任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第十三話 奴には内緒

真子は、うるうるとした眼差しで、春樹を見上げていた。

いや、その…真子ちゃん…そのような目で
観ないで欲しいな……言いづらい……。

「お仕事…頑張ってね!」

真子が笑顔で春樹に言うと、春樹は思わず笑顔をこぼす。

「ありがとぉ、真子ちゃん! 三日間と長いけど、
 その間は、ぺんこうに気をつけて、くまはちやむかいんと
 仲良く過ごしててくれよぉ〜。宿題もちゃんとすること〜」

そう言いながら春樹は、真子の額に自分の額をぴったりとくっつけ、すりすりしていた。

「大丈夫だよ。寂しくないもん。今までで長かったのは
 二週間だもん。それに、今は、くまはちだけでなく
 ぺんこうとむかいんも居るから、寂しくないもん!」

私が寂しいんですけど〜。

と言いたい言葉をグッと堪え、春樹は立ち上がる。

「では、行ってきます!」
「……真北さん」
「はい?」

真子は寂しげに呼び止めた。

「あのね……」
「ん?」

真子は、春樹の袖をギュッと掴んで俯いた。

「どうした?」
「真北さん………」

真子ちゃん??

真子は急に顔を上げ、笑顔を見せた。

「気をつけてね! 無理したら、駄目だよ!」
「はぁい。気をつけます」

春樹は、真子の頬に軽く口づけをして、そして、出掛けていった。
春樹を見送る真子は、姿が見えなくなるまで、笑顔を見せていた。しかし、姿が見えなくなると突然寂しげな表情になる。ゆっくりとくつろぎの庭に降りた真子は、桜の木を見上げた。

真北さんを…守って……。

真子は祈るように指を絡ませていた。



阿山組本部にある会議室には、慶造を始め、幹部達が集まっていた。この日、珍しく、隆栄と修司も会議に顔を出していた。
隆栄の報告を一通り聞き終えた幹部達。
慶造は、ため息混じりに、

「関西か…」

と呟いた。

「あぁ。黒崎んとこが、大人しいもんだから、いい気になって、
 仕掛けて来てるんだよ」
「青虎組、水木組、須藤組、川原組、藤組、谷川組…か。
 どれも厄介なとこばかりやな」
「だから、話し合いでケリつけようとしたんだがな、反古された」

寂しげに言う慶造。
どうやら、関西にある松本組と共に行動しているときに、ここ数ヶ月の関西の動きに対して、話し合いをしようとした様子。

「…真北の助言も無駄だったということか」

時々関西に訪れている春樹も、関西の連中に話を持ちかけたらしい。争いを避けたい。そう伝えても、関西の連中が聞く耳を持たないのには、訳があった。

「あぁ。でもな、なるべく、血を流したくは、ないんだよ。これ以上、
 あんな思いをする奴を増やしたくないからな…」

慶造の思いは、この場にいる誰もが解っている。
慶造以上に心に刻みつけていた。組員達も同様の想いを持っている。

銃弾で倒れたちさとの事、そして、ちさとの想い。

「兎に角、暫くは、手を出すなよ。真北からもきつく言われたからな」
「はっ」

相手が仕掛けてくるのは、挑発してるだけ。もし、その挑発に乗って、相手を刺激すれば、それこそ、相手の思うつぼ。
それを狙っての関西の動きだった。

「解散」

修司の言葉と同時に、幹部達は、会議室を出て行く。全員が出て行くのを見届けた慶造は、

「だけど……無理だろうな…」

お前ら、血の気が多いからなぁ…。

ため息を付いて、俯いていた。



「お嬢様、こちらでしたか」

そう言って、真子のくつろぎの庭へ降りてきたのは、芯だった。

「ぺんこう!」
「…真北さん、出掛けられたんですね」
「うん……」

いつも以上に寂しげな表情をする真子が気になったのか、芯はしゃがみ込み、真子を見上げた。

「何か心配ごとでも?」

真子は、そっと頷いた。

「胸騒ぎがするの……何か大変な事が起きるような…」
「大丈夫ですよ、お嬢様。いつものことですから!」

真北さんは、確か、いつものあれだよなぁ。

と思いながらも、芯は、素敵な笑顔で、真子に応えた。
その清々しさに真子の不安は、少しずつ解放されていった。

「だから、お嬢様。きちんと宿題を終わらせて、
 残り少ない夏休みを思いっきり楽しみましょう!」
「ドライブ…」
「宿題を終えたら、毎日行きましょう!」
「うん! また、素敵な所に連れて行ってね、ぺんこう!」
「任せて下さい! …っと、その前に、そろそろお昼ご飯ですね」
「そうだね! むかいん、張り切ってるみたい!」

庭にまで、素敵な香りが漂っていた。

「そろそろ声が聞こえてきますよ」
「うん!」

二人が、そう言った時だった。

『お嬢様ぁ、お食事の用意が出来ましたよぉ』

そう言いながら、姿を現した向井。そこに芯の姿があった事に驚いた様子。

「………ぺんこう、来てたんかい。夕方って聞いたのになぁ」
「すまん〜」

解ってるだろがっ。

と言いたげな表情で、芯が応える。

「すぐ作るから、食堂!」
「はい!」

向井の言葉に、真子と芯は、同じように元気よく返事をした。




商店街を練り歩く向井は、食料品売り場で話し込む。
芯と手を繋いで歩いていた真子は、向井を見つめていた。
八造が、真子を見守るように、辺りを警戒していた。

今、外出するのは危険だ。

そう耳にしていた。
阿山組本部の近くに、関西勢が潜んでいる可能性がある。人混みの多い場所は、狙われやすい。真子の側に近寄りそうな人を見つけては、威嚇する。

「むかいん、長いね」
「話し込んでいるというんですよ、あれは」

芯は少し呆れたように応える。ふと振り返ると、八造は…。

「だから、くまはちぃ、俺が居るから、安心しろって言っただろ」
「しかしな、今は…」
「あぁ。やばいんだろ?でも、お嬢様に勘付かれるぞ!」
「解ったよ」

八造は、警戒を解く。
芯は向井に目をやり、

「だから、むかいん!!時間ないぞぉ」
「おぅ、では、おやっさん、また、よろしく!」
「涼ちゃんの頼みは断れないもんなぁ。阿山の組長さんが後ろに…」
「組長は、関係ありませんよ」
「そうだけどなぁ、涼ちゃんも暴れん坊やろぉ」

噂を耳にしているのか、店主が言うと、向井は、

「まぁ、ははっは。では、失礼します!」

笑って誤魔化した。

商店街には、芯と向井は時々一緒に買い物に来ていた。商店街や帰り道で、色々と厄介毎に巻き込まれている事は、商店街の人々に知られていた。
阿山組に来る前、芯がとことんまで暴れた『ツケ』が、今になって回ってきていた。
芯の行く先々に、現れる元阿山組系のチンピラたち。芯を見つけては、仕掛けてくる。…しかし、相手は芯。そう簡単に倒すことはできず、反対に倒れるチンピラ。
その光景は、決まって、向井と一緒に居るときに、起こるもの。
もちろん、暴れ好きの向井も、同じように……。
その噂は(本当なのだが)、いつの間にか商店街の人々に広がっていた為、知っていた当たり前。
なので、向井は、笑って誤魔化すしか無かったのだ。

「また来てな」

店主に言われ、笑顔を見せる向井。そして、真子達の所へと駆けていく。

「悪い悪い」
「ったくぅ…って、今度は、お嬢様だよぉ」

側に居ると思った真子の姿が無かった。芯は、手を繋ごうとしたが、空振り。少し離れた所に居る前髪の立った男の姿に気付き、目線を移すと、そこに真子の姿もあった。
真子は、とある店に目が留まっていた。そこは、アニマルグッズの店だった。
真子は、猫の置物を手にとって、嬉しそうに眺めている。

「お嬢様」

芯が、声を掛ける。

「ぺんこう、これ、かわいいね」

真子の笑顔に応えるかのように、芯は優しく微笑み、真子の手から、その商品を受け取り、レジへと向かう。その行動の速さに驚く向井と八造だった。

「はやい…」

八造が呟く。

「…ぺんこうの奴、女性に対しては、常に、あぁなのかな…」
「むかいん…」
「ん?」
「ぺんこうが、お嬢様に特別な感情を持っているとでも?」
「観ていて解らんか?」
「危険人物の類になるのは、解るが、特別な感情を持っているというのは、  解らん…」
「……それなら、何も言わない」

冷たく応える向井に、八造は眉間にしわを寄せる。

「向井……お前なぁ」
「あっ、お嬢様!」

上手い具合に話をそらす向井に、肩すかしを食らった八造は、思わず商店街の壁を裏拳で殴っていた。



真子は、嬉しそうに微笑みながら、猫を見ていた。

「かわいい」
「お嬢様、猫が好きだったんですね?」
「うん」

だから、真北さんの買う物には、猫模様か…。

この時初めて、真子の好みを知った芯。
真子が、大切そうに猫グッズをポケットに入れる仕草を見て、心を和ませていた。

「むかいん」
「はい」
「今日も料亭の方、忙しいの?」

真子が首を傾げて尋ねてくる。

「明け方までは忙しかったんですが、夕方からは大丈夫ですよ」
「今夜は、むかいんの料理?」
「そうですよ。ぺんこうに任せてたら、厨房は汚れっぱなしですからね」

向井が忙しいときは、芯が真子の食事を作っている様子。しかし、後片づけに関しては、向井は、少し怒りを覚えていた。

「うるさいなぁ」

芯が、ふてくされる。

「ちゃぁんと綺麗に拭き上げろよなぁ」
「悪かったよ」
「くまはちは、料理しないの?」
「むかいんに習ったんですが、私には、向いてませんね」
「一度作ってね」
「機会がありましたら……!!!!」

突然、八造のオーラが変わる。
それにつられるかのように、向井と芯のオーラも一変した。

「くまはち?」

真子が呼ぶが、八造は何も応えない。
芯が真子を守るように抱きかかえ、八造は二人の姿を隠すように立ちはだかる。向井は辺りを警戒し、八造に目で合図した。

その途端、銃声が響き渡る。銃弾が真子達を容赦なく襲ってきた。
真子の目が見開かれる。
あの日を思い出したのか、真子が突然震え始めた。

「お嬢様、大丈夫ですよ」

芯が真子に声を掛けるが、真子の体の震えは更に激しくなる。眼差しも何かに恐れるものへと変わっていった。

「…いや…嫌…いやぁ〜!!!!!」

真子が錯乱状態になる。

お嬢様……。

真子のことを考えた芯は、真子の首筋を軽く叩き、気絶させた。

「むかいん…お嬢様を…頼んだよ」

向井に真子を託した途端、芯の眼差しが変わっていく。恐ろしいまでの雰囲気を醸しだし、立ち上がり、そして、銃弾が飛んでくる方へゆっくりと歩き出した。

「ぺんこう!」

八造と向井が同時に叫ぶ!
芯は気合いを入れた途端、目にも留まらぬ早さで、銃口を向ける男達を捕らえていった。

「…格闘技…マスター…って、格闘の方かよ…」

八造が呟いた。

「…何だよ。お前ら…」

芯が一人の男の髪を掴み上げて尋ねる。

「決まっとるやろ。阿山慶造の娘を狙っただけやないか」
「…関西か…」

男の口調に、いち早く反応する。

「青虎、水木、須藤、川原、藤、谷川…どこの組のものや?」

静かに尋ねた芯。

「…言えんな…」

と男が応えた途端、八造の蹴りが男の腹部に突き刺さる。

「どこの…ものかと訊いている…」

男は何も応えない。
八造は、更に頭突きを食らわせる。
男は気を失った。
八造は、辺りを見渡し、ため息を吐く。

「…はふぅ〜。ぺんこう、お前なぁ、やりすぎ」
「すまん…。昔の癖が…」

辺りには、銃を向けていた男達がグロッキー。それらは全て、芯が気絶させていた。最後の一人に鉄拳を向けた所を、八造に停められ、そして、今に至る。
芯は困ったように頭を掻いていた。

「お嬢様?」

向井が呟くように真子を呼ぶ。
その時だった。

誰もが恐れていた物が、真子の体から発せられる。それと同時に聞こえた銃声。向井は軽い衝撃を受けた。
向井には見えていた。
自分の腕の中に居る真子が、赤く光る手で、銃弾を受け止めた所が!
真子の手から銃弾が落ちた。その時初めて、銃口が真子に向けられた事に気付く八造と芯。

「…なんだよ、これ…」

向井が呟くと同時に、真子がその場に倒れてしまう。

「うわっ、お嬢様!!!」

八造は、銃声が聞こえた方に振り返り、そこに見つけた人影を睨み付け、そして駆け出した。

鈍い音が、連続で聞こえる。その後、八造が男の襟首を掴んで塀の影から出てきた。
遠くでサイレンの音が鳴っていた。

「サツだ…。逃げるぞ」
「あ、あぁ」

銃声を聞きつけた住民が通報したのか、サイレンの音は更に響き始めた。
気を失った真子を芯が抱きかかえ、その場を素早く去っていく。
その場に、警察が到着したが、その場には気を失い、銃を頭に乗せられ地面に横たわっている男達が残っているだけだった。



慶造の部屋に、八造が居た。
一部始終を静かに伝えた八造。慶造は何も言わずに一点を見つめるだけ。

「ありがとな。…八造君は真子に付いていてくれ」
「はっ」

八造は一礼して、部屋を出て行った。
慶造は湯飲みに手を伸ばし、何かを飲み込むかのようにお茶を飲む。
その手が震えだした。

「関西…か…。真子を狙うなんて…許さねぇ…」

湯飲みを握りしめる慶造。
湯飲みが、割れた。




真子は、静かに眠っていた。

芯は、自分の部屋のベッドの下に隠している細長い物を手に取った。
それは日本刀。
鞘から抜き取り、刃こぼれが無いか確認した後、再び、鞘に納める。そして、意を決して立ち上がる。

向井は、タンスの引き出しから、箱を取りだした。数年前、おやっさんと呼んでいる笹崎から頂いた物。
その時の言葉を思い出しながら、向井は箱のフタを開けた。
そこに納められている物を指にはめる。動き具合を確認した後、意を決して立ち上がった。

八造は、真子の部屋に入っていく。そして、眠る真子の頭を優しく撫で、何かを祈るかのように目を瞑る。そして、静かに部屋を出て行った。


その日の夜。

「……真北には…内緒だ」

そう言った慶造は、二人の男に目をやった。

「いいのか?」

そう尋ねる慶造に、二人の男はニヤリと口元をつり上げた。

「当たり前ですよ」

同時に応える二人の男。
一人は日本刀を片手に持ち、恐ろしいまでの雰囲気を醸し出している。更に、もう一人の男は、指の先に鋭利な刃物を付けていた。
芯と向井。この二人が、何故か、幹部や組員達が集まる部屋に居た。
慶造は、ゆっくりと目を瞑り、気を集中する。
ガッと見開いた時、その場に居る者達に緊張が走った。

「…行くぞ!」
「はっ!」

慶造の言葉と同時に、それぞれが動き出す。
車に乗り込む男達。
本部の門が開いた。それと同時に、たくさんの車が本部を出て行った。


車を見送る八造と栄三は、真子の部屋に向かって歩き出す。

「本当に、俺達が行かなくて良かったのかな…」

栄三が呟く。

「…行きたかったのか?」

八造が尋ねた。

「いいや。……俺が行くと、歯止めが利かんだろうからな」
「言えてる」
「でも、あの二人も……だよな」
「……あぁ」
「それ以上に、四代目……」
「………そうだな。…真北さんに見つからなければ良いけどな…」
「あぁ」

二人は、真子の部屋に入っていった。
真子は静かに眠っていた。八造と栄三はドアの所に立ったまま、真子を見つめていた。

「…実はな、えいぞう」
「ん?」
「お嬢様に異変が…」
「お嬢様に異変?」
「あぁ。赤く光った手で、銃弾を受け止めていた」
「赤い光…??」
「あぁ」
「…今年も出たんだな…」
「無いと思っていたのにな…」

寂しく語り合う二人は、何もなかったように眠る真子を愛しむように見つめていた。






関西。
ミナミを拠点とする水木組組事務所が騒がしくなった。

「兄貴!! 阿山組が、こっちに向かっとるらしいですよ」

組長室で女性と戯れていた水木組組長・水木龍成は、駆け込んできた組員・西田を睨み上げる。

「入るな、言うたろがっ!」
「緊急の場合は除くって、兄貴がぁ…って、だから、阿山組がぁ」

別世界に訪れていた水木は、急に現実へと引き戻され、そして、把握する。

「…阿山組? なんでや? 話し合いでケリつけるんちゃうんか?
 そう言われて、俺ら、どれだけ話し合ったと思ってんねん!
 あの須藤と顔を合わせる時間…どれだけ嫌だったか……。
 ……で、何が遭ったんや?」

素っ裸の女性を放ったらかしたまま、服を着始める水木は、落ち着いた口調で尋ねる。

「それが、どうやら、娘が襲われたらしいんですよ」
「…どこのもんが娘を襲ったんや?」
「それが、解らんのですわ」

と応えた西田に、水木のこめかみがピクピクとなる。

「調べんかい!! 阿山組が到着するまでにな」
「はっ」

素早く組長室を出て行く西田。
水木は大きなため息を吐き、一点を見つめ考え込む。

ったく、阿山と真北の意見が戦いを望まないっつーのに、
向こうから出向いてくるとは…余程の事なんやろなぁ。
それにしても、何度仕掛けても乗ってこなかったくせに、
娘狙われただけで、ここまで……。

「兄貴ぃ!!!!!」

再び西田が叫んで組長室のドアを開けた。
考え事をしていた水木の怒りが頂点に……。

「だから、なんやねん!!」
「須藤親分です」
「須藤?!」

西田の後ろから、大阪を拠点とする須藤組組長・須藤康平が、組員のよしの、みなみ、虎石、竜見と共にやって来た。

「なんや、須藤。今はそれどころとちゃうで。阿山組が来るらしいぞ」
「…もう、到着しとる。そして、これを送りつけてきた」

須藤が、一つの封書を水木に向けて放り投げた。水木は、封書の中から、一通の手紙を手にして、読み始める。


『関西・青虎組、須藤組、水木組、川原組、藤組、谷川組様
 娘を狙ったお礼を致します。それぞれの事務所に
 お礼参りを致しますので、お覚悟の程を…。

                 阿山組より』


「なんじゃいこれ。で、誰が狙ったんや?」
「知らんわい。阿山組の勘違いにも程があるで」

須藤は、ふてくされたような感じで水木を睨む。

「俺んとこちゃうって」

慌てたように水木が応えた。

「解っとるわい。お前も俺と同じ考えやったやろがっ」
「まぁなぁ。…で、それぞれに…って、まさか…」
「川原と藤、谷川には、連絡入れといたけどな、阿山組の事や、
 どんな手つこてくるかわからんぞ。銃器類の用意は怠るなよ」
「いっつもありがとな、須藤」
「お前に先逝かれたら、俺、生きる張り合いないやないけ」
「…それは、俺にも言えることや」
「兎に角、用意するで」

須藤はそう告げて、水木組組事務所を出ていった。




芯は、関西の街を歩いていた。そして、とある場所で立ち止まる。
道路をはさんだ向こうに、警察署の建物があった。芯は、その建物を見つめていた。
裏口から、男達が出てくる。その中に、昔から感じている気配の持ち主も居た。


春樹は、男達と一緒に、警察署の裏口から出てきた。

「今夜こそ、私がお薦めするお店に連れて行きますよ!
 時間、作ってくださいよぉ真北先輩」

一人の男が言うが、春樹は苦笑いをするだけだった。

「そうやって、笑って誤魔化さないで下さい!」
「いつも言ってるように、無理だから」
「またぁ〜愛娘の顔を見たいだけでしょぉ!」
「うるさい」

春樹は照れたように応えた。何かを言おうとした時、何かを感じ、気を集中させる。

「真北先輩??」

春樹のオーラが変わったのが解る。思わず声を掛けた男だが、春樹は、何も応えない。

このオーラ……。…芯? ……慶造?!

辺りを見渡すが、感じたオーラの持ち主の姿は見当たらない。

気のせい…か。…ここで感じるわけ…ないか。

「さぁてと、息抜きをした後は、更に厳しく致しますよ」

気を取り直した春樹が、男達に言った。

「えぇ〜っ!!」

嘆く声がハモる男達。そんな男達を見つめる春樹の笑顔は輝いていた。




芯は、春樹を見つめていた。

「こぉんなとこに居たのか」

と声を掛けてきたのは…、

「!!! って、慶造さん!! 何を?!」
「…驚くことないだろが。俺だって気に…」
「敵地をうろつくのは……」

慶造の言葉を遮るように、芯は小声で言う。

「大丈夫だって。街をうろついても気付かれてない。それに、ここは
 あれがあるから、あまりうろつかないからさ」
「それでも、やはり…」
「…観てみたいと思ったのか? 今のあいつの姿を」

慶造は、男達と笑顔で話し込む春樹に目をやった。

「…本音はそうですね。あの姿を観るのは初めてですから」
「そうか…」
「それより、相手の目星は?」
「まだ、猪熊が調べてる」
「そうですか」
「直ぐに決行だ」
「解りました」

静かに言った芯は、建物の中へ入っていく春樹を見つめていた。
春樹の新たな一面を垣間見た芯。
その心には、ある想いが芽生えていた……。




高級ホテルのワンフロアーを貸し切っている阿山組。
このホテルは、関西で建設業を主に活動している松本が懇意にしている所だった。関東を主に牛耳る阿山組が、難なく関西に入り込めたのも、こうして、ホテルを貸し切る事が出来たのも、松本の力が働いているのだった。


ある一室に、組員達が集結していた。そこへ、修司が駆け込んできた。

「遅くなりました」
「…どうや?」

慶造が静かに尋ねる。

「未だにわかりません。恐らく、水木、須藤、青虎の辺りかと思います」
「三つにしぼれたか。しかし、須藤は外れるだろう。
 話し合いに応じる姿勢が強いからな」
「では、水木と青虎にしぼりますか?」
「あぁ。やつらも仲間は売らないだろうしな」
「そうですね」

沈黙が続く。
慶造の拳が握りしめられた。それに反応するかのように、組員達のオーラが変わる。

「まずは、青虎からだ」
「夕方に、ミナミへ出掛ける様子です」

修司が応える。

「ミナミ…か。…あわよくば水木組もいけるかもな…。…いくぞ。
 作戦通りに、準備だ」
「はっ」

慶造の合図と共に組員達は、一礼し、部屋を出て行く。そして、それぞれ、銃器類を手にして、少数に分かれてホテルを出ていった。
慶造は、ちらりと目線を移した。そこには、芯が、日本刀を肩に担いで、窓から街を見下ろしている姿があった。どことなく、哀しさが漂う芯に、慶造は歩み寄る。

「どうした? …山本も向井も出入りは初めてだったな。
 …無理しなくていいんだぞ。お前たちは、杯かわしてないだろう?
 それに、この世界の者じゃないんだからな」

芯は、何も言わず、窓から街を見下ろしたまま。何かを考えているのだろう。

「あいつのことが…心配…なのか?」

芯は、ゆっくりと振り返る。

「あの人の…気持ちが何となく、解った気がしたんですよ」
「気持ち? 真北のか?」
「えぇ。あれだけ嫌っていたやくざに身を投じていることに…。
 大切な者を失いかけたことで、怒り、そして、簡単に、人の命を奪うんですね」
「あぁ。…俺自身、それが一番嫌だったんだがな。親父が死んで、
 この世界で生きて行かなくてはならなくなった」

慶造も窓から街を見下ろす。

「この世界で生きていても、命を大切に思わない奴らは許せない。
 俺は、そんな世界を変えてみせる…そう豪語した。しかし、
 端から見たら、俺の姿は、全く反対に映っているらしいな」

そっと目を瞑る慶造は、

「…仕方ないか。こうして、真子が危険に曝されたことで、
 敵地に乗り込んでしまっているからな」

静かに言って、フッと笑う。

「どうされました?」
「一瞬、真子の姿が過ぎったよ。…五代目を襲名した姿がね…」
「慶造さん…」
「…俺がどうかしてるよな。正しい判断が出来なくなっているのかも知れない。
 こうして、真北が大切に育てた人間を、危険に曝そうとしているんだからな」
「…四代目、お忘れですか? …私は、周りに迷惑を掛ける輩は許せない人間ですよ。
 危険なんて…思ってませんよ」

芯の言葉遣いが変化した。それに気付いた慶造は、芯の想いを理解出来ずに居た。

「……それに、あの人が、狂うところをみてみたいんですから。
 …お嬢様を狙った奴は、…絶対に…許せませんよ…」

そう言って、慶造に目線を移した芯は、無表情で、冷酷な雰囲気を醸し出していた。
その時、芯の想いを理解した慶造。

「…四代目…か。お前だけは、そう言わせないようにと、
 真北にきつく言われていたんだがな…」
「本部へ戻ったら、杯…いただけませんか?」

慶造は、芯の言葉に驚いたが、それを表に出さず、あくまで、『阿山組四代目』として、芯に応えた。

「あぁ。そうだな。…もう、抜けられないぞ、この世界からは…」
「覚悟はできてますよ」

にやりと口元をつり上げた芯は、静かに部屋を出て行った。

慶造は、閉まったドアをいつまでも見つめていた。

とうとう巻き込んでしまったよ…真北を…。
泥沼にはまっていくよ……ちさと!!!

窓から空を見上げ、俯き一息付いた。
そして踵を返し、部屋を出て行った。
廊下には、修司、隆栄、そして芯と向井が待っていた。それぞれの眼差しは、獣のように鋭いものだった。
慶造から醸し出されるオーラは、その昔、同じように真子の命を狙った天地組へ乗り込んだ時にも感じたものと同じもの。
恐らく、同じような状態になるだろう。
修司と隆栄は、覚悟を決めた。


修司運転の車の助手席には隆栄が座り、後部座席には慶造が座っていた。

「…なぁ、慶造」

赤信号で停まった時、修司が声を掛ける。
慶造は、街ゆく人々を眺めながら、素っ気なく返事をした。

「あん?」
「本当に良いのか?」
「何が?」
「後ろの二人」

修司運転の車に付かず離れず付いてくる、もう一台の車。その後部座席には芯と向井が座っていた。
慶造は何も応えない。

「真北さんに知られたら、それこそ…」
「覚悟はしてる。…だが……あいつだって、同じことをするだろ?」
「立場は違うがな……。……知らないんだろ?」
「伝えてない。…この時期のあいつは、…本来のあいつだからさ。
 その立場を守ってやりたいんだ…」

寂しげに言う慶造。

「…ちさとちゃんの……為に…だろ?」

修司の言葉の後、暫く沈黙が続く。
そして、

「………あぁ」

と、慶造は静かに応えた。



(2005.12.15 第七部 第十三話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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