任侠ファンタジー(?)小説・組員サイド任侠物語
『光と笑顔の新た世界〜真子を支える男達の心と絆〜

第一部 『絆の矛先』

第八話 それぞれの準備

お忍びで大阪にやって来た真子。そんな真子が、関西の幹部達を目の前にして、自分の気持ちを伝えていた。
真子の話は続く。

「このような危険な世界に、大切な人を巻き込もうと考えないで欲しい。
 この世界には、未だに命の大切さを理解できない者がいる。親分の為に
 死ぬ覚悟ができている…そんなことは、親分の為じゃない。
 親分の為に生きてこそ、素敵なことなんですよ」

真子の表情が変わった。

「…それに、強者から、命令を下すだけでなく、弱者の気持ちを考える。
 それも大切なこと。自分より、強い者に挑んで、初めて、強い者になるんです。
 ……暴力を強要しているのではありません。堪えることも大切なことです」
「五代目。…あなたは、本当にこの世界で生きて行くには相応しくない方だ。
 極道界は、命を張っての世界ですよ」
「…いつまでも、そんなこと言って、須藤さん、あなたは、
 そんなに死にたいんですか?」
「それとこれとは…」

真子の醸し出す雰囲気が、変わった。まさちんとくまはちは、真子が次に出る行動がわかっていた。
二人とも、その体勢に入る。
水木と松本は、真子の様子を伺っていた。
須藤が勢い良く立ち上がる。

「五代目。私は、あなたの言うことが理解できない。
 やはり、あなたは、この世界で生きていくことは、無理なようですよ」
「…こんな私だけど、この世界で充分生きていくことできますよ。
 甘い考え、命が惜しい、恐がり……。なんとでも思って下さい。
 …だけど、これだけは、絶対に守ってください。…極道を強要しない。
 …一度、ご家族と話し合ってくださいね。ご家族がとても大切なら、
 ご家族を守りたいなら…ね」

真子は、須藤に笑顔を見せる。そんな真子を観たまさちんとくまはちは、驚いていた。

あの雰囲気は、本部で真子が大暴れしたときと同じ……。
暴れる前に、停めなければと思っていただけに……。

須藤は、真子を怒らせようと考えていたのだった。本部での一部始終を知っていた須藤は、ここでも同じようなことをするならば、阿山組から離れようと考えていた。
闘わない極道なんて、生きていても仕方がないという須藤。しかし、真子から、自分の考えをそっくり変えさせるような笑顔で、言われた為、真子の意見に対して、考え直そうと決心した。

家族に極道を強要しない。

確かに家族には極道を強要している。家族は、嫌な顔をしていないが、極道を嫌っていることくらい、わかっていた。

「…五代目…。わかりました。話し合ってみます」
「…そうやな。須藤のかみさんは、極道ちゃうもんな。俺のかみさんは、
 親戚一同、極道やし」
「水木さん…自慢になりませんよ」

真子は、水木に言った。

「いいえ、俺にとっては自慢ですよ」
「そうですか」
「そや、これから、みんなで一杯どうや?」
「水木さんところで?」

くまはちの表情が明るくなる。
アルコールと聞けば、なぜか、輝くくまはちだった。

「そうや。そろそろ開店時間やしな」
「水木さんところって、ご自宅ですか?」
「ん? 店ですよ。スナック経営もしてますので」
「…私は、これで帰りますよ」

真子は、そう言って立ち上がった。まさちんも立ち上がる。

「くまはちも一杯するんでしょ?」

真子の言葉に、くまはちは、先程感じた想いを否定するかのように応える。

「いいえ、私は、仕事がありますので」
「別にいいんじゃない? まさちんは?」
「組長がお帰りになられるのでしたら…」
「二人とも、つき合い悪いねぇ〜。行っておいでよぉ」

真子がにこやかに言う。

「組長もどうですか?」
「……水木さん…私、未成年ですよ。これでも十四才の中学生ですよぉ…。
 駄目でしょ!」
「やくざですよ」
「あのね、やくざでも、駄目なものは、駄目なの!」
「そうだよ、水木」
「真北さん」

真北がやって来た。

「組長、お忍びで大阪ですか? 時代劇じゃあるまいし」
「……みんな、時代劇っていうけど、…どういうこと?」

一同、真子の言動に硬直。

「えっ? 何?? どうして、固まるの??」

真子は、一同の硬直に戸惑う。

「…時代劇ドラマでよくあるんですよ。将軍が自分の身分を隠して、
 下町で遊びまくっているとか、旅をしてまわるとか…。最後には、
 自分の身分を明かして悪者を成敗するんですけどねぇ…」

真北が、真子に応える。

「…テレビ観ないから、……そんな変なドラマがあるんだ」

真子は、感心していた。そんな真子を観た一同は、硬直から、笑いに変わる。

「組長の新たな一面を発見した気分だなぁ」
「ほんと組長は、箱入り娘なんですね。地島ぁ、もっといろんな遊びを
 教えてあげなあかんやろ!」
「えっ? は、はぁ……すみません…」
「何? 何? どうして、みんな笑ってるん? ね!ね!!」

笑いが起こる中、真子は、少しふくれっ面になっていた。




少し心配顔でまさちんはミナミの街を歩いていた。

「大丈夫やで、地島。真北さんが付いてるし、俺んちは、ほんまに
 安全やから。夕べ解ったろ?」
「はい…」
「ほら、組長もおっしゃっていたろ? 自分の時間を楽しんでこいって」
「しかし…」
「ほんと心配性やなぁ、地島は」

心配顔をしたまさちんを強引にでも引っ張って、水木は、自分の経営するスナックに入っていった。まさちんだけでなく、くまはち、松本、須藤の他、先に店に来ているのは、大阪の阿山組系の川原、藤、谷川の三人だった。

「待ちくたびれたで」
「あんたが、地島だったっけ?」
「はい。地島です。初めまして」
「噂は、聞いているよぉ。暴れ好きなんだってな。猪熊とどっちが上だ?」
「くまはちですね」

まさちんは即答する。それには、くまはちは、カチン……と来ていた。

「ほら、こっちに来いや」
「五代目は来なかったんか? 水木」
「だから、未成年だって」

谷川に軽く応える水木だった。

「俺らの世界で何堅いこと言っとるんや。俺なんか、十の頃から飲んでたで。
 おやじに進められてな」
「箱入り娘だし、真北さんおるし…」
「真北さんおったら、あかんな。あの人、堅いお人やし」
「ほんまやなぁ」

と水木の店でそんな話題になっているとは、知ってるのか知らないのか、真子と真北は、水木の家に居た。水木の妻・桜が、真子と真北と一緒に座って話し込んでいた。

「真北さんもお店に行ったら?」

真北に言う真子。

「私が参加すると、場がしらけますよ」
「みんなで楽しくすればいいのに」
「それに、私には、そのような場所は不似合いですから」
「ふ〜ん。…大人の世界って、よくわからないや」
「ほんと、五代目を観てたら、極道に見えまへんな。
 それに、こぉんなかわいい女の子、欲しかったなぁ」
「桜姐さん、素敵な息子さんおられるのに」

ちょっぴり冷たく言う真北に、

「母はね、娘が欲しいものなんよ!」

桜は柔らかい声で言った。

「そうなんですか」

真子は、桜の言葉に対して不思議がる。

「五代目も、母になったらわかりはりますよ。いつかしら?」
「ずっとずぅぅぅっと先の話です」

真北が、間髪入れずに力強く応えた。

「真北さんたらぁ〜。まるで、自分の娘のようにぃ」
「私の娘も同然です!」
「それもそうやね」
「え? 何? 何のこと??」

真子は、また、訳がわからない会話に戸惑っていた。それを見た桜と真北は、笑い出す。



一方、水木の店は、大にぎわいだった。どんどん酒を勧められたまさちんは、すでに店の端っこで、熟睡中。くまはちは、底知れず状態で飲んでいた。いろんな大人の会話、この世界の会話で盛り上がって、朝を迎えた……。


少し足下がふらついたまま歩くまさちんと平気なくまはち、そして、水木の三人は、真子が待ってる水木の家に帰って来る。

「えらい早い帰りやねぇ」
「桜姐さん。すみません。二日もお世話になりまして。組長と真北さんは?」

まさちんが尋ねる。

「五代目は、まだ、お休みのようよ。真北さんは、既に出かけてるけど。
 ほんとあの人忙しい人やね」
「ありがとうございます」

そう言って、まさちんは、家に上がった。

「まだ、起こさないでね。私たちも夕べ遅かったんや。ほんと言うと
 明け方まで、話し込んでしもた。寝たのは、さっきやねん。すんません」
「そうですか。失礼します」

まさちんは、時間を確認して、くまはちと奥の部屋へ入っていった。

「桜、お前、何を話しとったんや?」
「ん? 女の世界に入らんといてや」
「そっか」
「そや」
「素敵な親分で、よかったな、あんた」
「あぁ」

水木と桜は、微笑み合い、そして、自分たちの部屋に向かって仲むつまじく歩いていった。


真子は、熟睡していた。その真子を、廊下からそっと見守るまさちんは、その場から一歩も動かなかった。

「…あんた、あそこまで忠誠する者、うちの組におるか?」
「おらんな」
「五代目と話してて、思ってんけど、五代目がまさちんの事を話す表情、
 めっさかわいいで。ほら、好きな人の話をする時に、目がランランと
 輝くやん。それと一緒やねん」
「そら、そうやろ。落ち込んどった組長があのような素敵な笑顔を
 取り戻させたんが、まさちんやもんな。まさちんもな、夕べ、店におる間、
 ずっと組長のことばかり気にしとったからな」
「ふ〜ん。二人は、なんか、見えへん強い絆で結ばれてるんやろな」
「あぁ」
「あんた、しっかり、二人を見守ってあげな、この世界で笑い者んになるで」
「わかっとるわい。俺かて、組長の役に立つよう頑張るんや。須藤達を説得
 ……せんでも、もう大丈夫やろな。まさちんの奴、酔いながらも、
 組長のすばらしさを延々と語って眠ったしな」
「へぇ〜」

まさちんが、突然、真子が眠る部屋へ駆け込んだ。

「なんや?」

水木と桜が、まさちんの様子が気になり、部屋を覗く。
まさちんが興奮状態の真子の両肩を押さえて、何か叫んでいた。そして、優しく真子を抱きしめる。
真子は落ち着き、再び眠り始めた。
まさちんは、真子に優しく布団を掛け、頭を撫でて、部屋を出てきた。

「水木さん、桜姐さん…」

二人に気付き、気まずい表情をするまさちん。

「何かあったんか?」

水木が静かに尋ねる。

「ご心配をお掛けして申し訳ありません。もう大丈夫ですから」
「だから、何が…」

まさちんは、重い口をゆっくりと開き、そして、語り出した。

「今でも、夢を見るそうで…。母・ちさとさんの…あの時の夢を…。
 その時は、決まって、興奮状態になってしまいます」
「…だから、お前、夕べは、ずっと心配やったんか」

まさちんは、静かに頷いた。

「楽しい時間を過ごした後は、必ず…。未だに心に残る恐怖…。
 今回は、桜姐さんが母に思えたんでしょう。『桜姐さんが…』と
 叫んでいましたから…」
「…真子ちゃん……」

水木と桜は、何も言えずに、その場に立ちつくしていた。




真北は、ある部屋に居た。真北の前には、一人の男が座っている。

「で、真北、どこにするんだ?」
「安全で、楽しく過ごせるのなら、どこでも構いません。
 それと、ボディーガードに、教師を一人…」
「誰だ?」
「山本 芯という教師です。教員免許も取得してます」
「…真北」
「はい」
「そういうつもりだったのか?」
「何がでしょう?」
「お前が、何を考えて、そう話してるのかは解らないが、
 その教師……」

男は、それ以上何も言わなくなった。
真北が、鋭い目つきで睨んでいた。

「…しっかし、そんな無茶が通じるかなぁ」
「宜しくお願いいたします」
「まぁ、出来ん事もないが……真北、お前、自分を犠牲にだけはするなよ」
「その辺は、ご安心下さい」
「特殊任務を志願したお前の気持ちは、理解してるけどな、
 お前を失うことだけは、絶対にしたくないんだよ。
 それに、阿山慶造は、もう……」
「慶造だけじゃありません。阿山真子は、あの世界を変える力を備えてます。
 それを陰で支えていくのが、私ですよ」
「…その、阿山真子は、…知らないんだろ? お前の本来の姿を」
「…警察が嫌いですから」
「嫌われたくない…ということか。そうだよな。お前の娘みたいなもんだからな。
 阿山慶造に替わって、その子を育てていたんだからな」
「そのような話は、辞めて下さい」
「…照れるなよ、本当のことだろう」

ドアがノックされた。

「乙富社長がお見えです」
「わかった。すぐ行く。…真北、転入先が見つかったら、
 すぐに連絡入れる。…あんまり無理をするなよ」
「えぇ。では、宜しくお願いいたします」

真北は、深々と頭を下げて、ノックされたドアとは別のドアから静かに出て行く。男は、大きくため息を付いて、椅子から立ち上がり、部屋を出ていった。





水木邸・玄関先。

「桜姐さん、お世話になりました!」

真子が、にこやかな表情で、頭を下げる。

「五代目が、こちらで過ごす日を楽しみに待ってます。
 ほな、気を付けてお帰りください」
「水木さんも、すみませんね。まさちん、お酒に弱いのに、
 なんか、すごくお世話かけたみたいで…」
「いえいえ、大丈夫です。…組長が、私の店で飲める日を
 首を長くして待ってますよ。あと、六年ですか」
「そうだね。すぐに経つでしょうね」
「歳、取りたないわぁ」

桜が呟くように言った。

「桜姐さん、若いのに〜」
「まさちん、それ、禁句や!!!」

桜は、まさちんの口に手を当てていた。

「すんません!!」
「まさちん、行こう」
「はい。失礼します」
「気を付けて!」

真子は、笑顔で水木と桜に手を振って、帰っていった。水木と桜は、いつまでも二人を見送っていた。





阿山組本部の門前。
門番が人の気配を感じ、門から外を見た。
道路の向こうを、真子とまさちんが仲良く歩いてくる姿が目に入る。

「組長がお帰りだ!」
「お出迎えしろ!!」

阿山組本部の玄関先が慌ただしくなった。大勢の若い衆、そして、山中と北野が玄関まで出てくる。

「お帰りなさいませ」

真子が門をくぐり、玄関までやって来ると、若い衆の声が響き渡る。真子は、その状態に驚いていた。

「た、ただいま」

呟くように言って、真子は、急いで屋敷へ入っていく。

「組長?!??」

まさちんは、真子を追いかけるように歩いていた。


真子の部屋の前で、まさちんは追いついた。
真子は、ドアノブに手を伸ばし、

「まさちん」

静かに呼んだ。

「はい」
「…あれ、辞めるように言ってくれないかなぁ」
「あれと言いますと…」
「大勢でのお出迎え」
「それは、無理ですよ。組長ですから」
「……私、まだ、何もしてないよ…」
「いいえ、そんなことは、ありません。組長は、我々にとっては、大切な人ですから」
「まさちん…兎に角、あれは止めてもらってよ。私は嫌だから」
「…それは、組長命令ですか?」
「えっ?」
「組長命令ならば、仕方ありません。我々は逆らえませんから」
「……もういい!」

真子は、まさちんの組長へ対する敬い方に腹を立ててしまった。

「組長っ!」

真子は、自分の部屋に入り、ドアを閉め、鍵を掛ける。まさちんは真子の後を追って来たが、無情にも目の前でドアが閉まった。

「組長…」

まさちんは、真子の部屋の前で項垂れていた。




真北は、とあるマンションへ入っていく。
オートロックの玄関を、まるで我が家のように操作して、入っていった。

とある階にやって来た真北は、その階にある一部屋の前に立ち止まった。

『山本』と書かれた表札を見つめ、呼び鈴を押す。

『…………勝手に入って来ないでくれませんか?』
「鍵……あるから」
『…むかいんですか? 健ですか?』
「どっちでもいいだろう? 入るぞ」
『………ったくっ』

呼び鈴から聞こえる音が途切れた。
真北は、遠慮せずに、その家の鍵を開けて入っていく。玄関先には一人の男が、呆れたような表情で立っていた。

「今日は何の用ですか?」
「そう邪険に扱うなよ、ぺんこう」
「お茶でよろしいですか?」

冷たく言いながらも、優しく迎える男・山本芯。通称・ぺんこう。ぺんこうは、真子の優しさに応えるべく、自分の夢を実現させた男だった。

真北の前にお茶が差し出される。

「今日は早い帰りだったんだな」

真北は湯飲みに手を伸ばしながら尋ねる。

「えぇ。今日は世間で言う…土曜日ですよ?」
「そっか。…曜日も関係なく過ごしてるから、忘れてたよ」
「そうですか」

冷たく応える、ぺんこう。

解ってて来た癖に。

言いたい言葉を堪えて、真北の前に座るぺんこう。

「私の様子を伺いに来た…訳じゃありませんよね」
「まぁな」

真北は誤魔化す。

「まさか、健とこれ以上関わるなとでも?」
「そんな事はない。……真子ちゃんの事だよ」
「お嬢様…あっ、…組長の事ですか?」
「あぁ。真子ちゃんが五代目となった今…。学校から拒否されてしまった。
 そこでだな……慶造の仕事も引き継ぐ必要もあるし、それに、真子ちゃんの
 肩の傷を治したいし…そして、真子ちゃんが学校に通うために…」
「組長が学校に通う為に?」
「……大阪に行くつもりなんだが…。その……ぺんこうも…来ないか?」

真北が、こう言うときは、既に決定していることになる。敢えて言わなくても、ぺんこうには解っていた。

「大阪…ですか……。まさか、例の事で?」
「今、申請してきた所だ。…折角、こっちで職に就いたのに、
 悪いな、ぺんこう」

悪いと言いながらも、これっぽっちも悪いと思っていない様な素振りを見せる真北。それには慣れているぺんこうは、

「そうですね。組長が楽しく学校に通えるのでしたら、
 私はどこででも仕事致しますよ。それに、組長は
 素敵な生徒ですからね」
「……大丈夫か?」
「何がですか?」
「教師とボディーガード」
「それくらい、容易いことですよ。お任せ下さい」

ぺんこうは、ニッコリ微笑んで、真北に応えた。

「…ありがとな……」

真北は、言いそうになったある言葉をグッと堪え、フッと笑って目を伏せる。そして、お茶を飲み干した。
それから、真北は、真子が大阪で過ごす条件を、ぺんこうに事細かく説明し始めた。

大阪の学校に通う。
それも偽名を使って…。
しかし、学校内での護衛は難しい。そのためには、ぺんこうが必要になる。真北は、少し困ったような口調でぺんこうに話していたが、ぺんこうは、急な変更に対して、平然としていた。

「真北さん、お忘れですか? 私が教師になった理由」

ぺんこうが静かに尋ねた。

「教師になった理由? お前の夢だろ?」
「えぇ、それもあります。しかし、一番の理由は、組長が外の世界でも
 楽しく暮らせるようにですよ。何事もなく、無事に学校に通えるように、
 そのために、私は、夢であった教師にもなって、そして、今があるんですよ。
 ……だから、真北さん。俺…頑張ります。組長の為に。組長の笑顔の為に」
「…そうだったな……あり…」
「お礼は言わないで下さい。組長のため。これは当たり前のことでしょう?」

真北の言葉を遮るように、ぺんこうが言った。

「…そうだな、そうだよな」
「真北さん、どうされたんですか? …変ですよ」
「変…か?」
「えぇ」

一瞬、不思議な間があったが、真北とぺんこうは、お互いを見て、笑っていた。その笑みは、これから真子を守っていく強い男達の笑みだった。




阿山組本部・食堂の厨房前。

「あのなぁ〜。まさちん、お前の後始末はいっつも俺なのか?
 前もそうだったよなぁ」

むかいんは、厨房の壁にもたれかかって、項垂れるまさちんに、冷たく言った。

「悪い、頼むよ…」
「だから、いつも言ってるやろ。組長は、やくざの仕来りが嫌いなんだって。
 その気持ち、察してあげろよ。なんでわからんのかなぁ」
「…うるせぇなぁ」
「そんな言い方するなら、お前がいけ」
「…何度もノックしても、鍵開けてくれないのに」
「…わかった、わかった。今回だけだぞ。次からは、自分でなんとかしろよ」
「あぁ」

まさちんは、拗ねて、部屋の鍵を開けない真子をどうにかして欲しいと、また、むかいんに頼んでいた。
むかいんは、真子の気持ちを解らない、そんなまさちんに、いっつも怒っていた。


真子の部屋の前に、むかいんがやって来る。ドアをノックする前に、少し離れた所で、様子を伺うように立っているまさちんに振り返った。

頼んだよ!!

まさちんは、拝むような感じで手を合わせていた。
呆れたように息を吐き、むかいんは、真子の部屋をノックする。

「組長、私です。まさちんから聞きましたよ。開けてください」

真子は、鍵を開けた。
そして、むかいんは、真子の部屋へ入っていく。


ソファに項垂れて座る真子の隣に座ったむかいんは、真子に優しく語り始めた。

「あれは、仕来りですから。仕方ありません」
「…解ってる。だけどね、私、まだ、父のように威厳のあるような事、
 してないんだよ。なのに、あんな風に出迎えられるのは…まだ早いよ…」
「そんなことはありませんよ。組長は、我々にとって大切な人ですから。
 当たり前のことです。それに、組長は、もう、立派に組長をしておられます」
「まだ、だよ…。それに、私は、自分の為に…自分が普通の暮らしを
 したいために、この本部から離れて、大阪に行くんだよ…。そんな私が、
 立派な組長を…してるなんて、思えない…」
「…いいえ、立派です。組長は、我々に命を大切にしろと…。
 組長の為に、死ぬのではなく、生きろと。そうおっしゃって下さったんですよ。
 我々は、すごく嬉しかったんです。若いあいつらもそうです」

むかいんの言葉は、真子の心を癒していく…。

「しかし、組長は、組長です。先代とは違います。
 阿山組五代目組長・阿山真子は、阿山真子なんですから」
「むかいん……」
「……すみません。訳の解らない事を申してしまいました…」

むかいんは、頭を掻いて照れていた。

「……………私………そんなに…偉い?」

真子の言葉に、きょとんとするむかいんだったが、

「偉いですよ」

即答する。

「大阪に行っても、みんな、私の事、大切に思ってくれる?」
「はい。笑顔に魅了されますから!」

むかいんが微笑んだ。それに釣られるかのように、真子も微笑んでいた。

「……むかいん、オレンジジュース」
「かしこまりました」

むかいんは、真子の表情が明るくなった事を感じ取った。そして、部屋を出ようとする。

「あっ、むかいん」
「なんでしょうか」
「…ありがとう」

真子は、笑顔でむかいんに応える。むかいんは、真子の笑顔が嬉しかった。
むかいんは、一礼して、真子の部屋を出ていった。

「まさちん。居るんでしょ?」
「はい…」

少し落ち込んだ様子のまさちんが真子の部屋に入って来る。そんなまさちんを見た真子は、少し笑っていた。

「やっぱり、落ち込んでる…。次は、むかいんに頼まないで、自分で責任取ってね」
「…はい…すみません…」
「いつまでも、落ち込まないでね、まさちん」
「…組長……」

真子は、笑顔だった。

「笑顔、忘れないから。まさちん。ありがとう」
「組長」

まさちんは、真子の笑顔を見て、安心した。そこへ……。

「お待たせいたしました! オレンジジュースです」

むかいんがオレンジジュースを持って来る。
真子、まさちん、むかいんの三人の楽しそうにはしゃぐ声が、真子の部屋から屋敷内に響き渡っていた。



(2005.6.22 第一部 第八話 UP)



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※旧サイト連載期間:2005.6.15 〜 2006.8.30


※この物語は、どちゃん!オリジナルのものです。著作権はどちゃん!にあります。
※物語全てを著者に無断で、何かに掲載及び、使用することは、禁止しています。
※物語は、架空の物語です。物語内の登場人物名、場所、組織等は、実在のものとは全く関係ありません。
※物語内には、過激な表現や残酷な表現、大人の世界の表現があります。
 現実と架空の区別が付かない方、世間一般常識を間違って解釈している方、そして、
 人の痛みがわからない方は、申し訳御座いませんが、お引き取り下さいませ。
※尚、物語で主流となっているような組織団体を支持するものではありません。


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