任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第七話 お忍び旅の行く末は?

梅雨の季節。雨を喜ぶものたちは、庭で元気な声を張り上げて鳴いている…。
ゲコゲコゲコゲコ……。
そんな声を耳にしながら……。

真子の部屋。
この日、何年かぶりに、真北が真子に勉強を教えていた。
以前行っていた時よりも、真子の覚えが早くなっていた。

この日ばかりは、『五代目』ではなく、普通の女の子として、真子は過ごしていた。
組長としての仕事は、山中に任せて……。

「では、休憩しましょうか」

真北の言葉と同時に、むかいんが飲物を持って入ってくる。真子にはオレンジジュース、真北には、お茶。

「ありがとう!」

真子は飛びっきりの笑顔で、むかいんに応えた。

「むかいん、仕事は?」
「今日はお休み頂いてます。なので、今日は飛びっきりの料理を
 御用意致しますので、お楽しみ下さいませ」
「うん!」

むかいんは一礼して、真子の部屋を出て行った。

「真北さん」
「はい」

お茶を一口、おいしそうに口に含んだ真北は、明るく返事をする。

「ありがとう」

真子の言葉に、真北は微笑む。

「どう致しまして。…それより、猪熊さんの事…」
「うん……くまはち、元気を取り戻したでしょう?」
「そうですね。あの日と違って、活き活きとしたくまはちに戻りましたよ」
「安心した。……私…本当にみんなのこと考えてなかったって…
 改めて思ったの…。みんなは私の事を考えているのに、私は
 それに甘えていたんだ……」

ちょっぴり寂しげな表情になる真子を見て、真北は優しく微笑み、そっと頭を撫でていた。

「真子ちゃんが心配することは無いんですよ」
「…真北さんは、お父様が亡くなった時…どうだったの?」
「ん?」
「だって…看取ったんでしょう?」
「えぇ。…真子ちゃんのことを頼まれましたよ」
「五代目は…私って事を?」
「それもありますよ」
「そうだったんだ……」
「真子ちゃんは真子ちゃんの思うように過ごせばいいんですよ。
 私たちは、真子ちゃんに付いていくだけですから」
「でもね、…今回のように、何かを忘れていたら…教えてね」
「お任せください」

真北の元気な言葉に、真子は飛びっきりの笑顔を見せた。そして、その勢いでオレンジジュースを飲み干した。

「では、次!!」

真子の張り切り方は、真北の想像を超えるほどのものだった。

「それでは、進みますよ」

真北は、きっちり丁寧に教えてくれるが、滅茶苦茶厳しいので有名……。





くまはちが新幹線から降りてきた。降り立った駅は…新大阪駅。
真子が暮らす準備の為に、先に向かうと言って、梅雨が明けきらないうちに、やって来たのだった。
あの日以来、くまはちは、父親への想いが吹っ切れていた。

俺以上の男になって、五代目を支えて行けっ。

父親の言葉を改めて受け止めたくまはち。
他の客に紛れて改札を出て行く。そして、そこで待っていた二人の男に気付き、微笑んだ。
くまはちを迎えに来ていたのは、須藤組の組員・虎石と竜見だった。
慶造の指示で、大阪で二年ほど仕事をしていたくまはち。その時、須藤に世話になっていた。その際、須藤から手伝いとして与えられた二人。この二人は、初めは嫌がっていたものの、くまはちの男気に惚れ、代替わりした阿山組だが、こうして、くまはちの側に仕えるのだった。

「兄貴、お疲れさまでした」
「こちらです」
「あぁ、悪いなぁ。また、よろしく頼むよ」

くまはちは、虎石と竜見に案内され、車に乗り込んだ。
運転席に座る竜見は、顎にホクロが二つある。そして、助手席に座っている虎石とは同級生だった。一方、虎石は、かなり目つきが悪く、常に喧嘩を売られてしまうと言う男だった。くまはちは、後部座席で、姿勢を崩し、くつろぎ始めた。
本部や真子の前では絶対に見せない姿だった。

「兄貴、お嬢様…違った。五代目は、お元気ですか?」

虎石が、振り返って尋ねる。

「元気だよ」
「…実は、須藤組長から聞いたんですが、五代目、相当暴れたそうで…。
 地島もですか?」
「…虎石は、どう聞いているんだよ」
「東京の幹部のみなさんが、五代目の意見に反対して、もう少しで、命を落とすか、
 破門かという事態に陥ったと…。須藤組長は、幹部の方から聞いたそうですが。
 その五代目が暴れる前の日に、兄貴と一緒に地島が厚木んとこに乗り込んだんですよね。
 …兄貴が、恐れる程…地島は、すごかったとか…」
「あぁ。そうだ。まさちんの奴、本性隠していやがった。俺が敵に手を出す前に、
 まさちんに取られた。そして、目にも留まらぬ早さで、敵をなぎ倒していったよ。
 …俺の出番なかったんだよ。それよりも、厚木に鉄拳をふるっていたまさちんに
 恐怖を感じた。…俺はな、敵に暴力は振るうけど、死までは与えない。しかしな、
 あの時のまさちんは、…人の命をなんとも思っていないような雰囲気だった……」

虎石と竜見は、珍しくたくさん口を開いたくまはちの話に耳を傾けていた。

「取り敢えずだな、俺は、まさちんに一目置いてるよ。
 怒らせないようにすればいいことだしな」
「わかりました」

虎石と竜見は、声を揃えた返事をした。そして、車は、須藤組事務所に到着する。くまはちは、車の窓から事務所を見つめ、

「まずは、須藤さんからだな」

そう呟いて車を降り、事務所に入っていった。




阿山組本部。

「まさちぃ〜〜ん!!」

真子の声を聞いて、まさちんは急いで真子の部屋へ駆け込んだ。

「何でしょうか」
「ん? あのさぁ、今日と明日は、真北さんが居ないから、
 羽を伸ばしたいなぁっと思って…」
「組の仕事は?」
「それも、お休みして」
「……わかりました。では、出かける用意を致します。ところで、どちらに?」
「…大阪」
「かしこまりました…って、……お、大阪ぁ〜?!?!!」

まさちんは、真子の言葉に驚く。

「そう。大阪」

真子の言葉に、まさちんは、何も言えずに、ただ、口を開けたままだった。 





真子は、新幹線に乗っていた。初めて向かう大阪。ドキドキ、ワクワクしながら、窓の外に流れている景色を観つめていた。まさちんは、また、こっそりと外出したことに対して、気が気でなかった…それも、行き先は……大阪…。
敵地……??

真子の意見に対しては考えておく…と返事をもらったものの、やはり、相手は敵対していた事もある組の者。それに、勝手に出掛けては…。もしかしたら、殴り込み…に取られる可能性もある…。
と悩んでいるまさちんとは、裏腹に、

「まさちん、観て!! すごいっ!!!」

真子は、突然目の前に現れた富士山を観て感動していた。
真子の言葉で我に返ったまさちんは、真子と同じように窓の外に目をやった。

「…すごいね…。壮大だね…」
「えぇ。日本一です」
「…すごいや……」

真子は、感動しているのか、目を潤ませている。

ったく、組長は…。

これから向かう先のことを心配していたまさちんは、真子の表情を見て、心配事が吹き飛んでしまった。
真子が景色を見て、はしゃぐ姿を見て、兄のように微笑んでいた。




真子とまさちんは、新大阪駅に着く。人混みの中、どこに行こうか悩んでいた。大阪に向かうと言ったものの、狭いようで広い大阪。どこに行くんだろう…。それとなく、真子に尋ねると、

「見物だよ。これから暮らしていく大阪の様子をね、
 少しでも知っておきたいから。……でも、どこから廻ろう…」
「大阪といえば、ミナミですね」

まさちんは適当に応える。

「ミナミ?……ようし、行ってみよう!」

真子は、ミナミの事は全く知らなかった。取り敢えず、まさちんが思いついた場所から、攻めていこうと考えたのだった。


ミナミ。
それは、若者達が溢れる街。賑やかで、華やかで……。

「ここが、ミナミかぁ」

地下鉄連絡通路から地上に出た真子は、キョロキョロしながら、歩いていた。
初めて見る人混み、そして、商店街の派手やかさ。真子の足は、停まることを知らないのか、人混みの間をすり抜けるように歩いていく。人々は、ぶつからないようにと真子を避けてくれる。そんな真子を守るように、まさちんは歩いていた。
真子は、初めて観る光景ばかりで、目がランランと輝いていた。

商店街を抜けると、アーケードが無くなった。信号待ちで立ち止まっている真子とまさちん。信号が青になり、橋に向かって歩いていた。橋からみえる万歳してる大きな人が描かれたビル。真子は、それを指さして、同じような格好をしていた。あまりのはしゃぎっぷりに、まさちんは驚きながらも、嬉しそうに微笑んでいた。

欄干の所で立ち止まり、橋の下の川を眺めている真子。

「あんまり綺麗じゃないね」
「そうですね」
「都会だから、仕方ないか。んーーーー!!!」

真子が大きく背伸びをした時、歩いてきた人に拳が当たってしまった。

「あっ、すみません!!!」
「……すみませんで、済むと思うんか?」
「…あの、その……」

相手は、どうやら、同業者…いえいえ…やくざのご様子…。
普通の人なら、そんな相手だと、ビクビクとして、恐怖で身が縮まるはず…なのに、真子は、違っていた。それもそのはず。そんな方々は、見慣れている……。

「にいちゃん、こいつの連れか?」
「だったら、どうした?」

凄みを利かせたまさちんに、敵意を感じたのか、相手のやくざは、突然、ドスを手にした。
……普通の人なら、ここで、恐怖に腰を抜かすのだが……。
真子とまさちんは、全く動じていなかった。

「…だから、すみませんと言ってるでしょう。なのに、どうして、そんな物を
 ……まさちん……」
「わかりました」

まさちんは、真子に返事をした途端、相手に拳を向けた。その拳を素早く止めた真子。

「まさちん!! 違うって」
「へ? こいつを…」
「…やめなさい。約束、守れないの?」
「…すみません!!」

拳を下ろしたまさちんに、真子は笑顔を向けた。気が付くと、周りに人だかりが出来ていた。

「これ以上、騒ぎ立てるのは、よしたほうが、よろしいかと思いますが……」
「…ふん。堅気が粋がるんもええかげんにせえよ」

相手のやくざは、手にしたドスを引っ込めにくくなったのか、更に凄みを現してくる。
そこへ、近づく人物が居た。

「ええ加減にさらせ。お前はぁ、堅気の方に…」
「水木親分!!」

相手のやくざは、ドスを懐にしまった。

「お嬢さん、お兄さん、驚かせてすみませんねぇ」

優しさ溢れる表情で、優しく声を掛ける水木親分と呼ばれた男。

「いいえ、私の方が悪かったんです。周りを観ずに、腕を
 挙げて背伸びをしたのもですから…」

真子は、水木の優しさに応えるかのように、笑顔で言う。

「……ご、だ、い、め…?」
「へっ?!」

真子を観た水木は、突然、言葉を失った。




「申し訳ございませんでした!!!!!」
「だから、もう、気にしてないって」
「いいえ!! 指、詰めます」
「あーーーーー! まさちん、止めて!!!」

まさちんは、指を詰めようとした相手のやくざを羽交い締めにした。

「しかし、五代目、お忍びで大阪へ?」

水木が驚いたように尋ねる。

「ん? はい。こっそりとね…。そうでなかったら、組の人たちが、お出迎えして、
 大変な騒ぎになるでしょ?」
「…真北さんや、山中さんは、ご存じなんですか?」
「だから、お忍びですよ」

真子とまさちんに絡んできたやくざ。
それは、ミナミを拠点とする阿山組系・水木組の組員・西田だった。そして、その親分こそ、水木組組長の水木という男。水木は、襲名後に何度か会話を交わした為、真子の顔を知っていた。
だから、一目見て真子だと気が付いたのだった。
そして、あの場を、誤魔化して、水木組組事務所へ真子とまさちんを案内した。

「なぜ、ミナミに?」
「えっ? あ、それは、その……大阪を見学するなら、どこがいいかって、
 まさちんに聞いたら、ミナミって応えたので、こうして、新大阪からも近かったので、
 電車一本で…。しかし、すごいね、ミナミって。人、人、人!!! どうして、こんなに
 居るのって感じで。すごいやぁ。水木さんもすぐに私ってわかるんだもん」
「それは、一度拝見しましたから」

真子の口調に、なぜか違和感を覚えながらも、水木は応える。

「…そっか。まさちん、顔つなぎも兼ねて、ここで…」
「組長、それは…」
「五代目。その……先日は大変失礼な言葉を申しまして……」
「ほへ?!」
「銃器類の禁止。命を粗末にしない、一般市民に迷惑を掛けない。
 五代目の意見に反対をするような言葉を発しましたが、その……。
 ご安心下さい。私は、賛成致します。そして、その言葉に従います」
「えっ?!????」
「えぇ。実は…水木組は以前より、銃器類を禁止してます」
「…それは、存じ上げてますよ、水木さん」

真子の雰囲気が急に変わる。
それまでは、普通の女の子のように、初めて来た大阪の話をして、はしゃいでいたが、五代目組長の雰囲気を醸し出していた。
あの日、ちらりと見せた雰囲気…。
水木は、その雰囲気に衝撃を受けた。

「水木さん、約束してください」
「何でございましょうか」

思わず声が上擦った。

「…一般市民に迷惑を掛けないって」
「へ?」
「先ほどの欄干での出来事ですよ。堅気の方に凄みを利かせて
 どうするんですか。そりゃぁ、いきなり殴られたら怒りたくなりますけど、
 そこは、ほら、我々はただでさえ迷惑をお掛けしてるようなもんですし…。
 そりゃぁ、一般市民にも悪い人が居ますけど…そうですね。観ていると、
 このミナミは、かなり恐そうですね。特に夜。そんな夜でも、楽しく過ごせる
 ように、みなさんを守ってあげてほしいです」

真子は、矢継ぎ早に話していた。

「五代目…」
「…駄目ですか? ……やっぱり、私は、甘いですね。
 今の話、もう一度、考え直します……」

真子は、少し寂しそうな顔をしていた。

「…いいえ、五代目。そのようなことは御座いません。
 五代目のご命令、存分に従います」

水木は、深々と頭を下げていた。真子は、そんな水木の姿をみて、戸惑ってしまった。

「あの、その、水木さん…頭、上げてください!」
「我々は、この、ミナミを縄張りとしています。いわば、庭です。その庭を
 荒らされては、困ります。ですから、しっかりと見守っております。…しかし、
 若い者は、跳ねっ返りが多くて…」
「親分…。……指、詰めます!!!」
「わぁ〜!!!! まさちん!!!」

まさちんは、再び指を詰めようとドスを出した西田を羽交い締めにした。真子は、西田に近づく。

「西田さんでしたね。…そんなに、指、詰めたいのなら、
 私が、お手伝いしましょう。まさちん」
「はい」

真子は、冷たい目をして、西田の手からドスを取り上げた。まさちんは、西田の手首を掴み、指を広げさせ、机に置いた。
西田は、二人の突然の行為に恐怖を感じ始める……。

「……動くなよ……。うりゃぁ〜!!!!!」
「ぎょえぇ〜〜〜えぇえええ???」

西田は、悲鳴を上げていたが、それは、疑問の声に変わった。なんと、真子は、机の上に広げられた西田の指の間をものすごいスピードでドスを行き来させていた。

「あっはっはっは!!」

水木は、真子の行為に大笑いしていた。ドスを持った真子の手は、西田の小指と薬指の間で止まった。

「これで、おしまい。西田さん」
「はいぃ〜!!」

西田の返事はうわずっていた。

「これは、封印してくださいね。そして、二度と、指を詰めるなんて
 言わないこと。わかった?」
「はい」

西田は、硬直していた。

「五代目、ありがとうございます。こいつ、ほんまに、
 跳ね返ってばかりで困っていたんですよ」
「こんなもの、持たせているからですよ」
「そうですね」

この時、水木は、真子に対して、何かを感じた。その想いは、すぐに言葉に出る水木。

「五代目、ミナミでしたら、私がご案内致しますよ」
「忙しいのでは、ありませんか?」
「大丈夫です。ご希望は?」
「ミナミのすばらしいところ! というか、大阪をすべて案内して欲しいんだけど…」
「構いませんよ。今日中に周り切れませんけど…」
「明日も大阪にいるんだけど…。あっ、まさちん、どこに泊まろうか。決めてないよね」
「はい」
「じゃぁ、あと、宿泊先も……」
「ご安心下さい」

水木は、恐縮そうにしている真子に優しく応えていた。そして、その日、水木は、西田とともに、真子とまさちんをミナミ界隈を案内していた。真子は、初めてみるミナミを警戒しながらも楽しく見学したのだった。




……その夜……。

「ごゆっくりおくつろぎください。失礼致しました」
「ありがとう」

真子とまさちんは、水木の家に泊まっていた。

「まさちん、宿泊代、浮いたね」
「…そんなことありませんよ。お世話になる分、余計に高くつきます」
「そんなせこいこと、言わない、言わない! しかし、水木さんの奥さんって、
 すんごい綺麗な人だね。あこがれちゃうなぁ。今度、ゆっくりお話したいな」
「五代目」
「あっ、水木さん」

水木がやって来る。

「取り敢えず、組の者には、五代目のことは、内緒にするように強く伝えて
 おきましたので、ご安心ください。明日は、キタの方をご案内致します。
 その際、須藤と谷川、藤にも同伴するように…」
「あぁ、それは、駄目だよ。今回は、お忍びだって…」
「…みんなを説得するのに、良い機会だと思ったんですが…」
「…それはね、まだ、先の話。水木さんをはじめとして、大阪の阿山組系の方々が、
 どんな街で、どんな風に過ごしているのか知りたかっただけ。後日、正式に
 来ることになってるし、今、くまはちが、こっちで仕事してるし…。
 くまはちの仕事の邪魔をしては、いけないからね」
「五代目…。わかりました。では、明日も私だけで」
「すみません、水木さん」
「何もおっしゃらないで下さい。私は、一生、五代目についていきますから」
「水木さん……。ありがとう」

真子は、素敵な笑顔で水木に言った。
水木は、真子の笑顔に魅了されてしまう。思わず目を反らし、部屋を出て行ってしまった。


水木は、布団に入り、目を瞑る。
ドスを持った時の真子と笑顔の時の真子の姿が、瞼に焼き付いていたのか、眠れずに居た。




「うわぁ〜、すっごいなぁ」

真子、まさちん、水木の三人が大阪のキタと呼ばれるところに来ていた。真子は、ミナミとは違った雰囲気のキタに驚いていた。商店街から、百貨店、そして、昼間は静かな夜の都…。真子は、初めて観る景色に驚きを隠せない様子だった。

「組長は、箱入り娘だったんですね」
「うん。まさちんと出逢うまではね。まさちんには、気分転換にとあちこちに
 連れて行ってもらったの。父には内緒でね!」
「あっ、はぁ、まぁ」

まさちんは、言葉を濁した。
例の事件の後、そんなに真子とは出かけていない。だけど、真子の記憶には、残っているような口調だった。まさちんの素性を知っている水木は、まさちんの心境を察したのか、話を変える。

「他にどちらへ?」
「んとぉ〜。何かある?」
「ありますよ!」

水木は、微笑んで、真子とまさちんを別の場所に案内した。
そこは、須藤組組事務所だった。

「須藤組?」
「えぇ」
「うぃっす」

須藤組組員が、水木の姿に気付き、深々と頭を下げる。

「おやっさんは、今、外出しておりますが」
「そっか。どこ?」
「松本組長のところです」
「わかった。そっちに行くよ」
「お送りいたします。…そちらの方は?」
「ん? あぁ。俺のいとこ。東京から来たんだよ」
「こんにちは」
「こんにちは」

組員は、丁寧に挨拶をする。真子は、なぜか、嬉しそうな顔をしていた。

「では、こちらに」

組員は、真子、まさちん、水木を車に乗せて、松本組が経営している会社へ向かっていった。

「……って、水木親分とこって、親戚…東京に居たか?」

水木と会話を交わした組員が首を傾げて、そう言った。

「そういや、バリバリの関西……」

疑問が疑問を呼んだのか、組員は更に悩み出した。


水木が連れてきたのは、不動産関係及び、建設関係の会社。もちろん、松本組が経営している会社だった。車は、その会社の前に到着。車から降り、水木に案内されながら、会社のビルへ入っていった。

「少々お待ち下さい」

受付の女の子が、奥へ入っていく。真子は、不思議な顔をしていた。まさちんは真子の表情に気付き、静かに尋ねる。

「どうされました?」
「普通だなぁと思って」
「普通?」
「ほら、やくざだから、もっとすごい感じだと…。本部みたいに…」
「あぁ。松本は、一般市民とのつき合いが多いですから、
 普通にがモットーなんですよ。それは、先代の頃から…」
「ふ〜ん」

真子は、何故か、感心していた。そこへ、松本がやって来る。

「よぉ、なんや?どうしたんや」
「ん? ちょっとなぁ。須藤は?」
「あぁ、今、猪熊と話してるよ。大事な話だよ。ほら、本家の五代目が、
 大阪で過ごすとかで、猪熊が、住む家とか、例の仕事も合わせて…ね」
「…くまはち、来てるんだったら、帰る」

真子は、水木の耳元で静かに言った。しかし、それは、すでに遅し…。

「水木、どうした?」
「す、須藤」

須藤が、松本の後ろから現れた。もちろん、くまはちも……。

「組長! …まさちん。…何でここに?」
「は、ハロォ〜!!」

はにかんだ笑顔でくまはちに手を振る真子。まさちんも真子に吊られて同じように手を振っていた。

「く、組長?!」
「五代目!?!?!」
「あぁぁぁあ…」

水木は、しまった!という表情になる。
松本、そして、須藤とその組員に真子の素性がばれてしまった。




「だから、お忍び……」

真子は恐縮そうに、くまはちに応える。

「…時代劇じゃあるまいし、お忍びって、組長。あとで怒られるのは、
 まさちんですよ!」

くまはちは、真子を怒っている。

「なぜ、俺なんだよ」

まさちんが、言った。

「そうカリカリしないでよ、くまはちぃ」
「…真北さんに連絡しましたので。もうすぐ来られます」
「…………真北さん、大阪に居たの?」
「もちろんです。真北さんは、真北さんなりに、組長が
 こちらで楽しく過ごせるように、がんばっておられるのですよ」
「…ごめんなさい…」

真子は、いつにないくまはちの表情に恐縮する。

「まぁ、そんなに怒るなよ、猪熊」
「水木さんも、黙っているなんて…」
「組長が、お忍びって言ったからさぁ」
「ったく」

くまはちは、舌打ちをした。
一応、水木達は、阿山組の関西系幹部の立場。しかし、くまはちは、それに関係なく、水木達と対等に話をする。そんなくまはちを叱る者は居なかった。
なぜか、くまはちに一目置いている関西幹部達……。
ほんの二年の間に、関西で過ごしていたくまはちは、どんな動きを見せていたのか……。

「組長、この際、ここで、話し合いされては如何でしょうか」

水木が言う。

「……そうだね…って、私、何も考えていないよ」
「お気持ちをお話しすれば、よろしいんですよ」

水木の眼差しは、すごく優しかった。真子は、そんな水木に応えるような素敵な笑顔を送る。その表情に須藤と松本は、不思議な感じがしていた。

「水木、お前、いつの間に、五代目とそんな仲に??」

須藤が言った。

「昨日」
「昨日って…。お前も、五代目の話にとまどっていたろ?
 それやのに、なんか、五代目の話に賛成って顔やん」
「あぁ。賛成だよ」
「賛成って、あのなぁ〜」
「…やはり、私の意見に耳を傾けて下さらないんですね……」

真子は、少し寂しそうに目を伏せる。その真子を観た須藤は、なぜか、慌てた口調で言った。

「だからといって、暴れないでください!!」
「へ?」

須藤の慌てぶりに笑いが起こった。真子は、不思議に思っていた。

「どうして、そんな事になるの?」
「須藤さんは、幹部の方に本部での例の出来事をお聞きしたそうですよ」

くまはちが応える。

「なるほど、…それで。…だけど、そんなこと致しませんよ」
「そんならええねんけど…。しかし、五代目。大阪では、現在、抗争など
 起こらない平和な状態が続いてますが、本部の方では、まだ、敵が
 密かに何かをたくらんでいる様子ですよ。それでも、禁止なのですか?」

真剣な眼差しで言う須藤。真子は、そんな須藤に応えた。

「えぇ。これ以上犠牲は出したくありません。哀しむ者を増やしたくはないんです。
 それと、もう一つあります。…ご家族に、極道を強要しておられませんか?
 ご自分が極道だから、極道の家庭に生まれたのだからと言って、
 無理に極道になれとそう強要されていませんか?」

須藤は、思い当たる節がある。
真子の言葉に、須藤は考え込んでしまった……。



(2005.6.21 第一部 第七話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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