任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第七部 『阿山組と関西極道編』
第二十話 追〜いかけて

天地山は、この日、天候も良く、空も澄み切った青空が広がっていた。
そんな空を雪の上に寝転びながら眺める春樹。
少しばかり落ち着いた心と体。
まさの言葉の通り、このまま、新年を迎えようと思っていた。
背中が冷たくなり、体を起こす。
目の前に広がる真っ白な景色。
新たな気持ちで出発できそうな、そんな雰囲気だった。
そんな春樹の背後に、一人の男が近づいてきた。春樹は、気付いていたが、目の前の景色を眺めるだけ。近づいてきた男は、春樹の隣に腰を下ろした。

「真子が…待ってるんだが…」
「……お前が待ってるの…間違いじゃないのか?」
「……真子が来るまで、居るつもりか?」
「……お前を待ってた訳じゃない」
「……真子が……気にするんでな…」
「……お前が気になるの…間違いじゃないのか?」
「……真子が、毎日のように気にしてるぞ」
「……お前が毎日のように気にしていたんだろ?」
「……真子が哀しむ顔は…もう見たくないんでな」

そう告げて、慶造は懐から煙草を取りだし、火を付けようとする。

「……自然を汚すな」

春樹の言葉で、慶造は煙草をしまいこんだ。

「…俺に…何のようだ?」
「迎えに来ただけだ」
「俺に出来る事はない」
「そうやって、逃げるな」
「俺は逃げた覚えはない」
「ほぉ〜? 弟に本気になれない男が、弟にやられて、
 それを悟られたくないからと、治るまで誰とも
 逢わないでおこうと、思ったのは、どこのどいつだ?」
「………俺だ……」

春樹は、素直に認める。

「……どうした、熱でもあるのか?」
「……ない」
「……お前が素直だと、心配だ」

そう言って、慶造は、春樹と同じように景色を眺め始めた。

雲が現れ、そして、静かに流れる。



少し離れたところには、まさと桂守が立っていた。

「ここも変わりありませんね」

桂守が静かに言った。

「御存知なのですか?」

まさが尋ねると、桂守は静かに微笑むだけだった。

「益々、父親に似てきましたね、支配人」
「そう…思ったことはありませんね。…父の顔は忘れましたから」
「それほど、激動の日々を送っていた……というわけですね」
「えぇ。…あなたこそ、どうして、こちらに?」
「慶造さんの護衛ですよ」
「心強いですね」

まさは微笑んだ。

「……その……お嬢様は、どうされてますか? 連絡を取ってないので
 様子が解らなくて…。やはり、今回の抗争で心が傷ついたのでは…」
「学校で色々と言われたようです」
「やはり…」
「でも、お嬢様は、御自分で解決したそうですよ」
「御自分で?」
「これからの父を見て欲しい。力強く訴えたそうです」
「…これからの慶造さんを?」
「本来の想い。これ以上、哀しませることのないように。
 慶造さんは、恐らく、心の中で伝えたんでしょう。お嬢様は、
 その言葉に揺るぎがないことを悟ったんでしょうね。
 少し、元気を取り戻されました。そして、こちらに来るのを
 楽しみにされております」
「そうですか。…安心しました」

安堵のため息が混じる。

「でも、真北さんのことになると、凄く寂しげに…」

桂守が続けた。

「そうでしょうね。…真北さんも、凄く寂しげに…」

まさが桂守と同じように言ったことで、桂守は、笑い出す。
まさも微笑み返した。

「あなたも、こちらでゆっくりされますか? 久しぶりに
 来られたんでしょう?」
「そうでもありませんよ。ゆっくりしたいんですけど、私はこれで。
 あとは、真北さんに任せます」
「そうですか。……桂守さん」
「はい」
「時々、顔を見せに訪れてください。…そして、私の父の話を…」

足跡も付けずに去ろうとした桂守を呼び止め、まさが言った。

「是非」

そう言って、桂守は姿を消した。

う〜ん。私は、そこまで身軽じゃないなぁ〜。

まるで忍者のような感じで姿を消した事に、感心するまさは、暫く見つめた後、目線を移した。
二人の男が、並んで、景色を眺めている。
何か起こるかも知れないと、そう考えると、その場から動けないで居るまさ。
暫く、その場に佇んでいた。



日が沈み始めた。
まさは、ゆっくりと二人の側に歩み寄った。

「夜空も眺めるおつもりですか?」

まさの問いかけに、二人が

「あぁ」

同時に応える。
まさは、軽く息を吐く。そして、困ったように頭を掻いて、二人に言った。

「今夜は吹雪きますよ。それでも、こちらで?」
「あぁ」

やはり、同じ応えに……。

「……あのねぇっっ!!! 真北さん、やっと治った所をどうして、
 そう痛めつけようとするんですか? 本当に、お嬢様に会う
 気持ち…あるんですか?」

まさが、いつになく怒りを露わにして言った。
それには、春樹と慶造が、唖然とし、そして、振り返る。

「プッ……くっくっく……なんて面してんだよ、原田っ」
「だからぁ〜っ」

今にも泣きそうな表情になっている、まさ。

「一緒に居なくても良いと言ったろがっ」

慶造は笑いが止まらないのか、そう言った途端、豪快に笑い始めた。

「……腹……減った…」

そう言った途端、まさのお腹が鳴った。



まさ、慶造、そして、春樹の三人は、日が落ちた頃に、天地山の中腹にある、京介の店へとやって来た。突然やってきた三人に驚きながらも、まさの事を慶造から聞いた京介は、思わず笑ってしまう。

「す、すみませんっ!!」

まさに睨まれながらも、京介は、まさたちに食事を用意し、差し出した。
食事中でも、春樹は何も話さない。
春樹の事を気にしながらも、まさと慶造は食事を終え、落ち込みっぱなしの春樹を促して、ホテルへと戻ってきた。


湯川の温泉。
春樹と慶造が、露天風呂に出てきた。そして、湯に浸かる。

「吹雪く…って、嘘だったんだな…」

露天風呂から見える夜空には、星が輝いていた。
夜空を見上げながら、慶造が呟くように言ったが、春樹は、何も応えなかった。

「…なぁ、真北」
「………ん?」
「…真子がな…」
「その手には、もう、乗らん」
「修司と小島のことを気にしてるんだよ」

軽く息を吐きながら、慶造が言った途端、春樹の眼差しが変わる。

「お二人の怪我…どう説明したんだよ」
「説明せんでも、解ってるはずだ。…二人に会いたい、会いたいって
 頻りに言ってたくらいだからさ…。会うことのないようにと、山本や
 八造に頼んでいたのに、ちょっと目を離すと真子の方が会いに行った」
「また抜け出したのか?」
「医務室に…だよ」
「…そりゃ、しゃぁないわなぁ。真子ちゃんの部屋から医務室は近いから」
「あぁ。…あの日も…庭にいるとは思わなかったそうだ」
「…居ても居なくても、二人のこと、そして、お前の行動には気付いているさ」
「あの能力………。…修司と小島の心も聞こえたのかな…」
「さぁ、それは、どうだろうな」

フゥッと息を吐いて、慶造は首の辺りまで、湯に浸かる。

「だから、お前を待っていたんだけどな…」

慶造の言葉に、春樹は首を傾げた。

「訳解らん」
「二人に会わないように…してもらいたいんだよ」
「無理だって。真子ちゃん、思い通りにならなかったら、
 拗ねるだろ?」
「お前の育て方だろが」
「…誰が、親だ?」
「俺と真北」
「………そうきたか…」
「だからさ…」

慶造は話を続ける。

「……本部に来ないようにすれば良いことだろ? 慶造が二人に
 言えばいいんじゃねぇの?」
「そう言っても、二人は、必ず足を運ぶだろが」
「言えてるなぁ」

春樹も、首の辺りまで湯に浸かる。

「修司も小島も……真子のことを気にするからさ…」
「これ以上、心配掛けないようにと、無茶をするのが解るよな」
「あぁ」
「お前の口から、二人に引退を言えば終わりだろが」
「………解ってるんだがな…」
「……手放せない………か」

慶造は、何かを誤魔化すかのように、湯に潜った。
暫く、湯の中から出てこない。春樹は、湯の中に見える慶造の頭を見つめていた。
慶造がゆっくりと、湯の中から出てきた。

「………潜っても、頭の中まで、すっきりしないぞ…」

春樹が言った。

「解ってるって」
「お前も、俺と一緒で……執着しすぎるんだよ」

春樹は夜空を見上げる。慶造も、つられたように見上げた。

「…だから、今の俺があるんだよ…」
「………そうだな……」

春樹が静かに言った。

フッと笑みを浮かべる二人。
夜空を流れ星が、二人を応援するかのように、ゆっくりと横切った。




天地山ホテルの玄関に誰かが駆け込んできた。
見回りをしていた、まさは、驚いたように振り返る。

「!!! お嬢様っ!?」

それは、真子だった。
雪に濡れた体が、まさに向かって一直線に駆けてくる。

「まささんっ!」

そう言うと、真子はまさに飛びついた。
しっかりと受け止めたまさは、真子を抱きしめる。

「御無事で……。……どうされたんですか? 御予定は、明日のはず…」
「だって、だって……お父様……真北さん………居ないし、それに、
 それに…………。…うわぁぁん!!!!」

突然、真子が泣き出した。
その声は、ホテルのロビーに響き渡る。
まさは、真子をあやすように、優しく背中を叩いていた。その目線は、玄関に移る。
真子から少し遅れて、八造、芯、そして、向井が入ってきた。

「みんな揃って……」

まさが呟く。

「すみません。お嬢様に負けてしまい……」

恐縮そうに、八造が言った。

「一体、どうされたんですか?」
「実は……」

芯が静かに語り出す。



学校から帰った真子は、慶造が春樹を見つけて、連れ戻しに出掛けたと耳にする。向かった先が、天地山だと知った真子は、居ても経っても居られず、後一日ある学校を休んでまで、天地山に行くと言い出した。
八造は、停めた。
それでも、真子は、諦めない。
業を煮やした八造は、向井に頼む。しかし、向井は、そのまま芯に頼めと訴える。
既に休みに入っていた芯が、その時姿を見せた。
八造が、真子のことを伝えると、芯は真子の部屋に向かう。
ちょうどその時、真子は出掛ける用意をしていた。

お嬢様、どちらに?
天地山。…くまはちが反対するから、一人で行く…。
駄目です。予定は明日。それに、明日は学校の終業式でしょう?
休む!
駄目です。
休むの!!!

どちらも引き下がらない。
そのやり取りが三十分程続き、終いには、真子が家を飛び出しそうになる。
八造や芯が、反対するのは、真子が学校を休むことを怒っているのではない。
春樹の心、そして、慶造の心を落ち着かせるために、お互いの気持ちをぶつける為に。その事を想って、暫くは二人っきりにさせるべきだと思っていた。
それもある。
真子も、芯たちの心の声は聞こえていた。
しかし、それでも心配だった。
もしかして、二人が、芯と春樹のような事になるかもしれないと……。



「だからって、お嬢様。学校を休むのは良くありませんよ」

まさが優しく言った。

「でも……まきたんとお父様が…」
「ここには、私が居るのに? それでも心配ですか?」

真子は、コクッと頷いた。

「まささんに、ご迷惑が…」
「私は、大丈夫ですよ。それに、お二人とも、静かに話し合いましたし、
 何も起こりませんでしたから」
「本当?」
「えぇ。私は、嘘を付きません」

まさの言葉は、その場にいる男達の心に突き刺さる。
『嘘を付きません』の部分を強調して言ったまさ。
芯や向井、そして、八造が、真子に嘘を言った事を知っている、まさ。それは、酔った春樹から聞いたこと。芯たちは、それぞれ、罪悪感にかられていた。

「だけど、お嬢様。もう一つ、…悩みがあるんでしょう?
 誰にも言えない悩み…」
「まささん……」

そう呼んだっきり、真子は、まさの胸に顔を埋めてしまう。そして、まさにしか聞こえない声で、言った。

関西の人達が……気になるの。
お父様を狙わないと約束した。
もう、争わないとも約束した。
でも、怖い。
関西に行ったっきり、帰ってこなかったら…。
向こうで、何か遭ったら…。
そうなった時の……自分も怖い…。
心の奥に閉じこめた、怒り……。
母の時に感じた、怖い自分が、出てきそうで…。
自分が嫌だと思った事を、関西の人に、してしまうかもしれない。
だから、もう、これ以上……嫌……なの……。

真子が初めて、自分の奥に眠る何かに恐れている事を知る、まさ。
まさは、微かに震える真子をしっかりと抱きしめた。

大丈夫ですよ、お嬢様。
そのような事…お嬢様は、いたしません。
だって、お嬢様は、みんなの事が大切でしょう?
そして、幼いながらも、人の痛みを知ってるから。
大丈夫。お嬢様は、その手を赤く染めることは、ございません。

まさは、心で真子に語りかけた。
真子は、そっと顔を上げ、まさを見つめる。

「ご安心ください」

まさの優しい声が、真子の心に響く。
真子の目に、涙が溢れ、そして、頬を伝っていった。
まさは、それを優しく拭う。
その時だった。
ゲレンデ側のドアが開き、雪が吹き込んできた。
その直ぐ後に、二人の男が、ちょっぴり喧嘩腰に入ってくる。

「俺は、帰る」
「せめて、真子ちゃんが来るまで待てよ。それに…」

二人の目線に、不思議な光景が入ってきた。
見慣れた顔、そして、雰囲気。その中には……。

「…真子…」
「………真子ちゃん……」

その声に、まさの腕の中にいる真子が振り返る。

「パパ…まきたん……」
「どうして……」

と、尋ねる前に、

「…えぐっ………うわぁぁぁぁん!!!」

泣きやんだと思われた真子が、再び、大声で泣き始めた。

「って、お嬢様っ!」

真子の声に慌てる、まさたちだった。




泣き疲れ、長旅の疲れも出たのか、真子は眠ってしまった。
そっとベッドに寝かしつけたものの、真子の手は、まさの服をしっかりと掴んでいる。まさは、真子の側に腰を掛けた。

「なるほどな…」

芯から、一部始終を聞いた慶造と春樹は、同時に呟いた。

「それにしても、どうして喧嘩腰になって戻ってくるんですかっ」

と、まさが、ちょっぴり怒った口調で尋ねる。

「慶造が帰ると言うからさ。…真子ちゃんは明日来るというのに、
 会わずに帰ると言ってだな…。今帰っても、真子ちゃんとは
 入れ違いになるからと言ってるのに…」
「入れ違いにならないと言ってるのに、真北がしつこいから」

春樹の言葉を遮るように、慶造が言った。

「まぁ、どちらにしろ、慶造さんは、帰る日を延長してくださいね」
「なんだよ、原田まで」
「お嬢様が、学校を休んでまで、こうして来られたんですよ。
 それに、目を覚ましたお嬢様は、慶造さんが居ないと怒ります」
「解ってるが……」
「慶造さんは、初めてでしょう。クリスマスパーティー」
「…真子の為の……だろ?」
「お嬢様が、どれだけ楽しんでおられるのか、見ておいた方が
 賢明かと…」
「原田……」
「それに、桂守さんは、一足先に戻っておりますので、お一人での
 行動は、真北さんだけでなく、誰もが許しませんよ」
「……………解ったよ…。…明後日にすれば、いいんだろっ」

ふてくされる慶造。
それには、なぜか、春樹とまさは、笑い出してしまった。

「何も笑うこと…」

その場の雰囲気が和みそうだったが、とある一人のオーラに、再び沈んだ雰囲気になる。

「………ほら、ぺんこう」

向井が促し、芯の背中を押す。
芯は、少し緊張した雰囲気で、春樹に歩み寄った。

「…申し訳…御座いませんでした」

深々と頭を下げ、そう言った。

「…芯……」
「あなたに何の相談もせず、関西に向かった事。そして、慶造さんと
 杯を交わして、その世界に入ってしまった事。…あなたに殴られて
 当然なのに、あなたに…」
「…何も言うな。……真子ちゃんの為なんだろ、芯」

春樹の言葉に、顔を上げる芯。

兄さん……。

春樹の表情を見て、芯は感極まってしまう。
優しい眼差し。
それは、その昔に感じたもの。
いつでも、どこでも、自分の事しか考えていない。そして、常に、優しくて温かい眼差しを向ける。
そんな春樹の姿がそこにあった。

「……変わっていないんですね……」

芯は、呟いた。

「お前に対する気持ちは、変わってない。でも、昔とは違うからな」

冷たいようで温かい言葉。

「それなら、二度と、名前を呼ばないで下さい。あなたとは、
 生きる世界が違いますから」

冷たくあしらう芯に、春樹は微笑んだ。

「あぁ」

そう言って、春樹は、芯の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。
それは、春樹の照れ隠しだった。
嫌がる芯に、しつこいくらい撫でていく春樹。

「いい加減にしてくださいっ!!」

と、芯が怒鳴ってしまう。

「シィィィッ!!!!」

誰もが、静かに! という仕草。
真子が寝ている……。

「すみません……」
「……で、山本。本当にいいのか?」

慶造が静かに尋ねた。
芯は、慶造を見据え、そして、

「えぇ。四代目」

力強く応えた。



真子が目を覚ました。

「お目覚めですか、お姫様」

それは、笑顔の春樹だった。

「真北さん……」
「ずいぶん、眠ってましたが、もしかして、列車の中では
 眠らなかったんですか?」
「心配だったもん…」

真子が、少しふくれっ面になる。
春樹は、真子の頭を優しく撫でる。

「ご心配、お掛けしました。もう…大丈夫です」
「うん」

真子が笑顔で頷いた。
その時、真子のお腹が鳴る……。

「あっ…」
「夕食の時間が近づいてますからね。むかいんが厨房を
 借りてますから、そろそろ呼びに来るでしょう」
「本当?」
「えぇ。何故か、張り切ってしまって……」
「…真北さん……」

何やら心配そうな眼差しになる真子。

「慶造は、明後日に帰る予定ですよ。くまはちが一緒に
 帰ると言ってますから、安心でしょう?」
「……うん!」

真子の声は弾んでいた。
しかし、泣きはらした目は、真っ赤っか……。それでも、ホテルのレストランへ向かう真子。
そこには、すでに、芯や八造、そして、慶造の姿があった。
みんなの姿を観た途端、真子は嬉しい表情になり、慶造と目が合った途端、照れたように目を伏せてしまう。

「お嬢様、席に着いて下さいね」

そう言って、向井が料理を手に、厨房から出てきた。向井に誘われて、席に座る真子。
目の前には、豪華な料理が並んでいった。



そして、クリスマスパーティーの日がやって来た。
今年も、真子は、まさにもらった可憐なドレスを身につけて、春樹や芯、八造と、パーティーの招待客と楽しく時を過ごしている。
まさは、招待客に挨拶をする。
向井は、厨房で張り切っている。
この日は、店長の姿は会場に。真子に誘われて、向井に促されてのことだった。
しかし、慶造は、会場の隅に立ち、華やかさをそっと見つめているだけだった。
そこへ、まさがやって来る。

「やはり、苦手でしたか」
「まぁな。だから、宴会は嫌いなんだよ」
「それでも、和んでおられる」
「当たり前だっ」

手に持っている料理皿を観て、まさに言われた慶造は、照れ隠しに言った。
まさは、慶造の隣に立ち、慶造の目線の先を見つめた。
そこには、真子の姿があった。
料理を取り皿に盛る真子に、八造が語りかける。その後ろでは、芯と春樹が、ちょっぴり喧嘩腰に何かを言っている。
真子が笑顔で振り返り、料理のことを話しかけると、芯と春樹は、飛びっきりの笑顔で真子に応える。
真子の目線が逸れると同時に、言い合いが始まる……。

「ったく、あの兄弟は…」

呆れたように慶造が言った。

「まぁ、いつもの事ですけどね。あの後は、女性客に
 話しかけられますよ」
「八造目当てか?」
「芯くんもです。もちろん、真北さんにも…あっ、でも
 今年は、真北さんが、お嬢様を放さないでしょうね」
「そうだろうな」

と語っていたら、その通りの光景が!
二人は、思わず笑い出す。

真子と春樹は二人っきりで、料理を楽しんでいた。
会場の中央にそびえるクリスマスツリーを見上げながら、春樹は、何か楽しいことを語っている様子。
真子が時々笑っていた。

「毎年、あぁなのか? 真北は」
「お嬢様に対しては、そうですね」
「本部とは、えらい違いだな」
「そうだと思いました。…本部での真北さんは、やはり、あの夜と
 同じですか?」
「まぁな」
「でも、お嬢様の前では違うんでしょう?」
「そうだな…。そういや、その前にも一度、忍び込んだ事があったよな」
「あの夜ですか…脅しただけですが…」

沈黙が続く。

「……誰からの依頼だったんだ?」

慶造が静かに尋ねた。

「真北さんの親友…。私の医学の先生でもある方です」
「…真北の親友?」

慶造は、まさを見た。
まさの目線は、春樹を見つめている。そして、そのまま静かに語り出した。

「私と小島さんとの対決。…あの時の傷を治して下さったのは、
 私の医学の先生です。…その時、私の怪我を診て、直ぐに
 悟ったそうです。私は殺し屋…そして、人を傷つけ、重傷を負ったと…」

春樹は、真子を抱きかかえ、ツリーの飾りを触っていた。

「その医者…橋先生は、御自分の友人が刑事だと言った。
 でも、私のことは、その友人には秘密にしてくださった。
 それから暫くして、私は医学の勉学に戻った。そして、
 真北刑事の行動……阿山組本部前での事件……。
 橋は、友人が重傷を負って病院に駆け込んでくるのを
 寝ずに待っていた。…だが、その友人は……」
「世間では死んだことになってる…」
「えぇ。死んだと思った橋は、医者にあるまじき思いを
 私にぶつけてきた。…その事が、忍び込む日まで、
 私の心に焼き付いていたから、…つい……」
「なるほどな」
「…橋は、大阪にある病院の院長なんですよ。そして、
 関西の水木や須藤たちとは、懇意にしている。…腕を
 斬り落とされた組員の腕を繋いだのも、橋なんですよ」
「まさか、原田…」
「その橋から、関西との事は細かく聞きました。……でも
 真北さんが来るまで、腕を斬り落とした阿山組の緑と
 芯くんが同一人物だったとは、思いもしませんでした」
「そうか…全部…聞いたのか」
「えぇ」
「真北の奴、しょっちゅう関西に足を運んでいるのは、
 その橋という医者に逢う為なのかな…」

ちょっぴり弱々しい声の慶造。

「橋は、真北さんが生きていることを知りませんよ」
「…なに?」
「真北さんも、その友人には打ち明けてません」
「まさかと思うが…」
「あなたのことを恐れてるんでしょうね」
「俺が、その友人にまで手を出すと…思ってるのか?」
「やくざ……」
「…俺のこと…未だに、そう思ってるんだな…真北は…」

その言葉に、激しい寂しさを感じる、まさ。

「勘違いされては困りますよ」
「ん?」
「真北さんが過去を一切打ち明けず、隠し通すのには
 真北さんの思いを貫くため。慶造さんの足を引っ張らない為です」
「俺の足を…?」
「もし、それを弱点と取られて、一般市民が狙われたら
 それこそ、慶造さんだけでなく、真北さんも留められない
 状態になりそうじゃありませんか」
「まぁ、そうだな」
「だからでしょうね」
「ったく、あいつは、俺に気を遣って…」

少し照れたように、慶造が言った。

「あ……でも、その橋は…」
「ん?」
「やくざが恐れる程の医者ですから」
「はぁ?」
「あの水木や須藤が、一目も二目も置いてますからね」
「……そ、そりゃぁ、真北の友人なら、そうだろ」
「あの真北さんも恐れてるみたいですからね」
「…俺も気をつけよぉ」
「そうですよ。本当に気をつけて下さいね。橋は、慶造さんを
 滅茶苦茶恨んでますから。友人を殺したと思って」

その時、慶造は何かに気が付いた。

「って、お前、なんで、打ち明けてない?」
「えっ?」
「原田は、真北が生きてることを知ってるだろ。それに、
 俺と懇意に……」
「あまり深入りすると、厄介ですからね」
「はぁ?」
「橋の奴……私を医学の世界に引き込もうと躍起になってますから」

あっけらかんと、まさが言う。

「さよかぁ…」

慶造が言った。

「それに、真北さん自身が避けておられるようです。
 私は、真北さんに、何度か見せてるんですよ。
 橋総合病院の名前を。だけど、真北さんは、それには
 一切触れず、私の知り合いの医者としか言いません」
「知ってる可能性があるよな」
「さぁ。大阪に何度か足を運んでおられるなら、橋総合病院の
 名前は耳にしたことあるはずです。…だって、真北さんですよ?」
「そうだよな」
「なのに、あの口から、その言葉は一切出てきません」
「俺も何度か関西には共に行ってるが、口にしないよな。
 腕を繋げた医者のこと…気になるはずなのにな」
「恐らく、自分の決意が揺らぐんでしょうね。頼ってしまう…と」
「頼る?」
「凄腕の外科医ですよ。…阿山組と懇意になる前は
 何度も何度も、訪れていたみたいですからね」

まさの言葉に、慶造は春樹の思いを悟る。

「まさか、その外科医と懇意にしていたら、あいつ……」
「えぇ。…お嬢様が哀しむ日々を送る事になります」
「そこまでして、自分の行動を抑えてるのか……馬鹿だな…」
「それも、お嬢様の為です」
「真子の…為…か」

慶造は、春樹と楽しく過ごす真子を見つめた。
真子は、慶造の目線を感じたのか、振り返る。そして、手を振ってきた。

「まさ。手を振ってやれ……」

と慶造が言う前に、まさは真子に手を振りかえしていた。

「慶造さんも、どうぞ」

まさに促され、慶造も、そっと振りかえす。
真子は、テーブルの料理を取って、慶造の所へ駆けてくる。

「お父様、食べてる?」
「ん? あ、あぁ食べてるぞ」
「楽しんでる?」

真子が、かわいく首を傾げる。

「真子は、楽しんでるか?」
「うん!」
「だから、俺も楽しんでるぞ」
「ほんと?」
「あぁ。真子、俺のことは気にせずに、楽しんでおいで。
 真北が寂しがってるから」

真子は春樹に振り返る。
慶造が言うように、思いっきり寂しげな表情をして、慶造を見つめ…というより、睨んでいた。

「はぁい」

そう言って、真子は春樹に駆けていく。
春樹の表情が思いっきり弛んだのは、目に見えて解った。

「ったく…真北はぁ」

呆れたように、慶造が言った。

「原田」
「はい」
「これからも、真子のこと、頼むぞ」
「えぇ」
「真子が哀しむ姿は、もう、見たくないからさ…」

慶造の言葉に、遠い昔に感じた思いを感じたまさ。

「慶造さん?」

その時、目の前に、一人の紳士がやって来た。

「おや、珍しい顔が、ここに」
「そういう、あなたこそ」

その紳士こそ、毎年招待されている地山だった。

「私は、毎年招待されておりますからねぇ」
「そうでしたか」
「今年は、どうされました? まさか逃げてきた…とか?」
「それは、あの男でしょうね」

慶造が目線で訴える。
慶造が見つめる先には、真子と春樹の姿があった。

「今年は、一段と輝いてますね、真子ちゃんの笑顔」
「昨日までは大変だったけどな」

慶造が言った。

「そりゃぁ、関西での行動が影響すればねぇ」

知っているような口振りに、慶造は怒りの形相で、まさを睨んだ。

「俺は言ってませんよ!!」

慌てて否定するまさ。

「私の耳にも入りますよ」

地山が言った。

「そりゃ、そっか」
「それにしても、無茶をしますな」
「気付いたら、そういう行動に出ていたさ。…真子が狙われたんだからな」
「私も、そうなるでしょうな。…あの笑顔が消えると思うと…」
「地山さん……」
「だけど、これからは、違うんでしょう? あなたの思いを貫くため」
「……そうだな」
「でも、気をつけて下さいね」
「ん?」
「関西を抑えても、その向こう…西に居る奴らは黙ってませんから。
 四国、中国…そして、九州。奴らが動き始めますよ」
「……解ってるさ……」

そう応えた慶造は、その世界で生きる男の眼差しをしていた。
地山は、フッと笑みを浮かべ、一礼して去っていく。そして、真子の前に歩み寄り、真子と笑顔で話し始めた。

「真子の前だと、奴も変わるんだな」
「えぇ。お嬢様は、地山さんの事は一般市民と思ってますから」
「言えないよな。…その世界では、かなり名を馳せる
 恐ろしい男だとは」
「そうですね。まぁ、地山さんも、お嬢様の前では一般市民ですからね」
「誰もが真子に影響されてるって訳か……」

慶造は、優しく微笑んだ。



次の日、慶造は帰り支度を整える。そして、八造と一緒に玄関先へとやって来た。
その二人を見つめる真子は、ちょっぴり寂しげな表情をしている。

「お嬢様」

真子の気持ちを察した八造は、真子の前にしゃがみ、真子の目線と同じ高さになって語り始めた。

「慶造さんの事は大丈夫です。それに、年末年始は
 いつも忙しくしておられるでしょう?」
「うん。…でも……もっと休んでもらいたいの…」
「自宅でも休んで居られますから」
「でも…」
「それよりも、私は、お嬢様が心配です」
「どうして?」

と首を傾げた真子の耳元で、八造は、そっと伝える。

ぺんこうと真北さんの嵐に巻き込まれやしないかと
それは、とてもとても心配です……。

八造の言葉に、真子は、笑い出す。

「大丈夫だもん」
「それなら、安心です」
「くまはち。気をつけてね」
「はい。ありがとうございます。では、お正月には
 こちらに戻ってきますから。きちんと宿題を持って」
「あっ……その……。…お願いします……」

照れたように真子が言った。そして、慶造を見つめる。
慶造は、優しく微笑んで、そして、ホテルを出て行った。
八造は、真子の頭を優しく撫でて、そして、慶造を追いかけていく。
慶造は、まさ運転の車で、天地山を後にした。


それから直ぐに、八造が心配していた事が、起こる。
春樹と芯の嵐に、真子が巻き込まれ……。

「もう、知らないっ!!!!!」

真子は部屋に閉じこもる。
慶造を見送って帰ってきたまさが、事態を耳にして、呆れたように二人を怒る。

「いい加減にして下さいっ!!!」

まさの拳は、二人の腹部に華麗に突き刺さった………。



(2006.1.21 第七部 第二十話 改訂版2014.12.7 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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