任侠ファンタジー(?)小説『光と笑顔の新たな世界』 外伝
〜任侠に絆されて〜


第九部 『回復編』
第十話 げっ、とうとう……。

芯が通っていた大学で、卒業式が行われる日がやって来た。
芯、翔と航は、スーツをビシッと着こなして、会場へと入っていく。同じように卒業する学生もスーツや袴を着て、会場へと入っていった。
学生達とは別の入り口からは、学生達の家族が入っていく。
そこに現れたのは…。

「…くまはちぃ〜」

会場の入り口でバッタリと出逢う八造と春樹。春樹は一人だけだと思っていたのか、八造の姿を観て、項垂れていた。

「私はお嬢様の代わりです」
「帰りは?」
「地島と徒歩」

阿吽の呼吸。
短い言葉だが、誰のことを尋ねているのかは、八造には直ぐに解る。
だからこそ、春樹は短い言葉を投げかける。

「……ったく、今は危険だとあれ程いってるだろが!」
「お嬢様にまで、手は出しませんよ」
「………お前…俺に内緒で何をした?」
「何もしてません」

即答する八造だった。

「まぁええ。…それにしても……くまはち…」
「はい」
「様になりすぎ」
「えっ?」
「まるで、ここの学生みたいだぞ…それも、卒業する…」
「そ、そ、そんなつもりは……」

何故か焦る八造に、春樹は笑っていた。
その笑顔が急に変化する。
無表情になり、ゆっくりと振り返った。

「やはり、真北さん、来られてましたか!」

春樹に親しげに声を掛けてきたのは、中原だった。

「あのねぇ…もう、芯には関わるなと言ってあるでしょうがっ」
「鈴本先輩も、この日を楽しみにしておられましたから」

静かに応える中原は、春樹の表情に哀しみが表れた事に気が付いた。

しまった…。

「そうですね…」

母も……。

春樹は、ゆっくりと目を瞑った。

「真北さん、先に入りますよ」

八造が、春樹を現実に引き戻すかのように声を掛けた。

「ん…あ、あぁ」

中原に一礼して、八造は会場へと入っていった。
案の定、会場係に引き留められ、何かを言われてしまう。

「どうみても、卒業生に見えますよね、猪熊くん」

中原が静かに言った。

「俺も言ったんだけどなぁ」

会場係が八造に深々と頭を下げる姿を観て、春樹は微笑んだ。

「……ところで、中原さん」
「はい」
「今後も続けるおつもりですか?」
「社会人になれば、もう必要ないでしょう? これからは…」
「あぁ。…長い間…ありがとう。もう、俺も…」
「真北さんには、必要ですからねっ」

力強く応える中原に、春樹は目が点になる。

「俺…ですか?」
「暴走しないように…とのことですけどぉ」
「大丈夫だぁって。ほら、入るぞ」

春樹は促すように言って、中原と会場へと入っていった。




真子が通う学校では、休み時間のチャイムが鳴った。
真子はフゥゥっと息を吐き、椅子にもたれかかった。

「お嬢様、お疲れですか?」

政樹が直ぐに声を掛けてきた。

「ん?? …あっ、ごめん。……その……そろそろ式典が始まったかなぁと
 ……思ったら、…やっぱり、観てみたかったと思ってしまったぁ」
「それは、山本先生も反対したのでしょう?」
「うん。…真北さんにも言われたぁ。ちゃんと授業を受けるようにって」
「夕食は、本部でとお聞きしてますよ。それまで楽しみに待ちましょう」
「そうだね。でも、式典の後は、笹崎さんの料亭で航さんと翔さんの
 三人で楽しむって言ったのにぃ」
「お嬢様が帰るまでの時間を過ごすだけですよ」
「すぐにでも…帰りたいなぁ」

遠い眼差しになる真子。
真子が何を考えているのか、政樹には解っていた。
なぜか、苛立ちを覚える政樹。

俺……どうしたんだ???

自分の苛立ちに驚く政樹は、大きく息を吐いた。

「まさちん…ごめんなさい。心配かけた…?」
「あっ、いえ……すみません」
「ちゃんと授業を受けるから。…ごめんなさい…」
「私のことは、気になさらずに」

そう言っているうちに、授業開始のチャイムが鳴った。

「次の授業ですよ、お嬢様」
「あっ、はい」

真子は慌てて教科書を替えた。





式典は滞りなく行われる。大きな会場の中で春樹は芯の姿を眺めていた。
芯は卒業生の代表として証書を受け取る。
壇上に上がった芯は、証書を受け取り、席へと戻ろうと踵を返した。
その時、自分に突き刺さる何かに気付き、二階席を見上げた。

ったく…本当に来るとはなぁ。

目線に入った春樹の姿を睨み付ける芯。しかし、直ぐに目線を自分の席に移し、歩き出す。



芯の勇姿を観ていた春樹は、

……気付かれたか……。

フッと笑った。

そんなに見つめていたら、誰だって気付きますよぉ真北さん。

隣に座る中原は、言いたい言葉をグッと噛みしめていた。




式典も終わり、誰もが会場を出て行った。
主役の学生達は、記念撮影に集まっている。そこには、芯の姿もあった。
芯は、女子学生たちから声を掛けられ、一緒に写真を撮って欲しいとせがまれている。
嫌がる芯を、側に居る翔と航が強引に腕を掴み、写真に納まっていた。
体育系の学生からも、声を掛けられる芯。
あまりにも自分の周りに集まるものだから、芯は驚いていた。


春樹は、学生達に邪魔されて、芯に近づけずに居た。遠くから、芯の様子を眺めるだけ。もちろん、八造もそうだった。

「くまはち、帰るぞ」

春樹が声を掛けると、

「そうですね。本部で…」
「いや、仕事…」
「えっ?」
「俺が本部に居たら、ぺんこうの奴、嫌がるだろが」
「照れるの間違い……っ!!!」

春樹の拳が、八造の腹部に突き刺さる寸前……。

「仕事って、動きは…」
「だからぁぁぁ、真子ちゃんの卒業までに片付けないと
 慶造が動けないだろが」
「そうでした」

八造が即答する。

「あぁっ、真北さんっ!!」

中原が二人の行動に気付き声を掛けたが、間に合わなかった。

「……引き留める役…失敗ぃ〜」

俺、また怒られるじゃないですかぁ。

項垂れる中原だった。





高級料亭・笹川。
この日、予約を入れていた芯、航と翔のトリオが暖簾をくぐっていった。

「いらっしゃいませ」

迎えるのは、向井。

「お部屋までご案内致します」
「むかいん〜、そんなに客扱いせんでもぉ」
「お客様ですから」

ニッコリ営業スマイルで応える向井を観て、

「…………いつもの笑顔の方が、合ってる…」

芯が呟いた。

「こちらです」

という向井の声に、ちょっぴり怒りが籠もっている………。

「この日を楽しみにしてました」
「今日は、笹崎さんと息子さんも一緒ですか?」

航と翔が、芯と向井のオーラを変えるような感じで声を掛けてきた。

「おやっさんと達也さんに今日の事を伝えたら、なぜか、
 張り切ってしまったんです。私が主に…と思っていたのに、
 どうやら、競う形になりそうです…」
「…確かに、たくさん食べそうな奴が一人居ますけど、
 腕の良い料理人が三人で…というのは…」
「お祝いですよ」

そう言って、部屋に入ってきたのは、達也だった。

「ご卒業おめでとう御座います。今日は、私と親父と涼の
 三人で、お祝いとして、御用意させていただきます。
 食前酒になります」
「達也さん、私が…」
「涼ちゃんも一緒に食べるか?」
「私は作る方が性に合ってます。それに、このトリオには
 付いていけません〜〜」
「むぅかぁいぃぃん?」
「では、私はこれで」

上手い具合に話を逸らして部屋を出て行った。

「同じ年齢同士で楽しむ事、少ないのになぁ。ほんと、いいのかな」

達也が呟くように言うと、

「料理を作る姿の方が輝いてますからね、むかいんは」

芯が嬉しそうに応えた。

「お飲み物は、どうされますか? 今回もアルコールで?」
「いいえ、今日はアルコール抜きにします。航と翔は実家に帰るし、
 私は、お嬢様と一緒に夕食ですから」
「そうですか。では、ソフトドリンクにしますか?」
「お願いします」

達也は一礼して部屋を出て行った。



グラスが鳴る。

「お疲れぇ〜」

芯たちは、運ばれてくる料理を食しながら、色々な話で盛り上がっていた。
その頃、厨房では、他の客の料理も含めて手際よく作っていく料理人の姿があった。


料理も終わりに近づいた頃、料理を作り終えた笹崎が向井を呼び止めた。

「涼」
「はい」

向井は、素早く笹崎の側に歩み寄る。

「芯くんを俺の部屋に呼んでくれないかな」
「は、はい」

笹崎の料理を手に、向井は芯たちの部屋へと向かっていった。

「お待たせぇ、これが最後。おやっさんの料理です。
 後はデザートになるけど、ぺんこう、おやっさんが
 部屋に来てくれって」
「ん? 俺?? ……まぁ、丁度良かったかな。俺も話が…」

そう応えた芯は、少し緊張した表情をしていた。

「ぺんこう?」
「あっ、いや、俺……今から行く」

静かに言って、部屋を出て行った。

「…笹崎さん、芯に何の話?」

気になる翔が向井に尋ねるが、

「さぁ、解らないけど、何となく…深刻だったかな…」
「そっか……」

翔は敢えて言わなかった。
芯と笹崎の関係については……。




芯は笹崎の部屋にやって来る。

「失礼します」

そこには、笹崎が既に待っていた。
テーブルの上には、デザートが置いてある。

「話が長引くと思って、こちらに持ってきましたよ」
「すみません。…その……今日は、素敵な時間をありがとうございました」
「こちらこそ、記念の日に、私の店を選んでくれて、嬉しいですよ」

少し照れたように笹崎が言うと、芯は笑顔を見せた。

「その……お忙しいところ、申し訳御座いません。
 実は…笹崎さん…いえ、……父・良樹と親しかった
 あなたに、お話したいことがありまして…」

芯の言葉を耳にして、笹崎は驚いたように目を見開いた。

「……芯くん……知っていたんですか?」
「真北さんから聞いたのは、こちらに来てからです。
 ……笹崎さんの眼差しが、とても温かく感じたので
 その時に…」

そう言って、芯は懐に入れていた一つの封筒を笹崎の前に差し出した。
封筒の表には、笹崎の名前が書かれている。

「遺品を整頓してる時に、父の荷物の中で見つけました。
 封をしたままで、投函されなかったようです。恐らく、
 あの日……父が亡くなった前の日に書かれたと思います」
「そうですか…」

笹崎は、封を開け、中に入っていた手紙を静かに読み始めた。
その間、芯はデザートに手を伸ばす。

おいしいぃ〜。

笹崎の前で少し緊張していた芯の心が、解された瞬間だった。
手紙を読み終えた笹崎は、フッと柔らかい笑みを浮かべた。

「良樹さんが生きていたら、きっと、喜んでおられるでしょうね」
「えっ?」
「……まぁ、春樹君に対しては、望みから外れてしまったけど、
 芯君に対しては、望み通りですからね」
「望み…とは?」
「子供達には、同じ道を歩んで欲しくない。…それが良樹さんの
 口癖でしたからね」
「それは、あなたが、…特殊任務に就いていた頃からですか?」
「えぇ」

笹崎はお茶を一口飲んだ。

「その手紙と一緒に、あなたとの行動の記録が書かれた手帳も
 ありました。…兄も気付かなかったんでしょうね」
「春樹くんには?」
「伝えてません。その時は既に、…この世から去ってましたから」

春樹のことを口にする芯は、それはそれは、とても冷たい口調で話すものだから、笹崎は思わず笑ってしまった。

「本当に他人なんですね」
「えぇ。あの人も言いましたから」
「それにしては、本当に良く似てる」
「兄弟ですからね」
「良樹さんにも似てますよ」
「…そう…なんですか?」

芯は、ちょっぴり驚いたように言った。

「私……、父…良樹との思い出は、ほとんどありません。…父の印象は
 兄の姿でしたから」
「そのお兄さんの意志を継いで、これからは生きていくんですね」
「……そうですね。兄の願いは、私の願いでもあります」
「でも、今は、真子お嬢様の願いでもあるのでは?」

真子の名前を耳にした途端、芯の顔が真っ赤になった。

「実は、この後、お嬢様にお会いするのに躊躇っているんです」
「どうして? もしかして、真子お嬢様の喜ぶ顔を見たら、
 我慢できずに………」
「そ、そ、そ………そうなると、くまはちの鉄拳だけじゃなく…
 慶造さんからも頂くことになりますから……だから…その…」

あまりにも芯らしくない姿に、笹崎は堪えていた笑いを吹き出してしまった。

「わ、わ、笑わないでくださいよぉ……もぉ……」

更に真っ赤になる芯を観て、笹崎は、優しい眼差しになった。

「本当に、真北家の血筋は、誰もが同じ思いを抱いて、そして、
 相手を和ませる術を持っているんですね」
「…えっ?」
「私が慶造さんに言われた事を直ぐに実行したのは、それもあります。
 良樹さんと知り合わなかったら、私は、慶造さんと同じ道を歩んで、
 その世界を真っ赤に染めていたかもしれません」
「父が何を?」
「芯くんが生まれる前ですからね、私と行動を共にしていたのは」
「はい」
「やくざ泣かせの刑事で、それでいて、やくざを笑わせる刑事だった」
「笑わせる????」
「見た目と違って、結構ドジで…」
「ドジ????」
「その仕草が笑いを誘っていたんですよ。それまで、笑顔を見せるのは
 威厳を損ねるから、常に眉間にしわを寄せていた私たちは、良樹さんと
 一緒に居るときだけは、どうしても、笑顔になってしまう。…驚きましたよ」

懐かしいのか、笹崎は遠い眼差しをしていた。

「その影響でしょうね。…春樹君が教師を目指していたのは」
「でも…父が亡くなった後は、父と同じ道を……。母は、その事を
 常に心配していた。…もちろん、私も。……だから、あの日……」
「特殊任務を薦めたのは私です。もしかしたら、良樹さんと私のように
 慶造さんと春樹くんが、見えない絆で繋がるのでは…そう思って…」
「…見えない…絆…?」
「えぇ。でも、それは、既に繋がっていたんですよね。春樹くんが
 阿山組に目を付けた時点で」
「……今の生活は、すでに……?」
「さぁ、それは解りません。でも、私の目から見たら、良い方向に
 向かっていますよ。慶造さんが修司くんや隆栄くん以外の人と
 打ち解けるなんて、私には驚く出来事ですから」

そう言って、笹崎は、芯を見つめた。

「そして、ちゃぁんと未来を用意している」
「未来?」

芯は笹崎の言葉が解らないのか、首を傾げた。

「まぁ、それは先になれば解ることですよ。…っと、私が今日
 芯くんを呼んだのは……」

笹崎は立ち上がり、タンスの引き出しから一枚の写真を取り出し、芯に差し出した。
芯は写真に目をやった。

「!!! これは……」
「良樹さんから送られてきた手紙に入ってました。
 今の生活を見て欲しい…そう手紙に書かれてました」
「これ………」

父の荷物の中にあった……。でも、これ…。

芯の頬を一筋の涙が伝っていた。





車の助手席に座り、誰かを待っている春樹。
時刻を確認し、ふと、何かを思ったのか、懐から手帳を取りだした。
そっと広げて、中を見つめる。

親父……。芯は夢に向けて走り出しましたよ。
親父の夢…そして、俺の夢…。

春樹は、何かに語りかけていた。
それは、一枚の写真。
父と母、そして、生まれたばかりの芯と、高校生の春樹が写っている写真だった。
その頃、同じように同じ写真を芯が見つめていた。

「……父は、親しい人に…配ってるんでしょうか…」
「それは無いでしょうね。あげましょうか?」
「いえ、額に入ってますから…」
「そうですか」
「はい」

芯は写真を笹崎に返す。

「それで、私に何を…」
「何かあれば、いつでも相談に来て下さい」
「えっ?」
「芯くんは、何でも自分で解決しようとするそうですね」
「はい。頼る人は居ませんが、相談には翔や航が耳を傾けてくれます」
「それは、心強いですね」

春樹君が嘆くわけだ…。

「でも、たまには、私を頼ってくださいね」
「しかし、笹崎さんは…」
「人生の先輩として頼るのも、成長する糧ですよ」

笹崎の言葉で、芯は何かを感じ取った。

「はい。ありがとうございます!!」

明るく返事をした。

これが、本来の芯君…なんだろうな。
慶造さんが驚く程の残虐性は…一体…。
血筋……ということは、もしかしたら、春樹くんと同じ状態に……。

「……良樹さんの事…語りましょうか?」
「お時間…よろしいんですか?」
「えぇ。後は達也たちに任せてますから。あっ、でも、
 真子お嬢様が帰ってくる時間ですね」
「あっ!! 予約の時間も過ぎてるではありませんか!!
 すみません!! お店に迷惑を…」
「大丈夫ですよ。後の予約は入っていない部屋ですから。
 良樹さんの話は、次の機会に…でよろしいですか?」
「はい。……あの人……父の事は話してくれませんから。
 それに、家庭の外の父の姿も知りたいと思ってましたので、
 機会があった時に……お願いします」

芯が笑顔で言うと、笹崎は微笑むことで返事をした。

「今日は本当にありがとうございました」
「素敵な思い出の一ページになれば、私共も嬉しいですよ。
 そして、これからは、色々と大変でしょうが、頑張ってください」
「はい。誰もが驚く教師になります。そして、夢……叶えますから」
「いつでも、いつまでも、見守っていますよ」

良樹さんに頼まれてますからね…。

「これからも、宜しくお願いします」

兄さん共々…ですけどね…。

お互い心に秘めた思いは口にせず、笑顔で挨拶を交わしていた。
芯が部屋を出て行った。
一人残った笹崎は、遠い昔を思い出していた。

それは、真北良樹と言い争いながら、色々な事を解決していった日々の事…。
今の春樹と慶造のような雰囲気で…。





芯は、料亭の玄関で翔と航を見送り、そして、靴を手にしてとある場所に向かって歩き出した。

「後片づけしたら、行くから。夕食も張り切るでぇ」

向井が張り切っている。

「いや、程々でいいって…」

向井の張り切りっぷりに付いていけないのか、芯は少し嘆く感じで、そう言った。

「じゃぁ、後でなぁ」

そう言って、向井は厨房へ、芯は阿山組本部に繋がる渡り廊下を歩いていった。

「山本先生、こんにちはっす!!」

料亭と本部の連絡係の組員が、芯の姿を観た途端、元気よく挨拶をする。

「こんにちは」
「お嬢様は先程、ご帰宅されました」
「時間通りですね」
「今日は、どちらから…」
「くまはちに送ってもらうつもりだけど……くまはちは?」
「まだ帰宅されてません。四代目と真北さんもです」

あれから、何処に行ったんだ??

「あっ、そう。では、お願いします」

そう言って、手にした靴を手渡した。

「はっ。…それと…」
「ん?」
「ご卒業、おめでとうございます」

組員の言葉に驚いたような表情をした芯。
まさか、祝いの言葉をもらうとは思っていなかったらしい。
驚いたものの、組員の輝く笑顔を観て、

「ありがとう」

芯も笑顔で応えた。

その瞬間、組員は、芯に魅了された……。

芯は、組員が頬を赤らめた事に気付くことなく、真子の部屋に向かって歩いていく。
その手には、卒業証書と教員免許状…。




真子が部屋から出てきた。

「お嬢様! まだ、早いですよ」

廊下で待機していた政樹が慌てたように言う。

「隣に居るんでしょう? 早くお祝いの言葉を言いたいのぉ!
 駄目?」

うるうるとした眼差しで、真子が言う。

お嬢様…それって、故意ですか…。

真子の表情に固まってしまった政樹は、

「私も一緒に行きます」

ゆっくりと口にするしかできなかった。

「それと、例の物は、いつお渡しになるんですか?」

政樹が尋ねると、

「夕食の時!」

真子は、とびっきりの笑顔で応えた。
政樹の心臓が射られてしまう……。
…と、その時、

「お嬢様、お帰りなさい。お疲れ様でした」

真子の部屋に向かっていた芯がやって来た。

「ぺんこう!!!」

真子が芯に飛びついた。
芯は真子の体をしっかりと受け止める。

「ぺんこう、卒業、おめでとう! あっ、それが…」
「はい。卒業証書と教員免許状です」

真子に見せる芯。その姿は、自慢げに感じた。




「ハイ、チーズ!」

政樹が、芯と真子の姿をカメラに納めた。
記念写真。
真子がそう言って、カメラを用意し、庭に出ていた。政樹と芯も庭に出てくる。そして、何枚も撮る政樹。

「お嬢様、そのカメラは…」

芯が尋ねる。

「健が貸してくれたの! 記念に残したいって尋ねたらね、
 これを貸してくれたの。…使い方は覚えられなかったから
 まさちんに頼んじゃった!」
「そうですか。すみませんね、まさちんさん」

という芯の声に、何故か怒りを感じる政樹。
しかし、それは仕方のないこと。
この芯自身も、真子の事になると、無茶をする男だと、慶造から聞いていた。
だからこそ、次に顔を合わせたら、何か起こるかも知れないから気をつけろ…と言われていた。

「いいえ。お気になさらずに。お嬢様の笑顔の為ですから」

やんわりと応えたものの、顔は引きつっている政樹。

「まさちんも一緒に撮る?」

真子が嬉しそうに尋ねたが、

「今日の主役は、ぺんこうさんですよ」
「そっか。ねぇ、むかいんの料理、どうだった?」

真子は何かを期待したような眼差しを向けてきた。

「笹崎さんと達也さんも一緒に張り切ってくださいました」
「それなら、夕食……もっと張り切りそうだね…」
「その余波はあるでしょうね」

真子と芯は微笑み合った。
その瞬間、シャッターが切れる音がする。

「ねぇ、もっと見せて!!」

真子がせがむと、芯は困ったような表情をしながらも、真子に見せていた。
教員免許を取得した芯よりも、真子の方が大喜びしている。
それを見ていた芯は、嬉しかった。
そして、政樹も、真子の笑顔が凄く嬉しかったのだった。

「そうだ! むかいんたちとも一緒に写真を撮ろうよ! みんなで楽しく!
 私、呼んでくるね! 笹崎さんのところ?」
「えぇ」
「行ってきます! 待っててね」

飛びっきりの笑顔で家の中へと駆け込んでいく。そして、料亭の方へ向かって走っていった。
庭には、芯と政樹が何も話さず、ただ、立っている姿が。
真子が去った途端、気まずい雰囲気に変わっていく。

「俺……言ったよな」

口を開いたのは、芯だった。

「お嬢様を…哀しませるな…と」

そう言った途端、芯は政樹を睨み付けた。
その眼差しに驚いたものの、政樹は何故か、反抗してしまった。
芯を睨み返す…。
その感情が何なのか気付かずに、政樹は負けじと芯を睨み付けていた。
お互い譲ることもなく、睨み合っていた。

「お嬢様は気にするなと言ってるが、俺は気になる。
 いつお前が裏切るかと思うとな。それに……」

突然、芯が政樹の腹部目掛けて拳を入れた。
その速さに防御できなかった政樹は、まともに受けてしまった。
ところが……。

「!!!!」

意志とは別に、政樹は芯に向けて、同じように拳を差し出していた。

えっ、俺……なんで???

自分の行動に驚く政樹だが、そんな暇は無かった。
強烈な痛みが頬に!
自分が殴られた事に気付いた政樹は、振り向き様に、芯をぶん殴っていた。
自然と体が動いてしまう政樹。
いつの間にか、二人は、激しい殴り合いを始めていた。

「てめぇみたいな男に、お嬢様を任せるなんて…」

芯が言うと、

「うるせぇ。何が、お嬢様を守るだ! 学校でのお嬢様の姿を見れば、
 お前のその言葉、恥ずかしくて仕方がないと思うぜ!」

政樹が反論した。

「何ぃ〜!!」
「そんなに喧嘩っ早い奴が教師になれるなんてな、世の中おかしいぜ。
 こんな奴に教えられる生徒が可哀想だ。何が教師だ! 笑わせるぜ!」

意志とは違った言葉が口から自然に飛び出していく。
政樹は、そんな自分に驚きながらも、暴れ好きの自分と互角に殴り合う芯に感心してしまう。

「お前に、何がわかる! お嬢様がどれだけ、お前の行動を
 気にしていたのか…解ってないだろがっ!!!!!」

芯の言葉で、政樹が手を止めた。
芯も同じように手を止める。
二人は、言い合いも入った為、息が上がっていた。

「…山本……お前、…知っていたのか?」

政樹が静かに尋ねた。





真子は料亭への渡り廊下を一人で歩いていた。すると、向こうから向井がやって来る。

「むかいん! ぺんこうと一緒に写真撮ってるんだけどぉ」
「お嬢様、お一人でこちらには…」

同時に声を掛けてしまった。
その行動が可笑しかったのか、二人は笑い出す。

「ぺんこうに聞いたよ。ささおじさんと達也兄ちゃんも張り切ったんだって?」
「えぇ。私以上におやっさんが張り切って、それに負けないようにと
 達也さんが張り切って、もう、すごいのなんのぉ」

向井の口調で、それが、どれだけ楽しかったのかが手に取るように解った。

「ぺんこう、卒業したんだよぉ」
「えぇ」
「先生になるんだってぇ」
「そうですね」
「むかいんも、ぺんこうが先生になること、望んでいたでしょう?」
「ぺんこうの夢ですからね」

その方が、安心だし…。あの暴れん坊…。

向井には、別の思いがあったようで…。

「先生って、呼ばないといけないのかな…」
「そのように言われると、ぺんこうの奴、照れてしまいますよ」

今でさえ、あの態度なのになぁ。

「お嬢様、今夜は飛びっきりの料理を用意しますよ!」
「料亭よりも?」
「えぇ」
「やった!」
「プレゼントは、その時に渡しますか?」
「そのつもり!」

向井と楽しく話ながら、真子は本部の屋敷へと戻ってくる。




「…あぁ。お嬢様がな、大学の前で待っていたんだよ。どうしたのかと聞くと、
 お前の正体を知ってしまったと自分のせいで、再び、周りの命が亡くなると
 …そう思うとどうすればいいのかって、悩んでいたんだよ」

芯は大きく息を吐く。そして、服を整えて話し続けた。

「俺は、お嬢様の気持ちを聞いて、そして、お前の考えを変えさせる方へ
 し向けたんだ。だから、言ったろ?
 『お嬢様を悲しませるようなことをしたら俺が許さない』とな」
「だから、あの時、言ったのか。じゃぁ、なぜ、お前は…俺のことを
 組長に、言わなかったんだよ」
「お嬢様の意志だよ」
「……くそっ!」

何もかも……あの作戦は…。
結果は見えていたということだったのか…。
なのに、俺が実行に移そうとしたばっかりに…。
兄貴は……親分は…。
そして、俺は……。

生まれ変わった……。

自分の両手を見つめながら、色々な感情がわき上がる。
怒り、哀しみ、そして、喜び。
なのに、なぜか、怒りが一番強く……。
グッと握りしめた拳で、芯をぶん殴る。
芯は、その拳に応えるかのように、政樹を思いっきり殴り返していた。
それが合図のなったのか、再び殴り合いが始まった。
その庭にやって来たのは……。



向井と真子が庭に近づいてきた。
何やら、異様なオーラを感じる向井は、庭に目をやった。

おいおい……。

そこでは、二人の男が殴り合いをしていた。

「お嬢様…あれ…」

向井に言われ、真子は庭に目をやった。
真子の表情が急変した。
その瞬間、向井は、健と殴り合った日を思い出す。
真子の表情は、あの時と同じ表情に変わっていた。

「何してるの!!!!!!」
「お、お嬢様!」
「どうして、そんなことになってるの? どうして…どうして、
 仲良くできないの!!!」

真子の顔は、涙でぐしゃぐしゃに濡れていた。そして、唇をかみしめ、その場を走り去っていく。

「お嬢様!! お前ら………、一体何してんだよ!!」

向井の怒鳴り声が、屋敷に響き渡った。そして、二人に振り返った表情は……怒りの形相。
思わず身が縮む二人。

「くそっ…お嬢様!」

向井が真子を追って走っていったことで、芯と政樹は、自分たちの行動を振り返り、後悔の念を見せるかのように、その場に立ちつくしてしまった。



向井は、真子の後を追って、部屋の前にやって来る。あまりにも先程との表情とは違っていた為、いつもなら、ノックをするのだが、この時ばかりは、ドアノブに手を伸ばし、すぐに開けようとしてしまった。
しかし、ドアには、鍵が掛かっていた。

…しまった……。

向井は、ドアの向こうの気配を探る。
確かに真子は居る。
耳を澄ますと、真子の泣き声が聞こえていた。


「お嬢様、私です。向井です。開けてください」
『嫌…』
「お嬢様…」

向井は、真子の気持ちが解った。その為、それ以上、掛ける言葉が見当たらない。

『むかいん……どうして……仲良くできないの?』

それは、お嬢様に伝えるのは…まだ早いかと…。

『人の気持ちを考えない人なんて……人の痛みを知らない人なんて…。
 私……嫌い。……大っ嫌いっ!!』

うわぁ…ぺんこうが聞いたら、暫く動けないな、これは…。

向井は、ドア越しに聞こえる真子の言葉に、どう応えて良いか解らないが、なぜか、芯の行動や感情だけは、手に取るように解ってしまう。

「お嬢様。恐らく、事情があるんでしょう。私が聞いてきますので、
 ……顔を見せてください。…心配ですから」

向井が優しく声を掛けるが、真子の返事はない。

「お嬢様、お願いします。鍵を開けて下さい! お嬢様!!」

向井の必死の呼びかけが真子の心を動かしたのか、ドアに向かって足音が聞こえてきた。そして、ドアの鍵が開く音がする。
向井は、ゆっくりと回るドアノブを見つめ、そして、真子の顔がある高さに目線を移した。
ドアが開くと、そこには、涙目の真子が立っていた。

「お嬢様」

向井は、真子の目線までしゃがみ込み、優しい眼差しを向け、今にもこぼれ落ちそうな涙をそっと拭った。

「………むかいん………」
「お飲み物、お持ちいたします」

優しく微笑む向井に、真子は、そっと頷いた。



(2006.10.29 第九部 第十話 改訂版2014.12.22 UP)







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※旧サイトでの外伝・連載期間:2003.10.11〜2007.12.28


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