任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第三話 気分転換は…。

「真北さん!」

寂しそうな表情で、真子を見送っていたまさちんは、急に呼ばれて驚いたように振り返る。
そこには、真北が立っていた。

「全部見ていたよ」
「はぁ…すみません…俺…」
「ほんとに、組長の気持ち、理解していたのか?」

静かに真北が尋ねる。

「はい。命を粗末にしない。報復しない…」
「お前の一言に、組長、傷ついたぞ」
「えっ?」

まさちんは、真北の言葉に首を傾げる。

「組長の為に命を張る………のかぁ」
「はい。それは、当たり前の……あっ…」

気まずい表情になるまさちん。

「そうだ。組長は、自分のために、命を張るようなことが嫌なんだよ。
 それは、なぜか、わかるだろ?」
「…組長の…母が…」
「これ以上、目の前で、命を失うことが嫌なんだよ。
 やくざ嫌いな真子ちゃんが、なぜ、五代目を襲名したのか…。
 それを考えれば解るだろ?」
「そうでした…俺……」

唇を噛みしめるまさちんは、真子の部屋を見つめる。
ドアには鍵が掛かった。真子が、鍵を掛ける時は決まっている。
哀しみに包まれた時……。

「それにしても、これは、やっかいだぞ。組長が鍵を閉めた。
 なかなか出てこないぞぉ〜」
「………!!!……」

真北の言葉は、まさちんを益々焦らせる。

「俺は知らないからな。まさちん、がんばれよぉ〜」

真北は、半ばまさちんをからかうように言って、その場を去っていった。

「って、真北さんっ! ……ったく、いつもいつもぉ〜」

そう言いながらも、まさちんは真子の部屋の前で、立ちつくす。
ノックをしようと手を伸ばすが、まさちんは、躊躇ってしまう。
そのままドアノブを見つめ続けていた。





真子は、部屋の中央にあるソファに腰を掛け、一点を見つめていた。デスクの上にある母の写真。哀しみに包まれた時は、部屋に鍵を掛け、一人で心を取り戻していた。
誰にも心配掛けないように、『笑顔』を作るため…。
真子は大きく息を吐いた。その時、ふと目に飛び込んだ写真に、真子の表情が綻んだ。

自然が輝く山の写真。

夏山にも来て下さいって…言ってたっけ。
暫く、ここから……。

真子が見つめる写真。それは、大自然の美しさで有名な天地山という山だった。




まさちんは、廊下の壁にもたれかかり、ドアを見つめていた。
ゆっくりと目線を落とし、ドアノブを見つめる。

お嬢様……。

真子が笑顔を取り戻して、出てくるのを待つまさちん。
かなり長い間、見つめていた。

今日は…無理か…。

半ば諦めたのか、まさちんは息を吐く。そして、その場を去ろうとした時…鍵が開く音がして、ドアノブが回った。

「組長?」

まさちんは、真子の背の高さに目線を移す。
真子が部屋から出てきた。

「…まさちん。まだ、ここに居たんだ」

誰も居ないと思ったのか、まさちんの姿を観た途端、ちょっぴり驚いたような表情をする真子。そんな真子に、

「先ほどは、申し訳ありませんでした!」

まさちんは、深々と頭を下げた。
今までに見たことのない態度。
改めて、自分が五代目だと実感する。

「まさちん……仕方ないよ。いきなりあのようなことを言った
 私が悪いんだから。長年生きてきた世界を急に変えろと言われて、
 はいそうですねって、すぐに変えるなんて、できないよね。だから、
 気にしないで。ゆっくりでいいから」

まさちんは、顔を上げる。真子が、まさちんを真っ直ぐ見つめている。

「ゆっくりでいいから……私の気持ち…理解して欲しい」

組長…。

「かしこまりました」

深々と頭を下げて、まさちんは応えた。
頭を下げた時、まさちんは、不思議な物を目にした。

「組長、その荷物は…?」
「あっ、その…暫くここから、離れようかなぁ…なんて思って…。
 出かけたいんだけど…」
「どちらへ?」
「…天地山……雪の無い天地山を見てみたいな、なんて」

かわいらしく微笑む真子。

良かった…笑顔が戻った。

真子の笑顔を観て、まさちんも嬉しくなる。現状を忘れて、

「かしこまりました。少し待ってください。私もご一緒致しますので、
 すぐに用意してきます!!」

元気よく返事をし、自分の部屋に向かって行った(と言っても、真子の隣の部屋)。



玄関先で、真子とまさちんは靴を履き、そして、立ち上がった。後ろには、真北、山中、そして、くまはちが深刻な表情で立っていた。

「じゃぁ、行ってきます」
「組長、お帰りは、いつ頃…?」

くまはちが尋ねる。

「わからない。みんなが私の気持ちを理解してくれた頃かなぁ〜!」

嫌味っぽく応えた真子は、ちらりと真北を見る。

「組長、お送りしますよ」
「いらない! まさちんと歩いて行くからぁ」

本当に意地悪っぽく、真子が言った。

「まさちん、行こう!」
「はい」

まさちんは、真北と山中の眼差しを避けるかのように背を向け、真子と一緒に本部を出ていった。

真子とまさちんの姿が見えなくなった途端、くまはちが、二人を追いかけるように静かに出て行った。
本来の仕事…真子のボディーガードである。
くまはちは、まさちんがお世話係になってからは、真子を影から守るように、常に動いていた。この行動は、真子にはばれていないが、まさちんには、気付かれていた。

真北が大きく息を吐いた。

「はぁ〜あ。…本当に困ったな…。課題を残されたよ」

そう言って、困ったように頭を掻く真北に、山中が静かに言った。

「組長は、今の状態を理解されておられるのか? こんな時に
 出掛けるなんて、一体…」
「…お前達の事を考えての事だろな。そして、自分自身の
 心と…闘おうとしてるのかもしれないよ」
「どういう意味だ?」
「さぁ、それは、帰ってきてからのお楽しみぃ〜かな」
「って、いつ戻られるのだっ!」
「組長の気持ちを、みんなが理解してくれた頃だろ?」
「うっ……」

真子の言葉を思い出した山中は、言葉に詰まる。

「………解ったよ……しかし、俺の気持ちは変わらん…。
 先代の命を奪ったものは………許せないからな…」

冷たく言い残し、山中は、自分の部屋へと向かっていく。

「……本当に、やれやれ…だな」

真北が呟いた。




真子が電車に乗った頃、くまはちは、真子の様子を真北に伝える。そして、真北は、とある所に連絡を入れた。



自然が美しい山々。その麓にある建物・天地山ホテル。
雪国であるこの天地山は、雪解け後は、青々として、清々しい緑に囲まれていた。山の自然をホテルの一室から眺めるのは、このホテルの支配人・原田まさ。まさは、背伸びをして、デスクに戻る。それと同時に呼び出し音が響き渡った。
電話に表示された番号を見て、少し嫌な表情をする。それでも…

「お待たせしました。天地山ホテルの支配人、原田です」

営業口調で応対するのだった。

『俺には、必要ないのにな』
「それでも、そうやって応対するのは当たり前でしょう? 真北さん」
『まぁ、そうだな』

短く応える真北に、まさは、阿山組での事を心配し、跡目を真子が継いだ事に驚いていた。あれ程、真子をやくざの世界から遠ざけようとしていたのに、跡目を推したのは、真北だと言うことに、少し怒りを覚えていた。

「真北さん…私は、本当に怒ってるんですよ? どうして、
 お嬢様に五代目を?」
『真子ちゃんの気持ちだよ。…慶造と同じ、そして、俺ともな』
「そうでしたか…」
『そう怒りながらも、本当は予感してたんだろが』
「ま、まぁ…その通りですけど…。お嬢様の事を知ってるだけに…」
『その五代目組長が、側近のまさちんと、そっちに向かったから
 宜しく頼んだぞっ。…時間は……』

真子が到着する予想時刻をまさに告げるが、

「って、こんな時期に、大丈夫ですか??」
『こういう時期だからこそ…なんだよ』

何かを隠したような言い方をする真北。それには、まさは気付いていた。

「あなたこそ、無茶はしないで下さいね。お嬢様を支える為に
 一番必要な立場でしょうから」
『相変わらず鋭いところを指摘するよなぁ〜お前は』
「誉めないでくださいね。…では、その時間にお迎えに行きます」
『あぁ。頼んだよ』

電話は切れた。
まさは、ゆっくりと受話器を置き、軽く息を吐く。

「やはり…きついんだろうな…五代目という肩書きは…」

椅子に座り、引き出しを開ける。
その中に入っている物を見つめた、まさ。優しさ溢れる笑みを浮かべていた。




まさに連絡を入れた真北は、外出しようと玄関までやって来た。

仕方ない…第二弾を用意しておこう…。

靴を履きながら、真北は口を尖らせる。
真北が口を尖らせる時は、何かを深く考えている証拠。その時は、声を掛けても応えない…ただ一人以外の声には反応しない。

「行ってらっしゃいませ」

下足番の見送りの声も耳に入っていないのか、真北は、自分の車に乗り込み、本部を出て行った。





列車が駅に入ってきた。この時期の乗降客は少ない為、手動でドアを開けることになる。ドアは一カ所しか開かず、そこからは一組の男女が降りてくるだけだった。
電車を降りた途端、背伸びをする女の子。

「着いたぁ〜!」
「お疲れ様でした」

背伸びをした女の子に声を返るまさちん。なぜか深々と頭を下げている。

「…まさちん、それ…やめてよ」
「はい?」
「いつも言ってるのに…」
「しかし、今は組長という立場です。私たちにとっては当たり前の行動です。
 組長の側近である私が、態度を改めなければ、若い衆に示しが…」

と話している時に気付く、真子の眉間のしわ…。

「組長……」
「そういう事は、真北さんから嫌という程教わったから、解るけど、
 私と二人の時は…いつもの通りにして欲しいな…」
「日頃の態度が出てしまいますから、その…」

真子は、鋭い眼差しでまさちんを睨む。

あっ……。

まさちんは、真子に何かを言われるかと思い、口を噤んだ。

「…組長命令」

げっ……!!!

「か、かしこまりました…」
「それ」
「すみません!!!」

慌てふためくまさちんに、真子は思わず笑い出す。真子の笑みを見て、まさちんは心を和ませた。ふと目に飛び込んだ天地山。まさちんの目は天地山に釘付けだった。

「組長」
「ん?」
「雪のない天地山は、初めて拝見しますね」
「そうだね! ちゃんと緑色なんだ」

真子も天地山を見つめていた。
二人は暫く山を見つめる。そして、

「白も良いけど、緑も良いね!」

二人は同時に言葉を発した。それがお互いに面白かったのか、笑い出してしまう。

「今年も白い方を観ますか?」
「うん。毎年楽しみにしてるもん!」
「今年こそ、負けませんからねぇ」
「無理だって! まさちんは遅いからぁ」
「組長ぅ〜〜っ」

そして、二人は改札目指して階段を下りていった。改札を出ると、そこには、一人の男が待っていた。

「お疲れ様でした」

その声に、顔を上げた真子は、目一杯嬉しそうな表情になり、笑顔で声を掛けた男へ駆け寄った。

「まささん!! こんにちは!! 忙しいのに御免ね、急に…来て……。
 ……………ん? どうして、私が来たこと知ってるの???」
「真北さんから連絡ございました。組長…」
「ちょっと待って!」

真子は、まさの言葉を遮るように言った。

「はい?」
「まささんには、その……『組長』って呼ばれたくないな…。
 だって、ほら…まささんは、阿山組の者とは違うから…」

真子が少し寂しげに言った事で、まさは真子の気持ちを直ぐに察した。

「かしこまりました。では、お嬢様」
「うん。で、なんでしょうか…」
「緑の天地山へようこそお越し下さいました。本日は私の
 運転となります。どうぞ、こちらへ」
「ありがとう!! では、行こう、まさちん」
「は、はい」

まさと一緒に歩き出した真子に呼ばれて、まさちんは少し慌てる。
まさを前にしたまさちんは、何故か落ち着きを失っていた。
まさが醸し出す不思議なオーラに、まさちん自身の本能が、何かを捕らえた様子。思わず身構えていた。
毎年冬には、真子をはじめ、ぺんこうやくまはち、そして、真北と一緒に、まさちんも来ていた天地山。しかし、他の男達と比べると、まさちんに対する態度が違っていた。
それは、敵意にも感じるようなもの。
まさ自身、まさちんの行動を心配していた。
いつ、真子を裏切るのか…。
それだけが心配だったのだ。しかし、敢えてその事を口にせず、真子と接しているが、まさちんにとっては、どうやら、態度に出ているらしい。

「どうぞ」

まさが車に真子を迎える。

「ありがとう」

真子が車に乗り込み、まさちんも続いて乗り込んだ。まさちんは、ちらりとまさに目をやる。

!!!

真子に見せていた時とは違い、まさの表情には、なぜか怒りが含まれていた。
思わず目を反らし、真子の隣に座るまさちん。まさはドアを閉め、運転席に回った後、車を発車させた。




真子は天地山ホテル愛用の部屋から外を眺めていた。

「ほんと、すごいね!!」

真子の荷物を片づけているまさに声を掛ける真子。

「だから以前から申していたんですよ」
「これからも、この時期に来てもいい??」

真子は、爛々と輝く眼差しで振り返る。

ドキリ……。

その表情は、まさの鼓動を高鳴らせた。

落ち着け……。

自分に言い聞かせ、鼓動を抑えてから、真子に応える。

「いつでもお待ちしておりますよ」
「うん!」

真子は再び外を眺める。

「あれ? リフト動いてないよ? おじさん、病気なの?」
「この時期のお客様は少ないので、週に一度の出勤になっております。
 なので、もし、例の場所に行かれるのでしたら、私に申して下さい」
「はぁい。…この時期の山も綺麗なのに、みんな知らないのかなぁ」
「この景色を知ったお客様だけが来られますよ」
「じゃぁ、私も、その一人だね!」

真子の笑顔が輝いた。

「えぇ、そうですよ、お嬢様」

まさも笑顔で応えていた。
真子は、ベランダの窓を開けて、外へ出て行く。風が吹いているのか、真子の髪をなびかせる。その髪を抑える真子。

あれ?

真子の仕草を一つ一つ見ていたまさは、真子の異変に気付いた。

そう言えば…。

まさは、真子の事を真北から詳しく聞いていた。その時に、真子の父・慶造の最期の姿と、真子が狙われた事も耳にした。
真子が何故、五代目を選んだのか、そして、葬儀の日に見せた勇姿…。
真子の後ろ姿を見つめながら、まさは、その光景を思い浮かべていた。
物音に我に返ったまさは、振り返る。そこには、まさちんの姿があった。

「原田」
「ん?」

まさちんに声を掛けられたが、まさは素っ気ない返事をする。
先程まで見せていた『支配人』の姿ではない…。

「俺に、何か言いたいのか?」

まさちんは静かに尋ねる。

「……敢えて聞かないと、解らないのか?」

まさも負けじと静かに尋ねた。
まさが言いたいことは解る。だが、まさちんは応えなかった。
真子がベランダから戻ってきたのだった。その瞬間、まさのオーラが変化する。

「今から頂上…駄目かな…」
「構いませんよ。お嬢様が元気になるのなら」

まさの言葉に、真子は参ったような表情をする。

「どうして、まささんは私のことが解るの?」
「お嬢様のことなら、なんでも解りますから。なので、いつでも
 悩み事は相談してください。いつでもお力になりますから」
「ありがとう、まささん!」
「では、頂上に参りましょうか」
「はい! まさちんも一緒に行く?」
「よろしいんですか?」
「当たり前でしょぉ!」
「では、御一緒に」

まさちんと話すときの真子の表情は、また別である。
とても楽しいのか嬉しいのか。真子の表情は、更に輝いていた。



天地山の頂上から見る景色は、冬とは違い、一面緑に覆われていた。空には青。その二色が、何故か心地よい。真子はいつものように、いつもの場所に腰を下ろし、景色に見入っていた。真子の隣に腰を下ろしているまさちんも、同じように景色を見つめていた。
ふと浮かんだ雲が、ゆっくりと流れ始めた。真子とまさちんの真上をゆっくりと通り過ぎる。
そんな二人を少し離れた場所から見つめている、まさ。
真子とまさちんが、仲良く語り始めた様子を見て、そのまま静かに去っていく。その表情は、なぜか複雑だった。


「ねぇ、まさちん」
「はい」
「……どうして、まささんは…まさちんの事を良く思わないのかな…」

真子がちょっぴり俯き加減に語り出す。

「くまはちもだよね……どうしてなんだろう」
「それは……」

真子の寂しげな声に、思わず応えそうになるまさちん。
しかし、その事は、言えない。
その昔、真子を利用して、慶造の命を狙ったとは…。その事は、ある事情で真子の記憶から消されているのだが…。

「もう…慣れました」

まさちんは話を誤魔化した。

「まさちん…」
「はい」
「そんなことに…慣れたら駄目だよ。一緒に暮らしてるんだよ?
 これからもずっと…一緒に暮らすのに、そんなこと…嫌だもん」
「すみません、組長。でも、これは私個人の問題ですから」
「でも……」
「組長は何も気になさらず、こちらで心を和ませてください」

まさちんは素敵な笑顔で真子に言う。

「…ありがとう、まさちん」

真子も微笑んだ。

「……ねぇ、まさちん」
「はい」
「…みんな…怒ってるかな…」
「どうしてですか?」
「だって、ほら…まだ四日しか経ってないのに、私…思わず
 本部から逃げてきたから。…あの雰囲気に耐えられなくなって…」
「おや? お逃げになったのですか? 私は気分転換に来られたのかと
 思っておりましたが…。それに、静かに心落ち着ける場所で
 これからの事を考えるのも必要かと思いましたから、私は
 こうして、御一緒させていただいたんですが…」
「みんなもそう思ってくれたら、いいんだけどな…」
「大丈夫ですよ。みんな、組長の意見には反対しませんから」

まさちんの力強い言葉が、真子の心を少しずつ落ち着かせていく。真子は敢えて何も言わなかったが、ちょっぴり微笑んで、景色を見つめていた。

組長…これからも、私が、あなたをお守り致します。

まさちんは、真子の横顔をいつまでも見つめていた。




夜。
真子は旅の疲れが出たのか、いつもよりも早めに眠りに就いた。
まさちんは、真子が眠ったのを確認してから、隣の部屋へ戻っていく。
いつも以上に疲れを感じているまさちん。しかし、すぐにベッドに入らず、ベランダへ出て行く。そして、夜空に浮かぶ星を眺めていた。
遠い、あの日を思い出すかのように……。





阿山組本部。
関東地区の幹部達が集まり、いつものように幹部会が開かれていた。
先日の真子の言動に驚く幹部達は、集まった途端、口々に……。

「五代目を襲名して、未だ、四日。敢えて跡目教育を受けていないのに、
 なんだ、あの態度は」
「…教育なしで、五代目の貫禄を出せるなんてな」
「やはり、先代の血が濃いんだろな…」

阿山組とは、付き合いが短い幹部達は、次々に真子の事を言い始める。しかし、先代の慶造とは、付き合いが長い男達、そして、慶造のことを心底尊敬していた男達は、何も言わず、ただ、会議室に響いている幹部達の言葉に耳を傾けるだけだった。そこへ、えいぞうがやって来る。
えいぞうは、たくさんの書類を手に、会議室へと入ってきた。そして、幹部達に書類を配り始める。

「小島…お前…。先代が亡くなっても尚、このように情報を
 配るのか? …あの五代目を支えていくつもりなのか?」

書類を受け取った幹部が、えいぞうに尋ねる。しかし、えいぞうは、何も応えず、他の幹部にも書類を配り続ける。

「やくざ嫌いのお嬢様だぞ? …襲名後四日目に見せた、あの
 組長としての貫禄……やはり、あの山本に教育されていたのか?」
「山本は、そんな教育なんかしてませんよ。させるわけないじゃありませんか。
 五代目に教えていたのは、護身術。まぁ、俺も五代目に教えてましたけどね、
 喧嘩の仕方…ですけど。だけど、五代目としての威厳は教えませんでした。
 私だって驚きましたよ。…まさか四日目で、あのような雰囲気を…」

えいぞうは、手を止め、フッと笑う。

「流石、先代を押し倒しただけありますね」
「…先代を……押し倒した??」
「その事で、先代は、五代目に恐怖を感じたそうですけど」
「……恐怖……を??」

えいぞうの言葉に驚く幹部達。その雰囲気を楽しむかのように、えいぞうは眺めていた。

…栄三…こいつ……。

それを見ていた飛鳥組の組長・飛鳥、そして、山中は、えいぞうが何を企んで、そのような事を口にしたのか、疑問を抱いていた。

「五代目が課題を残して、出掛けた事は既に御存知ですよね?
 その応えを出すまで、今日は……帰さないですよぉ」

と、えいぞうは、にやりと微笑みながら言った。
一見ふざけた雰囲気だが、そういう時こそ、えいぞうは本気だった。それには、幹部達も諦めたのか、書類に素早く目を移す。

先が楽しくなりそうだな…。

えいぞうは呟いた。



幹部達が未だに会議室から出てくることを許されてない夜。山中は、仕事を理由に出てきたのだった。会議室に面した廊下には、各幹部に付く組員が待機していた。山中が会議室から出てきた事に気付いた北野は、山中に近づく。

「お疲れ様です」
「北野、その後、連絡あったのか?」
「いいえ何も…」
「五代目は一体、何を考えて…。それも天地山で…。
 まさか、原田に何かを教わるつもりなのか?」

ふと過ぎる考えに、山中は不安を感じた。

「…山中さん、天地山の原田と言えば、昔は………」

北野の言葉に、山中は何かを閃いた様子。

「北野…天地山に行くぞ」
「かしこまりました」

その夜、山中と北野は、最終列車で天地山に向かっていった。




天地山・真子の部屋。

「…やっぱり……」

真子の部屋を訪ねてきたまさちんは、真子が、自分に内緒で例の場所に行ったこと…そんな真子の行動は、予測できていた。

しかしなぁ…。

朝ご飯の後、真子がまさちんに告げた言葉…。

まさちんもここに来た時は、自分の時間に使ってね!

ニッコリ微笑んで言うもんだから、まさちんは反論出来ず、真子の言葉に甘えて自分の部屋でくつろいでいた。しかし、やはり、気になる…。怒られる事、ふくれっ面になる事を覚悟で、まさちんは、真子の部屋にやって来たのだが…。

しゃぁない。行くとするか…。

そう考え、真子の部屋から出てきたまさちん。ドアを開けると、そこに待っていたのは、まさだった。

「お嬢様は、いつもの場所だよ」
「…解ってる」

冷たく応え、歩き出す。

「待てよ、地島」
「なんだよ」

急いで真子を追いかけようとしているまさちんは、引き留めるまさに返事をするが、日頃の我慢が積もっているのか、真子が居ない所では思わず怒りを現してしまうまさちん。その返事に、ドスが利いていた。

「お嬢様の時間だ。お前が観入することは、ないだろ?」
「…それは、充分解ってるよ。だけどな、俺は、組長を守る立場だ。
 何か遭ったら…」
「何かあったら? …それは、お前が、また、何かを起こすの間違いだろ?」
「…言って良いことと、悪いことがあるよなぁ〜?」

まさちんが、まさの胸ぐらを掴み、威嚇する。

「支配人の分際で、何ができる? お嬢様を守れるとでも?」
「…支配人じゃ、なかったら?」

静かに語るまさ。まさちんの威嚇が効かない…。それどころか、まさから醸し出される雰囲気から、まさちんは何かを感じ、まさからそっと手を離した。

「…確かにな、俺は、お前や猪熊たちのように組長を…組長の母がまだ、
 おられた頃から、組長を知っている者達にとっては、怪しい存在だよな。
 あんな事件を起こしておきながら、組長の側を離れていないからな。
 本当なら、殺されていたはずだ…」

まさちんは、目を伏せる。

「だがな、俺は、あの日以来…組長に、俺の一生を捧げても良いと
 決心したんだ。……組長、今は記憶を閉じこめられてしまったけど、
 あの時、組長は、俺の正体を知っていながら、俺の事を
 大切に思っていた…崩れ掛けていた俺を助けようと…
 こんな俺に…あの能力を…」
「…口では、いくらでも言える。…これからのお前の行動を見させてもらうよ。
 …ただし、お嬢様が哀しむようなことをしてみろ……俺が許さない…」

まさちんを睨み付ける、まさの眼差しは、まさちんと同業の雰囲気を醸し出していた。
思わず目を反らすまさちん。何も言わずに歩き出す。

「お嬢様は、一時間前にいつもの場所に行かれたよ。
 今頃、大の字になってるはずだから」
「あ、あぁ。ありがとよ」

まさの突然の言葉に驚きながらも、まさちんは真子の部屋に戻り、上着を手に取って走っていった。

「ほんと、お嬢様は何を考えておられるのか…」

まさは、走っていくまさちんの後ろ姿を見つめていた。




天地山の頂上。
少し木が生い茂った所を数歩進むと、そこには、頂上から見下ろせる広大な美しい景色を眺めるのに最適な場所がある。
ここは、まさが、幼い頃の真子にこっそりと教えた特等席。まさちんは、木々の間を歩き、そして、景色が良く見える場所にやってくる。
案の定、真子は、大の字になって、空を眺めていた。

雲が流れる。

「組長」

その声に驚いたように体を起こす真子。

「まさちん。どしたの?」
「また、内緒で…」
「出かけようって、呼びに行ったよ。そしたら、気持ち良さそうに
 眠っていたから、起こせなかった」
「起こして下さっても、構わないんですが…」
「ここに来た時くらいは、組のこと忘れて、自分の好きなように
 過ごしてね、まさちん」
「好きなように過ごしておりますよ」
「そう? ずっと、私に付きっきりでしょ?」
「私は、その方が落ち着きます」
「……変なのぉ」

ニッコリ笑った真子は、真っ正面を見て、景色を眺め始めた。そんな真子の肩に持ってきた上着をそっと掛けるまさちん。

「まだ、肌寒いですから」
「ん…ありがと、まさちん」

真子は、遠くの景色を眺めていた。

「…今年の冬は、かなりの雪が降るよ、きっと」
「なぜ、そんなことがわかるんですか?」
「…ん? 内緒!」

真子は、とびっきりの笑顔をまさちんに向けた。
まさちんは、そんな真子を見て嬉しそうに微笑んでいた。その顔には、優しさが溢れていた。

ここ数日、観ることのなかった真子のとびっきりの笑顔。まさちんは嬉しかった。
安らぎのひととき。
こんな時間がずっと続けばいい…。
まさちんは、そう思っていた。




真子は、ぐっすり眠っていた。その様子をそっと見守って、自分の部屋へ戻っていくまさちん。部屋にある電話に手を伸ばすが、番号を押す前に何かを躊躇ったのか、静かに受話器を置いた。ふと、窓を見る。そして、ゆっくりと歩き出し、今夜もベランダに出る。
空を見上げると、昨日よりも素敵な星が輝いている。
まさちんは、空を見上げて、星を眺め始めた。

「あの頃と……ほとんど変わらないのに、…俺は……」

そう呟いたまさちんは、真子の部屋の方を見つめていた。




真子が天地山に来て三日目。真子が五代目を襲名してから一週間が経った。
真子は、五代目になった事を忘れたかのように、まさちんとホテルにある庭ではしゃぎまくっていた。真子は、まさちんに何やらちょっかいを出す。まさちんは、それには慣れているかのように、軽く交わしてしまう。ふくれっ面になりながらも、真子は、まさちんへのチョッカイを止めようとしない。

ったく、お嬢様は……

二人の様子を、まさは、優しい眼差しで見つめていた。
その眼差しが変わる。
鋭い眼差しは、別の場所に向けられていた。



「ここで、五代目を……?」
「あぁ。この場所なら、敵対する組の仕業に思えるだろ?
 但し、命まで取るなよ……。絶対に当てるな」

そう言って、懐に手を入れ、何かを握りしめる男。その男につられるように、もう一人の男も同じように懐に手を入れた。
二人が見つめる先。そこでは、真子とまさちんが、楽しそうにはしゃいでる姿があった……。



(2005.6.18 第一部 第三話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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