任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第六部 『交錯編』
第三十一話 姿は心を語ってる

阿山組本部は、新年の宴会を迎える前に、慌ただしい動きを見せていた。
隆栄が、いつにない深刻な表情で、組長室へとやって来る。ノックをして、素早く入っていった。

「小島、様子は?」

隆栄の姿を見た途端、慶造は尋ねる。

「状況は悪化ですね」
「…そうか……」
「…………関西の勢いは止まりそうにありませんよ」
「小島。…お前…手を出してないよな」
「四代目の言葉無しに動きませんよ、私は」
「それなら安心だ」

そう言って、慶造は、ふと顔を上げる。

「………その面下げて…嘘付くな」
「はぁ……」

隆栄の頬には、治療の痕が……。

「ったく、息子の行動も止めておけっ」
「無理だったんだよ、すまん」
「…で、無事なのか?」
「ご心配には及びません」
「そうか……」

慶造は、一点を見つめたまま、考え込む。隆栄は、慶造の隣に座っている修司に目をやった。
修司は、そっと首を横に振る。
その仕草で、慶造が何を考えて、そして、心の中で葛藤しているのかに気付く隆栄は、長引くだろうと思い、側にある椅子に腰を掛けた。そして、手にした書類をパラパラとめくり始める。
たいくつしのぎに…。

「修司」

慶造が口を開く。

「なんだ? 俺は反対しないぞ」

慶造の呼び方一つで、慶造が何を言いたいのか解る修司は、直ぐに応える。

「…いいのか? 真北が怒るぞ」
「俺には関係ない。それに、俺は慶造の考えには反対しない。
 しかし、お前が無茶しそうな時は、反対する。…いつもと
 変わらんが……何か不満でもあるのか?」

そうだったな…修司…。

修司の言葉に慶造は、そっと目を瞑り、そして、応えた。

「いいや。それなら、俺は俺の思うとおりに動く。…まぁ、今回の事は
 真北の行動が原因だがな…」

春樹は本来の仕事で、週に三日、関西に出向いている。きちんと変装をしているが(関西にも春樹の姿を知っている刑事が居る為、『死んだ』事になっている真北春樹が生きていると知られては困る)、どうやら、関西極道の人間に姿を観られた様子。その頃の厚木の行動も関連し、春樹が関西地方に偵察に来たと勘違いされてしまった。
(変装しているのが、悪かったのかもしれないのだが…)
ついでに、川原組と藤組組員の争いを止めに入り(昔取った杵柄…)、その現場を水木に見られていた事、その足で、松本組へと向かったものだから、

阿山組関西進出

という噂が流れ、それぞれが動き始めた。
その行動が、阿山組系列の小さな組を狙い始める事。
それが、慶造の耳に入り、そして、厚木の行動…関西関連の組事務所を破壊する……だった。初めは小さな動きだが、やがて、世間の耳に入り、大きくなっていく。
その後の春樹の行動は、更に悪化させてしまう結果になっていた。
春樹は、自分が動けば動くほど、悪化していくことに気付き、そして、三度動いた厚木に、春樹自身、どうすることも出来なくなってしまった。その時に、真子の言葉…天地山に行くのは、いつ?…があり、今に至る。

「ったく、あいつの尻ぬぐいだけは、本当に御免だな」

慶造が嘆く。

「今回ばかりは、真北さんも理解したんでしょうね。
 我々極道の動きは、血を流すまで止められない…と」
「…俺は、それが嫌だったんだがな……」

慶造の嘆きに、修司は心が痛かった。同じく、隆栄も…。

「猪熊、小島」
「はっ」
「俺の言葉は絶対に守れよ。解ったな」
「さぁ、それは、どう…だか」

いつものように隆栄が言う。

「お前の無茶な行動には、逆らう」

力強く、修司が言った。
もちろん、慶造は呆れるものの、二人の優しさには気付いている。
二人には、本当に無茶はさせられない。
息子達の為にも……。

それぞれの思いは、それぞれが解っている。しかし、敢えて表には出さない心。
その時にならなければ、解らない……。

「しかし、あれだよなぁ。今頃、お嬢様は楽しんでるんだろうな」

隆栄が雰囲気を変えるように口を開く。

「到着後、早速、八造くんを叱ったそうだ」

慶造が言うと、

「ったく……八造は…」

修司が嘆く。

「修司は酒を教えてないだろ?」
「あぁ。酒に溺れて、もしものときに動けなかったら困るだろ?」
「そうだな。酒豪らしいな…」
「あの年齢でなぁ。そういう慶造だって、山本くんに何を教えてる?」
「秘密だ」
「それこそ、真北さんの怒りに触れるだろうが」
「いいんだって、それで」
「……慶造」
「ん?」
「お前…何を考えている? …真北さんの弟を招いて…」

誰にも証していない、芯と春樹の関係。なのに、修司、そして、隆栄は知っている様子だった。
慶造は、修司の尋ねる事に応えず、煙草に火を付けた。
煙を吐き出し、そして、

「ちさとの…想いだ」

そっと応えた。




天地山では、この年初めての、ドカ雪が降っていた。窓の外は、本当に真っ白で、何も見えない状態。
そんな中、真子とまさは、車に乗り込み、そして、出掛けていった。
またしても寂しそうな表情で見送る春樹。そんな春樹を見て、呆れる芯、そして、その二人を見つめる八造と向井。それぞれが、真子とまさを見送っていた。

「…大丈夫なのですか?」

寂しそうな表情で、いつまでも玄関先を見つめている春樹に、芯が声を掛ける。

「雪道の運転は、慣れてるから、大丈夫」
「私が心配してるのは、そちらじゃありませんよ」
「ん?」

と言って振り返る春樹。その表情は、本当に寂しげだった。

「あのねぇ、そんな表情をするなら、御一緒すればよろしいでしょう?」
「一緒に行ったら、真子ちゃんに嫌われる」
「……そうじゃなくて、だから、二人にさせて、八造くんは
 一緒じゃないんですか? お嬢様のボディーガードでしょう?」
「…山本さんの心配は、まさか…」
「天地山は安全だと聞いても、やはり同業者は居るんでしょう?
 もし、お嬢様が狙われたら…」
「それは大丈夫だ。…俺が言ってる事で察しろ」
「ったく……。ちっ!」

芯は踵を返して、エレベーターホールへと向かっていく。

「山本さん!」

向井が声を掛けるが、芯は振り向きもせずに、到着したエレベータに乗り込んだ。

「暫くは一人にさせておけ。その方が落ち着くから」
「しかし…」

向井は心配なのか、芯を追いかけていった。

……ったく……。

軽く息を吐いた春樹は、ポケットに手を突っ込んで、窓際のソファに腰を掛ける。

「真北さん」
「ん?」
「どうして、そのような態度を取られるんですか? 山本先生は…」

八造が話しかけるが、春樹は目だけで、八造を射る。

「そのような目をされても、私は恐れませんよ」

時々だが、八造は反抗的な態度を取る。それは、慶造の補佐を始めた事が原因だが…。

「うるさい」
「真北さん」
「俺に意見するな。俺の私情に口を挟むな」
「お嬢様が心配なさってますよ」

その言葉に春樹の顔色が変わり、そして、八造の胸ぐらを突然掴み上げる。

「…言ったのか?」
「言わなくても、お嬢様は御存知だと思いますよ」
「例の能力でも、芯の心の声は探られないだろ?」
「その山本先生の心が、お嬢様の心配の種になってるんですよ?
 声までは聞こえてないようですが、真北さんとの会話の後に
 感じる何かに恐れております」
「何か……?」
「それは、解りません。だけど、真北さんが…」
「俺が許しても、あいつは許さないだろ? あいつの心の問題だよ」

春樹は寂しそうに呟いた。

「私が、何とか致します。これ以上、お嬢様に…」
「八造くんでも無理だよ。真子ちゃんの心を和ませたけど、
 芯の心までは無理だ。…俺の弟だぞ?」

なんとなく、説得力がある『真北の弟』という言葉。

「…確かにそうですが、少しでもお嬢様の心を…」
「ここの空気が、そうしてくれれば良いんだが……」

八造から手を放し、ドカッと座る春樹は、煙草に火を付け、大きく吐いた。

「俺のせいなんだから。他人には何も言われたくないよ」
「すみません…」
「でも…」

春樹は、八造に目をやる。

「ありがとな」

そう言って、微笑んだものの、春樹の目の奥に、寂しさを感じる八造だった。




ドカ雪が降る中、まさ運転の車は、天地山商店街の駐車場へ到着した。

「では、お嬢様、行きますよ!」
「はい!」

元気よく返事をした真子は、雪の寒さ対策に着ぶくれ状態。
後部座席に振り返った、まさは、真子の姿に思わず笑い出してしまった。

「まささん! 笑わないで下さい!! 真北さんが、こうしろと…」
「商店街はアーケードになってますし、それに、寒さ対策に
 暖もございますから、そこまで着込まなくても……」
「じゃぁ、まささんにもらったネコットだけにする!」

真子はコートやジャケット、そして、セーターを脱ぎ、まさからもらったネコ柄のジャケットを羽織る。

「では、行きましょう!」

まさの言葉と同時に、真子は車を降りた。あまりの雪の降りっぷりに、真子は思わず首を縮める。
首筋に雪が入ったのか、小さく悲鳴を上げた。
そんな真子を、まさは自分のコートに包み込む感じで雪から守り、そして、商店街へと向かっていった。
アーケードに入った二人は、体に付いた雪を払い、そして、歩き出す。顔見知りになった商店街の人達と、真子は笑顔で挨拶を交わし、そして、今年も開かれるクリスマスパーティーの話をしていた。
真子の笑顔が輝く瞬間。
まさは、またしても、心拍が早くなっていた。

「お嬢様、今年のプレゼントは考えましたか?」
「うん! ちゃんと好みの色も聞いてきたもん!」
「では、お嬢様の好きな所へ向かって下さいね!」
「じゃぁ最初はね……」

真子が、まさの手を引っ張って、目的の店に入っていった。




天地山ホテルの真子の隣にある部屋。ソファに腰を掛け、窓の外を眺める芯。しかし、景色は、ドカ雪の降りっぷりで、真っ白だった。

「こんなに雪が降る所は初めて見たよ」

芯が呟いた。

「俺も初めてだなぁ」
「雪国は初めてだろ?」
「まぁなぁ。雪って、こんなに降るもんなんだなぁって驚いた」
「そりゃぁ、積雪は二メートルを超える時もあるからなぁ」
「雪の壁…か」

沈黙が訪れる。二人は、何話すことなく、窓の外を見つめている。

「クリスマスパーティーがあるらしいよ」

向井が言った。

「らしいな」
「あと、別館にスポーツジムがあるってさ」

その言葉に、芯の眼差しが変わる。

「行ってみるか?」

向井が尋ねると、

「そうだなぁ! 体がなまってるよ!」

そう言って、芯は立ち上がり、背伸びをする。

「行こう!」

急に元気になった芯だった。



二人がジムのある別館にやって来た。ホテルの客の何人かが、ジムにある機械を使って、体を動かしていた。
かなりの数、そして、種類。
それらに圧倒されながら、芯と向井は中へと入っていた。

「いらっしゃいませ。お客様は初めての方ですね?」

ジムの受付の男性が声を掛けてくる。

「えぇ。その……使ってもよろしいんですか?」
「お部屋の番号とお名前を記入なさるだけで、結構ですよ。
 お値段もございませんし、好きなだけ、好きな時間まで
 御利用出来ます」
「えっと、811号室の山本と向井です」
「…真子お嬢様のお連れ様ですか」
「は、はぁ…」
「山本様と向井様は、初めての天地山となられるとか。
 どうですか? 今日は雪が降っているので、スキーは
 無理ですし、折角の景色もご覧になれませんね。
 こういう日は、こちらで汗を流すお客様が大勢おられます」
「その為に、これだけの数と種類ですか」
「…それもございますが、その……とあるお客様が
 満足されませんので…」
「………支配人も、えらい迷惑だな」

芯が言った。

「支配人は断れなかったみたいで…」
「………まさか、お嬢様…??」

なぜか驚いたように向井は声を挙げる。

「…の関係者の…」
「関係者??」

芯と向井は声を揃えた。

「……その方なら、既に…」
「既に????」

男性が指を差すところ。そこには、前髪の立った若い男が、体を動かしてる姿があった。

「…って、八造くん……」

二人の呟きが聞こえたのか、八造が顔を上げ、芯と向井の姿に気付き、手を挙げる。

「よぉ!」


八造と芯、そして向井は、並んでランニングマシーンに乗っていた。

「雪が降って、ゲレンデ立ち入り禁止の時は、いつもこうしてたのか」

芯が尋ねる。

「あぁ。体を動かしてないと、なんだか苛々するからさ」
「ここにあるものでは、満足しないのか?」
「まぁ、そうだな。どれも軽いし、簡単だし、体を鍛えるのには
 ちょっとなぁ」
「ふ〜ん」
「山本先生は、道場へ通う日以外は、どう過ごしてました?」
「勉強が終わったら、読書に励んでいたなぁ、向井さんは?」
「言わずと知れてると思うけど」
「そっか。料理に明け暮れて、外出は…」
「買い物以外に、しなかった」
「それなのに、あの腕か……元々備わってるんだろ?」

八造を見つめながら、芯が向井に尋ねる。

「それは解らないなぁ。でも、身の危険には、勝手に体が
 動いているから、元々備わってるかもしれないな」
「そうだな」

八造がスピードを上げる。
それに負けじと芯もスピードを上げた。しかし、向井は、マイペースに走っている。

「山本先生は、マシーンで体を動かすのは初めてですよね」
「まぁね」
「それにしては、慣れた雰囲気ですね。やはり、体力も瞬発力も
 持って生まれたものなんでしょうね」
「八造くん」
「ん?」
「恐らく、あの人との関係…知ってるだろうけど、扱いには
 気をつけてくれよ」
「心得てますよ。だけど……」
「ん?」
「お嬢様を哀しませる事だけは、しないでくれよ。これ以上、
 涙は見たくないからな…」

八造の声が、芯の耳の奥にこびり付く。芯は急に足を止め、別の場所に向かっていった。

「あらら? 山本さん?? …また落ち込んでるよ…」

向井が振り返る。芯は別のマシーンを動かし始めていた。

「情緒不安定なんだろうな。まだ、心が鍛えられてない」

更にスピードを上げながら、八造が言う。その言葉は、三人の中で、一番年下とは思えない程。

「ほんと、何に悩んでいるのか、打ち明けてくれないよな。
 やはり、俺……」
「それ程、周りに心配掛けたくないだけでしょう。それだけ
 なんでも自分でこなして、そして、解決してきた方なんですよ。
 俺も見習わないといけないな…」

八造も振り返り、芯を見つめていた。
芯は、何かを忘れるかのように、一心不乱に体を動かしていた。



その頃、春樹は湯川の温泉に浸かり、体の疲れを癒していた。

はぁ〜極楽、極楽〜〜。

露天風呂には、かなりの雪が積もり、使用禁止になっているが、そこに積もっていく雪を眺めるだけで、なんとなく、風流に感じる春樹。ふと、頭に過ぎるのは、真子のことだった。

今頃…まさのアパートか…。

春樹が思った通り、まさと真子は、買い物を終えて、まさのアパートに来ていた。差し出されたオレンジジュースをおいしそうに飲む真子。少しばかり食べ物も用意して、真子の前に差し出す。

「これは?」
「ホットケーキですが……もしかして…?」
「初めて見ます」

わちゃぁ〜、真北さん、本当にお菓子は無いんですね……。

「表面に、これを塗って、そして、これを掛けますぅ〜。
 少し馴染ませてから、フォークとナイフを使って
 少しずつ切って食べるんですよ。はい、どうぞ!」
「いただきます!!」

真子は、まさに言われたようにフォークとナイフを使い、一口サイズに切る。そして、口にほうりこんだ。

「おいしぃぃ!!!」

ゴクリと飲み込んだ後、真子は目一杯喜んでいた。

「ねぇ、まささん」
「はい」
「これ、むかいん、作れるかな」
「むかいんさんは、料理なら何でも出来るみたいですよ」
「オムライスだけじゃないんだ!」
「もしかして、お嬢様……むかいんさんへのリクエストは…」
「色んな味のオムライスだよ!」
「それなら、次のリクエストは、むかいんさんのお奨めで、
 オムライス以外の楽しい料理にしてみては、どうでしょう?」
「う〜ん、むかいん、悩まないかな…」
「お嬢様の為なら、例え悩んでも、喜びに繋がりますよ!」
「本当?」
「えぇ」
「それなら、そうする!!!」

真子の喜びは、まさの喜びへと繋がる。そして、明日への活力にもなる。

「お嬢様、冷めないうちに食べて下さいね」
「はい!」

そうして、ホットケーキを食べ終わった真子は、お腹も膨れたのか、眠気に誘われ、まさが片づけ終わった頃には、こたつで眠っていた。まさは、直ぐ側にあるベッドに、真子を寝かしつける。
真子に服を掴まれないように気を遣いながら……。
そっと布団を掛けた途端、真子は寝返りを打つ。そんな真子の仕草に微笑み、まさは、いつも自分が座る場所に腰を下ろす。
そして、ベッドにもたれ掛かり、うたた寝を始めた。
昨夜は、春樹の話に付き合い、ほとんど眠っていなかった。
春樹から聞かされた事に驚きながらも、ふと脳裏に過ぎった、敏腕外科医の事。
まさにとっては、悩みでもあった。
お互いの立場を考え、そして、相手を思い、今の自分の事を打ち明けられないで居る春樹。
真子の事、慶造の事、そして、最愛の弟である芯のこと。
それだけでなく、大切な親友の事もある。それとなく、尋ねてみた、まさ。

その後、ご親友の医者には?

まさの尋ねることには、渋ることなく、春樹は話し始める。

芯の事もあって、一度、病院に尋ねてみたよ。
だけど、あいつの姿は、そこにはなかった。

親友が尋ねてくるだろうと待っていたが、結局は来なかった。
その親友は死んだと思って、その外科医は、その場所を捨て、新たな生活を求めて関西へ。
それくらい、春樹の立場なら、すぐにでも調べられる事なのに、敢えて、それをしないのは、やはり、相手の身の安全を考えての事なのだろうと、まさは考え、それ以上、尋ねる事は無かった。

弟さんのように、いつか、打ち明ける事が出来ればいいですね。

まさの言葉に、春樹は、柔らかい微笑みで応えるだけだった。その微笑みは、親友の身の安全を本当に考えている事が、解るほど柔らかかった。
だけど、その外科医は、やくざを相手に、怯むことなく治療をするし、ついでに怒りをぶつけたり、しかりつけたりと、やくざも泣かせる程の腕もある男。春樹が心配しているけれど、狙われても恐らく…狙った相手が倒れているだろう…。
そう思う、まさ。

流石、親友同士だな……。

とも思った瞬間だった。


背中のベッドが少し弾んだ事で、自分が眠っていた事に気付いた、まさは、慌てて振り返る。
真子が寝返りをうって、まさの方に向いただけだった。
真子の寝顔が目の前に迫っている事に、まさは驚き、思わず離れてしまった。
あれから一年。少しだけ大人っぽく感じるのは、周りに居る男達の影響だろう。
そして、なんとなく、筋力も発達した感じだった。
芯が体力作りと称して、真子の体を鍛えている事も関係してるのだろう。


ぺんこうが教えてくれるの! でもね、
真北さんとよく似た感じで教えてくれるんだよ!
すごく解りやすいの!

このアパートに向かう間、車の中で、真子が言った。なんとなく、二人の関係に気付いているかもしれない。
芯が楽しませようとして、組員達の呼び名を変えた事も聞いた。
しかし、それは、真子の前だけでしか呼び合っていない。
真子を心配させないように、不安にさせないようにとの思いから、周りの男達は、使い分けているのだろう。
確かに自分自身も、真子の前でしか、その呼び名を使っていない。
それは、慣れないこともあるが、何となく不思議なオーラを醸し出す、新たな男達の事が気がかりだからだろう。
もしかしたら、お嬢様に…。
そう思うと、どうしても警戒してしまう…。
体の奥に閉じこめた『本能』が、そうさせるのかもしれない。

俺も、まだまだだな…。

まさは、大きく息を吐き、天井を見上げた。

この年も、天井からは、水が滴っている。部屋の中央に置いた洗面器の水が溢れそうだった。
まさは、そっと立ち上がり、洗面器を新たな物に変え、溜まった水を捨てに行く。

ふと外を見た。

雪は小降りになっている。
真子に振り返る。

まだ、起こせないよな。

気持ちよさそうに眠っている真子を見て、まさは、優しく微笑んだ。

本当に、毎年プレゼントを…。
早く、慶造さんと気兼ねなく話せる日が来ると、良いですね、お嬢様。

真子の頭を撫で、額にそっと唇を寄せた。




真子とまさが、天地山ホテルへと戻ってきたのは夕暮れ。雪はすっかり止んだものの、積もった雪は例年以上だった。明日は雪かきに追われるかなぁと思いながら、まさは真子を春樹に託し、そして、仕事に戻る。



温泉でさっぱりした芯と八造、そして、向井は、娯楽施設で時間を潰していた。どの機械も、無料であることに喜びを感じ、時が経つのを忘れている様子。いつの間にか、カーレースのゲームに夢中の三人。そのはしゃぎっぷりは、年相応に見えていた。
そんな三人を真子と春樹は見つめていた。
あまりにも楽しそうな雰囲気に、声を掛けることが出来ない真子。

「真子ちゃん、先に御飯食べようか」
「でも、みんな一緒の方が、楽しいのに…」
「真子ちゃんも楽しむ?」

真子は首を横に振る。

「できないもん…見てるだけでいいの…真北さんは、できるの?」
「学生の頃は、何度か遊んだことはありますが、大人になってからは
 シミュレーション以外で、あのようなものは、相手を……」

ハッ………。

思わず、自分の立場を口にしそうになった春樹は、慌てて口を噤む。

「相手????」

真子は首を傾げた。しかし、それ程、気にも留めていないのか、

「ねぇ、何かやって!!!」

真子のお願いには弱い春樹。

「そうですね……」

ふと目に飛び込んだのは、射撃ゲーム。それも、ライフルでモンスターを撃つゲームだった。
春樹はそれに近づき、銃を手に取る。そして、スタートボタンを押した。
次々と現れるモンスターを一発で倒す春樹。目まぐるしく点数が加算されている。真子は何が何だか解らない表情で、画面を見つめていた。
カーレースのゲームを終え、ふと振り返る。

「珍しい…真北さんが…ゲームしてる……。それも射撃…」

八造の声と共に、芯と向井も、思わず真子と春樹の所へと近づいていく。

「高得点……って、まだ続けるんですか??」
「…あぁ。中々終わらんからな」

八造の問いかけに、冷たく応えただけで、春樹はゲームを続けていた。
その途端、芯が目眩を起こす。そして、意識が遠のいていった。

「…って、ぺんこう!」

向井が芯がふらついた事に気付き、素早く支えた。
その瞬間、春樹の手が止まる。それと同時にゲームが終了した。

しまった…芯には……。

春樹は慌てて振り返り、芯に駆け寄る。



これは…何だ…? 花畑……?? あれは……。
……兄さん………。



「……う、…ぺんこう!!」

芯は、懐かしい声を耳にして意識を取り戻す。一番に目に飛び込んだのは、自分が一番観たくない表情だった。

「ぺんこう、大丈夫か?」

兄さん………。

「兎に角、俺が部屋に運ぶから、くまはちは、真子ちゃんを…」
「えっ? は、はい」

芯を抱きかかえる春樹。その春樹の上着の裾を握りしめている真子。その表情は、心配げだった。

「真子ちゃん、大丈夫だから。安心していいからね」
「でも……」
「恐らく、昨日の酒が残ってたんでしょう。未成年なのに
 飲むからですよ」
「えっ?????? ぺんこうって、未成年なの????」
「へっ?!?!???」

真子の言葉に、更に驚いたように声を挙げた、春樹達。

「むかいんと同じ歳ですよ。この三月に、高校を卒業したばかり」
「………知らなかった………」

ぺんこうは、無理に体を動かして、春樹の腕から逃れる。

「って、こら、ぺんこう!」
「私は大丈夫ですよ。その…真北さんの言うように、昨夜の
 酒が残っていただけです。…そろそろ、夕食の時間ですね。
 お嬢様、行きましょう」
「えっ、…は、はい……」

芯は、春樹から逃れるかのように、真子の手を引いて、娯楽施設を去っていく。
芯の後ろ姿を見つめる春樹。その眼差しは、凄く心配しているのが解るほど。

「八造くん……俺は、レストランに行かないから…」
「真北さん? それでは、お嬢様が…」
「それよりも、芯だよ……すまん。…真子ちゃんに伝えてくれ」
「どのように申せば? 納得していただく理由を教えて下さい」
「…ゲームに集中しすぎて、疲れたとでも言っててくれ」

そう言って、足取り重く去っていく春樹。その後ろ姿は、凄く落ち込んでいるのが解る程。

「……八造くん…」

向井が声を掛ける。

「はい」
「真北さんと山本さんって、不思議な雰囲気がありますよね。
 なんて言えばいいのか解らないけど、なんとなく……ぎこちない…。
 それでいて、分かり合ってる感じがする」
「私も感じてますが、だけど……真北さんの方が心配ですよ。
 向井さん、お嬢様の方をお願いしてもよろしいですか?」
「えぇ。なんとか頑張ってみますよ」
「すみません、お願いします」

そう言って、八造は春樹を追いかけていった。


向井は、レストランに行き、先に席に着いていた真子に、春樹と八造の事を話す。なんとか、納得した真子だが、芯は、春樹の表情を思い出し、この夜は、あまり食が無かった。
真子には、昨夜の酒の事、そして、未成年である事を打ち明け、そして、真子に、ちょっぴり叱られていた。
まるで、春樹が怒るのと同じように感じる芯だった。



一方、春樹は、天地山ホテルの庭に出て、夜風に当たりながら、煙草を吹かしていた。足音に顔を上げると、そこには、八造が立っていた。

「食事は?」
「山本さんと向井さんが居ますから、二人に任せました。
 私は、真北さんの方が心配で…」
「真子ちゃんに頼まれてるのか?」
「改めて言うことじゃありませんよ」
「そうだったな……」

春樹は、煙草を吸い終わり、携帯灰皿に吸い殻を入れる。

「一体、どうされたんですか? 急に取り乱して…。それも…」
「芯が倒れたのは、俺のせいだよ。…忘れていた…あいつに
 術を掛けていたのを」
「…えっ?」
「慶造から、聞いてないのか?」
「はい」
「俺の腹部の傷は…芯に撃たれた時の傷跡だ。まだ、幼かった芯は
 闘蛇組に誘拐されて、そして、薬を打たれ、幻想の世界を彷徨って
 そして、……操られたかのように銃を持って、…俺を……」

春樹は頭を抱える。

「その時の光景が、残って居るんだろうな。芯は俺が死ぬと言って
 錯乱して、それから、子供とは思えない程の力で暴れて……」
「もしかして、体が弱いというのは…、薬の影響ですか?」
「あぁ、そうだ…。だけど、その事は、芯は知らない。本当に
 体が弱いと思っているだけだ。…言えないだろ? 薬に
 操られて、兄を撃ってしまったなんて…。なのに、俺…
 閉じこめた記憶を呼び起こすような事をしてしまった。
 この手で……例えゲームとはいえ、銃を……」
「山本さんの事があるから、真北さんは銃を持たないんですか?」
「……あぁ……」

その声は、少し震えていた。

「ゲームとはいえ、あの腕前は凄いですね。すべてが中央、そして、
 外すことなく…………すみません…立ち入った話をしてしまいました」
「気にするな。練習や試験を直ぐに終わらせたい為に身につけただけだ。
 あんな冷たい物を長い間持つのは、本当に……ごめんだから。
 撃たれた時の痛さも、撃った相手の心の痛さも解るだけに……」

沸き立つ苛立ちを抑えるかのように、春樹は、息を整える。

「………それより、八造くん、真子ちゃんの方を頼む。
 芯も…心配だからさ…。俺は一人で何とか出来る」
「真北さん…」
「………ありがとな」

微笑む春樹だが、その笑みには無理がある。それ以上、言葉を掛けることが出来なくなる程に……。
八造は、心配ながらも、

「冷たい夜風に当たって、体を壊さないようにして下さいね。
 それこそ、お嬢様が一番心配なさりますから」

そう言って、真子の所へ向かっていった。

ったく、益々、言うようになってきたな…。

フッと笑みを浮かべて、春樹は、正面を向き、一点を見つめる。

その様子を窓越しに、まさが見つめていた。
春樹が、雪の上に大の字になった。そして、拳で雪の地面を思いっきり殴る。
その仕草は、何かの感情を押し込めたように感じた。



(2005.7.3 第六部 第三十一話 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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