任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第九部 『回復編』
第一話 眠っている間に…

『阿山組の娘、誘拐される』

『敵対する砂山組組員・北島政樹、流れ弾に当たり死亡』

『一連の抗争に終止符か?!』

新聞の見出しを見つめ、そして、記事を読み始める慶造。
長い、ため息を吐いた。

「……猪熊、どういうことだ?」
「真北さんが、あの現場に集まった報道陣に対して
 こう伝えたそうです」
「この通りにせぇ…ということか」
「恐らく」
「それで………、この死亡した組員は、今、どこだ?」
「医務室です」



阿山組本部・医務室。

政樹は、ベッドの側に座っていた。
真子は事件の後、高熱を出し、未だに目を覚まさない。
政樹は真子の頭の下の氷枕に触れる。氷は溶けていた。
真子の頭の下から、そっと氷枕を取り、医務室にある冷凍庫を開け、氷を取り替える。そして、真子の頭の下に、そっと置いた。額に手を当てると、まだ、熱は高い。

お嬢様…。

政樹は、事件の日を思い出していた。



真子が、自分の正体を知り、そして、何をしようとしているのかも知っていた。
なのに、自分を改心させようとしていた。ぐずぐずしていたからと、真子は自分を責めた。
そんな真子を見た途端、心の奥にあった何かが弾けた。

この人になら、命を懸けても、悔いはない。

その言葉を口にしたら、恐らく、この人は怒るだろう。
でも、自分の心は、その時に決まった。

優しく包まれた腕の中で、泣いた自分が、恥ずかしかった。

まさちん…泣いてる…。
すみません…。
大丈夫だからね。私が居るから。

そう呟いた途端、真子は気を失ったように倒れてしまった。

「お嬢様??」

真子に触れる肌が熱い。額に手を当てると、かなり熱かった。
真子を抱きかかえ、慌てて医務室に駆け込む。
そこで待っていた美穂に真子を託した後、美穂にからかわれた。

男泣きって、素敵よねぇ。
真子ちゃんに惚れた?

何も応えられなかった。
そのまま、自分の治療もしてもらい、そして、今……。



それは、昨日の出来事だった。
事件の次の日の今日、慶造達は朝から会議中。阿山組幹部が集まり、事件のことを話し合っていると美穂から聞いた。

氷は適当に変えてね。三日ほど寝込むと思うから。

真子の側から離れない政樹に告げて、美穂は道病院へ出勤した。

「はぁ……」

政樹はため息を吐いて、ベッドに顔を埋めた。
眠らずに真子の看病をしていた。
真子の体調が気になる。
それと、もう一つ、気になることがあった。




阿山組・会議室。

「それで、四代目。その北島政樹の今後は、どうされるおつもりですか?」

幹部の一人が静かに尋ねてきた。

「その事だが、先程言った通り、北島は砂山組の作戦を
 打ち明けて、そして、その作戦を逆手にとって、今回の
 騒動となっただけだから、今まで通り、真子の世話係だ」
「…地島…政樹という名前で…ですか?」
「あぁ。真子にとって、あいつは地島政樹だからな」
「それで、真北が、そのような記事を依頼したということですか…」

幹部はため息を吐いた。

「…何か、不服か?」
「えぇ。四代目は、どうして、そこまで真北や地島のような人間を
 阿山組に引き込むんですか? それも、お嬢様の為…だと…」

その言葉を発したと同時に、会議室のオーラが一変した。
誰もが、発言した幹部を睨み上げている。
飛鳥は、今にも攻撃を仕掛けそうな雰囲気で、腰を浮かせていた。

「鎮まれ」

慶造が静かに言うと、飛鳥は、唇を噛みしめ、深く座った。

「まぁ、確かに敵を引き込んでいるようなものだよなぁ。
 …知らないのか? 敵を味方に…という言葉」
「存じてますよ。真北は未だに記憶が戻らない。
 しかし、地島…いや、北島は、過去の記憶を持っている。
 もし、砂山が、自分の組が壊滅した後のことまで考えていたら
 その北島が阿山組の内部から潰しにかかる可能性だって
 考えられるのでは、ありませんか?」

そう言って、慶造を見つめる幹部。その眼差しには揺るぎがなかった。

慶造は解っている。
この幹部は、組のこと、そして、慶造のことや真子の事まで考えていることは。
だからこそ、他の幹部達を鎮めたのだった。

「その心配は皆無だ」
「どうして、言い切れるんですかっ!」
「……お前も、地島政樹と手合わせすれば解るさ…」

慶造は静かに応えた。

「…本部に残った組員から聞いてます。昨日…」



現場に向かった組員は、心配する家族が居ない者だけだった。

もしものことを考えると、家族が居る組員を連れて行くことが出来ない。

失った哀しみを一番知っている慶造だからこそ、その言葉に重みがあった。
それでも、現場に向かった数は多かった。
その組員たちは、政樹の行動を目の当たりにした。
もちろん、真子の能力も。
だからこそ、政樹の決意も肌で感じていた。
しかし、本部に残った組員達は、現場のことを詳しく知らない、ましてや、政樹の行動は、『裏切り』に値するものだった。
真子を守る為に、体を張ったことは、事件の夜に知った。


組員の怒りを鎮める為に行った、政樹への『制裁』。
その道場では、組員一人たりとも、政樹の体に触れることが出来ずに倒された。
その数、三十八。
そして、勝司が政樹の前に出る。
勝司の拳のいくつかは、政樹の体に突き刺さった。
しかし、全く効かない。それよりも、政樹は攻撃をしてこない。
それに嫌気が差したのは勝司の方だった。
勝司は急に手を止め、道場を去っていく。その行動に驚いた組員達だった。勝司が道場を去って直ぐに、慶造が姿を現した。途端に、政樹へ攻撃する慶造に、組員達は目を奪われた。
政樹は、防御もせず、慶造に打たれ続けるだけだった。
先程まで、見せていた組員達へのオーラはどこへやら…。

一体、何を考えているんだ?

そう思った時、道場の扉が開き、そこへ向かって政樹の体が吹っ飛んでいった。



「だからこそ、手合わせをしなくても、解りますよ」

幹部の話は続いていた。

「ならば、なぜ、お前は反対だ?」
「これ以上、組内を引っかき回されるのは、御免です」
「…意味が解らん」
「北島にまで、組の仕事をさせるのは反対だということです」
「それなら安心しろ。真子の世話係は、続行だからな。
 組関係の事は、真子が嫌がるだろ」
「そうですが、…もし、四代目がお嬢様を跡目と考えておられるなら、
 そこまで考えるのが…妥当だと、私は思っております」
「そうか……」

慶造は深く考え込んだ。

五代目は真子だと考えている慶造にとって、幹部の言葉は、真剣に悩ませる程、意味があった。

「それは、後日に結論を出すとして、今は、対処方法を
 考えるべきじゃありませんか?」

修司が話を切り替えた。

「それについては、真北から連絡が入るはずなんだが、
 まだ、一夜明けただけだから、向こうの動きが見えないんだろうな」

慶造の言うとおり、春樹は砂山組との抗争で使われた銃器類、そして、春樹の行動について、かなりの書類が必要となってしまったのだった。

事務処理は嫌い。

その思いも拍車を掛けて、春樹の仕事は、中々進まず。中原も手伝っているものの、やっぱり先に進みはしない。

「あがぁ……」

妙な声を発して、春樹は机に突っ伏してしまった。

「真北さん、休んでる暇ありませんよ!!」

中原が促すが、春樹は起き上がる気配を見せない。

「早く済ませないと、真子ちゃんが怒りますよぉ〜」

聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で中原は言ったが、それは、地獄耳の春樹に聞こえていた。
急に体を起こし、先程よりもスピードアップで、事務処理を始めた。

薬の効果あり。

そう思った途端、口元が弛んだ中原だった。





「食事を摂った方がいいわよ」

病院勤務を終えて戻ってきた美穂が政樹に声を掛ける。しかし、政樹は真子を見つめたまま首を横に振った。

「お嬢様の意識が戻るまで……大丈夫です」
「…目を覚ました時、やつれた顔を見たら、真子ちゃんが怒るわよ」
「それでも構いません」
「ったくぅ〜。でも、何か遭ったら、いつでも言ってね。隣に居るから」

政樹が頷いたのを見届けて、美穂は治療室へと向かっていった。
すると、春樹が医務室のドアを開けて入ってきた。

「あらぁ、良いタイミングだわねぇ〜。治療はしたの?」
「向こうでね。…真子ちゃんは?」
「まだ、眠ってる。まさちんが側から離れない」
「そうですか。…よろしいですか?」
「どうぞ」

美穂は、春樹を迎え入れた。
春樹の姿を見た途端、政樹は立ち上がり、深々と頭を下げた。

「真北さん、この度は、本当に……申し訳御座いませんでした。
 そして、ありがとうございました」
「……お礼を言われる筋合いは無いが…。お前は大丈夫か?」
「組長の鉄拳で怪我しただけで、後は大丈夫です」
「青い光を受けた後だろ? 何か体に変化は無いのか?」
「特に、何も感じません」
「そうか……しかし、本当に驚いたぞ。…生き返るとは…」
「あっ、いや、その……撃たれた記憶はあるのですが、
 その後、お嬢様の声が遠くに聞こえて…どこへ行くのだろうと
 ふと思った途端、温かくて心が和む何かに包まれました。
 そして、お嬢様の笑顔が目の前に現れて……それが、
 泣き顔に変わった。…その時に現実に戻ってきたんですね」

政樹は、真子を見つめた。

「もう、泣き顔を見たくなかったのに……俺……」
「これからは、泣かせるなよ」
「………心得ました」

春樹に振り返る政樹。

「ん? なんだ??」

思わず尋ねる春樹は、自然と真子の頭を撫でていた。

「真北さん」
「ほい」

返事が、いつもの真北じゃない。

「気になることがございます」

政樹の真剣な言葉に、春樹は身構えた。

まさか、自分の正体がばれた?
警察側の人間だということが…。

「私の、これからのことですが…」

そう耳にした途端、ホッとする。

「あぁ、それは、慶造に聞いてくれ。…っと、慶造が呼んでたっけ」

と春樹がいうやいなや、慶造が医務室へやって来た。

『こら、真北っ! 早く連れてこいやぁ』

慶造がドアを開けた。

「すまん、今、伝えたところだ」

春樹は苦笑いをしながら言った。

「地島政樹」
「…は、はい…」
「美穂ちゃんも居ることだし、真子のことは暫く、真北に任せれば安心だから、
 会議室に来い」
「会議室…ですか…。今度は幹部達の制裁を受けるんですね」
「いや、そうじゃない」
「えっ?」
「お前のこれからの事を決めるんだ。…反対は出来ないからな、
 そのつもりで、来い」
「はっ」
「じゃぁ、真北、後で来るから」
「……慶造だけで充分だろが」
「お前も必要だろが」
「解ったって。ほら、さっさとしろ」
「あの……」

慶造と春樹の会話に割り込む政樹。
何が始まるのか、更に気になっていた。

「ん? あ、あぁ、事情聴取だよ。地島も現場に居ただろ。
 そして、作戦のことも話さないと駄目だからな、それで」
「そうですか……」

ちょっぴり暗い表情になる政樹。
これからの事を考えてしまった。
塀の向こうに……。
そうなると、真子の側に居ることができない。
そう考えた為に、思わず暗い表情になってしまった。

「ほら、行くぞ」
「は、はいっ!」

慶造に促されて、政樹は医務室を出て行った。

「…って、何も慶造が自ら迎えに来なくても…」
「真子ちゃんのことが気になっただけでしょうねぇ」
「なぁるほどぉ」

春樹は、真子の側に腰を掛け、眠る真子を優しい眼差しで見つめ始めた。

「穴…空くわよぉ」

どうしても、美穂は、からかいたくなるらしい…。




春樹は、真子の側で、うとうととし始めた。
医務室のドアが急に開いた。

「あら、いらっしゃぁい」

美穂が尋ねてきた二人の男に声を掛けた。

「失礼します」

一人の男は挨拶をするが、もう一人は、奥の部屋へと目をやって、ズカズカと入っていった。

「あっ、今は…」

と美穂が声を掛けても遅かった。
ズカズカと入っていった男は、扉をそっと開けていた。

「……………どうして、ここに居るんですか?」
「……今、ここに来るなっ!」

扉を開けた男と春樹が同時に言った。

「ニュース観て、新聞の記事を読んだら、気になって
 仕方ないでしょうがっ! お嬢様は無事だと、むかいんに
 聞いても、この目で見ないと……」
「…だから、泣くなって、ぺんこう」

春樹が、呆れたような嬉しいような表情をしながら、扉を開けた男・芯に言った。

「……今は、熱を出してるだけだ」
「本当に…」
「大丈夫だ。だから、安心しろ」
「…お嬢様っ」

芯は、春樹を押し退けて、ベッドに眠る真子を抱き上げた。

「御無事で……」

ったく、芯は……。

フッと笑みを浮かべる春樹だった。





会議室。
政樹は、慶造の前に立ち、慶造の言葉を耳に叩き込んでいた。

これからは、地島政樹として、真子の世話係を続けろ。

その言葉は、政樹にとって、救いの言葉だった。
しかし、背後に感じる幹部達の威嚇に近いオーラに、頷くことができない。

「どうした? 嫌…なのか?」
「いいえ。私に…砂山組に居た俺にとっては、有難い言葉です。
 しかし、ここに居る幹部たちは、組長の言葉に賛成しているようには
 思えません。なので、俺は…」
「……気にするな。お前は、真子の世話係だ。だが、組関係には
 一切、手を出せない。この本部に居るだけでも、組員達の攻撃に
 合うかも知れない。だから、お前は、こっちの世界とは関係ない」
「…組長……それでも…」
「はぁ……。…こいつらは、確かに反対だ。だがな、真子は
 そう思っていない。…お前の事を改心させようとしていたんだろ?」

慶造の言葉に、幹部達がざわめき始めた。

「…四代目…それは、…お嬢様は、こいつの正体を…」
「知っていたさ。…お前らは全く気付いてなかったみたいだがな」

少し嫌味っぽい口調に、誰も何も言えなくなる。

「信じる事も大切だがな、もう少し敵対する組の事にも
 目を向けておけ。…何も知らない…この世界とは無縁の
 真子が気付いていたんだぞ。その真子が何を考えて
 この男を救おうとしていたのか。…それくらい、解るだろ?」

先程まで見せていた、幹部達の威嚇に近いオーラは、いつの間にか消えていた。
慶造は、隣に座る修司に合図を送る。

「今日は、これまで。各自、表の連中には気をつけて
 お帰り下さい」

修司が告げると、幹部達は会議室を出て行った。
中には項垂れる幹部もいた。


会議室には、慶造と修司、そして、隆栄と政樹、勝司の五人が残る。

「四代目……今のお言葉は、幹部のみなさんに…」

勝司が口を開く。

「解ってる。…悪いことを口にしたと反省してる。
 だがな、あの場を鎮めるには、必要だろ?
 あいつらまで怪我して欲しくないからな」
「………私は反対です。この男がお嬢様の側に居ることは」

冷たく言って、勝司は会議室を出て行った。

「はぁ……困ったな…。北野」

廊下で待機していた北野が、勝司を追いかけようとしているのに気付き、慶造は、呼び止めた。そして、側に寄ってきた北野に何かを告げる。

「かしこまりました」

深く一礼をして、北野は出て行った。

「勝司の事は、北野に任せておけば大丈夫だろ」
「…慶造、いい加減にしろよ」
「あん?」
「いくら何でも…」
「今日限りだ」

慶造は、新聞を政樹の前に出した。

「世間では、こういう事になってるからな。…ちゃんと覚えておけ」
「えっ?」

新聞の記事に目を通した政樹。
その目は、驚いたように見開かれていた。

「あぁ、それとな……」

深刻な表情で、慶造は政樹に語り始めた。




医務室。
こちらにも、異様なオーラが漂っていた。
春樹と芯。
この二人が、眠る真子の側で……。

「表の様子、観ただろが。お前の姿が知れ渡ったら…」
「隣の料亭から来ましたから、ご安心を。あなたには、
 ご迷惑お掛けしませんし、慶造さんにも迷惑は掛けません」
「それでもなぁ…むかいん、引き留めておけよぉ」

少し離れた場所に立っている向井に、春樹が言った。

「翔さんと航さんも御一緒なので…」
「……二人も気にしてたのか?」
「ぺんこうの雰囲気です。…お嬢様が拉致された事を
 耳にして……」
「ぺんこう、お前…この時期は…」
「二人に、それが終わるまで、気に留めるなと言われたんですよ。
 きちんと終えて、ちゃんと申請もしてきましたし、推薦も…。
 ですが、今朝の新聞を観て……どうしても…」

芯が語り出す。

「それで、私がぺんこうのマンションを訪ねて、その時に
 慌てて飛び出すぺんこうを翔さんと航さんが必死に引き留めて、
 私も引き留めた時に、閃いたんですよ…」
「閃いた??」
「打ち上げと称して、隣の料亭で飲み会を。その時に、少し席を外して
 ここに来る…ということなんです」
「それなら、今、料亭で二人は…」
「騒いでいるでしょうね。…カムフラージュです」

向井が得意気に言うと、春樹は苦笑い。

「すまんな、むかいん」
「私も気になりましたので」
「それで、その……北島政樹は、新聞の通りに……?」

芯が静かに尋ねる。
春樹は真子を見つめながら、

「北島政樹は死んだ。…だが、地島政樹は生きている」

そう応えた。

「…まさか……」

春樹の言葉で、芯は何かに気が付いた。

「その…まさかの出来事でな。…それが心配で俺が付いてるんだ」

春樹の言う『それ』とは、真子の赤い光のことだった。

「それは、真北さんでは、無理でしょう?」
「あぁ。だから、術を掛けた。……能力のことを忘れている。
 そして、その事件での…地島政樹の行動もな…」
「えっ?」
「…拉致された所は、どうしても掛けられなかったよ…」
「そうですか。……お嬢様……大丈夫でしょうか…」
「目を覚ますまで…解らんな」

沈黙が続く。


「なぁ、ぺんこう」
「はい」
「後は良いから、楽しんで来い。…忘れて来いよ」
「……そうします。あなたこそ、無茶はしないでくださいね」
「あぁ」

芯は春樹の返事を聞いてから立ち上がり、向井を誘って、医務室を出て行った。

「美穂さん、後はお願いします」

深々と頭を下げて、芯が言った。

「五日後、電話してあげてね」
「そういたします」

芯と向井は去っていく。
美穂は二人の姿が見えなくなって、医務室へと戻ってきた。

「あらら、本当に…大丈夫かしら…」

春樹は、芯が出て行った途端、ベッドに俯せになっていた。




料亭に通じる渡り廊下を歩いている時、

「むかいん…、真北さんの事…頼んでいいか?」

芯が静かに言った。

「そうだな。力の付くものを作って、直ぐに持って行くよ」
「あと、慶造さんと…」
「そうするよ。…一人で戻れるか?」
「ああ。…ありがとな」
「じゃぁ、楽しめよ」

向井は、芯の肩をポンと叩いて、本部へと戻っていった。
渡り廊下を渡り、料亭へやって来た芯は、そこに待つ二人の姿に微笑んだ。

「航…翔…。何してる?」
「ん? 心配でなぁ」

翔は静かに言うと、芯の頭をくしゃっと撫でた。

「どうだった?」

航が静かに尋ねた。

「熱が出てるそうだ。…でも真北さんが側に居るから…」
「それなら、安心だな。さぁて、楽しむぞぉ」

翔は、芯を逃さないという感じで腕を掴んで、料亭の方へと向かっていった。

「………飲む…」

芯が静かに言った。

「…程々にしとけよ…」
「解らん……」

芯が飲む…という言葉を口にするのは、それはそれは……。
酒豪、底なしの芯。
料亭の酒が全て無くなる可能性が…。
それを心配する翔と航だが、芯が何かを忘れたい程、飲みたいのだろうと察していた。
貸し切りの部屋に、アルコール類が次々と運び込まれていた。





医務室。
向井がお盆を片手にやってくる。

「あらら、それは…」
「真北さんと美穂さんの分です。慶造さんたちには渡しております」
「力出そうだわぁ」
「この様子だと、徹夜だったのでしょうね」

向井はテーブルの上にお盆を置きながら、春樹を見つめていた。

「そうね…書類の手続きが大変だったようね」
「そうでしょうね。…相手だけでなく、世間に知れてますからね…」
「そうなのよ」
「…地島政樹の姿もありましたが……あの男の処分は?」
「今まで通り…真子ちゃんの世話係だ。…その代わり、名前は
 地島政樹のままだがな」

そう言いながら体を起こした春樹。
どうやら、向井特製料理の香りで目を覚ましたらしい。

「ぺんこうからですよ」

向井が告げると、春樹は嬉しそうな笑みを浮かべて料理に、箸を運んだ。

「いただきます」
「…お嬢様の為…ですか?」

向井が怪訝そうに尋ねる。

「まぁな…でも、今まで通り、行くかは解らんな」
「組員達の…想いですか?」
「あぁ。……むかいんも、そうなんだろ?」

そう言って、春樹は向井を見つめた。
向井は、凛とした眼差しで春樹を見ていた。
もちろん、その眼差しが語っている。

地島政樹を許せない…と。

「でも……俺が先程、会議室で見た地島政樹は、お嬢様の前に居る
 あの…まさちんでした。…慶造さんが、作戦だと仰るのなら、
 私は、その言葉に従います。…しかし、他の組員は…」
「確かにな。……ゼロからの出発か…」

春樹は、一点を見つめ、

「折角、ここまで来たのにな…」

静かに呟いた。

「……今まで以上に、頑張りますよ」

向井が力強く言う。

「ん?」

春樹は向井の言葉が理解できないのか、首を傾げていた。

「そんな思いを断ち切れるような料理を…俺は作っていきます。
 お嬢様の心をホッとさせる料理を…。…それが、俺の出来る事です。
 この手は、その為にありますから」

向井は、両手を広げて、春樹に見せた。
春樹は、フッと笑みを浮かべ、

「そうだよな。……むかいん、頼んだぞ」
「はい」

向井の笑顔は輝いていた。

「それと、ご馳走さん。力が沸いてきたよ」
「嬉しいことです。…ぺんこうに感謝ですね」
「……あぁ」

向井の言葉に、春樹は静かに返事をした。
そこへ、政樹と慶造がやって来た。

「向井ぃ、ごちそうさん。洗い場に置いておいたからな」

慶造は、そう言いながら真子の側へとやって来る。

「…まだ、熱は高いんだな」

真子の額に浮かぶ汗に気付き、そう呟いた。そして、そっと汗を拭う。

「真子、安心しろ。…まさちんは、今まで通りだからな…」

慶造は、真子の頭をそっと撫で、自分の額を真子の額にピッタリと引っ付けた。

早く、熱が下がるように…。

その昔、ちさとがしていた、おまじない。
それは、自然と出た仕草だった。

「で、真北」

我に返った慶造は春樹を呼ぶ。

「嫌だな」

慶造が言う前に断る春樹。その言い方は、まるで、だだっ子……。

「あのなぁ…これから、行くんだろ? それに、お前が居ないと無理だ。
 向井の料理で力が付いたんなら、さっさと行動に移せっ」
「もう少し休ませろっ!」
「早めに終わらせたいだけだ!」
「真子ちゃんが心配だ」
「むかいんが居るから、大丈夫だろが。それに、ぺんこうも
 心配して来ていたんだろ? 隣に戻ったみたいだがな」
「……なぜ、解るっ」
「お前らのオーラだよ」
「…って、親分に、真北さん」

美穂が静かに呼ぶと、

「何ですかっ!」

二人は、いきり立ったまま返事をし、振りかえ………。
そこには、怒りの形相で、美穂が立っていた。

「ここでは、言い争わないで欲しいわね。……寝た子が起きるわよ?」
「あっ……」

真子を起こすのは…。
赤い光の影響ではなく、熱で眠る真子が起きる…ということは、寝起きの真子……。
機嫌が悪い…。

「後は、むかいんと私が居るから、安心して行ってらっしゃぁい!」

美穂は、二人の男の背を押して、医務室から追い出した。

「って、ちょ、ちょっと、美穂ちゃんっ!」

という声がドアの向こうに消えた。
美穂はドアを閉め、項垂れる。

「大丈夫ですか?」

向井が心配そうに声を掛けてきた。

「そうでもしないと…ね。……あっ」

美穂は、医務室に取り残されている政樹に気が付いた。

「まさちんも一緒に行くんだっけ」
「はい」
「二人の言い合いには、入らないように気をつけてね」
「猪熊さんが一緒ですので」
「あれ? 隆ちゃんは?」
「向井さんの料理を食した後、すぐに出掛けました」
「またぁ……隆ちゃんこそ、休んでないんだけどなぁ」
「申し訳…ございません」

政樹は恐縮そうに、深々と頭を下げた。

「気にせずにぃ。それよりも、ほらっ」
「…って、わっ!」

美穂は政樹まで、追い出すように背を押した。
勢い余って廊下に出てきた政樹は、壁に激突…。
それを観ていた慶造と春樹は、

「………大丈夫か……?」

そっと声を掛けた。

「は、はい…なんとか…」

そう応えるのが精一杯の政樹だった。



本部内のオーラが変わった。
慶造達が外出した事が解る。


向井は洗い物を終えて、医務室へと戻ってきた。
美穂が真子の熱を測り終えた所だった。

「どうですか?」
「まだ、下がらないわ…」
「そうですか…」

腰を下ろしながら、静かに応えた向井は、真子を見つめた。

「…泣いてる…?」

真子の目尻から、一筋の涙が流れていく。

「哀しい夢でも…観てるのでしょうか…」
「それは、解らないけど、…哀しいのかもね」
「現場の事は解りません。恐らく、そこで何かが遭ったのでしょうね」
「真子ちゃんの目の前での出来事だったから……」

相手の事も心配してるのだろう…。

美穂は、そう思った。
もちろん、向井も思っていた。




移動中の車の中。
後部座席に座る二人の男は、それぞれ窓の外を見つめていた。
険悪なムードが漂う車内。
助手席に座る政樹は、背後に感じるオーラに怯えていた。

「そう心配すること無いぞ」

運転している修司が政樹に、そっと告げた。

「はい…」

そう応えるのが精一杯の政樹は、軽く息を吐いた。

「いつものことだからさ」

そう言って、修司は政樹に振り向いた。
その笑顔に、政樹は苦笑い。

「その……」

何かを言おうとした政樹は、背後から迫ってきた一人の男に振り返った。

「大丈夫やから、心配するなって」

春樹だった。

「しかし、現場での私の行動は…」
「真子ちゃんを守っただけだろが」
「その……親分や兄貴は…」

特別施設に容れられたから…。

それ以上、言葉にならない政樹。

「真北を停められなかったのは、俺の失態だな」

慶造が呟いた。

「だから、俺が暴走しただけだと、何度も言ってるだろがっ!」

春樹が怒鳴りつける。
その声に、慶造は耳に指で栓をした。

「うるさい」
「慶造が自分を責めないのなら、怒鳴らないっ!」
「責めたくもなる…」

いつにない、弱気な発言…。
何を心配しているのか、春樹だけでなく、修司も解っている。

「…真子ちゃんなら、むかいんが付いてるから、大丈夫だ」
「…向井を巻き込みたくないんだよ。…だけどな…」
「今の真子ちゃんには、むかいんの方が安心だ」
「それよりも、真北ぁ」
「ん?」
「向こうには、どう伝わってたんだ?」
「真子ちゃんが、事故に遭った」
「それで、八造を引き留めたんだよな」
「あぁ」

慶造は暫く考え込む。
そして、静かに口を開いた。

「今回の事は、どう伝わってる?」
「………そのまま…伝わってるだろうなぁ」

軽い口調。
それが、慶造の怒りに再び触れる。

「真北っ!! お前なぁ!!」
「だから、栄三と健が向かったんだろがっ!」
「お前なぁ、その二人が向かったら、何が起こるか想像できるだろが!」
「修羅場だなぁ」
「真北ぁぁぁぁっ!!!」
「栄三の意見だよ」
「…栄三ちゃんの意見??」
「八っちゃんの怒りをこっちに向けないため。自分に向けさせることで
 発散させるべきでしょう」

修司が代わりに応えた。

「それで、いいのか?」

不安げに慶造が尋ねると、

「栄三に任せておけ」
「栄三ちゃんに任せておけ」

春樹と修司が同時に応えた。

「しかしなぁ……」

やっぱり不安の慶造は、項垂れる。

三人の会話が……解らない…。

慶造以上に不安げな表情に拍車を掛けている政樹。
そして、車は特殊任務関連の建物へと入っていった。





その頃、関西では………。


須藤邸の庭。
須藤が呆れたような表情をして、自宅の庭を見つめていた。
そこでは………。



(2006.9.5 第九部 第一話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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