任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第八部 『偽り編』
第十一話 与えられた機会

政樹が真子の世話係になって、一ヶ月と一週間が経った。
この一週間、政樹は、真子と色々と話すようになった。
学校の送迎の間はもちろんのこと、帰宅後の夕食からお風呂の時間まで、そして、お風呂の時間から就寝時間までの間、そして、休日。
真子が心を開いてからは、本当に、色々なことを話していた。
この日は、休日。
真子は、裏庭の家の前で、政樹と話し込んでいた。
鯉を指さしながら、政樹に説明している。
その様子を慶造と山中が見つめていた。

「心を開いた途端、あれだ…。勝司、どう思う?」
「そうですね。お嬢様は、未だ笑顔を取り戻してませんが、
 地島は、やっと落ち着いた…という雰囲気ですね」
「そうだな。真子と話すことが出来るようになった事が
 一番の要因だな。……あのままだと、本来の目的を
 忘れてしまうだろうな」
「四代目。本当によろしいんですか? 北野たちに内緒で」
「あぁ。そうじゃないと、あいつら…血気盛んだろが」
「まぁ、そうですが………それと、本当になさるおつもりですか?」
「あん? そうだが…確か、一週間の合宿で取得可能のはずだが…。
 地島の能力なら、容易いと思うけど…勝司は、どう思ってる?」
「四代目の仰る通りですが、偽名での取得は…」
「真北の力も少しは借りるさ」
「………真北さんが、協力するかどうかですよ…」

勝司の言葉に、慶造は納得したように頷いた。

「……四代目…もしかして、真北さんが知らないということを
 考慮なさってなかったのでは…………すみません…」

慶造が睨んでいた。

「どうにかしとけ」

そう言って、慶造は去っていく。

「四代目ぇ〜〜」

と項垂れる勝司だが、気を取り直して、真子と政樹の側へ歩み寄った。

「お嬢様、少しよろしいでしょうか」

勝司が優しく声を掛けると、真子が振り返る。
それも、笑顔で……。

「どうしたんですか、山中さん」

その笑顔と、名前を呼ぶ声は、ちさとに似ている。
思わず、硬直する勝司だが、今度は気を引き締めて、

「地島に話があるんですが、少しだけ時間を頂けませんか?」
「地島さんに?」

そう言って、真子は政樹を見上げた。
少し不安げな表情をしている政樹。

「お話の内容によっては、駄目です」

真子が政樹の代わりに応えた。

「お嬢様の送迎に関することですよ」
「私の? 必要ないから……」
「いいえ。地島に車の免許を…ということですが…」
「車の免許? …そういえば…持ってないって言ってたね…」
「はぁ、まぁ……その…教習所に通う時間も無かったので…」
「慶造さんが、一週間の合宿で取ってこいと仰ってるんだが、
 その一週間だけ、お嬢様から離れる事になるので、その
 相談も兼ねてるんですが…」
「一週間で取れるの?」
「取れると思います」
「車…やっぱり、必要ですよね…」

政樹が少し寂しげに口にした。

「どうしたの?」
「送迎の時、常に考えておりました。その方が安全ということも。
 それに、梅雨の時期だと、雨も降りますし…」
「今年は空梅雨だよ?」

真子が言うと、政樹は微笑んだ。

「その後は夏ですよ。お嬢様は夏の日差しに弱いとお聞きしてます」
「……それは…そうだけど……でも……」

政樹は、真子の前にしゃがみ込み、優しげに見上げる。

「それに、お嬢様はお休みの日は外出しませんから。
 どこか素敵な場所に、連れて行きたいと考えております」

さらりと言った政樹。
その言葉は、真子には通じないが、勝司には通じていた。

なんちゅう言葉をさらりと言うんだよ…こいつは…。
もしかして、経験済みか…?

政樹は、女性も苦手だと口にしていた。
本当に、今までの生活とは正反対の生活と性格を演じ続けていた。

「……いいのかな…。お父様に怒られないかな…」
「お嬢様が望めば、慶造さんは怒りませんよ。ね、山中さん」
「ま、まぁ、そうだが……」

勝司は、少し躊躇いがちに応えた。

「兎に角、今月中には、取得するのが目標だからな。
 後で都合の良い日を教えてくれ」
「かしこまりました」

勝司は去っていく。

「免許……直ぐに取ることできるの? ぺんこうの話だと
 教習所に通って、たくさん勉強して、車にも乗って、
 すごく大変だと聞いていたんだけど…」
「本来なら、そうですが、すぐに免許を必要としている人の為に
 合宿というのがあるようです」
「暫く…離れるの?」

真子が首を少し傾げて尋ねる。
その仕草は、真子に関わる誰もが弱い物。
もちろん、真子と話すようになって一週間しか経っていない政樹も、一週間のうちに、何度か観てる仕草…ちょっぴり心臓が高鳴るようになっていた。

「一週間だけですよ」
「寂しいな…」

真子の言葉に、政樹は驚いた。
なぜ、寂しいというのか。
ほんの一週間前までは、冷たくあしらわれていたのに、今は……。
政樹は、どう応えて良いのか解らず、少し悩む。
ふと脳裏に過ぎったのが、栄三と真子の姿。
真子が寂しげに俯いた時、栄三は、真子の頭を撫でていた。
政樹は、それを真似るかのように、真子の頭を優しく撫でてみた。

「大丈夫ですよ。一週間は、あっという間です」
「…うん……。合宿…がんばってね!」

真子が笑顔を見せた。
政樹の心臓が、更に高鳴ったのは言うまでもない。

「そ…そろそろ、部屋に戻りましょう」
「そうだね」

そして、二人は、部屋へと戻っていった。

真子は勉強、政樹は自分のスケジュールを確認して、勝司に合宿の日程を尋ねに勝司の部屋へ。
政樹は、次の日から、合宿に行くことにした。


政樹が合宿で留守の間、久しぶりに北野の送迎となる真子。
いつもなら、あまり話さないのだが、この一週間は、北野と少しばかり語り合っていた。
政樹に心を開いたことが、真子の何かを変えたらしい。
それは、誰も気付いていなかった。





政樹合宿先。
休憩時間に入ったのか、政樹は、少し人気の無い場所へやって来た。そして、煙草に火を付ける。

「地島さん!」

女性が声を掛けてきた。
振り返る政樹。

「どうしました?」
「一緒に…食事…と思ったんですが…」
「あぁ…ごめん。ちょっと人と会う約束が…」

と言って、指を差したところには、地島の姿があった。
見た目は、やくざ。
声を掛けてきた女性は、少し恐れたのか、何も言わずに去っていった。
政樹は慌てて煙草の火を消し、地島に一礼した。

「どうや、調子は」
「順調ですよ」
「…あの子は?」
「ちょっと夕べ知り合いまして」
「…手…付けたんか?」
「少しばかり…」
「あのな…ったく」

地島は項垂れた。

「しかし、阿山も何を考えて、政樹に免許を…なんだよなぁ。
 それに、偽名を使ってるのに、よく申し込めたな…」
「ちゃぁんと地島政樹で免許取得可能です。…不思議ですが…」
「まぁ、兎に角、手はず通り…解ってるな」
「はっ」

深々と頭を下げる政樹を、まじまじと見つめる地島。

「…あの…兄貴…なんでしょうか…」

地島の目線を感じたのか、少し顔を上げて、地島を見た。

「ん? あ、あぁ…その服……」
「阿山が用意したものです」
「政樹に似合ってる。…センスあるんだな…阿山は」
「はぁ……色々と世話になってます」
「娘かわいさが、政樹にまで…という感じだな」
「はい…」
「まぁ、あれだ。せいぜい、信用させて裏切れや。じゃあな」
「はっ。お気をつけて」

地島を見送った政樹は、顔を上げる。
その表情は、少し寂しげに感じた。





芯のマンション。
台所に向井が立って料理中。
芯は……。

寝室から、少しやつれた芯が出てきた。

「悪いなぁ、むかいん」

向井に声を掛けるが、とても弱々しく…。

「寝ておけって言ってるだろがぁ。ったく。ぶっ倒れるまで
 動いてる奴がおるかっ! お嬢様が真剣な眼差しで
 訴えてくるから、本当に心配しただろがぁぁ!」

と勢い良く芯の胸ぐらを掴み上げ、寝室に連れ戻した向井。その勢いに圧倒された芯は、

「す、すみません…」

たじたじに謝った。その芯の額に手が当てられる。

「熱、だいぶ下がったな」
「むかいんの特製のお陰だよ。いつもありがとな」
「それは、お嬢様に言ってくれ」
「…猫電話で伝えておくよ」
「夜と明日の朝の分まで作っておくから、ゆっくり寝ておけよ」

芯に優しく布団を掛けて、向井は寝室を出て行った。

「ありがとな」

そう言って、芯は眠りに就いた。
再び台所で料理を作る向井は、安心した表情をしていた。

「あっ」

と何かを思い出したような表情をして、向井は、棚の引き出しを開けた。そこには、芯の財布が入っている所。

「えっと……」
『金…やらんぞ』

芯の声が寝室から聞こえていた。
向井の手には、丸が四つの札が二枚……。

「あかんのか?」
『俺の食費……』
「その分、買ってあるから」
『…やだぁ……』

その声に負けた向井は、手にした札をそっと財布にしまいこんだ。
そして、料理を作り始める。




阿山組本部・食堂。
真子が夕食を摂っていた。

「お待たせいたしましたぁ」

向井が新たな料理を持ってくる。

「ありがとう。…それで、ぺんこうは、どうだった?」
「帰るときには熱も下がってましたので、明日には元気に
 講義に出ると思いますよ」
「良かったぁ…ありがとう、むかいん」
「いつものことです」

そう言って、向井は微笑んだ。
真子も微笑み返す。それには、向井が喜んでいた。

「猫電話は明日になりますからね。我慢してください」
「はい」
「あぁ、それと、八時に地島さんが帰ってくるそうですよ。
 ちゃぁんと免許を手に入れて」
「ほんと? 良かったぁ。長引くかと思ってたのに。早かったね」

真子の声が少し弾んでいた。

「えぇ。私も驚きましたよ。何やら、どじっぽいですから…」
「………むかいんも思ってたんだ…」
「…………お嬢様……口にしなかっただけですか…」

真子はコクッと頷いた。
真子の仕草に思わず笑い出す向井。

「まぁ、あれですね。お嬢様の笑顔が戻って、安心してます」

向井の言葉に、真子は照れたように頬を赤らめた。

「だって、地島さんって……色々な仕草がハラハラさせるから。
 もっとしっかりしてもらわないと……そうだ! 格闘技…」
「喧嘩が苦手だとお聞きしてますよ。お嬢様に倒されてしまいます」
「そうだよね……」
「まぁ、兎に角、いつもの通りに」
「はい!」

向井と真子の会話は、食事係の組員も聞いていた。
もちろん、その内容は、慶造に伝わっているのだが…。



午後八時。
政樹が帰ってきた。
その足で慶造の部屋へ入っていく。

「失礼します。地島です。只今戻りました」
「お疲れさん。結構大変だっただろ」
「そうですね。…でも、容易いことでした」

そう応えてしまう政樹は、阿山組での『自分』を忘れていた。

「まぁ、あれだ。兎に角、明日から、車での送迎を頼んだぞ」

そう言って、慶造は車のキーを差し出した。

「あの…これは…」
「免許取得祝い」
「…いや、その…」
「取得出来たということは、ちゃんと運転できるということだろ。
 だから、直ぐに運転」
「あの……しかし…」
「…何か不服か?」
「………初心者マークを貼らないといけないんですが…。
 その…不格好だと……」
「見えるところに貼ればいいんだろが。自分で考えろ」
「…はぁ……」
「ところで、地島」
「はい」
「真子には、ちゃんと挨拶してから寝ろよ」
「はっ。ありがとうございます。それでは、失礼します」

政樹が部屋を出て行った途端、慶造は大きく息を吐いた。

我を忘れるなって……ったく。




政樹は、車のキーを手に、真子の部屋へとやって来る。
ドアをノックした。

『はぁい』
「地島です」

真子がドアまで歩いてくるのが解り、政樹はドアが開くのを待っていた。
ドアが静かに開くと、そこには、真子が立っていた。
爛々と輝く眼差しで、政樹を見上げてきた。

「ただいま帰りました」
「お帰り、まさちん」
「…………???」

真子の言葉は理解不能。
政樹は、辺りを見渡した。

まさちん…??

誰だ??

「あっ……ごめんなさい。いきなりは駄目でした。…その…」
「お聞きしておりますよ。ですが、そのあだ名は、親しい者に…」
「地島さんは私と親しくないの?」
「…お世話係ですが…親しいというのは…」
「お世話係だから、いいの! 堅苦しいでしょう? だから、まさちん。
 …駄目?」

真子が首を少しだけ傾げ、そして、ウルウルとした眼差しで政樹を見つめる。
政樹は、一瞬、我を忘れたようになり、そして、

「きゃっ!! 地島さん!! ちょ、ちょ!!」

真子を抱きしめてしまった。

「ありがとうございます。…こんな私に……親しく………。
 これからは、まさちん…とお呼び下さい…お嬢様!」

感極まったのか、政樹の声は震えていた。

「…うん。……でも、まさちん……離してぇ…痛いぃ〜」
「!!!!!!!!! す、す、すすすすすみませんっ!!!!」

真子を抱きしめている事に気付いたのか、政樹は慌てて真子から手を離した。

「もぉ〜。……あっ、それ…車のキー?」

真子が話を切り替える。

「はい。先程、慶造さんに頂きました」
「明日から、車なの?」
「そうですね。明日は雨なので、丁度良いかと」
「ねぇ、初心者マークは?? ぺんこうは貼ってたけど、くまはちは
 見えないような見えるような所に貼ってたよ……。まさちんは
 どうするの?」
「そうですね……」



そして、翌朝。
政樹は、初心者マークを見えるような見えないような場所に貼り、待っている真子を車の後部座席に招いた。

「駄目!」
「えっ?」
「こっちがいい」

そう言って、真子は助手席のドアを開けて乗り込んだ。

「お嬢様!! それは!」
「いいのぉ、早くしないと、遅刻するよ!! まさちん」
「は、はいっ」

政樹は後部座席のドアを閉め、運転席に回る。そして、運転席に座った。

「えっと……まずは、座席を合わせて……そして、シートベルト…。
 ハンドルとの距離は、これくらいで……。…キーを差して、
 ハンドブレーキよし。ギアは…クラッチを踏みながら……
 アクセルを軽く踏んで、キーを回す…」

エンジンが掛かった。

「えっと……ギアをローに入れて……。お嬢様、出発しますよ」
「はい。お願いします」

真子の声と同時に、車が動き出し………エンスト……。

「……………」
「……………」

政樹の出発を見守っていた駐車場係の組員も、

「………」

目が点になってしまう。

「まさちん……大丈夫?」
「は、はぁ…大丈夫です…」

そう言って、政樹は気合いを入れた。
二度目は車が動き出した。エンストもせず、ギアチェンジも間違えず、そして、車は本部の門を出て行った。
その車を見送る慶造と勝司。

「……四代目…大丈夫でしょうか…」
「……大丈夫だろ。真子が隣に乗ってるからな」
「それが、かえって緊張するかと思いますが…」
「…それでも大丈夫だぁって。心配するな」
「はぁ…」
「俺達も出掛けるぞ」
「はっ」

真子と政樹が出掛けてから五分後、慶造と勝司が出かけていった。



走り出してから、暫くすると雨が降り出した。それでも、政樹の車は、無事に、真子の学校に到着する。
その時には、かなり降ってきた。

「傘……忘れてました。すみません、お嬢様」
「大丈夫。走っていけばいいから。ありがとう、まさちん。
 行ってきます!」

真子がドアに手を伸ばすと、

「お待ち下さい」

政樹が声を掛けた。

「ん?」

真子が振り返った時には、政樹の姿は運転席に無く、不思議に思った途端、助手席のドアが開いた。

「校舎までお送りしますよ」

政樹は自分の上着を傘代わりに広げていた。

「まさちん…」
「早くしないと、予鈴が鳴りますよ!」
「はい!」

真子は、政樹の上着に守られながら、雨に濡れることなく校舎までやって来た。

「それでは、午後四時に迎えに参ります。いってらっしゃいませ…!?」

頭を下げた政樹は、肩に何かが触れたことに驚き顔を上げた。
真子がハンカチで、政樹の濡れた服を拭いていた。

お嬢様…。

「まさちん、びしょぬれだよ。風邪引くから、拭かないと…」

真子の手を掴み、動きを止めた政樹は優しく微笑み、

「ありがとうございます。自分で拭きますので、……お嬢様」
「はい」
「予鈴鳴ってます…」
「あぁぁ!!! ごめん、まさちん! ちゃんと拭き上げるんだよ!!
 行ってきます!」
「行ってらっしゃいませ」

笑顔で手を振って、教室に向かって行く真子を、政樹は優しく見送っていた。
ふと、我に返る政樹は、暗い表情をしながら、車に戻ってきた。
車に乗り、再び濡れた体をハンカチで拭く。そして、エンジンを掛けた。ハンドブレーキに手を掛けたが、下ろそうとはせず、ハンドルに俯せになる。

何やってんだよ…俺…。

本部から出るときのエンストは、偽り。
実は、無免許で車を乗り回していた為、車の運転は容易いもの。
阿山組内では、本来の自分を偽る。それが、作戦の要となっている。
真子が心を開くまでは、偽り続けていた。
しかし、真子が心を開いてからは、本来の自分=やくざの世界に入る前の自分が、少しずつ現れていた。
先程、真子に向けた表情は、偽りの自分ではなかった。
そんな自分に気付き、思わず苛立った。

大きく息を吐いて、政樹はハンドブレーキを下ろし、学校を出て行った。
激しい雨が、フロントガラスを叩いていた。





三人の男が、土砂降りの雨の中、ビルの玄関に向かって駆けてくる。

「ひやぁ〜、急に降ってくるとは…」

一人が、濡れた所を拭きながら呟いた。

「兄貴、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ」

静かに応えたのは、八造だった。
街を歩いている時に、突然、雨が降ってきた。
雨宿りの為に、ビルの玄関へ駆けてきた八造、竜見、そして、虎石の三人。
濡れた服を拭き終えた三人は空を見上げた。
雨は止みそうにないくらい、激しく降ってくる。

「……しゃぁないか。少し休もう」

ビルの中にある喫茶店に気付き、八造が珍しく誘っていた。
仕事の間は、ほとんど休憩を取らない八造。その言葉に、竜見と虎石は驚いていた。



「いらっしゃいませ」

雨宿りがてら、喫茶店に入る人達が多いのか、八造達が入った時点で満席となった。
アイスコーヒーを三つ注文する。
竜見は、足も濡れたのか、靴を拭き始めた。虎石は、喫茶店の客を観察する。八造は…。

「兄貴? 何か気になることでも…」
「…あ、いや…別に」

八造は、窓の外をぼんやりと見つめていた。その雰囲気が八造らしく思えなかったのか、虎石が声を掛けてきた。

「あと二軒なんですが、今日中に終わらせましょう」
「そうだな」
「お待たせしました」

アイスコーヒーが三つ、テーブルに並べられた。竜見はミルクとシロップを、虎石はシロップだけ、八造は何も入れずに、飲み始めた。
半分ほど飲んだ八造は、またしても、窓の外を見つめた。
虎石は、八造の見つめる先が気になったのか、目線を移した。
そこは、動物のキャラクターグッズが売っている所だった。

兄貴…好みの女でも…見つけたのかなぁ?

気になる虎石は、店の中を凝視する。
これといって、好みの女性の姿はない。
虎石は八造に目線を戻した。

えっ?

八造の表情が、とても和らいでいた。

「虎石」

八造が突然、名前を呼ぶ。

「はい」
「えいぞうが来るのは、来週の中頃だったよな」
「はい。それまでには報告書を仕上げておきます」
「今回は、俺が仕上げておく」
「兄貴…それは、私の仕事…」

八造は、話している間も、窓の外を見つめていた。

「兄貴、どうされたんですか? あの店に…何か?」
「…あっ、すまん。……あの店…」
「あの店には、兄貴好みの女は居ませんよ」

竜見がさらりと応えた。

「いや、そうじゃなくて、あの店に、猫グッズ…売ってるかなぁと
 思ってな…」
「いっ?!」

八造の言葉に、竜見と虎石は驚いたように声を挙げた。

「……兄貴……まさか……」
「あほ。俺じゃなくて、お嬢様に…だよ」
「あ、あぁ…そうでしたね……お嬢様は猫グッズが好きだと…」

虎石が胸をなで下ろすかのように言った。

「でも、あの店は、真北さんやえいぞうさんが必ず寄っていた
 お店ですよ。お嬢様は、ほとんど持っておられると思いますよ」

竜見は、何かに詳しそうに応える。

「…そっか……」

少し寂しげな表情になる八造に、

「取り敢えず…新しい店……見つけてますが…」

竜見が応えた。

「どこだ?」

竜見の言葉に八造の表情に光が射した。



雨が止み、八造達は、喫茶店を出た。そして、残りの二軒の仕事を素早く終えて、竜見お奨めの店へと向かっていった。


「竜見ぃ、よく調べたな」
「取り敢えず、街のことは知っておくように言われておりましたので。
 …というのは、口実で、……その…真北さんに言われてまして…」
「ったく…あの人は、ここに来てもお嬢様のことしか考えてないんだな」
「兄貴も…でしょう?」

と竜見が応えると同時に、鈍い音が聞こえた。
竜見の腹部に、八造の肘鉄が……。

「…す、すんません……」
「竜見にも選んでもらうからな」
「えっ?!」
「ちゃぁんと、『竜見さんが選んでくれました』と文字を添えておく」

そう言って、歩みを早める八造に、竜見は、

「ちょ、ちょ、ちょっと、兄貴!! それは、その…」

焦ったように追いかけていく。

「竜見のセンスじゃ……お嬢様…嫌がるだろうな…」

虎石が呟きながら、二人に付いていった。
竜見のセンスって、一体………。





阿山組本部。
政樹は一通りの仕事を終えて、自分の部屋でくつろいでいた。
ふと何かを思ったのか、部屋を出て行った。そして、雨に濡れた中庭に面する廊下を歩く。歩みを停めて、中庭を見つめた。
そこは、慶造と春樹が、夜空を見上げながら、語り合う場所だった。
庭木の素晴らしさに魅了され、雨が降っているにもかかわらず、窓を開けた。そして、縁側に腰を掛ける。懐に手を入れ、煙草を取り出し火を付けた。
吐き出す煙に目を細めながら、庭木を見つめていた。
足音に振り返る。

「!! 組長!」

慌てて煙草をもみ消し立ち上がる政樹に、慶造が話しかける。

「雨…降ってるんだぞ」
「すみません。すぐに閉めます」
「いや、気にするな」

慶造は縁側に腰を掛け、懐から煙草を取り出し、一本銜える。すると、政樹が火を差し出した。

「あん? あぁ…サンキュ」

煙草に火が付くと、慶造はゆっくりと煙を吐き出した。
銜え煙草のまま、政樹に話しかける。

「真子の前では吸うなよ」
「心得てます」
「…何か、悩み事でもあるのか?」

慶造の後ろにビシッと立っている政樹に、ちらりと目線を移す。

「座れよ」
「いえ、私は…」
「気にするな」

そう言われて、政樹は慶造の隣に腰を下ろす。そして、慶造に煙草を勧められ、煙草を口に銜えた。

「ありがとうございます」

暫く沈黙が続く。
雨が激しく降り始めた。それでも二人は、窓を閉めることなく、縁側に腰を掛けたまま、庭を眺めていた。
慶造が、二本目の煙草に火を付けた。そして、

「……で、悩みは…なんだ?」

静かに尋ねる。

「その……」
「真子に、魅了されたのか?」
「!!!!!」

政樹は驚いたように目を見開いた。

「図星…か……。真子と親しく話すようになってから、
 一週間。その後、一週間離れただけだろ? なのに、
 いきなり…どうした? …やはり、女に興味はない…というのは
 嘘…だったんだなぁ、地島」
「………すみません……。お世話係は、主人に手を出せない。
 だから、抑える為に…」
「ったく……そこまでせんでも、ええやろが」

呆れたように、慶造が言った。

「しかし………」
「組内で、女に一番手が早い…ってか…」
「!!! 組長、どうして、それを!!!!」
「ここに来る前に、情報は入ってる。一応、ここに入る連中の
 身の上や、性格、癖……色々と…な」

慶造は、政樹に目をやった。
政樹は一点を見つめている。

「お前が、どんな目的で、ここに来たのかも……解ってる」

その言葉に、政樹の目は見開かれた。頬を、一筋の汗が伝って、地面に落ちた。

「………では、私の……本当の姿も……」
「みなまで言わん。…だがな、真子が恐れず、むかいんが
 手を出してないんだ」

慶造は、ゆっくりと煙を吐き出す。

「……過去を忘れて、新たな人生を歩む…ここなら容易いことだ。
 ここの連中のほとんどが、新たな人生を歩んでる」

ちらりと政樹に目をやる慶造は、

「…地島のここに…」

政樹の胸を指さした。そして、

「隠されている思い……それが、何なのかは解らない。
 だか、真子は救いたい…そう思ってるはずだ」

静かに言った。

「…俺の……秘めた思いですか……。それは、兄貴にも
 証してないことですよ……組長。…誰にも証さない…。
 これだけは、俺一人で…やるべきことですから」
「それなら、何も言わんし、尋ねもせんが、…真子だけには
 心配掛けるなよ」
「組長……。…私の事を知っていながら、どうして、お嬢様の
 世話係をさせるんですか? もし私が……」
「真子を前にして、お前に…その勇気があるならな」
「…………」

政樹は何も言えなくなった。

「なんなら、今ここで……俺を殺るか?」

慶造は懐から銃を取りだした。

「!!!」

政樹は思わず身構えた。
話の流れから、慶造は政樹の正体に気付いている。そして、手に銃を…。
しかし、慶造は銃のグリップ部分を、政樹に向けて差し出しただけだった。

「真子が哀しむ前に、ケリ付けた方がいいだろう?」

慶造の言葉は、本気に取れる。
政樹は考え込んでしまった。
確かに、阿山慶造の命を奪うことが最終目的。そのチャンスは、真子が心を開くまで何度もあった。なのに、政樹は、それを実行しなかった…いや、出来なかった。
なぜ、出来なかったのか。
それが、政樹の悩む種の一つ。
そして、真子と親しくなる為に必死になっている自分が不思議に思える事も悩んでいた。
そこまで躍起になることはないはず。
なのに…。

政樹は、手を差しだした。
その手は、銃を拒むかのように慶造に向かって、慶造の手をそっと押し返した。

「組長」
「ん?」
「私は、そんな簡単な物で命は奪いたくありませんよ。
 今まで、拳一つで相手を叩きのめしていましたので、
 その感触を味わえないような武器は使いたくありません」
「地島…」
「なので、しまってください」

政樹に言われ、慶造は銃を懐にしまいこんだ。

「…格闘技出来ない…喧嘩嫌い……。どこまで持つかなぁ」

そう言って、慶造は寝転んだ。

「敵だと解ってる私に、そんなに無防備にならないで下さい」
「だぁいじょうぶ。まだ……実行しないんだろ?」
「そうですね。……でも、解っているのに……なぜ」
「真子の為だ」

そう口にしながら体を起こす慶造は、煙草をもみ消した。

「お嬢様の為…。…あなたにとって、お嬢様は…」
「大切な娘だ。…そして、この世界に新たな風を拭き起こす…。
 俺は、その為に、四代目を続けてるようなもんさ」
「新たな風…?」

政樹は首を傾げた。その仕草を観て、慶造は微笑む。

「それは、自分で見つけろ。…てか、そろそろ時間じゃないのか?」

慶造に促され、政樹は時計を見る。

「わっ…そうですね」
「雨も上がったことだし、安全運転でな」
「はいっ! 失礼します」

頭を下げて、政樹は歩き出す。その足が止まった。

「組長」

政樹に言われ、慶造は目だけを政樹に向けた。

「私のこと……」
「…トップシークレット。まぁ、そのうち、組員も勘付くだろうがな。
 せいぜい…気ぃ付けろよ」
「ありがとうございます」

再び頭を下げて、政樹は去っていく。

「…チャンス与えてやったのに、…忠実な奴だなぁ」

慶造は呟いた。
煙草をくわえ、そして、懐から銃を出す。
カチッと小さな音を立てて、銃の先から火が現れた。
それは、銃型のライターだった。
煙草に火を付け、煙を吐き出す。
煙は、何かを燃やすかのように、立ち上って消えていった。



(2006.6.5 第八部 第十一話 改訂版2014.12.12 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
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※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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