任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第二話 天地山での大騒動

秋も深まり、冬がやって来た頃。
慶造と春樹が珍しく、二人揃って、夜の街を歩いていた。
なんとなく、険悪なムード。
それもそのはず。
慶造が連れて行こうとしているところは、色っぽい看板がたくさん並んでいる街……。
その街の中にある一つの店。
そこは、以前、慶造が襲われたことのある、あの店だった。

店の前に立った途端、春樹は踵を返すように向きを変えた。

「真北ぁ〜」

と言って、春樹の首に腕を回す慶造。

「やめろっ! 俺は…」
「照れるなぁって」
「別の入り口があるだろがっ!」
「………解ってて、言うのか?」
「うっ……」

言葉に詰まる春樹は、慶造に促されて、渋々、店に入っていった。


店の受付の横を通り、廊下を奥へと進んでいく。
もちろん、常連客を装って……。


従業員専用の入り口を通りすぎ、更に奥へと進む。そこには、一人の男が立っていた。
男は、慶造の姿に気付くと、背後のカーテンを開け、そこに隠されたドアを開けた。

「…………げっ………」

ドアを開けた男は、慶造が連れてきた春樹を見て、思わず声を挙げた。

「あん?」

春樹が、睨み上げると、男は目を反らし、一礼する。
慶造と春樹がドアをくぐったのを確認し、ドアを閉めた男は、安堵のため息を吐いた。

だから、なんで、刑事を連れて……????

どうやら、現役の頃(?)の春樹は、この街で一暴れしたようで……。


「……真北、お前、この街で何をした?」

先程の男の行動を不審に思った慶造が尋ねると、

「ちょっとなぁ」

といい加減な応えをするだけだった。
そして、更にドアを通った所に、一室。
そこには…。

「…………あのなぁ、お前は何をしてるっ!!」

隆栄の姿があった。

「阿山ぁ、怒るなよぉ〜って、真北さん!」
「………こういうことか……」

春樹が呟く。
どうやら、慶造が無理に連れてきたのは、大人の世界の事だと構えていた様子。慶造が奥へ奥へと入っていく度に、春樹は、更に身構えてしまった。しかし、たどり着いた場所には、小島家の地下に居た男達の一人・恵悟の姿と隆栄の姿があった。…と、そこには、修司の姿もあり、春樹は、慶造が何を考えて、ここに連れてきたのかを把握した。

「……慶造、言っておくが……」
「真北さん、表の男、恐れてませんでしたか?」

恵悟が尋ねると、

「まぁ、俺の顔を見て、驚いていたけどな」

春樹が、あっさりと応えた。

「真北ぁ、お前のちょっとなぁ〜は、もしかして…」
「この街では、刑事の真北は有名ですからねぇ〜」

恵悟は、コンピュータのキーボードを素早く打ちながら言った。

「後で、俺の今の事をあの男に説明してくださいね。
 俺から説明すると、厄介でしょうから」
「そうですね。…しかし、未だに真北さんの情報が知れ渡ってないとは
 この街の風潮ですかねぇ〜」
「それが、隠れ蓑になってるんでしょう?」

春樹は何かを知っているかのように言った。それには、恵悟も参ったような表情をする。

「…で、慶造、俺に何を言いたい?」
「本来なら言いたくはないんだが…」

そう言って、恵悟に目で合図をする。恵悟は、今まで触っていたコンピュータの画面を春樹に見せた。

「この秋からの情勢です」

画面に表示されているのは、春樹が驚く情報だった。
画面を見た途端、春樹は何も言わず、ただ、その情報を頭に叩き込むかのように、画面に見入ってしまう。

「真北ぁ〜? …やはり、知らなかったみたいだな。暫くは
 動きそうにないぞ…これは」
「そうですね」

恵悟と話していた慶造は、隆栄と修司を睨み付けた。

「お前らなぁ、俺の言うこと…」
「解ってるって。そういう阿山だって、俺達の思い…解ってるくせにぃ」
「小島ぁ〜」
「四代目」

隆栄への怒りを鎮めるかのように恵悟が慶造を呼んだ。

「ん?」
「以前のような事は、もうございませんので、ご安心を」
「あぁ、あれか。…あの時は、恵悟さんにもご迷惑を…」
「それは、大丈夫ですよ。一応、この方の連絡で、被害者側として
 扱ってくださったので」
「ったく…」

慶造は、春樹に目をやった。
春樹は、情報をすべて頭に叩き込み終え、大きく息を吐いたところだった。

「どうするつもりだ?」
「これだけの情報では、まだ、動くことは出来ないな…」
「恵悟さんとこの情報は、かなり細かいんだが…それでも無理か…」
「あぁ。……でも、役に立ちましたよ。恵悟さん、ありがとうございます」
「お礼には及びません。これくらいは、当たり前の事ですから」
「それはそうと、真北のこの街の情報って?」
「それは、御本人から、お聞き下さい」

恵悟が、そう言ったのは、春樹の鋭い眼差しが、突き刺さっていたから。それを知っていながらも、慶造は恵悟に尋ねていた。
空を切る音が、三度ほど、聞こえた……。




慶造と春樹、そして、修司が帰路に就く。
街のネオンを横目に歩いていると、路地から、一人の男が飛び出してきた。
もちろん、修司が、その男を上手い具合にねじ伏せる。

「って、なんだ??」

ねじ伏せた男の服は汚れ、顔を腫らしていた。

「ひぃぃぃっ!! ごめんなさいっ!」

修司の行動に驚いた男は、泣きながら謝ってくる。

「猪熊、離してやれ」

慶造の言葉で修司は手を離す。すると、

「おっさん、ありがとなっ!」

という声が聞こえ、修司が手を離した男が、宙を舞って、遠い壁に背中からぶつかった。地面にずり落ちた男は、そのまま気を失った。
修司の横を、一人の男が目にも止まらぬ早さで通り過ぎた。
その男は、気を失った男の胸ぐらを掴み上げ、腹部に蹴りを見舞う。

「それくらいに、しといたれ」

慶造が言った。その途端、男は、振り返る。

「あん?」

そう言って睨み上げたのは、どうみても、やくざ……。

わちゃぁ〜、同業者かよ…。

と修司は思ったが、相手は慶造の事を知らない様子。

「すみません。ご迷惑をお掛けしました」

男はそう言って、側に駆け寄っていく男と共に、気を失った男を連れて去っていった。

「……ここ……主が変わったのか?」
「変わってないはず」
「砂山組…だよな」
「あぁ」
「……顔は良く見えなかったが、あの眼差しは…」
「慶造のことを知らない様子だったな」

修司が軽く応えると、

「って、こら、真北っ」

慶造は、隣にいる春樹の首に腕を回して、春樹の行動を阻止していた。

「うるせぇ。離せっ!」
「阿山組の真北が、事を起こせば、争いが起こるだろが」

慶造の言葉に、春樹の勢いは殺げる。

「…すまん…」
「ったく、砂山との話し合いは、争わない…で終わっただろが。
 忘れたのかよ……」
「忘れかけるところだった」
「ったく〜。この街で、真北刑事は、何をしたんだよぉ」
「それを言うなっ!」

春樹の肘鉄が、慶造の腹部に突き刺さった。それでも慶造は、春樹の首から腕を放そうとしなかった。
そこへ、勝司運転の車が到着した。

「遅くなりました」

勝司が出迎えると、慶造たちは、車に乗って去っていった。


慶造達が乗った車を路地から見つめる目があった。
その眼差しこそ、慶造が口にした砂山組組長・砂山と、幹部の地島のもの。

「真北刑事の記憶が失われ、そして、阿山慶造と親しい仲…か。
 その噂は本当のようだな」

砂山が呟くように言った。

「えぇ。恋人のようにじゃれ合ってましたね」

地島が応えた。

「阿山は両刀か?」
「さぁそれは…。ただ、姐さんを失ってからは、ちょくちょくこの街に
 来てますし、それに、あの店への出入りも激しいですからね。
 好いた女でも居るんちゃいますか」
「…お前と政樹のような仲…ってか」
「組長、それは…」
「しかし、政樹に任せるのはやめておけ」
「政樹が率先して行うので、とめられませんよ」
「お前の言葉なら従うだろが」
「それでも、暴れ出したらとまりませんからねぇ、政樹は」
「まぁ、そのお陰で、奴らも大人しくなったんだ。逆らうと、
 あの男のように、ぶっ飛ぶことになるからなぁ〜」
「そうですね」
「………手加減…教えておけ。あれじゃぁ、口が利けんやろが」

砂山は地島を睨み上げた。

「申し訳御座いませんっ!!!!」

思わず深々と頭を下げる地島に、砂山は微笑んでいた。
そこへ駆けつけたのは、先程の男…北島政樹だった。

「兄貴、こちらでしたか…組長!!」

政樹は、頭を下げる。

「報告」

地島に言われると、政樹は直ぐに、先程のことを報告する。

「次は、意識を残して置けよ、政樹」

地島が言った。

「はっ。申し訳御座いませんでした。もう少しで、一般市民にまで
 迷惑を掛けるところでした」
「気にするな」
「兄貴…それは…」
「お前が、おっさんと呼んだ男はなぁ、阿山組の猪熊修司だ」
「えっ? 阿山組の猪熊は、怪我で引退したはずです」
「まぁ、その世界では引退したんだろうが、友人として
 付き合ってるんだろうな」
「友人?」
「あぁ。一緒にいた男。政樹を制止した男こそ、阿山組四代目組長
 阿山慶造。そして、もう一人居た男は、元刑事の真北だ」
「あの…三人が…? しかし、そのようなオーラは…」
「そりゃぁ、そうだろ。それが、阿山組との契約だ」
「契約?」
「この街では、肩書きを捨てる…とな」

地島の言葉に、政樹は首を傾げていた。

「争いたくないだろ? 今や巨大化し始めた、あの阿山組とは」
「兄貴……」
「まぁ、暫くは様子を観てるだけなんだがな。…いつかは、
 その縄張りを、ごっそりと頂くつもりさ。…そうでしょう、組長」

地島の言葉を聞いて、砂山は不敵な笑みを浮かべ、

「まぁ…な」

短く応えた。

阿山慶造……か…。

政樹は、慶造が居た場所に目をやり、先程の姿を思い出していた。
肩書きを捨てていても、それなりのオーラを感じていた政樹。
本来なら、血が騒ぎ、相手を倒しているはずだが、その時は、自分の仕事を率先しただけだった。
もし、仕事をしていなかったら、未来に用意している争いが、今、始まるところだったかもしれない。
そう思うと、政樹は、己の本能を恥じていた。

「じゃぁ、楽しむとするかぁ、政樹」
「はっ!」

地島と政樹、そして、砂山は、ネオンが光る街へと姿を消した。



阿山組本部に向かう車の中。
春樹はふくれっ面になって、慶造を見つめていた。

「そんな目で見ても、俺は許さん」

慶造が言った。

「ええやろがぁ。悪かったと言ってるだろ」
「反省の色がない」
「反省してないからなぁ」
「だったら、そんな目をするな」
「ほぉ〜、真子ちゃんを思い出す…ってか?」

その瞬間、車の中を風が走る。

「狭い所で暴れるなっ!」

修司が怒鳴る。

「うるさいっ!」

慶造と春樹が同時に言った。

「あのなぁ〜っっっ!!!」

修司の怒りの炎がメラメラと……。

「暴力反対っ!!!」

再び、二人は同時に言った。

「だったら、睨み合うなっ!!」

修司の声が車から外に漏れる…。

「それなら、真北に言えっ! あの場所で、俺が制止しなかったら
 真北の正体がばれるところだったんだぞ!」
「砂山の気配は感じていたと言っただろが」
「それなら何か? あれは、体が勝手に動いたって言うのか?」
「あぁ、そうだ、そうだ、そうだよ! 俺の本来の姿だよ!」
「それでも、あの場合は抑えるのが、当たり前の行動だろが!」
「五月蠅いっ!! だから、悪かったと言ってるだろ!」
「反省の色がない!」
「反省してないっ!」
「…って、繰り返すな、じゃかましっ!」

その声と共に、慶造と春樹は胸ぐらを掴み上げられる。
助手席から伸びる手に、引き寄せられた。

「暴力…反対……」

目の前の怒りのオーラを感じ、慶造と春樹は、静かに言った。

そんな三人の様子を伺いながら、半ばビクビクしながら運転している勝司だが、

小島さんも一緒だと、笑い出してしまうだろうな。

不本意ながらも、そう思った。


車は、なんとが無事に、本部へと到着した。

「それで、真北」
「あん?」

車を降りながら、話し出す二人。

「今年は早めるのか?」
「そうだな。一応、真子ちゃんの担任にも頼んであるから」
「療養のため、早めの冬休み……か。…真子のために
 ならんだろが」
「真子ちゃんの為だろが」
「真北ぁ、お前なぁ」
「五月蠅いっ。お前の意見は、もう聞かんっ」
「こらっ、真北っ!! 待てっ。話は終わってないっ!」

そう言って、玄関を入る春樹を追いかける慶造。

「俺は終わってる!」
「俺は、まだだぁっ!」

二人の言い合う声が遠ざかっていく。
玄関に迎え出た組員達は、呆気に取られ、挨拶することを忘れていた。修司の姿に気付き、慌てて一礼する。

「お疲れ様です!!」
「あぁ、本当に疲れたよ……」

疲れた声で修司が応え、そして、慶造と春樹を追いかけて行った。





真っ白な景色、そして、輝く光。
大自然の中には、

「今年も綺麗ぃ〜」

大きく背伸びをする真子が居た。

「ありがとうございます」

真子の後ろには、この時期は一番忙しいはずの、天地山ホテル支配人のまさが居た。

「まささんも、こっち!」
「はい」

まさは真子の隣に立ち、そして、真子と一緒に景色を眺め始めた。

「お嬢様」
「はい」
「その後、どうですか?」

まさの言葉に、真子は振り返り、そして首を傾げる。

「元気だよ?」
「それなら安心ですね」

まさは微笑んだ。

「どうしたの?」
「いいえ、何も」
「……あぁ、もしかして、また、ここから落ちる事を考えたでしょぉ」

真子はふくれっ面。

「その通りです」
「まささぁ〜〜ん?」

真子の頬は更に膨れるが、まさは、ただ、優しく微笑んでいるだけだった。

「もぉっ!」

そう言いながらも、真子は、この時間を楽しんでいた。



天地山ホテルのトレーニング室。
八造と芯が、競い合うように体を動かしていた。

「なぁ〜」

側で観ている向井が、二人に呼びかける。

「まだだっ」

短く応える二人。もちろん、向井は、大きく息を吐いて、呆れたように首を横に振った。

「俺、厨房に行ってくる…」

と寂しそうに言って、向井は、トレーニング室を出て行った。
それでも二人は、競い合っている………。

「何もここで鍛えなくても…」

厨房に向かいながら、向井は項垂れる。

「…講義が無いからって、何も早く来なくても…」

背後の嘆く声に、向井は振り返った。

「って、真北さんっ!!」
「むかいん〜、真子ちゃんから言われただろがぁ。
 ここでは、料理から離れろって」
「私から料理を取り上げたら、何も無いでしょう〜。
 くまはちもぺんこうも、趣味のように体を鍛えるけど、
 私は、料理で体を鍛えてるんですよ。そう仰る
 真北さんこそ、私を見張るように…」
「暇…なんだもぉん」

春樹がふくれっ面。

「お嬢様と一緒に、頂上へ行かれたらどうですか?」
「まさが、すごぉぉい眼差しを向けるのに?」
「だからって、何も」
「地山一家に挨拶、行ってこようかなぁ」

ポリポリと頭を掻きながら、春樹が呟く。

「真北さんこそ、お嬢様に言われておられるでしょう〜。
 ここでは、何もかも忘れて、くつろぐようにぃ〜って」
「そうだけど、俺は体を動かさないと…」
「それなら、あの二人と競ってみては、どうですか?」

向井の言葉に春樹の眼差しが輝く。
そして…………。


「ムキにならないで下さいっ!」
「五月蠅いっ! そう言うお前こそ、諦めろっ」
「真北さんこそ、歳を考えてくださいよっ!!!
 いくら体を動かしているからって、もうすぐ
 四十の男がムキになるとはぁ〜っ!!!」
「俺は、まだまだ、若いっ!!!」

芯と春樹が言い合いながら、体を動かしている。
二人の動きは、納まるどころか、更に早くなっていく。
その横では、八造がマイペースで体を動かしていた。

「わぁぁっ!!」

と二人が声を張り上げた。
驚いた八造は動きを止めて、声がした方に振り返った。
競い合っていた二人は、同時に床に転がっている。思いっきり腰を打ち付けたのか、腰を押さえながら体を起こし始めた。

「………機械を壊してどうするんですか……」

八造が呆れたように呟いた。
二人の動きは、機械にかなりの負担を掛けてしまったらしく、突然、動きを止めてしまった。その弾みで、二人は床に転がっていた。体を起こしながら、二人は呆れたように息を吐く。

「まさに……もっと凄い機械を頼むか…」

春樹が呟いた。

「そうですね」

芯が応える。

「……………それ以上の機械は、まだ御座いませんよ…」

少し低い声が聞こえてきた。
その声に振り返る春樹と芯。
そこには、鬼かと見間違えるような表情をした、まさが立っていた。
二人の背中に、冷たいものが、伝っていく。

「ねぇ、くまはち」
「はい、何でしょうか、お嬢様」
「壊れたの?」
「壊した…の間違いでしょうね」
「くまはちっ!」

真子に応える八造に、思わず二人は怒鳴ってしまう。

「修理出来ないの?」
「そうですね……」

八造は、壊れた機械をじっくりと見始めた。
壊れた箇所を見つけた八造は、重そうな機械を簡単に横に倒して、

「この部分が折れただけのようですから、修理出来るでしょう」
「良かったぁ」
「あっ、でも…」
「えっ?」
「コンピュータの方が、根を上げてますね…」
「駄目なの?」

真子が、うるうるした眼差しで、八造を見つめる。

お嬢様、その眼差しは……ちょっと。

と思った八造は、ふと、何かを思い出した。

「コンピュータなら…」
「あっ、そうだね!」

と二人は同時に、一人の人物を見つめた。

「プロが居ますよ……ここに」
「うん、うん!」

二人の熱い視線に気付いた一人の男。

「わ、私…ですかぁ???」

それは、芯だった。

「そうでしたね、お嬢様。確か、ぺんこうはコンピュータに対しても
 詳しい先生でしたねぇ〜」

芯を見つめるまさの眼差し。それは、語っていた。

壊したなら、自分で修理しろっ。

「………解りましたよぉ……」

ふてくされたように言った芯。それは何故か微笑ましい雰囲気だった。
春樹が微笑んでいる……。

「…真北さんも、ですよ?」

まさに促される春樹。

「はぁい」

春樹は、ふくれっ面になりながら、返事をした。

二人が壊した機械の修理をしている横では、八造も手伝っていた。
その光景を見つめる真子とまさ。

「ねぇ、まささん」
「はい」
「あのね……どう…思う?」
「どう…とは?」
「くまはちの姿を観て…」
「くまはちの姿ですか? どう見ても、呆れてますね、お二人に」
「そうじゃなくてぇ」
「何ですか?」
「その……ボディーガード以外の仕事の話ぃ」
「あぁ、あれですか……そうですね…。…お嬢様は、やはり…」

まさの言葉に、真子はコクッと頷いた。

「でも、何をしたらいいのか、私には解らなくて…」
「以前、私の仕事を手伝ってもらった時は、その動きには
 驚きましたよ」
「動き?」
「えぇ。一度説明をしただけで、すぐに理解する。そして、
 細かなところに気付きます。それが間違っていないから、
 私は、感心しっぱなしでした」
「事務処理??????」
「それもございますよ。それに、ホテルの経営についてとか
 先のことを事細かく考えて、提案してくれました」
「経営者?????」
「う〜ん、どう申せばいいんでしょうか……」
「なんでも出来るって事??」

ゆっくりと首を傾げながら、真子が尋ねる。

「そうですね…そういう事になります」
「それじゃぁ、お父様のお仕事の手伝いも?」
「あれ? 時々なさってるのでは?」
「それは、お父様のボディーガードの方。関西での仕事の事!」
「関西での仕事ですか……」
「…うん……」

その声に、少し寂しさを感じたまさは、真子の前にしゃがみ込み、顔を覗き込んだ。

「お嬢様、もう、決めておられるんですか?」

真子は、頷いた。

「くまはちと離れることになるんですよ? それでも?」

少し、間があったものの、真子は再び頷く。
その仕草を観て、まさは、真子を抱きしめてしまった。

「お嬢様…何も我慢なさることは…」
「でも……嫌だから…。私を守って……」

真子は消え入る声で、まさに訴える。

自分を守って、怪我をして欲しくない。
ママのように、なってしまうのは、嫌だ…。

真子を抱きしめる腕に力がこもった……途端、六つの鋭い何かが背中に突き刺さる。

いや、その……ね…。

焦るまさは、そっと真子から手を離す。

「終わったんですか?」

冷たく言うまさは、突き刺さる鋭い何かよりも、更に鋭い眼差しで、芯と春樹を睨み付ける。

「…終わったが、…何してる……」

地を這うような、低い声で春樹が言った。

「お嬢様が、機械の気持ちを考えておられるんですよ?」

と誤魔化すまさ。
その誤魔化しが、春樹と芯に通じてしまう。
それ程、真子の眼差しは哀しげだったのだろう。

「わぁっ! 真子ちゃん、なおったから、なおったから!!!」
「お嬢様、もう、大丈夫ですよ!!!」

焦ったように言い始める二人。
やはり兄弟。
焦る表情も、その仕草も、全く同じ。

「まるで双子だな…」

まさが呟くと、

「そうですね」

八造が応えた。
そんな二人の眼差しの先では、芯と春樹が、真子を奪い取るような雰囲気が……。

ったくっ…。

と、少し怒りのオーラを醸し出して、芯と春樹の腕から真子を取り上げる八造。

「本当に………いい加減にしてくださいね。…お嬢様は……
 お二人のおもちゃじゃないんですよっ!!!!」

トレーニング室に、八造の声が響き渡った…。



その日の夜。支配人室には、春樹の姿があった。
もちろん、まさと一緒に飲む為に…。

「そういう事だったのか」

トレーニング室でのまさの行動を問いつめた春樹。まさは、春樹に真子の思いを包み隠さず伝えていた。
まさから真子の思いを聞いた春樹は、勢い良くグラスを空ける。

「それは、俺も慶造に相談した事だから、心配ないけどなぁ」
「そうなんですか?」
「あぁ。真子ちゃんが、よく口にするようになったからさ。
 真子ちゃんの拉致事件。あの頃に、関西に行ったんだよ」
「慶造さんの代わり…でしたよね」
「…なんで知ってる??」
「あっ……」

誤魔化すように、まさはアルコールを飲む。

「まぁ、いい。…で、その時だよ。くまはちの力量に気付いたのは。
 まさは違うんだな。…お前の仕事を手伝った時か?」
「えぇ。くまはちの意見を通したところ、成功しましたよ」
「そっか……」

春樹の心は決まったのか、グラスにアルコールを注ぎ、静かに飲み始めた。
まさも同じように、飲み始める。

二人が飲んでいる頃、温泉の側にある湯川の部屋では……。

「あぁ、もぉぉっ!!! なんか、腹が立つっ!」

なんとなく荒れたように飲む芯の姿があった。

「ぺんこう先生ぃ、控えてくださいよぉ!!」

湯川が焦ったように、芯の手から酒瓶を取り上げる。

「これくらいじゃ、酔いませんっ!」

そう言って、取り返した芯は、瓶から直接飲み始めた。

「って、おい、ぺんこうぅ」
「大丈夫だって」
「怒りを酒に紛らわせるなっ!」

八造が取り上げる。

「だから、俺は…」
「これを飲み干したら、五本目だぞ……お嬢様だけじゃなく
 俺も怒るぞ……」
「…解ったよっ……って、言うくまはちこそ、同じ本数空けてるだろが!」
「俺も大丈夫だぁ」
「俺が倒れるぅ〜」

そう言った途端、湯川がグロッキー……。

「って、湯川さんっ!!!」

驚いたように湯川を呼ぶ二人の声が、遠くに聞こえた……。


と、あちこちの部屋で飲んでいる頃、真子と向井は、それぞれの部屋で、すやすやと眠っていた。




真子と八造、そして向井が、元気にゲレンデを滑ってくる。その様子を芯は支配人室の窓から眺めていた。

「機械を壊す勢いで体を動かして、その夜に、それだけ飲めば
 そりゃぁ、思うように体は動かないでしょうねぇ」
「反省してます」

まさの言葉に項垂れる芯。

「なのに、真北さんは、挨拶回りですか…」
「やはり、強靱な体なんですね、あの人は」

本当に敵わない……。

芯は、ため息を付いた。

「おや、元気がありませんね」
「まぁ……ね。…どれだけ鍛えても、あの人には追いつかないと
 そう思うと、思わずため息が出ましたよ…」
「体を鍛える為の格闘技だったと、お聞きしてますが…」
「えぇ。私が体調を崩す度に見せる、あの人の表情…。
 耐えられなくて……」
「それなら、今日は、更に凄い表情をしていたかもしれませんね」

まさの言葉に、芯は焦る。

「……忘れてました……」
「まぁ、大丈夫でしょう」
「ほへ?!」
「ぺんこうは、もう、大人ですよ。体は鍛えられてますからねぇ。
 私が観ても、その心配はもう、無いことくらい、解ります。
 真北さんもそうでしょうね」
「それなら……安心なんですけどね」

何か、隠してるような雰囲気があるからなぁ…。

芯は、口を尖らせる。

「そうしてると、そっくりですよ」
「ほっといてください」

自分の仕草に気付いたのか、芯は、まさの言葉に反抗的だった。
真子が、芯の姿に気付いたのか、ゲレンデを滑り降りた途端、手を振ってきた。
芯も応えるように手を振る。
真子はリフトへと向かっていった。その真子を追いかけるように、八造と向井も滑っていく。

「くまはちこそ、強靱ですね…」
「ここでの機械では、力を抑えてるようですから」
「そうなんですか???」
「くまはちは、機械に合わせて体を動かしてますよ?」
「……本当に、反省してます……」

芯は、苦笑い。それに釣られて、まさは微笑んでいた。



(2006.4.10 第八部 第二話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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