任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第四話 まさちんの本性

天地山ホテルの庭では、真子とまさちんが楽しそうに、はしゃいでいた。
そんな二人を狙う者が居た。

「何度も言うが…絶対に当てるなよ、解ってるな、北野」
「御意」

そう言って、懐に手を入れて何かを握りしめた二人の男…阿山組のナンバー2である山中と山中の側に付く北野だった。
その二人に静かに近づき、声を掛けるのは、

「襲名してから一週間も経たないうちに、こうやって遊びに行くから
 こんなことになるんです。…これ以上は危険です。だから引退を…
 ……そういう筋書きで、お嬢様を狙うのか? …それも、あんたが」

天地山ホテルの支配人・原田まさだった。その声に振り返った山中と北野。

「…原田っ!!」
「山中さん、何をなさるつもりですか?」

静かに尋ねる、まさに、山中は何も言えなくなる。

「お嬢様に……刃を向けるおつもりですか? それも…この天地山で…。
 ほぉ〜なるほどな。ここでなら、敵対する組の仕業にでも出来るよな」

まさの表情が少しずつ変わっていく。支配人ではなく、その昔、その世界で生きていたという雰囲気を現し始めた。

「ふっ…流石、殺し屋・原田と言われた男だな。…その雰囲気は
 十年以上経っても健在ってことか」
「私の事を御存知なら、そのような物騒な物は持ち込まないで欲しいですね。
 もし、あなた方でなければ、本当に……」

まさの背後に、怒りの炎のオーラを見た山中は、懐で握りしめた物を放し、手を出した。

「確か…お嬢様は、銃器類を反対なさったはずですよ? なのに、
 五代目の命令に背いて、その銃で、五代目を狙うんですか?
 ……お嬢様が禁止した気持ちを察して下さい。…これから、
 お嬢様は五代目として、その世界で生きて行かなくては
 ならないんですよ? そんなお嬢様を支えていくのが、あなた…
 山中さんの役目じゃないんですか?」
「……さぁな。俺は、お嬢様が五代目を継いだ事には反対だ」

力強く言った山中に、まさは呆れたのか、大きく息を吐いた。

「それなら、どうして、強く出なかったんですか?」

まさの言葉に、山中は口を噤む。

「まぁ、それは俺には関係無いことだが、……阿山組の山中が
 そんな影でこそこそとするとは…情けないことだな。やるなら
 正々堂々とお嬢様に挑めばどうですか? お嬢様は、逃げも隠れも
 致しませんよ」

山中の胸に、まさの言葉が突き刺さった。
スゥッと目を反らす山中。その眼差しの奥に秘められる想いは、この時、まさは気付かなかった。

「あれ? 山中さん、北野さん!」

二人の姿に気付いたのか、真子が振り返り、声を掛けてきた。そして、駆け寄ってくる。

「なぜ、こちらへ? 本部の方は? 山中さんがいるから、安心して、
 ここに来たのに。今は、誰が? 本部を留守にしては、駄目じゃない!」
「……すみません…五代目。…本部は、真北が…」
「俺が、何?」
「ま、真北さん?!」

なんと、真北まで、天地山に来ていた。
真北は、山中と北野の行動が気になり、そっと追いかけてきていた。そして、山中を止めようと思った矢先……まさに先を越されてしまった。

「…真北さんまで来たとなると…大変じゃない!!」
「えいぞうが居ますよ」
「…なら、大丈夫かな?」

真子は、あっけらかんとした表情で言った。

「あっ、そうだ! ねぇ、昼食まだでしょ? みんなで食べようよ。
 まさちん、レストランに行って、予約してて!」
「かしこまりました」
「それは、私が」
「まささんには、聞きたいことあるから、駄目。真北さん、
 山中さん、北野さん、先に行っててね!」

真子が笑顔で言う。

「は、はぁ」
「山中、北野、行こうか」

真北は、山中と北野を促して、先に行ったまさちんを追いかけて行った。四人の姿が見えなくなるのを確認した真子は、まさに振り返り、一喝を入れる。

「支配人が、怖い顔をしては駄目だと言ったでしょ?」
「…お嬢様、ご覧になられてたんですか…?」
「何を? ただ、振り返った時の表情が…」
「私、怖い顔をしてましたか?」
「うん…。でもね、山中さんと北野さんが何を考えて、ここに来たのかは、
 何となく解るよ。跡目のことで、私を……。それを引き留めてくれたのは、
 嬉しかったけど、……これ以上、まささんには、組のことで……
 やくざな世界に関わって欲しくないんだ…。だから…」
「お嬢様、申し訳ございませんでした。以後、気を付けます」

真子が言い終わる前に、まさが言う。

「…まささんは、どうして、そんなに私の言いたいことがわかるの?
 いっつもいっつも…」

驚いたように、真子が言った。

「お嬢様のことが大切ですから」

まさは微笑んだ。その微笑みを見て、真子は安心した。

「まささんも一緒にどう?」
「いいえ、私には仕事が…」
「お客が少ないのに??」
「あっ、その……」
「大丈夫なのにぃ。真北さんが居るけど」

まさが嫌がる理由を知っている真子。
真北が一緒だと、どうして、まさと言い合いになるのだった。

「って、あのお嬢様っ」

真子に手を引っ張られて、まさはレストランへと向かっていく。



先にレストランに来て、座って待っている山中と北野。まさちんと真北は、入り口の所で言い合っていた。

「山中さん、急にどうしたんですか?」

北野が、山中にそっと尋ねる。

「あん?」
「五代目を狙うとおっしゃったのに、なぜ、急に止めたんですか?
 あの原田が…?」
「笑顔だよ…」
「笑顔?」
「五代目の笑顔…。亡き姐さんとダブった…」
「ちさと姐さんと?」
「あぁ。……だから……」

山中は、それ以上何も言わなかった。



真北は、山中と北野を先に帰し、天地山に残っていた。

「悪かったよ、まさ。……でもありがとな」
「こうなる事は予想出来なかったんですか?」
「いいや、出来たよ。…でもな…」

真北もまた、何かを隠している様子。敢えてそれを尋ねようとしない、まさ。

「お嬢様と御一緒されないんですか?」
「俺が居ては、真子ちゃんがくつろげないだろ?」
「それは違いますよ。お嬢様は真北さんとも楽しまれますから」
「…俺以上に、まさちんだよ」

まさは、まさちんの名を耳にして、深刻な表情になる。

「…どうして、まさちんを側近に?」
「まさちんの想いだ」
「お嬢様に一生を捧げるという…想いですか?」
「真子ちゃんの能力で、命を取り戻した。その時の行動は、
 俺でも驚く事だったよ。…まさか、あの態勢から真子ちゃんの前に出て
 体を張って守るとはな…」
「真北さんも、同じ状況なら、なさっていたでしょう?」

まさの言葉に、真北はフッと笑みを浮かべた。

「だけど、真子ちゃんには泣かれるだろうな」
「そうですね。二度と御免ですから」

真子とまさちんがはしゃぎまくっている所を見つめながら、まさが言った。
まさは、真子の行動を見つめている。

「真北さん、お嬢様の腕ですが、もしかして、動かしづらいとか?」
「あぁ。怪我が回復してないのに、無茶な行動に出たからな。
 治るのも治らないようでな」
「阿山組には、心強い道病院の息子が付いているんでしょう?」
「息子は、やくざを嫌ってる。美穂さんの腕を見込んでいる
 道先生が、少しばかり力を貸して下さるだけだ」
「そうですか。……その……」
「ん? 何か言いたいのか?」

まさが言いづらそうにしている事に気付いた真北は、優しい眼差しをまさに向けた。

「実は、以前から………真北さんの秘薬を聞いた時から
 気にしてる事が御座いまして……」
「秘薬が気になるのか?」
「その…………」

まさが中々言葉を発しない。そんなまさを見て、真北は眉間にしわを寄せる。



支配人室。
まさが愛用している支配人室は、真子が愛用している部屋と同じ階にある。そこへ、まさと真北がやって来る。ロビーから何も言わず、

来て下さい。

とだけ言ったまさ。そんなまさの行動が気になる真北は、ただ、付いてくるだけだった。
まさは、受話器を手に取り、ある番号を押す。

その番号……大阪???

まさが押した番号を見ていた真北は、首を傾げた。

「もしもし原田です。お久しぶりです。お元気ですか?
 あっ、いいえ、その……院長はお手すきでしょうか?」

相手が電話を取り次いでいるのか、まさは、ちらりと真北を見る。その眼差しは、真北を更に不安にさせた。

「おい、まさ…お前……どこに電話を掛けてるんだよ」

話しかける真北に、『何も言うな』という感じで手を差し出す、まさ。相手が出たのか、まさの表情が一変する。
なんとなく、嫌気が差している。相手の声が少しだけ漏れているが、真北には何を話しているのか聞こえていない。まさは大きく息を吸い、

「あのね…開口一番に、いっつもそういうのは、止めろよなっ」

まさの口調が変わった。
まるで親しい人間と言い合う感じだった。

まさにも友人が居たのか…初めて知ったよ。

真北の表情が綻んだ。

「その話は何度も断ってるでしょうがっ。…それよりも、その……」
『ん? なんだ? 薬なら、また近くの病院に頼んでおくが?』
「そうじゃなくて……その………声を聞いてもらいたい人が居て…」
『俺に声を???? なんだ????』
「代わりますから」

そう告げて、まさは、真北に受話器を手渡す。

「…まさ、待て。俺がお前の友人と話してどうするんだよ」

真北は、受話器を受け取るのを断った。

「大丈夫です。それに、こいつは…私の友人ではありませんよ。
 お嬢様に関わる事です。この方と話し合ってください」
「…相手は誰だよ。院長とは……?」
「ある病院の院長です。道病院が駄目なら…」
「大阪の病院だろ。…何の関わりが…」

そう言いながら、真北は、真子に関わる事だと耳にした為、念のため警戒しながら受話器を受け取った。

「お電話…代わりました。すみません。原田が何を考えているのか…」

相手は、何も応えない。

「もしもし??」
『………原田に代わってもらえるか?』

その声を聞いた途端、今度は真北の方が言葉を失った。

この声……まさか……。

真北は、焦ったように、まさに振り返った。
まさは、ただ、優しく微笑んでいるだけ。

「代われそうに……ないんだが………橋……」

相手の声を耳にしただけで、真北には解っていた。電話の向こうに居るのは、長年、ある事情で連絡を絶っていた、真北にとって無二の親友である、橋雅春という男。もちろん、相手の橋にも解っていた。電話を代わったのが、死んだと思われた親友の声だと…。

『…ほぉ〜、原田が代われないというのは、あの世から
 妙な男を引き戻したからなのかなぁ』
「そうだろうな。………相変わらずだな」
『そういうお前こそ……死に損ねたのか?』
「………あぁ………」

そう言って、真北は、目を瞑った。

「院長って、親父さんの跡を継いだのか?」
『まぁなぁ。大阪で開業失敗しそうになった親父が俺に任せただけだ』
「そうだったのか」
『それよりも、どうして、お前が原田と一緒に居るんだ? もしも、捕らえに
 行ったのなら、お前は勘違いしてるからな。…原田は、ホテルの
 支配人だぞ? そして、医者の卵だ』
「医者の卵……か。…なるほど、そういう事だったのか。あの時の
 俺の考えは、間違って居なかったということは……お前…知っていて
 隠していたんだな。…同罪だぞ」
『意味が解らんな…で、原田が言ってたが、何の話だ?』
「話…????」

真北は、まさが何を言いたいのか解らなかった。電話の向こうにいる橋に言われて、振り返る。

「…橋に、何を話せと言うんだよ」
「だから、お嬢様の肩の傷のこと」
「…あ、あぁ、そうか……って、橋に話しても…」
『こらぁ、真北。肩の傷って、何の事だ? まさか、お前…怪我…』
「怪我なんかするかっ。昔と違うんだぞ。…そのな……」
『それよりも、お前の話から聞かないとな…十五年以上も前か。
 あの事件の後、どうしたのか…とか、今は何をしてるとか…』
「相変わらずだな、その強引さは。…俺は、あの事件の後、
 阿山組に助けられてな…今は、阿山組に居るんだよ」
『…阿山組……。……原田の居た組と対立していた…』
「……橋、お前どこまで知ってるんだよ。…まさの事」
『まさから聞いただけだ。俺の質問には応えないのか?』
「あのな……」

受話器を握りしめる真北の手が、プルプルと震え始めた。
真北が怒りを抑えているのが解る。

この二人は、穏便に話せないのか…?

心配しながら、真北の様子を見つめるまさ。

「ちょっと診てもらいたい患者が居るんだが…」
『そんなの、医者の卵である、まさに診てもらえよ』
「…それもそっか…………あっ」
『ん?』

真北と橋は、同時に何かに気が付いた。
なぜ、まさが、このように電話を掛けたのか。そして、橋に連絡を入れたのか。

そう言えば、長い間気にしてることがあると、話していた時があったな。
こいつ…俺の立場を知っていて…それで…。

真北は、ちらりとまさを見る。まさは、ただ、微笑んでいるだけだった。
電話の向こうの橋もまた、まさの気持ちに気付いていた。

真北の事…話していたっけ。
そして、あの時に……。

「あのな、橋」
『真北、あのな…』

同時に声を発する二人。それには、なぜかお互いが笑い始めた。そして、真北は、何かに吹っ切れたのか、電話の向こうにいる親友に、真子の事を話し始めた。

これで、最後の荷物が片づいた…か。

まさは、そっと動き、お茶の用意を始めた。
真北と橋の話は尽きないのか、それから、二時間以上、話し込んでいた。




夜・日付が変わる頃…。
まさちんが血相を変えて支配人室に飛び込んでくる。

「真北さん!」

まさが用意したお茶を飲んで、のんびりしている真北が、まさちんの顔色を見て、慌てて立ち上がる。

「真子ちゃんが熱を出したのか? だから、あれ程、はしゃぐなと…」
「はぁぁ???」

真北の言動は、常に真子のことを一番に考えている事は解っている。それでも、思わず拍子抜けする、まさちん。

「それなら、何もここまで慌てないでしょう?」

冷静に、まさが言った。

「…それもそっか」
「…って、悠長に話してる場合と違います!! 先程、くまはちから連絡があって…」

まさちんの言葉に、真北の表情が一変した。


真子は静かに眠っている。そんな真子を見つめる真北とまさちん、そして、まさ。

「お嬢様には何と説明を?」
「隠すことはない。事実を伝えるだけでいい」

真北が言った。

「解りました。では、その間、お嬢様の事は私にお任せください」
「…仕事をさぼるなよ」
「何度も言われて、耳にたこができてますよ!!」
「真子ちゃんの笑顔が…消えなければ、いいんだが…」

まさちんから聞いた事。それは、山中と北野が本部に到着する前に、五代目の意見を反対する組の連中が乗り込み、本部で暴れたということ。銃器類を新たに開発するのが趣味の厚木総会が筆頭になり、反対派を丸め込んで、行動に出たらしい。
怪我人は出なかったものの、真子を名指しで暴れ、真子の姿が無いことに気付いた途端、すぐに引き返したとの事。

もし、真子が天地山に来ていなかったら……。

「厚木の事だ。そんなこと、容易いだろうな…」

真子の命を狙う事。
銃器類を体の一部のように扱う厚木にとっては、銃器類を持たない人物を倒すことは、朝飯前の事。ビルを三軒、いとも簡単に吹き飛ばすことをしてしまう厚木総会。銃器類を売りさばいてもうけているだけに、真子の意見は、商売の邪魔になるだけ。

「組長に内緒で行動すると…怒りませんか?」

まさちんが尋ねる。

「真子ちゃんの怒りは、俺一人で受け止めるからさ。
 まぁ、そうだなぁ。真子ちゃんへの説明の仕方…にもよるかな?
 なぁ、医者の卵の原田くぅん?」

なんとなく嫌味っぽい言い方。それには、まさのこめかみがピクピク…。

「あぁ、そんなに嫌だったのなら、電話を継がなければ良かったですよ」

冷たく言ってしまった。

「ったく…。でも、世間は狭いって…本当だな」

真北は微笑んでいた。

「いつ打ち明けるか悩んでいた身にもなって下さい」
「それには、感謝するよ。もし、お前が居なかったら…」

死ぬまで、連絡しなかっただろうな…。

そう言って、真北はコートを羽織る。

「まさちん、まさかと思うが」
「俺一人で充分ですよ?」
「お前は歯止めが効かんだろうがっ。くまはちを連れて行け」
「…どさくさまぎれに、俺がやられませんか??」
「それは無いから。ほら、帰るぞ」
「は、はぁ…」

真北の強引さに負けたまさちんは、隣の部屋に入り、帰宅準備に入った。

「お嬢様の事は、お任せください」
「あぁ。…ほとぼりが冷めるまで、絶対にここから出さないでくれよ」
「心得てます」

まさちんが、真子の部屋に戻ってくる。

「じゃぁな、まさ」
「お気を付けて」

まさちんと真北は、部屋を出て行った。
一人残された真子を見つめる、まさ。

これは、お嬢様の『本能』に恐れての行動ですから。
お嬢様は、本当に、こちらでおくつろぎください…。

真子の頭を、そっと撫でるまさだった。


次の日の朝。まさから、本部の事を聞いた真子は、

無茶しなければ…いいんだけど…。

小さく呟いて、一人で頂上へ向かっていった。


その頃、まさちんと真北が本部に戻ってきた。本部のあちこちの弾痕を見て、表情を曇らせる。

「これは、修理代をもらわないとなぁ」

真北が呟いた。

「くそっ」

そう言って、まさちんは、踵を返し、本部を出て行った。

「あっ、こらっ! まさちん!! これはお前の出る幕じゃ…」

まさちんの行動に気付いたのは、真北を迎えに出てきた、くまはちだった。

「真北さん」
「あん?」
「あいつが出るなら、俺も行きますよ。許可を」
「出さん。まさちん一人で充分だ。…俺だって……」

怒りを抑えているのが、解った。

「…こんなことをされて、黙っておれとでも?」
「五代目の命令だ。相手にするなと」
「いいえ、今抑えておかなければ…」

そう言って、くまはちまで、飛び出してしまった。

「ったく、暴れ好きのボディーガードが…」

呟いた真北は、あることに気付き、慌てて何処かへ向かっていった。

「山中には、本部から誰も出すなと伝えておけ」

門番に告げて、真北も本部を飛び出した。

「かしこまりました……」

呆気に取られる門番だった。




まさちんは、車を運転していた。その表情は、いつになく、真子と出逢う前の自暴自棄になっていた頃の顔つきだった。
まさちんが、こんな顔つきをするときは、決まっている。
『殺る気』だ。

厚木総会事務所前に到着したまさちんは、車を降り、事務所のビルを見上げていた。
そこへ、別の車が乗り付ける。

「猪熊…」
「地島、お前一人で何をする気だ?」
「うるせぇ」
「…お前に、もし、何か遭った場合、誰が哀しむと思ってるんだよ…」
「…誰もいないよ」
「…無茶するなって、言われなかったか?」
「……組長…。お前、まさか、組長から?」
「組長を守る。それは、すなわち、組長の大切な者も守るってことだ。
 俺は嫌なんだけどなぁ〜、お前を守るっつーのが」

くまはちは、ビルを見上げた。

「…組長を哀しませたくないからなぁ〜」

呟くくまはちに、まさちんは、応える。

「…だったら、やめろよ。俺一人で充分だろ? お前まで何か遭った時は、
 組長が哀しむからな」
「俺は、組長を哀しませない自信がある」
「……俺もだ」

まさちんとくまはちは、お互い睨み合う。この時、二人の間に、何か不思議な感覚が芽生えていた。

「わかってるよな…」

まさちんが言った。

「あぁ」

くまはちがまさちんの何かに応えるように返事をした。そして、二人は、堂々とした態度で厚木総会の事務所へ入っていく。


まさちんとくまはちが入っていって1分と経たないうちに、厚木総会事務所内は、激しい物音が響き渡っていた。ガラスの割れる音、人を殴った時のような鈍い音、銃声、骨の砕ける音、そして、悲鳴…………。

「……組長の命を狙う奴は、いつでも相手になってやる。銃器類をいつまでも
 自分の体の一部のように扱っていると、これ以上、酷い目に遭うからな…」

まさちんが見下ろす先には、厚木総会の会長が血だらけになって震えていた。会長は、右手に銃を握りしめている。その銃を素早くまさちんに向けた。

「撃ってみろよ…」

まさちんの言葉に触発された会長は、引き金を引いた。

「まさちん!!」

くまはちが叫ぶ。
銃弾は、まさちんの右足に命中する。しかし、まさちんは、びくともしなかった。会長は、悲鳴混じりで、弾が切れるまで銃を撃ち続けた。しかし、まさちんには、最初の一発しか命中していない。

「お、お前……こ、怖くないのか? 痛くないのか?」
「…俺には、恐怖感も痛覚もないんだよ…。あの日を境に、失った……。
 俺は…死んでるんだ…」

そう言ったまさちんは、会長の胸ぐらを掴み上げ、撃たれて血が流れている右足で会長の腹部を何度も何度も蹴り上げた。
まるで、それが楽しいかのように、冷酷な表情で……。

「まさちん、止めろ!!!」

気を失った会長をまだ蹴り続けるまさちんを止めに入ったのは、くまはちだった。くまはちに制止されたまさちんは、会長から手を離す。そして、振り返り様、くまはちの胸ぐらを掴み上げた。

「俺は…何がなんでも…組長を守っていく……。それが、
 俺に残された人生なんだよ!」
「ま、まさちん…」

まさちんは、入り口に人の気配を感じ、ゆっくりと目線を入り口に移す。その目つきは鋭かった。
そこに立っている人物、それは、真北だった。
真北と目が合ったまさちんは、くまはちから手を離し、無表情でその部屋を出ていった。

「……真北さん…」

くまはちは、服を整えながら、真北の側に歩み寄った。

「…この俺が…一瞬……あいつに恐怖を感じました。初めてですよ。
 俺に恐怖感を与えた奴は…」
「ふふふ。くまはちも身にしみたか、まさちんの怖さを。
 一体、何があいつをあんな風に変えてしまうのか…」
「組長の側にいる時の雰囲気と、今の雰囲気…正反対ですね。
 これらも、ほとんどがあいつですよ。俺の仕事…なかった」

くまはちは、なぜか残念そうな表情になる。

「暴れ足りないのか?」

真北の言葉にくまはちは、苦笑い。

「だから、言っただろ? まさちん一人で充分だと。
 あいつにとっては、これくらいは序の口なんだよ」
「…いつか、…あいつを…あいつに一撃を…」
「おいおい…。さぁて、後は俺らに任せておけ」

そう言った真北の後ろには、警官がかなりの数で詰めかけていた。

「わかりました。それでは」
「おっと、くまはち!」

真北は、去りかけたくまはちを呼び止めた。

「はい」
「あのな、出発する用意をしておけ」
「組長がお戻りになったら直ぐに出発ですか?」
「あぁ、そうなる。まっ、取り敢えず、水木達だけでなく、
 今回は、俺の私用も含まれるがな…」
「私用????」
「あぁ。関西方面には、長けてるだろ、くまはちは。
 頼りにしてるからな」
「かしこまりました。手配しておきます」
「よろしく!」

くまはちは、頭を下げて去っていく。それと同時に、警官達が次々と事務所に入り、厚木会長達を連行していった。




まさちんが本部に戻ってきた。まさちんの血だらけの姿を見た若い衆が、まさちんを心配して駆け寄って来る。

「傷の手当を!」
「大丈夫だ、かすり傷だし、ほとんどが返り血だ」
「しかし、足の傷は…」
「心配するな」

玄関から入ってきた血だらけのまさちんを見た山中と北野は、何も言えない表情をしていた。その二人の横を何事もなかったような顔をして通り過ぎていくまさちん。

「恐ろしいやっちゃなぁ〜。あの猪熊が恐れたっていうくらいだからなぁ」

北野がふざけたような口調で言う。

「平気なのか…あんな姿になっても…」

山中は、やくざの本能で、まさちんに対する恐怖を嗅ぎ取っていた。

「…あの男が、組長を支えていくのか? 組長のことも
 えいぞうから聞いている。…先が怖いよ…」

それに、組長には……。

山中は、これからの阿山組のことを考える。自然と握りしめる拳は、小刻みに震えていた…。



まさちんは、自分で傷の治療をしていた。慣れた手つきで治療を終え、一点を見つめる。そして、精神を安定させるように目を瞑った。ドアがノックされる。

「まさちん、俺」
「なんだ、むかいん」

むかいんがまさちんの部屋へ入ってきた。

「お客さん。組長の担任だけど、どうする?」
「どうするって、組長いないし、真北さんもいないだろ?
 俺が逢うしかないんじゃないか?」
「客間に通しているよ」
「わかった。ありがとう、すぐに行くよ」

まさちんは、直ぐに部屋を出て行った。



客間で待っていたのは、真子が通う中学校の担任の先生だった。真子から聞いている事は、この担任は、例えやくざの娘であろうが、不良であろうが、真面目な生徒であろうが、兎に角、生徒を区別することなく、平等に接してくれる先生だということ。だから真子も、心置きなく、学校で楽しい日々を送っていた。時々だが、真子とこの担任が話している所を見たことがあるまさちん。常に笑顔を見せる担任だが、目の前に座っている表情は、とても暗い…。

「その……阿山さんの具合は?」
「来週にでも登校致します。ご心配お掛けして…」
「いいえ…お元気なら、安心です。…その…言いにくいことなのですが…。
 五代目を継いだとか…。その、やくざの親分さんになったんですよね?」

担任は、怖々、まさちんに尋ねた。

「どこから、その事を……。あっ。そうですね。すぐにわかりますよね。
 阿山組幹部のお嬢さんも通ってましたね…。そこからですか……。
 跡目を継いだことは、あまり、知れ渡ってませんから…。
 …ところで、何か、問題が…まさか……」
「……先日の件……学校に乗り込んで来た男達のこともありますので
 …それに、更に狙われやすい状態になってしまったとなると……」

真子の担任の先生は、今にも泣き出しそうな声で静かに話していた。

「通うな…と?」
「……阿山さんが、私の生徒になって、そして、こんな境遇にも負けずに、
 明るく過ごせるようになって、そして、笑顔も見せてくれるようになったのに……。
 こんなこと、言いたくないんです…。だけど……、学校に来るなと上からの指示で…」
「先生……」
「学校は楽しいって…。何もかも新鮮だと言っていたのに…」
「…仕方ありませんよ。組長も気にしておられました。だから、もう少し間をおいて、
 登校しようと考えておられるんです。だけど、そう言われると…」
「申し訳ございません」

先生は、深々と頭を下げていた。床に水滴が落ちる。先生は堪えていた涙を流してしまった。それに気がついたまさちんは、先生にハンカチをそっと差し出す。

「先生、頭を上げて下さい。先生は悪くありません。…悪いのは、
 ……私たちですから」

まさちんの言葉に、先生は、更に涙を流し、声を挙げて泣き始めてしまった。



「あなたのような素敵な担任のいるクラスで過ごせた組長は、
 幸せです。そして、これからのことは、我々が考えなければ
 ならない課題です。先生、本日は…ありがとうございました」

まさちんは、何度も何度も頭を下げながら去っていく先生を見送っていた。そして、とある方向に目線を移し、何かを考え込む。

「普通の暮らし……か…」

まさちんは呟く。そして、ため息を付きながら、本部内に入っていった。


まさちんが見つめた方角には、天地山がある。



その夜、天地山ホテルの部屋でくつろいている真子に電話が入った。相手は、真北だった。真北は、真子に厚木総会の一件を伝える。
受話器を置いた真子は、微笑んでいた。

「まさちん、怒ると怖いもんなぁ〜。だけど、どうしてあんなにムキに
 なっていたんだろう。…しかし、これからが、大変だなぁ〜。
 まだ、反対派は多いし、話し合いで決着できるような人物は、少なそうだし。
 ……って、弱気になったら駄目だ! ようし!!」

真子は、気合いを入れ、そして、布団に入って眠りはじめた。
真子の様子を廊下で伺っていた、まさは、真子が気合いを入れて床に就いた事が解り、安心したような表情を見せた。

お嬢様、これからも、頑張って下さい。
お嬢様の武器は…笑顔ですよ!

ドアの向こうに居る真子に、心で語りかけるまさだった。



(2005.6.19 第一部 第四話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


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