任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第九部 『回復編』
第七話 くまはち帰還

大阪・須藤邸。
新年の挨拶回りを終えて、須藤たちが戻ってきた。
その中に、八造の姿もあった。

「猪熊」

須藤が呼ぶ。

「はい」
「せめて三箇日くらいは、ゆっくりせぇや」
「いいえ。こういう日こそ、進めるべき事は進めておくべきです」
「はぁぁ……ほんまに、仕事好きやな」
「あと一息なので、これから、向かいます」
「一人でか?」
「えぇ。虎石と竜見には、三箇日くらいは休んでもらいたいですからね」
「その言葉、そっくり、お前に渡すで」

呆れたような表情で須藤が言うと、八造は困ったように頭を掻いた。

「力…ありあまってるんですが…」

そう言った八造は、須藤の眼差しで何かに気が付いた。

「須藤組長、もしかして…」
「戻る前に、やっておきたいんでな。…今度こそ、手加減なしや。
 誰も寄せ付けへんようにしとくから」
「それだと、勝負は見えてますよ」
「それでもええ。今夜やで、解っとるな」
「はっ。では、それまでに仕上げてきます」

力強く言って、八造は須藤邸を出て行った。

「ったく、そこまで早めに仕上げて、どうするつもりや」
「やはり、気になってるんでしょうね、本部の方が…」

よしのが言うと、

「なるほどな。……本業に戻りたいって訳か…」
「それにしても、猪熊は、恐ろしいですね。まさか、予定より
 一年も早く進んでいくとは…。この様子だと、着工式も
 予定よりも早めになりそうですね」
「まぁ…四代目の行動によるけどな」

須藤は、フッと息を吐いて、よしのに振り返る。

「前の時よりも三倍、いや、五倍は用意しとけ」
「えっ? あの五倍ですかっ!!!」

驚いたように声を張り上げたよしの。

「あぁ」
「いや、その……先立つ物が……」
「水木につけとけ」
「そういたします」

水木の名前を聞いた途端、よしのは明るい返事をしていた。

八造との会話にあった勝負。
それは、例の………。




その日の夜。
須藤邸の一室に、かなりの数のアルコールが運び込まれていく。
その部屋の中央にあるソファに腰を掛け、グラスを片手に持つ須藤と八造は、次々とアルコールのボトルを空にしていった。

「猪熊ぁ、報告の通りか?」

そう言って、須藤は空になったグラスにアルコールを注いだ。

「そうですね。あとは、報告書をまとめるだけです」

八造は、グラスのアルコールを飲み干し、新たに注ぐ。

「いつももらっとる報告書でええのになぁ」
「取り敢えず、今までのものをまとめておきます。いつでもすぐに
 取り出せるように、そして、進められるようにしておきます。
 週に一度は、こちらに来る予定ですし、四代目は、報告後
 こちらに来られる予定ですので、その際に、同行します」
「四代目も驚いとったで」
「驚くようなことは、何もしておりませんが…」

恐縮そうに言う八造に、

「恐縮そうに言うんやったら、これも恐縮せぇや」

須藤は空になった八造のグラスに、アルコールを注ぎこむ。

「まだ始まったばかりですよ」
「そうやな。…ほんまに、負けへんからな」
「私もですよ」

にやりと口元をつり上げて、八造はグラスを空にする。そして、新たに注ぎ込んだ。

「ペース…早いぞ」
「遅い方ですけどねぇ」

再び、飲み干す八造だった。



廊下で待機しているよしの、竜見、そして、虎石は、部屋の中の二人が空けるボトルの数に驚いていた。

「五倍じゃ足りへんかもな…」

よしのが呟くように言う。

「水木親分にお願いしておきます」

竜見が応えると、

「ツケにすると言ってもな、限度があるやろ」

よしのが引き留める。

「兄貴から預かってます」

そう言って、竜見は財布を見せた。
帯が巻かれたままの札束が三つ、入っている。

「………………いくら何でも、これは、多すぎるやろ」
「これでも足りないかもしれないと、兄貴は…」
「そんなんやったら、親分が倒れるやないか…。猪熊は
 ほんまに底なしやな……倒れる前に、停めとこか。
 これ以上は買うなよ」
「はっ」

廊下で密かに話しているとは知らずに、部屋の中の二人は、どんどんアルコールの瓶を空にしていった。





空になったボトルが、床を転がった。

「……負け…認めへんで……いぃ……にょ…く…、みゃぁ…」

須藤は口にするが、言葉になっていない。

「………ろれつがまわってませんよ」

いつも通りの口調で、八造が言った。

「俺よりみょ…、飲んどるくせに……なんやね……ん……」

必死に口調を直そうとするが、やはり無理なのか、須藤は、ソファに寝転んでしまった。

「あかん……負け……や…」

須藤が言うと、八造は拳を握りしめて、グラスに残ったアルコールを飲み干した。
…その途端、八造はソファに仰向けに寝転んでしまった。


夜通し飲んでいた二人。朝日が昇っても、まだ飲み続けていた。
二人が寝転んだのは、午後二時。
そんな時間まで飲み比べをしていた二人。
そのまま寝入ってしまい、目が覚めたのは、一月も五日を過ぎた頃だった。
丸一日寝ていた二人。
まぁ、二日酔い…というのが残っていたのだが、六日には、仕事を始めていた。






天地山ホテル。
真子達は、帰る準備をしていた。
そこへ、まさがやって来る。

「まささん!」

真子は、支度の手を止め、まさに振り返る。

「明後日から学校ですね」
「はい。小学生最後の三学期。卒業準備に忙しいみたい」
「卒業式は、三月でしょう? それに、中学校は同じ場所ですよね?」
「そうなんだけどね、取り敢えず、区切りなんだって」
「クラスメイトはそのまま、中学一年生に?」
「中学校から入学の生徒も居るんだよね、真北さん」
「そうですね。でも、ほとんどの生徒は、今と同じのはずですよ」

春樹が二人の会話に参加する。

「はい、真子ちゃん、支度は終わりましたよ」
「ありがとう!」
「また…来年ですね」
「うん! 来年こそ、ぺんこう……来ることできるのかな…」
「教職に就いていたら、難しいでしょうね」
「そっか………やっぱり、無理にでも連れてくれば良かったな…」

寂しげに言う真子の頭を、春樹がそっと撫でていた。

「真子ちゃんが無理を言うと、ぺんこうが困るでしょう?」
「そっか……そうだよね。…でも、いつかきっと、一緒に
 来ることが出来るよね、真北さん」
「教師としての仕事に余裕が出てきたら、一緒に来るでしょうね」
「そのときは、真北さんも一緒だよ」
「私はいつでも一緒ですよぉ〜」

と言いながら、真子を抱きかかえる春樹。

「真北さん」

思わず、まさが呼び止める。

「ん?」
「お嬢様の年齢をお考え下さい」
「12歳」
「……そうじゃなくて…その……大人になっても、お嬢様に
 そのような行動をなさるつもりですか?」
「ええやろが。俺の娘やし」
「あのね……」
「嫉妬か? ん?」

何やら、挑発的な雰囲気で、まさに言う春樹。

「いいえ。もう、二度と致しませんよ。そんな挑発にも乗りませんっ」

ハキハキとした口調で、まさは応えた。
まぁ、正月の一騒動で、堪えている、まさだが…。

「……それにしても、二人は、まだなのか?」

真子を床に下ろしながら、春樹が言うと同時に、政樹と向井が帰り支度を整えて、部屋にやって来た。

「遅くなりました」
「ほな、帰るぞぉ。まさぁ、世話になったなぁ。ほな、また来年な」
「……あなたは、来年じゃないでしょうが…しょっちゅう……」

と呟くようにまさが言うと、春樹は、ギッと睨み付けた。

何か遭ったら、天地山まで足を運び、心を白紙に戻してる春樹。
それは、まさだけしか知らないことであり……。

「お嬢様、お気を付けて」
「まささん、今年もお世話になりました。ありがとうございます」

真子は深々と頭を下げた。

「お仕事、あまり無理しないでね」

顔を上げた時、真子が少し不安げに言った。
まさは、笑顔を見せ、

「ありがとうございます。心得てますので、ご心配なく」

そう応え、真子の頭を優しく撫でて、ギュッと抱きしめた。

「………まさ……お前もしとるやないか」

春樹が呟いた。



まさ運転の車が、天地山最寄り駅のロータリーへとやって来る。停車した車から、真子達が降りてきた。まさは、運転席から降り、真子達を見送った。真子は、何度も振り返りながら、笑顔で手を振って、駅舎へと入っていった。
まさの視界には、真子の姿しか入っていない。
真子の姿が見えなくなった。
名残惜しそうに、駅のホームの辺りを見上げる。
列車がホームへ入ってきた。
真子達が乗って帰る列車。その列車が去っていく。
まさは、いつまでも列車が去っていく方向を見つめていた。
雪が降ってきた。
それでも、真子が去った方を見つめている、まさ。
真子の側に居る、政樹の行動が心配で仕方がなかった。
また、真子を哀しませるような事があるかもしれない。

もし、そうなったら……俺は……。

グッと拳を握りしめ、そして、車に乗り込み、天地山ホテルへと向かっていった。
その表情は、支配人ではなく…………。






三学期が始まった。
真子の送迎は、やっぱり、春樹。
そして、真子が学校内に居るときは、片時も離れないのは、政樹だった。
真子から友達を遠ざける形になっているが、仕方がない。
いつもなら、真子は嫌がるのに、政樹が側に付くようになってからは、嫌がる素振りや表情を見せず、政樹と一緒に居ることが楽しいかのような笑顔を見せていた。
政樹も、真子の側に居ることが、当たり前のようになっていた。
学校を離れても、自宅の真子の部屋に居ても、真子が起きている時は、ずっと側に居た。
真子が眠っている時は、部屋で待機する。
時々、慶造に呼ばれ、組関係の話を語られる。
その頃からだった。
政樹に一冊のノートが手渡されたのは。
真子の行動を細かく書くように、慶造から言われていた。
しかし、政樹は何から書いていいのか解らず、ただ無駄にノートを広げるだけ。

参ったな……。

真子の行動は、口頭で報告している。なのに、ノートに書き込めというのは…。
政樹は悩んでいた。
口頭で報告している事を書き留めても、無意味だと考えていたのだ。
それに、なぜ、そのようなことを言われたのかも、悩みの一つだった。





一月の終わり頃…。
八造は、荷物をまとめていた。
それらを担ぎ立ち上がる。そして、部屋の片付け具合をチェックした後、部屋を出て行った。

「お疲れ様でしたっ!」

廊下で待機していた竜見と虎石が、八造の姿を見た途端、深々と一礼した。

「短い間だったけど、世話になった。色々と楽しかったよ。
 ありがとうな、竜見、虎石」

八造の声は、とても優しく温かい。
感極まったのか、虎石が泣き出してしまった。

「………って、永遠の別れじゃないんだけどな……」

ちょっぴり困ったように八造は口にした。そして、虎石を抱き寄せる。

「兄貴……」
「ったく…。四月から、一週間に一度は来るんやから、泣くな」
「それでも、俺…寂しいです」
「虎石ぃ〜」
「…兄貴、俺も……」
「竜見。……まぁ、俺もそうだけどな。お前らとの時間が一番
 長かっただけになぁ」

八造は、荷物を床に置き、二人を力一杯抱き寄せた。

「暫くは、二人に任せるぞ。出来るだろ?」
「はっ」
「よろしく」
「はいっ!」

二人の声は力強かった。

「兄貴…これ……」

竜見がポケットから何かを取りだし、八造に差し出した。
猫柄の包装紙に包まれた小さな箱。

「まさか…お嬢様に?」

猫柄を見ただけで、誰へのプレゼントなのか、直ぐに解る。

「卒業と入学祝いです。…お嬢様には何が良いのか悩んだのですが、
 これなら、中学一年生でも使えると……店の主人に言われました」
「何が入ってる?」
「それは、内緒です。お嬢様にお聞きください」
「…ケチ…。いつもありがとな」

八造は、それを受け取り、大事そうに鞄に入れた。

「須藤親分は、部屋か?」
「はい」

八造は、部屋に向かって歩いていく。



須藤の部屋。
八造は、ドアをノックする。
しかし、返事は無く、ドアが開いただけだった。そこには須藤が立っていた。

「須藤親分、短い間でしたが、御指導、ありがとうございました。
 色々と勉強にもなりました。しかし、未熟な面もまだありましたこと、
 申し訳御座いませんでした」

八造は深々と頭を下げる。

「いや、俺の方が、勉強になったで。この世界の新たな風を
 見せつけられた気分や。猪熊には、若い衆が一番世話になったな。
 あいつら、一回りも二回りも大きく成長しよった。感謝しとる」
「身に余る言葉です」
「四月から一週間に一度の予定やけど、その間に、例の資料を
 頼りに進めとくから、気にせんと、自分の本業に精を出しとけや」
「はっ」
「……あっ、でもな」
「はい?」

八造は、そっと顔を上げた。

「お前ほど、細かくないからな」
「……私……細かくした覚えは無いのですが……」
「……………ま、と…にかくだな、暫くはあの資料で充分や。
 ありがとな、感謝しとるで」
「はっ。康一くんと一平くんに、挨拶も出来ず、
 申し訳御座いません」
「まぁ、永遠の別れちゃうから、あいつらも寂しがらないって」
「…そうですね。それでは、失礼します」
「あぁ、気ぃつけてな。四代目によろしく。…と、お嬢さんにもな」

須藤の言葉にあった真子のこと。その言葉を耳にした途端、八造の表情が少し和らいだ。
八造は、深々と頭を下げて去っていく。
竜見と虎石が玄関先で待機していた。

「駅まで…お送りします」
「よろしく」

素敵な笑顔で言った八造に、二人は、一瞬、目が眩む。

やっぱ、兄貴は、すごいや。

八造の下で働いていた事を誇りに思う二人だった。




駅まで送ってもらった八造は、竜見と虎石が見送る中、一人で新幹線に乗った。
窓の外を流れる景色が、大阪に向かった時とは逆方向に流れていく。
大阪に向かったあの日、真子の視野を広げる為にと、約束した。
真子から離れ、本来の仕事から離れた途端、今まで見えていなかったものが、次々と見えてきた。
幼い頃から、自分の体に叩き込まれたものとは別のもの。
そして、付き合いというもの。
守るだけでは、足りない事にも気が付いた。
なのに、本来の仕事に戻ると決めた時から、それらが全て抜けていく感じがする。
やはり、体に叩き込まれたものは、そう簡単に変わることはないのだろう。

ふと、真子の笑顔が過ぎった。
トンネルを抜けた途端、裾野が美しい富士山が現れた。
白に覆われた富士山を見つめる八造。

…白紙……か。

なぜか、笑みが浮かんだ。





真子が学校から帰ってきた。
春樹の車から降り、政樹に蹴りを入れていた。

いつもの光景ですね…。

春樹は、二人のやり取りを眺めて、微笑んでしまう。
いつもなら、駐車場へ向かうのに、中々動こうとしない春樹に真子が気付いた。

「真北さん、どうしたの?」
「ん? …あっ、そうでした」
「ん???」

春樹の言葉に、真子は首を傾げる。

「ちょっと出掛けてきます」
「お仕事?」
「仕事じゃないですけどね。私用です」
「はぁい。気をつけてくださいね」
「ありがとうございます。夕食までには戻ってきますので」
「行ってらっしゃいませ」

真子は深々と頭を下げて、春樹を見送った。

「行ってきます〜」

春樹の車は本部の門を出て行った。

「では、お嬢様、宿題…」
「終わってるっ」
「復習…」
「まさちんに教えてもらうぅ〜」
「あっ、その…それは…」
「一緒に先生の話を聞いていたでしょぉ」
「そうですが…でも…その…」
「まさちんこそ、復習でしょぉ」
「そうですね…って、お嬢様っ」

そんなやり取りをしながら、二人は、部屋へと向かっていった。
二人の光景は、組員や若い衆は、毎日のように観ている。

「ったく、地島のやろう、お嬢様と仲良くしやがって…」
「しゃぁないやろ。お嬢様の世話係やし」
「でも、それも、今日までやな」
「あぁ。…お嬢様には内緒って、真北さんも意地悪だよなぁ」
「だからって迎えに行く程か?」
「そりゃぁ、四代目の代行で仕事してたら、取り敢えず…なぁ」

組員達の会話にあるように、春樹が出掛けたのは……。





改札を出てきた八造は、そこで待ちかまえていた春樹に気が付いた。

「おっかえりぃ〜ん」

まるで、誰かとよく似た口調…。やっぱり、肩の力が落ちる八造。

「益々、染まってますね、真北さん」
「そうかなぁ…」
「ただいま戻りました」
「慶造も待ってるで。ちゃぁんと報告出来るんやろなぁ」
「栄三に渡している資料を更にまとめましたので」

と言って、鞄を目の前に差し出した。

「………すごい荷物やな。…これ…まさか…」
「その資料全てですよ。これらに目を通していただきます」
「慶造が逃げるぞ」
「四代目に必要な資料を揃えたのですが…まとめた結果が…」
「これ…かよ」
「はい」
「まぁ、慶造の嘆く顔が楽しみやけどな」

二人は駐車場へ向かって歩き出す。

「お嬢様は、帰宅されましたか?」
「今頃、復習してるだろうな」
「竜見と虎石から、お祝いの品を預かってきました」
「ほんと、あの二人も毎回毎回…」

そう言いながら、八造を車に招く。

「どうしてでしょうね」

八造が不思議そうに言いながら、車に乗り込んだ。

「そりゃぁ、お前が嬉しそうに話してたら、誰でも気になるやろ」

春樹は運転席に座り、シートベルトをした。

「それは、真北さんも…ですよねぇ」
「…………くまはち」
「はい」
「益々、口悪くなってへんか?」
「いつもと変わらないはずですが…」
「いいや、輪を掛けてる」
「………気をつけます」

車は、本部へ向かって走り出した。




真子は復習を終えて、予習も終えてしまう。夕食まで時間が出来たものだから、政樹に自分の時間を言い渡して、真子は、くつろぎの庭へと歩いていく。しかし、何かを思ったのか、振り返った。

「まさちんも一緒に来る?」
「いいえ、そこは…」
「まさちんは、くつろげないの?」
「お嬢様の場所ですから」
「私が誘ってるのにぃ」
「…御一緒いたします」

真子のふくれっ面に参ったのか、政樹は即答する。

「夕食は、なんだろなぁ」

ワクワクした雰囲気で、真子は庭に向かって歩いていく。
その時、玄関先が少し騒がしくなった。
真子と政樹は、顔を見合わせる。

「なんだろう…何かあるのかな…」
「どなたかが戻られたようですね」
「真北さんかな…」
「行ってみましょうか?」
「そっとね…」

そして、二人は、行き先を玄関へ変更した。


二人は、玄関から少し離れた場所で様子を伺い始めた。



八造と春樹が玄関をくぐって入ってきた。

「お帰りなさいませ!」
「八造さん!! お帰りなさいませ!」
「お元気そうで!」

組員達に、明るく迎えられる八造は、少し驚いていた。

「ただいま。みんなも元気そうで」
「八造さん、また背が伸びましたか?」
「どうだろ。視界が高くなったのは、確かやなぁ」
「益々、筋力が付いたみたいですね」
「まぁ、いつも通り鍛えていたからさぁ」

と組員と親しく話している時だった。
ふと、感じる気配に、目線を移した。
そこには、真子と一人の男の姿があった。
真子は、驚いたように目を見開いていた。そして……。

「くまはちぃ〜っ!!!!」

真子が叫びながら手を振っていた。

「お嬢様、ただいま帰りました」
「お帰り、くまはちっ!! 帰ってくるなんて…知らなかった。
 もっともっと先だと思ってた」

そう言って、真子が駆け寄ってきた。
真子に付いてくるかのように、男も近づいてくる。

こいつが……。

「元気だった?」
「はい」
「……って、手紙で知ってるのに、私…何を言ってるんだろ…」

ちょっぴり照れたように真子が言った。
その仕草が大人びたように感じる。
だけど、それ以上に、気になるものがあった。
真子の後ろに居る男……。確か、この男は…。

八造は、真子の後ろに立つ政樹を睨んでいた。

「お嬢様、その男は…」
「私の命の恩人の…地島政樹さん。まさちんだよ!」

真子は政樹を紹介する。政樹は、そっと頭を下げた。

やばい…この男は……猪熊八造…。
お嬢様の……ボディーガード…。
ということは、俺……やばいんじゃないのかぁ??

そう考えると、苦笑い…。

「命の…恩人……? …しかし…」
「今はね、お世話係なんだよ」

真子が笑顔で紹介するものだから、八造は言いたい言葉を言えずに居た。
真子の笑顔が、そうさせた。
これ以上、何かを言えば、真子の笑顔が消えてしまうかもしれないと考えた八造は、真子に笑顔を向けた。

「真子ちゃん、夕食一緒だから、それまで土産話は
 待っておくよぉにぃ〜」

春樹がその場の雰囲気を変えるように、割り込んできた。

「解ってます。……真北さん」

真子が少し低い声で、春樹を呼んだ。

「何でしょぉ」
「…くまはちが帰ってくる事……知ってたんだ」
「はい。だから迎えに行ったんですよ」
「……私も一緒に行きたかったのになぁ。それよりも、
 どうして、教えてくれなかったの?」

真子はふくれっ面。

「あっ、いや…その……」

たじたじになる春樹。

「お嬢様を驚かせたかっただけですよ」

春樹の代わりに、素敵な笑顔を見せて応える八造。

「もぉ〜。くまはちの意見でしょお」
「はい」
「意地悪っ! 充分、驚いた!」

八造の笑顔に負けじと、真子も笑顔を見せた。

「夕食まで、時間がありますね。私は慶造さんに報告しますので、
 少し離れます」
「はい。お疲れ様でした」
「楽しいお話は、たくさんございますよ」
「ほんと! ありがとう! 楽しみにしてる!!!」
「では、後程。失礼します」

軽く頭を下げて、真子の側を通り過ぎる。
その瞬間、八造は、政樹を睨み付けた。

…げっ、やっぱり俺……やばいかな…。

八造の眼差しの奥に隠された思いに気付く政樹は、唇を噛みしめた。

「まさちん」

春樹が、政樹を現実に引き戻す。

「はい」
「出掛けるのか?」
「いいえ。庭で過ごす予定です。ただ、こちらの賑やかさが
 気になったので、こうして…」
「真子ちゃんが側に居れば、安心だけどな、気をつけろよ」
「……って、やはり、あの方は…」
「幹部や組員以上に厄介だぞぉ」

政樹の耳元で、そっと告げる春樹だった。
政樹は、再び苦笑いをするが、冬なのに、背中を冷たい汗が流れていた。





慶造の部屋。
慶造は、八造が戻ってくる事を知っていた為、仕事を早めに切り上げて、自宅に居た。
部屋がノックされる。

「入れ」
「失礼します」

本部内のオーラの変化で、誰が部屋に訪れたのか、慶造には解っていた。

「只今、帰りました」
「御苦労だった。もっと時間が掛かると思ったが、予定よりも
 かなり早めに進めたらしいな。それらは、栄三の報告だけでなく
 電話でもらった通りなんだな」
「はっ。四月からは、一週間に一度、そして、四代目にも
 ご足労をお願い致します」
「それにしても、更に細かくなってるようだな」
「はっ。中々思うように、事が運ばない事に、苛立っておりました。
 それらの結果とこれからの予定は、こちらに」

そう言って、八造は鞄の中から、キングファイルを五つも取りだした。
慶造の目の前に積み上げる。
それを観ていた慶造は、目が点…。

「………八造……。これ全部、俺に目を通せということか?」
「はい。申し訳御座いません。まとめたのですが、どうしても、
 この数になってしまいました」
「……ま、まぁ、あれだけの事をまとめるのは、かなりの量に
 なるのは解ってたが……しかし、これは…」
「須藤親分には、これの三倍、お渡ししております」
「そりゃ、須藤が嘆くわな…」

呆れたように笑みを浮かべる慶造だった。

「その…四代目」
「ん?」
「あの…まさちんとかいう男……なぜ、まだ、…それも、ここ…
 お嬢様の側に、居るんですか? あいつは、確か…砂山組の
 北島政樹。そして、お嬢様を拉致して、あの事件を起こした
 張本人じゃありませんか。…なのに、どうして…」
「聞いてないのか?」
「お嬢様が…望んでいる…」

煮え切らないように、八造が口にした。

「聞いてるなら、真子の行動、そして、意志くらい、理解してるだろ」
「はい。…北島の正体を知っていながら、改心させようと…
 作戦を中止させようとしていた」
「あぁ。……まさか、そう考えていたとは、俺も驚いたよ」
「四代目は……御存知だったそうですね」
「あぁ。……俺を直接狙うように言っていたんだがな。
 真子に迷惑を…哀しみを感じさせないようにな。でも…、
 実際は、違った。…俺も真子も、思っていたことは、
 実行できなかった。……その結果だよ」
「信じられません…」

八造が怒りを抑えるかのように言った。

「なぜ、あの男を…」
「真北も、そうだろう? あいつの立場から考えたら、
 俺達とは、敵に当たる。それと同じだ」
「……なぜ、そのようなことを…四代目…あなたは…」
「真子の為だ」

慶造は、短く応えた後、目の前のファイルを開いた。
まるで、それ以上、尋ねるなと言わんばかりの雰囲気を醸し出しながら。
慶造の眉間にしわが寄り、そして、ちらりと八造に目をやる。
春樹と同様に、デスクワークは嫌い。
解りやすくまとめたというものの、目を通す量は、半端じゃない……。

「夕食まで、時間がある。説明してもらおうかな…」
「はっ」

素早く切り替えた八造は、夕食の時間が来るまで、慶造に事細かく伝え始める。
それらは、栄三の報告や電話での報告よりも細かく、それでいて、解りやすいものだった。
たった、それだけで、八造がどのように大阪で過ごしていたのかが、手に取るように解ってしまった。

真子の為。
そして、猪熊家の為だぞ。
修司。…これ以上、八造に、強要するな。
真子を守ること。
そして、
猪熊家との誓約を……。

この世界じゃなく、新たな世界の事を語る八造の眼差しは、今まで観たことない程、輝いていた。

この眼差しを、曇らせたくないっ!!

慶造は、拳をグッと握りしめた。



(2006.10.5 第九部 第七話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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