任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第九部 『回復編』
第五話 天地山の力

どか雪が降っている天地山。
この日は、誰も、外に出ることが出来ず、天地山ホテル内の施設で、楽しく過ごしていた。
その客の中に、政樹と向井の姿もあった。
クリスマスパーティーで少しばかり話をした二人の女性客と一緒に楽しんでいる二人。

真子ちゃんから離れなければ、大丈夫。

という言葉は、どこへやら。
政樹は真子から離れ、自分の時間を過ごしていた。

自分の時間。

もちろん、それは、真子が言った事………。

「地島さん、明日、一緒に滑りませんか?」

ショートカットの女性客が、政樹に声を掛ける。

「そうですね、一緒に」

素敵な笑顔で応える政樹。
その表情は、女性客の心を射る……。

…天然だな、こりゃ。

女性と話す政樹を見て、向井は思った。


その頃、真子は………。


支配人室。
まさは、仕事中。デスクに座り、電話で色々と応対中だった。
デスクから少し離れた場所にあるテーブルでは、真子が宿題をしていた。もちろん、監視は春樹。
春樹の監視の眼差しに慣れている真子は、気にせず、宿題を終わらせていく。

「真子ちゃん、宿題は、少しずつしていくものだけどなぁ」
「だって…直ぐに終わっちゃうもん。…まささんの仕事に合わせて…」
「何も合わせなくても、いいと思うよ」
「今日一日、ゲレンデで滑ること出来ないんだもん」
「それなら、まさちんとむかいんと一緒に、ゲームセンターで…」
「……男の時間だもん」
「………真子ちゃん?????」

真子の言葉に、春樹は目が点…。

誰だ、そんな言葉を教えたのは…。

春樹は暫し考え込む。
そして、何かに閃いたのか、口元を少しつり上げた。

栄三…か…。

春樹の表情をちらりと見ていた、まさは、

俺なんだけどなぁ…。

と心に思った言葉を、グッと堪えて、仕事に没頭していた。

「まさ…」

春樹が静かに呼ぶと、

「は、はいぃ…」

なぜか、返事が裏返る、まさ。

ば、ばれたのか…??

そう思って、ゆっくりと顔を上げると、春樹は真剣な眼差しを向けていた。

「何でしょうか」
「…何か手伝わせろ」
「へっ?」
「真子ちゃんに教えることなくて……暇だぁぁあぁ」

春樹が叫ぶ。

「それなら、むかいんたちと一緒に楽しんでください」

まさが、ハキハキと応えた。

「まさちんは、俺に、まだ警戒してる〜」
「そのように思えませんよ」

政樹のことが関わると、なぜか、冷たい口調になる、まさ。

「歳が近い方が、心も和むだろが」
「………そりゃぁ、そうでしょうが、その…まさちんは」

まさちんと呼ぶのに、抵抗があるのか、まさは、少し言葉が詰まる。
真子の前だけは、政樹のことを『まさちん』と呼んでいた。

「……女性客に手を出さなければ、いいんですが…」
「…まさ………」
「いや、その……」

突然、口を噤む、まさ。
春樹の眼差しが、鋭く突き刺さる。
春樹が立ち上がり、まさに歩み寄ってきた。デスクの前に立ち、まさを睨み付ける。まさは、恐る恐る顔を上げた。

お、怒ってる……??

「おい……今まで、そんなことが…あったのか?」

静かに尋ねる春樹。
まさは、その質問に応えることができない。

「………くまはちか? むかいんか? ……それとも……」
「今までは、ございません」

まさは、ハキハキと応えた。

「そうか。それなら、心配……だな。…確かに、手が早いらしいし…」

と呟いて、春樹は、まさのデスクから書類の束を取り上げた。そして、真子の所に戻って、書類に目を通し始める。

「って、真北さん???」
「大丈夫だって、経験者」
「そうでしょうが、その……私の仕事…」
「暇なんだから、気にするな」
「は、はぁ……お願いします…」

って、ばれたら、俺…殴られてたな…。

どうやら、過去に、真子の側に居る男の誰かが、『手』を出した事があるらしく……。
春樹をちらりと見ると、春樹は、仕事に没頭していた。

まぁ、いいか…。
でも、あいつだけには……なぁ。

軽く息を吐いて、まさは仕事に集中する。



どうやら、まさと春樹の心配事が、起こっているらしい。
政樹は、ショートカットの女性客と一緒に廊下を歩いていた。そして、女性客の部屋へと入っていく。
向井は、もう一人の女性客と一緒に、ゲームを楽しんでいた。
政樹とショートカットの女性客が側に居ないことに、気付かないほど、ゲームに夢中。
女性客の部屋では、シャワーの水の音が聞こえていた。
そして…………。





「まぁ、あれだ。………それは、二人の問題で…」

春樹は何かを誤魔化したように言った。しかし、

「それでも、そのお客様は、財閥のご令嬢……その方に…」

怒りを抑えるような感じで、まさが口にした。

「……………すみませんでした」

ちょっと反省してるのか、ほんの少しばかり恐縮そうに政樹が言った。
それが、まさの怒りを爆発させた?!

「帰れっ」

まさが怒鳴る。

「すみませんでした」

少し恐縮そうに言う。

「…………ったく、どうして、男達は、お嬢様から離れると
 本来の自分を表に出すんだよっ。そのまま、お嬢様に
 手ぇ出してみろ……慶造さんの怒りが…」
「その時は、俺の方が先や」

まさの言葉を遮って、春樹が言った。

「それ以上に、私が怒りますよっ!!」

と、まさが怒鳴る。
春樹と政樹は、思わず首を縮めた。
しかし、春樹は何かに気が付いたのか、急に眼差しが変わった。

「って、おい、まさぁ…男達って、まさちん以外にも、
 誰か、客に手ぇ付けたのか?」
「当たり前でしょぉっ!!! まぁ、幸い、今回も前も、全て
 女性の誘いに断れず…ってことだけど、それでもなぁ…」
「………くまはちか? むかいんか? それとも…ぺんこうかぁ?」
「……三人ともですよ」

まさがふてくされたように応えると、春樹の目線は、政樹から少し離れた所に立っている向井に向けられた。

「むかいんっ! てめぇ……」
「支配人が仰ったように、断れなかったんですから……今回も…」

『今回も』の部分だけ、小さく呟くように向井が言うと、春樹は思いっきり項垂れてしまった。

「知らんかった……お前ら……そういうことをしてたとは…」
「すみませんでした…」

向井が、恐縮そうに言うと、

「もぉええわ。好きにしたらええ…」

そう言って、大きく息を吐く春樹。その途端、政樹と向井の眼差しが輝いた。

「真子ちゃんが知らない所で、せぇよ…」
「心得てます」

明るい口調で二人が応えた。

「……それは、ここから離れた時にしてください」

低い声で、まさが言った。
その口調こそ、支配人としての威厳が…。

「反省してます…」

今度こそ、本当に心から反省している政樹と向井だった。


と、男達がもめている頃、真子は……。
部屋でお昼寝中だった…。




ホテルのロビーでは、業者の手で、正月の準備が始まっていた。
まさは、ホテル内を巡回し、ロビーへとやって来る。業者と軽く会話を交わし、八階にある支配人室へと戻っていった。
窓から見えるゲレンデでは、客がスキーを楽しんでいた。その中に、政樹と向井、そして、二人の女性客の姿があった。

ったく…お嬢様の目が届かないからって…。
お嬢様は御存知なんだけどなぁ。
真北さんの怒りが解るから、何も言えないし…。

『男同士の…』の話は、二年前に、まさが真子に教えたこと。
芯と向井、そして、八造の楽しむ姿を見た時、ふと聞こえた心の声。

これから、お部屋で…。

そういう言葉が気になった真子は、こっそりと三人の様子を伺いに、一人でホテル内を散歩。
その途中で、まさと逢い、何をしてるのかを尋ねられた。

くまはちを探してるんだけど、この部屋に…。

真子は正直に口にした。
まさが、その部屋の号数を確認。
そこは、女性客の部屋。

ま、まさかな…。

夜まで、何が待てないの?

という真子の質問に、八造の行動を把握する。
真子には説明を誤魔化して、部屋に戻る。
しかし、真子の質問攻めにあい………。


「ったく………」

ゲレンデの政樹達は、女性客と雪合戦。
雪まみれになっていく四人。
その後の行動を、予想するまさは、項垂れた。

お嬢様は……。

デスクの上にある、小さなモニターを見つめる。
そこには、赤い光が点滅していた。
真子に持たせている無線の位置。ということは、真子の居る場所を示す印。
真子は春樹と一緒に、中腹にある店長の喫茶店に居た。

昼か…。

時刻を確認したまさは、受話器を手に取り、

「俺の分もよろしく」

電話の相手に、そう伝えて、コートを羽織り、支配人室を出て行った。





まさは、真子にネコットを着せる。

「やはり、ぴったりですね。大きくなられました」

ニッコリ微笑んで、まさは真子を抱きかかえる。

「まささぁん、歩くこと出来るのにぃ」
「雪が深いですからね。埋もれてしまいますよ」
「駐車場まで雪…無いのにぃ」
「気になさらずに。では、行って参りますので、お三方は、
 目一杯、おくつろぎくださいませ」
「行ってきます!」

真子は笑顔で手を振って、まさと一緒にホテルを出て行った。
残された三人………。

「…………真北さん」
「ん?」
「支配人……怒ってますか?」
「あぁ」
「それは、その……私と、まさちんの行動が原因…」
「…そぉのぉとぉぉぉぉり…なんだがなぁ……むかいん、まさちん…」

春樹の低い声で名を呼ばれた二人は、思わず首を縮めた。
春樹の目線は、真子が去っていった玄関に向けられている。玄関のドアから見える道路を、まさの車が走っていった。

何か悪いこと……したっけ?

政樹が小さな声で向井に尋ねると、向井は、そっと小指を立てた。
しまった…という表情をする政樹は、思わず姿勢を整える。

「……で、まさちん」
「はい」
「今日は、どう過ごす?」
「その……一人で、スキーを楽しんでおきます」
「…すまんな。真子ちゃんから離れなければ…と言っておきながら…」
「お気になさらずに。こちらでは、支配人以外は、私のことを
 御存知ないようなので、本当に…心から和めます」
「それなら俺も安心だよ」

てか、まさの方が不安だよ…。

「で、むかいんは?」
「スキーも楽しみましたので、料理長と対決でも…」
「……あまり、困らせるなよ。後で嘆かれて、愚痴られるのは
 俺なんだからな…」
「心得てます〜。……そういう真北さんは、まさかと思いますが…」
「俺は、のんびりしとくよ」

そう言って、春樹はエレベータホールへと向かって行った。

「……珍しいぃ」

向井が呟く。

「何が…ですか?」
「真北さんなら、お嬢様を追いかけていきそうなのに」
「そこまで、お嬢様から離れないんですね」
「……帰国してからは、ひどくなってる…」
「そうなんですか?」
「あぁ」
「俺が………」

そう言ったっきり、政樹は口を噤んだ。
政樹が何を言おうとしたのか、向井には解っていた。
ニッコリ微笑んで、

「気にするなって。まさちんも来るか? レストラン。
 たらふく食べること出来るぞぉ」

向井は、政樹の腕をしっかりと掴んだ。

「えっ、あっ、いや……その……は、離してくださいぃ、
 向井さぁん」
「呼び方戻ってる」
「その、だって、……あの!!」

向井は、政樹を引っ張ってレストランへと向かっていった。




「じゃぁ、次ですよ!」

向井が張り切る。

「負けませんよぉ」

料理長も負けじと張り切っていた。
そして、二人は、同時に包丁を手に、調理し始めた。

「おいしぃ〜」

嬉しそうに笑みを浮かべて、テーブルに並ぶ料理を口に運ぶ政樹。
向井と料理長の料理対決は、始まったばかり………。


その頃…。


春樹は、一度部屋に戻り、コートを羽織った後、天地山の頂上へと来ていた。
たった一人で景色を眺める。
その方が、春樹が心を取り戻すには、効果がある。
懐に手が伸びた。そして、白い箱を手にするが、

やめとこぉ…。

その箱を見つめて、そっと笑みを浮かべた。
そこには、真子の写真が挟まれていた。

禁煙だよ!

その写真が語っているように思えたのか、春樹は、

「すみませんでした」

と口にして、箱を懐に入れ、雪の上に大の字になった。

のどかだな……。

そっと目を瞑る春樹。
頬に、冷たい物が落ちてきた。





まさと真子は、天地山商店街から出てきた。手には、買い物袋をたくさん持っていた。
アーケードから外に出ると、雪が降っていた。

「降ってきたよぉ」

真子が言うと、まさは自分のコートを真子の頭からすっぽりと被せ、真子を抱きかかえた。

「だから、まささぁん」
「足下が滑りますからね」

そう言って、真子を抱きかかえ、両手に買い物袋を持ったまま、駐車場へと早足で駆けていく。
車に乗り込んだ二人は、息を整える。

「これは、激しく降ってきそうですね」

先程と比べると、激しく降り始めていた。

「まささんの家!」

真子が張り切って、そう言うと、

「かしこまりました!」

真子に負けじと張り切って、まさが応え、そして、アクセルを踏み込んだ。
車は、まさの家へと向かっていく。



まさの家。
玄関の戸を開けた真子は、天井を見上げた。
つららがぶら下がっていた。

「まささん、…直ってないよぉ」
「部屋が暖まると、解けてきますから、気をつけてくださいね」
「はい! お邪魔します」
「どうぞ」

真子は玄関で体に着いた雪を払い、靴を脱いで、丁寧に揃え、そして、部屋に上がっていった。慣れた感じで、こたつのコンセントを差し込み、そして、電源を入れた。コートを脱ぎ、ハンガーに掛けようと背伸びをした。
その真子の背中越しに、まさが手を伸ばし、真子のコートをハンガーに掛ける。

「ありがとう」
「オレンジジュースでよろしいですか?」
「その前に、うがい!」

そう言って、真子は洗面所へと入っていった。
まさは、部屋を暖めた後、受話器を手に取った。そして、暫く戻らないことを伝える。
真子が洗面所から出てきて、まさに歩み寄る。
ちょうど、オレンジジュースをグラスに入れたところだった。

「持って行く!」
「お願いします」

真子はオレンジジュースのグラスが二つ乗ったお盆を持ち、こたつへと向かっていった。
まさは、おやつを作って、こたつへと持って行く。

「今日もたくさん買っちゃったね。お正月は、やっぱり
 みなさん、お休みなんだぁ」
「えぇ。明日から休みに入るお店がほとんどでしたので、
 サービスもいつも以上でしたね」
「うん。……まさちん……喜ぶかな…」

真子は、部屋に隅に置かれた紙袋を見つめていた。
そこには、政樹へのプレゼントが入っている。
ちょっぴり、まさの表情が曇った。

「…まささん」

真子が静かに呼ぶと、まさの表情が戻る。

「はい」
「やっぱり、気になるの? まさちんのこと…」

真子が静かに尋ねた。

しまった…。

真子の表情に哀しみが現れた事に気付いた、まさ。

「気になります。…また、慶造さんの命が狙われるかと思うと…。
 もう、そのような事は無い、そのような計画も無い…そう言われても
 私は、まだ、まさちんの事を詳しく知らないので、心から
 話せることは、出来ません」
「うん……みんなの気持ち…解ってる。…でもね、天地山に来れば
 まさちんが少しでも和めるかと思ったの…」
「……私が気にしてるので、和めないでしょうね」
「違う…和んでる。……まさちん、表情が変わったもん。私のことを
 追いかけていた…始めの頃と同じ…まさちんだもん」

真子は目を伏せる。

「まささんが…………」
「私が……?」
「和んでないから…」
「……お嬢様…」
「いつもなら、どんな相手でも、笑顔を見せるのに…。
 まさちんにだけ、笑顔を…」
「すみません……どうしても、それだけは…」
「………まさちんは、昔とは違うの……私の……!!」

真子は驚いたように目を見開いた。
まさが、真子を抱きしめていた。
突然の行動に、真子は硬直する。

「すみません…………私も……」

なのに、私は……。

まさは、真子を抱きしめながら、真子の体に顔を埋めた。

「まささん、ごめんなさい!! 悩ませてしまった??」
「いいえ、…私が悪いんです……なんとか…努力します」
「無理にしなくても…」
「お嬢様の側で過ごすなら、まさちんも側に居る事になりますから
 私が努力すれば…」
「まささんと一緒の時は、まさちんの話はしないし、まさちんには
 離れてもらうことにする。……それなら、まささんも和めるでしょう?」

真子の言葉は、とても優しく心に届く。

「お嬢様…」
「その方が、まさちんも気にしないと思うから…」
「…心遣い……ありがとうございます…」

真子を抱きしめる腕に力が籠もる……。




春樹は、天地山ホテルへ戻ってきた。
体に着いた雪を払い、そして、ロビーにある時計に目をやった。
その時、従業員見習いのかおりが歩み寄ってくる。

「かおりちゃん、頑張ってる?」
「はい。ありがとうございます。真北さん、タオル御用意しましょうか?」
「いや、大丈夫。それより、真子ちゃん…帰ってきたかな?」
「真子ちゃんと支配人は、雪が降ってきたので、支配人の家で……」

かおりが言い終わる前に、春樹の姿が目の前から消えていた。

「…………ゆっくり休んでから……と言っていたのに…」

春樹の行動の速さに驚く、かおりだった。



春樹は、駐車場へとやって来た。そこで働く西川に歩み寄り、胸ぐらを掴み上げた。

「って、ちょ、ちょっと、真北さん、何をするんですかっ!」
「まさのマンションまで連れて行けっ」
「できませんっ! 激しく降ってるんですから!」
「雪道くらい、運転できるだろうがっ」
「出来ません!! 私は、まだ勤務中です!」
「雪が降ってる間は、客も途切れるだろ?」
「それでも、持ち場から離れることは許されてませんから!」
「だったら、車、貸せっ!」
「真北さんには、雪道は危険です!!」
「だったら、連れて行けっ!」
「できません!!」

いきなり言い争う二人。
どっちも譲らない!!
それもそのはず。
西川は、まさの気持ちを知っている。
真子と二人っきりの時間は、誰にも邪魔されたくないのは、解ってる。
仕事場以外で過ごす時間は、まさは支配人としての肩書きを捨てることが出来るため、少しでも安らぎを……そう思う西川は、春樹をどうしても、どうしても、まさのマンションには連れて行きたくないのだった。
春樹は、まさが真子に何かをするかも知れない…そういう思いがあった。
まだ、小学六年生。
しかし、『もう』、小学六年生。
店長の喫茶店で耳にした、まさの事。

幼い子には、本当に優しいし、幼い子の心を掴むのが得意。

そんな噂が立っているという。
まさ自身、そんなつもりはないのだろうが、客としてやって来る幼い子への接し方が、そう見えるらしい。
真子の心を直ぐに射止めた。
真子の笑顔を直ぐに観た。
真子への思いは、嫌というほど解っている。
だからこそ、今、この時は……。

春樹は、西川の胸ぐらを掴み上げ、睨み付ける。
その目に恐れる西川ではない。
西川こそ、その昔に、その世界で生きていた男。
怖いものといえば、まさの怒りと地山親分の逆鱗。

「無理です」

そう言いながら、春樹の腕を振り解こうとしたが…………それは無駄だった。
春樹の怒りの形相が……。

これは、ちょっと、やばいかな……。

西川の頬を、一筋の汗が、伝っていった。




「わっ!!」
「お嬢様っ!!」

真子はキッチンに向かおうと立ち上がった所、こたつ布団に足を絡めて、前のめりに。
まさが手を差し伸べたが、遅かった。
雨漏りの為に置いていた洗面器の上に倒れた真子。
洗面器の水が、宙を舞い、真子の体に降り注いだ。

「きゃぁん、冷たいぃぃ!!!」

手を差し伸べた、まさまで、濡れてしまった。



真子は、まさの服を身につけていた。

「大きいぃ……」
「すみません。こちらには、お嬢様の着替えを置いて無くて…。
 服が乾くまで、私の服で我慢してください」
「ごめんなさい…」

真子は、恐縮そうに首を縮めた。そんな真子の頭をそっと撫でるまさ。
真子は、照れ隠しに微笑んでいた。

うっ、だから、その表情は……。

真子を見つめるまさは、硬直…。真子の頭を撫でる手を引っ込めることが出来ず、いつまでも撫でていた。




まさのマンションの近くに車が停まった。
助手席のドアが勢い良く開き、春樹が降りてきた。

「部屋は御存知ですよね」
「あぁ、お前に送ってもらってばかりだからな、ありがとさん」
「まさ兄貴には、内緒にしてくださいね。仕事中を…」
「それも解ってるっ。早く戻れ。帰りは、まさに送ってもらうから」
「お願いしますよ」

冷たく言って、西川はアクセルを踏んだ。
春樹は、まさの部屋を見上げる。そして、意を決して、階段を駆け上っていった。
まさの部屋の前に立つ。そして、ドアノブに手を伸ばした時だった。
ドアの向こうに聞こえる会話が気になり、耳を傾けた。

『…我慢してください』
『ごめんなさい……』

声が途切れた。
春樹は聞き耳を立てる。

『脱いだ服は……』

…服を……脱いだ??

『濡れる………』

真子の声だった。

ぬ、濡れる?

まさの声に過剰に反応した春樹。
思わず、ドアを蹴り飛ばしていた。


大きな音を立てて、ドアが開く。
部屋の中の二人が、驚いたように振り向いた。まさは、真子を守るように真子の前に体を……。

「まぁぁぁぁさぁぁぁあぁあ……てめぇ……」

真子を隠した時に見えた、真子の服。
それは、男物のシャツ……。

「いくら…なんでも……それは……」

春樹が拳を握りしめ、わなわなと震えだした。

「真北さん??」

まさの後ろから顔を出す真子。

「どうしたの?」

と真子が尋ねると同時に、春樹は、まさに攻撃を仕掛けた。
突然の行動に驚きながらも、まさは、自然と体が動いた。
春樹の差し出した拳や蹴りを、簡単に受け止めていた。

「って、真北さん、落ち着いてください!!」
「じゃかましぃっ!! …てめぇ、よくも……」
「だから、その、真北さんっ!!」
「聞く耳、持たんっ!」

春樹が差し出した拳は、まさの頬をかすめた。
しかし、まさは、春樹の体を合気道の技で、押し出した。

「あっ、そこは!!」

真子が声を挙げたが、遅かった。
春樹は、肩すかしを食らった感じで、まさの体を通り過ぎ、そして、バランスを崩してしまう。背中から着地しようと体を捻ったものの、そこには……。

「わっ!!!!」
「真北さんっ!」

春樹が背中から床に倒れた途端、洗面器の水が宙を舞う……。

「うわぁっ!! 冷たっ!!」

洗面器の水を頭から被った春樹。

「って、まさぁ」
「す、す、すみませんっ!!! 直す時間が無くてっ!」

首を縮めて、まさは、恐縮そうに言った。




まさの服を着た春樹は、真子と一緒にこたつに入っていた。

「そういうことでしたか…」

真子から、事情を聞いた春樹は、苦笑い。
まさは、ホットココアを用意した。

「ったく…」
「……すみません…」

短い会話だが、春樹の言いたいことは解っている。まさは首を縮めたままだった。

「もう少しで乾くと思います」
「ええって。ゆっくりしとけや」
「しかし…」
「真子ちゃん……寝てる」
「あらら…」

先程まで起きていた真子は、いつの間にか眠っていた。
春樹は、側にあるベッドへ真子を寝かしつけた。

「ったく……焦ったやないか」

真子に布団を被せながら、春樹が呟く。

「……私がお嬢様に手を出す訳ないでしょうがっ。
 地島とむかいんと一緒にしないで下さいっ。それに…、
 お嬢様は、まだ、小学六年生ですよ!! 着替えた時は
 部屋から出てましたし、少し胸が膨らんできたお嬢様に
 手を出すわけないでしょうがっ!」

まさは、自分が口にしている言葉に気付いていない様子。

「解ってるわいっ!! そう怒鳴るなっ。だけどな、店長から
 幼子には、優しいと聞いてだな…」
「それは、支配人としての接し方ですよ! 本来は、小さな子は
 苦手なんですから。それに、私は、大人の女性が好みです」
「お前の好みは聞いてへんっ! それに、何の話やっ!!!」
「わっ、すみません…つい、その……って、話をふったのは、
 真北さんでしょうが!」
「俺は、ふってないっ。まさが自分の口で、ベラベラと
 話し出しただけだろが。真子ちゃんの体つきまで口にして…」
「あっ、いや………そ、そ、それは…その……あの…」

焦るまさを観て、春樹は笑みを浮かべた。

「解ってるって」
「それを口実に、来ただけでしょう? ……西川ですね…」
「知ってたのか…」
「雪道の運転は、一番得意ですからね」
「あぁ。だから、頼んだんだって」
「あまり、威嚇しないでくださいね」
「それは、解らん」

そう言って、真子の頭を撫でる春樹は、

「なぁ、まさ…」

静かに呼んだ。

「はい」
「まさちんのこと…」
「……お嬢様を哀しませる結果になって…すみません。
 お嬢様にも言われました。…努力はしますが…諦めてください」
「……解ったよ。…お前の前では、地島の話をしないし、
 なるべく、お前が真子ちゃんと居る間は、地島を遠ざけておく」
「ふふふ…」

まさは、思わず笑い出した。

「…何が可笑しい?」

まさの笑いに、ちょっと怒りを覚えた春樹は、少しドスを利かせて、尋ねていた。

「お嬢様にも言われましたよ」
「真子ちゃんが、何を?」
「真北さんと同じ事です。…私とお嬢様の時間は、地島の話をしない
 そして、遠ざけておく…というお言葉を」
「……ったく…」
「みなさん、考えることは同じですね。…流石、父親代行」
「ほっとけ」

まさの言葉に、笑いながら応えた春樹だった。


二人の会話が聞こえているのか、真子は、とても穏やかな寝顔をしていた。





政樹は、リフトに乗って、頂上へと向かっていった。そして、先日、真子に招待された場所へと足を運ぶ。

ほんと、凄いな……。

またしても、壮大な自然に魅了される政樹。
自分が無防備になっていることにも、気付いていなかった。
向井が、そっと近づいていく。

「まさちん」

声を掛けたが、政樹は聞こえていないのか、振り向くことも返事をすることもなかった。

「まさちん」

再び声を掛けて、政樹の隣に立った。

「………………ま、まさちん?!??」
「…あっ、むかいん……」

そう言って、振り向いた政樹。向井は、驚いた表情をしていた。

「…そ、そ……食べ過ぎたか?」

焦ったように尋ねる向井に、政樹は、

「不思議と満腹を感じてませんよ。…むしろ、楽しかった。
 ごちそうさまでした」
「…だったら、それ…」
「えっ?」

向井に指を差されて、政樹は初めて気付いた。
頬に涙が伝っていた。

「……あれ??」

政樹は慌てて涙を拭った。

「余程だったんだな……お前の決意」

向井が静かに言うと、

「一度…死んだから…生まれ変わったと思えば…。
 それで、俺、真北さんと組長を追いかけていった。
 親分や兄貴に駆け寄るべきだったんだろうけどな。
 どうしてだろう。……それが、出来なかった」
「悔やんでるのか?」

向井の言葉に、政樹は暫く考え込んでいた。
そして、フッと顔を上げ、目の前に広がる景色を見つめた。

「悔やんでいた。…でも、もう………」

政樹は向井に振り向く。そして、

「俺は、地島政樹。…お嬢様のまさちんさ」

素敵な笑顔で、そう言い切った。
その表情に驚いた向井だが、政樹の笑顔に応えるかの如く、笑顔を送り返していた。

「俺の料理も、大したもんだなぁ」
「料理だけじゃないって。…この自然も、俺の心を…」
「言わなくても、解ってるよ。…俺だって」
「お嬢様、ご推奨だけ、あるよ」

政樹と向井は、輝かんばかりの笑顔で、目の前の自然を眺めていた。



(2006.9.25 第九部 第五話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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