任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第九部 『回復編』
第二話 不要

『阿山組の娘、誘拐される』

『敵対する砂山組組員・北島政樹、流れ弾に当たり死亡』

『一連の抗争に終止符か?!』

一人の男が、荷物をまとめていた。
それらを担ぎ立ち上がる。そして、部屋を出て行った。


「猪熊??」

廊下に出た須藤が、荷物を担いでいる男に気付き、ふと名前を口にした。
荷物を担いだ男は玄関までやって来た。

「おはようございます。竜ちゃんは、まだ来てませんよ」
「いいんだ。世話になった」
「はい?!」

靴を履き、立ち上がった八造。玄関の扉を開けて、一歩踏み出した。
そして、門に向かって歩き出した途端……。

「…ちっ!! 放せ、栄三っ!」

八造は、栄三に襟首を掴まれる。

「じゃかましぃっ! 家出するなら、須藤に挨拶せんかぁ!」
「…兄貴、言葉が、ちゃうって…」
「ん? …そっか。…勝手に出て行くなっ」
「うるせぇっ! お嬢様の身に危機が迫って、そして、
 四代目の命が狙われたんだろがっ! じっとして…」
「じっとしとけや…こるぅぅぅっらぁ…」

栄三は、八造に凄みを利かせた。
それに怯む八造ではない。

「……てめぇ、誰に物言うてるんや? こるるるらぁ…」

巻き舌になる八造。

「縦社会。俺、お前より、この世界で生きてる年数…多いんやけどなぁ」
「てめぇだけは、敬えんっ!」
「やっぱりぃ〜」

急に緊張感が和らぐような口調になる栄三だが、

「兄貴、やりすぎ」

一緒に来た健が呟いた。

「何が? …あっ」

栄三は周りを見た。
玄関先で待機している須藤組の若い衆や組員が恐怖で引きつった顔をして、腰を抜かして座り込んでいた。

「おいおい、殺るんやったら、庭に行けや」

玄関の雰囲気に見かねた須藤が声を掛けた。

「お借りしますよ」

そう言って、栄三は八造を引き連れて、須藤邸の庭へと向かっていった。

「マジやな…」

須藤が呟いた。




須藤邸の庭に面した廊下で、須藤がため息を吐きながら、新聞に目を通し、そして、側に居るよしのに手渡した。

「……それで、あの二人は、まだ続くのか?」

須藤が呟くように、よしのに尋ねる。

「それは解りません。しかし、私たちが手を出すのは、
 良い策ではありませんね」
「そうだな。こればかりは、本家の問題……と思うのだが、
 四代目が取った行動は、四代目の意志に反してないのか?
 相当な銃撃戦があったんだろう?」
「えぇ。情報では、そうですが、あの真北が思いっきり暴れたとか…」
「相手の顔が判別出来ないほどの鉄拳…か」
「はい」
「……その気持ちは解るが、その情報を耳にしたら、
 水木達が納得せんやろな」
「はい。その事で、さつまが再び話を持ちかけて来ました」
「…暴れ好きの男が飛びつきそうなネタだからなぁ」

よしのと話しながらも、須藤の視線は庭に居る二人の男に向けられていた。



険悪なオーラが漂っていた。
そこには、八造と栄三が睨み合っている。
傍らには健が二人の様子を見つめていた。

「戻る」
「戻るな」
「戻る…」
「…戻るな」
「………戻る………」
「…戻るな…………」
「…戻る」
「…戻るな」

同じ言葉を長い時間繰り返して言い合う二人。

「てめぇ…俺の立場を解っての言葉か?」

八造の声が低く響いた。

「本来は、そうだろうが、今は違うだろ?」

栄三も負けじと、低い声で凄みを利かせた。
やっぱり、それに怯む八造ではない。

「側に居る男が裏切り、お嬢様が危険な目に遭った。
 そして、その男に能力を使った……」
「あぁ、その通りだ。だが、世間では死んだ事になってる」
「その男のこれからは、どうするつもりだよ」
「それは、四代目と真北さんで決める。そこまで俺は知らん」
「それなら、俺が必要だろがっ!」
「今は必要ないっ!」
「必要だっ」
「必要ない!」
「必要」
「不要!!」
「きぃさぁまぁ…俺に向かって不要とは……」

八造の怒りが、なぜか、頂点に達した。

「ちょ、ちょっ! 八やんっ!! なんや、いきなりっ…!!!!」

八造の蹴りが、栄三の頭上を見えない速さで通り過ぎた。
咄嗟に避けた栄三の髪の毛が、風でなびく。

げっ! やばっ!!

と思ったのは、栄三だけでなく、健もだった。
怒りのオーラが、八造の周りに風を起こす。

「だから、なんで怒ってるねんっ!」
「不要と言ったのは、その口だろがっ!」

八造の拳が、栄三の顔面に向かって突き出される。
しかし、その拳は、栄三の顔面すれすれにピタッと止まった。

「八やん??」
「………そうやって、俺の怒りをここで爆発させて、
 向こうには行かせないようにする……そのつもりだろ?」
「ご名答〜。…でも、本当に……今は不要だぞ」
「解ってる」

静かに応えて、八造は拳を下ろした。

「お嬢様の期待に背かないように…しないとな…」

そう呟いて、八造は笑みを浮かべた。

「…俺には、ここでの仕事が残ってる。…今回の事件で
 折角、信頼を築いた関西の連中の行動が解るからな…」
「八やん……」
「…栄三、さつまを探ってくれへんか?」
「さつまを?」
「あぁ。あの血の気の多い男のことだ。今回のことで、何かを
 吹っ掛けてきそうでな」
「それなら、すでに、話が来たらしいで」

健が応えた。

「そうか…」

八造は、そう言ったっきり、深く考え込み始めた。
そうなった八造に声を掛けても無理。
栄三と健は、八造の動きを見つめていた。

「これは……厄介だな」

八造と栄三、そして、健が、それぞれ呟いた。




陶器類の音が微かに聞こえた。

「それでも、納得せん…」

八造が呟き、茶碗を置く。

「納得してもらわな、俺は帰らへんで」

栄三は、おかずに箸を運んだ。

「……その男の処分は、どうやねん」

お茶に手を伸ばして、八造は一口飲んだ。

「制裁は下ったらしいねんけどな、組員は相手にならんかった」

茶碗を空にする栄三は、おかわりを食事担当の須藤組組員にお願いする。
しかし、差し出した茶碗は、八造に取り上げられた。

「こいつに、これ以上、やらんでええ」
「はっ」

八造の言葉に素直に従う組員。

「って、八やん、それは無いやろがぁ」
「ただ飯は、やらん」
「いっつも、くれるやん」

なぜか、かわいらしい仕草をする栄三。
それには、八造の怒りが……。

「食事中に暴れるなっ」

八造の拳が栄三の顔面に来たが、栄三は軽々と、それを受け止めて、八造に言った。

「その男…暴れ好きだったんだよな」
「まぁな。…でも、四代目と山中さんには手を上げなかったらしいで」
「……まだまだ…ってとこかな…」
「さぁなぁ。それは解らんけどな、兎に角、爪…隠してたみたいやな」
「話から、想像出来るよ」

八造は朝食を終え、空茶碗をまとめて洗い場へと持って行く。
栄三と健も同じように洗い場へと持ってきた。

「ごちそうさまでした」

三人の声が揃う。

「ちっ…」

八造は舌打ちをした。

「で、俺にどうしろと?」

八造は、静かに尋ねる。

「こっちでの仕事を終えてから、帰ってこいってさ」
「終わりが見えない仕事なのにか?」
「見切りくらいは、付くだろ?」

栄三が静かに告げると、八造の頭の中がフル回転し始めた。

「なんとかな…」

そう言って、八造は廊下に置いてあった自分の荷物を手に取り、借りている部屋へと戻っていった。

「おはようございます!! 兄貴っ、迎えに参りましたぁ!」

竜見の元気な声が、須藤の屋敷に響き渡った。





竜見運転の車。
後部座席には、健を挟んで栄三と八造が座っていた。
助手席に座る虎石は、頬に汗が伝っていた。
竜見も運転をしながら、顔が引きつっている。

「なぁ…」

静かな車内に健の声が響く。

「なんや?」
「なんだよ」

栄三と八造が同時に返事をした。

「俺を挟んで、それ…辞めてくれへん?」

健が静かに告げた。
どうやら、車内に険悪なムードが広がっている様子。
もちろん、それを作り出しているのは、健を挟んで座っている栄三と八造だった。

「腹減った…」

栄三が呟く。

「ただ飯は、やらん」

八造が応えた。

「お前の金ちゃうやろが」

栄三が反抗的に言うと、

「俺の金や。世話になってるからな」

八造がドスを利かせて応えてきた。

「飯…喰った分、今日は手伝えや」

八造が続けて言うと、

「やなこった。これから、スケジュールが一杯あるんや」

反抗的に栄三が応える。

車内に風が走った。

「もぉぉぉぉぉ…っ!! …ええかげんにせな、俺が……怒るで」

健の声が、徐々に低くなっていった。
健の目の前で、栄三と八造が胸ぐらを掴み合っていた。

「ちっ!」

二人は同時に舌打ちをして、手を放し、姿勢を整えた。

「しゃあないな。健、手伝うで」
「はいなぁ!」
「……邪魔はするなよ」

八造が良いタイミングで言うと、

「だったら、手伝わすなっ!」

栄三が思わず口にした。

邪魔するつもり…ってことか?

後部座席の会話とやり取りを伺っていた、助手席の虎石が竜見に、そっと呟いた。




とあるビルにある会議室。
そこには、水木達阿山組系関西幹部が集まっていた。
それぞれが、今回の本家の事件に対して深く考えている。

阿山慶造と真北春樹が持ちかけた話。
それは、極道にとっては、非常に難しい『約束』だった。

命を粗末にしない。
それを前提に、話し合いでケリを付ける。

なのに、娘の命が関わった事で、率先してその『約束』を破った二人。
そういう行動に出てしまったのは解る。
大切に思う娘の命が関わっていたから。
だけど、他に方法は無かったのか?

水木が大きく息を吐く。

「相手にならんかったんやろが」

そして、口を開いた。

「らしいな」

谷川が応える。

「それで、須藤」

水木が呼ぶと、眉間にしわを寄せながら、須藤が顔を上げる。

「なんや?」

返事にドスが利いている…。

「…何を怒ってるんや…」
「ほっとけ」
「ほっとく。…で、さつまの話は?」
「ん………奥に残ってるなら、傘下になるそうだ」
「四代目が納得するのか?」
「納得せざるを得ないだろうな」

須藤は腕を組み、目を瞑る。
いつにない、須藤の仕草に、水木は疑問を抱いた。

「須藤…何かあるのか?」
「ん? …あ、あぁ。…さつまが話を持ちかけてきたということは、
 全国的に厄介な組が動き始めるやろなぁ…と思ってな」
「………桜島組(おうとうくみ)…か?」
「可能性がある」

静かに須藤が応えると、水木の眉間にしわが寄る。

「桜島組は、今のところ……青野とやり合ってるんだろが」
「本家の事件で冷戦状態だ。…青野が停めてるらしい」
「…ということは、桜島組……納まりきれん火をこっちに
 向けそうだな」
「覚悟はせなな…」
「それは、四代目に伝えるべきだろ」

谷川が口を挟む。

「そうだが、砂山組との事で、そのまま勢い余って…」
「全面戦争……」

幹部達に緊張が走る。

「………それだけは、御免だな」

川原が呟くように言った。

「俺もだ」

藤も口にする。

「………もう……血を見ないという話だったから、
 俺は杯をもらったんだぞ……」

そう言うと、水木は拳を握りしめた。

「今回の事で、またしても、一般市民に……」

須藤が言うと、誰もがため息を付いた。

「折角……築き始めた信頼が……な」

須藤が心配していること。それは…。





栄三は、呆れたような表情を浮かべていた。
隣に立つ八造に顔を寄せ、

「よぉ、耐えるなぁ」

そう呟いた。
しかし、八造は何も応えず、真っ直ぐ前を見つめていた。

「やっぱり、あんたら、やくざは信用ならんな。あれだけ
 わしらは、口にしとったよな」
「えぇ。拝聴しました」
「なのに、なんやっ!」

八造に怒鳴りつける男が、新聞を八造に投げつけた。
その新聞こそ、阿山組と砂山組の抗争の事が記載されているものだった。
八造は、新聞を投げつけられても、身動き一つしなかった。

「この記事こそ、お前らの本性やないけっ!」
「………あなたなら、どうしましたか?」

八造が静かに尋ねる。

「はぁ?」
「あなたなら、もし、自分の大切な娘が拉致されたら、
 どのような行動に出ますか?」
「そ、それは……。…自分の命を懸けても、娘を守るやろ。
 それが、父親……」
「以前よりお話していますように、…四代目…阿山慶造さんは
 父親として、お嬢様を助けに向かっただけです。しかし、
 慶造さんの立場が災いして、このような記事になってしまいました。
 本来は…」
「…………解った、解ったっ。…ったく、猪熊くんには
 いっつも負けるわ。でもな、世間の目は、この新聞通りやで。
 わしは、解るけどな、他の連中……難しいんちゃうかな…」
「覚悟はできてますよ。…振り出しに戻ったことには」

八造は、小さく呟いた。

「…わしも…出来る限り、協力するで」
「ありがとうございます」

深々と頭を下げる八造の姿を観て、栄三と健は首を傾げていた。



車の中。
終始無言の車内。
八造は、腕を組んで深く考え込んでいた。
誰も話しかけられない雰囲気。
なのに、栄三が口を開いた。

「八やん、このまま同じように回っていくんか?」
「……あん?」

返事に怒りが籠もっている…。それに恐れず、栄三は話し続けた。

「さっきのおっさんと同じように、他の連中にも話を
 持って行くんやろ? そして、相手の怒りを逆手に…」

そこまで口にした途端、八造は顔色を変えた。

「お見通しやで、八やん」

栄三が、にやりと口元をつり上げた。

「…はぁ……お前に知られるとは…俺も落ちぶれたか…」

その言葉に、栄三はカチン……。

「八やん、あのなぁ………甘過ぎや」
「なに?」

栄三の言葉に、八造がカチン……。

「一般市民をなめるな…っつーことや」
「なめてはいない。…それくらい、俺も解ってる。
 どれだけ苦労したか……お前には解らんやろ」
「……まぁ、ドラム缶をへこましたくらいなら知ってるけどな」
「栄三っ!」

慌てたように声を張り上げる八造を観て、栄三は微笑んでいた。

「後は、俺に任しときぃ〜」

軽い口調で栄三が言った。

「それだけは、させん」
「なんでぇ? これだけの人数やで。すぐ終わるやろ」
「……俺の仕事。そして、俺にしかできんことや」
「八やん。そんなに邪険にせんでも…」
「…………お前だけは、信用ならん……」

呟くように言った八造。栄三は項垂れてしまった。

「ひどぉ……」
「一般市民にも、…手を挙げそうだからな…栄三は」
「そんなことは、せぇへんって」
「それでも……。怒りを向けられるのは、俺だけでええんや」
「八やん………」

八造が呟いた言葉に、栄三は驚いていた。




八造は、とある屋敷に一人で入っていった。
そこは、今、進めている事業の中で、一番大切な人物の屋敷。
屋敷の外で待機している車の中には、竜見、虎石だけでなく、栄三と健も居た。

「いつも、兄貴は一人で行動してます」

竜見が言った。

「お前ら、居るのに?」

栄三が尋ねると、竜見と虎石は頷いた。

「一人の方が、効果があると仰ってます」

虎石が言うと、

「効果がある? …まぁ、そりゃぁ、そうやわなぁ。
 でも、それって、極道の世界…での話やけど…」
「えっ?」

栄三の言葉に、竜見と虎石は、首を傾げ、お互い顔を見合わせた。

「敵と話し合う時、こっちが人数を揃えていたら、
 敵だって警戒するだろ」
「はい」
「だから、こっちは、争う気は無い…という意志を現す為に
 一人で向かうのが、効果があるんだよな」
「そうですね。…人数は少ない方が…」
「まぁ、それは、自分の腕に…自信が有れば…の話だけどな」
「だから、兄貴は、いつも一人で…」
「だろうな。まぁ、もしもの時を考えて、お前らを外で
 待機させてるんやろな」
「もしも?」
「敵に襲われて逃げる時」
「……………。…相手は……一般市民……なのに…ですか?」

虎石が静かに尋ねると、

「…そっか…」

暫し、静けさが漂う車内…。

「まぁ、あれだ」

栄三が口を開いた。

「そこが、八やん…ってことで」
「ほへ?!」
「身についた…なんとやら…ってことや」
「それでは、今の仕事に支障が…」
「それを相手に感じさせない術を持ってるのも、八やんやし」
「それでも……」

竜見と虎石は、不安げな表情を浮かべていた。


八造が屋敷に入ってから一時間が過ぎた。
屋敷内のオーラが変わらない事に気付いている栄三は、急に車から降りていった。

「兄貴???」

栄三の行動に驚いた健も追いかけるように車を降りる。
栄三は、塀越しに屋敷を見上げていた。

「兄貴、どないしたん?」
「…変化が無い…。相手が怒りを見せれば、オーラが変わるだろ」
「まぁ、それなりに」
「なのに、八やんが入ってから、何の変化も無いのは…何故だ?」
「さぁ…。相手が中々折れないか、八やんが動いてないのか…かなぁ」
「相手が中々折れないなら、八やん…動いても良さそうやろ」
「そうやけど、相手は一般市民ちゃうん?」
「今ではな」
「今??」
「その昔は……同業者だぞ、ここは」
「えっ?……ということは………」
「……厄介な事になってなければ…ええけどな…」

栄三が、いつになく、真剣な眼差しを見せていた。





屋敷内・主人の部屋。
その部屋の中央に、八造が正座をしていた。
八造が見据える先には、屋敷の主人が八造を睨み上げていた。
何も話さず、二人はその場から動かない。
そうしてから、二時間以上経っていた。
八造が何を伝えに来たのかは解っている。
八造も、主人が何を言いたいのかも解っていた。
言葉を交わさずに、時が過ぎていく。
その時、部屋のドアがノックされた。

『おやっさん、お客です』
「客? 今日は予定にないだろが」
『その…小島栄三という男です』

その名前を聞いた途端、主人の表情が変わる。

「通せ」

その言葉を発したと同時にドアが開き、栄三が入ってきた。

「おっさん、失礼するで」

失礼極まりない態度と口調で、栄三が、ズカズカと部屋へ入ってきた。

「こっちは、時間が急いててな。これ以上、何も無いなら
 猪熊を引き上げるけど……あかんか?」
「まだ、話しはついてない」
「何も話さずに、進展せぇへんやろ」
「話さずとも、何を言いに来たのか解る」
「それなら、即答してもええんちゃうん?」

栄三の軽い口調は、その部屋のオーラを変えていく。

「………えらく、失礼な態度だな……流石、小島家の血筋だ」
「おや? 一般市民が、私の家系を御存知で?」
「まぁな。その昔の話だ」
「ほぉ…それなら、猪熊の血筋も解ってらっしゃる?」
「そうだな。…血の気が多いことくらい…な」
「だから…ですか?」
「何だ?」
「そうやって、猪熊の血を目覚めさせようとしとるのは」

栄三の言葉に、主人の顔色が変わった。

「どういう…意味だ?」
「…とっくに、縦に首を振るつもりなのに、猪熊の怒りを買おうとしてる。
 ここで、怒りを見せたら、それこそ、話に信頼性が無くなる。だからこそ
 それを試すために、そのような態度を取っておられるんでしょう?」
「ふっ…全てお見通しか…なら、猪熊も…だな」

その言葉を聞いた途端、八造の口元が、少しつりあがった。

「猪熊」
「はい」
「もし、わしが、いつまでも首を縦に振らなかったら、どうしてた?」

唐突な質問だが、八造はそれを予測していたのか、静かに応えた。

「縦に振るまで、このままですね」

主人が大きく息を吐いた。

「根比べにも強いとはなぁ」
「恐れ入ります。それで…」
「……そっちの世界で生きていた時期もある。だから、
 阿山慶造の怒りも解らないでもないがな。それでも
 他の方法は無かったのか?」
「他の方法?」
「命を粗末にしない方法だよ」
「相手の考えが変わらない限り、無理な話ですね」
「それでも、相手の考えを変えさせるような力を持たなければ
 これからは、こっちの世界で過ごすのは難しいぞ」
「解っております。その為に、私がこちらで勉強させていただいております」
「まだまだ…不足しているな…」
「恐縮です」
「……話は保留だ。阿山の動きを見てからでないと、
 俺は動かない。そのつもりで、話を進めておけ」
「それでは、話に進展がございません」
「…俺抜きで進むものを進めておけ」

その言葉に八造は納得がいかないのか、返事をしない。

「っつーことやで、猪熊」

栄三が促すが、八造は動かなかった。

「猪熊っ」
「俺の……力不足ですか?」

八造が小さく呟いた。

「はぁ?」

栄三が声を挙げる。

「俺の力が足りないから、このような返事しか、もらえない…」

拳を握りしめる八造に、驚く栄三。

「って、八…やん???」
「こちらに話を頂けないと……進めることができません」
「……八やん。他を進めるだけで、ええんちゃうんか?」
「……もう、他は終わっている。残りは…」
「…って、…八…やん???」
「こちらでのお話で、今の仕事は終わりになります。そして、
 次の段階へと進むことが出来るんです。だからこそ、
 私はこうして……」

八造の言葉に、その場の空気が凍り付いた。
栄三は言葉を失い、主人は目が点に。
確か、今の仕事は、早くても三ヶ月はかかるはず。そう予測できていた。
だからこそ、主人は、八造に指示をしたのだった。
その間に、阿山慶造の動きを見極めるために。
ところが、八造の口からは、終了しているという言葉が出た。

「………終わってる?」

主人が静かに尋ねると、

「はい」

八造が力強く応えた。

「あれだけの……量を…か?」
「…あのくらいは、すぐに終わりますが…」

八造の方が、驚いたような表情をしていた。

「…小島…」
「はい?」
「猪熊家の人間は、こういう奴なのか?」
「それは、八やんだけかと…」
「……これは、敵に回したくないな……」

主人が呟いた。

「だから、お願いいたします!」

八造が深々と頭を下げた。
そんな八造の前に主人が歩み寄り、八造の肩に手を当て、頭を上げさせた。

「解った。こっちも遅れを取らないように進めておく」
「!! それでは…」
「あぁ。…俺の負けだ」
「!!! ありがとうございます!!」

八造の声が弾んだ。

「それでは、三日後に、もう一度お伺い致します」
「って、待てぃ!! それは、早すぎる」

主人が焦ったように声を張り上げる。

「えっ? 早すぎますか?」

と首を傾げる八造に、主人は項垂れた。

「せめて、五日は期間を欲しい」
「五日…ですか…」

八造は考え込む。
どうやら、頭の中で何かを計算しているらしい。

「八やん」
「なんだよ」

栄三に対しては冷たい返事になる…。

「二日ほど、休めばどうや?」
「それでは、遅れが…」
「……なんとか、急ぐことにする」

主人が二人の会話に割り込んできた。

「宜しくお願いします」

八造の言葉に、主人は苦笑いをしていた。





車の中。
またしても、異様な空気が漂っていた。
誰もが口を開かず、音も立てない。
その沈黙を破るのは、やっぱり、栄三だった。

「なぁ、八やん」
「なんや?」
「…何を急いてる?」
「お前に応える必要はない」
「…そんなに急かんでも、お嬢様は大丈夫だって。
 真北さんも帰国させられたんだし、こっちでの仕事は
 週に一度に変更されたし…」
「解ってる……だが、俺の血が……そうさせるんだよ…」
「……なるほどな…」

栄三は、そう言ったっきり、口を噤んだ。
沈黙が続く車内。
車は、須藤の屋敷へと戻ってきた。

「虎石」
「はい」
「行き先が違う…」
「あ、その……すみません」
「悪ぃぃ、八やん」

栄三が口を挟んできた。

「あん?」

八造は虎石に目をやった。

「……その………」

虎石は、八造の眼差しに恐れたのか、そっと誰かを指さした。
八造は、指先の人物に目をやる。
それは、栄三と健だった。

「……てめぇら……」

八造の声が低く響く。

「安心せぇ。俺の得意とする技や」
「相手は…」
「ちゃぁんと区別出来るって」
「それでもな……俺の仕事…」
「八やんと俺は同じだろ?」
「…お前の仕事じゃないだろが」
「俺でも出来るだろ」
「だけどな…こっちでの仕事は、俺が任された事だっ。
 手を出すなっ!」

八造が怒鳴る。
それには、栄三達は驚いていた。

「……悪かった……。終わっているとは知らなかったんだよ。
 …八やんの思い…解ってるだけに…」

いつになく、栄三が小さな声で言った。

兄貴??

栄三の変化に健は驚いていた。


八造が屋敷に入って一時間を過ぎた頃、栄三は更に時間が掛かると判断し、虎石と竜見に、残りの予定を聞いて、健と一緒に予定の先へ向かっていった。


戻ってきたのは、それから一時間後。
未だに八造が屋敷から出てこない事を気にした栄三は、竜見や虎石、そして、健が停めるのを追っ払い、強引に屋敷へと入っていったのだった。




「栄三……」

八造は栄三の思いに気付いたのか、そっと呼ぶ。

「……一時間で…済ませるなよ…」

付け加える八造。

「は?」
「…あの仕事を……容易くこなすなよ…」

八造に怒りのオーラが現れた。

「って…八…やん????」

八造は車を降り、反対側のドアに素早く回る。そして、ドアを開け、栄三を引きずり出した。

「だから、てめぇの手は借りたくねぇんだっ!」

栄三の胸ぐらを掴み上げ、八造が怒鳴りつける。

「なんやねん、八やんっ! いきなり怒るなって!!」

突然の行動に驚く栄三は、焦ったように言った。

「これ以上、俺の仕事に手を出すなっ! 不要だ!」

その言葉に、栄三はカチン……。
八造の腕を振り解き、反対に八造の胸ぐらを掴み上げた。

「不要だとぉぉぉっっ〜〜っ!!」
「あぁ、不要だっ! 金輪際、手を出すなっ!」
「少しでも早く終わらせようと思っての優しさが不要だと?」
「その通りだ」
「お礼の一つくらい…言ってもええだろがっ」
「言わんっ!」

八造が短く応える。

「八やん……てめぇ……俺を、どこまでも転けにするんか?あ?」
「解ってて言うなっ」
「てぇぇめぇぇぇえぇぇぇぇ…。今日という今日は…もう
 勘弁ならねぇ…」
「それは、俺の台詞や……こるるるるっるぁ…」

八造と栄三は、相手の胸ぐらを掴み上げ、睨み合う。
組員達の声を耳にした須藤が、屋敷の奥から出てきた。

「お帰り…………って、何してんだ?」

玄関先での八造と栄三の姿を観て、須藤が尋ねる。

「その…戻ってきた途端、いきなりです」

組員が応えた。

「…竜見、虎石」
「はっ」
「終わったのか?」
「はい。五日以内には、次に進む予定です」
「それなら、安心だが……何が起こった? 朝の続きか?」
「その……」

竜見は、八造の怒りに火を付けた出来事を事細かく須藤に伝える。

「人に頼ることも教えるべきだな……猪熊には」

須藤が呆れたように口にし、八造と栄三に目をやった。
今にも殴り合いそうな雰囲気。

「お前ら、殺るなら、庭に行け。ここは迷惑や」

須藤が言うと、

「お借りします」

二人は同時に応え、そして、庭に向かっていった。
残された健に気付いた須藤は、

「健、停めなくてええんか?」

静かに尋ねた。

「俺…怪我したくないし…」
「…そうやな。…で…どっちが…勝つんや?」
「八やん。……二度ほど、兄貴…伸されてるんやけどなぁ」
「手加減…なしか?」
「はい」
「それは…」
「八やんの方」
「…へぇ……」

須藤が口にした途端、庭の方が突然、騒がしくなった。
聞こえてくる言葉から考えられる事。
それは……。

「ほんまに、手加減なしなんやな…猪熊…」

須藤が呟いた。



庭には、八造にしがみつくような感じで、須藤組組員が八造を停めている姿があった。
それでも八造は、地面に仰向けに倒れる栄三を睨んでいた。

あかん……ほんまに、あかん…。
八やん……力付けすぎや……。

フゥッと力が抜けたのか、栄三は、そのまま気を失った。



(2006.9.10 第九部 第二話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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