任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第九話 勇気を!

春樹運転の車が走っていた。その車に付いてくるように屋根を飛び越えて来る桂守。
それに気付きながらも、春樹はいつもの場所へと向かって、車を走らせる。

「それでね、先生が…」

真子は、学校での出来事を嬉しそうに話している。春樹は笑顔で、真子の話に耳を傾けていた。

「それは、真子ちゃんが張り切りすぎだからですよ」
「そんなことないのにぃ〜」

真子がふくれっ面になると、春樹は真子の頬を突っついた。

「そろそろ到着ですよ」

春樹が言うと、真子の眼差しが輝く。

「すごく久しぶり!!! 色とりどりかな!」
「たくさん咲いているといいですね!」
「うん!」

本当に久しぶりに河川敷へ来た真子と春樹。
しかし、春樹にとっては、ちょっぴり複雑な気持ち。
真子に打ち明けなければならない…。
これからの事を…。


車が河川敷の駐車場に停まった。春樹は、辺りの様子を伺ってから、真子を降ろす。
少し離れたところで、桂守がさりげなく二人の護衛に入っていた。
隆栄が姿を見せた。
慶造が桂守に連絡を入れた時、側に居た為、思わず足を運んだらしい。

「私一人で大丈夫ですよ。再発しますよ、隆栄さん」
「構へん。出発前に新たな情報やから」
「真子お嬢様に気付かれたら、どうされるんですか」
「真北さんが一人になるところを見計らって、手渡すさ」

そう言いながら、手を繋いで河川敷の階段を昇っていく二人を見つめる隆栄。その眼差しは、どことなく寂しげだった。

「隆栄さん」
「…あ、すまん」
「大丈夫ですよ。真子お嬢様は、とても強い方ですから。
 誰よりも周りのことを考えてくださる…優しい方でもあります。
 だから…」
「みなまで言うな…あほ」

優しく笑みを浮かべた隆栄に、桂守は微笑んだ。
その眼差しが鋭くなる。

「失礼します」

そう言って、姿を消した。
少し離れた所で、呻き声が聞こえる。

「……手加減なし…ですか……」

隆栄が呟いた。




河川敷の土手に腰を下ろした春樹は、背後で感じた気配に、フッとため息を付いた。

手加減してあげてくださいね……。

春樹は真子を見つめる。
真子は、河川敷の様子を眺めていた。
犬の散歩をする人、そして、犬と戯れる人、ウォーキングする人、ジョギングする人…。色々な人が居た。
真子と春樹は、その景色を眺めながら、心を和ませていた。

「実はね、真子ちゃん」

春樹が静かに口を開いた。

「なぁに?」

真子が振り向き、首を傾げた。

うっ……かわいい……。

思わず真子を抱きしめる春樹。

「真北さん、どうしたの? 疲れたの?? …お仕事忙しかったもんね…。
 逢えなかったから、寂しかったな…。色々とお話したかったの…」
「真子ちゃんが眠ってる時間に帰ってましたよ。そして、起きる前に
 出掛けてましたから。私は毎日、真子ちゃんの寝顔を観てました」
「帰ってきたなら、起こしてよぉ〜」

真子がふくれっ面になると、春樹は、その膨れた頬をへこめるように突っつく。

「眠ってる時じゃないと、私が仕事に出掛けられませんから」
「どうして??」
「真子ちゃんと一緒に過ごしたいからぁ」

そう言って、春樹は更に真子を抱きしめる。

「まきたぁん!! 痛いぃ〜」
「あっ、ごめんごめん」
「……もしかして……お仕事…忙しくなったの?」
「…真子ちゃん。……実は、そうなんですよ。どうしても、長期間
 留守にしないと駄目な状態になってしまいまして…」

恐縮そうに春樹が言うと、真子は口を噤んでしまった。
春樹は、真子の表情を伺う。
真子は凛とした表情をしていた。まるで、何かを悟っていたような感じで…。

「長いこと逢えなくなんだね」

真子が静かに言った。

「えぇ」
「仕事なら、仕方ないよ。全く、お父様も無茶を言うんだから」

真子は、少しふくれっ面になっていた。そんな真子の頭を優しく撫で、春樹は、真子の肩を抱き寄せた。

「慶造は、新たなお世話係を探しているけど、真子ちゃんは、どう思う?」
「…嫌だな。今でも、北野さんや、他の組員さんが、教室まで付いてくるんだもん。
 …学校は楽しいけど、友達…みんな、避けてる…。怖がって、私に近寄ろうとも
 しないの…それが…寂しいな」

真子が春樹の胸に顔を埋めてきた。春樹は真子を優しく抱きしめる。

「それは、仕方ないことです。真子ちゃんの身の安全を確保するためだから」
「…解ってる。学校内で危険な目に遭いそうになった時は、いつも守ってくれるから。
 だけどね、それがかえって、嫌なの…。私は、そんなに偉くない。お父様みたいに、
 みんなを指揮する立場じゃないもん。お父様の子供だから、こうして、守って
 くれるんでしょ? 私に何かあったら、大変だから…」
「その通りだよ。だけどね、慶造の娘だからというだけで、守るんじゃないんだよ」
「…私は、跡目なんて、継がないよ。継げないもん…何もできないから。
 怪我ばかりするような危ない世界で、生きていきたくないもん。
 …普通の暮らししたいもん…」

真子の声が震えた。

「ごめんな、真子ちゃん。あんな事件さえなければ、真子ちゃんの
 望む世界で生きることできたんだけどな…。ほんと、ごめんな」

春樹は真子をあやすような感じで、背中を軽く叩いていた。
真子の気持ちは、嫌と言うほど知っている。
しかし、それは、中々叶うことが出来ない。
春樹は自分を責めていた。
その心の声が、真子には聞こえていた。

「…真北さんは、悪くない…。だから、謝らないで…」

春樹の服を握りしめ、真子は泣きじゃくる。

真子ちゃん…。

真子を抱きしめる腕に、力を込めた。



真子と春樹から少し離れた所の土手に、隆栄が腰を下ろしていた。
河川敷の土手の向こうにも気配を感じていた。
その気配は、桂守の手によって、直ぐに消されている。
自分の仕事を桂守に取られた隆栄は、そのまま土手に残り、真子と春樹の様子を伺っていた。
二人の雰囲気から、春樹が真子に何を伝え、そして、真子が何を思い、春樹に言ったのかが解る。
真子が落ち着いたのか、顔を上げた。春樹を見上げながら笑っている。

「落ち着いたようですね」

桂守が隆栄に声を掛けてきた。

「…そっちこそ」
「その……例の任務の方々に、お株を取られました」
「残念そうですね」
「えぇ。まさか、中原さんが動いていたとは」

少し離れた所に目線を移す二人。そこには、特殊任務に就いている中原が、春樹の護衛をするかのように、辺りを警戒していた。

「緊急事態……かもなぁ。…俺が話を付けてくる」

隆栄は立ち上がり、遠くにいる中原に合図を送り、河川敷の土手を降りていった。
夕日が赤々と辺りを照らし始めた。
春樹は、何かを思い出したような表情をして、真子に振り返る。

「そうだ。真子ちゃん、以前、行きたがっていた所、行こうか?」
「どこ?」
「東京タワー」
「それって、凄く昔の事だよぉ」

照れたように真子は言ったが、

「………でも、真北さん……」

何かに気付いたように名前を呼んだ。
その口調で、春樹は我に返った。
真子の事ばかり考えていた為、ついつい、自分のことを忘れていた様子。
自分が、高所恐怖症だということを…。

「だ、大丈夫ですよ」

と微笑む春樹だが、顔はちょっぴり引きつっている。

「いいの?」

真子が心配そうに尋ねてくるが、自分が言った手前、もう断れない。

「えぇ。今からだと、夜景が綺麗に見えますよ」

力強く応えた春樹は、真子を抱きかかえて河川敷を降りて、車に向かって歩いていった。
少し離れた所で、中原と隆栄が話し込んでいる事に気付き、二人に見つからないようにと車に乗り込み、アクセルを踏み込んだ。



「…って、小島さんっ! 真北さんがぁ」

慌てたように中原が叫ぶが、それとは反対に、隆栄は落ち着いていた。

「大丈夫ですよ。ちゃぁんと付けてますから」

隆栄が見つめる先。そこは、桂守が宙を舞う姿が…。

「…………いつ観ても、あの姿は人間じゃありませんよ…」
「そりゃ、そうでしょうね。歳を取らないんですから」
「そう言えば……って、真北さんには、どう伝えるんですかっ!」
「明日の朝に出発でしょう? その時に、そちらに顔を出すと
 思いますよ。その時にでも、更に新たな情報を伝えては
 如何ですか?」
「そうですね。この短期間で、これだけ変化があると、
 夜の間に、更に変化があるかもしれませんから…。
 ふぅ……解りました。明日までに更に集めておきます」
「こちらも、そういたしましょう」

中原は丁寧に頭を下げて、去っていく。
隆栄は、一人河川敷の残っていた。

「これじゃぁ、本当に真北さんの帰国は延びそうだな…」

隆栄は珍しく深く考え込んでいた。
大きく長く息を吐く。

しゃぁないか…。

何かを決心したような表情で、隆栄は車に乗り込み、そして、河川敷を去っていった。



東京タワーの近くを走っている頃、辺りはすっかり暗くなっていた。
車は駐車場へと入っていく。
もちろんここでも辺りの様子を伺ってから、春樹は真子を車から降ろす。
真子は車から降りた途端、目の前にそびえ立つ、タワーを見上げる真子。

「すごぉぉぉぉい、高いぃ!」

下から徐々に見上げるものだから、真子はそのまま真後ろに…。

「真子ちゃん、首だけにしなさい」
「ごめんなさいぃ」

真子は体毎動かしたようで…。倒れる真子をしっかりと支える春樹は、微笑んでいた。

が………。


東京タワーから見下ろす夜景は、街の灯りがとても綺麗で、大切な宝物のような感じがしていた。
展望台には、男女のカップルで埋め尽くされている。人目を気にせずに、唇を寄せ合う男女も居た。
そんな中、真北と真子が、夜景を見下ろしていた。爛々と輝いている真子の目。それとは反対に、真北は、目を反らしていた。
真子は、春樹を見上げる。

「だから、言ったのに」
「すみません…」

思わず口に出る言葉。
真子は、春樹の事を考えているのか、窓際には絶対に寄ろうとしなかった。真子の気遣いを知っている春樹は、意を決して、真子の手を引いて窓際に寄った。
なんとなく、震えている春樹の足が、真子の視野に入っていた。

「あの場所でも夜景は、見えるのに」
「窓に近い方がより、綺麗に見えますよ」

足だけでなく、声も震えていた。
そんな春樹を観て、真子は微笑んでいた。

「ありがと」
「どういたしまして」
「ねぇ、向こうの景色も…いい?」
「…え、えぇ…どうぞ…」
「……ここ…安全だよね」
「高さは…あれですが、安全ですよ」
「それなら、私一人で見てくるから…まきたんは、見えないところで
 座ってて。出掛ける前に疲れちゃうよ?」
「しかし」
「大丈夫。周りには照れそうな声しか聞こえてこないもん」

真子は同じように展望台に登ってきたカップルの心の声を聞いてしまったらしい。その中には、怪しげな雰囲気は聞こえてこなかった。
だからこそ、真子の言葉がある。

「そうですね。…でも、何か遭ったら、直ぐに逃げること。
 そして、私の所に駆けつけてくださいね」
「うん!」

そう言って、真子が更に窓際に寄ると、春樹は急いで窓から離れていった。
真子は夜景を眺めながら、少しずつ移動していく。
そんな真子を見つめる春樹。
その春樹の背後に静かに近寄ってくる男が居た。

「……本当に苦手なんですね」
「ほっといてください」

桂守だった。

「…まさかと思いますが…」
「ちゃんとエレベータ使ってます。一緒に乗っていたでしょう!」
「…気づける程、余裕はない」
「そうでしたか…。取り敢えず、安全ですから」
「それは解ってる。……もしかして、小島さんから何かを?」

桂守は、少し分厚い封筒を春樹に手渡した。

「新たな情報です。夕方に中原さんがこれとは違う情報を
 入手したそうで、そちらも入っております」
「ここに来なかったということは、変化が激しいんですね」
「そのようです。なので、出発前には、中原さんの所へ
 お願いします」
「そのつもりです」

春樹の視野から、真子の姿が消えた。

「私が行きますよ」

桂守が静かに告げて、真子が向かった方へと歩いていく。

「気付かれるなよ」

春樹の声に、桂守は微笑むだけだった。
春樹は、大きく息を吐き、目の前の夜景に背を向けた。

はぁ……駄目だ…。

春樹のため息は、真子に聞こえていた。
クスッと笑ってから、真子は振り返る。
どうやら、桂守の気配に気付いていたらしい。

「真北さんの代わりですか?」

桂守に優しく声を掛けてきた。

「そうですね。でも、気付かれてない事になってますよ」
「解ってます。桂守さんは、大丈夫なんですね、高いところ」
「そりゃぁ、屋根を飛び越える程…ですから」
「そうでした!」

真子が照れたように笑った。それにつられて、桂守も笑みを浮かべた。

「桂守さん。夜景…説明できる?」
「えぇ。大丈夫ですよ。ここから見えるあの辺りが…」

桂守は、真子に解りやすく説明を始める。その説明はとても解りやすく、真子の知識を更に高めていく。色々と細かく説明しながら、一周した。
春樹の視野から見えない位置で、春樹の居る位置から見える景色を説明する桂守。

「これで終了ですよ」
「ありがとうございました!」

真子は深々と頭を下げる。

「帰りはどうするの?」

真子が尋ねた。

「そうですね、こちらに向かった時と同じです」
「一緒に…」
「それは、駄目ですよ。お二人の時間でしょう? それに、私が居ると
 真北さんが、凄く怒りますよ?」
「そうですね」
「早く行かないと、真北さんの心拍が、どんどん早くなっていきますよ」
「あっ! そうだった!! すみません、これで。…またね!」

真子は笑顔で手を振って、春樹の所へ駆けていく。

「真北さん!」

声を掛けられ、春樹は何かを懐に隠しながら振り返った。

「…何を見てたの?」
「食事を何処で摂るかを見てました」
「そっか…ご飯……」
「むかいんには、帰ると伝えたんですが…」

と言う春樹の眼差しは、二人っきりで食事をしたい…と訴えている。
真子は苦笑い。

「むかいんには、後で謝るとして…どこがいいの?」

真子が尋ねた。

「そうですね……」

と、春樹が奨めた店は、笹崎の弟子にあたる料理人が店長を務める高級レストラン。
もちろん、春樹と真子は、その料理人を知っている。
快く迎えられた二人は、心和む料理を口にして、更に会話を弾ませていた。




帰路に就く車の中。

「明日の朝…出発なんだ…」
「えぇ。真子ちゃんが眠っている間に、出発します」
「じゃぁ…行ってらっしゃい…って言えないんだね」
「そうですね」
「…くまはちの事……もう聞けないんだ…」
「えいぞうが伝えてくれますよ」
「…いいのかな…。えいぞうさんと話していたらお父様が
 怒るんだけど……」
「慶造にばれなきゃ、いいんだよ」
「真北さぁん?」

ちょっぴり怒った口調で、真子が呼ぶ。
その呼び方は、誰かを思い起こすような雰囲気だった。

「……なんでしょう…」

思わずたじたじとなる春樹。

「そんなの駄目でしょう! お父様にお願いしてみます」
「それなら、私からお願いしておきますよ」
「駄目。……私から…言わないと…」
「解りました。でも、決して、心は読まないように」
「心得てます」
「それなら、よろしい」

そう言って、春樹は微笑んだ。
真子も春樹に笑顔で応えていた。

夜九時。
春樹の車が本部の門をくぐっていった。
真子は助手席で眠っていた。
駐車場に車を停めた春樹は、助手席のドアを開けて、真子を抱きかかえた。

「お帰りなさいませ。お嬢様…すっかり寝入ってしまわれたんですね」

駐車場係の組員が静かに声を掛けてきた。

「あぁ。連れ回しすぎてしまったよ」

春樹は苦笑い。

「車の用意は出来てるのか?」
「はい。ご指示通りにしております。ご帰宅はいつ頃に?」
「それは、解らん。帰国する時に、連絡するから」
「かしこまりました」

真子が、春樹にしがみついた。

「お嬢様が寂しがりますね」
「…一番の心配だよ。…でも、今回ばかりは仕方ないから。
 お前にも頼むよ」
「心得てます」

組員は、後部座席から、真子のランドセルを手に取り、春樹に手渡した。

「ありがと。ほな、よろしく。お休み」
「お休みなさいませ」

深々と頭を下げて組員は、春樹を見送った。

真子を抱きかかえた春樹が玄関を通っていく。組員達は静かに二人を出迎えた。
春樹と真子の帰宅を北野が慶造に伝えに行く。


春樹は真子の服を猫パジャマに着替えさせ、そっとベッドに寝かしつけた。

「お休みなさい、真子ちゃん。そして、行ってきます」

真子の頬に軽く口づけをして、春樹は立ち上がる。
振り返ると、そこには慶造の姿があった。

「ったく、こんな遅くまで娘を引っ張り回して」
「遅くなるって北野に言ってあっただろ」
「まぁな。向井がふくれてるぞ」
「解ってるよ。それは、真子ちゃんが謝るって」

春樹は真子に振り返る。
真子はやわらかな寝顔をしていた。
春樹は微笑んだ。

「…少しは、心が和んだみたいだな。いつもより、やわらかいから…」
「朝くらいは、見送ってからにしろよ」
「目覚めたときは、もう、居ないと伝えてるよ。真子ちゃんも納得してる」
「そうか。真子には、悪いことばかりしてるよな。…俺の、わがままで」
「わがままじゃないさ。お前は父親だろ」
「これでも、父親かな…」
「俺が居ない時くらい、そのままの姿を見せてあげろよ。益々笑顔が消えるぞ」
「俺が接したら、余計に消えるよ」
「言えてるな」

ドカッ!

慶造の蹴りが、春樹の足に入っていた。

「痛いなぁ」
「一言多い」
「…じゃぁ、行くよ。絶対、無茶だけはするなよ」
「解ってるよ」
「それと、真子ちゃんの教室まで組員を入れるのは、やめておけ。
 真子ちゃんに友達ができないだろ。一番気にしてるぞ」
「……そうするよ」

二人は、真子を見つめた。

「冬休みは、天地山か?」

春樹が静かに尋ねた。

「そうだな。ぺんこうも休みになるだろうから、一緒に行くだろうよ」
「なら安心だな」

二人は真子の部屋を出てきた。

「桂守さんから聞いたんだが、更に状況が悪化してるらしいな」

慶造が尋ねると、

「まぁな。それは、予想してるから安心しろ」

そう言って、桂守から受け取った封筒を慶造に手渡した。

「そこに書かれている通りだ。慶造も一応目を通してくれ。
 もしかしたら、俺の居ない間に、来る可能性もある」
「解った。…変化があったら、必ず連絡を入れろよ」
「できたらな」

深刻な話をしながら、真子の部屋からいつもの縁側へと歩いていく二人。
もちろん、腰を掛けて、語り始めた。

「お世話係なんだがな…」
「見つからないんだろ」
「あぁ」
「俺と栄三のせいじゃないからな」
「解ってる。……真子の笑顔を失わない奴にしないと、
 それこそ……真北に怒られそうだからさぁ」
「帰ってきて、更に減っていたら、怒るわい」
「そうだよなぁ〜。折角、怖い思いをして、あんな所に行ったのに、
 減ってたら、そりゃぁ……」

鈍い音が聞こえた。

「なぜ知ってる?」
「だから、桂守さんだって」
「本部近くまで併走してたのに?」
「夕食で寄ったレストラン。あの時間に連絡が入ったんだよ」
「…なるほど……その時間があったか…」
「あのレストランだと、安心できるからと、休憩に入ったそうだ。
 それと、…真子が気付いていたらしいぞ」
「…………それでか。東京タワーの景色を細かく説明してくれたのは。
 夜景だと、細かな場所まで解らないはずなのになぁ…と
 不思議に思ってた」
「真子の護衛に回ったなら、それくらい……っと、気付かないほど
 緊張してたんだな」
「すまんな」
「ったく、そこまでして、真子を楽しませなくてもいいんだぞ」
「……もしもの事を考えての行動だよ」
「真北っ! お前…」

春樹の言葉に、激しく反応した慶造。
春樹が口にした『もしも』。それは、死を意味していると思ったからだった。

「行き当たりばったりだろ…。今回ばかりは、俺でも予測はできない」
「そこまでして、闘蛇組を潰す理由があるのか? 真北……お前は…」
「愚問だ」

短く応えて、春樹は煙草に火を付けた。
煙を吐き出す間、慶造は、春樹を見つめていた。

「しゃぁないやろが」

春樹が静かに言った。

「こればかりは、お前には関係ない。…親父から受け継いだ意志。
 まさか、あのファイルに隠されているとは思わなかったからな。
 親父が調べていた、闘蛇組の海外での行動。こっちで知られている
 姿とは更に恐ろしいことになっているとは……知らなかったさ」
「お前に聞くまで、俺も解らなかったよ。…その組織との繋がりは?」
「それも解らない。それを調べている時に、親父が狙われた。
 そして、危ないからと帰国して…その後…あれだ…」
「その期間、長かったんだろ」
「あぁ。親父の帰国から、狙われるまでの期間、闘蛇組を操る
 組織に、変化が現れた。それが影響していることは最近知った。
 その組織の事も調べられたら、それこそ…」

春樹は、煙草をもみ消した。

「そこまでして、その組織を潰さなければならない理由は…」

慶造が尋ねると、春樹は、軽く口元をつり上げて、

「それは……言えない。…すまんな」

何かを隠すかのように、春樹が口にした。

「そうだったな……」

沈黙が続く。

「でもな…真北」
「ん?」
「いつか、俺に……打ち明けてくれよ」
「……これが終わったら……打ち明けるつもりだよ。だから、それまで
 俺は死なない。……死ねないんだから、心配するなって」
「真北……」

春樹を呼ぶ声は震えていた。
鈍い音がする。

「…って、慶造ぅぅぅぅ〜、殴ることないやろがっ!」
「うるせぇ」

そう言って、慶造は目を背けた。

「俺以上に、真子が心配するから……だから…」
「解ってるよ」

沈黙が続いた。

「慶造」
「なんだよ」
「芯のこと………よろしくな」
「お前が帰ってくるまでの間だからな」
「解ってらぁ〜」

春樹の口調で、その場の雰囲気が変わった。

「ったく……。で、くまはちには、伝えていくのか?」
「まぁな。向こうの様子も…って、あっ、そうだ」
「なんだ?」
「くまはちの様子を、えいぞうに伝えてもらうようにしてもいいだろ?
 真子ちゃんが一番心配するからさ」
「それは、俺から栄三に言っておくから、心配するな。…くまはちにも
 猫電話の番号を教えてやれよ」
「芯が怒る」
「……………お前と同じで、本当に独占欲が強いな…」
「それが困るところでなぁ」

春樹は苦笑い。それにつられて、慶造も笑っていた。

「……行くのか?」
「あぁ。すまんな」
「今日くらい、一緒に寝ろよ」
「先を急ぐ」
「…そうか。気をつけてな」
「お前こそ、気をつけろよ」

そう言って、春樹は立ち上がり、その場を去っていった。
慶造は暫く、その場に居た。
春樹の車のエンジンの音が聞こえてくる。そして、走り出し、本部を去っていった。

真北を…守ってくれっ!

慶造の思いは、夜空に向かって、高く高く伝わっていく。
それは、眠っている真子にも伝わっていた。
真子の頬を、一筋の涙が伝っていた。





明け方。
春樹は、大阪の須藤の自宅に顔を出す。

庭で春樹と八造は話し込む。

「そうですか。やはり長引くんですね」

少し心配げに八造が言った。

「仕方ないさ。…真子ちゃんも、何とか納得した」
「何とか…でしょうが…ったく」
「しゃぁないだろ」
「…本当に……」
「言ったろ? 俺は死なない体だって」
「聞き飽きましたよ」
「そういや……くまはちの傷の治りの速さは…」
「そういう所まで鍛えてますから」
「…なるほどな」

そう言って春樹は庭木を見上げた。

「順調に…進んでるんだろ?」
「そうですね。あれだけ手こずっていた方の協力があるからこそ
 順調に、進んでいます。なので、こちらのことはご心配なく…と
 これからは、私が直接四代目に連絡ですか?」
「そうだな」
「お嬢様には…」
「えいぞうもこっちに来るんだろ?」

と春樹が口にした途端、八造の表情が歪んでいた。

「露骨に現すな」
「いいでしょうが……」
「気持ちは解るがな…諦めろ」
「はい…」

静かに返事をする八造に、春樹は笑っていた。

「ほな、行ってくるから」

八造に背を向けて、春樹は歩き出す。

「真北さん」
「あん?」

春樹は歩みを停め、振り返る。

「行ってらっしゃいませ」

八造の言葉に、春樹は微笑み、軽く手を挙げて去っていった。

「朝早くに何かと思ったら……四代目も無茶を言うんだな」

二人の様子を観ていた須藤が、春樹を見送りながら八造に近づいてきた。

「えぇ。これからの事を考えて…ですね」
「海外にも手を伸ばすつもりとは……恐れ入ったよ」
「そうですか? 私は当たり前だと思います」
「俺は手を貸さんぞ。こっちで精一杯だ」
「ご心配なく。私一人で大丈夫ですから」
「…その自信は、どこから来るんだよ……ったく…」

呆れる須藤に、八造は素敵な笑みを見せた。

「っと、その微笑みは、ここでは止めておけ」
「えっ?」
「…普通なのかよ…ったく」

そう言って、須藤は去っていった。
須藤の言葉を理解できず、八造は首を傾げながら、屋敷へと向かって行った。





春樹が出発した朝。
真子の笑顔が、更に減ってしまった。

楽しすぎた…か…。

北野から報告を受けた慶造は、項垂れた。

「早急に…探すしかないな…」

慶造の言葉に北野は一礼して去っていく。
大きく息を吐く慶造。
春樹が出掛けてから、ため息がいつも以上に増えていた。




砂山組組事務所・組長室。
砂山と地島が深刻な表情で話し込んでいた。

「なるほどな。その手もある…か」

砂山が静かに言った。

「えぇ。しっかりと世話が出来る、そして、笑顔を増やせる。
 更に、極道面じゃなくて、普通の顔であること。そのお嬢様を
 怖がらせないように…勉強も見ることが出来るのも条件です。
 それに…」
「まだあるのか?」
「組員の威嚇に負けないこと」
「………………地島…」
「はい」
「なんだよ、それは」
「あ、あぁ…その…以前、家庭教師を探していた頃、時給の良さで
 買って出た家庭教師は、みな、組員の威嚇に恐れてしまったとか」
「……阿山組は、噂通り、一般市民に威嚇してるんだな。だからか、
 この世界で探してるのは」
「えぇ」

組長室のドアがノックされた。

『政樹です』
「入れ」

砂山に言われて、政樹が入ってきた。

「失礼します。親分、お呼びだとお聞きしましたが…」
「あぁ。政樹、唐突で悪いが、長期間、仕事をしてもらいたいんだよ」

砂山が声を掛けた。

「長期間…ですか?」
「ある家に、家庭教師兼世話係として潜り込んでもらいたい」
「……私…にですか?」
「その募集の条件にぴったりなのが、政樹でな…」

地島が言うと、政樹の眼差しが変わる。

「私に出来るなら!」

地島の言葉が嬉しかったのか、政樹はやる気を出した。

「その家とは?」
「……阿山組だ」
「阿山組? …確か、お嬢様の家庭教師を探して…………
 ……もしかして、兄貴……内から責めるつもりですか?」

政樹の突然の言葉に、砂山と地島は目を見開いた。

「…地島の言う通りだな」
「えぇ。政樹なら、やり遂げますよ。…政樹、すぐにでも
 連絡を入れるが、いいな?」
「はっ」
「取り敢えず、作戦は……」






少し抜けた雰囲気で、阿山組の本部へと足を運ぶ政樹。門番に自分の事を告げ、中へと案内してもらう。
慶造の部屋へ案内された政樹は、目の前の慶造に恐れたのか、顔を上げようとしなかった。

「おいおい…顔を上げろ」
「いえ…その……俺は、そんな立場では…」
「聞いてないのか?」
「何をでしょうか…」
「娘の前では、俺に対する態度を改めろって」
「そうお聞きしておりますが、しかし、今は…」
「まぁいい。で、地島政樹…というのか…」
「はい」
「……地島という名前は珍しいのになぁ。別の男を知ってるが…」

その言葉を耳にした途端、政樹の心臓が高鳴った。

「よく耳にする名前です」

気が付くと、そう応えていた。

「顔を上げろ」

慶造の言葉で、政樹は顔を上げた。

「………本当に、極道の世界で生きてるのか?」
「は、はぁ……十四の頃からですが…」
「今は…二十一だったか…七年もこの世界で生きてるのに
 その面か………。それなら安心だな」
「はい???」
「真子は怖がらない」
「お嬢様は、それほど……」
「色々とあってな…」

ドアがノックされた。そして、ドアが静かに開く。

「お呼びですか?」

無表情で、ドア付近に立つのは真子だった。
真子は、慶造の目の前に居る男を見つめていた。

またか……。

真子の眉間にしわが寄る。

「今日から、お前の世話をする男だ」

慶造が静かに告げると、

「地島政樹と申します。お嬢様、宜しくお願いいたします」

政樹は深々と頭を下げて挨拶をする。

「……私の事は、ほっといて!!」

そう言って、真子は去っていった。

「お嬢様!!! ………」

突然の真子の行動に、どうすることもできず、政樹は手を差し伸べたままだった。

「すまんな…あのように、難しい娘でな……やくざを嫌ってる。
 だから、地島、お前に頼んだんだよ。見た目は本当に
 やくざに見えないからな。……頼んだよ」
「はっ」
「……本当に、大丈夫か?」
「あっ、その…………どうすれば……」
「今日は、顔合わせだけでいい。明日から、頼んだぞ。
 部屋は真子の隣。真子のことは北野に詳しく聞いてくれ」
「かしこまりました。では、失礼いたします」

政樹は一礼して、廊下で待機していた北野と一緒に、真子の部屋の隣へ向かって歩いていく。
途中、庭があった。
ふと目をやると、そこに真子の姿があった。
もう一人、男の姿もある。

「あれは、お嬢様のボディーガードの小島栄三だ」
「はい」

あれが、関西との抗争を収めた男…か。



庭にいる栄三は、北野と一緒に歩いていく政樹を見つめていた。一礼され、栄三も軽く会釈する。

「で、お嬢様、本当にいいんですか?」
「すでに、行動開始したんだけど……駄目だった?」

真子が言った。

「いいえぇ。もう困った表情をしてましたね」
「うん。…でも、本当に…いいのかな…」
「それに耐えないなら、辞めてもらいますよ」
「これで、何人目なのぉ?」
「数えてませんから。…では、明日から!」
「うん!」

二人は何やら約束事を……。
前は春樹と共にしていた例の行動。
今回は、真子と楽しむ栄三だった。
そうとは知らず、真子の世話係として阿山組にやって来た、政樹。
素性がばれないようにと、名前を北島から地島に変え、更に、妙な噂を流していた。

砂山組の暴れん坊・北島が、塀の向こうに行った…と。

その噂は、阿山組にも伝わっていた。


明日から…か。

真子の隣の部屋でくつろぐ政樹は、隣から聞こえてくる声に耳を傾けた。
少しでも情報を…。
砂山組の作戦が、開始された。



(2006.5.28 第八部 第九話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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