任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第六話 成長

須藤家の朝。
組員や若い衆は、それぞれの仕事をしていた。

「おはようございます!」

組員達の元気な声が時々聞こえてくる。
廊下を掃除している者、窓を拭いている者…その中をよしのと二人の少年が歩いていく。
三人は庭に降りてきた。

「ねぇ、よしの。あの人?」

小さい少年が尋ねた。

「はい。…部屋に居ないと思ったら…」
「昨日、怪我をしたんでしょう? もう治ったの?」

大きい方の少年が尋ねる。

「う〜ん、二、三日は動かないようにって言われたのになぁ」

よしのは困ったように頭を掻いた。
そして、三人が見つめる先には、八造が庭木の手入れをしている姿がある。
八造は、脚立から降り、隣の木の下に立ち、じっくりと観察するように見上げた。
背後の人の気配に気付き、振り返る。

「…?!?? ん???」

小さな少年が立っていた。

「お兄さんが、猪熊さん?」
「え、えぇ………」

少年の向こうに居るよしのに気付き、声を掛けてきた少年が誰なのかを直ぐに察した。
八造は、少年の目線までしゃがみ込み、笑顔を見せた。

「一平くん、初めまして」
「どうして、僕の名前を知ってるの?」
「須藤さんから聞いてますから」
「ねぇ、何してるん?」
「庭の手入れですよ。きちんと手入れしないと、
 庭木も泣きますからね」
「……猪熊さんって、庭木と会話できるん??」

一平の眼差しが輝く。

あれ? 想像していた雰囲気と違うな…。

「なぁ、よしのぉ。」

八造と話している雰囲気とは全く違い、一平は、よしのを呼び捨てにし、下僕のように扱っている。

「なんでしょうか」
「春休みの間、猪熊さんが一緒なん?」
「おやっさんからは、そうお聞きしてますよ」
「よしのさん、その事は、まだ決めておりませんが…」
「傷が完治するまでは、動かないようにと言われましたよ?」
「いや、その…そうですが……でも、例の仕事へは
 支障がないと、申し上げましたが…」
「勉強、見てくれるって聞いたんやけど…ちゃうん?」
「……私、中学中退ですが…」
「えっ? それやったら、俺の勉強、見てもらわれへんやん!」

そう言ったのは、須藤の長男・康一だった。

「でも、語学は長けてると耳に…それに、あの会議での
 発言は、どう考えても…大卒だと、おやっさんは…」
「一平くんは、小学五年生だよね」
「うん! 今度、五年生になる!」
「小学六年生までなら、大丈夫ですよ。勉強、見ましょうか?」
「たぶんな、今まで習ったとこの復習あると思うねん。
 おかんの実家での学校と、こっちの学校って、進み方が
 ちゃうと思うから、しっかり勉強しとこぉ思うねん!!」

一平坊ちゃん、楽しそうですね…。

よしのの顔が綻んでいた。それを見逃すはずがない、康一が、よしのに声を掛ける。

「よしのさん、どうしたんですか? 嬉しそうですよ」
「あっ、すみません。一平坊ちゃんのあの表情を
 久しぶりに観たので、嬉しくなりまして…」
「そうやろな。俺も久しぶりに観るで。あんまし笑わへんもんな」
「おやっさんが一番…心配なさってることですから」
「……もしかして、親父…阿山組の真北って人の言葉…
 信じてるんか?」
「笑顔を取り戻させる術を持っている……ですか…」
「うん」
「確かに、猪熊の雰囲気って、私たち極道の世界で生きている
 人間と、ちょっと違っているんですよね。行動自体は、極道
 そのものなのに、…そこが、阿山組の不思議な所だと、
 以前から、おやっさんが気にしてた」
「もしかして、じいちゃんのこと?」

康一が、口にした『じいちゃん』とは、須藤の父にあたる。

「えぇ。阿山組四代目が、大阪に来た頃のお話ですよ」
「あの時は、あの猪熊って人、一緒やったん?」
「いいえ。抗争の終結をした…小島栄三が一緒だったそうですよ」
「そのイメージとちゃうん?」
「へ?!」
「ふざけたような、いい加減な奴なんやろ、小島って人は」
「えぇ…まぁ…確かに…」

その割に、おっそろしい奴やったよなぁ。

よしのはため息を付いた。

「わっ、一平坊ちゃん、駄目ですよ!! 危険です!」

突然、よしのが声を張り上げ駆け出した。
八造と話し込んでいた一平が、脚立に乗って、枝を切ろうとしている所だった。

「大丈夫ですよ、よしのさん。私が見ておりますから」
「それでも、刃物は…」
「危険だからと言って、触らせないで居ると、なぜ危険なのか
 理解できないまま、大人になってしまいますよ。それに、
 一平くんは、危ないことも知ってます。だから、慎重に出来ますよ」
「それでも、怪我をしたら…」

よしのは言葉を噤んだ。
一平が睨んでいる……。

「もぉ、そうやって、俺を過保護にするから、冷たく当たってんねんで!」
「振り上げないっ」

一平の言葉よりも、ちょっぴりきつめの言葉で八造が言う。
八造の言葉通り、一平は、枝切りばさみを持った手を振り上げていた。

「すみません…」
「では、その枝の、先の方を軽く切ってください」
「こう?」
「はい」

チョキン。
一平に切られた枝が、地面に落ちていく。

「なぁ、猪熊さん。今の、どこがあかんのん?」
「そうですね……」

一平の質問に、八造は細かく応えていく。
真剣な眼差しで八造の話を聞いている一平を見つめながら、よしのは、そっと去っていく。

「一平が素直や…」

康一が驚いたような、感心したような口調で言った。

「私…過保護ですか?」

一平の言葉にショックを受けたのか、よしのが寂しげに尋ねた。

「充分な」

その声は、須藤だった。

「!!! おやっさん! おはようございます!」
「親父、おはよぉ。珍しく、遅いやん」
「ん? いつものことや」
「…そうですかぁ。お袋は台所?」
「まぁな。今から用意やから、遅くなると思うで」
「親父、歳考えや」
「ほっとけ。…って、一平が笑顔やな。思った通りや」

須藤の眼差しも嬉しそうになっている。

「一平に取られてもぉた」

康一が、ちょっぴり寂しげに言った。

「康一も一緒におったらええやろ」
「なんか、あの人の雰囲気に近寄りにくい」
「お前が避けてるんちゃうんか?」
「そんなことないけど」
「勉強とか、格闘技とか、身に付ける良い機会やで」
「あの人、中学中退やぁ言うてたで」
「……よしの、ほんまか?」
「はい」
「…ほな、あの頭の切れは、なんや?」
「元々備わってるだけだ」

と新たな人物の声が……。
それに驚き振り返ると、そこには、春樹が立っていた。

「っ!!!!!!! って、真北さん、何してるんですかっ!!
 というよりも、誰や、通したんわぁぁぁ」
「なんや、須藤〜、俺が来たら、やばいんか?」
「いや、そうやないけど、こんな朝早くから…」
「姐さんに通してもらったんやけど…」

と言いながら春樹が指を差す先に、須藤の妻の姿があった。

「くまはちが怪我をしたと耳にしてだな……って、あいつ
 撃たれたんちゃうんか? なんで、あんなに元気に……」
「傷の治りが早いらしいですよ。医者も言ってた……って、
 聞いてないし…あの人はぁ」

須藤の言葉を無視するかのように、春樹は庭にいる八造の所へ向かって歩いていく。

「医者の話になると、避けるんやからなぁ、あの人は」
「親父……真北さんに弱いんか?」
「ん? ま、まぁな。あれでも、元刑事やし…」
「なんとなく、解るわ…刑事って雰囲気やもん」
「康一には、解るんか?」
「だって、親父とオーラが違うもん。…で、一番強いん?」
「そうやろな。四代目でも、頭が上がらんらしいし」

須藤、康一、そして、よしのが見つめる先に居る八造たち。
春樹が八造に何かを怒鳴り、八造は平謝りしている姿があった。側の脚立に乗って、枝を切る一平の姿もある。八造は、一平に何かを告げながら、春樹の話を聞いていた。

「………凄いな…猪熊さん」

康一が呟く。

「…両方をこなせるなんて…それも、真北の言葉を聞きながら…」
「…そうじゃなくて、なんとなく、真北さんって人に反抗的…」
「言われてみれば……」

春樹の拳が、八造の鳩尾に突き刺さる。八造はそのまま座り込んでしまった。

「真北さん!!! そこ怪我してるとこやで!!」

慌てたように須藤が叫ぶ。
しかし、それは遅かった………。




「すまん、くまはち」
「いいえ…油断してました…」

ベッドの上で春樹に治療を受けながら、八造が呟いた。

「誰に治療してもらった? プロ級…というか、道先生に
 似た治療法だな……」
「あっ、その……凄腕の…外科医だそうですが…」
「そうか…」

そう応えたっきり、春樹は何も言わなくなった。
無言で治療を終える春樹。
八造は体を起こし、服を着る。

「怪我は大したことございませんが…まさか…」
「いつもの仕事や。そのついで。…で、一緒に居た男の子の
 世話…頼まれたんか?」
「えぇ。勉強も見てやってほしいと…」
「得意やろ」
「それは、真北さんの方じゃありませんか」
「…ほんまに、反抗的やな……。何を苛立ってるんや?」

春樹は、八造の何かに気付いた様子。

「………すみません……いつものように振る舞ってるんですが…」
「家を半壊させる程の勢いやったら、何かあると思うやろが。
 …やっぱり、くまはちも、心の支えになってたんやな」
「…それは…」
「立場抜きや。言うてみ」

春樹の口調は、まるで刑事の尋問。
それは、得意じゃないはずなのに…。(聴取は拳で…の男だから)

「お嬢様のことが…気になって…」
「…実はな…真子ちゃんも…ちょっとな…」
「えっ?」
「お前が旅立ってから、暫くは変わらなかったんだけどな、
 一週間も経った時には、昔のように……くまはちが来る前の
 ………ちさとさんが…亡くなった後に見せた…雰囲気がな…」
「ぺんこうやむかいんは?」
「お前のように、毎日側に居ないだろが。その時は…だよ」

その言葉を聞いた途端、八造は立ち上がる。

「やはり、私は戻ります!」
「くまはち…」

しかし、八造の勢いは、直ぐに殺げた。

「でも…」

そう呟いて、腰を下ろす。

「お嬢様と約束…しましたね…。四代目の仕事を覚えて
 そして、お嬢様に色々な世界を教えると…。お嬢様の為に…」

寂しげに俯く八造の頭を、春樹は優しく撫でる。

「真子ちゃんも、そう言ってた。だから、大丈夫。…真子ちゃんからの
 伝言だ」
「お嬢様…から…の?」
「あぁ。怪我の事も知ってたぞ」
「…えいぞう?」
「恐らくな」
「……ったく、あいつは、ろくなこと教えないっ!」
「無茶しないで…と念を押せとも言われてきた」
「も、申し訳御座いませんっ!!!」

勢い良く立ち上がり、深々と頭を下げる八造に、春樹は笑い出した。

「そう伝えておくよ」
「は…はぁ……」
「……須藤の言葉にあったけど、くまはちぃ、康一くんの
 勉強は無理だと言ったのか?」
「私は中学中退なので、高校生の勉強は…」
「………ぺんこうから聞いてるけどなぁ。……どう転んでも
 大検はあるだろうって。それなら、高校生の勉強も
 大丈夫だろが」
「しかし…今の授業は、かなり進んでいるはずですが…」
「……………いつの話や?」

勉強したのは、いつの事なのかが気になる春樹。ちょっぴり凄みを利かせて尋ねてしまう。

「その……中退直後……です」
「どこまで学んだ?」
「体を鍛える時間は限りありますから、時間が空いた時に
 兄貴の教科書をこっそり借りて………」
「それやったら、勉強大丈夫やろが」
「そうですが、私は、須藤さんの側で学びたい事があります」
「真子ちゃんの為……それなら、傷を完治させてからでも
 大丈夫やろが。それに、春休みも少し。その間くらいは
 何の進展もせぇへんやろ」
「そうですが……」
「書類に目を一回通すだけで、全てを把握して、意見をする。
 まとめさせたら、細かい割には、解りやすい。…それが出来る
 お前なのに、一日や二日、関わらなくても、遅れは取らん。
 …俺の言葉…信用ならんか?」

真剣な眼差し。
春樹のその眼差しに、八造は何も言えなくなり、

「ええんやな?」

春樹の言葉に、そっと頷いた。

「ほな、朝食」
「はぁ?」
「俺も食べてないからさぁ」
「急な客人への用意はされてませんよっ!」
「大丈夫や」

自信たっぷりに言う春樹。
全く、その通り。

『真北さぁん、八造ちゃぁん、ご飯やでぇ』

須藤の妻の声が聞こえてきた。

「……………呼び方……変えてもらえ…」
「……そうします……」

須藤の妻の呼び方に、春樹は必死で笑いを堪えている。

「笑わないでくださいっ!!」

八造が小さく怒った。




朝食後、八造は一平と康一の部屋へと一緒に向かった。その三人を見送った春樹は、リビングで須藤と食後のコーヒーを飲んでいた。春樹は、お茶だが…。

「高級茶、よぉ見つけたなぁ」
「知り合いに居るんでね」

春樹の言葉に須藤は短く応える。
高級茶を好む男は、須藤の知り合いに、一人しか居ない。
春樹も知っているはずの男だが、須藤は敢えて相手の名前を口にしなかった。

「資金は、四代目に返却してください。それらは大丈夫だと」
「そっちは、お前らでやれよ。こっちのは、くまはちが世話になる分」
「それも大丈夫ですから。その分、動いてもらいます」
「ほな、預ける形にしとったる」
「……真北さん、関西弁に染まってませんか?」
「そら、染まるやろな。こっちに来る確率が完全に高くなっとるし」
「お嬢さんに…影響しますよ?」
「向こうでは、標準語」
「さよですか……で、猪熊の心配と、この資金だけちゃいますよね?」
「あん?」

ふざけた口調で返事をした春樹。しかし、須藤の眼差しは真剣だった。

「耳に…してるんですが……こっちでの仕事」
「仕事??」
「時々、刑事達と一緒の所を見かけてるんですよ」
「そら、そうやろ。あいつら、俺のことを知ってると言って
 何度もしつこく近づいてくるからなぁ」

たじろぎもせずに、春樹は応えた。

「本当に、記憶…戻らないんですか? 昔の知り合いに会ったら
 それこそ、思い出しそうなのに。…もしかして、潜入捜査…?」
「………須藤」

春樹が静かに呼ぶ。その声に、須藤の背中に汗が伝った。

「なんでしょう?」

春樹は、真剣な眼差しを須藤に向けていた。
ゆっくりと口が開いていく…。

「俺……本当に……やくざ泣かせの刑事やったんか?」

その言葉に、須藤の力が、抜けた。

「そうですよ。泣かされたやくざの数は滅茶苦茶多いんやで」
「……その刑事たちも、そう言って、俺に話しかけるんやけど、
 …今一、解らんのや…」

腕を組み、首を傾げる春樹。その仕草は、どこか滑稽に思えた須藤は、笑いを堪えるように俯いた。体が揺れている。本当に笑いを堪えているのだろう。

「須藤ぅ〜、何が可笑しいんや?」
「すんませんなぁ。なんだか、俺の知っとる、あんたと違っててなぁ」
「これが、普通やねんけどな」
「そうでっか」

須藤は、気を取り直すかのようにコーヒーを飲み干した。

「そや」
「あん?」

という春樹の返事は、えいぞうそっくり…。

「くまはち……って、どういうことや?」
「あぁ、それな、俺達だけのあだ名」
「あだ名?」
「…真子ちゃんだよ、付けたのは」
「お嬢さんが?」
「まぁ、話せば長くなるけど……聞く…か?」

とか言いながらも、春樹の眼差しは語りたがっているのが解る。
だから、

「そうですね。お聞きしたいですよ」

と須藤は応えてしまう。

「実はな……」

春樹が真子のことを語ると、止まらない……。
須藤は、まだ、その事を知らないで居た。



その頃、一平と康一の部屋では、八造の家庭教師が続いていた。

「そこはですね…」

中学生と小学生の勉強を一緒に見ている八造。
本当に中学中退とは思えないほどの教えっぷりに、側に付いているよしのは、感心していた。

「よしのって、ここまで、教えてくれへんで」

一平が呟くように言った。

「すみません…」
「よしのさんって、大卒やんなぁ、確か」
「それはヒミツです」

康一の言葉に、よしのは苦笑い。
その会話を耳にしながらも、八造の教師っぷりは、輝いている。
本部の誰かさんよりも、似合っているかもしれない。

「なぁ、猪熊さん」

康一が尋ねる。

「はい」
「真北さんって、怖いん?」

康一の質問が唐突だったが、八造は優しく応えた。

「いいえ。とても優しい方ですよ。それを周りに悟られたくなくて
 あのように、怖く振る舞っているだけです。そうじゃないと、
 四代目を叱ることが出来ませんからね」
「元刑事…って聞いたけど…」
「真北さん自身は、覚えてないそうです。事故の後、色々と
 あの体にありましたから、記憶を取り戻す事を忘れてるかもしれませんね」
「刑事の仲間…おるんやろ?」
「こちらに来られた時、何度か声を掛けられてましたね。…でも…」

八造は、春樹が居る方に目をやった。

「記憶にないから…と、そう伝えて、その人達と話を弾ませて
 そして、別れております。…体のどこかに、残っているんでしょうね。
 やくざ泣かせで、刑事泣かせ、上司泣かせだという噂ですが、
 そう思えないほど…とても、優しいですよ」

笑みを浮かべる八造だが、その心では…。

お嬢様にだけですけどねぇ〜。

と語っていた。
心の声を聞く人間は、ここには居ないだけに、八造は安心して、心で語っていた。

「ふ〜ん。…親父の頭が上がらへんみたいやから、気になっとった。
 親父が頭、上がらんのは、お袋と医者だけやから…真北さんにも
 上がらんのかなぁっと思ってな」
「刑事というオーラが残ってますから、その辺りを警戒してるんでしょうね」
「なぁ、なぁ、猪熊さん」

一平が、何か興味を抱いたような眼差しで呼んだ。

「はい」
「阿山慶造四代目って、…親父が言うように、武器を体の一部のように
 扱うほど、恐ろしい人なん?」
「噂ですね、それは」
「ほんま?」
「えぇ」

八造は、そう応えるだけで、

「勉強、進めますよ」

と厳しい言葉を投げかけた。
二人は渋々勉強に戻る。

一平坊ちゃんが……素直ですね…。

いつもと違う一平を見て、よしのは、不思議な光景を見るような眼差しをしていた。



須藤家と同じように、勉強に励んでいる者が、阿山組本部にも居た。
芯に勉強を見てもらっている真子だった。
この四月から六年生になる真子。
既に勉強を終えている六年生の所だが、復習を兼ねて、芯が勉強を見ていた。
教えた事は、忘れていない真子。
今の真子に必要なのは、笑顔だった。
芯の前では笑っている。真子らしい笑顔を見せている。しかし、一人になった時は寂しげな表情をみせている。芯は知っているが、その事には絶対に触れなかった。
真子から返ってくる言葉が解っているだけに…。

「…ねぇ、ぺんこう」
「はい。お疲れですか?」

真子は首を横に振る。

「あのね、この頃……胸が痛いの…」

くまはちが居なくなったからなのか?
でも、大丈夫だと…夕べは言ったのにな…。
もしかして、真北さん…。

「そのことじゃなくて…その……ここが…」

と真子が手を当てた所は、両胸…。
その仕草で気付く芯。

「美穂先生に…診てもらいましょうか?」
「その方が…良いの?」
「私がお教えすると、真北さんに叱られそうですから」

と言いながら、ちょっぴり頬を赤らめていた。

「授業で教えてもらったんだけど……女性の体になるって…」
「そうですね。お嬢様の年齢は、そのような年齢ですから。
 同級生にもおられるのでは、ありませんか?」
「あまり話さないから解らないぃ…」
「そうでした……。でも、女性の体のしくみは、やはり
 女性である美穂先生に教えてもらう方が、一番良いですね。
 教師となる私のような男性も解ってることですが、
 それは、知識だけで、本当の事は、経験のある人に聞くのが
 一番ですからね」

って、俺、何だか……。

芯は真子から目を反らす。
どうやら、脳裏に何かが過ぎったらしい。

「ぺんこう、大丈夫????」

真子が心配そうに顔を近づけ、額に額をくっつけてきた。
芯の頬が赤いことに気付き、熱でもあるのかと、真子は心配していた。
その行動が、更に赤くしてしまうものだと、真子は気付く事はない。
更に真っ赤になってしまう芯。

「お、お、お嬢様……その……」

焦る芯。
いつもなら、そのような事でも平静を装うのに、この時ばかりは、違っていた。

「ぺんこう??」
「ちょ、ちょっと失礼します!!」

芯は真子の部屋を、慌てて出て行った。

「ぺんこう?!??」

芯は、真子の部屋を勢い良く飛び出し、その足で、庭に降りる。
そこは、真子が体を鍛える為に用意された、藁を巻いている棒が突き刺さっている場所。
芯は、歩いてくる勢いのまま、その棒に向かって、蹴りを出し続けた。
まるで、沸き立った衝動を抑えるかのように………。

「うりゃぁあぁぁぁっ!!」

本部内に響くかのような声を張り上げ、芯は蹴りを突き出した。
その蹴りで、棒が折れ、折れた勢いで地面に突き刺さった。
芯の声に驚き、その場に駆けつける組員達。

「ぺんこう先生、どうされたんですかっ!!」

心配したように声を掛けてくる。

「はぁ、はぁ、はぁ………すまん。ちょっと……な」

そう応えて、息を整える芯は、

心配するな。

と手を挙げて、組員に伝えた。
組員は、それぞれが、軽く頭を下げて、去っていく。
一人になった芯は、グッと拳を握りしめ、地面を叩き付けた。
何かの気配に気付き、顔を上げた。

「四代目…」

そこには、無表情で立ちつくす、慶造の姿があった。



慶造の部屋。
慶造の前に正座をしている芯は、終始俯いたままだった。
慶造が煙草に火を付け、一煙吐いた。

「怒り……か? …そうは思えなかったが…」

静かに語り出す慶造に、芯は何も応えない。

「真子は、まだ子供だぞ」

その言葉に、芯はガバッと顔を上げた。

「申し訳御座いませんでした!」
「…まだ、手を付けてないんだろが。謝る事はない」

そう言って、煙草をもみ消す慶造は、新たな物に火を付けた。

「真北が…過ぎったか?」
「はい」
「…それが、お前の望みだろが」
「しかし……」
「大人になってから…のつもりなのか?」
「………解りません。…ただ、お嬢様の体が、大人に向かっていく事を
 考えてなかった…私に落ち度があります」

芯の言葉に、慶造は口をあんぐりと開けてしまう。

「…おいおい……忘れていたのかよ…」
「お嬢様の笑顔のことばかり考えて…その……体のことは…」
「それでか…今でも一緒にお風呂に入ってるのは」
「あっ、その……いや、………………すみません…」

真っ赤な顔をして、小声で言った。

「…なぁ、ぺんこう」
「はい」
「真北のこと抜きで、…お前の真子に対する思いは…どうなんだよ」
「…四代目………」

慶造の目を見つめる芯。慶造の眼差しは真剣そのものだった。
応えの選択を間違えると、もしかしたら、もう、ここに居られなくなるかもしれない。真子の側に居る事を、停められる可能性がある。
芯は、暫く考え込む。
その表情は、春樹と全く同じものだが、慶造には、少し違って見えていた。

「私には……欠かせない存在になってます。私の一部……
 側に居たい。守りたい。姿を見ないと、心配で……」
「…山本」

慶造の声が低くなる。それには思わず身構えた。

「真子の気持ちも…考えてからにしろよ。…解ってるな?」
「四代目??」
「まだ、子供だけど、いずれは、女性となるだろ。
 その時の事だ。お前の感情に任せて、行動に出るな…
 そういう意味だ」
「それは、ご安心を。相手に気持ちを聞いてから……あっ…」

自分の女性関係を話しそうになった芯は、思わず口を塞いでしまった。

「ったく……真北と同じように、どれだけの女性を泣かせてんだよ」
「その……求められるまま…」
「いつの話だ?」
「今は…その…」
「ここに来る前…って、真面目な高校生がぁ〜」
「あっ、その……………」
「まぁ、いい。今日のことを肝に銘じて、これからを過ごせよ」
「はっ」
「真北には、内緒にしててやる」
「ありがとうございます」
「早く戻ってくれ。真子が心配だ」
「かしこまりました。ご心配をお掛けし、申し訳御座いませんでした。
 それでは、失礼します」

深々と頭を下げて立ち上がり、部屋を出るときに再び頭を下げて、芯は出て行った。

慶造は、新たな煙草に火を付ける。
そして、ゆっくりと吐き出した。

ったく…。

銜え煙草で寝転がる慶造。
どうやら、真子に手を付けたと思ったらしい。
芯が、春樹の弟であることが、そういう考えを抱く結果となっていた。
そんな慶造の心配は、他にもあった。

どうしたもんかなぁ〜。



(2006.5.8 第八部 第六話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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