任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第六話 気が付くのが遅すぎた!

阿山組本部・組長室。
真子は、幹部達が新たに提出した文書に目を通していた。その傍らで、まさちんが補佐をする。

「…これ……」

真子が差し出した書類に目を通すまさちん。

「組長のサインだけで大丈夫でしょう」
「…反対の場合は?」
「組長の意見を書いて、返却し、再度提出してもらえばよろしいかと」
「そっか……難しいことかな…」
「組長の意見に反対は…出来ませんからね」
「もし、私の考えが間違っていたら?」
「その時は、私が…」

ドアがノックされた。

「はい」
『真北です』
「どうぞ」

真子の返事を聞いてから、真北が組長室に入ってきた。その表情はとても深刻だった。

「真北さん、ここ二日ほど、どうされたんですか? …珍しく外出……」
「組長、深刻な話がございます」
「深刻な……話?????」
「まさちん、くまはちとむかいんを呼んできてくれ」
「はい…」

まさちんは、組長室を出て行く。
残された真子は、真北を見つめていた。
あまりにも深刻な表情に、真子は話しかけられず……。



組長室には、真子と真北の他、まさちん、むかいん、そして、くまはちが集まっていた。真北が、深刻な表情で、とても大切な事を告げた。その言葉で、真子の表情が曇る。

「…やはり…駄目なの?」
「先日の事も加えて、組長となった今は、更に危険性が増してしまい、
 今後も起こり得る可能性もあることから…仕方ないことですが…」
「…そうだよね……」

そう言ったっきり、真子は口を噤んでしまう。

組長…。

誰もが知っている真子の想い。
普通の暮らしをしたい…。
同じ年頃の子供達と過ごすことで、真子の心も和んでいた。
笑顔も増え、これからも、真子の想いを貫ける…そう思った矢先の出来事。
そして、真子が五代目となった今…。

「そこで考えたんだが…」

真北の言葉に、誰もが顔を上げ、真北に目をやった。

「大阪で過ごす気はないか?」
「………はぁ?!?!?」

誰もが真北の突然の言葉に、突拍子もない声を張り上げた。

「何を今更…」
「今だからこそ、大切な事だと思ってだな…」

真北の言いたいことが解らない。まさちんもむかいんも首を傾げていた。それ以上に真子が首を傾げる。しかし、くまはちだけは、真北から聞いていた為、驚く素振りを見せなかった。

「組長の意見に疑問を抱きながら帰った水木達に話す機会も
 あるだろう?」

真北は話し続ける。

「それに、例のことも停まったままだろうから」

例のこと???

首を傾げる真子だったが、次の真北の言葉で、なぜか納得する。

「俺の親友が大阪で医者をやっていてな、組長の右腕のことを
 話したんだよ。そして、学校のことも相談してみたら、
 ある条件でなら、組長は学校に行けるんじゃないか…と」

学校に…行ける?!

真子の表情にちょっぴり光が射した。

「腕も治るだろうという事だ」
「まだ…診てもらってないのに?」
「カルテと診断書を送ってましてね。…まぁ、道院長の息子さんとも
 知り合いだったから、その辺りは気にすることはないよ」

真北は微笑んでいた。

「学校…行くこと…出来るのは良いけど……その……医者……」

ハッ!!!!!!

真子の言葉で、改めて気付いた真北たち。
真子の嫌いなものは、やくざの他に、医者と警察……。

「真北さん、条件とは?」

まさちんがその場の雰囲気を切り替えるかのように、尋ねる。

「これが、条件だ」

真北が一枚の用紙を差し出した。真子達が覗き込む。

「えっ? ほんとですか?」

全員が口をそろえて驚いた。

「偽名ね…」

その用紙に書かれていた条件のうちの一つに真子は悩んでいた。

「はい。阿山組五代目組長ということがばれないようにしておかなければ、
 敵対する組が追ってきます。それに、関西方面を縄張りとするあの組が
 動き出します。今、動かないのは、まだ、跡目が決まっていないと
 いうことですが…。組長、どうしますか?」
「う〜ん。大阪で過ごすとなると、本部はどうするの? …組の仕事は、
 ほとんど山中さんがしていたけど…。良いのかな…山中さんに
 任せて…。それに、大阪の方は、どうするの? 住む家とかは?
 それに、大阪支部の幹部の人たちとは、話をしなければならないけど、
 私が、向こうに住むとなったら、みなさんともぎくしゃくしそうだし…。
 まだ、私の言葉に賛成してなかった様子だし…。ねぇ、真北さん、どうするの?」
「その辺りは、大丈夫ですよ。住む家や須藤さん達との事は、くまはちに任せますから」
「そっか。くまはちが居るなら、安心だね。くまはち、頼んだよ!」
「はい」

その返事には、なぜか、くまはちらしい力強さが無かった。

「…くまはち??」

真子に呼ばれて、我に返るくまはち。

「すみません」

くまはちの言葉に、疑問を感じる真子は、突然…、

「……真北ちさと……」

名前を発した。

「はぃ?!」

真北達は、突然真子が発した名前に驚く。

「いいと思わない? 真北ちさと」
「真北…ちさと…?」
「…だって、私の保護者が真北さんでしょ。それと、…思いついた名前が、
 ちさとだったんだもん…。……駄目かな……」

真子は、敢えて何も言わなかったが、『ちさと』という母の名前をつけたのは、真北のことを考えてだった。母のことを好きだった真北さん。
もし、二人が……。

「よろしいんじゃないですか」

まさちんは、嬉しそうな顔で言った。

「真北ちさと…か…」

真北が呟く。その表情は…、

「な、なんだよ!」

目線を感じた真北は、思わず怒鳴る。
真北の顔がにやけていたのだった。それに気付いたまさちんたちが、なぜかニヤニヤして真北を見つめていた。

「別に何もぉ〜」

そう言って、笑いを堪えるまさちんたち。
和やかな雰囲気に包まれている中、真子は、くまはちの表情とむかいんの表情が気になっていた。
大阪に行くか…という話が出た途端、二人の表情は曇っていた。いつもなら、真子の為の話には、笑顔で聞いているのに、この時だけは違っていた。

「学校は今、探している所ですから、見つかり次第手続きします」

真北が話を続ける。

「恐らくかなりの日数が必要と思いますので、その間の真子ちゃんの
 勉強だけど…」

その言葉を耳にした途端、誰もが表情を変えた。

「……まさか……」

真子は恐る恐る顔を上げ、真北を見る。
真北が指を差している。それも、真北自身を……。
真子は、がっくりする。

「本来なら、ぺんこうに頼むんだが、今は新たな学校で
 新人教師として働き始めた所だから、難しいだろうし、
 それに、本部に出入りすると、それこそ……」

真北の話に耳を傾ける真子は、

「ぺんこうの新たな仕事に影響したら困るから…我慢する」

真北の言葉を遮るように言った。

「…そうですか。…では、組長の勉強は私が見ますから。
 がんばっていただきますよぉ〜」

やる気満々の真北。
真子もちょっぴり喜んでいた。
真子の笑顔を見て、まさちんは嬉しそうに微笑んでいたが、くまはちとむかいんだけは、暗い表情をしていた。
真子はちらりと二人を見る。

もしかして……。



真子は、食堂の厨房に顔を出す。
夕飯の用意をしていたむかいんだったが、真子の姿に気付いていない。

「むかいん、組長がお呼びだよ」

他の料理担当の組員に声を掛けられて、初めて真子の姿に気が付いた。

「組長、どうされました? 夕食までは、まだ時間は…」
「むかいん…悩み事があるなら、私に相談してくれる?」

真子の突然の言葉に、

「……組長………」

むかいんは衝撃を受けた。


食事を終え、むかいんと真子は、食堂の隅にある団らん室のソファに腰を掛けていた。

「むかいん、大阪に行くこと…躊躇ってる? ここを離れる事…嫌なの?」
「いいえ。組長が大阪に行くなら、付いていくのは当たり前です。
 ただ……気になることが御座いまして…」
「気になること?」
「はい。…慶造さんが亡くなってから、……おやっさん……
 気が抜けたようになられて、…まるで、生きる屍のように…」
「笹おじさん……。……そうだよね……おじさんにとって
 お父様は大切な存在だったから…。もしかして、くまはちも…」

真子は、父が襲われた時の話を、えいぞうから聞いていた。その時に命を取り留めたくまはちの父親の事も耳にしていた。

「…自分の事ばかり考えて、みんなの事…考えてなかった…。
 いつも…私のことを考えてくれる、みんなのことを…。
 ごめんなさい、むかいん」
「組長は…悪くありません。…ただ、おやっさんが慶造さんを
 追いかけるのではないかと考えてしまって…」
「確か、お父様だけでなく、真北さんも笹おじさんと親しかったよね」
「そのようです」
「真北さんに…相談してみる。それに、私が言うよりも、安心だし…」
「組長……すみません…俺…」
「むかいん」
「はい」
「打ち明けてくれて……そして、教えてくれてありがとう。
 私、道を間違える所だった」
「組長……こんな時に……ありがとうございます!!」

むかいんの声は震えていた。

「後は、くまはちの悩み……か…」

真子は、食堂を出た足で、くまはちの部屋にやって来る。

「くまはち…居る?」

真子の言葉に素早く反応するくまはちは、直ぐに出てきた。

「組長、どうされました?」

真子の表情が暗いことに気付いたくまはち。思わず、心配そうに尋ねていた。

「どうされたは…私の方! くまはち、何を考えて悩んでるの?
 教えてよ、私に……打ち明けてよ!!!!」

真子の悲痛な声が、廊下に響き渡る。
真北、そして、まさちんが部屋から出てきた。

「組長?」

真子は、くまはちの前に立ち、涙を堪えるかのように目を伏せていた。そして、両拳を握りしめている。

「くまはち……悩み事は内に秘めていては、体に悪いんだよ?
 私に、そう教えてくれたのは…くまはちでしょう? あの時、私
 どれだけ、くまはちに力をもらったのか……」
「組長…」
「だから、くまはちも…私に打ち明けてよ……ねぇ…」

くまはちを見上げる真子の目は、潤んでいた。
もしかしたら、自分の思いを悟られたのかも知れない。

「組長、私は何も悩んでませんよ? ただ、これから大阪で過ごす
 その事を考えていただけです。どうすれば、組長が無事に、そして、
 幸せに過ごせるのか…と」
「うそ……。それなら、あんな表情しないもん! くまはちが、私の事を
 考えてる時は、あんな…暗い表情にならないもん!」

えっ!!!

くまはちは、真子に胸ぐらを掴まれていた。その手は震えている。

組長……。

「むかいんも同じ表情をしてた。さっき悩み事を打ち明けてくれたの。
 お父様を大切に想っていた…息子のように思っていた笹おじさん…
 今回の事で、抜け殻のようになってるって…。それが心配だから…。
 むかいんの言葉で気が付いたの。…今回の事で悩んでいたのは
 私だけじゃないって。…お父様に関わった人達みんな、そうだったって。
 ごめんなさい、八造さん。…私、自分のことしか考えてなかった…。
 みんなの気持ち……全然考えてなかったの……ごめんなさい…」
「……お嬢様………」

真子の涙が、床にこぼれ落ちる。
真北とまさちんが、歩み寄ってきた。

「組長」

その声に、真子は更に泣き出してしまう。そんな真子を抱きかかえたのは、真北だった。
真子は、真北の肩に顔を埋めて、泣きじゃくる。

「真子ちゃん。今日はもう、寝ましょう。疲れてるでしょう?」

真北の言葉に首を横に振る。

「むかいんとくまはちの悩みは、私が解決しますから、
 心配せずに、寝なさい」
「…で、で…でもっ…ぐすっ……私が………考える…こと……」
「今日はこれまでにしなさい。まさちん」
「はい」

まさちんは、真北から真子の体を受け取った。その途端、真子は、まさちんの肩に顔を埋めて泣き始める。まさちんは、真子に優しく声を掛けながら、真子の部屋へと入っていった。
真北は大きく息を吐いて、くまはちに振り返る。何故か目を反らすくまはちに、真北は優しく声を掛けた。

「いいんだぞ、猪熊さんが心配なら」
「いいえ、私は組長を守る者ですから…」
「…それなら、そんな面で、真子ちゃんの前に姿を見せるな」
「!!!」
「今のくまはちは、昔の俺のような面…してるぞ」
「真北さん……」
「吹っ切れないなら、吹っ切れるまで、行動しろよ」
「解ってます…」
「えいぞうから、何を聞いた?」
「小島のおじさんが申していたそうです……。親父が…慶造さんを
 追いかけようとしているかもしれないと…。親父の思いは解ります。
 守らなければならない者を失ってしまった…これからの事を
 考えると、生きる希望が湧かない……どうすればいいのか…って」
「くまはち…」
「親父の立場を、自分に置き換えて考えてしまったんです。
 もし、俺が、組長を守れずに生きていたら…そう考えただけで
 俺……組長の幸せを思う余裕が無くなってしまった」
「それなら、真子ちゃんにお願いするしかないだろうが」
「えっ?」
「ちさとさんを失った時、慶造が追いかけなかったのは…
 真子ちゃんが居たからだぞ。…もちろん、俺も同じだけどな」
「真北さん…」
「何のために、真子ちゃんが居るんだよ。組長に相談することが
 悪いとは思わないぞ。それよりも、心配掛ける方が悪いだろ?」

真北の言葉で、くまはちは吹っ切れたような表情になる。
真北は、くまはちの肩を軽く叩いて、自分の部屋に戻っていった。
くまはちは、真子の部屋を見つめる。一緒に入っていったまさちんは、まだ出てこない。その事で解る…真子は泣きやんでいない…ということが…。

組長……。

くまはちは、拳を握りしめた。



真子の部屋では、真子は泣き疲れて眠ってしまった。
まさちんは、真子の頭を優しく撫でる。真子は、まさちんの服を掴んだまま、眠っている為、まさちんは動けずにいた。
部屋のドアが開き、くまはちが入ってきた。

「組長の泣く姿を観たくないんじゃなかったか?」

まさちんが、静かに言った。

「あぁ、…でも俺の悩みは…」
「相談しても悪くないだろうが。俺達の親…だぞ」
「俺は、自分の悩みは自分で解決するようにと育てられてきた。
 だから、今回も……確かに、慶造さんを守れずに、親父は
 生き残ってしまった。…それも慶造さんに守られて…。
 そんな親父が考えることは解ってる。…確かに、俺が思った
 通りの応えを出した。…生きてる事が辛い……とな」
「そうだよな…」
「俺は、親父が慶造さんの後を追いそうだという事を耳にして
 初めて不安に駆られた。…親父も人間だったんだと……」

くまはちは、眠る真子を見つめた。
真子の頬は涙で濡れている。その涙を優しく拭うまさちん。

「組長に心配掛けるのは、良くないだろが」
「悪かった…反省してるよ。…ただ、猪熊家の問題は…」
「阿山家の問題でもあるんだろ? 慶造さんが健在の頃
 しょっちゅう言われていただろうが。慶造さんにも、そして、
 お嬢様にも」
「…小島のおじさんが、哀しい表情をするくらいだぞ…」

くまはちの言葉を聞いて、まさちんは振り返った。

「それは、本当に…深刻だな」
「そうだろう? ……そんな親父を放ったまま、大阪に行くのは…」
「それなら、残れよ」
「えっ?」
「大阪で過ごす組長を守るのは、俺一人で充分だからさ。それに、
 真北さんも居る。二人が付いていれば、安心だろ? 俺は組長の
 側近であり、ボディーガードでもある。それに、俺の力量は既に
 知ったはずだ。…だから、俺に任せておけって」
「まさちん……てめぇ…」
「そんな面で、組長の前に来るなよ」

真北と同じ事を言われたくまはちは、唇を噛みしめ、そして、真子の部屋を出て行った。

「…はぁ……あ」

まさちんは、真子のベッドに顔を埋めた。

「組長ぅ〜。俺、憎まれ役は一番苦手なんですからね…」

どうやら、真子は寝入る前に、まさちんに頼んでいた様子。
くまはちが怒りに触れることで、くまはちの想いを打ち明けるだろう。
だから、くまはちにとって、禁句の…仕事を取る…という言葉を言って欲しい…と。
まさちんは、殴られる覚悟で、くまはちに言った。
しかし、くまはちは、まさちんに怒りをぶつけるどころか、何もせずに、悔しさを満面に現してから、部屋を出て行っただけだった。


くまはちは、解っていた。
真子の想いも、まさちんが発した言葉に隠された事も。
自分の事を一番に考えてくれる真子の気持ちが嬉しかったのだ。
それを隠すために、思わず飛び出してきた。
廊下を歩いている時、向こうからいい加減な男が歩いてくる。

「よぉ〜八やぁん」

軽い口調で声を掛けてくるのは、えいぞうだった。

「いっ?!?!?」

くまはちは、なぜか、えいぞうに拳と蹴りを炸裂していた。思わず避けるえいぞうは、くまはちの拳を軽く受け止めた。

「八やん?!???」

今まで見たことのない、くまはちの雰囲気に、えいぞうは狼狽える。
受け止めてる拳が震えている。
それに、拳と蹴りは、えいぞうの体に一つも当たらなかったのだった。

「どうした、八やん…。まさか、おじさん…。…な訳ないか。
 今の今まで、俺の親父がおじさんに逢ってたもんな。
 もしかして…」
「…親父を置いて……大阪に行くこと…できないよ…」
「八やん???」

くまはちの言葉に、更に狼狽えるえいぞうだった。


夜空に月がポッカリ浮かんでいた。その月を眺めることが出来る縁側に腰を掛け、えいぞうは、くまはちの話を聞いていた。くまはちが何に悩み、そして、打ち明けられずにいるのかは解っている。今まで見たことのない、くまはちの弱みに、えいぞうは、思わず『兄貴肌』を見せてしまう。

「そりゃぁ、組長に打ち明けるべきだな」
「……できないよ…」
「打ち明けろ…というのが、組長命令なら?」
「…それでも…」
「猪熊家は阿山家に逆らえないんだろ?」
「そうだけど」
「組長が打ち明けて欲しいなら、打ち明けるのが当たり前だろ?
 それに、八やんが何を言ってもおじさんは変わらないだろうし、
 自分の息子に言われたら、それこそ、おじさんは怒るだろ?
 それなら、組長に頼むしかないだろが。…おじさんを救うことを」
「えいぞうなら…打ち明けられるのか?」

くまはちの言葉に、えいぞうは暫く考え込む。

「まぁ、確かに、組長の手を煩わせたくないけど、心配掛けるのは
 もっと嫌だな。……それに俺……。打ち明けられないだろうな」

そう言って、えいぞうは寝転んだ。

「まぁ、八やん」
「ん?」
「そのまま墓場まで持って行く気なら、組長の前では
 そんな面は、するなよ。お前らしくないからさ」
「俺らしく…ないか…」
「それにおじさんに、縁を切られてるなら、何も考えるなよ。
 まぁ、あれだ。おじさんの事を伝えた俺が、悪かったんだな…」
「そんなことは………でも…」
「俺の親父……同じ事考えてたよ」
「えっ?」
「八やんのおじさんと同じように、四代目を守れなかった事…
 悔やんでる。だけど、親父には、まだ、やることがあるから…」
「やること?」
「…真子お嬢様の成長を見届けること」
「えっ?」
「もしもの時に、四代目が伝えていたそうだ」
「そういや、俺も……」

くまはちが真子のボディーガードとして、阿山組に来た頃に、慶造から強く言われた事があった。

俺にもしもの事が遭っても、お前は、真子のことを考えろ。
真子には、俺よりも、お前が居る方が、安心だ。
だけど、真子を哀しませる事だけは、絶対にしないで欲しい。
それだけは、絶対に…。

慶造の言葉を思い出したくまはちは、空を見上げた。

「そうだった…。組長を哀しませる事は…」
「どっちにしろ…」

えいぞうは体を起こす。

「おじさんの事は、俺が組長に伝えるつもりだしぃ〜」

えいぞうが言い終わる前に、鈍い音が響く。
くまはちの裏拳が、えいぞうの腹部に決まっていた。

「……って、あのなぁ〜八やん、それ…やめれ…」

蹲るえいぞうに、くまはちは、にやりと微笑んでいた。

「俺の親父のことだ。お前に干渉されたくないっ」
「あぁ、そうかよっ。それなら、自分で話せや」
「…じゃっかましぃっ!」

くまはちは、素早く立ち上がり、えいぞうに蹴りを入れてから、去っていった。

床に横たわるえいぞう。

ったく………。

えいぞうは、思惑通りのくまはちの行動を見て、安心していた。

「それにしても……益々俺への当たりが…きっつぅ〜〜」

大の字に寝転んだ、えいぞうだった。





真北は、阿山組本部の隣にある高級料亭・笹川に来ていた。
女将の案内で、料亭の主人である笹崎という男に会いに行く。
むかいんが真子に言ったように、主人の笹崎は、生きた屍のように、じっと座っているだけだった。真北の姿に気付けば、必ず笑顔で話しかけていた笹崎。しかし、そこに居るのは、今まで見たことがない姿…。
真北は、壁をノックして、声を掛ける。

「笹崎さん」

その声に、軽く反応して、ゆっくりと振り返る笹崎。
その表情は、生きる気力さえないというものだった。

「…真北さん……」
「どうされたんですか? …むかいんが心配してますよ?」
「…もしかして、五代目にまで…影響してますか?」

そういう鋭い感覚は、残っている様子。

「その通りですよ。真子ちゃんに頼まれました」
「私の様子を…ですか?」
「いいえ、その…真子ちゃんが大阪に行くのに、むかいんを
 連れて行く事を、きちんと説明するように…ってね」
「大阪ですか…」

真北と少し話し始めただけで、笹崎の表情が明るくなっていく。

「跡目を継いだ途端、学校から来るなと言われましてね。
 まぁ、無理もない。跡目を継ぐ前なのに狙われて、他の生徒達に
 精神的な恐怖を与えてしまったんですからね」
「それでも温かく迎えてくれる学校だったんじゃありませんか?
 だから、慶造さんは………」

慶造の名前を口にした途端、意識が抜けたようになる笹崎。
無理もない。
笹崎は、阿山組三代目の頃に、お世話係として慶造の側に仕えていた人物。ある事件が起こる前までは、阿山組系笹崎組の組長をしていた男だった。笹崎組が健在の頃は、飛鳥や松本、そして、川原の三人は、組員として過ごしていた男達。笹崎組解散と同時に、笹崎に付いていくか、阿山組の組員として残るか…それを選択し、飛鳥たちは、阿山組系の組長として、今がある。阿山組では幹部という立場にいるのだが…。

「…それじゃぁ、慶造さんの時と同じですね」

笹崎は気を取り戻す。

「仕方のないことですよ」
「もしかして、大阪だと、学校に通えるんですか?
 そして、お嬢様が望んでいる普通の暮らしも……」
「それは、行ってみないと解らないのですが、取り敢えず、
 学校に通うことは可能です。…但し、条件がありますけどね」
「条件?」
「阿山組五代目とばれないこと。…その為に偽名を使って…ね」
「偽名……」
「真北ちさと」
「えっ?」

笹崎の驚いた声に、真北は微笑んだ。

「やはり、驚きますよね。その名前は」
「どうして、ちさとさんの…名前なんですか?」
「真子ちゃんの……気持ちですよ。………」
「真北さんに対する…気持ちですか…」

笹崎の言葉に、真北は驚くが、フッと笑って、笹崎を見つめ、

「えぇ」

短く応えた。

「笹崎さん」
「はい」
「…真子ちゃんが…慶造の意志を引き継いでますよ」
「慶造さんの…意志…」
「新たな世界を築く事。…それを思って、真子ちゃんは早速
 無茶を言いましてねぇ」
「銃器類の禁止…そして、射撃場の閉鎖…」
「飛鳥から…聞きましたか…」
「えぇ。…慶造さん以上の五代目としての威厳まで」
「それを聞いても、尚……哀しまれるんですか?」

真北の言葉に、笹崎は、何かに気付く。

「先を急がないで下さい。そして、これからの真子ちゃんの行動を
 見守っていただけませんか?」
「真北さん……」
「そして、…俺の話し相手……止めないで欲しい…」

真北の言葉に、一縷の光を見たのか、笹崎の表情が明るくなっていく。

「失っても、心に生きている……か」
「えぇ。…あいつと過ごした日々は、しっかりとこの胸に、そして、
 笹崎さんの胸にも刻まれてますからね」
「…そうですね。……真北さん」
「はい」
「涼には、しっかりと五代目を支える料理を作り続けろと
 伝えてください」
「かしこまりました。伝言、確かに承りましたぁ」

真北の笑顔に釣られて、笹崎も微笑んだ。
二人の会話を廊下で聞いていた女将は、笹崎が元気を取り戻した事を感じ、うっすらと涙を浮かべていた。


その頃、真子は、えいぞう運転の車で、道病院に来ていた。駐車場に停まった車から降りた真子は、車の中から中々降りてこない男に手を差しだした。

「ほら、行くよ」

真子に促されて、躊躇いがちに車を降りたのは、くまはちだった。

「だから、くまはちを連れてくるのは嫌だったんですよぉ、組長」

えいぞうが呆れたように口走る。

「私の行く所に、くまはちの姿あり!でしょう? 付いてくるのは
 当たり前じゃない! それに、これから逢う人物に怒られるのは
 くまはちでしょう? 連れてこないと駄目でしょうがっ!」
「すみません…組長」

ふてくされたように応えるえいぞう。

「えいぞうさん? そんなに嫌なら、まさちんを邪険に扱ってまで
 名乗りでなかったら良かったでしょう?」
「私だって、くまはちの事が心配ですし、今回の件は、俺にも
 責任がございますから…」
「…ごめんなさい……」
「あっ、いや、その……組長……」

真子が暗い表情になったことで、えいぞうは焦り出す。

「くまはちの気持ちも解るけど、これは五代目として言わないと…。
 だって、私が大阪で過ごすためには、一番必要だから……。
 大切な息子さんをお預かりするんだから、ちゃんと伝えないと…」

自然と五代目の威厳が現れる真子に、えいぞうもくまはちも呆気に取られてしまった。

一体、誰が、真子にこのような事を……。

そう考えていると、真子が病院の建物に向かって歩き出した。

「って組長! お袋が働く道病院でも、危険ですから!! お一人での行動は〜」
「だったら、早く来なさいっ」

真子に言われて、えいぞうとくまはちは追いかけて走り出した。



(2005.6.20 第一部 第六話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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