任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第七話 真子、強しっ!!

「八造、出掛けるぞ」

そう声を掛けられた八造は、素早く慶造の側へと駆けつける。そして、慶造に付いていった。
その様子を春樹が見つめている。春樹の眼差しに気付きながらも、慶造はそのまま出掛けていった。

「俺の手…だけは煩わせるなよ…」

そう呟いて、春樹は道場へと向かっていった。
組員達の掛け声が聞こえてくる。空を切る音、体がぶつかり合う音、何かが床に落ちる音。そして、誰かの怒鳴り声まで。
春樹は、道場に顔を出す。そこでは、組員達の稽古の途中。いつものように指導するのは、修司と隆栄。しかし、今……。

人が床に倒れ、滑っていく音が聞こえた。

「ちょ、ちょ、ちょっと待って下さいっ!!」

床を転がる組員が声を挙げた。

「…待った無し…」

低い声で言い、そして、蹴りを差し出したのは…。

「山本先生、手加減してあげてください」
「それじゃぁ、稽古になりませんよ!!」

組員に蹴りを差し出した足は、地面に付き、反対の足が、声を掛けてきた人物に向けられた。もちろん、軽々避ける春樹だった。

「ちっ…」

舌打ちをして体制を整える芯。

「真北さぁん、邪魔しちゃ駄目」

隆栄が二人の間に割るように入ってきた。

「山本先生の相手は、八造君だけでしょう?
 道場でも、師範を倒してしまう程の腕前なんですよ?
 ここに居る組員相手だと、組員がかわいそうでしょうが」
「それじゃぁ、鍛える意味無いでしょぉ!」
「お二人だけで、充分ですよ!」

という春樹。
なぜ、ここで芯が稽古を付けているのを怒っているのか…。

「それなら……あなたがお相手していただけませんか?」

芯が、静かに言った。

「あっ、いや、俺は…」
「あなたの体に拳を一つでも決めたら、夏休みの間は
 私が稽古を付ける事を許して頂く。もし、出来なかったら
 あなたの言うように、私は、ここへ足を運びません」
「……それには、今後一切…が付くけどなぁ」

芯の言葉に応えるように、春樹が真剣な眼差しを向けた。

「…いいでしょう」

芯は構える。しかし、春樹は、ただ、突っ立っているだけだった。
芯を取り巻くオーラが変化する。
風が起こったように、少し長めの髪の毛がなびく。
それと同時に芯の姿が、消えた。

?!?!??!!!!!

道場に居る誰もが、目を疑った。
芯の姿が消えたかに見えただけで、芯は目にも留まらぬ速さで春樹に攻撃を仕掛けていた。
目に見えない拳や蹴り。それらは、全て春樹に避けられている事が解る。
空を切る音だけが聞こえていたのだ。

「はや……」

呟くように言った隆栄。

「真北さんは、手加減してるよな…」

修司が言った。

「…手を出してないよなぁ。避けるだけだな」

隆栄と修司には、見えていた。
芯が蹴り出す場所を予測しているのか、軽々と避けている。芯の差し出す蹴りや拳は、素早いものだが、春樹にはそう感じられないらしい。
芯の差し出した拳を片手で軽々と受け止めた。

「見えた…」

二人の動きが停まった瞬間だった。芯の姿をやっと目に留めた気分になる組員達。それと同時に、安堵のため息が漏れた。
芯は、自分の拳を受け止めた春樹を睨み上げる。そして、蹴りを差し出した。

ガツッ!!

骨と骨がぶつかり合うような音が聞こえた。
芯が差し出した蹴りを、春樹が脛で受け止めていた。

「本気か?」
「えぇ」
「そうか…」

芯の応えを聞いた春樹のオーラが変わる。その瞬間、今度は春樹の姿が消えた。
鈍い音が二つ、聞こえた。
その後に、芯の体が壁に飛んでいくのが解った。壁に背中からぶつかった芯。しかし、素早く立ち上がり、春樹に攻撃を仕掛けていく。
春樹は芯の攻撃を簡単に避け、芯に拳を連続で差し出した。
それらの拳を受け止めた芯。そして、春樹の腹部に一発の拳を差し出したが、軽く跳ね返された。それと同時に、春樹の拳が芯の体に勢い良く差し出された。それに気付いた芯も、跳ね返された腕とは反対の腕を差し出す。
拳同士がぶつかり合った。
二人は、動こうとしない。
お互いが睨み合っていた。

「……直前で停めることも覚えておけ」

春樹が静かに言った。
春樹が差し出した拳は、芯の拳と触れる直前に停められていた。しかし、芯の拳は勢いが付いていた為、春樹の拳を殴る結果になっていた。
春樹が言った意味が解らず、芯は、春樹の頬に向けて裏拳を差し出す。それは、頬すれすれで停められていた。

「体は覚えてますから、ご安心を」

芯が応える。

「………で、俺の体には、当たってないが…、諦めたのか?」
「諦めてはいませんよ。ただ、今日は引き上げます。時間が来ましたから」
「そうやな。真子お嬢様との手合わせの時間だよな…」

隆栄が言う。

「…まだ、教えるつもりか?」

春樹の声が低くなった。赤い光の事を気にしている様子。

「えぇ。お嬢様のご希望ですから」
「庭か?」
「そうなりますね」

そう言って、芯は隆栄と修司、そして組員達、道場に居るもの全員に一礼し、道場の入り口の所でも一礼した後、去っていった。
その場の空気が、重い……。

「それなら俺は、栄三ちゃんと行動かな。小島さん、よろしいですね」
「どうぞぉ〜。だけど、悪い遊びは覚えないように〜」

道場を出て行く春樹の後ろ姿に話しかける隆栄。
春樹は笑ったのか、肩が震えていた。

道場の空気が軽くなる。

「驚いたぁ〜」

組員の一人が口にした。

「しかし、山本さんも凄いけど、それを簡単に受け止める真北さんが
 怖かったぁ」
「そりゃぁ、一時、四代目とやり合った事もあるだろ。お互いが倒れるくらい
 相当な殴り合いだったらしいよ」
「四代目と互角なのかな…」
「そうなると、怒らせると…誰が停めるんだ?」
「八造くんだろ」
「そうなのか?」
「いや、でもさ…」

組員達が、口々に話し始めた。その話が聞こえている隆栄と修司は、こそっと話し始めた。

「なんか、すごい言われ方してるよな…八やん」
「……八造よりも、向井くんと思うんだが…」

修司は、春樹を停める人物を真剣に考え込んでいた様子。その言葉に、きょとんとした眼差しになる隆栄は、

「やはり、笹崎さんの気に入った人物は、相当な力量がある…ってか?」

静かに言った。

「まぁ、そうだろうな。飛鳥も大人しそうに見えるが、一度火が付くと
 自分自身で消火しない限り、停まらないだろ…。それに…」
「それに?」
「真北さんと山本先生も、笹崎さんに関わってるだろ?」

修司の言葉に、隆栄は納得する。

「そっか…」
「慶造も…だぞ」
「………ある意味…阿山組の要だな…」
「だから、慶造が足を洗わせたんだよ」
「なるほど……。……って、栄三の話が出ないが…
 あいつらの眼中には無いのかな…」
「栄三ちゃんは、特別だよ」

自分の息子である栄三の名前が、組員の口から出てこない事に気付いた隆栄は、ちょっぴり落ち込んでいた。そんな隆栄に優しく声を掛け、修司は組員達の稽古へと戻っていった。

「ふ〜ん〜」

修司の言葉が嬉しかったのか、隆栄は鼻歌交じりに、修司の隣に並び、そして、組員達の形を見つめていた。




阿山組本部の裏庭から、真子の気合いの声が聞こえてきた。真子に指導するのは、芯。芯の厳しい声まで聞こえてくる。春樹は、裏庭の様子が見える場所へと足を運び、二人の様子を眺めていた。
その目線に気付いているが、芯は、背を向けたまま、真子に指導している。
春樹は、そっと去っていった。そして、玄関先で組員と立ち話をしている栄三と健を呼び、三人で出掛けていった。



修司と隆栄は、シャワーをかかり、さっぱりした後、資料室へと足を運ぶ。テーブルの上に山積みになっている書類を素早く片づけていく。

「真北さんの行動は?」

修司が尋ねる。

「阿山の先回り」
「……慶造の機嫌が悪くなるだろが」
「そんなことは、真北さんに言ってくれよぉ」
「いつになっても、平行線だな…」
「お互いの思いが強いから、しゃぁないんちゃうかぁ」

いつものように、軽い口調で応える隆栄。その時の修司の態度は決まっている。
呆れてため息を付く……。

「それよりも、ええんか?」

隆栄が言った。

「何が? 栄三ちゃんの腕は、心配ないから…」
「そっちじゃなくて、八やん」
「ん?」
「お前の代わり…って張り切ってるんだろ? だから、阿山が
 勝司よりも八やんを連れ回ってる……それでいいのか…って」
「俺の代わりのボディーガードじゃないのか?」
「勝司の代わりもしてる」
「……っということは……慶造の仕事の補佐…じゃないかよ…」

修司の顔色が変わっていく。

「まぁ、今に始まったことじゃないやん。行く行くは五代目に
 仕えるんだろ?」
「……小島…それは、どういう意味だ?」
「真子お嬢様を五代目に…じゃなかったっけ?」
「それは、酔った勢いで言っただけだろ? それも向井と健の
 やり取りを観て、慶造の考える世界が見えた…と言うことで…」
「阿山は本気だろ?」
「いや、それは…」
「猪熊も…考えている事…じゃ?」

そっと尋ねる隆栄。修司は、即答しなかった。

「そういや、闘蛇組の動きは停まったけど、例の奴らが
 動き始めたんだけど、阿山…知ってるよな?」

隆栄が言った途端、修司の顔色が変わった。

「待て…その事に関しては、慶造は予測していたが、
 実際に動いている事は、知らないぞ!!」
「…………すまん……俺……」

修司の考えが解った隆栄は、慌てたように、言った。
もしかしたら、八造が……。

その考えは、的中した。
慶造が向かった先で、例の奴ら…龍光一門が待ち伏せていた。
慶造を守る為に、八造が動く。
それを慶造が停めに入り、怪我を負う。
自分の失態と思ってしまった八造は、たった一人で龍光一門に向かっていった。
相手は、巧みに銃を使う。しかし、八造は素手。
何発か銃弾を体に受けながらも、八造の攻撃に龍光一門は滅多打ちされた。そこへ駆けつけたのは、春樹達だった。健の情報網に、龍光一門の動き、慶造を狙っている事が書かれてあった。それを観て直ぐに行動に出たが、到着した時は、遅かった。
八造は、銃弾を受けているにも関わらず、痛がる素振りも見せない。それどころか、自分で手当てを始めていた。春樹が手を貸す。しかし、出血は止まる気配を見せない……。

「何発食らった?」
「合計二十七ですね」
「数える程、余裕があるとは…」

春樹が感心する。

「兎に角、お袋んとこに」
「あぁ。慶造」

八造に滅多打ちされ、地面に山積みにされている龍光一門の男達を見つめる慶造。春樹に呼ばれた事は判っていたが、体の何かが、その場を、そして、目線を動かそうとさせなかった。

「慶造!」

再び、春樹に呼ばれたと同時に、慶造は頬に軽い衝撃を受けた。

「ん…あ、あぁ…………なんだ?」
「戻れ。栄三ちゃん、頼むぞ」
「はい」
「俺は、真北さんと一緒に行く」

健が即答する。

「解った」

短く応えた栄三は、八造を支えながら車の助手席に乗せ、慶造を後部座席に迎え入れ、その場を素早く去っていった。
慶造が乗った車を見送る春樹。その眼差しは、刑事へと変化する。

「健」
「はいな」
「……俺と行動しても情報は入らないぞ」
「ボディーガードですよ」
「これからの俺には必要ない」

春樹が見つめる先に、赤色回転灯を付けた車が近づいてくる。

「それでも御一緒に」
「しつこいと、あいつらに…」
「真子お嬢様からの…」
「真子ちゃんから?」
「はい」

静かに応えた健を観て、健が、しつこい程、春樹と共に行動したがる訳が解った気がした春樹。軽くため息を付き、そして、車から降りてきた特殊任務の刑事達に事情を説明し始めた。そんな春樹を少し離れた場所で、健は見つめていた。

「俺、こっちの真北さんの方が、格好いいと思うけどなぁ」

フッと笑みを浮かべた健だった。




阿山組本部。
栄三運転の車が、勢い良く門をくぐっていく。門番は素早く門を閉めた。
玄関先に停まった車から、慶造が降りてくる。

「四代目!」
「四代目、御無事で!」

組員や若い衆がたくさん出迎え、慶造を守るかのように取り囲む。
大勢の組員を押しのけて、白衣を着た美穂が車に駆け寄った。助手席のドアを開けると、

「担架!」

美穂の声に反応した救護班が、担架を持って駆けつける。
助手席のドアを開けると、体中を真っ赤に染めた八造が、荒い息で蹲っていた。栄三の左手は、八造の首元を抑えている。その指の間からは、血が溢れていた。

「八造くん、動ける?」

軽く頷く八造。

「お袋、ここ抑えておけって」
「栄三の嘘つき。軽い怪我だと言ったでしょうが!」
「それは、四代目」
「って、慶造くんも怪我してるの?!?!!!」

美穂の声が辺りに響き、騒がしさを止めた…。

「お袋、声でかいっ。それより、早くしてくれ!
 これ以上は、八やんが狂暴化する!!!」

八造の荒い息は、怪我でのことではなく、自分の体の中から溢れそうな『本能』を必死で抑えていたからだった。意識を失った時、本能が目覚め、自分の身を守るために、辺り構わず暴れ出す。それは、猪熊家の血筋だった。それを知っているからこそ、八造は必死で意識を保っていたが、少しずつ、意識が薄れていくことに気付き始める。
その時、もしもの為にと、栄三の腰に隠しているドスで、自分の首筋を斬りつけたのだった。
栄三に説明を受けながら、担架の上で、八造の首元の応急処置をし、医務室へと運んでいく。

「慶造くんも来なさいっ」

美穂の言葉に逆らえず、慶造も医務室へと向かっていった。
玄関先には、八造の血だまりが出来ていた。
それらを見つめながら、玄関先に集まった組員は、八造の怖さを知った。



医務室の奥にあるベッドに、八造は眠っていた。
点滴の管が何本も体に突き刺さっている。
首筋の傷は、綺麗に縫合されている。
体のあちこちに包帯が巻かれていた。
治療の後片づけをしている美穂の側では栄三が手伝っていた。
八造の体内から取り除かれた弾丸の数は、二十七。
すべてを体で受け止め、慶造を守っていたらしい。

「…………恐ろしいな…」

栄三が呟いた。

「そうね。これだけの数を体内で受け止めてる割には、
 内臓の損傷もなくて…。自分で自分を傷つけた以外は
 本当に大丈夫なのに。…無茶をして…。………栄三」
「知らん」
「知らんじゃないでしょ!!! あんたねぇ、八造くんの動き
 見えなかったの?」
「意識を保つ方に気を張っていたから、無理だったって」
「それでも、守りなさい!」
「……お袋……」
「本当に、あんたって子は……」

美穂は、そう言いかけて言葉を噤んだ。

「俺に……死ねとでも?」
「あんた、誓ったんでしょう? …ちさとちゃんの墓前で…。
 何が遭っても、誰も哀しませないって」
「……誓った」
「八造くんの怪我を、一番、誰が…心配すると思うの?」
「解ってる…解ってるって。…でも、狂暴化した八やんに
 俺がやられたら…。判別出来ない状態で、四代目を
 狙ったら……。それを考えたら、…最善の方法だと
 思っただけだよ…」

沈黙が続く中、微かな声が聞こえてきた。
美穂と栄三は、耳を凝らす。

「美穂…さ……ん…」

八造だった。

「八造くん!! 意識……」

美穂の言葉に、八造は、そっと頷いた。

「えいぞう……の…言う…と……お……り…。…こ…れ…は……、
 俺が…えい…ぞ……にぃ……。え…い……ぞぉ…の動き……
 と……め……」
「もういい、八造くん。解ったから。もう栄三を責めないから」
「お…じょ……さ……ま…」
「山本くんが、真子ちゃんを興奮させない程度に事態を
 説明してるから。八造君は、安心して眠りなさい」
「…あ………りが………ござい……ま……」

八造は、スゥッと眠りに就いた。
そんな八造をいつまでも見つめる美穂と栄三。

「……お袋……」
「ん?」
「昏睡…って言ってなかったっけ?」
「……言った」
「無意識…か?」
「責任…感じてるのかもね。…本当に、親子して恐ろしいわぁ」

ちょっぴり恐怖に包まれた表情で、美穂が言った。
その親は……。

「って、慶造くんは?」
「治療は俺がしましたよ。恐らく、いつもの場所かと」
「こりゃぁ、一波乱あるかも…」
「えっ?」

美穂の言葉に、嫌な予感がする栄三。
背中をすぅぅっと冷たい汗が伝っていくのが解った。



「だぁから、やめとけって、猪熊っ!」
「じゃかましぃっ! いつもいつも言ってる事を、守らずにいるから
 何度も何度も同じ目に遭って、同じ思いを抱かなきゃならんのじゃ!
 本当に……お前はぁ」

隆栄に羽交い締めに遭っているの修司。怒りの形相で睨み付ける先には、慶造が尻餅付いて床に座っている姿が!
慶造を襲った龍光一門の事を耳にし、八造の行動を遅れて戻ってきた組員に聞いた途端、修司の怒りが頂点に!
縁側に腰を掛け、煙草を吹かしていた慶造の姿を観た途端、胸ぐらを掴み上げ、強烈な拳を一発プレゼント。
突然の行動に驚き、床に座り込んでしまった慶造。
修司と行動を共にしていた隆栄は、修司の素早さに追いつけず…。床に座り込んだ慶造に蹴りを見舞おうとしていた修司を止めるのが精一杯だった。

「…すまん……だけど……」
「すまん? だけど?…その言葉、聞き飽きてる。解ってるなら、
 何度も何度も同じ事を繰り返すなっ!」
「それなら、お前にも同じ事を言ってるが…どうして、そういう
 行動に出るんだよ!」
「お前と俺の立場の違いだろが! 俺は…」
「阿山家を守る家系……何度も何度も聞いて、聞き飽きてるっ!」
「こっちも言い飽きてるわい!」
「それなら、立場…」
「立場を理解してないのは、お前の方だろがっ!!」

そう言って、修司は、隆栄の腕を振り解き、座り込んだままの慶造を跨ぐ感じで、慶造の胸ぐらを掴み上げた。隆栄は、壁にぶつかり、床にずり落ちた。

「いってぇ……、猪熊ぁお前なぁ」
「俺と慶造の間に割り込むな。怪我が酷くなるぞ」
「それ以上、阿山の怪我を酷くするなよ」
「いっぺん……倒れないと、こいつは解らんっ!」

鈍くて大きな音が、響き渡った。

修司の拳が、慶造の頬に飛んでいた。
慶造は殴られた勢いで横を向いたまま。その口元から、血が滴り、床に落ちた。

「猪熊ぁ……」

その行動を止められなかった隆栄が、嘆くように言った。
修司の拳が降り注ぐかに思えた瞬間、修司の体が、宙を舞って、隆栄の目の前を通り過ぎ、床を滑っていった。隆栄は、目をパチクリさせて、慶造と修司を何度も何度も交互に観ていた。
修司が、ゆっくりと立ち上がる。
慶造も、ゆっくりと立ち上がった。
お互いが睨み合っている。

やっばぁ……。

二人から醸し出されるオーラに、隆栄は嫌な予感が過ぎった。
その瞬間、目の前で何かがぶつかり合い、鈍い音が響き始めた。

「って、お前ら、やめろって!! おい、修司、慶造っ!!」

隆栄の目の前で繰り広げられる光景に、隆栄は本来の自分が現れ始めた。
慶造と修司は、殴り合い、蹴り合いを始めていた。
素早くは無い。しかし、相手に繰り出されるものは、とても重みを感じるものだった。

「だから、やめろっ!」

隆栄は、動かすのがつらい腕を動かし、二人の腕を掴んだ。しかし、二人は隆栄の事が見えていないのか、掴んできた手をはね除けた。
その勢いは、隆栄の想像を遙かに超えるものだった。
隆栄は、壁に飛ばされ、背中を強打した。

「…っつー!……栄三ぉっ〜〜っ!!!」

隆栄の叫び声は、医務室で八造の側に居る栄三の耳に届く。
美穂にも隆栄の声が聞こえた。

「え…」

栄三に声を掛けようとしたが、栄三は、すぅっと立ち上がった途端、医務室を出て行った為、それ以上、何も言えなかった。


栄三は、声が聞こえた方へと駆け寄った。
そこには、床に蹲る隆栄の姿があるだけだった。

「親父っ! 無茶したんですか!!」

隆栄の体のことは知っている。
原田との勝負で、体の一部は動かしづらい。そして、時々現れる後遺症にも悩まされていた。
突然動かなくなる体。
しかし、その事は、栄三と美穂、そして、桂守たち地下の男しか知らないこと。慶造や修司には、知らせるなと、本来のオーラを醸し出して、命令している。

「親父…」

動けずに居る隆栄に手を差し伸べる栄三。

「大丈夫だ……くそっ……。やっぱり、俺には止められない…か…」
「えっ?」
「……二人…止められるか?」

そう言って、隆栄が目をやった所では、何やら人だかりが出来ている…。

「親父…まさか…」
「慶造と修司の喧嘩。二人の動きに気付いた連中が
 止めに入ってるけど…これ以上、怪我人増やしたくない」
「お袋が怒るよな…」
「それもある…早くしろっ!」
「って、俺には止められませんって! 八やん……あがぁ、無理か…」
「悩んでないで、早くっ」

そう言う隆栄の表情は、痛さで歪んでいる。

「親父…」
「俺は大丈夫だ。二人の方が………あっ」
「えっ? …あっ……」

慶造と修司を止めようとしている組員達が、一斉に飛ばされた。
その中央にいる二人は、拳を握りしめ、お互い睨み合っていた。
そして、再び……という瞬間だった。

「駄目ぇぇっ!!!!」

小さな女の子の声が響き渡った。
その声に、ハッとした二人は、拳を弛め、ゆっくりと振り返る。
そこには、真子と芯、そして、向井が立っていた。
真子が激しく泣いている。そして、睨んでいる。
真子の後ろに立つ芯は、真子の両肩を押さえて、真子がそれ以上、前に出ないように引き留めている。その力は強いことが、芯の指が震えている状態で解る。

「どうして…どうして、喧嘩してるの? 二人…親友なんでしょう?
 今は、立場が違っていても、…親友なんでしょう? なのに、
 親友の小島のおじさんを押し倒して、みんなを押し倒して…。
 そこまで、しなければならないのは、どうしてなの?
 そこまで殴り合わなくても……話し合うことで…」
「真子には関係ない。これは、俺と修司の…」
「お互いの事を大切に想ってるのに、傷つけ合うことないじゃないっ!!!」

真子の声が響き渡った。

お嬢様……。

「何度も同じ事言ってるのに、どうして守らないとか、どうして
 俺のことを解ってくれないとか………それは、お互いのことを
 大切に思ってるから……だから、おじさんは、お父様を、お父様は
 おじさんを守るんでしょう? 八造さんがお父様を守ったのは、
 私が……頼んだことなの…」
「真子…。八造は、お前の…」
「そんなこと解らない。家系の事なんか、私には理解できない。
 だけど、大切に思う何かを守ることに、躊躇うことなんか…。
 八造さんはね、お父様が傷ついたら、私が哀しむから…そう言って
 お父様を守ってるの。傷つくのは、自分だけで…そう言って……。
 私、……私…なんども、それは駄目と言ってるけど、……私の…
 哀しむ姿は観たくないって…。失った時の哀しさ、残された者の寂しさ…。
 それが一番解るから…だから…」

真子は、一気に話した。そして、息を大きく吸い、

「だから、守ってくれるの!!!」

その場に居る誰もが、真子の言葉に衝撃を受けていた。
何も言えず、ただ、真子を見つめるだけだった。
真子が激しく泣き始めた。そして、後ろに立つ芯に振り返り、芯に抱きついた。
芯は、真子をそっと抱きかかえ、慶造と修司を見つめていた。

「お二人の声……お嬢様には聞こえているんですよ」

芯が静かに言うと、慶造と修司は、真子の特殊能力を思い出し、気まずそうに目を反らした。

「お互いの思いを拳に込めて、相手にぶつけることで
 相手を屈服させるおつもりでしょうが、それは…慶造さん。
 あなたの目指す世界に反してませんか? 猪熊さんの
 立場を解っていながら、そして、八造くんの行動や思いを
 解っていながら、どうして、そのような行動に?」
「…息子が傷ついて、哀しむ…顔を見たくないからだ。
 誰だって、そうだろっ。…山本も、そうじゃないのか?」
「…えぇ、そうです。しかし、今は、お二人の事で、お嬢様が
 哀しむ顔を…一番観たくありませんよ」

真子は、芯の肩に顔を埋めて、泣きじゃくっていた。
芯と向井の手が、真子の頭をそっと撫でている。

大丈夫。落ち着いて下さい。

向井は、真子に心で語りかけていた。
向井の声が聞こえているのか、真子は、そっと頷いた。

ぺんこう……。

真子の呟きは、芯にしか聞こえていない。

解ってます。

力強く心で応える芯は、慶造と修司を睨み上げた。
その眼差しは、獣を射るように鋭く、睨まれた者は、動くことができない。
いつもなら、血に飢えた豹のような眼差しを向ける芯。しかし、この時は、真子が側に居る為、そのようなオーラではなく、ただ、真子を守りたいという気持ちが勝っているオーラを醸し出すだけだった。
いつにない、芯のオーラに、誰もが一歩退いていく。

「………これ以上、傷つけ合うのなら、誰も居ないところで
 誰にも迷惑が掛からない場所で行って下さい。…それとも、
 私が相手になりましょうか?」

そう言った時のオーラこそ、誰かそっくりだった。

「お父様……おじさん……。もう……喧嘩しないで……」

真子が振り返る。

真子…。

「お嬢様……すみませんでした。…しかし……私の思いは
 これからも変わりません。…八造も同じです。…それだけは…」

それだけは、譲れません。
許して下さい。

心で語りかける修司に、

「……いつか……止めるから……」

静かに応えた真子。
その言葉は、修司の心に重くのしかかった。
そこへ帰ってきたのは、春樹だった。

「わちゃぁ〜、思った通りの行動だな、慶造」

その場の雰囲気を変えるかのように、春樹が言った。

「栄三ちゃん、小島さんを」
「はい」

栄三は、隆栄の体を支えて医務室へと向かっていった。

「怪我してるなら、医務室に迎え。今は手が余ってるはずだ」

口元から血を流している組員に声を掛ける春樹。怪我を負った組員は、自らの脚で医務室へと向かっていく。
迅速に指示を出す春樹は、未だに刑事のオーラが抜けていなかった。
そんな春樹の目線は、慶造と修司に向けられていた。

「娘に止められるとは……恥ずかしいな」

そう言って、春樹は芯の所へと歩み寄る。真子は春樹の姿を観た途端、更に激しく泣き始めた。芯の腕から春樹の腕へと、真子は託された。

「大丈夫だから。真子ちゃん、泣かないの。それと、大人の事情に
 口を挟まないようにと…言ってたよね」
「だって……これ以上……聞いてられない…もん…。みんなが
 傷ついていくから……」
「一番傷ついたのは、真子ちゃんだよ…」

真子をあやしながら、心では、

後は、私に任せて下さいね。

そう語りかけていた。

「ったく、真子ちゃんをこんな危険な場所に連れてくるな」

春樹の言葉は芯に投げかけられた。

「部屋で引き留めていたんですが、お嬢様の力に負けてしまって…」

そう言ったのは、向井の方だった。

「えっ?」
「ぺんこうは、自分が止めてくるからと言って、お嬢様を部屋に
 閉じこめていたんです。私が見張りをしていたんですが、
 その……お嬢様に倒されてしまい、ぺんこうの脇をすり抜けて…」
「慌てて追いかけたんですが、お嬢様の脚が早くて…」
「ったく、お前らもなぁ〜」
「……まきたん…」
「はい」
「喧嘩……駄目……」

真子が、春樹の腕の中から、春樹を睨み上げた。
その眼差しに、恐れた春樹は、

「すみません…」

素直に謝ってしまった。
慶造と修司は、その場に立ちつくしていたが、お互い目を合わそうとはしない。



そして、その夜、いつものように男達は、夜空を見上げていた。





(2005.10.29 第七部 第七話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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