任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第九部 『回復編』
第六話 新年の信念??

年が明けた。
天地山ホテルは、正月の雰囲気がたっぷりと……。
そして、この年も、まさは、分厚い封筒を真子に手渡していた。

「ありがとう、まささん!」
「今年も頑張ってくださいね。三月には卒業ですし、
 四月からは中学生ですね。…記念の日には、私も
 参加したいのですが…」

まさの言葉に、真子は首を横に振り、

「まささん、お仕事だから……。私だって、まささんに
 来て欲しいけど……我慢する…」

と応えた。その途端、まさは真子を抱きしめ、

「ありがとうございます」

真子は、まさに抱きしめられながら、春樹を見上げていた。
春樹は、微笑んでいた…が、後ろに回した手は、拳を握りしめ、震えている。
それは、春樹の後ろで待機している向井と政樹しか、気付いていない…。

「では、私は、仕事に戻ります」
「はい。まささん」
「はい」
「お仕事、頑張ってください。お夕食は一緒に!」
「心得てます」

素敵な笑顔で応え、真子の頭を撫でた後、まさは支配人としてのオーラを醸し出して、去っていった。
その後ろ姿に感動する真子は、

「まささん…かっこいい!!」

という言葉を口にしていた。

「真北さん、これ…」

真子は分厚い封筒=猫柄のポチ袋だが=を春樹に手渡した。

「貯金しておきますね」

そう言って、真子から封筒を預かった。

「お年玉って、小さなポチ袋に入ってるんだよね」
「えぇ」
「でも、まささんからは、いつもこれだね」
「そうですね」
「今年は、更に分厚く感じたけど……」

真子の言葉で春樹は、封筒の中を確認した。

……十枚増えてる……。

見ただけで解るのか、春樹はお年玉の額を把握して、項垂れる。

まぁ…ええか。

そう思いながら、真子のお年玉を自分の財布に挟んだ。

「では、スキー。楽しみましょうか」

春樹が言うと、真子の笑顔が輝く。

「はいっ!」

そして、張り切った声で返事をした。





春樹と真子は、ゲレンデを滑っていた。
その様子を挨拶回りが終わった、まさが支配人室の窓から見つめていた。
真子と一緒に過ごしたい…という気持ちをグッと堪えながら、デスクに座る。そして、ひっきりなしにかかってくる電話の応対に追われていた。

「今年も宜しくお願いいたします」




ロビーの近くにあるソファに、向井と政樹が座っていた。
ゲレンデを滑ってくる真子と春樹の姿を見つけては……、

「毎年、あぁなのか?」

政樹が尋ねる。

「そうだな。お嬢様の笑顔は、真北さんと一緒の時が
 一番輝く。そして、ぺんこう、俺の料理……かなぁ」
「支配人は?」
「元旦は、挨拶に追われて一緒に過ごす時間はない。
 お嬢様は諦めてるけど……」
「そうじゃなくて、お嬢様の笑顔だよ」
「支配人は特別だから、比較しないかなぁ」
「ふ〜ん」

という感じで、真子の話をしていた。

「まさちんは、滑らなくていいのか?」
「…他の女性に声を掛けられたら、抑えられないんでなぁ」
「なるほどなぁ。………てか、やっと、自分らしさを出したか」

向井は、フッと笑った。

「放っておいてくれ。…でも、むかいんの前だけだぞ」
「解ってる。その方が、俺も話しやすいからさ」
「…本部に戻ったら、また、お嬢様に心配を掛けるのかな…」
「可能性はあるけど、それは、まさちんの行動にかかってる」
「俺?」
「あぁ。……四代目に組のことを教わってる事を周りに
 知られないようにしないと。…お嬢様にも…」

政樹は、何かを決意したように、目を瞑った。

「そうだな…。組長のお嬢様への思い…知っただけに…」
「四代目も、難しい事を言うよなぁ」
「こっちが辛いよ……」

そう言って、政樹はソファに寝転んだ。

「お嬢様……まさか、その能力で俺の心を知っていたとは…」
「聞こえないように気を張ってるお嬢様を見るのは辛いだろ」
「……それで、笑顔が減ってたとは…」
「言えないだろ。特殊能力のことは」
「そうだよな」

沈黙が続く。
真子と春樹が二人揃ってゲレンデを滑ってきた。すぐにリフトへと向かっていく。

「なぁ、まさちん」
「ん?」
「…体の具合…どうなんだよ」
「具合? 別に、これといって変わったことは…」
「青い光受けた時、どんな気分だった?」
「……お嬢様の笑顔が目の前にあった……心が温まる…そして、
 和む……。まるで、この世とは思えない程の気持ちになる。
 その途端、体中の血が沸騰したような感じだった……」
「沸騰?」
「今思えば…だよ。…その時は、何も感じなかった」
「……気を失ったんだよな。…銃弾を受けた後…」
「あぁ。…心配するお嬢様の表情を見つめながら、急に
 辺りが暗くなったからさ…」
「そういうの…覚えてるんだ」
「記憶にある」
「……不思議だよな……それって」
「誰も…信じないだろうな」
「確かにな……。……あっ」

向井が急に声を挙げた。政樹は体を起こし、向井が見つめている所に目をやった。

「って、あれ、支配人??」

政樹が尋ねると、

「確かに………やっぱり、そうだ…」

向井が見つめているゲレンデでは、真子と春樹が滑ってくる姿があり、その二人に近づくスキーヤー。そのスキーヤーこそ、ウェアに着替えて、スキーを履いているまさだった。
真子は笑顔で、まさに語りかける。
その真子の隣に立つ春樹は、怒った表情で、まさに何かを言っていた。
まさは、春樹を無視する感じで、真子に話しかけ、そして、真子と一緒にリフトへ向かって滑っていった。
春樹は何かを怒鳴りながら二人を追いかけて滑っていく。

「ありゃ、修羅場だろうな…」

向井が呟いた。

「支配人…挨拶に忙しいって、言ってなかったっけ?」

政樹が尋ねると、向井は呆れたように頷き、

「驚異的な速さで、挨拶を済ませたかもな…」

そう応えた。



リフトを降りた真子、そして、まさと春樹。

「お客様は大切だろうが。さっさと済ませるなって」

春樹が静かに怒鳴る。

「休憩時間ですから」

まさが応えた。

「だからって、何もスキーをせんでも…」
「気分転換です」
「でもなぁ」
「休憩です」
「まさぁ」
「では、お嬢様、行きますよぉ」

真子に声を掛けて、一緒に滑り始めた。

「って、こるぅらぁ、待てぃ!」

春樹が追いかけて滑っていった。
ゲレンデを滑りながらも、まさと春樹の言い合いは停まらない。
二人の言い合いが耳に入ってくる真子は、徐々に笑顔が減っていく。
スピードを上げた。

「お嬢様、速いですよ!!」
「真子ちゃん、危ないっ!」

二人は、同時に口にしながら、真子を追いかけてスピードを上げる。
しかし、真子は更にスピードを上げた。
それには、まさしか追いかけられず…。

流石、雪国育ち…くそぉ…。

春樹は、負けず嫌いの性格が出てしまう。
二人に追いついた時は、ゲレンデを滑り降りた所だった。
真子は、休憩を取らずにゲレンデへ向かう。
まさと春樹も追いかけていく。
真子は上手い具合に、二人とは別のリフトに腰を掛けた。

「あっ、お嬢様!」
「真子ちゃん!」

まさと春樹は、真子から三つ離れたリフトに乗ることになった。


上に到着した真子は、リフトを降りた後、更に上のリフトに向かって滑り出す。
少し遅れて、まさと春樹も付いていく。
またしても、同じリフトに乗れなかった二人は、真子の姿を失わないようにと見つめていた。
二人は気付いていなかった。
真子が、すごくふくれっ面になっていることに……。

頂上…かな……。

そう思った二人は、何も話さずに、真子を追いかけていく。
しかし、真子は、頂上の例の場所に向かう道ではない場所を降りていった。
ただ単に、別にゲレンデを滑りたかっただけ…。
そう考えた二人は、真子を追いかけて滑っていくが、途中で見失ってしまった。

「お嬢様?」
「真子ちゃん?」

二人は、真子を見失った場所で止まった。そして、辺りを見渡す。

「………隠れてるんでしょうか…」

まさが静かに口にした後、何かに集中した。

「それは、どうだか……」

春樹も何かに集中するが、二人とも、何も感じないのか、眉間にしわを寄せた。

「取り敢えず…」
「…下に降りるとするか…」
「そうですね」

そう言って、二人は、ゲレンデを降りていった。



二人が天地山の中腹を過ぎた頃、真子は、その中腹にある喫茶店に来ていた。
スキーを脱いで、真子は喫茶店へと入っていった。

「いらっしゃいませぇ…って、お嬢様! こんにちは。…っと、
 明けましておめでとう御座います! ………お嬢様????」

店のドアを開けて入ってきた真子は、そこに突っ立ったままだった。
真子の様子が可笑しい。
そう言えば、一人で来ている。
なぜ??
不思議に思った京介は、カウンターを出て、真子に近づいていった。
真子は、ふくれっ面。

「まさかと思いますが……」
「もうぅぅ。嫌っ!!」

真子は、そう言って、京介に抱きついてきた。

「って、ちょ、ちょ!! お嬢様っ!!!」

慌てた京介の声が、店内に響いていた。




ホテルの前に到着した二人は、真子の姿が無かった事に、首を傾げていた。

「どこで、見失った…?」

同時に呟き、ゲレンデを見上げる。
滑ってくる客の中に居るだろうと、客一人一人を凝視する。
しかし、真子らしい姿は見当たらない。
先に降りてしまったと思った二人は、更に客を見つめていた。



「あれ? お嬢様が居ない」

向井が言った。

「ほんとだ」
「あの様子じゃ、二人の言い合いが嫌になった可能性があるなぁ」

向井が見つめる二人は、何やら言い合っていた。

「………ということは…もしかして…」
「かもしれない」
「これは、面白そうだから…」
「俺も…参加したい…」
「行こうか?」

何かを楽しむかのような眼差しで向井が政樹に言った。

「OK!」

政樹は、なぜか、乗り気だった……。





天地山中腹にある喫茶店。
真子は、カウンターに肘を突いて、ふくれっ面のまま、ホットココアを飲んでいた。

「お待たせしました」

京介がホットケーキを差し出す。

「いただきます…」

機嫌が悪い…。

「許してあげて下さい」

京介が優しく言った。
どうやら、真子がふくれっ面で、一人で喫茶店に来た理由を聞いたらしい。

「許さないもん」
「好きな女性を前にすると、どうしても言い合うんですよ」
「好きな女性???」
「三角関係ですね…」

と京介は、相手が小学六年生の真子だと、意識していないのか、色恋のお話を始めてしまう。

「……よく…解らない……」

真子はカウンターに突っ伏してしまう。

「いつか、解る日が来ますよ、お嬢様」

その声は、とても優しく、真子の心に響いていた。

「ねぇ、店長さん」
「はい」
「…真子って、呼んで欲しいな…」
「………いや、その……私は…」
「だって……店長さんは、普通の人だもん」

いや、その……俺は…。

「かおりさんだって、従業員さんも、おじさんも
 真子ちゃんって、名前で呼ぶのに…」
「支配人の大切な方をお名前で呼ぶのは……」

そう呼んだら、兄貴に怒られるし…。

「気にしないのに……。…だって、私……お父様のように
 偉くない……。お父様の娘だから、そう呼ぶだけでしょう?」
「それは、そうですが……しかし……」
「お願いします」

という真子の眼差しは、ウルウルとしている……。

うっ。やっぱり……俺には毒……。

ゴクッと唾を飲み込んだ京介は、真子を見つめた。
真子は眠そうな眼差しをしていた。

「お疲れでしたら、奥でお休みになられますか?」

話を切り替える。

「これ…食べてから…」
「食べた後に、直ぐ横になるのは…」
「牛になってもいいもん」

そう言って、真子はふくれっ面になる。
そんな表情をしながらも、ホットケーキを食べ始めた。




雪が降り始めた。
天地山の頂上に到着した四人の男は、空を見上げる。

「これは、激しく降ってきますよ」

まさがそう言って、何かに集中した。

「…もしかして……」

何かに気付いたように、まさが口にすると、

「可能性はあるな…」

春樹が応え、滑り出す。
まさは、春樹が滑り出した事に気付き、追いかけるように滑り出した。

「……って、あのねぇ…」

向井が呆れたように呟いて、政樹を促すようにして滑り出す。
そして、四人が到着した所は……。

「……板が無い…。ここじゃないのかな…」

中腹にある店長の喫茶店前にある板置き場に目をやった春樹は、困ったように口にした。

「取り敢えず、中で休憩しますよ。暫くは視界が悪く
 なりますからね」
「あぁ」

四人の男は板を脱ぎ、喫茶店へと入っていく。

「いらっしゃいまっせ…って、支配人と真北さんと
 むかいんと地島さん…どうされたんですか?
 …お嬢様は…お部屋に?」
「いや、その真子ちゃんが行方不明でな…」
「京介、お嬢様は来られてないのか?」
「行方不明って、一体…」
「それが解らん…」
「それが、解らないんだよ」

京介の言葉に、春樹とまさは、同時に応える。

「お嬢様の行方なら、いつもの発信器で…」
「今日は真北さんが持ってる」
「そうでしたか…。でも、こちらに来られた時は
 支配人に連絡しておりますが…」
「そうだったよな…」
「まさか…また…崖を?」

春樹が口にすると、その場に居た男達の表情が、引きつった。
まさが、踵を返し、店を出ようとドアを開けた。

「って、兄貴っ!」
「山に詳しいのは俺だけだ! 探して来るっ」
「わっ、むかいんさん、引き留めて下さいっ!」
「は、はぁ…」

突然言われた向井は、言われるまま、まさの腕を掴んだ。

「離せ、むかいん。この雪の中…お嬢様にもしものことが…」
「落ち着いてください、支配人」
「落ち着いているっ」
「落ち着いてませんよ」
「なに?」

まさは、向井に振り返った。
向井は微笑んでいる。

「なにを……笑ってるんだよ…」
「その…それですよ」

と言って向井は、店内を指さした。
まさは、向井の指先を見つめ、差している場所に目線を移した。
京介が、カウンターの奥にある扉を指さしている。

まさか……。

まさは、向井の手を振り解き、カウンターの後ろにある扉を開けた。

まさの表情が、和らいだ。

「お嬢様……」

その部屋には、真子がベッドで眠っていた。そして、真子のスキー道具は、扉の側に置かれていた。

「…………京介……てめぇ……」

まさの表情に怒りが現れた。

「げっ……」

身の危険を感じた京介は、まさが差し出した拳を避け、上手い具合に奥の部屋に入っていった。

「兄貴っ!!」
「じゃかましぃっ」
「真子ちゃんに言われたから…」
「真子ちゃん……? …てめぇ…」
「お嬢様に、真子ちゃんと呼んで欲しいと言われたんですよ!」
「だからって、呼んでいいとは……」
「真子ちゃんが、お二人の行動に怒ってるんですから!」

その言葉を耳にした途端、まさの動きがピタッと止まった。

「怒ってる?」
「はい。兄貴と真北さんの行動に、怒ってるんです」
「なんで??」

春樹が尋ねると、京介は、息と服を整え、二人を見つめた。

「それは、お二人が一番、御存知だと思います」

はきはきとした口調で、そう言った。

「………一体…何だよ…」

まさと春樹が同時に言うと、

「お二人の、お嬢様と過ごす時間の奪い合いですよ」

向井が応えた。

「奪う?」
「どちらが、一緒に二人っきりで過ごすのか…というやり取りですよ。
 お嬢様は、お二人と一緒に、三人で楽しく過ごしたいのに、
 お二人は、どちらも、お嬢様と二人っきりで過ごしたいからと、
 真北さんは支配人に、仕事、仕事と仰るでしょう?」
「仕事中だろ」

真北は、ふてくされたように応えた。

「支配人は真北さんに、いつも一緒に過ごしているから、
 こちらに来たときは、離れてもよろしいんじゃ…と仰るでしょう?」
「その通りですよ」

まさも、ふてくされたように応え、春樹を睨んだ。
春樹も負けじと、まさを睨み上げる。

「お嬢様は、それが嫌で、こちらに逃げてきたんです」

京介が応えた。

「それでも、俺に連絡くらい…」
「入れましたが、支配人室から応答がありませんでしたからねぇ」

少し嫌味っぽく応える京介。
いつもなら、そんな京介に怒りをぶつけるはずなのに、この時だけは、違っていた。
まさは、項垂れ、その部屋を出て行った。

「支配人???」

気になったのか、向井が追いかけていく。
まさは、激しく雪が降る外へと出て行った。向井も追いかけて出て行く。

「……真子ちゃん……楽しんでると思ったのにな…」

春樹は口を尖らせて、部屋を出て行く。

「真北さん…」

政樹が春樹を追いかけるように部屋を出て行った。
春樹は、店の隅の方にある椅子に腰を掛け、窓の外を眺めた。
激しく雪が降る中、二人の男の姿があった。
まさと向井の姿。
春樹は、側に誰かが立った気配で振り返る。

「まさちん。……お前ら…気付いていたんだな」
「はい。お二人のやり取りに、お嬢様が寂しそうにしていると、
 むかいんが言ってましたし、私にも解りました」
「…そのやり取りを楽しんでると思ったんだが……違ったのか…」

春樹は項垂れる。

「去年は楽しんでたのにな…」

呟く春樹。

「それは、私が絡んでいるかもしれませんね」

政樹が静かに言うと、春樹は、その言葉に怒りを覚えたのか、ギッと政樹を睨み上げた。

「まさちん…お前…いい加減に、自分を責めるのを辞めろっ」
「支配人が、私に対して何を思っているのか。そして、本部の
 組員や若い衆、…山中さんたち幹部の思いも解っております。
 その事で、お嬢様が悩んでおられるのも…」
「確かにな…だが……。真子ちゃんは、そうは思ってないだろ。
 お前のことを心配して、そして、側に居て欲しいと…思ってる」
「そのお気持ちも、察しております。去年と今年。…変わった事は
 私の存在だけじゃないはずです」

政樹の言葉に、春樹はハッとする。

「まさか……」
「…むかいんの意見です。あの能力の事、そして、私の体の異変。
 それらのお嬢様の記憶は、術で閉じこめられたのでしょう?
 それが影響しているかもしれません。お嬢様の感情も少しは
 変化した可能性もあります。…それは関係なくても、お嬢様自身、
 大人になりつつあります。その事も…」
「少しずつ…大人に……か…」

春樹は、窓の外に再び目をやった。
向井が、雪の中、必死に何かを訴えている。

「まさも…気付いてなかったって事…か」

春樹が呟いた。




激しく雪が降る中、向井は、まさを引き留め、必死に訴えていた。

「支配人の責任じゃありません!!」
「いいや、俺が悪い。…お嬢様との時間を毎年楽しみにしてる。
 その思いが強くなってしまい、自分の立場を忘れてまで、
 お嬢様と過ごそうとした、俺が…悪いんだよ…」
「違います」

向井の声が、雪の中に響いていた。
まさは、喫茶店の窓に現れた春樹の姿に気付いた。
その途端、スキー板に手を伸ばす。
その手を掴まれた。

「むかいん…。俺は仕事に戻る」
「激しく雪が降っている時は、危険だと仰ったのは、支配人ですよ?」
「それは、雪に慣れていない人に対しての言葉だ」
「雪に慣れていても危険です」
「…大丈夫だ」

向井は、呆れたように息を吐いた。

「ったく…。支配人も気付かれてないですね」
「…何をだ?」
「お嬢様の記憶に術が掛けられた事、御存知ですよね」
「あぁ、あの能力を封じ込めた事は知っている。そして、あの
 地島に対しての事もな。お嬢様にあるのは、自分が拉致されて、
 慶造さんの命を狙おうとした輩が居た…という記憶だけだ」

まさの口調が変わった。
やはり、政樹の事を口にすると、支配人としてのオーラを忘れてしまうらしい。
窓に見える政樹の姿を睨んでいた。

「その術が、お嬢様の感情を変えたと考えられませんか?」
「術が?」
「お二人のやり取りは、お嬢様は去年までは楽しんでおられました。
 しかし、今年は、少し怒ったような寂しいような表情がみられました。
 不思議に思ったんです。…いつものように、お二人を困らせる仕草…
 そう考えました。でも…それにしては、お嬢様の表情からは楽しさが
 感じられませんでした」
「むかいん…お前…」
「これでも、私はお嬢様にお仕えする身であり、専属料理人ですよ。
 お嬢様の微かな表情の変化に気付かないと、料理は作れません」

そう口にした向井の表情は、激しい雪にもかかわらず、輝いていた。

「……そうだったのか……」

まさは項垂れる。そして、窓に見える春樹に目をやった。
春樹は項垂れている。その春樹の向こうに立つ政樹は、少し輝いた笑顔を見せていた。

「……真北さんも、あの地島に言われたみたいだな」
「そうでしょうね。…まさちんも気付いてましたよ」
「……俺達と、おまえら…何が違うんだろうな…」
「長年、一緒に居ると、慣れが出てきますから…」

向井の言葉に、まさはフッと笑い、

「そういうことか…。でも、俺は、お嬢様との時間は少ないのにな…」
「初心、忘れずに…ですよ」
「…なるほど……そうだな」

まさの笑顔が輝いた。

「取り敢えず、中に戻るぞ。このままだと、雪だるまになる」

まさが言うと、

「そうですね」

向井が応えた。
その通り。
二人の体は、真っ白になっていた。


二人は、喫茶店へと戻っていった。




雪が止んだ。
喫茶店に新たな客が入ってくる…と言っても、常連さん。

「いらっしゃいませ」
「流石、天候の変化は早いなぁ…って、客はこれだけ?」
「ん?」
「外の板の数が」
「あぁ、奥に四人が眠ってる」
「なるほど………で、支配人も一緒?」
「そうですね」
「ということは、真子ちゃん見つかった? …てか、ここだった?」
「………知ってたん?」

京介が不思議そうに尋ねると、

「そりゃぁ、支配人と真北さん、すんごい剣幕で滑りながら、
 キョロキョロしてたから、真子ちゃんを探してると思っただけぇ」
「それほどまで、凄かったんですね…お二人の表情は…」
「恐らく、みんな知ってるかもなぁ」
「わちゃぁ……」

京介は項垂れた。
大事件に発展してるとは気付かず、四人の男は、奥の部屋で熟睡していた。
真子を探していたことによる疲労と、真子を見つけた事、そして、真子の思いを知った事に対する安心感も、そこにはあった。



京介が洗い物をしているときだった。
奥の部屋に通じるドアが開き、まさが姿を現した。

「兄貴、お目覚め………」

と口にした途端、鋭い眼差しが京介に突き刺さる。

「あ?」
「し…ぃ配人、お目覚めですか…みなさんは?」
「まだ寝てる。というか、寝心地が悪いからな」

そう言って、体を解すまさ。

「俺は仕事に戻るから、あとはよろしくな」
「…って、真子ちゃ…おじょぉん様は、真北さんもまだ
 許しておられませんが…」

焦ったように呼び方を変えた為、可笑しくなっているとは、気付かない二人。

「それは、あの姿を見てから言え。じゃあな」

まさは、喫茶店を出て行った。
すっかり雪は止んでいる。
スキー板に積もった雪を払い、装着した後、素早く滑り降りていく、まさ。
京介は、まさを見送った後、奥の部屋を覗き込む。

「なるほど……。怒った素振り…でしたか…」

優しく微笑んだ京介は、洗い物の続きを始めた。
奥の部屋で眠る真子と三人の男達。
政樹と向井は、少し離れたソファで眠っていた。
春樹は、真子の隣に寝転び、真子は、春樹の胸に顔を埋めて眠っていた。
春樹の腕は、真子を優しく包み込んでいる。
まさが、部屋を出て行った事は、それから二時間後の夕暮れ時に気付いた四人。
京介と向井が用意した夕食を口にしながら、真子と春樹のふくれっ面な言い訳合戦が繰り広げられていた。





正月。
阿山組本部は三日後に開かれる新年会の準備に追われていた。
そんな中、慶造と修司は、笑心寺へと足を運んでいた。
慶造は一人で阿山家の墓前へやって来る。そして、手を合わせた。
暫く、動かない慶造。恐らく、亡きちさとと語り合っているのだろう。
修司は、そんな慶造を優しく見守っていた。
慶造が立ち上がり、修司の所へやって来る。

「もう、いいのか?」
「あぁ。…寄るところが出来た。…いいか?」
「俺は、構わんが、どこだ?」
「暴れん坊家庭教師」
「プッ…」

慶造の言葉に修司は思わず吹き出し、

「今は違うだろが」

と付け加えた。




修司運転の車は、芯のマンション前へとやって来る。

「山本先生は、この日、墓参りだろが」
「そろそろ帰ってくる時間だと思うが…」

慶造が言った途端、芯の車がバックミラーに映った。芯は慶造と修司に気付いたのか、車を降りてきた。

「って、こら、慶造」

慶造が車を降りた事で、修司は声を挙げてしまう。

まぁ、ここは、範囲内だから、安全だけどなぁ〜、
あいつらにとったら、俺達は敵だろがっ。

そう思い、修司は辺りを警戒する。
ちらりと目線を送った所には、特殊任務に就く刑事の姿があった。

「慶造さん、いくら安全だからと無茶な行動は慎んでください。
 慶造さんに何か遭ったら、お嬢様が…」
「こんな日に狙われるとは思わん。…時間、いいか?」
「えぇ。三日までは、私一人ですから」
「今年は残念だったな。一緒に行けなくて」
「仕方ありません。今が正念場ですから」
「そこまで気合い入れなくても、取得できるんだろう?」
「まぁ、そうですけどね……」

何かを誤魔化すかのように、芯は目を反らした。

「ったく…あがるぞ」
「はい。猪熊さんもどうぞ」

そう言って、芯は駐車場を教えた。



芯の部屋。
慶造と修司に珈琲を差し出す芯。

「何か食べますか?」
「いや、夕飯までには帰る」
「では、軽い物にします」

と少しばかりのお菓子を用意する。

似合わないのだが…。

芯は、慶造の前に腰を下ろした。そして、珈琲を一口飲む。
ちらりと慶造に目をやる芯。

「ん?」

芯の目線に気付いた慶造が声にすると、

「……私は大丈夫なんですが……」

芯が応えた。その途端、慶造はフッと笑みを浮かべた。

「そういう割に、向井に何を頼んでいる?」
「頼む…とは?」
「向井が、時々、ここに足を運んでいるのは解ってる。
 その度に、何を報告しているのかもな…」

何もかも知っている。…そういう表情で芯を見つめた慶造。

参ったな…。

芯は、笑みを浮かべて、姿勢を崩した。

「お嬢様が何を思っておられるのか解ってます。だけど、
 私自身は、山中さんや幹部のみなさん、組員たちと同様に
 許せませんよ。……まさも、そう思っているようですね」
「連絡あったんだな…」
「えぇ。お嬢様が到着した日の夜に。あのまさが、感情を
 表に出していたと。…むかいんも驚いたそうですよ。
 それを聞いたとき、私は心配しましたよ。…まさ自身、
 昔の感情を……」
「ぺんこうも、そうなのか?」
「えっ?」
「……その目が語ってる…」
「あっ…。…すみません。…そうです。……やはり、誤魔化せませんね」

芯は苦笑い。

「でも、慶造さん」
「ん?」

四代目の威厳はなく、普通の男として、珈琲を飲みながら、芯に返事をする慶造。
いつの間にか、くつろいでいる自分に、返事をするまで気付いていなかった。

「あなたの考えが解りません」
「俺の考え?」
「はい。どうして、敵の立場である……真北さんや、敵対している
 組の組員をお嬢様の側に付かせるんですか? 御自分の身の危険や
 お嬢様の危機を感じないんですか?」

芯が尋ねた途端、慶造の表情が、突然和らいだ。

「……修司」
「なんだ?」
「やっぱり、俺の睨んだ通りだ」
「睨んだ通り????? って、俺には慶造の考えが解らん」
「ぺんこう……まだ、体に染みついてないみたいだな。
 これじゃぁ、免許取っても危険かもなぁ」

ちょっぴり砕けた口調の慶造を見て、ピンと来たのか、修司はニヤリと笑みを浮かべて、

「暴れん坊教師…ってことか…」

そう言った。

「は、はい?! あ、暴れん坊???」

驚いたように声を張り上げる芯。

「まだ、抜けてないってことだよ。ほんと根っからの暴れ好きだな。
 こりゃ、真北家の血筋か?」
「……それは、言わないで下さい…」

と怒りを露わにする芯。

「ほら、それ…」

慶造に指摘されて、気付く芯は、

「あっ……すみません……」

恐縮そうに言った。

「そうですね。このままだと……教師になっても、危険ですよね…」
「まぁなぁ」
「……しかし、許せない部分はありますから…」
「それなら、俺が許可してやるよ」
「許可? また日本刀を片手に、暴れろとでも?」
「それは、お前の立場がやばいだろが」
「そうでした」
「……でも、それは、免許を取ってからだからな」
「だから、その…何でしょうか……」

慶造は、芯に、何かを告げた。
芯の目が見開かれる。
二人の話を聞いていた修司は、呆れたような表情になる。

ったく…そればれたら、立場が危うくなるのは
慶造…お前だろが……。それを考えてるのかいないのか…。
俺は、知らんからなぁ。

グッと拳を握りしめた芯、そして、何かを企んだように笑みを浮かべた慶造。
二人を見ていた修司は、ため息を吐いた。

まぁ、いいかぁ…。



(2006.9.30 第九部 第六話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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