任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第十四話 無に。

ミナミの街。
夕方に向けて、人が集まり始めた。
行き交う人々は、とある場所で足止めをくらい、そして、踵を返す。

「申し訳御座いません。安全のために、この方法を…」

工事用ヘルメットを被った作業員が深々と頭を下げる。

「危険なら、しゃぁないよな。回り道するわ。兄ちゃん、お疲れさん」
「ありがとうございます」

作業員の後ろには、大きな看板が立てられていた。

通行止め

同じような光景は、他の場所にも見受けられた。
通行止めの先にあるのは………。




とある道沿いにある開店前のスナック。店のカウンターに立つ女性が、

「今夜は、飛びっきりの料理を用意したでぇ。
 みんな、喜んでくれるかなぁ〜」

少し鼻歌交じりにその日の準備を始めていた。

「…ん? なんか、やけに静かやわぁ〜」

そう言って、店の外に出た。
いつもは賑やかな街が、この日は何故か静かだった。人通りも少ない。

「なんやろ。…人が少ないなぁ」

首を傾げ、何かを考え込む女性。

「まぁ、ええわ。そのうち、いつものお客が来はるやろぉ」

と期待した眼差しに代わり、そして、店へと戻っていった。




青虎組本部。
一人の男が、一つの手紙を手に、ほくそ笑んでいた。
それをクシャクシャに丸め、ガラス製の灰皿に入れて火を付けた。
徐々に燃え上がる炎を、楽しむように見つめていた。

青虎組組長・青虎は、手紙が燃え尽きる様子を眺め、そして、突然笑い出す。

来るなら来いや、阿山慶造っ!!

「おい、いつもの店に出掛けるぞ。用意せぇぃ」

立ち上がり、声を張り上げ、組員に指示を出す。

「いってらっしゃいませ!!」

若い衆に見送られ、青虎は、いつもの店へと出掛けていった。


暫くして入れ替わるような感じで、一台の高級車が本部前に横付けされた。ドアが開き、水木と須藤が車から降りてきた。門番が、二人の姿に反応したように立ちはだかる。それを気に留めることなく、水木が尋ねる。

「親分は?」
「先程、お出かけになりました」
「何処や?」
「ミナミです」
「何を考えてるんや!」
「えっ?!」

突然の水木の言葉に、門番は驚く。

「今、阿山組が攻めてきとるんや。四代目の娘が襲われたらしくてな。
 それも、関西系の組の者に。相手が解らんから、関西系の組事務所を
 手当たり次第に襲うと宣戦布告してきよたんや。青虎には連絡なかったんか?」
「親分、何も言わずに出掛けましたよ」
「…くそっ! 行くぞ、須藤」
「あぁ」

水木と須藤は、慌てたように去っていった。




ミナミの街の一角に、高級車が二台、静かに停まった。それぞれの車から男達が降りてくる。
後ろの車から降りてきた芯と向井は、慶造の側に駆け寄った。

「山本と向井は、車の中で待機だ」
「四代目! 俺達は…」

『仕留めること出来ます』と言おうとした二人は、慶造の眼差しに射られてしまう。

「狙いは青虎。しかし、ここは水木組の縄張りだからな、
 そこかしこに居る組員が連絡をしてるだろうな」
「そうですね。ぴりぴりとしたオーラを感じます」

二人が同時に応える。

「青虎の次に水木を狙う予定だ。水木の姿が現れたら
 そちらを頼む。だから、それまで、待機しておけ」
「かしこまりました」

一礼して、車に戻っていく。そして、二人は乗り込んだ。

「そういう事か…」

呟くように言って、フッと笑みを浮かべる修司。

「あいつらの手を染めたら、それこそ、真子に嫌われる」
「お嬢様だけじゃないだろ?」
「そうだな…。で、その男の行動は?」

ちらりと隆栄に目を向ける。

「そろそろ署から宿泊先へと向かう時間ですよ。
 お戻りは、明後日に延期ですねぇ」
「張り切りすぎだ…」

呆れたように微笑む慶造は、周りの異様なオーラに応えるかのように、眼差しが鋭くなった。
慶造は、目にも留まらぬ速さで懐から銃を取りだし、振り向き様に引き金を引いた。
銃口の先には、水木組組員が手から血を流して痛がる姿があった。足下には銃が転がっている。
それが合図となったのか、突然、銃声が響き渡った。


ミナミの街に行き交う人々が、突然耳にした銃声に驚き、銃声とは反対側へと逃げ始める。
通行止めを説明していた男が、銃声を耳にした途端、表情が変わった。そして、逃げまどう人々の波に逆らって、早足で歩いていく。


慶造は、建物の影に身を隠す。慶造に続いて、修司と隆栄も身を隠した。

「お前らは、あの二人の側に居ろっ」
「お前一人であの場所まで行くつもりか?」
「当たり前だっ! 奴らは、二人のことにも気付いてるだろがっ!」
「奴らの狙いは、慶造だけだぞ」
「それでも、頼む。…奴らの目を引きつけるから…」

そう言って、慶造は修司と隆栄を睨み上げる。
その目に呆れた二人は、

「はいはい。充分気をつけて」
「無茶はするなよ」

同時に言った。
その後、鈍い音が一つだけ響く。

「って、なんで俺だけやねん!!」

隆栄が、頭を抑えながら言った。

「なんか腹立つ」

慶造が応えたその口調で修司には解る。
一人で充分だと…。

「……ったく……あいつらぁ〜っ!!!」

突然止んだ銃声に、ふと目をやると、銃を向けていた水木組組員達を抑える阿山組組員の姿があった。

「あれ程、場所から離れるなと言ったのになぁ」

隆栄が、呆れたように言う。

「まぁ、人通りは少ないし、特に一般市民への影響は無いから
 あいつらも、ちゃぁんとやることはやった…つーことだな。
 ……で、阿山。本当に良いんだな?」
「あぁ」

慶造の返事を聞いた修司と隆栄は、芯と向井が待機している車の方を見つめた。
隆栄は、体に隠している日本刀を取りだし、慶造にそっと手渡す。
慶造は、ゆっくりと受け取った。
そして、二人は、車へと向かって駆けていく………。




とある店で、酒を注文した青虎。
ふと、耳にする銃声に気を集中させた。
店に駆け込んできたのは、青虎組組員。

「親分! 阿山組です!!」
「何?! この銃声は、阿山組が、ここを狙っとるんか?」
「そのようです! 見つからないように、裏口から…」
「あ、あぁ…」

裏口の扉を開けた組員は、そこから激しく聞こえる銃声に、思わずドアを閉めた。

「車、回してきます!」

そう言って、表のドアから出て行く組員。
その間、青虎は、懐に手を入れ、銃を握りしめていた。

阿山慶造の素早さは、この世界では誰もが知っている。
銃弾に恐れることなく、敵に向かい、そして、無表情で敵を倒す。
青虎は、慶造を倒すシミュレーションを頭の中で描き始めた。
車に乗り込み、そして、阿山の姿を見つけたら、車で狙い、銃を向ける……。

そのシミュレーションで、慶造を倒したのか、青虎は、にやりと笑みを浮かべていた。




青虎組本部からミナミへ向かっている水木と須藤。水木は、車の中で何処かに連絡を入れた。

「西田、青虎を停めろっ」
『へ? そちらには?』
「ミナミに向かったらしい。いつもの店や。阿山組に発見される前に
 停めておけ!」
『先程、連絡入りまして、店の周りの道が閉鎖されてるそうです』
「はぁ?」
『姐さんは、その前に店に向かいました』
「なんで、桜がおるんや? …店に出てるんか。兎に角、桜には、店から
 出んように言っとけ。それと、一般市民に被害が出ないように
 店の周りは、閉鎖や」
『いや、既に閉鎖されてますから…』
「………桜には伝えておけよ」

そう言って、水木は電話を切り、ため息を付いた。

「一体、何処の組なんや? 阿山の娘を狙ったんわ…」
「調べ、つかんのか?」
「…あぁ。阿山組本部の近くでぶっ放したくらいしかな…」
「どうするんや?」
「迎え撃つしかないやろ」
「お前、それしたら、あの真北って奴に、どやされるぞ」
「…真北も阿山組やろ? 仲間割れか?」
「平和主義とそうでない奴が、ぶつかったってわけやろ」

水木の運転する車が、ミナミの街の近くを走り始めた時だった。
ミナミの街が、いつも以上に騒がしい事に気が付いた。逃げ惑う人々。それに逆らうように、見かけない強面の男達が歩いていく。
微かに聞こえる銃声。

「…おい、もう始まってへんか?」
「みたいやな…流石、早い…」
「って、関心しとられへんわい! 俺の街で…」

水木は、車のスピードを上げ、騒ぎの中心部へ向かっていった。



街の中では、銃声、悲鳴、鈍い音が響き渡っていた。幸いにも、その場所には、一般市民の姿は無かった。西田の行動が速かったようだ。水木と須藤が、車から降り、辺りを見渡す。

「青虎は?」

水木は、青虎を探す。その時、何かに気が付いた。

「…おい、怪我を負っているのは…阿山組組員だけじゃないのか?」
「…確かに…。わしらんとこの組員達は、手当たり次第、狙っているようだが…。
 阿山組の組員は、避けるだけだぞ…」

二人の目に飛び込んだ光景。
それは、組員同士が一対一で争っている姿。
水木組組員は誰もが片手に銃を持ち、向かってくる阿山組組員に向けて引き金を引いていた。しかし、阿山組組員は、いとも簡単に避けていた。その避けた先に、別の水木組組員が銃口を向ける。その銃弾は、阿山組員の体をかすめていく。
銃弾や攻撃を避けた阿山組組員が、避けるたびに目線を別の所へ向けていた。

「狙いは絞っているってことか…」

その目線の先には、慶造の姿があった。
敵の攻撃に恐れることなく、ただ一人、ゆっくりと、ある場所に向かって歩いていた。

一台の車が、猛スピードで店の前に横付けされた。
ゆっくりと歩いていた慶造の眼差しが、突然鋭くなる。
それと同時に、店のドアが開き、青虎が飛び出してきた。
周りの状況を把握していないのか、青虎は自分で車のドアを開け、乗り込もうとした。

水木と須藤は、目にした光景が、まるで別世界のように感じた。
眼光が鋭くなった阿山慶造が、どこからともなく日本刀を取りだした。
鞘から抜いた所が目に留まる。
その途端、慶造の体が、その場から消えた。
いや、消えたように見える程、素早い動きで、店の前に横付けされた車に向かって走っていた。軽く飛び上がり、車を乗り越える。
宙に舞う慶造に気付いた青虎は、再び店に入ろうと背を向けた。
運転席のドアが開く。
それよりも先に、舞い降りる慶造は、その勢いを利用して、背を向けた青虎の背中を斬り付けた。

真っ赤な血が、噴水のように飛び散った。

「青虎!!!」

須藤の声と同時に、

「ぐ、ぐわぁ〜!!!!!!」
「親分!!」

青虎の悲鳴と車から降りてきた組員の声が辺りに響く。
青虎は、その場に崩れ落ち、息絶えた。
手には、銃が握りしめられていた…。
慶造は仁王立ちし、息絶える青虎を見下ろしていた。
辺りに静けさが漂う。
争っていた誰もが、慶造の動きに目を奪われていた。
一瞬の出来事に、我を失う組員達。
慶造から醸し出されるオーラは、形容しがたいほど、恐ろしい物だった。
動けば、自分が……。


車の中で待機していた芯と向井は、とある人物の姿を目にして、車から降りてくる。
その時、慶造が、青虎を倒していた。辺りの静けさに、たった一人だけ、異様なオーラを発し始めた。

「ぺんこう?」

芯のオーラが瞬時に変わる。それに気付いた向井は声を掛けたが、すでに遅し。

「流石、素早いな……」

そう呟いた隆栄は、芯が日本刀を片手に、何かを弾いた姿を見つめていた。

「あれが水木で、その横に居る男が須藤だ」

修司が言った。

「まさか、ぺんこうは…」
「いいや、慶造のようにはしないさ。…暴れていた頃は、
 相手を脅すだけで、命は奪ってなかったからさ」
「それでも、傷が残った連中も…」
「目には目を…なんだろうな」
「……それだと、ぺんこうは……」

芯が立ちはだかる場所は、水木と須藤の視野から、慶造の姿を隠せる場所だった。
水木が、慶造のオーラに感化され、叫びながら慶造に銃口を向け、引き金を引いた瞬間、日本刀で銃弾を弾いていた。そして、慶造の姿を隠すかのように立ち、水木達を睨み上げた。

血に飢えた豹。

その鋭い眼光に、水木は、再び引き金を引いた。しかし、またしても跳ね返された。
なぜか恐怖を感じた水木は、銃を向けたまま動かなかった。その水木を守るかのように前に出た須藤は、水木に声を掛ける。

芯は日本刀を握り直し、ゆっくりとした足取りで二人に向かって歩き出した。

我に返った水木は、須藤の肩越しに銃口を向け、引き金を引いた。須藤も同じように引き金を引く。しかし、銃弾は、芯の日本刀に弾き返されてしまう。
銃に恐れる素振りを見せない芯は、目にも留まらぬ速さで日本刀を振り下ろした。

金属が地面に落ちる音がした。

目の前に迫ってきた芯が、日本刀を振り下ろす格好で立っている。
須藤は、自分が見つめている光景に不思議なものを見つけた。
自分が手にした銃の先が、無くなっている。鋭い切り口は、自分の指をかすめる場所を通っていた。
茶髪で緑の服を着た目の前の男が、ゆっくりと顔を上げた。
その眼差しは、血に飢えた豹のように思えるほど鋭い。須藤と水木は、その眼差しに硬直してしまった。

「これ以上…それを使うなよ…な」

静かに呟くぺんこうの言葉に、頷く二人。
辺りがざわめき始める。


慶造は、日本刀に付いた血を払い落とし、鞘に納める。そして、水木と須藤、そして、その前に立ちはだかる芯の方に、ゆっくりと振り返る。


隆栄と修司、そして、向井は、芯の行動に驚いていた。

「銃を切り落とすくらいの日本刀……って、あれ…」
「慶造がプレゼントしたやつだな」
「流石〜…!!!」

辺りの空気が変わった。
その途端、修司と隆栄は、駆け出した。
向井も同じように一歩踏み出した時だった。

大量に銃声が響き渡る………。

しまったっ!!

気付くのが遅かった慶造。異様な空気に、身構えた。
慶造の動きに身動きすらしなかった、水木組組員が、一斉に銃口を慶造に向けた。狙いを定めた時の集中力が、辺りの空気を一変させていた。
慶造は、覚悟を決めた。
しかし……!!!

視野が遮られた。ネオンが輝く街なのに、急に暗くなった。それが、人だと気付くのに時間が掛かった。
視野に広がる真っ赤な物。
それが、血だと気付くのに時間は要らなかった。だが、それが噴き出る所に気付いた時は、

「猪熊、小島っ!!!」

そう叫んでいた。
目に灯りが飛び込んでくる。
それと同時に、地面に何かが倒れる音が聞こえてきた。ゆっくりと地面に目をやる慶造は、二人の姿に身動きが取れなかった。

「四代目っ!!」

阿山組組員達が、一斉に慶造の方へと駆け出した。
その行動に反応した水木組組員は、再び銃口を向けた。しかし、銃を握る手の力が急に抜ける。その途端、体の芯を突き抜ける程の痛みが走った。
目の前に立つ人物を見上げると、そこには、向井が立っていた。
指先に付けている細い物。その先から、血が滴り落ちている。何かを言おうと口を開いた水木組組員。しかし、その時は向井の姿は無く、別の場所から慶造を狙っている水木組組員の側に立っていた。



芯、水木、須藤は、慶造の叫び声に目をやった。そこで起こっている光景に凝視した。
阿山組組員が駆け出す。
その影から、一人の男が、慶造に銃口を向けていた。
その男に、芯は気付いた。
何も言わずに駆け出す芯。それに気付いた水木は、芯が駆けていく方向を見た。そこには、弟分の西田が、建物の影から慶造に銃口を向けている姿が!

「西田、やめろ!!」

水木の叫び声が、西田の耳に届く。
しかし、それは遅かった。
西田の指は、引き金を引いていた…それと同時に、右腕が軽くなった。

えっ?

見ていた光景に足りない物に気付く西田。その途端、激痛が体中を駆けめぐる。
何かが辺りに噴き出している。

って、これ…………血?

光る物、そして、緑色と赤い色。
西田は言いようのない恐怖に襲われ、突然悲鳴を上げた。

「腕…俺の…腕ぇぇっ!!! う…うわぁぁぁぁっ!!!」

目の前の光る物と緑色。
そこには、芯が日本刀を振り下ろした姿があった。




慶造は、目の前の光景を、ただ、見つめているだけだった。

「…慶造……さっさと指示を……出せっ」
「修司っ!」
「山本の手を…」
「しかし、もう…遅い……」

慶造は、芯が一人の男の腕を斬り落とし、日本刀を逆手に持った所を見つめていた。

「四代目!」

阿山組組員達が、慶造を守るように辺りに立ちはだかった。

「…だ…誰か……とめて……こいっ……山本……を」

慶造の目線の先を見た修司は、芯の恐ろしいまでの姿に気付き、指示を出す。

「向井さんが…」

今にも斬り殺しそうな芯を羽交い締めして停める向井の姿があった。
水木組組員が、その場に駆けていく。そして、激しい痛みと恐怖のため、その場にのたうちまわる西田を守るように近づいた。
サイレンの音が響き渡る。
それに気付き、我に返る慶造は、

「車回せ。本部に戻る。お前らは、各自で戻ってこい」
「しかし、お二人が…」

修司と隆栄の手当てをしている救護班の組員が、焦ったように言った。

「……小島。大丈夫か?」

静かに尋ねる慶造に、横たわる隆栄は、手で合図する。

「…でも、いくつかは、突き抜けてる…ぞ……」

と隆栄が応えた時、芯と向井がやって来た。

「…山本…お前……」
「すみません……抑えることが出来ませんでした…」

そう言って、ちらりと振り返る芯は、近くの店から大量の氷を持ち出し、斬り落とされた腕を袋に包み、更に氷の袋へ入れる水木組組員の姿に目をやった。
その視野を二台の車が遮った。

「本部まで休憩無しだ」

慶造が言った。




水木が顔を上げた。

「くそっ、緑の野郎ぅ〜っ」

しかし、その時は、すでに、慶造達の姿はそこになかった。

「ちっきしょうっ!!」

そう言って、壁を殴る水木。そして、辺りの看板を壊し始めた。それを停めたのは、須藤だった。

「やめろっ。今は西田の体だろが!」

西田は出血の為か、気を失っていた。斬り落とされた腕は、氷の袋に入れられ、保護されている。そして、腕の斬り口は、布が巻かれ、止血帯がくくりつけられている。それでも血は、布を真っ赤に染めていた。

「………これでも…あの外科医は、治せるのかな……」

水木が呟いた。

「大丈夫だ。…だから、桜さん」

須藤に声を掛けられても、西田の体を抱きしめている女性・桜。
桜は水木の妻であり、このミナミの街でスナックを経営していた。

「……許さへん……あの…緑……。許さへん!!!」

桜の声が辺りに響き渡った。




高速道路を猛スピードで駆けていくたくさんの高級車。
その中の二台の車の後部座席では、応急手当が行われていた。
助手席に座る慶造は、後部座席に振り返る。

「山本、どうや?」

後部座席に横たわるのは、修司の体。その体から溢れる血を止め、手当てをしているのは芯だった。

「ほとんどの銃弾は、防弾チョッキで留まってますが、
 いくつかは、突き破ったようですね。弾は体内に留まっていて
 車の中では取り出せません」
「…山本…」
「申し訳御座いません。私には…」
「そうじゃない。…お前の頬の傷くらい、手当てしておけ」

西田が放った銃弾は、腕を斬り落とされると同時に、芯の頬をかすめていた。その傷から、血が垂れていた。

「手当てするほど、酷くありませんから…」

そう応えながら、修司の手当てをする芯。

「小島の方は…どうなんだろうな…」


更に別の車では、隆栄の手当てを向井が行っていた。

「参ったなぁ〜。まさか突き抜けるとは思わなかったよ」

軽い口調で話している隆栄。

「話さないで下さいっ」

厳しい口調で向井が言う。

「すまん〜。…って、向井は何でも出来るんだな」
「…おやっさんに教わりました」
「なるほどねぇ」

そう言って、隆栄は、目を瞑る。

「防弾チョッキを突き抜ける程の威力がある銃を持ってるとは、
 流石、水木組だなぁ。…銃の入手経路は、どこだろう……な」

突然、弱々しい声になる隆栄。

「小島さん?」

向井が呼びかけるが反応しない。慌てた向井は、隆栄の脈を取る。
弱々しく打っている脈。

「小島さん!! 寝ては駄目ですよ!!! 何か話して下さいっ!」

向井が怒鳴る。

「起きてるぅ〜って……。話すな…言うたのは、向井だろぉ」
「あっ、…そうでした……でも、脈が弱ってます」
「大丈夫だって。俺の体は、これが当たり前になってるから」

思うように動かない体。もちろん、脈もそうだった。時々倒れるのは、そのせいでもある。
なのに、あの一瞬だけは、昔のように動いていた。

「…動かしにくいとお聞きしています。しかし、慶造さんを守りに
 行った時の動きは…。…俺、追いつきませんでした」
「ん? …俺も不思議だったよ」
「そうならないと……駄目なんでしょうか……」

寂しげに言う向井に、隆栄は思わず体を起こしてしまう。

「って、起きては駄目ですよ!!」

と、怪我人を思いっきり抑えつけ、強引に寝かしつける向井。

「いってぇぇっ!!!」

思いっきり痛がったのは、言うまでもない。


「…大丈夫のようですね…」

ルームミラーには後ろの車の様子が映っていた。それを観ていた運転手が応える。

「………運転に集中しろ」
「はっ、すみません!!」

慌てて応え、運転手は運転に集中する。

「くそっ」

芯が呟いた。
どうやら、修司の体から流れる血が止まらない様子。再度止血を試みた。
芯の手を、修司が優しく握りしめる。

「大丈夫だ。これくらいは…」

弱々しく言う修司。

「しかし、猪熊さんの体には…」

修司は、芯を見つめる。

それ以上は、言わないでくれ。

その目は、そう訴えていた。
芯は、その眼差しに応えるかのように、口を噤み、止血を始める。

「きつくありませんか?」
「大丈夫だよ。………慶造」

助手席の慶造のオーラが変わった事に気付いた修司が、そっと呼ぶ。しかし、慶造は何も応えなかった。

「解ってるよな…。お前の行動が、どんな結果を生むのか、
 解っていて、この行動なんだろう?」

先程までの弱々しさは、どこへやら。修司の口調は、しっかりとしていた。
本来なら、話すことも必死のはず。しかし、修司は、慶造を落ち着かせる為に、無理をしてまで、いつもの通りの口調で、話しかけていた。それでも、慶造は何も応えない。
その時、修司が起き上がり、助手席に座る慶造の襟首を掴み上げた。

「!!! 猪熊さん!」

芯が呼ぶが、修司の目には、慶造の姿しか入っていない。

「俺らが撃たれなかったら、そのまま、水木や須藤まで
 斬り付けるつもりだったんだろ? 山本や向井に頼んでいたが、
 それは、二人の行動を抑えるため。……だけどな、結果は…
 結果はどうなんだよ!」
「猪熊さん、落ち着いて下さいっ!」

修司の体を支えながら、芯が言った。
修司の体は震えている。
出血からなのか、怒りからなのか。
それは、判断できないが、兎に角、これ以上、修司に無理をさせることは…そう考えた芯は、修司の手を慶造の襟首から引き離し、強引に寝かしつけた。

「山本っ、離せっ! こいつを…」
「これ以上、傷を悪化させるつもりですか!」

芯の口調は、誰かそっくり。
なぜか、その言葉に従う修司。

「猪熊さんの傷だけじゃない。…四代目まで…」
「…まさか、慶造、怪我を?」

自分の体を銃弾が突き抜けたのだと勘違いする修司。それは、修司にしては珍しい発言だった。いつもなら、慶造の怪我には敏感なのに、この時は…。

「……修司」

慶造が、静かに呼ぶ。

「なんだよ」

修司は、冷たく返事をした。

「無理するな。…怪我が治るまでに、あいつの鉄拳があるだろうから。
 ……お前は何も言わず…治療に専念しておけ」
「慶造…あのなぁっ」
「組長命令だ」

静かに言った慶造。

「…御意…」

修司も静かに応えた。

「山本」
「はい」
「お前らは、付いてきただけだからな」
「四代目?」
「あいつの怒りは、俺だけで良い」

ちらりと振り返る慶造。その眼差しの奥に隠された、激しい哀しみに、芯は気付いていた。
誰かの眼差しの奥にも感じたことがある。
芯は、この時、思った。
二人の想いは、全く同じなのだろうと。
違っているのは、それぞれの生きている世界だけだと……。


その男は……。


大阪の繁華街にある飲み屋に、春樹の姿があった。同じ席には、警察署の裏口で話し込んでいた男達が座っていた。

「ほらぁ、もっと飲めるんでしょう?」

春樹は、男達に酒を勧められる。断り切れずに、新たに注がれる酒。

「参ったなぁ。…明日もあるのに」
「大丈夫ですって、なぁ、原!」

テーブルの隅の方で、静かに座る男に声を掛けるが、その男は、返事もせずに、嫌な表情を見せた。
原と呼ばれたこの男は、嫌がるところを、連れてこられたらしい。
実は、原。
春樹の講師っぷりが気にくわなかった。丁寧に教えられるが、何処か、違和感を感じていた。そして、春樹の本来の立場を上層部から耳にした。更に、春樹が推奨する5人に含まれているとの連絡も受けている。
春樹の過ごす世界も耳にした。
やくざの世界。
なぜ、その世界に入り込み、生きているのか。その想いが理解出来なかったのだ。

「俺、帰りますよ」

原がそう言って、立ち上がる。他の男達が不満の声を発する中、原は帰り支度を整える。
その時だった。
店の中を一人の男が駆けてきた。

「真北さんっ!」

それは、あの中原だった。関西では見かけない姿に、春樹は驚いたように声を挙げた。

「何してんねんっ」
「って、のんきにしてる場合じゃないですよ!!」
「いいだろが。こっちの俺は、こ・う・し!」
「酒…どれくらい飲んだんですか?」
「この場の雰囲気に合わせてるだけ〜」
「本当に、小島さんとの付き合い…考えた方が…って、そうじゃなくて、
 その……ミナミの街で、抗争が…」
「ん? 関西での縄張り争いだろ?」
「……って、いきなり…」
「銃声は、聞こえていた。あまりの激しさに、驚いた程だけどなぁ」
「それなら、どうして、向かわなかったんですか?」
「今は、講師だから、現場には足を運べないぃ」

春樹と中原のやり取りを聞いていた原は、春樹の応え方に苛立ちを感じていた。
本当に、講師としてしか、関西には来ない。事件が起こっても、動こうとしない…。
原は、その行動に違和感を感じていたのだった。しかし、次の春樹の言動に、その想いは、正反対のものへと変化した。

「上からの指示です。…抗争は、青虎組と阿山組です!!」
「なに?」
「詳しくは知らないのですが、阿山組が関西に来ていたのは
 事実です」
「…どうして、連絡を入れないっ!」

春樹は、中原の胸ぐらを掴み上げる。

「こちらでは、講師でしょう〜」
「それは、肩書きだっ! 阿山関連は、俺の仕事だろがっ!!
 ミナミのどこだっ!」
「水木桜がスナックをしてる場所です」

と中原が答え終わる時には、春樹の姿は消えていた。

「って、待って下さいぃっ!!」

中原が追いかける。
それにつられるかのように、原も駆けていく。
その場に取り残された男達も、自分たちの立場から、店を出ようと帰り支度をする。

「あれ? 伝票は?」
「真北さんが支払ってますよ」

その言葉に、男達は度肝を抜きながらも、春樹達を追いかけて、ミナミの街へと駆けていった。


赤色回転灯が、ひしめいているミナミの街。
抗争の爪痕が、あちこちに残っていた。
地面に残る血だまり。
刑事に事情聴取を受ける水木組組員の姿もある。
現場に到着した春樹の表情が一変する。

慶造……俺の行動を、無にするつもりだったのか?

グッと拳を握りしめる春樹。
その時、春樹の怒りの炎に油を注ぐ言葉を、耳にした!



(2005.12.19 第七部 第十四話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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