任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第五話 五代目の本心を知る

天地山最寄り駅。改札の前では、真子とまさが二人、仲睦まじく話し込んでいた。
二人の話は尽きることが無い様子。列車の到着時刻が近づいているというアナウンスが流れ、二人は寂しげな表情へと変わる。

「…それじゃぁ、まささん。……帰るね」
「はい。本当に、お一人で大丈夫ですか? 東京駅まで
 お送りすること、出来ますよ」

真子は首を横に振る。

「だって、まささんがここを離れるのは良くないって……」
「お嬢様をお一人で帰す方が、気になります」
「大丈夫なのにぃ」

真子は、ちょっぴりふくれっ面になる。

「私、もう十四歳だよ? 一人で全国旅くらい…出来るのに」

いいえ、その…心配なのは、そちらじゃなくて…。

まさは、言う言葉を探している。しかし、

「それに、どう見ても、五代目には……見えないでしょう?
 実はね、何度が一人で出掛けた事あるけど、…返って
 一人の方が安全だと解ったの」
「まぁ、確かに、あの面構えが側に居ると、狙って下さいって
 言ってるようなもんですからねぇ」
「まささんも、そう思うでしょう?」
「はい」

二人は、思わず声を挙げて笑い出す。

「支配人、列車がそろそろ到着しますよ!」

二人の様子を伺っていた駅長が声を掛けてくる。

「あ、はい。ありがとうございます。では、お嬢様、お気を付けて」
「まささん、ありがとう!」
「次、お逢いするのは…冬ですね」
「うん! じゃぁね!」

真子は、ニッコリ微笑んで、改札を通る。階段を昇るとき、振り返って、まさに手を振った。まさも手を振り返す。真子は、階段を昇っていった。
真子の姿が見えなくなった途端、帽子を目深に被った一人の男がまさの隣を通り過ぎる。

頼んだぞ。

まさが呟くと、男はさりげなく頷き、改札を通り、階段を昇っていった。
男が階段を昇ると、列車がちょうど到着した所だった。乗客は真子一人。真子が列車に乗り込んだのを確認した男は、自分の列車に乗り込んだ。


まさは、ロータリーに停めている車の前まで歩いてきた。そして、列車が発車していく様子を見上げる。

お嬢様、御無理なさらないで下さいね。
……京介、頼んだぞ。

列車が去り、静けさが漂う。まさは、何処かへ連絡を入れる。

「原田です。用事を思い出したので、帰りは夕方になります。
 えぇ、自宅の方に居ますので、何がありましたら、お願いします」

そして、まさは車に乗り込み、駅を離れていった。


真子が乗った列車では、車掌が乗車券の確認をしにやって来る。真子は切符を見せ、そして、席に座る。その様子を真子を追いかけるように列車に乗った男が、帽子のつばを軽く上げ、真子の姿を見つめていた。
真子は、窓の外を見つめていたが、そのまま眠りに就いてしまう。真子が眠った途端、男は真子の居る車両に入ってくる。そして、真子と同じ列の通路を挟んだ反対側の座席に腰を下ろした。

…五代目……か。

遠い昔を思い出しているのか、男の眼差しは、遠くを見つめていた。




東京駅のロータリーに停まったリムジンから、まさちんが降りてくる。

「こら、まさちん!!」

そう言って追いかけるように降りてきたのは、くまはちだった。

「ん?」

振り返るまさちんに、くまはちは焦ったような表情をする。

「お前は車で待てと言っただろうが。その足の傷、悪化させたいのか?」
「…これくらい、大丈夫だって。くまはちの方が、いつも酷いだろうが。
 俺が知らんとでも思ってたのか? 組長に知られないようにと、常に
 平静を装ってるだろうが。…ったく、あの傷でなぁ」
「それは、昔っからだ」
「組長が気にしてるのに?」

まさちんに言われ、返す言葉がないくまはち。

「あれくらいは、平気だから、お前は車で待っておけって」
「あまり、無茶するなよ」

まさちんの言葉に素直に従ったくまはちは、車に戻る。まさちんは、改札を通り、足取り軽くホームへ上がっていった。

新幹線がホームに到着した。まさちんは、グリーン車の車両の出入り口に立つ。ドアが開き、乗客が次々と降りて来る。その中に、真子の姿を見つけ、直ぐに声を掛けた。

「お帰りなさいませ」
「なんだ、まさちん、ここまで来てたの? ありがと。ただいま!」

笑顔で話す真子は、天地山に向かった時とは、うって変わって、すっきりした表情をしていた。

「御無事で…」
「いつものことぉ〜」

軽く言って、真子は歩き出す。
まさちんは、少し離れた所に降りてきた、目深に帽子を被った男に気付いた。男は、真子を見つめていたが、まさちんの目線に気付き、目線を移す。

なるほど…店長さん…か。

男は軽く頭を下げる。まさちんも男に一礼して、真子を追いかけていった。


男は、何処かへ連絡を入れる。

「無事に到着しました。地島が付いてます」
『ありがとな。お前も東京見学して羽を伸ばしても、良いんだぞ、京介』
「いいえ、私は直ぐに戻ります。支配人、今はご自宅ですか?」
『まぁなぁ、することを思い出したからさ』
「そうですか。では、戻ります」
『あぁ、気をつけろよ』
「はっ」

受話器を置いた男・店長京介。京介は、天地山の中腹にある喫茶店の店長を務める男。そして、まさがまだ、その世界で生きていた頃に、弟分として生きていた男だった。
京介は、反対側のホームに移り、到着した新幹線に乗り込んだ。



リムジンの側では、くまはちが待っていた。

「お帰りなさいませ。お疲れさまです」
「ただいま、くまはち。元気だった?」
「はい。ありがとうございます」



リムジンの中で、真子は、天地山でのことをくまはちや運転手に楽しく話していた。一通り話し終えた真子は、まさちんを真剣な顔で見ていた。

「なんでしょうか、組長」
「ん? 昨日の今日なのに、まさちん、元気なんだもん。
 まさちん、相当暴れたそうじゃない。くまはちよりも。
 ……で、大丈夫?」
「えぇ。私は、この通り大丈夫ですから」
「ところで、何かあったの? まさちんとくまはちの間で感じていた雰囲気が
 変わったんだけど…。ねぇ、くまはちぃ〜」
「いいえ、特に何もありませんが…。な、まさちん」
「えぇ。ありませんけど…。なぁ、くまはち」
「…やっぱり何かあったね。だって、まさちん、くまはちって、呼び合ってるし…」

真子は、ニヤニヤしていた。まさちんとくまはちは、お互い顔を見合わせる。
真子がなぜ、ニヤついているのか…。

「ま、とにかく、よかった」
「組長?」

真子は、それ以上何も言わなかった。そして、一点を見つめ、何かを決心したような顔でまさちんに向き直った。

「これからが、大変だよ、まさちん。まだ終わってない。みんなを納得させないと…。
 私の気持ちを…みんなに理解してもらわないと…ねっ」
「わかっております。こんな私ですが、組長のお役に立てるように、がんばります」
「よろしくね、まさちん、そして、くまはち」

真子は、力強く言った。

「はっ」

まさちんとくまはちは同時に力強く返事をした。
そして、リムジンは、阿山組本部へ入っていった。




会議室には、阿山組系の関東の幹部達が集まり、それぞれが、深刻な表情で話し込んでいた。

「地島の事を聞いた。奴を怒らすととんでもないことをやるらしいな…」
「あの猪熊の息子でさえ恐怖を感じたんだってな」
「俺達、組長の意見に反対してるけど、どうする?」
「どうするって…」
「俺達は、極道だろ? 一度言った意見を変えることできるか!
 銃器類を禁止? 今まで俺達が生きてきた世界をそんなに
 急に変えられるもんか!」
「そうじゃ。命取っての世界じゃ」
「あんなガキの言うこと聞いて、どうするんじゃい! 五代目の引退か、
 組を離れるかどちらかに決める!」

そう意気込んではいるものの…、

「厚木総会、パクられたそうだな」
「銃刀法違反だろ?」
「パクられただけじゃないだろ? 復帰できないかもしれないとか…。
 地島の奴、手加減知らんのか?」
「それより、副会長がまだおるやろ」
「そいつも塀の向こうらしいぞ」
「しかし、五代目も、どうしてあんなことを言うんだ。命を失うことが
 怖いんじゃないのか?」
「それは、お前達だろ?」
「…地島……五代目!!」

幹部達は、真子とまさちんが扉の所に立っている事も気付かないほど、話し込んでいた。幹部達の言葉を真子は静かに聞いていたが、まさちんは、真子のことを悪く言う幹部達に対して、怒りが沸々と…。その為、思わず怒り任せに言ってしまった様子。
それには、真子は項垂れたが…。

「聞いていたのですか? 五代目」
「聞こえていたんですよ。で、あなた方のお気持ちは充分理解致しました。
 命を失うことが怖い? それは、あなた方ではありませんか?」
「俺らが?」
「えぇ。私がそのようなことを言ったのは、怖いからではありませんよ。
 命の大切さが身にしみているだけですよ。……目の前で、失っていく方が、
 怖いですよ……」

真子は真剣な眼差しで、幹部達を見ていた。その雰囲気は、『お嬢様』の雰囲気は微塵もなく、その世界で生きていく為の威厳を持った五代目組長だった。

「……私は引退しませんよ。まだ、襲名して間もないですから。
 組を離れたいのでしたら、どうぞ。引き留めません。……ただし、
 力でものを言わせるようなことをすれば、私も黙っていませんが…。
 ね、まさちん…」
「はい」

二人は席に着くことなく、扉の所に立ったままだった。

「五代目、よくお考え下さい。先代の命を奪った奴らへ報復をしない。そして、
 銃器類を禁止する。これらは、すべて、我々に息をするなと言ってることに
 等しいんですよ。なぜですか? 五代目は、自分の父を殺されて、平気なのですか?
 それに、姐さんであった…母の命も……!!!」

真子は、その言葉に衝撃を受けていた。その言葉を発した幹部は、次の真子の行動で、自分の言葉を後悔することになる。

「………なわけ……ないだろ……? 平気な…わけ…ないだろ!!!
 親を殺されて、私まで命を狙われて、平気なわけ、ないだろ!!
 …我慢してるんだよ…。…そうでもしないと……私…が……」

じわじわと真子が醸し出す雰囲気に、誰もが恐怖を感じ始めていた。
何かが、真子の体の中を駆けめぐっている様子。
今にも飛び出しそうな何かを必死で押さえている真子……しかし、抑えきれなかった……!!!

「組長!!!!」

まさちんの叫び声と同時に、激しい物音が本部内に響き渡った。その音に驚いた山中や北野、くまはち、えいぞう、そして、若い衆が、幹部達の集まっている部屋へ駆け込んできた。

「何事ですか! うわっ!!」

駆け込んできた者たちは、荒れきった部屋を目の当たりにし、誰もが立ちつくしていた。
幹部達は、一点を見つめ、座ったまま。部屋中の物があちこちに飛び散り、ガラスは割れていた。そして、鬼のような形相をした真子を取り押さえているまさちんの姿が目に飛び込んだ。

「はぁ、はぁ、はぁ……く、組長……もう、いいんです。おやめ下さい…
 …お願いです。はぁ、はぁ、はぁ……」
「……流石…血は争えませんな…。先代に劣らない…」
「な…にぃ〜? もう一度、言ってみろ…」
「先代と同じような怒り方。怒り出すと、止まらない。いいや、止まるところを知らない。
 …そして、その表情。五代目の体に流れている血は、極道の血……
 極道そのものなんですよ……!!!!!」

そう言った幹部は、次の瞬間、視線が高くなり、背中に強烈な痛みを感じた。なんと、真子は、まさちんの腕をすり抜け、その幹部の胸ぐらを掴みあげ、壁に押しやっていた。

「…その言葉…二度と言うな…」
「組長!!! おやめ下さい!」

まさちんは、真子の両手を抱え込んで、真子を止めに入る。

「離せ、離せぇ〜っ!! うわぁ〜〜っ!!!」

まさちんは、必死で真子を抑え込む。しかし、真子に現れた怒りの感情は、納まることを知らない。

『父を殺されて、平気なのか…母の命も…』

この言葉が、今まで押し込めていた『怒り』の感情が現れるきっかけとなってしまった。
母、そして、父を失った真子。真子は、自分の感情を殺すことで、今までその哀しみを抑えていた。それと同時に沸き立ちそうになる『怒り』の感情。
更に、自分でも気にしていた事……『極道の血』……。
この言葉で、『怒り』をコントロールできなくなってしまった。

「解ってる……殺られたら、殺りかえす。それは、この世界では、
 当たり前の事だって…私だって、そうしたいよ…。母の命、父の命を
 奪った者へ、同じように…。だけど、そんなことして、どうするの?
 死んだ者は、生き返るの? あなた方は、簡単に言うけど、怒りの気持ちを
 抑えることは…難しいんだよ…少しでも、感情を表にすると、
 怒りの気持ちが…一番最初に現れる。…だから、感情を抑えていた…。
 殺られたら…殺る……。しかし、それを繰り返してどうするんだよ! そんなに、
 血を見たいのか? …だったら、見せてやるよ! 見せてやる!!」

真子は、まさちんの手を振りきり、足下に落ちているガラスの欠片を右手で拾い上げ、それを力強く握りしめた。

皮膚が切れる音、それと同時に聞こえてくる何かが滴り落ちる音…。

誰もが顔をしかめてしまう。
真子の右手から、綺麗な赤い血が滴り落ちていた。
それをただ、見つめるだけの幹部達、そして、山中達。
真子は、その右手を幹部達に差し出した。

「…これを見ても、痛さを感じないような奴は、阿山組から破門する。
 私は……、みんなを失いたくないだけだ…。父や、母が大切にしてきた
 この阿山組のみんなを…失いたくないだけなんだよ…」

真子は何かを必死で抑え込む。

「これが…私の本当の気持ち…銃器類を禁止した…私の…。
 これ以上、血を見るようなことを…してほしくないだけ……。
 それを、解って欲しい……」

真子の悲痛な叫び、姿を見た誰もが、思っていた。

『これが、阿山組五代目組長の真の姿なのか…。』

阿山組組員は、真子の恐ろしさを肌で感じた瞬間だった。

真子は、息を整えながら、差し出していた右手をゆっくりと下ろす。
その手からは、更に激しく血が滴り落ちていた。

「組長!」

まさちんは、真子の右手を手に取った。しかし、真子は、それを拒否する。

「……こうでもしないと、感覚が戻らないよ…。これだけ血を流しても
 ………痛みを感じないなんて……私が破門だね……」

真子は、呟き、そして、ゆっくりとガラスの破片を右手から取り除き、壁に向かって投げつけた。
ガラス片は、鋭く壁に突き刺さる。
そして真子は、ポケットからハンカチを取り出し、傷口に巻き付け、その場を去っていった。

「組長!!」

まさちんが追いかける。
暫く、幹部や山中達は、その場を動かなかった……というより、動けなかった。
今まで感じたことのない真子が醸し出す雰囲気に…。

真子の母・ちさとと同じような笑顔を持つ真子。その笑顔を見ているだけで、心が和んでいた。
そして、この世界のことは、全く無知なのに…。
そんな真子に、誰もが、五代目は無理だと決めつけていた。

何故、四代目が跡目を真子にと言ったのか。
何故、真北が、それを推したのか。
何故、地島が、真子についていくと決心したのか。
何故、真子は、五代目を襲名したのか……。

真子の意見に反対していた幹部達は、突然見せた真子の感情に戸惑い始める。

「…わしら、これからどうすればいいんじゃ…」
「破門…となれば、…あの五代目の敵になるのか?」
「わしは、嫌じゃ。敵に回したくない!」
「…俺たちとは、違う怖さだ…なぜだ、何が五代目を…あのような雰囲気に……」

真子の怖さを実感した幹部達は、それぞれ口にし始めた。

「…本能ですよ」

えいぞうが、静かに口を開く。

「本能?」
「…組長の本能がそうさせるんですよ。組長は、あれでも、一生懸命抑えていましたよ」
「抑えてる?」
「えぇ。……しかし、これ以上は、言えませんね。…兎に角、もう一度、考え直した方が
 よろしいかと思いますけどね…」

からかうような言い方をし、えいぞうは、その場を去っていった。

「……本能……」



真子の部屋。
まさちんは、真子の右手の傷の手当てをしていた。

「組長、これ以上、無茶をしないで下さい。今は医務室には、誰も居ない
 状態なんですから…」
「…ごめんなさい…抑えきれなかったの…。…まさちんは…大丈夫?」
「私は、大丈夫ですよ。だけど……無理をするなと私に言ったのは、
 組長ですよ。なのに、組長が無理を…」
「無理なんかしてないよ…。…これでいいんだと思う。
 私には、これ以上のことできない…。こんな方法でしか、
 みんなに解ってもらえない……。やっていけるかなぁ」

真子は、寂しそうに言った。

「大丈夫ですよ、組長。私がついてます」
「……まさちん……」
「…私が、組長を押しも押されもしない立派な組長に育てていきます。
 そして、組長の腕となり、足となって、これからの阿山組を……」
「まさちん……一体、何があったの?」
「…何がって…?」
「なんか、まさちんが変わったように感じて…」
「えっ?」
「まさちんに、初めて逢った頃と同じような……」

まさちんには、思い当たる節があった。

「…そんなまさちんを…見たくないなぁ〜」

真子は、だだをこねるような仕草でまさちんに言った。そんな真子を見たまさちんは、何か吹っ切れたような顔をする。そして、

「私も、こんな組長を見たくはありませんよ」
「…まさちん……」
「…笑顔、忘れないで下さい。こんな世界で生きていく我々にとって唯一の
 安らぎになるんです。組長の笑顔。…以前、聞いたことがあるんですが、
 組長の母…ちさとさんの笑顔、荒んだ心を澄んだ心に変えてしまう程、
 素敵だったとか…。…私は、組長の笑顔を観ていると、心が和みます。
 自分が、やくざだということを忘れてしまいます。ですから……」

まさちんは、真剣な眼差しで真子を見つめていた。

「まさちん……。…ありがとう……笑顔…忘れない。みんなの心が
 和むんだったら、私、笑顔を絶やさないよ。私の笑顔で、みんなが変わって
 くれるんだったら、私、笑顔を絶やさないようにしないとね!」

真子は、笑顔でかわいらしく…組長ではなく、十四才の普通の女の子らしい笑顔で、まさちんに言った。
まさちんは、真子の笑顔に魅了されたのか、一瞬、我を忘れてしまう。
……気を取り直して…

「はい。手当終わりました。痛みますか?」
「……心がね…」
「組長……」
「でも、大丈夫だから。心配かけて、ごめん。…ねぇ、まさちん」
「はい」
「…約束して…」

真子は、静かに言った。

「約束?」
「うん。私がね、ぺんこうと約束してること知ってるよね。
 『決して人を傷つけない』ってこと」
「はい」
「さっきは、止めてくれてありがとう」
「いいえ…その…」
「それでね、まさちんも約束して欲しいの…。
 『決して、人を傷つけない』ってことを…」
「組長、それは…俺にとって…その、あの…」

まさちんは、しどろもどろになっていた。

「大丈夫。まさちんならできるって」
「………」
「…まさちんに、怒りを覚えるような目に遭わさなきゃいいことだもん。
 暴れるのは、昨日で終わりにしてね。…今まで抑えていたんでしょ?
 昨日のことですっきりしたんじゃない?」
「…はぁ、…はい」

図星だった。
やはり、真子には、自分の考えを読まれてしまうようだった。

「……私も、すっきりした! 今まで言いたかったことを全部吐き出したって
 気分だもん! んーーー!!!!」

真子は、背伸びをして、大きな欠伸をした。

「お疲れでしょう。少しお休み下さい」
「うん。しばらく寝るね…。起こさないでよ……」

そう言った真子は、ベッドに身を沈め、直ぐに寝入ってしまった。

「お休みなさいませ」

まさちんは、そう言って、薬箱を片づけ始める。その手が、停まった。

「組長」
「ん? 何?」

寝ぼけた声で真子が言う。

「ありがとうございました。……約束、守ります」
「うん」

まさちんは、寝ぼけたような返事をした真子を見つめ、そっと部屋を出ていった。
ドアを閉め、その場にしばらく立ちつくす。
そして、何かを決心したのか、とある部屋目指して歩いていった。



山中や幹部達は、荒れた部屋にいた。誰も口を開かず、先ほどの真子の姿を思い出し、震え出す者もいた。真子が投げつけたガラス片は、痛々しく壁に刺さったまんまだった。そこへ、まさちんがやって来る。

「みなさん、どうされたんですか? 先ほどの意気込みは…?」
「地島、俺らをからかいに来たのか?」

山中が静かに言った。

「はぁ?! そんなことはありませんよ」
「組長は?」

静かに尋ねる山中。

「傷も深くありませんので、ご心配なく。少しお疲れの様子でしたので、
 今は、寝ておられます」
「…お前は、…知っていたのか? その、組長の…」
「山中さんは、ご存じなかったんですか? 組長の真の姿を。
 …私より、組長とのお付き合いは、長いはずでは?」
「長くても、俺は、気にもとめていなかったからな。真北や山本そして、お前が
 居たから…。俺にとっては、四代目のお嬢様としか思えなかった。だから、
 跡目を継ぐとは思わなかったよ…。俺達やくざを嫌っていたからな…」
「そうだよな。お嬢様は…五代目は、この世界とは、関わりあっていなかったからな…。
 おとなしい、無表情の印象しか、なかった…。まさか、その仕草は、怒りを
 抑えていたからとは…。俺達、幹部なのに、何も…知らなかった…情けない……」
「……このままでいいのか?」

沈黙が続く。誰もが真子の五代目としての真の姿を目の当たりにして、考え込んでいる。

「今のままでよろしいんですよ。ただ、組長の言葉をしっかりと受け止めて
 いただきたいんです。…怒りを爆発させるなんて、簡単です。だけど、それを
 抑えることは、難しいことです。その難しいことをやり遂げることこそ、我々が今、
 やっていかなければならないことだと思います」

まさちんが静かに語り出す。

「組長は、それをやり遂げたいのですよ。命を奪うことは簡単です。しかし、
 それを守ること…命を粗末にせずに守ることは、難しいことです。自分の命を
 張ってまで親を守る。そんな時代は、もう、古いんですよ。命の大切さを
 身をもって知れば、自然と解るはずです」

幹部達は、まさちんの言葉に耳を傾けていた。

「幹部のみなさん、組長とともに、新たな世界を築き上げてみませんか?
 あなた方だって、命を粗末にすること好んで行っていたわけではないでしょう?」

まさちんは、更に話し続ける。

「私が、組長についていこうと思ったのは、このような理由からです。
 組長は、自分のことよりも、他人の…私たちのことを大切に思っておられるんです。
 こんな私のことでさえ、いろいろと考えておられた。あの日から、私は、
 そんな組長を守っていくのが、私の生き甲斐になってます。組長の為に
 一生を捧げるつもりです。だから、私は……組長の笑顔を絶やそうとする者を
 許せない…絶対に、許さない…」

まさちんは押し黙ってしまった。まさちんの話に聞き入っていた幹部達は、これから先の事を考えていた。

「…もう一度、考えさせてくれ…」
「俺も…」
「俺もだ…。結果的には、良い方向にもっていくよ。……地島。ありがとう」
「俺達幹部が理解しても、下の者がなんと言うかが問題だよ」
「それを解決するのが、幹部の力っていうものですよ」

まさちんは、さらっと言い放った。

こいつこそ…本来の姿を隠してるな…。

そう想いながらも、まさちんに対して、今までは、敵対心が備わっていたが、一目置くようになってしまった。
そして、幹部達は、少し項垂れた感じで阿山組本部を出ていった。


「……地島…傷は大丈夫なのか?」

幹部達を見送りに玄関まで来ていた山中が、同じように隣に立つ、まさちんに尋ねる。

「はぁ?」
「銃で撃たれたんだろ? その右足」
「そうですよ」
「その…平気なのか?」
「痛みは感じませんので」
「……それは……あの日からなのか?」

まさちんは、暫く何も言わなかった。ふと、山中の方を振り返ったその表情は、すっきりしている。

「あの日に俺は、死にましたから。今の俺は、阿山組五代目組長・阿山真子を
 守る男です。痛みを感じていては、守っていけませんよ」
「そうだな…」

静かに応えて、山中は踵を返す。

「…まさちん、組長のこと、しっかりと守ってくれよ。
 …あの…あの笑顔を絶やさないようにな」
「山中さん…」

静かに告げた山中は、まさちんに笑みを送って、本部の奥にある自分の部屋へと戻っていった。その後ろ姿をいつまでも見つめるまさちんは、山中の心情を少し、理解したように思えていた。

部屋に戻ってきたまさちんは、真子のくつろぎの場所に目をやった。真子が包帯の巻かれた右手をお腹の上に乗せ、幸せそうな顔をして、眠っている。

組長…。

まさちんは、いつまでも真子を見つめていた。




真子が通う学校前に、真北が立っていた。そして、校門をくぐって、校舎へ入っていく。


「申し訳ありませんが、これ以上は…」
「…仕方ありませんね。親御さんが、そう仰るのなら…」

これじゃぁ、慶造と同じじゃないか…。

真北はため息を付いた。

「しかし、どうして、真子さんは五代目を継いだんですか?」
「あなた方には理解し難い気持ちがあるみたいですね。
 私にも、これからの事は見えません。恐らく、あの世界を…
 真子ちゃんの父であった慶造でさえ、出来なかった新たな世界を
 作り出せると、私は確信しております」
「真北さん…あなたは一体……」

それ以上、何も言えなくなる学園の理事長は、なぜか、自分たちの考えを恥じていた。
五代目を継いだ為に、学校から追い出してしまうという行為を…。

「先生方、理事長、今まで本当にお世話になりました。少しの間だけでも
 普通の生徒として過ごせた事…真子ちゃんは喜んでますよ。
 では、これで」

そう言って真北は席を立った。
真北の素早い行動に、呆気に取られる理事長は、自分の考えの間違いに気付いたのか、項垂れてしまった。
学園のモットー。人を区別しないという事。それを自ら崩してしまったのだから…。



学校を背に立ちつくす真北は、少し歩いて足を止める。その場に立ちつくし、ポケットに手を突っ込んで口を尖らせる。

「それしかないか…」

真北は、何を思いついたのか、急いで車に乗り込み、ある場所に向かって行った。




「組長、本当に、傷の治りが早いですね…。まだ、二日しか経っておりませんよ…。
 なのに、もう、跡形も消えて…」
「ね、大丈夫って言ったでしょ! それより、本当に、幹部のみなさん、
 理解してくれたの?」
「はい。このように、文書で…」

真子は、まさちんから、幹部達が提出してきた文書を受け取る。

「…どうして、直接言わないんだろう…」
「組長を恐れているんですよ、きっと」
「…駄目だったかなぁ。暴れたのは…」
「いいえ、あれでよかったんですよ。組長の怖さを知っていただかないと…」
「…まさちん……」

鈍い音が響く。

「うぐっ……申し訳ございません!!」

まさちんは、腹部に真子から拳をいただいていた。それは、かなり強烈だったようで……。

やはり……怖いですよ、組長……。

まさちんは、苦笑いをしていた。



(2005.6.19 第一部 第五話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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