任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第一話 阿山組五代目誕生

その日、それぞれの想いが、見えないところで芽生え始めていた……………。


「真子ちゃん」
「はい」
「本当に…」

ある部屋で、一人の男が、まだ幼さが残る女の子に話しかけていた。

「……お父様がおっしゃっていたならば…私が。
 しかし、どうして、お父様は…」
「…長年の夢だったようですよ」
「夢? …私が、五代目として生きることが?」
「いいえ。…この世界を変えることです」
「争いのない、命を大切にするやくざ? …真北さん、そんなこと、
 …無理でしょ? やくざだよ? 命を張ってなんぼの世界なんでしょ?
 命を懸けて親分を守るんでしょ? …私、…そんなの嫌…」

そう言って、目を伏せてしまった女の子。
阿山真子・齢十四。
ほんの数日前に、父である阿山組四代目組長・阿山慶造は、敵対している組に狙われ、数発の銃弾に倒れ、この世を去った。その頃、学校で授業を受けていた真子自身も命を狙われたが、幸い、右肩を撃たれただけだった。
そして、この日。
真子は、ある決心をしたのだった。
真子は、嫌がっていた世界に、自ら飛び込もうとしている。
それを端で見ていた一人の男が、真子に話しかけている。
真子が決めた事を、何度も何度も確認するかのように。

「真子ちゃん…」
「…私のせいで、命が失われるなんて…もう…」

脳裏の過ぎる、真っ赤な世界。
真子の母・ちさとは、真子が幼い頃に、真子の目の前で命を落とした。その事が真子の心を閉ざす結果になっていた。真子自身、心の奥に、ある想いと共に押し込めている。それを知っている一人の男は、常に真子のことを心配していた。
真子の言葉、そして、表情を見て、

「…この世界は、縦社会です。上の者の言うことには逆らえません。
 …組長命令には、組員達は、絶対に従いますよ」

男・真北春樹が、優しく、そして、力強く言った。
真子は、真北の言葉に何か閃いたような顔をしていた。

「ねぇ、真北さん」
「はい」
「…私、五代目に向いてるのかなぁ。やくざのことが大っ嫌いなのに。
 やくざの世界なんて知らないのに」

静かに語る真子。

「阿山組五代目組長は、真子ちゃんしか居ませんよ」

自分が目指す世界を達成できるのは…。

真北自身も心に秘めている想いがある。その為に、自分の事を偽って、阿山慶造と親しい仲になっていた。
もちろん、真北の想いは、慶造の想いでもあった。

「…組長命令は…絶対……」

真子は、何かに気付いたように呟いた。





「あんた、ほんまか?」
「あぁ。わしも何回も聞き直したで。ほんまや。明後日、襲名式や。
 須藤や谷川も一緒に行くで」
「…あんた、そのお嬢はん、極道嫌いやろ? なんでまた…」
「わしに聞くな、わしもわからん」
「…考え直した方がええんとちゃうかぁ」
「それは、襲名式が終わってからや」

阿山組系の水木組組長の水木が、自宅で妻と話していた。
水木組は、大阪・ミナミに事務所を構える組で、水木は、ミナミを中心に大阪では、かなりの顔が効く男だった。水木が言った名前・須藤、谷川の二人も同じく阿山組系の須藤組組長と、谷川組組長だった。
大阪には、なぜか、関東の巨大組織である阿山組系の組事務所が多かった。
幾度となく阿山組と抗争し、その末に、阿山組の傘下になった組。その他、川原組、藤組、さつま組、そして松本組と大阪のキタやミナミに組事務所を構えている。
このように、阿山組系の組事務所が多い関西だが…もちろん、敵対する組もあるのだ…。





阿山組本部・慶造の部屋。
真子は、いつも慶造が座っていた場所を見つめていた。
在りし日の姿を、そこに思い浮かべながら。

お父様……本当に、私でも…出来るのかな…。

言った手前、引くことが出来ない……阿山組五代目組長を襲名すること……。不安もある。しかし、父の思いを達成させたい。そんな思いから、真子は、父と語り始めていた。
応えが無いと解っていても……。

部屋のドアが開いた。

「お嬢様、こちらでしたか」

息を切らせてドアの所に立つ男・地島政樹・通称…まさちん。真子の世話係として、阿山組に来た男で、実は敵対していた組の組員で、阿山組に潜入し、真子を利用して、慶造の命を狙っていた。しかしその作戦は、まさちん自身の思いで、失敗に終わった。
その時、『不思議な出来事』を目の当たりにし、自ら体験している。

「どうしたの、まさちん」

五代目襲名前の真子は、いつもと変わらない雰囲気で話しかけてくる。

「その……襲名式の段取りを…」
「……そんなの必要ないのにな…」
「この世界では、必要ですよ。それに、その後は…」
「まだ……あるの?」

跡目教育を全く受けていなかった真子。突然の真子の言葉に、五代目としての教育が急に始まっていた。毎日行われる事に、少しうんざりしてきた真子は、いつものように、

あとは、まさちんに宜しく!

そう言って、組長室を出てきたのだった。

「まさちんが覚えた事を、そのまま教えてくれるだけでいいのになぁ」
「私が覚えなければならないことは、全て終わりましたよ。あとは
 お嬢様……いいえ、五代目が覚えることしか残ってません」
「まさちん…」
「はい」
「……私、まだ、襲名してないよ?」

静かに言う真子。

「あっ、いいえ、その…襲名は決まっておりますから…その…」
「五代目…か。……ずっとそう呼ばれるんだよね」
「はい」
「…なんだか、嫌だな…」
「実は私も、呼び慣れません」
「そういや、まさちんだけだよね。お父様を四代目じゃなくて
 組長って呼んでいたのは」
「はい。…その………」

思わず言いそうになった言葉を飲み込むまさちん。
ある事情で、真子の記憶は閉じこめられている。
自分が敵対していた組に居た者で、命を狙った事は、真子の記憶には、今は、『無い』ことになっていた。

「だから、私も『組長』でいいよ」
「かしこまりました。組長、行きましょう」
「いぃやっ!」

そう言うと真子は、ドア付近に立っているまさちんを押しのけ、慶造の部屋を出て行った。

「って、お嬢様っ!」

しりもちを付いたまさちんは、素早く立ち上がり、真子を追いかけていく。

…五代目……か。

二人の様子を、一人の男が隠れるように、伺っていた。




襲名式前日の夜。
真子は自分の部屋で、寝る準備を始めていた。部屋着からネコキャラクターがプリントされたパジャマに着替える。そして、机の上に目をやった。
そこには、母・ちさとの写真が飾られていた。
にっこり微笑む表情を見ているだけで、心が和んでいく。

…確か…明日は、関西の人達も挨拶に来られるんだっけ…。

ふと過ぎった考えは、真子を不安にさせた。
初めて逢う親分衆。跡目教育をしていた時に、顔写真だけは見ていた。しかし、顔を合わせるのは初めて。いくら小さいときから、極道の屋敷で育ったとはいえ、母の事件の後からは、真子の周りから、極道面をした者達を遠ざけていた。真子と接するのは極僅か。真北の他、真子のボディーガードである猪熊八造・通称・くまはち、そして、家庭教師として阿山組にやって来た男で、今は、とある事情で離れている山本芯・通称・ぺんこう、真子の専属料理人である向井涼・通称・むかいん、そして、まさちんの四人だけだった。

真子はソファに腰を掛け、一点を見つめて考え込む。
口を尖らせ、時々頬に空気を含んでいるのか、ぷくぷくさせる。
真子は急に立ち上がり、部屋を出て行った。
隣のまさちんの部屋の前に立つ。



まさちんは、あぐらを掻いて机に向かい、真剣な表情をしていた。

「………あがぁぁぁっ!! もぉっ! ちっ」

突然、声を張り上げた途端、髪の毛をクシャクシャとして、大の字に寝転んだ。
天井を見つめ、暫くボォッとする。



真子は、まさちんの雄叫び(?)を耳にして、声を掛けるのを躊躇ってしまう。そのまま、更に隣のむかいんの部屋の前に来るが、むかいんは、早寝の方。恐らく、そろそろ眠気に襲われているだろう……。
そう思うと、真子の足は、自然と廊下を挟んだ所にあるドアの前に向く。



くまはちは、腕立て伏せをして、体を鍛えている最中だった。
ふと感じる気配に、手を止め、ドアの前に歩み寄る。

お嬢様…?

くまはちは、そっとドアを開けた。

「お嬢様…どうされました?」

ドアの前に、真子が口を一文字にして、少し目を伏せて立っていた。

「今……いい?」
「はい。では、お部屋の方に……」

と、くまはちが言うよりも先に、真子が部屋に入ってきた。
ドアが静かに閉まった。


「お嬢様、その……」
「くまはちは、関西の人達と会った事あるんでしょう?」
「…え、えぇ…」
「明日…お逢いするんだけど、その……」

言いにくそうな表情をする真子を見て、くまはちは、優しく微笑む。そして、しゃがみ込んで真子を見上げた。
真子の言いたいことは直ぐに解る。それ程、長年、側に仕えていた。
ボディーガードとして、時には、兄として……。
だから、くまはちには、真子が何を悩んでいるか、直ぐに解っていた。その悩みを解いてあげることも、くまはちの優しさだった。

「お嬢様。ご安心下さい。みなさん、素敵な方ばかりですよ」

くまはちの声、そして、言葉を耳にした真子は、先程まで見せていた不安げな表情が無くなり、明るい表情に変わっていた。

「くまはちが言うんなら、大丈夫だよね」
「えぇ。だから、明日…」
「……もう……お嬢様と呼ばれないんだね…」
「そうですね。明日からは、五代目組長です」
「組長……か…」
「私が付いております。だからお嬢様」
「はい」
「御自分の思うがまま、道を進んで下さい。我々は、
 お嬢様の考えに付いていくだけです」
「間違ってる時は…教えてね…。おじさんのように」
「はい。親父以上に……」

くまはちの言葉は、真子の心から不安を取り除いていく。
それは、くまはち初めて逢った頃から、続いている。
そして、これからも……。

「明日は早いんですよ。早くお休みにならないと、寝坊しますよ」
「もぉ〜解ったよぉ〜。くまはちこそ、トレーニングだと言って
 遠いところまで走りに行かないようにねぇ」
「心得てます」
「じゃぁ、お休み」
「お休みなさいませ」

真子は、くまはちの部屋のドアを開け、

「くまはち」
「はい」

真子は、ちらりと振り返った。

「ありがとう。これからも宜しくね!」

ニッコリと微笑んだ真子。その表情を見ていたくまはちの心臓が高鳴った。

「はっ」

ドアは静かに閉まる。
真子が自分の部屋に向かって行くのが解った。その途中、足止めを食らっている様子。

ったく、まさちんの野郎……。

真子の動きに気付いたのか、まさちんが廊下で待機していた様子。
真子に何かを話しかけるが、真子は……

『うるさぁぁぁいっ!!』

鈍い音が響き、誰かが床に倒れる音、それと同時に、ドアが閉まる音が聞こえた。
くまはちは、そっと廊下を覗く。
廊下に横たわる、まさちんの姿がそこにあった。

「大丈夫か?」

くまはちが、声を掛ける。

「いつもの事だけど……ほんとに、日に日に強くなるよ…」

嘆きながら起き上がる、まさちんだった。
いつもの事だが、この時ばかりは少し違っていた。
真子とまさちんのやり取りがある時に必ず顔を出していた男が居ない……。
くまはちの隣の部屋は、真北の部屋。
そこには、人の気配は感じられなかった。




真北は、慶造の部屋に居た。
ほんの少し前まで、語り合っていた相手は、もう居ない。
これからは、自分一人で、この阿山組を支えていかなければならない。
大切な娘の為に…。

これからは、更に……。

何かを強く決心した真北。その眼差しの奥に隠された想いは……。




襲名式当日。
真子は組長室に居た。そこで、襲名式の為に用意された着物を身につける。鏡に映った自分の姿を観た真子。
その表情こそ、十四歳とは思えない程のオーラを醸し出していた。
組長室のドアが開き、真北が入ってきた。

「真子ちゃん」

真北が優しく呼ぶ。しかし、真子は、返事をせず、鏡に映った真北を見つめるだけだった。

「真北さん」
「はい」
「……これ、ママの着物って聞いたけど……」
「そうですか…」
「真北さんは観たことないんだ…」
「えぇ」
「ママ……こんな日に大切な着物を着て……怒らないかな…」

真子が静かに言った。

「怒りませんよ。慶造の意志を継ぐ事は、ちさとさんの意志を
 継ぐことになりますから。応援してますよ」

真北の言葉に、真子は優しく微笑んで応える。

「そろそろ集まる時間ですよ。準備はいいですか?」
「えぇ」

力強く応える真子に、真北の表情が変わる。

「私は、出迎えの準備をしてきます。北野が呼びに来るまで
 こちらで」
「はい。お願いします」

真北は一礼して、組長室を出て行った。
真子は再び鏡に映った自分を見つめる。

阿山組五代目組長……阿山真子……か。

フッと笑った真子は、目を瞑る。
目を開けた時には、五代目としての眼差しに変わっていた。



阿山組本部は、いつも以上に重苦しい雰囲気に包まれていた。阿山組を慕う全国の親分衆が集まり、そして、阿山組系の関西の親分衆もやって来る。親分達が到着するたびに、黒服の男達が、深々と頭を下げ、低く力強い声が響き渡る。
襲名式会場に集まった親分達は、それぞれの席に座り、上座を見つめる。壁に掛けられた名前を見て、

「まさか、お嬢様が跡目になるとはな…」
「阿山組も終わりだな…」

それぞれが口にしていた。
少し離れた所で、会場の様子を伺っている男が居た。
小島栄三・通称・えいぞう。見た目は、とてもいい加減そうな男だった。えいぞうは、これでも真子のボディーガード。しかし、真子の側には付かず、全ては、もう一人の真面目なボディーガードのくまはちに任せていた。

「それにしても、あの大人しいお嬢様が五代目となると、
 阿山組の考えも、これっきりだな…」
「守られてばかりだと、この世界じゃ生きていけないよな」

そんな会話を耳にする、えいぞうは、親分衆を見つめていた。その親分と目が合った。
えいぞうの口元がつり上がる。
その瞬間、親分達の背中を冷たい何かが走った。

「おい、小島が笑ってるぞ…」
「……何を考えてるか解らんから、目を合わせるな」
「あ、あぁ…」

親分達の会話や仕草を、ただ見つめているだけのえいぞうは、慶造の葬儀の日に見せた、真子の姿を思い出していた。その昔にも観た事がある、真子の姿……恐ろしいまでのオーラを醸しだし、極道の世界に長年生きている者でさえ、一瞬、硬直してしまう程の姿。
もしかしたら、四代目以上の極道になるかもしれない。
そっと目を瞑るえいぞう。
先程までざわついていた会場が、静けさに見舞われる。
後見人となる真北が姿を現した。
そして、襲名式が始まった。


襲名式は滞りなく、進んでいく。
その様子を、えいぞうは、ちらりと見える廊下の窓から伺っている。
凛として座っている真子の姿が、美しく見えていた。怯むこともなく、親分衆を見つめる真子。その眼差しの奥に秘められたもの……。

あの日、真子は慶造の胸ぐらを掴み上げた。そんな行為は、組の者は絶対に行わない、いいや、行動すら出来ないだろう。慶造の恐ろしさを知っている。そして、自分たちにとっては、親分である慶造。
そんな慶造に反抗することは出来ない。
だが、真子は…。

真子の前に、関西の親分達が歩み寄る。その様子を見つめている、えいぞうは、親分達の表情に戸惑いがあることに気が付いた。
以前、阿山組との抗争の後、この本部に来たことがある関西の親分・水木達。その時に、まだ、お嬢様と呼ばれていた頃の真子と出逢っていた。その時は、水木達が怖かったのか、真子は、人の影に隠れてしまった。
その時の真子を見て、

極道とは程遠い雰囲気やな。
阿山慶造の娘というのは、嘘ちゃうんか?

そう語っていた程。
しかし今、目の前に居る真子は、その時の雰囲気は微塵も感じない。
早くも、五代目としての貫禄が出ている。
恐らく水木達は、その違いの大きさに戸惑っているのだろう。

大勢の親分達を前にして、恐れることもなく、凛とした姿で、阿山組五代目を襲名した真子。
本当に、十四歳とは思えない程、大人に見えていた。



襲名式を無事に終え、部屋に戻っていく真子の表情には、どこかしら哀しみがあった。
本部の一角にある、真子専用の庭に、真子は一人で佇んでいた。
その姿を見つめていた、えいぞう。
声を掛けたくても、掛けられない。そんな雰囲気があった。

「兄貴!」

その声に振り返ったえいぞうの前に、鋭い目つきをした、健が駆け寄ってきた。

健は、えいぞうの弟分であり、えいぞうに匹敵するくらい、いい加減そうで、おちゃらけた雰囲気だが、それでも、真子の事を影で支える一人である。

えいぞうが、少し上の空で見つめる先が気になったのか、健も目をやった。

「お嬢様……あっ、そっか…今日からは…」
「…そうだな…」

その声に寂しさを感じる健。

「兄貴は、お嬢様が五代目になること…反対やったん?」
「いいや…反対なら、俺が、あのような行動に出るわけないだろが」
「まぁ、そうやけど……」

健が口を噤む。

「ん? どうした、健」

健の言葉の続きが気になったのか、えいぞうが振り返った。

「兄貴、俺、お嬢様…組長がなんだか、可哀想に思えて……。
 親を失って、一人…」
「あぁそうだな」
「なのに、どうして…」
「……五代目として生きていくことを…どうして選んだのだろうな。
 あれだけやくざを嫌っていたのにな。この世界を嫌がっていたのに…。
 無茶しなければいいんだが…」

えいぞうは、真剣な眼差しで真子を見つめていた。

「お嬢様のあの笑顔、また、無くなるんかな」
「ん? 健、どうした、お前らしくないな」
「えっ? 俺らしくない?」
「いつもなら、そんな事…言わないだろ。お嬢様の笑顔の為なら
 どんなこともしていたやろが。…ほんと、お前らしくない…」
「…俺らしく…ない?」

健は、考え込む。
そして、何か閃いたのか、呟くように言った。

「…兄貴…」
「なんだ?」
「俺、昔に戻るよ」
「昔って?」
「まだ、幼い組長が、こんな世界で生きていくのは、大変だろ。
 だから、俺、せめてもの楽しみとして…俺は、組長の前では、
 常に笑いを取るよ」
「やくざ、捨てるのか?」
「…いいや、やくざのままだけど、昔のあの楽しかった…お笑いの
 世界に居た頃の、気持ちを…」
「……くっくっく……」
「兄貴、何が可笑しいんですか!」
「充分可笑しいよ!」
「なんでぇ?」
「やっぱり、お前には、お笑いしかないんだな…と思うとだなぁ」

そう言いながらも、えいぞうは笑いが停まらない。

「兄貴ぃ〜っ!!!」

ふくれっ面になる健だった。



まさちんは、真子の部屋の前に立つ。ドアをノックした。

「組長、みなさんがお集まりです」
『わかったぁ〜、すぐ行く!』

真子の元気な声を耳にして、まさちんは、安心したように微笑んだ。
ドアが開き、真子が廊下に顔を出す。真子の姿を見た途端、まさちんは深々と頭を下げた。

「…まさちん…それ、やめてよ」

怪訝そうな表情で、真子が言った。

「しかし、組長…」
「それに、他のみんなにも言っててね。私には、そんな仕草は
 しないようにって。敬うような…」
「いや、しかし、組長は……組長ですよ?」
「……もぉ〜。いつもいつも…」
「仕方ありません」

真子が言っても、まさちんは態度を改めない。
真子は徐々にふくれっ面になっていく。

「今日は、それを徹底させるからね…………健…?」

廊下に先に、健が姿を現した。

「健、みなさん集まってるから、早く………???」

真子が話しかける…が、

「組長…笑顔がないですよぉ〜。イエーイ!」

そう言って健は、変なポーズを取った……。

「………」
「………」
「………。ウケなかったですか??」

真子は、細かく頷くと、健は、肩の力を落とした。

「あっ、ご、ごめん、ごめんなさい!!」
「…次に、ご期待下さい…」

健はそう言って、頭を下げてその場を去っていった。
健の行動に、唖然とする真子とまさちん。

「……ねぇ………まさちん」
「はい」
「………最近ね、…………健が怖い…」
「怖い?? 組長、どうして?」
「昔と違って、私の前で、いつも笑いを取ろうと可笑しな行動をするんだもん。
 私、笑い転げてしまいそうで…別の意味で怖いよぉ」
「大丈夫ですよ」
「笑いっぱなしも疲れるし、つまらないのも……」

真子は困ったような、嬉しいような感じで微笑んでいた。

組長……。

真子の微笑みに、安心するまさちん。

やはり、組長の言うように…。

「組長、早く行かないと、幹部達が五月蠅いですよ!!」
「いいって、怒らせておいてもぉ〜」
「後で嘆かれるのは、私なんですからね!」
「いいでしょぉ〜、阿山組五代目の側近なんだから」
「側近だからこそ、みなさんの怒りを受けるんです!」
「それは、まさちんの力量だって」
「あのね……組長〜」
「なぁに? 私に何か言いたいの?」
「いいえ、ございません」
「だったら、文句言わないでよぉ」
「やはり、ございます」
「ん? 私に文句があるの?? …まぁさぁちぃぃん〜?」

ふざけ合いながら、真子とまさちんは、幹部達が集まる会議室へと向かっていた。


五代目……か。

二人の様子を影で伺っていた、えいぞう。
えいぞうの仕事は、真子のボディーガードだが、くまはちとは違い、実は、縁の下の力持ちの存在。そんなえいぞうが、これからも真子を支えていく。しかし、えいぞうの事。何をやらかすか解らない男。
フッと笑ったえいぞうは、そのまま何処かへ歩いていった。

えいぞうの他、真北も真子とまさちんの様子を伺っていた。
一度踏み込んだ世界は、後戻りできない。
真北自身が、そうだった。
それを考えるだけで、真北は不安に駆られてしまう。

俺に出来ることは……。

真北は窓から、澄み渡る青空を見上げた。




(2005.6.16 第一部 第一話 UP)



Next story (第一部 第二話)



組員サイド任侠物語〜「第一部 絆の矛先」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.