任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第二話 新たな一面

阿山組本部にある会議室には、強面の男達が、更に強面で集まっていた。

阿山組五代目から話があると言うことで、襲名式の次の日、数名の親分達は、阿山組本部に残っていた。
水木組の水木、須藤組の須藤、谷川組の谷川、川原組の川原と藤組の藤、さつま組のさつまの関西勢と、関東勢である飛鳥組の飛鳥、関西の川原とは親戚にあたる川原組の川原、猪戸組の猪戸、そして、関西で建設業を営んでいる松本が、睨み合っている。
重々しい空気が漂っている中、阿山組のナンバー2と言われる山中と、山中に仕える北野の二人は、真子が来るのを待っていた。ふと、会議室内を見渡す山中は、そこに漂う空気に、思わずため息を吐く。
重々しい空気は、鎮まりそうにない。
それもそのはず。
今までは、慶造の力量で、お互いの啀み合いを抑え込んでいた。しかし慶造がこの世を去った今、抑える者は居ない。もしかしたら、分裂するかもしれない。
これは、一筋縄ではいかなくなる…。
そう思った時だった。会議室のドアが静かに開き、真子が入って来た。真子に付かず離れずの距離で、まさちんも入ってくる。
親分達は深々と頭を下げ、真子を迎える。真子は上座に立ち、親分達一人一人を見つめていた。

あの人が、水木さん、そして、須藤さん……。

それぞれの顔と名前を確認していた。

「阿山真子です。本日はお時間を頂きまして有難う御座います」

そう言って、真子は座った。そして、まさちんは、真子の後ろに立つ。一息付いた真子が、何かを言おうとした時だった。

「五代目、お話とは…まさか、解散じゃぁないでしょうなぁ」

水木が低い声で話し始める。

「五代目は、わしらのような、やくざを嫌っとりましたな」

そう言うと水木は、真子を睨み上げる。

「杯こそ交わしたけど、わしらは阿山真子五代目の力量は
 知らんのですわ。先代の頃から、跡目としての力量が
 解っとりましたら、こんな事は言わんのやけど、
 この世界、阿山慶造の娘というだけで、仕切れると思ったら
 間違いでっせ」

その言葉に、まさちんは怒りを覚えたのか、拳を握りしめた。
真子は、ちらりと目だけをまさちんに向けた。

抑えろ。

真子は、まさちんに目で語る。グッと堪えるまさちんは、拳を弛めた。

「…解散…? ……そのような事をしたら、大変な事になるでしょう?
 ただでさえ、今は危ない時期なのに…」

そう言って、真子は水木に目をやった。

「確かに私は、やくざが嫌いです。そのように怖い顔をして、
 一般市民に威嚇して…」
「やくざですから」
「そして、仲間同士、そのように啀み合ってるでしょう?」
「そらぁ、わしらは先代にこそ、義理があるが、元はと言えば
 敵同士。そりゃぁ、啀み合うわな」
「同じ人間なのに…」
「そりゃぁ、そうやけど、我々は別ですよ。…裏の世界で
 生きとるからのぅ、須藤」

水木に話しかけられた須藤は、何も応えず、ただ、真子を見つめるだけだった。

「阿山組の方針を変えるとしても…そのような態度ですか?
 先代には義理があるが、私には無い…と?」
「まぁ、それは、五代目の力量を見てからですなぁ」

水木は、ニヤリと口元をつり上げた。

「……五代目。方針を変えるとは?」

須藤は、真子の言葉が気になったのか、冷静に尋ねてくる。真子は、直ぐに応えた。

「銃器類は一切、手にしない。一般市民に迷惑を掛けない。
 そして……須藤さん、あなたには一番理解して頂きたい事…、
 家族に極道を強要しないこと」

真子の言葉に、須藤の顔が引きつった。
確かに、須藤の妻は一般市民だった。しかし、妻の方が、極道の世界に飛び込んできた。
それは、須藤が跡目を継ぐことになったからである。
妻には、強要はしていなかったが、息子達には、極道としての心得を常に教え込んでいた。
それを真子が知っている……。

「親が極道だから、子供達も…それは、本当に子供のためとは
 思えません。子供が本当に望んでいるのなら、別ですけどね」

真子自身の事を言っていた。
真子は、やくざの娘として扱われる事もあった。しかし、その『やくざ』の世界から遠ざけるようにと、周りが接してくれた。
なのに、父がこの世を去った途端、自ら望むかのように、この世界に飛び込んでしまった。
それには、訳があるのだが……。

「……ちょっと、五代目っ」

何かに気付いた関西の川原が声を張り上げる。

「銃器類を禁止するということは…もし、抗争が起こった場合…
 どうするんですかっ!」
「素手で…闘えばいいだろう?」

真子は鋭い眼差しで、関西の川原を睨み付けた。

「…そ、それは…」
「そんな度胸もないんですか?」
「いいや……その…」

真子の言葉に、関西の川原は口を噤んだ。

「一般市民に迷惑を掛けない。これは、先代の頃から
 気をつけておりますよ」

飛鳥が応える。

「それは、こちらのみ。…関西は違うようですよ? ねぇ、さつまさん」

真子に呼ばれたさつまは、気まずそうに目を反らす。

「出来ないとは……言わせませんよ?」

静かに言う真子に、親分達は何も言えなくなる。
先程まで見せていた勢いまでも無くなっていた。

これが……五代目の本来の姿なのか?
長年、この世界で生きている俺達が…押されている…。

息を飲む親分達。
その時、会議室のドアがノックされ、若い衆が一人、部屋に駆け込んできた。
まさちんの側に立ち、耳打ちする。
まさちんの表情が変わっていくのが解った。まさちんが真子に伝える。

「組長、表に近所の住民が集まっているそうです」

それを耳にした山中が、若い衆に詳しく尋ねる。

「何事だ?」
「その…五代目襲名に対しての抗議です」
「抗議……あいつらは…。真北は、どこに居る?」
「先程、お戻りになられて、部屋に居られます」
「後は、俺と真北で…」
「…って、山中さん、どういうこと? なぜ真北さんが?」

真子は組長としての仕事や威厳の教育は受けたものの、近所の住民との接し方は教わっていなかった。今までと同じように付き合えば大丈夫だと思っていた真子。しかし、住民には、極道の跡目は、『脅威』に繋がる事。今、この時に、初めて知った事…。

「これは、真北の仕事ですよ。組長が行う必要はございません」
「そういうのも組長の仕事でしょう?」

そう言って、真子は立ち上がる。

「みなさん、すみません。私の意見は後日、みなさんの
 組事務所の方へお伺い致しますので、その時に詳しく
 お伝え致します。折角、関東まで来て下さったのですから、
 その…飛鳥さん、川原さん、関東をご案内してあげて
 頂けませんか?」
「ほげっ?!?!??」

真子の言葉に、誰もが目をパチクリさせていた。
観光案内をしろと…いうこと…?

「あの…組長…。今は観光してる場合では…」

恐る恐る、まさちんが言った。

「…あっ、そっか……すみません…でも……」

そうこうしているうちに、山中と北野が会議室を出て行った。

「山中さん!!」
「山中さんと真北さんに任せておけば、安心ですよ」
「まさちん。近所の住民との摩擦を無くすことも、
 私の思いなの。だから……私も…」

そう言って、真子は親分達をその場に放ったまま、会議室を出て行った。

「組長!! ……すみません、猪戸親分、後はお願い致します」

まさちんまで会議室を出て行った。

「………って、地島っ! …ったく、わしに後を任せるなよ…」

嘆く猪戸とは違い、突然の真子の行動に、水木達は、こめかみをピクピクさせていた。




阿山組本部の前に、近所の住民が詰めかけて、阿山組組員と睨み合っていた。その間を割るように真北と山中が前に出て来る。その直ぐ後に、真子とまさちんが駆けつけた。今まで見たことの無い光景に、真子は驚く。そして、住民の声に耳を傾けた。

「五代目襲名とは、どういうことだ!」
「解散しないのか!」
「解散しろ! 我々をこれ以上危険に曝すな!」
「ここから出て行け!」

住民が口々に叫び続けている。

「うるせっ! とっとと帰れっ!」

組員の睨みも効かない…。山中の姿を見た住民の一人が言った。

「山中さん、あんたが、五代目か?」
「……違うよ」
「なら、あんたか?」

住民は、山中の隣に立つ真北を指して言った。しかし、住民達の目には、山中と真北の後ろにいる真子の姿は映っていないようだった。

「…私ですが…」

住民達は、一斉にその声の方に目線を移す。組員の間、そして、真北と山中の後ろに小さな姿があった。恐縮そうに首を縮め、ちょっぴり上目遣いで、真子が応えていた。

「…五代目って……娘さん???」
「娘が五代目??」
「……何考えているんだ!! こんな幼い子をやくざの親分に据えるなんて、
 君たちは、ほんとに、残酷な連中だな!」
「可哀想だろ!!」

火に油を注ぐというのは、こういう事をいうのだろう。
一応、怒りを抑えていた組員達。しかし、住民の言葉に、組員達の堪忍袋の緒が切れてしまう。

「てめえら…言いたいことを、ぬけぬけと………」

組員達が、前に出た途端、住民と押し問答が始まった。どちらも全く引こうとしない。
それを観ていた真子の両手が力強く握りしめられた。

「……いい加減にしろっ!」

真子の怒鳴り声が、辺り一面に響き渡った。押し問答していた組員と住民は、一斉に行動を止め、真子に目をやった。

「真北さん、山中さんの二人だけ残って、お前達は、中へ引っ込んでろ!
 みんな中へ入って、門を閉めろ!」
「しかしっ…!!」
「……入れと言うのが解らないのか? ……そして、絶対に騒ぐなよ……」

真子の鋭い目つきに驚いた組員達は、今まで感じたことがない雰囲気を醸し出す真子=五代目組長の命令に素直に従った。


門が閉まり、近所の住民たちの前には、真子、真北、山中の三人が立っていた。

「…驚いた…おとなしいと思っていた娘がねぇ〜。やはり、血は争えないな」
「…おじさん、その言葉、二度と私の前では言わないでくださいね。
 …さてと。阿山組を解散しろと叫んでおられたようですが…」
「あぁそうだよ。前々から言っているだろ? 阿山組は銃器類を扱って、
 今まで残酷なことばかりを繰り返し、そして、私たちに多大な迷惑を
 掛けてきた。阿山組の四代目は先日亡くなった。それを機に解散すべきだ。
 そう思って、こうしてやって来たんだが…。五代目を娘が継いだなら、
 解散はすぐだな。だって、娘さんは、やくざが嫌いなんだろ?」

住民達は、真子の事を少しばかり知っている。
やくざを嫌っているということを…。

「おっしゃる通りですよ。やくざなんて、命を粗末にする。
 そして、親分の為に命を平気で落とす。そういう事が、
 私は大嫌いなのです」

真子ちゃん…。

真子の言葉に耳を傾けていた真北は、真子の想いを知っている。五代目を継ぐと言った時の想いも…。

「…だけどね、このままの形で、阿山組を解散すると、
 今以上に危険な目に遭います。糸の切れた凧は、どこに行くか
 解らないでしょう。だから、解散は致しません。だけど、今後、
 阿山組は、銃器類を禁止致します。そして、みなさんにも
 迷惑をお掛けしないように、命令しました」
「禁止しても、迷惑を掛けないようにと命令されたとしても、
 今までのやくざは、やくざのままだろ!」
「解散しろ!」

住民達は口々に騒ぎ出した。そんな住民に向かって、真子は、辺りに響くくらいの大きな声で言った。

「……解散は致しません」

その声に、住民達は、口を噤んだ。

「これからの阿山組を見ていて下さい。それからでも、遅くはないでしょう?
 それでは、お引き取りを」
「引き取れるか!!」
「……ここに集まっていることで、道を塞いでいますよ。通行の妨げに
 なることは、よくないことでしょう? そうですね、じゃぁ……代表の方は…?」
「私だが…」

真子の目の前に居た男が、挙手する。しかし、男は、真北の姿に気付いた途端、首を傾げる。真北は、その男を観て、何かを閃いたのか、突然、口を開いた。

「あなただけ、残って、他の方は、お引き取り下さい」
「威嚇するつもりか!!」
「そんなことは、致しません。話し合いですよ」

にこやかな表情をした真北は、代表の男の肩に手を置いて本部内に案内した。真子は、住民に深く頭を下げ、山中と一緒に門の中へと入っていく。
住民達は、真北の巧みな手招きに、呆気を取られていた。
門が閉まった事で我に返る。

「ちょ、ちょっと!!!」




「組長、後は私にお任せ下さい」

真北は、真子に告げて、応接間に住民代表の男を入れた。目の前でドアを閉められた真子。

「…真北さん?!??!」

真北の行動が解らない真子は、山中を見上げた。
山中は、ただ、応接間のドアを見つめて立っているだけだった。


応接間に通された住民代表の男。富田というこの男は、毅然とした態度をとっていた。富田の前に座った真北は、お茶を煎れ、富田の前に差し出した。

「…思い出した! あなたは…。まさか生きておられたとは!」
「思い出されましたか…」
「しかし、なぜ、この阿山組に?」
「いろいろと事情がありまして…」
「やくざに身を売ったということですか…」
「そうとってもらっても、結構ですよ。…さて、本題に。五代目が
 先ほど申し上げたように、阿山組は、方針を変更しました。
 銃器類を禁止、迷惑を掛けない、やくざを強要しない。
 命を粗末にしない」
「口先だけじゃありませんか? やくざとは、そういうものでしょう?
 あなたなら、一番御存知だと思いますが……」
「そうですね。しかし、五代目は、必ず成し遂げます。命を大切にするやくざ。
 新たなる世界を築き上げます。これは、私、先代…そして、
 …先代の姐さんにとっても……夢でしたから。その夢を実現させます。
 だから、長い目で見守って下さい。幼い五代目ですが、我々が支えてます。
 ですから、これからは、あのようなことは、止めて下さい」
「長年の…夢? …まさか、真北さん、あなたは、私の息子のことは…」
「富田司くんは、とてもいい刑事でしたよ」

まるで思い出に浸るような表情で、真北が語り始めた。

「…私としても、彼を亡くしたことは…かなりの痛手でした。
 自分がこうして生きているというのに…」

富田は真北の気持ちが解る。何も言わずに、ただ、真北の話に耳を傾けていた。

「仲間を失った時に、決心した事。こうして、私のように、富田さんのように、
 そして……五代目となった真子ちゃんのように、身近の死で哀しむ
 人間を減らすこと。真子ちゃんも、そうなんですよ。ご存じでしょう?
 真子ちゃんの母のことは…」
「えぇ。そのことで、娘さんから笑顔が消えたことも…」
「自分のせいで命が消える…真子ちゃんはいつも、気にしているんですよ。
 自分のように哀しむ者が少しでも減るなら嫌いなやくざの親分になると…。
 そして、そんなやくざの世界を変えてみせると…」
「真北さん……」

富田は、何か思うことがあるのか、目を瞑った。

「解りました。これからの阿山組のこと、長い目で見させていただきます。
 ですが、何かあれば、即、解散ということで…」
「それは、大丈夫ですよ。何も起こりませんから。感じたでしょう?
 先ほどの五代目の威厳を」
「そうですね」
「大丈夫ですよ」

真北と富田は、笑顔を交わす。


本部の門が開き、富田が出てきた。住民達は、富田が無事に出てくるのを祈っていたのか、富田の姿を観た途端、安堵のため息が漏れた。富田の後ろには、真子と真北が立っていた。

「富田さん、ありがとうございました」

真子は、笑顔でそう言った。

笑顔……懐かしい……。

真子の笑顔に懐かしさを感じた住民達は、いつの間にか、反対運動の勢いが無くなっていた。
心にあった、何かが、まるで氷が溶けるかのように、消えていく。
やくざを憎む心が消えていた。

これが、阿山組五代目……。

住民達は、笑顔で立つ真子を見つめていた。




住民達がそれぞれ去っていく。真子と真北は、本部の前に誰もいなくなるのを見届けてから、本部へ入っていった。

「真北さんの仕事かぁ〜」
「なんですか?」
「山中さんがね、苦情処理は真北さんの仕事だから、私の出る幕ではないって。
 ほんとだね。すごいや。私にも、教えてね」
「お教え致しますよ。組長としての仕事をね…」
「なんだか、それって、怖いよ…真北さん」
「しかし、これから、大変ですよ」
「そうだね。住民の事も考えないと……」

真子が口を尖らせながら言った。

「組長」

まさちんが声を掛けてくる。

「ん?」
「その……水木さんたちは、まだお待ちしておりますよ」
「帰ったんじゃないの?」
「あの状態で、本部を出るのは難しいかと…」
「そっか……じゃぁ、兎に角、話してみる」

真子は、真北に振り返る。

「ん? どうされました?」
「私…頑張るからっ!」

輝く笑顔で、真子が言った。

「その意気です!」
「ようし!!」

真子は、気合いを入れて、親分衆や幹部達が集まっている部屋へ入っていく。そして、五代目の方針を語り始めた。真子の方針に納得する者、反感を持つ者、様々な反応が、そこにはあった。



その日の夕方。真子は静かになった会議室に一人残っていた。真子の顔に夕日が当たり、真子を赤く染め始める。夕日を遮るようにカーテンをそっと閉めたのは、まさちんだった

「…やっぱし、難しいね。みんなを納得させるのは」
「組長、まだ、始まったばかりです。これからですよ。そりゃ、今まで、
 銃器類を体の一部のように扱っていたんですから、いきなり禁止と言われても、
 映画監督から映画を、ピアニストからピアノを取り上げるようなもんですよ」
「…そこまで、必要だったの?」
「そ、そりゃぁ、その…この世界の者には、武器にもの言わすことしか
 できませんから…」
「しかし、武器も動かなかったら、駄目だよね」
「はい。弾切れは、命取りに近いですから」
「…確か…隠し部屋があったよね…。まさちん、案内して!」
「えっ? は、はい…」

真子は、すくっと立ち上がり、部屋を出ていった。案内しろと言われたまさちんの方が、真子の後を追っていた。




人気のない廊下を歩き、そして、奥の壁の前に立ちはだかる真子とまさちん。真子が柱に手を当てると、隠しスイッチが現れる。真子は、迷うことなくそのスイッチを押した。
隠し扉が静かに開く……。

「組長……ご存じだったんですか…」
「当たり前だろ! 誰の家だと思ってるんだよ」

真子は、冷たく言い放ち、中へ入っていった。

「組長!」

まさちんは、真子を追っていく。

奥へ奥へと進むにつれ、何か音が聞こえていた。音がかなり大きくなった。入り口となっている所に立つ真子とまさちん。真子が見つめる先には、射撃場が広がっていた。射撃の練習をしていた組員が、真子の姿を見るやいなや、射撃の練習を止めた。

「ここは、いつから? …おじいちゃんの時からかな?
 こんなに古めかしい壁なのに、機械は真新しいね。
 それは、お父様の時?」
「はい」

真子の質問に素直に応えるまさちん。すると、真子の右足が前に出た。そして、ゆっくりと練習台に歩み寄っていく。練習台のところに居た組員達は、真子に道を開けるかのように、後ろへ下がっていった。

「組長!」

真子は、台上に置いてあった銃を右手に持った。
銃を見つめ、弾の確認をした後、ゆっくりと構え、そして、引き金を弾いた!!!

銃声が、六発響き渡る!!!

「…まじかよ…」
「…すごい…」

真子は、銃に弾を込め、そして、射撃練習場にいる組員たちに銃口を向ける。組員達は、真子の突然の行動に戸惑っていた。

「…全弾命中。流石というか、なんというか…。やくざ嫌い、銃嫌いの
 組長がなぜ、こんなところでそれも、そのような状態に?」

それは、山中だった。真子の銃を撃つ姿と構える姿を観て、驚いていた。

「ここも廃止します。私がこれを撃ったことで、ここの使用は、これ以上できません。
 すぐに、ここを立ち去りなさい。さもないと撃ちます。…私の腕は、あの通りです」
「組長、そこまでして、銃器類を禁止するのですか?」
「命令です。すぐに立ち去りなさい。隠し持っている銃器類を全て、
 ここに置いてから去りなさい」

静かに言う真子。

「組長、そんなことをすれば、四代目の報復ができなくなりますよ。
 親分の命を取られて、黙ってられません」

山中が、怒りを露わにしながら叫んでいた。

「…報復?」
「そうです。五代目に指揮していただかないと、我々が、動けません。
 こうして、いつでも発てるように準備しているのではありませんか!
 なのに……」
「……そうやって、命の取り合いを繰り返して、何が楽しいんですか?
 そんなことを繰り返して、…繰り返して……私のような哀しむ人間を
 増やしていくことが、そんなに、素敵なことなのですか? 山中さん」
「…それが、我々が生きる世界です」
「ふん。…そんな世界、私が変えてみせるよ…。 ほら、私の言うことが
 未だ、わからないのか?」

真子の目つきが変わっていた。それは、『お嬢様』ではなく、今まで観たことのない『組長』の目つきだった。その雰囲気に、射撃場にいた組員達は、懐から銃器類を出し、静かにその場を去っていった。残ったのは、山中と北野、そして真子とまさちんの四人。

「組長のおっしゃることは、よく解ります。しかし、この世界の人間が、
 命を惜しんでいたのでは、生きていけません。斬ったはったの世界ですよ!」
「そんなこと、百も承知。それに、そんな簡単なことを今までと
 同じように繰り返して、何の得がある? 無理だと思うことを
 やり遂げることこそ、極道の美というものだろう?」

真子は、山中を見つめる。

「命を惜しんでいるのではない。命を大切にする…それだけの事。
 ……山中さんだって、こんな私の為に、命を捨てるようなことは、
 したくないだろう?」

真子の表情が更に変わり始めた。それにいち早く気がついたのは、まさちんは、真子に駆け寄り、真子が手にしている銃を取り上げ、山中に銃口を向けた。

「組長には、撃たせません。…山中さん、……私が…撃ちます…」

引き金に指をかけたまさちん。それに対して山中は、観念したような表情を見せ、何も言わずに北野とその場を去っていった。

「組長」
「…まさちん、ありがと」

真子はそう言って、まさちんから銃を取り上げ、出口に向かって歩いていった。

「組長、どうなさるんですか?」

真子を追いかけながら、まさちんが尋ねる。

「言っただろ? 閉鎖するって」
「閉鎖といっても、ここを閉鎖するのは…」
「大丈夫。予め準備はしてある」

真子は、出口付近の隠し扉のスイッチを動かす装置に何か細工をしていた。ボタンをいくつか押し、まさちんの手を引っ張って、外へ出てきた。
ゆっくりと振り返り、銃口を装置に向け、一発撃ち、直ぐに、銃を部屋の中へ投げ入れた。
その瞬間、隠し扉が閉まる。

真子は、隠しスイッチのある柱にそっと手を当てた。
…柱は、ただの柱だった。

「組長、一体何を…」
「閉鎖するって言っただろって…。何回も言わすなよ」
「しかし、すぐにでも直るのでは…」
「大丈夫だよ。直らないって。直せないようにしたもん」
「直せないようにって……」
「直せないようにだよ!」

無邪気に微笑む真子だった。
その表情は、銃を持っていた時の真子とは、全くの正反対の表情だった。
真子が銃を撃ったのは、後にも先にも、これが最初で最後だった。
それは、真子が五代目を襲名して、まだ、二日目のこと……。

「……組長、右腕!!!」
「ん? …あっ…忘れてた…。…しまった…」

そう言っても後の祭り。
真子は、学校前で右肩を撃たれた。
その時の傷は完治していなかったことをすっかり忘れ、銃を扱ってしまった。
そんなことを全く気にしていないのか、真子は、まさちんに何かを語りながら、部屋に向かって歩いていた。

銃を支えるには、かなりの力が必要。
大人でも、初めて扱うときは、両手で構えなければ、銃を固定できない。
なのに、真子は、初めて扱ったにも関わらず、怪我をしている右腕だけで支え、そして、全弾命中させていた。
一体、真子のどこにそんな力があるのか……。
まさちんは、またしても、真子の偉大さを肌で感じていた。





真子が五代目を襲名して、四日目……。
世間では、阿山組四代目襲撃に対する報復が行われるのではないかと噂が流れていたが、真子は、全くそのような行動にはでなかった。出るどころか、銃器類を禁止してしまった。手持ち無沙汰の組員達は、躍起立っているが、真子には、そのような意志は全くない。そんな真子の行動に反感を持つ者達が、本部に押し掛けて来た。

「五代目、なぜなんですか!」
「五代目、報復しないとは、わしらの恥じゃ!」
「五代目、報復は、私の組に!」
「五代目、銃器類の禁止は、解禁してください!」
「五代目!」
「五代目!」

本部に押し掛けてきたのは、阿山組系列の組長たち。連中は、五代目になってまだ日が浅い真子に、詰め寄る。しかし、真子は、ただ目を瞑って、組長達の話に耳を傾けているだけだった。

「五代目、何かおっしゃってください! そのように黙っておられると、
 我々のような者に反感を持たれる一方です!」
「このままでは、関東一円、縄張りを奴らに取られまっせ!」
「先代と五代目を狙ったのは、奴に決まってます!」
「五代目の肩傷は、まだ、治っておられないのではありませんか?
 傷が治ってから、行動に出るおつもりですか? 五代目は、我々に
 指示を与えるだけで、よろしいんです。ですから…」
「……うるさいなぁ〜。言うことは、報復、報復…それだけですか?
 報復して、その後は、どうするんですか? 何度も言ってるでしょう。
 命の取り合いをして、何が楽しいんですか? 命を粗末にして、
 どこが偉いんですか? …あなた方は、こんな私の為を命を張って
 守るおつもりですか?」

組長達は、真子の言葉に黙り込んでしまった。

「…親の命を守るのに、体を張らない極道はいません。我々は、五代目の
 命を守る為ならこの命、惜しくありません!」

力強く言った事に、

「……そこが、間違ってるんだよ!!!」

真子の怒りが爆発した。組長達に怯む事無く、真子は怒鳴る。

「目の前で命を失っていくものを見て、誰がうれしいんだ? 喜ぶんだよ!!
 あなた方の組員が、そうやって目の前で命を失っていくのを見て、
 嬉しいんですか? 喜ばしいことですか?」
「…わしを守って、死んでいく…嬉しいですよ」
「それが、我々が生きている世界ですから。
 親分を守って死ねるなんて、喜ばしいことですよ」
「……そんな考えしかできない者に、報復の話はして欲しくありませんね。
 私は、嬉しくない。嬉しくないんだよ!!!」

真子の目には、怒りと哀しみが混じっていた。それに気がついたのは、まさちんは、真子の怒りを抑えるかのように、組長達に言う。

「…皆様、組長のお気持ちをお察しください」
「地島、われ、そんなこと言える立場か? 五代目が襲名なさる前までの
 お世話係なだけだろ? なんで、われがここにおるんや」
「そ、それは…」

まさちんは、何も言えなかった。確かに、自分の立場は、まだ、確立していなかった。その時、真子が、静かに立ち上がった。

「お帰り下さい。私の気持ちは、変わりません。報復はしない。
 銃器類は禁止。これを破った者は、破門致します」

真子は、静かに言って、その場を去っていった。

「五代目!」

組長達の声を背後に感じながら、真子は廊下を歩いていた。

「組長」

まさちんが声を掛けると、真子は歩みを停めた。

「……まさちん…。どうしてみんな解ってくれないの? 命の大切さを…。
 どうして、そんなに命を粗末にしたがるの?」
「……この世界で生きる者は、みんなそうなんです。この世界で生きると
 決めた時から、腹の中はもう、決まっているんです」
「まさちんも?」
「はい。組長の為でしたら、この命…」
「……まさちんも…わかってくれないんだ。私の気持ち」
「組長の気持ち、わかっております」
「どこがわかってるんだよ!!」

真子は、叫んでいた。そして、自分の部屋に閉じこもってしまった。
まさちんは、真子の行動に、為すすべもなく、ただ、真子を追いかけて、部屋の前に立ちはだかるだけだった。


真子は、ドアに鍵を掛け、ソファに座り、目の前の母の写真を見つめていた。



「何考えてるんだよ。まさちん」

そこに現れたのは、真北だった。



(2005.6.17 第一部 第二話 UP)



Next story (第一部 第三話)



組員サイド任侠物語〜「第一部 絆の矛先」 TOPへ

組員サイド任侠物語 TOPへ

任侠ファンタジー(?)小説「光と笑顔の新たな世界」TOP


※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


Copyright(c)/Dream Dochan tono〜どちゃん!著者〜All Rights Reserved.