていなかった様子。余程、真子の事が心配なんだろう。

やれやれ。

呆れた表情で、春樹を見つめ、まさは、微笑んでいた。

あなたこそ、いつか、本当の事を打ち明けてくださいね。
心に毒ですよ。

まさは、そっと立ち上がり、電気を消して、奥の部屋に入っていった。
春樹の頬を光る何かが伝っていた。



(2005.3.12 第六部 第九話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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